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『ネバーランド』

2006年12月14日
20061210012122.jpg   適材適所


ネバーランド・・・。 そこは夢と信じる心が消えない場所・・・。
ピーターパン・・・。 それは女心をときめかせる男の代名詞・・・。


しかし、女稼業も齢30を過ぎると、“ピーターパン=少年の心を持ち続ける彼”という甘い言葉の先に、どんな大きな落とし穴が待ち受けているかは、自ずと判る物である。
そこには、定職に付かずに夢見る心を持ち続ける彼を養う為の、昼夜を問わない過酷な労働が待ち受けている。
あるいは、少年の心を持ち続けた彼がいきおいで建設した、遊園地のような豪邸が待ち受けているのだ・・・。

ようこそ! 僕のネバーランドへ!!20061210011441.jpg



・・すみません。
・・・悪ふざけが過ぎました。

しかし、そんな夢エキスが出涸らし状態の私でさえ、この 『ネバーランド』 を観おわった時には、信じる心が作り出す魔法に酔いしれていたのでした。

あらすじ・・・
有名な劇作家だったジェームズ・バリは、美しき未亡人シルヴィアとその4人の息子たちと出会い、彼らと触れ合うことからインスピレーションを得、『ピーター・パン』を完成させてゆく。

短すぎますか?(私にしては)


ジョニー・デップが『ネバーランド』で主演だなんて、これ以上“ピーター・パン(=緑タイツ)”に適任な人はいないんじゃないか?!
とか、
ダスティン・ホフマンも『ネバーランド』に出演だなんて、またもやフック船長役で過去の汚名を返上するつもりなんじゃないか?!
という私の期待をあっさりと裏切る爽やかな本作。

“ピーター・パンを作り出した男”は自分自身がまさにピーター・パンの分身のような人で、彼の頭の中は常に空想と現実が入り混じった状態。
いや、比率としては空想8:現実2で殆ど夢うつつなんですが。
今作では、そんな彼の頭の中を美しい映像で再現しており、観客も自然とジェームズの空想の世界に誘われます。
なんと心地よい映画でしょう。

そんな文句の付け所の無い秀作だった『ネバーランド』ですが、あえて言わせて貰うならば、
病気が発覚しているのにも関わらず、頑なに検査を拒むシルヴィア(ケイト・ウィンスレット)の自己中さがウザかったり、
名子役の誉れ高いフレディ・ハイモア(3男ピーター役)が結構大根だったり、
シルヴィアを心底愛してしまっている筈のジェームズ(ジョニデ)が、恋する男の目をしていなかったり、
かと言って、子供たちを心底愛しているようにも見えなかったり、
どちらかと言うと、自分の本能のまま生きているように見えたり、
ケイト・ウィンスレットはかなりの重病人の筈なのに、(タイタニックに引き続いて)全然死ぬようなタマには見えなかったり、

と、僅かながら合点の行かない所もありました。
僅かじゃ無いか・・

しかし、そんな私の邪心をも全てひっくるめても、充分楽しめる、心温まる良心的な作品でした。
ジョニー・デップのエキセントリックではない演技を久しぶりに観て、魂が洗われるような気持ちで一杯です。

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『ターミナル』

2006年11月26日
こんな世知辛い世の中だから。
たまにはこんな作品もいいかもしれません・・・。
心に響く、声がある。 心に沁みる、唄がある。
年の瀬の迫ったこの夜に、想いを込めて唄っていただきましょう!


トム・ハンクスさんで、『幸せ空港音頭』!

音頭 かよ!!!

紅白に出てくる北島三郎並みに、スピルバーグ作品に当然の如く登場するトム・ハンクス
たとえそれが、トムが演らなくてもいいであろう作品だとしても・・・。
たとえそれが、オスカー狙いには程遠い作品だとしても・・・。

いえ、トムを責めるつもりは毛頭ありません。
もう片方のトム(新婚)は、何らかのきな臭さを感じる“いい人っぽさ”がチャームポイントですが、こちらのトムは100%天然の物だとわかる“いい人オーラ”を放っているからです。
その脚本選びに「打算」と言う文字は無く、「スピルバーグは友達だから」とか「なんか面白そうだから」と言う純粋な心意気のみで、出演作を決めているのが明白だからです。
さすがは、ハリウッドの良心・トム。
トムがいる限り、ハリウッドのクリエーター達はその誇りを保ち続けられる事でしょう。


