ブログパーツ

『シャンプー台のむこうに』

2006年09月02日
20060902213336.jpg  ←2000年 イギリス作品

映画を観る基準の一つに、「ご贔屓の役者が出る」というのがありまして、アラン・リックマンは私にとって正にその一人であります。

『ダイ・ハード』 『ロビン・フッド』 『ボブ・ロバーツ』 『いつか晴れた日に』 『ギャラクシー・クエスト』 『ラヴ・アクチュアリー』・・・
どれもこれも傑作だらけじゃありませんか!

アラン・リックマン 最高!
アラン・リックマンにハズレなし!!


と言う訳で、前々から観たかった本作。

他の出演者も、ビル・ナイにレイチェル・グリフィス、ジョシュ・ハートネットと、とっても魅力的。
そして観終わってみると・・・やっぱりアラン・リックマンにハズレなし!!
大満足だったのでした!

どうしてイギリス映画ってやつは、こうも暖かいんでしょう?
いや、もちろんハズレに出くわす事もありますが、大概はホンワカ気分に包まれます。


舞台はイギリスのド田舎。
羊がメーメー泣いてます。
で、主人公は理髪店の息子・ブライアン。
お母さんは10年前に浮気相手と家を出て行って、今はその理髪店の向かいに美容院を開いています。
当然、父ちゃんと母ちゃんは絶縁状態で、間に挟まれたブライアンはとっても微妙なポジションです。
そんなド田舎で、なんと『全英ヘアドレッサー選手権』が開催される事になります。

すごいのかすごくないのか、イマイチ乗り切れない住人達 (と超張り切っている市長) の中、息巻くブライアン。
それもその筈、彼の父ちゃんはその昔、知る人ぞ知る「伝説の髪切り職人」だったのです!
それが何故、しがない理髪店の店主をやっているのか?

母ちゃんの家出の原因が、その『全英ヘアドレッサー選手権』にあったからなのです! 

他を寄せ付けない強さで連覇を続けていた父ちゃんでしたが、10年前の大会の時、彼らのチームでヘアモデルをしていた人と母ちゃんが電撃的な恋に落ち、なんと決勝前日に二人で駆け落ちしてしまったのです。
チャンプの座と母ちゃんを一気に失った父ちゃん・・・。

そりゃやる気も失せますよねぇ。
しかもそのモデルとは、なんと女性・・・。
そう、母ちゃんは女に寝盗られたのです!!

そんな苦い過去を引きずり、今は地味~な理髪店の店主に収まっていた父ちゃんだったのですが、ブライアンの熱意と、元チャンプのプライドから、再び選手権にエントリーする事を決心します。

かつて父ちゃんのライバルで、現チャンプであるレイ。
よりにもよって、そのレイの娘と恋に落ちるブライアンの恋の行方は?
そして、何かの秘密を抱えて、選手権に出場して来た母ちゃん。
その秘密とは?
父ちゃんはチャンプの座を取り戻す事が出来るのか?


もう、こう書いているだけで面白くなって来て、鼻息が荒くなってしまいます。(私は)

とにかく登場人物がどれも魅力的。
父ちゃんの往年のライバル・レイは、小ずるい奴ですがなんだか憎めません。
冴えない市長が、大会が進むにつれどんどん自己を解き放っていきく様は、観ていてとっても微笑ましい。
母ちゃんの浮気相手も最初はちょっとうっとおしい感じで、「なんでこんな人と駆け落ちしたかなー?」と思うのですが、観ているうちにその人柄がだんだん光ってきます。

観ていて彼らに親近感を感じるのは、きちんと作りこまれた役柄だからでしょう。
奥行きのある役作りに、思わず映画が終わってからも彼らの今後をふと考えさせられます。

そこには「完全な正義」も「完全な悪」もないのですね。
どこぞの大味な映画とは大違いです。
話は母ちゃんの「秘密」によって、お気楽コメディーには落ち着きません。
その秘密が明らかになる事によって、母ちゃん父ちゃんが和解して、皆んなハッピーとは行かない現実が、そこかしこに見え隠れします。
したがって、ラストも決してただのハッピーエンドとは言えない余韻を残しています。

