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『マリアの受難』

2007年12月15日
マリア
その王子様は40歳・独身。

『パフューム ある人殺しの物語』 の監督がトム・ティクヴァだったのだと知ったのは、DVDをプレイヤーに入れ、長すぎる予告編集を見終えて、やっと始まったオープニングタイトルを観た、まさにその時でした。
そうか・・・そうやったんか・・・。
瞬間、アガサの心は遥か遠く、まだ20代半ばで映画館に通い詰めだった頃に飛んでいました。
岡山で唯一のミニシアター、シネマ・クレール。
当時そこで観た 『ラン・ローラ・ラン』 には、アガサの胸に深く刻まれた甘酸っぱい青春の想い出が、もれなくおまけで付いて来るのです。

・・・まぁしかし、そんな甘酸っぱいレビューを書いてもなんなので、そんな 『ラン・ローラ・ラン』 の監督でもある トム・ティクヴァの長編デビュー作、『マリアの受難』 のレビューを行ってみますわい。

あらすじ・・・
平凡な主婦・マリア。
一秒の狂いも無い規則正しい生活の中で、何の感情も持たず、ただただ愛情の無い夫と寝たきりの実父の世話に明け暮れる。
そんなマリアの生活に、ある日変化が訪れます。
いつもの様に見下ろしていた窓の下の風景。
その中を通り過ぎていた男性が、彼女の方を見上げていたのです。
2人の視線はほんの数秒間絡み合い、何かが生まれる予感がした。
そして、直ぐに予感は実感に変わる。
マリアの隣人だった、その男性からの電話。
確かな熱い感情によって、マリアは生まれ変わろうとしていました・・・


チクショー・・・これも甘酸っぱいじゃねぇか・・・

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例えば、いつも行く映画館。
何故だかよく見かける、同い年くらいの異性。
ある日、その人が話しかけて来たら・・・
「いつもあなたの事が気になっていたんです」と・・・。

例えば、いつものコンビニ。
同じ時間帯、同じ人。
顔はすっかり覚えていたけど、私語を交わした事など無かったその人に
「つきあっている人、いるんですか?」なんて言われたら・・・。

“いつもの平凡な自分を、密かに見出してくれていたあの人”
と言うのは、理想の王子様なのではないかと思います。
特別着飾っても、念入りなメイクをもしてもいない、素の自分に恋してくれる。
そんな、小説やドラマの中ではお馴染みの王子様(ただし実際にいたらキモいと罵声を浴びせられる事ナンバー1の半ストーカー)と、マリアは出逢うべくして出逢います。

王子様は、同じマンションの隣の棟に住む中年男。
3階に住むマリアがいつも、夕暮れに窓際でタバコを燻らす姿を見つめ続け、密かな想いを寄せていた王子様。
そして実は、1階に住む彼の部屋の窓も、マリアの部屋から丸見えだった。

・・・ベタだ・・ ベッタベタだよコレ・・
おうちが隣同士でお互いの姿が窓越しに見える。だなんて、昔の「りぼん」か「別マ」レベルだよ。
そして、お互いが揃って恋愛経験の乏しい加齢集コンビな訳なので、当然会話も弾まないよ。
好き好きオーラがビシビシ飛び交っているのに、
キスのタイミングを今か今かと計りまくっているのに、
最後の一手が打てないんだよ。
だって中年だから! 2人合わせて喜寿だから!!(←推定)

無駄に年ばかりを喰ってきた様な不器用な2人の恋は、観ているコチラまでドキドキしてしまうほど、リアルな心拍数を感じさせてくれて、ホントにもう、甘酸っぱいったらありゃしない。
で、一応人妻であるマリアの倫理的な問題は?と言うと、マリアの夫は彼女の事を、完全に奴隷か家政婦扱い尚且つギャンブル狂いなので難なくクリア。
むしろ、彼女の不憫な生い立ちを知ってしまうと、心から声援を送りたくなる程です。

『マリアの受難』 と言う題名が示すように、宗教的なイメージも多く感じる本作。
マリアがいきなり受胎・出産したり、無意識のうちに贖罪の人生を歩まされていたり、人生とは?生きる意味とは?と言う小難しいテーマを感じさせたりと、一見とっつきにくい印象を与えてしまいそうなのですが、実はとてもシンプルな物語なのではないかと思います。

要は、
無味乾燥な生活を送る主婦が、運命の相手と出逢う
と言う、凄くありきたりで胸にグっと来る(主婦は尚の事)普遍的なラブストーリー

悲劇的なクライマックスとその後に映し出される奇蹟のラストシーンは、何故か涙がこぼれてしまった程、愛情と救いに満ちていました。

色んな意味で、アガサの生涯ベスト10に入る作品かもしれませんねぇ。

ちなみにマリアの “一風変わった趣味” のシークエンスは悪趣味かつ変態色満載で、その暴走っぷりも見応えたっぷりですので、『ミセス・シンデレラ』系が苦手な殿方にも安心してご鑑賞頂けるのではないかと思います。
キーワードは虫と言う事で。 
ときめき変態ワールドを、皆さんも是非ご堪能あれ!