これぐらい書いておけば、何かの拍子にトムから付け届けが貰えるかもしれません。

さて、そんなMr.安全パイなトム・ハンクスのヒューマン・コメディ 『ターミナル』 を鑑賞した訳なのですが、映画の内容も全く持って安全パイ。
悪人も出て来なければ、毒も無い、ロケも(あんまり)無ければ、現実味も無い、ナイナイ尽くしで感動も心にあまり残らない、毒にも薬にもならない作品だったのでした。

あらすじは、
亡き父との最後の約束を果たす為、クラコウジア国からアメリカにやって来たナボルスキーさん。
しかし、入国審査を受けていたまさにその時、祖国ではクーデターが起こり国は消滅。
パスポートは無効になってしまい、祖国には帰れない、アメリカにも入国出来ない、まことに中途半端な存在になってしまったのです。

空港警備局から、
「上からなんか言ってきたら教えてあげるから、YOU、空港内で待ってなよ!」 (アガサによる超訳)
と言われたナボルスキーさんは、言葉も通じない、お金も使えない中、何とか知恵を絞り空港内でのサバイバル生活に挑む事になります。
カート整理で小銭を稼ぎ、空港従業員間の恋のキューピッドをこなす事で食料をゲットし、特技の大工仕事では親方に認められ、素敵なスッチーのアメリアといい仲にもなり、まさに順風満帆なナボルスキーさん。

でも、空港ですから。 そこ。

徐々に、空港には欠かせないようなポジションに成り上がってゆくナボルスキーさんを見ていて、面白くないのは空港警備局主任のディクソンさんです。
ナボルスキーさんを何とか厄介払いをしようと、何度空港の外に誘導する計画を立てても、頭が弱いのか計算づくなのか、頑として空港から出ようとしないのです。
空港から一歩出てくれさえすれば、空港警備局の管轄外になるので、ナボルスキーさんの事で頭を悩ませなくてすむのですが・・・。

困ったディクソンさんが最後の切り札として使ったのは、ナボルスキーさんが想いを寄せるアメリアさんでした。
「あいつ、ホントはただの浮浪者だぜ。」 (アガサによる超訳)
浮浪者と言ったかどうかは定かではありませんが、とにかくアメリアさんは、まさかナボルスキーさんがいい年してフリーターだとは思ってもいませんでしたので、怒り心頭です。

不倫不倫で婚期を逃してきた自分を、やっと貰ってくれるナイスミドルが現れたと思っていたのに・・・。

「ちょっとアンタ! どうゆう事よ!」 (アガサによる超訳)
と、鬼の形相で詰め寄るアメリアさん。
そんなアメリアさんに、ナボルスキーさんは自分がアメリカに渡って来た理由を話し始めるのでした・・・。

ナボルスキーさんの渡米の理由とは・・・?
亡き父親との約束とは・・?


かなり大胆な解釈であらすじを書きましたが、あくまで私アガサ目線ですので、あしからず。
作品はもっと上品で、空港に投げ込まれたナボルスキーさんと言う純粋な存在が人々の心を解きほぐし、そこに優しさの輪が広がり、小さな幸せで空港が満たされて行きます。

作中で一番の小悪党として描かれているディクソンさんも、ただの出世命のゴマスリ男ではなく、純粋に“空港内の秩序を保ちたい”という熱意溢れる仕事マン(かなり出来る男)だと言うエピソードが盛り込まれている為、憎しみよりは親しみが湧きます。

9.11以来、隣人を疑い、他民族を疑い、国の指導者さえ信じる事が出来なくなったアメリカ。
多人種がごった煮状態の“空港”という狭いコミュニティは、そんなアメリカの縮小版といったところでしょうか。
疑心暗鬼のアメリカ(空港内)が、得体の知れない(言葉も通じない)よそ者を受け入れ、触れ合う事で寛容な気持ちを取り戻すこの物語は、あくまでファンタジーではありますが、「こうありたい」と言う作り手のメッセージがたっぷり詰まっているような気がします。

さすがは、ハリウッドの良心・トムが一枚かんでいるだけの事はあります。

でも、トムでなくても良かったのにね。

帰る国を失ったナボルスキーさんは、100%異邦人。
な筈ですが、トムが演じている以上、それはトム・ハンクスなのです。
オスカー2度受賞の経歴が、こんな所で足を引っ張ろうとは・・。
演技は確かですが、異邦人には見えません。