しかし、彼らのこれからを想像する時、希望に包まれた暖かな気持ちになるのは、この映画の持つ「優しさ」のせいなのでしょうね。

ちなみに、脚本を書いたサイモン・ビューフォイは 『フルモンティ』と書いた方です。

なるほど納得。

「人生って悪くない・・・」 と思わせてくれる、とてもいい映画でした。
     ♪♪どちらのバナーでもどうぞご遠慮なく♪♪ →   にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ

『ダーウィンの悪夢』

2006年08月22日
affiche_darwin.jpg   『ダーウィンの悪夢』ポスター


その豊かな生態系から、ダーウィンの箱庭と呼ばれていた、タンザニアのビクトリア湖。
しかし、1960年代そこに巨大な外来種・ナイルパーチが放たれたことから状況は一変します。
湖にいた在来種たちは、巨大な外来種に貪り食われて姿を消し、増殖を続けるナイルパーチを加工輸出する工場が次々に作られ、あたりの住民の生活は崩壊します。
アルコールに浸る男たち、広がる売春とエイズ、食べる物も無く粗悪なドラッグによって道に眠る子どもたち。
からっぽでやって来ると言われる、ロシアの運搬用飛行機。
しかし本当に機体には何も積まれていないのか・・・?
工場の国際競争力を称賛するEUのミッション。
なすすべもないタンザニア政府…。
グローバリゼーションの奈落を深海の悪夢のように描くドキュメンタリー。


今年のオスカーで、長編ドキュメンタリー部門にノミネートされていた 『ダーウィンの悪夢』 を、やっと観る事が出来ました。

ゾンビもエイリアンも鉄の爪の男も・・ この映画に勝る恐怖は存在し得ないでしょう。
何故なら、ここに映し出された光景は、紛れも無い現実だからです。

おぞましく醜悪な姿をした巨大魚。
それが加工された後に残った残骸。
ウジが湧いたその残骸を、拾い上げて天日干しするという仕事。
腐乱する過程で発生するアンモニアガスに生命の危険すら脅かされながらも、「仕事があるだけマシ」と言う女性。
天日干しされた骨を、油で揚げたモノを食料にする人々。
それすらも買う事が出来ず、ゴミを燃やした時に出る煙をドラッグ替わりにして、一時の現実逃避に耽る子供達。

悪夢、地獄、言い方は何でもいいのです。
全てが現実なのだから。

それは私達が暮す現実とは、あまりにかけ離れた現実です。
戦争も、紛争も、貧困も、亡命も、遠い国の出来事で、自分達には直接関係が無い。
そう思いがちな日本と言う国もまた、ナイルパーチの輸出先。
給食やレストランで使われている白身魚が、このナイルパーチなのだそうです。(全部かどうかは判りませんが)
それでも、関係ないと言い切れるのでしょうか?

加工工場の夜間警備員のオジサンが、雇用条件の悪さを嘆いてこう言います。
「戦争になればいくらでも雇って貰えるのに」

そんな恐ろしい言葉を、キラキラと目を輝かせながら言うオジサンは、狂気に取り憑かれているのでしょうか?
仕事が無く、娼婦をするしかない女達を見て、
「何でもいいから、何か他の仕事をすればいいのに」
と思うのは、
「パンが無ければケーキを食べればいいのに」
と言うのと何が違うのでしょうか。

私達は、世界を知らなすぎます。
私達は、世界から目を逸らしたがります。

タンザニアで死に行く人々を見て、じゃあ日本から一体何が出来るのか?
何も出来ないから、見ない・知らない ・・・?
何も出来ない(かもしれない)けど、私は見なければいけないと思うのです。
知ることが、誰にでも出来る第一歩だと思うからです。
知る手段として存在するのが、映画の持つ大きな力だと思うから。

確かにドキュメンタリーは、作り手の編集一つで意味合いが大きく変わる可能性があるでしょう。
この作品も、フランスやオーストリアのスタッフによって作られていますから、タンザニアの人から見れば事実と言えない部分もあるかもしれません。
そう言う可能性も含めて、一見の価値がある作品だと思いました。

よその国の話ではないのです。
同じ星の上で起きている事なのですから。
     ♪♪どちらのバナーでもどうぞご遠慮なく♪♪ →   にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ