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『トランスアメリカ』

2007年12月05日
transamerica.jpg
不幸で、とても幸せな親子の物語。

あらすじ・・・
LAに住む中年男スタンリー・シュパックは今、サブリナ・クレア・オズボーンとして生まれ変わろうとしていました。
完全なる性転換手術によって、長年苦しんできた性同一性障害にケリをつけようとしていたのです。
しかし、その手術を1週間後に控えたある日、サブリナ(ブリー)に一本の電話が掛かってきます。
それは昔、ブリーのたった一度の気の迷いから産まれた見知らぬ息子が、逮捕されたと言う知らせ。
手術で頭が一杯のブリーは、面識も親心も無い息子を無視しようとしますが、親友で手術保証人のマーガレットから
「自分の過去と向き合わないままで生まれ変わる事は出来ない」
と諭された為、迷いを抱えたまま、息子のいるNYへと向かう事に。

人生をかけた手術まであと数日。
初めて逢った息子と共に過ごすNYからLAまでの横断旅行で、彼女(彼)は捨ててきた多くの過去に直面し、心の整理をつける事が出来るのでしょうか・・・。


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「自分という人間の、入れ物と中身は違う」と、ある日気付いてしまったら・・・。
自分は気付いているのに、周りからは見た目のままの扱いを受け、しかし、否定も出来ずに過ごして行くのは、どんなにか辛い事でしょう・・・。

この作品の主人公・ブリー(旧スタンリー)も、辛い青春を送ってきました。
酒も飲んださ。 ハッパも吸ったさ。(←アガサ予想)
理解の無い親に無理やり病院に入れられ、自殺を図ったりもしたさ。

・・・ああ、そして女も抱いたさ。

で、そんな一夜の過ちの成果が、17歳・只今青春まっさかりのトビーとして、ブリーの前に突きつけられたのでした。

そしてそんなトビーもまた、父親を知らずに育ち、母親には自殺され、継父には性的虐待を受け家出の果てには、生きる為に男娼の道を選ぶと、実に悲惨な人生を歩んでいました。

まさに、親の因果が子に報い。状態。

ブリーはそんな不幸ど真ん中のトビーに、自分が親だなんて打ち明けられるはずもありません。
ましてや、トビーが見知らぬ父親に、
「おれの父ちゃんはハリウッドで成功して大豪邸でウハウハ状態に違いない」
などと、果てしない幻想を抱いていると知った日には、いやもう絶対無理っス。

と言う訳で、アメリカ横断を余儀なくされたブリーとトビーの旅は、不自然な事この上なし。
実の親子なのに、赤の他人。
自らの身の上を少しずつ明らかにするトビーとは裏腹に、ブリーは色んな事を隠さずにはいられない。
その対比が実にもどかしく、時に可笑しく、胸を締め付ける。
徐々に親心が芽生え始めるブリーと、ブリーが男性だと知ってからも何とかそれを受け入れ、ついには愛情めいたモノを抱き始めるトビー。

父親に結婚を申し込んでしまいました・・。 

・・・死のう。

と、全ての真相がわかった刹那、トビーが心の中で言ったとか言わないとか。
とにかく愛情と同情が混ざり合った感情の渦に飲まれて(いや、もしかするとそもそもソッチの気があったのか)、全裸で愛を告白するに至った息子を前に、これ以上ブリーが秘密を隠しとおせるハズもありません。
悔恨の念と共に、父親カミングアウトをしたブリーを、トビーは力いっぱいグーパンチわかる、わかるよトビー。

この映画で、アガサが一番救いを感じたシーンは、実はこのシーンでした。

“プロポーズ大作戦”時に二人が居たのはブリーの実家。
長年、ブリーの辛さを理解しようとせず、苦しみを与え続けてきた母親が支配する家です。
母親は、未だにブリーをスタンリーとしてしか扱おうとせず、密かに存在していた孫トビーを、息子の替わりに溺愛。
しかし、いざブリーがトビーに殴り飛ばされた瞬間、母が駆け寄ったのはブリーの元でした。
怪我を負った息子に寄り添い、優しく手を当てる。
やはり、どんなに横暴でどんなに無理解な母でも、息子を愛している事には違いは無いのです。
このシーン、この瞬間に、親子の深く途切れる事無い愛情を感じ、胸が熱くなりました。

そしてそれは、ブリーとトビーの間にも確かに存在している愛情なのです。
たとえ判り合えなくても、たとえ疎遠にしていても、血を洗い流す事など出来ないし、遺伝子レベルで愛というものは存在しているのではないでしょうか。

母親としての愛情を痛いほど感じ、息子を傷付けてしまった悲しみに、手術の成功の喜びなど消し飛んでしまったブリーと、
「おれの父ちゃんはイチモツを持つ母親」と言う衝撃の事実を知ってしまい、ショックのあまり家を飛び出してしまったトビー。

二人が再び一つの家に集うラストは、これ以上ないほどの希望に溢れ、そこに存在する確かな愛情を感じさせてくれる、とても温かいシーンでした。

やはり人と人は向き合わないといけないのですね。
そこにどんな見たくない事実が横たわっていても、しっかり目を逸らさずに向き合ってみないと。
でないと、大切な愛情を見逃してしまうかもしれませんね。

久しぶりにホッと出来た、ステキな作品でした。

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『ベニーズ・ビデオ』

2007年10月13日
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Q.何故少女を殺したのか?