トムよりも無名で地味な俳優さんが演じていたら、もう少しは説得力が増したのではないでしょうか。
本当はもっと心を打っていい物語だと思いますが、スピルバーグ×トム・ハンクスという看板が眩しすぎて、えらく薄っぺらい作品になってしまったのは、残念と言うか、もったいない事ですね。

あと、アメリア役のキャサリン・ゼタ=ジョーンズは、相変わらず場を一瞬にして我が物にしてしまうスーパーオーラを放っていました。
あいつはカレーパウダーのような存在ですね。
他の味を、一瞬にして消し去ってしまうキャサリン。

こわい子・・・!(by姫川歌子)
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『ビューティフル』

2006年11月16日
20061116022908.jpg  2000年作品


貧しい家庭に生まれ、親の愛情に恵まれずに育ったモナは、自分が世間に認められるためにはミス・アメリカに選ばれる以外にはないと信じ込んでしまいます。
そのために幼い頃から涙ぐましい努力をしてきたモナは、過ちから未婚のまま産んだ娘さえも親友のルビーに託し、ミスコン優勝を目指すのでした。
事実を知ることなく7歳になった実の娘ヴァネッサは、モナを“母ルビーの親友”と信じ、彼女のミスコン優勝のために懸命にサポートをしていたのでした。
しかしその一方、モナとの共通点の多さに、徐々に疑問が膨らみ始めるヴァネッサ・・。
やがて、数々の裏工作が功を奏し、モナはみごと州代表となり全米決勝戦の舞台に上がるのでしたが・・・。


ミニー・ドライバーという女優さんを知っている人なら、間違いなく突っ込むであろう点に、まずは私も思いっきり突っ込んで置こうと思います。

どこがミス・アメリカじゃい!!!

じゃい!!!

じゃい!!

じゃい!

気が済んだところで、映画に触れてみましょう。

一言で言うと、正直ガッカリする映画でした。
しかし、これは“監督サリー・フィールド”と言う所に、期待しすぎた私がいけないのでしょうね。
てっきり、良心的なヒューマンドラマ(コメディ仕立て)を観られるモノと、思い込んでいたのです。
これが全く期待も何もしていなくて、
「あ、ミスコンものの人情コメディだ。ちょっと観てみようかなー」
くらいのノリだったなら、そこそこ楽しめたのかもしれません。

全世界の非モテ系女子の沽券に関わる事なので、ハッキリ言っておきますが、これは
ミニー・ドライバー=ミスコン 
という図式だけに無理があるのではありません。
脚本に大いに無理があるのです。

とにかく、登場人物に共感出来ない。 

主人公モナの母親は、確かに堂々たるだめんずっぷりで、娘の情熱や悩みを理解しているようには見えません。
しかし、母親業を完全に放棄しているようにも見えないので、そんな母を拒絶している少女時代のモナはただの我儘娘にすら思えます。
そんなモナが、異常な程の執着心で追い続ける“美”への道のり。
その到達点が“ミス・アメリカ”であり、映画では少女時代のモナが数々の美少女コンテストに挑む様が綴られています。

で、言わずもがな、ミニー・ドライバーの少女時代なので落選&参加賞の日々。
全米が、大いに納得。
ある日学校で、ひょんな事から意気投合したルビー(同じくアウトサイダーな香りプンプン)という衣装係を得て、徐々に入選を果たすようになるモナ。

・・・合格ポイントは、もっぱら衣装点かと思われますが。

この、ミニーの少女時代を演じていた子役の子は、とても良かったです。
ブサイク非モテな感じもミニー・ドライバーにとても忠実で、しみじみ「外国映画って子役探すの上手いよなー」と思いました。

そして物語は一気に、成長したモナ時代へ突入。

レディース・アンド・ジェントルメン!
大変長らくお待たせいたしました! 

我らがミニー・ドライバーの登場です!!