『オルランド』

2006年08月13日
20060813230925.jpg
↑今回はホラーではありません。 念の為。


オルランドは黒目が大きい。

オルランドの黒目はこちらの心を見透かしているようだ。

オルランドの黒目を見つめていると、その世界に吸い込まれてゆく。


・・・正確に言うと、黒目じゃなくて青い瞳なんですが。


英文学の代表的女性作家、バージニア・ウルフの長編小説を、『耳に残るは君の歌声』のサリー・ポッターが映像化。
タイトルロールであるオルランドを演じるのは、 『ナルニア国物語』 の白い魔女で名を馳せたティルダ・スウィントンです。

私の中でティルダ・スウィントンと言えば、『コンスタンティン』の大天使ガブリエル。
両性具有がこんなにしっくり来る人を、私は他に知りません。
美しく、暴力的な天使の光臨を目撃出来ただけで、『コンスタンティン』を観たかいがあったと言うものでした。

そんな『コンスタンチン』以前に作られた今作でも、ティルダ・スウィントンの役どころは男であり、女。
やっぱりしっくり来ていたのでした。


裕福な貴族家庭の跡取りとして、気ままな生活を送っていたオルランド(男)
エリザベス女王からの厚い寵愛を受けていたオルランドは、“彼の領地(邸宅)が永遠に彼の物である”というお墨付きを女王から頂戴するが、その条件が
一生美しいままで。決して老いてはならない。
というものだった。
その言葉の通り、何十年経っても美しい青年であり続けるオルランド。
彼は激しい恋に落ち、その恋に破れ、心の傷を紛らわす為に辺境の地に赴き、戦争という厳しい現実を体験する。
100年が過ぎ、目覚めたオルランドは女性になっていた。
美しい女性となったオルランドは、女性であるが為に相続権を失い、また恋に落ち、恋を諦め、世界大戦を生き延び、子供をもうけ、現代を颯爽と生きてゆく。
美しいままで。


決してSFじゃありません。
ファンタジーと言った方がいいのかもしれませんが。

オルランドが、自由に地位や性別や時代を越えてゆくさまは、観ていて気持ちがいいです。
400年にも渡る、オルランドの旅。

男という性であった時、一目ぼれした女性に
「あなたは私のものだ。なぜなら私はあなたが好きだから」
と、ジャイアニズム全開の口説き文句を吐いていたオルランドが、女という性になった時、タイプじゃない男性から
「私と結婚してください。なぜなら私はあなたが好きだから」
といつかの自分と同じ口説き文句を吐かれ、速攻でお断りしていたシーンは思わず笑ってしまいました。
男という性であった時は、恋に破れたら旅に出たり、失恋の詩を書いたりと、やたらとジメジメした性格だったオルランド。
しかし、女と言う性になった後の彼女は、好きになった男性にはひるむ事無くアタック。
行きたくない土地に「自分と一緒に来てくれ」と誘われた時は、好きな相手でもハッキリ断る。
子供が出来たら一人で守る。

これは、ヴァージニア・ウルフが一番強く、作品に込めた思いだったのでしょうか。
それとも彼女の性格だっただけなのか・・・。
いずれにせよ、人の本質と言うものには、時代背景も性別も関係ないというメッセージが、作中からグイグイ伝わってきます。

「前と同じ人間。
 何も変わらない。
 性が変わっただけ。」


オルランドが目覚めて、自分が女性に変わっていた事に気付いて口にする言葉です。

ステキな言葉ですね。

そんなオルランドですが、心のどこかでは生き続ける自分に苦しい思いも抱いていたはず。
物語のラストでは、オルランドの頭上に天使が現れて彼女(彼)に救いの詩を奏でます。

・・激しくとっちゃん坊やのような天使なんですが・・・。
・・・ハッキリ言うとムサいオヤジなんですが・・・。

外見はともかく、そんな天使の祝福を受け、愛娘にも恵まれて、オルランドの瞳からは一筋の涙がこぼれます。

これからもオルランドは生き続けるのでしょうか?