母さん・・。
なんだかしばらくぶりに観たミニーは、杉本彩にソックリになっていた訳で・・・。
もちろん鋭利なエラは健在だった訳で・・・。

年齢は・・・見た目で行くと、少なく見積もっても27,8才ってとこでしょうか。
と思っていたら、なんとまだ19才くらいの設定の様です・・・。

・・・震える肩を抑えつつ、ここは何も言わずにおきましょう。

顔に似合わず(←暴言)男にだらしないモナは、ミスコンに挑み続けるある日、妊娠が発覚してしまいます。
子持ちはミスコンに出られないので、夢を諦めようとしたモナですが、なんとルビーがモナの子供を自分の子として育てる事を決意。

・・・ってねー・・・。

話の描きようでは、美しい友情にもなりえるのでしょうが、何せ色んなとこが浅いので、何故ルビーがそこまでモナに尽くすのかが理解不能。
そして汗水たらして働いて、一家(モナ&ルビー&娘)を支えるルビーに対して、ミスコン優勝の為なら汚い手を使う事を惜しまず、ひたすらにミスコンに挑み続けるモナ。

ねぇねぇ、あなたミニー・ドライバーさんですよね?
そろそろ諦めましょうよ?

そんな声の一つも掛けたくなっていた私でしたが、そんな私を尻目に、話は飛ぶ事7年。
ついにモナは、念願のミス・アメリカ地区予選で優勝を勝ち取ってしまいます。

そんなバカな・・・。

ミスコン”が舞台で、“ミニー・ドライバー”が主役で、“子連れの秘密を抱えて出場”と言う流れですので、主役(ミニー)が優勝するのは火を見るより明らかなのですが、実際その過程をまざまざと見せ付けられると、やっぱり違和感は否めません。

かくして、自己チューで性格も悪いモナは、親友ルビーが無実の罪で投獄されても、心配なのは自分のミスコン本選のみ。
しかし、不在のルビーに代わり初めて娘と相接する事で、自分のこれまでの生き方に疑問を抱いたモナは、本選の決勝の舞台上で突然自分が子持ちである事をカミングアウト。 
通常なら失格の筈が、これまた都合よく全米の女性の支持を得て、見事ミス・アメリカの座を勝ち得るのでした。

ちなみに獄中のルビーは、テレビ中継で手塩に掛けて育てた娘がまんまとモナに横取りされても、「優勝よ!ヤッター!!」と手放しで喜んでいる有様。

あんた(血は繋がっていないとは言え)自分の娘に愛情とか未練とかないんかい?!
ホント、誰に何を共感しろと言うのでしょうか。
さっぱり判りません。

この映画、見事なくらい“女”しか出て来ません。
母との葛藤、女の友情、女の戦い、娘への愛情・・・
全てを織り込もうとして、全てが中途半端になってしまった、とても判り易い例だと思います。
ちょっとタイプは違いますが、同じ“ミスコンもの”に 『わたしが美しくなった100の秘密』 という怪作がありました。
あちらの方が、映画として突き抜けていて、観終わって少なくともガッカリする事は無いと思います。

あと、この映画で何より一番ショッキングだったのは、“ビューティーコンサルタント”役で出ていたキャスリーン・ターナー

・・・そこに、もはや昔の面影はありませんでした。

なにせ、パっと観判りませんでしたもの。 

「似てるけど・・・まさかねー。」
と思っていたら本人でした。

みなさーん・・・!

この人、昔は“ファム・ファタル”とか“セックスシンボル”なんて呼ばれていた時期も・・・


あったんですよー・・・!!!

・・・

・・

(涙) 
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『世界で一番パパが好き!』

2006年09月01日
ケヴィン・スミス という監督を知っていますか?

ダラダラ青春コメディ 『モール・ラッツ』 。
変化球のようで正統なる青春コメディの傑作 『チェイシング・エイミー』 。
全米クリスチャン連盟(あるのかどうか知りませんが)を敵に回した、暴走天使の世紀末コメディ 『ドグマ』 。
そして、映画史に残る大傑作コメディ 『ジェイ&サイレント・ボブ 帝国への逆襲』 を世に送り出した、クレイジーな天才監督です。


大ヒットを送り出す、いわゆる“ヒットメイカー”ではありません(それを期待して華々しく公開された『ドグマ』の悲惨な結末といったら・・・)。
しかし、ことごとく私のストライク・ゾーンのど真ん中に入ってくるケヴィン・スミス印に、私はすっかり虜になったのでした。

そんなケヴィン・スミスが、旧友ベン・アフレックを堂々主役に作り上げた 『世界で一番パパが好き!』。
今までに無い程正統派のコメディ。
それよりなにより、ケヴィン・スミス印の証でもあるジェイとサイレントボブ(必ず出て来るオタクな二人組)が出てこない!
何と画期的な作品でしょう!!