美しいままで。

画面のこちら側に、まっすぐと向けられたオルランドの瞳は、私に問いかけてくるようでした。

「で?
 あなたの人生は・・・?」
     ♪♪どちらのバナーでもどうぞご遠慮なく♪♪ →   にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ

『グッドナイト&グッドラック』

2006年05月20日
ジョージの兄貴ぃ と、私もマット・デイモン並みに甘えたくなりました。


“オスカー監督賞ノミネート”は色んな好意に支えられての物かもしれませんが、こういう作品を作る、しかも彼のような影響力のあるスターが作ったと言う事に、大きな意義があるように思います。


監督1作目に続き、2作目もテレビ局を舞台に選んだジョージの兄貴。
パパがニュースキャスター(マサカズではない)だったそうなので、当然と言えば当然なのかもしれませんが、内容は1作目とガラリと変わって真面目そのものです。


1953年、アメリカ国内に吹き荒れた“赤狩り”の嵐。
その扇動者であるマッカーシー上院議員に、堂々と異論を唱えた男気溢れるニュースキャスター、エド・マローの権力との闘いを、モノクロ映像に実際のニュース映像を混ぜ込んで、上手にまとめています。


権力との闘い、となれば演出次第でいくらでもドラマティックになりそうな物ですが、そこはさすが兄貴、過剰に感情を煽る事無く淡々と(少し物足りない程に)エド・マローの闘いを映し出していきます。


本当に真面目な人なんでしょうね。


エド・マローじゃなくて、ジョージの兄貴が。 (いや、エド・マローは言うまでも無く・・・)


男前(※ハリウッド基準)で、面倒見がよくて、人望も厚くて、誠実・・・。


ホントだとしたらエライ事です。


せめてゲイぐらいであってくれないと、割に合いません。(何の?)


只今ゲイの皆さんに失礼な発言がありました事を、ここに陳謝いたします



“危険な思想を持つ者を取り締まる”


これはまさに、今日本の国会で審議されている“共謀罪”と丸かぶりの発想で、古今東西罪の無い人々を死に追いやり、人生を狂わせ、人間同士を疑心暗鬼に追い込ませる、悪夢のような法律です。


つまり、この映画で描かれている事は私達の直ぐ間近まで迫っているかもしれない事柄で、絵空事でもなんでもない、本当に恐ろしい問題なのです。
勿論アメリカも、9・11以来他人を疑う事に拍車が掛かった人たちによる一部の人間の弾圧や、政府によるマスコミの報道抑圧など、50年前と大して変わらない事をやっているのが現状です。
9・11直後、「イラク戦争反対」と叫んだだけで、非国民扱いされているアメリカ人をテレビで観たときには、「これじゃあナチスと変わらない」と思ったものです。


危険な思想を持つ人が犯罪を犯すのを、未然に防ぐのはとても有意義な事ですが、人間の頭の中なんて覗ける筈も無く、結局は尋問や監視、密告などで判断するしかないのではないでしょうか。
そこには当然先入観や第一印象も入り込むでしょうし、そうなった時一体誰が真実を見つける事が出来るのでしょう。


怖いですねぇ。


誰か賢い人が、『マイノリティー・リポート』みたいな装置を実際に開発してくれないですかねぇ・・・。


あぁ・・・あれは人間が入ってたか・・・。


100%マシーンでお願いします。


それはともかく、こんな当局に真っ向勝負を挑むような作品を作ったジョージの兄貴も偉いですし、オスカーで認めてあげたハリウッドも偉いと思います。(もっともハリウッドは、民主党支持者が多いそうですが。 ※ブッシュは共和党)


こういう作品を送り出せるアメリカは、まだ腐り切ってはいない。
そう思いました。


ジョージの兄貴には、これからも良質な社会派映画を撮り続けて欲しいですね。
まだまだ撮った数も少ないですし、これからもっと期待できると思います。


それから俳優陣がまとまっていて、とてもよかったです。
テレビマンを演じる男達の渋い事渋い事・・。
オスカーノミネートのデヴィッド・ストラザーンを筆頭に、 『デーヴ』 のイヤミな補佐官が印象深いフランク・ランジェラ や 演技力の評価と逮捕歴がどっこいどっこいのロバート・ダウニー・ジュニア や 『ツインピークス』 の怖いお父さんレイ・ワイズなど、出てくる男という男がモノクロ効果もあってとてもいい男に見えます。
それとも、信念を持って闘う男が美しいのか・・・。
はたまた男を描くのが上手いのか・・・。


・・・兄貴ったら・・・ やっぱゲイ?
 

     ♪♪どちらのバナーでもどうぞご遠慮なく♪♪ →   にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ

『クラッシュ』

2006年05月20日
今年3月に発表された第78回アカデミー賞で、見事作品賞に輝いた 『クラッシュ』 を観る事が出来ました。


オスカー予想している時や発表後は、
「 『ブロークバック・マウンテン』 に作品賞を与えないなんて・・


オスカー会員の塩野郎どもめ!  


なんて思っていましたが、実際この2作品を観て見ると、いかにオスカー会員の選択が難題だったか、と言う事が実感できますね。


・・・ごめんね。 オスカー会員のおじいちゃんたち・・・。(いや、お婆ちゃんもいるのか)


『ブロークバック・マウンテン』がの映画なら、『クラッシュ』はまさに
美しい山々に囲まれて、言葉静かに愛を交わす二人を描いた 『ブロークバック・マウンテン』 も、心を打つ、苦しいほどに切ない物語でしたが、現在のロサンジェルスを舞台に、様々な人種を巻き込んで繰り広げられる 『クラッシュ』 もまた、暴力や憎悪に覆われてはいるものの、その底にある人間の愛について、私達に雄弁に語りかける素晴らしい作品でした。


人種のるつぼであるロスでは、憎みあうのは白人vs黒人だけではありません。
黒人vsヒスパニック
ヒスパニックvsアジア
アジアvs中東
裕福な黒人vs貧しい黒人・・・


誰もがお互いを疑い合い、些細な事で憎み合い、命を奪い合う。
9・11以来、他人に対する猜疑心や憎しみが、より深まって行ったアメリカ。
その中で常に三角形のトップにいるとされるのは、やはり白人です。
でも・・・どうして白人だけが偉いのでしょうか?
白人と一口に言っても、アイルランド系、スコットランド系、ドイツ系など、所詮は入り混じった血の筈です。
肌の色や生まれた土地だけで、偉いもへったくれも無いと思うのですが・・・。
同じ人間じゃないですか?
しかし、略奪や殺人の理由が少なからず「肌の色だけ」と言う事がまかり通っているロスでは、そんな事所詮“現実を知らない者のキレイ事”なのかもしれません。
深いです。
どこまでも深すぎる問題、人種差別。


ただ、こんなに重いテーマなのに観終わった後心に希望が残るのは、作品に愛が貫かれているからでしょう。
どんなに憎悪がはびこっても、親が子を想う心 や 子が親を想う心 や 愛する人を想う心 は消えはしないのです。
憎悪の陰にはきっかけがあるように、何かのきっかけで寛容の気持ちに変わる事もある筈。
そんな希望を感じました。


大勢のキャスト達がそれぞれ抱える心の闇を、複雑に絡ませ合いながらまとめていく脚本は、見事としか言いようがありません。
私はロスに行った事もありませんし、実際のロスをどれだけ知っているのやら(大して判っていないのでしょう)・・・。
しかし、ここに描かれたロスはきっとリアルなロス(アメリカ)の姿なのだろうと思いますし、能天気な娯楽作品に映し出された底抜けに明るいロスの太陽は、作り物の太陽のような気がします。


この現実から目を背けていたのでは、憎しみは終わらない。
このような映画が作られるアメリカは、まだ救われる余地がある。
そう思いたいです。


助演男優賞にノミネートされたマット・ディロンが、持ち味をいかした“虫唾が走る”嫌な奴を味わい深く演じていれば、 昨年 『ホテル・ルワンダ』 で主演男優賞にノミネートされたドン・チードルも、心に大きな傷を抱えつつ母親に報われない愛を捧げる“哀しい男”を情感たっぷりに演じ、その脇で 『ハッスル&フロー』 で助演にノミネートされたテレンス・ハワードが、黒人としての尊厳を踏みにじられ苦悩の表情を浮かべます。
よくもまあこれだけ、演技の達者な役者さんばかり集めたものだ、と演技のアンサンブルだけでお腹いっぱいです。
オスカー授賞式で、すっかり浮き足立っていたリース・(ハッピーブロンド)・ウィザースプーンの旦那さま、ライアン・フィリップもしっかりとした仕事っぷりで安心しました。


そもそも 『ブロークバック・マウンテン』 と比べる事が、ばかげた事だったのでしょうね。
どちらがより優れている、なんて無意味な事です。
どちらも愛を描き、人間の本質を描いた、素晴らしい作品でした。
     ♪♪どちらのバナーでもどうぞご遠慮なく♪♪ →   にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ

« Prev | HOME | Next »

※当ブログで使用しているイラスト等の著作権は、全てはアガサにありますので、転載、二次加工、再配布の際は一言ご連絡下さいませ。