あの二人無しで、作品は成立するのか?
つまらない映画になってしまってるんじゃないか?
そんな心配要素に、さらに輪をかけていたのが、当時プチセレブ達の憧れの的だった世紀のバカップル ベン・アフレック&ジェニファー・ロペス  略して ベニファーの出演。


ベニファー て。


ちなみにベンの今の奥さんもジェニファー(ガーナー)なので、


ご好評につきまだまだベニファー続行中


まぁ、そんな(当時)お熱い二人の共演作だった訳ですが、同時期に公開されたもう1本の共演作 『ジーリ』 が、ラジーを総なめしたり、肝心の二人も破局を迎えたことなどもあり、この 『世界で一番パパが好き!』 も公開されるのかどうかヒヤヒヤものでした。
結局、J.LOが出演している事をトップシークレット扱いにする事で、無事公開に漕ぎ着けたのですが・・・。
トップシークレットも何も、J.LOの役どころはベンの奥さん役という、隠しようの無い重要人物なんですがねぇ・・・。
どれだけシークレットにしてるのかと思いきや、冒頭からバリバリ登場するJ.LO。
オスカー並みの演技でデレデレしているベン・アフレックが、公私とも気の毒でなりません。


そんな気の毒なあらすじ
やり手の宣伝マン・オリー(ベン・アフレック)は、美しい妻・ガートルード(ジェニファー・ロペス)と幸せなセレブ生活を満喫していました。
ところが、愛する妻が出産直後に死亡してしまい、オリーは娘と二人ぼっちになってしまいます。
哀しみと育児ストレスで一杯一杯のオリー。
ある日、ウィル・スミスの宣伝の仕事で、会見場に遅刻してなかなか来ないウィル・スミスと、それを攻め立てるマスコミたちに対して、ストレスからついにキレてしまったオリーは、聴衆の面前で言いたい放題暴言を吐きまくってしまいます。

宣伝マンとしてありえない失態を犯してしまったオリーは、当然の如く会社を解雇され、見事に都落ち。

生まれ故郷のニュージャージーに戻り、父親と娘とつつましい生活を送ること7年。
道路清掃の仕事を続けながら子育てしているうちに、月日は流れ、娘のガーティもすっかり小生意気しっかりモノの女の子に育ちました。
すっかり田舎ののんびりした生活に慣れきっているかと思いきや、オーリーは未だに派手な都会のセレブ生活に未練タラタラ。
宣伝マン復帰の夢も捨て切れていません。
行きつけのレンタルショップの店員・マヤ(リヴ・タイラー)とも、いい感じのムードになりますが、今ひとつ本気になる事が出来ない有り様。

そんなオーリーに、願ってもない再就職の誘いが舞い込みます。
昔の同僚のコネで、大手のエージェントの面接を受けられる事になったのです。
舞い上がるオーリーでしたが、なんとその日はガーティの学習発表会の日。

果たしてオーリーは、過去の栄光を取り戻す事が出来るのでしょうか?
また、娘との絆を保つ事は出来るのでしょうか?



とまぁ、ごくごく真っ当なハートウォーミング・コメディで、これといった毒っ気も無い本作。

田舎での生活に幸せを感じている娘と、都会での華やかな生活を忘れる事が出来ない父。
彼らを取り巻く人々が、本当に温かい人ばかりで、観ているとほのぼのとした気持ちになってきます。
都会と田舎、華やかな生活と地味な生活、どちらが正しくてどちらが間違いとは決め付けられない事ですが、オーリーにとっては住み慣れたニュージャージが一番幸せになれる場所だという事は、たぶん間違いないでしょうね。
私にとっては一番の疑問点、 「どうしてまたケヴィン・スミスがこの作品を?」 と言う事には、残念ながら答えが得られませんでしたが、ほのぼのコメディを彩る俳優陣は、相変わらずのケヴィン・スミス常連組ばかりでホッとしました。
主役のベン・アフレックは勿論ですが盟友・マット・デイモンとジェイソン・リーも、きっちり友情出演していましたし。

過去の作品では結構、ひどい目に会って来ているのに・・・。
ホント、義理堅い人たちなんですね・・・。

そしてもう一つ、今作でキラリと光る好演を見せていたのが、ニュージャージーのレンタルショップ店員役のリヴ・タイラー
『指輪物語』で、エルフ(妖精)の王女である絶世の美女を演じた時は、
「エルフに見えない!」 「絶世の美女に見えない!」 「原作とイメージがかけ離れすぎ!」 「馬が(重そうで)可哀想だ!」 「大体何でエルフの姫が黒の乗り手より強いんだ?」 「だったらフロドの代わりに指輪を捨てに行ってやれ!」 「そのぜい肉、少しゴラムに分けてやれ!」 
などなど、『タイタニック』時のケイト・ウィンスレットに肉薄するかのような一斉砲火を浴びていましたが、今回は身の丈にあった役柄で、非常に違和感の無い、自然な演技で好感度大でした。

そもそも、現代劇でのリヴ・タイラーは、とっても魅力的でチャーミングな女性役が多いのです。
くれぐれも、2度とあのような間違いを犯さない事を、願って止みません。



ともかく、邦題は観る気を激しく減退させるシロモノですが、観て見ればホンワカとした気持ちになれる1本でした。
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『デンジャラス・ビューティ 2』

2006年07月31日
大ヒットした1作目から4年・・。

サンドラ・ブロック演じる型破りなFBI捜査官、グレイシー・ハートが帰ってきました!



・・・と言ったはいいが、1作目が殆ど思い出せない私。


何でしょうね、ラブ・コメに対するこの記憶力のなさは。

私の頭の中にも、消しゴムがあるのでしょうか・・・?

指の間をすり抜けて、サラサラと流れ落ちる記憶の粒たち・・・。

そんなキレイな言い回しは要りませんか?
要らないですね。


まぁ、箸にも棒にも掛からない気楽に観られる娯楽作だったと言う事なのかもしれませんが。

確か、

男勝りの捜査官がミスコンに潜入捜査する羽目になり、華麗に変身して悪い奴をやっつけて、彼氏もゲット!

というような内容だったと思います。
多分、ほぼ間違いないと思います。

で、今回は

前回の一件ですっかり有名になったハート捜査官ですが、見た目に気を使わな過ぎて彼氏にフラれてしまいます。
一身発起したハート捜査官は、オシャレセレブに華麗な変貌を遂げ、FBIの美人広報として全米を飛び回る日々です。
しかしある日、ミスコンで友情を深めたミス・アメリカが誘拐された事から、胸に秘めていた捜査魂に火がついたハート捜査官。
大事な友達を無事助け出す事が出来るのでしょうか。


というストーリーでお送りしています。


前回、晴れてカップルになったこんかぎりニヤけた男でしたが、冒頭からハート捜査官はサックリ振られてしまったようです。
しかも電話での別れだったので、今回あのニヤけ男は姿すら現しません。
よっぽど前作での評判が悪かったのか、看板女優に失礼でもあったのか・・・?
やっぱり、アメリカ黒映画史上に燦然と輝く 『キャット・ウーマン』 なんかに出たのが、運の尽きだったんじゃないかと思うのですが。


それにしても、ハリウッドのラブ・コメに出て来る相手役は、どうして揃いも揃ってこんかぎりニヤけた男ばっかりなんでしょうね。

で、出て来る女連中がそいつを見て 「ワオ! ゴージャス~」とか言うんです。



ゴージャスじゃねぇYO!!

ゴージャスはゴージャスでも、松野の方じゃ・・  モゴモゴ



まあ、そんなボヤキはともかく、今回はサンドラ・ブロックの意向からか、ハート捜査官の色恋はてんで登場しません。
出て来る異性と、意味も無く恋に落ちるラブ・コメよりは100倍正しい選択だったと思いますが、その分ストーリーを盛り上げる必要もある訳で、“身だしなみ”と無縁だったハート捜査官は、セレブファッションに身を包み、最新のコスメやブランド品を披露します。

新しくパートナーになった、(これまた男顔負けな)フラー捜査官との友情物語も重点的に描いていますし、クライマックスはラスベガスの海賊ショーでの派手な脱出劇で、とても盛り沢山な内容。


・・・なんですけど、だからといってノレるかどうかはビミョーな所。

サンドラ・ブロックが、ブタッぱなを鳴らして「ブガブガ」笑ったり、ゴージャスに変身したり、キャットファイトを繰り広げたり、おかまショーに潜入したり、やりたい放題の七変化を魅せてくれるのですが、やればやる程、一流女優がカラカラと空回りしている感が否めなくなっていくのです。

誰がグレイシー・ハートを呼び戻したのか?
これを2作目にする必要があったのか?
ハリウッドには、まだまだ解き明かされていない謎がうごめいている模様です。
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