ハネケ祭り第2弾 『ベニーズ・ゲーム』 です。
第3弾があるかどうかは定かではありません・・○| ̄|_OTLorz.....。

あらすじ・・・
たそがれ中学生・ベニーが、たまたま出逢った少女を部屋に連れ込み、何となく殺害。
その事実を知ったベニーの両親は、死体を闇に葬る事を決意。
母とベニーを海外に旅立たせ、残った父が死体を解体処理。
見事に完全犯罪成立! ・・と思っていた両親でしたが、思わぬ所に裏切り者がいた! それはベニー!!

お前・・何故・・?
・・無事やり過ごせるハズだったのに・・?


一家の行く末・・それは全てベニーの匙加減一つ。
判断理由は 「それやったらどんなかなぁ・・」 と思ったから。


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先日の 『ファニー・ゲーム』 に引き続き、ミヒャエル・ハネケ監督の初期作品にレッツチャレンジ!

映画は、とある農家での豚の屠殺シーンで幕を開けます。
末期の叫びを上げ続けるブタさん。
無情に額に当てられた屠殺用の銃。
大きな爆発音と共に、四肢が死後の痙攣を繰り返す。
このシーン、実際の屠殺映像を使っているので、観客は不快感のどん底です。

いきなり冒頭から、人の神経逆撫でしまくるこの映像とは・・・!

さすがは不愉快帝王・ハネケさん!

ハネケは最初からクライマックスだぜ!!

ただし、その後ブタさんを捌くトコまでは見せない辺りに、ハネケさんの良心を感じました。
これギャスパー・ノエだったら、絶対最後までノーカットで映しきってますよ。
アイツはそれくらいやる人間です。

鬼畜帝王・ノエさんの話題はさておき、『ベニーズ・ビデオ』

無表情・無感動・無興奮、と、何の感情の起伏もないベニー少年は、モニターに映し出された映像に囲まれて暮しています。
テレビ局によって編集された「現実の」ニュース。
固定されたファインダーで区切られた中だけの「実際の」風景。
それはホンモノのようで、実は虚構の世界でしかなく、そんな中にどっぷり使って生きているベニー少年もまた、リアルな物など何も持たない、カラッポな人間に思えてなりません。

で、そんなカラッポなベニー少年は「ただなんとなく」行きずりの少女に銃を向け、「どんな感じかなぁ・・」と思って引き金を引いた。
しかし、予想外に人間と言うのは死なない生き物で、「ブタは一発で死んでたのになぁ」と多少焦りつつも、泣き叫ぶ少女を黙らせる為にベニー少年は何度も引き金を引くのです。

なんなのでしょうか。
この空虚さは、一体なんなのでしょうか。
人が一人死んでいると言うのに・・・。


恐ろしいほどの無感情で支配されたベニーの部屋。

“魔が差した” とよく聞きますが、まさにこの瞬間ベニー少年は悪魔そのものだったのでしょう。
無表情の、まだ面影に幼さを残す悪魔。

そんな悪魔な子供の親の顔が見てみたい! と思っていたら、ベニー少年の両親もやっぱり魔が差した様で、被害者の事より加害者の将来(もしくは保身)を最重要課題として家族会議を徴集です。

この親にしてこの子あり なのか・・・?
はたまた、人とは極限状態においては、悪魔になり得る生き物なのか・・?

小銭程度の金額の為、躊躇無く人を殺す人間。
正義の名を振りかざして、ゴミの様に人を始末する人間。
憎かった訳でも必要に迫られた訳でもないけど、ただ何となく煽られたから銃を撃ったベニーが、その行為に正義も悪も感じていない事が何より恐ろしい。
ついでに、息子が陥っている(無感情と言う)地獄に正面から向き合おうとせず、表面上を取り繕う事だけに一生懸命なベニ父も何気に恐ろしい。

唯一、家族の中で壊れた様な笑顔を見せ、自分たちが為した非道な行為に慟哭するベニ母の姿だけに、少し救われた様な気持ちになりました。

こりゃ更正出来るのベニ母だけだな・・きっと。

と言う訳で、ハネケ祭り第2弾 『ベニーズ・ビデオ』 は派手な展開も惨たらしい死体も何も無いものの、心底リアルな「ある殺人」を描いた、ある意味 『ファニー・ゲーム』 より数倍恐ろしい“どん底映画”だったのでした。
本当は 『隠された記憶』 もチャレンジしたかったのですが、若干心が折れてしまいましたので、またの機会に・・と言う事で。

ヘタレでスンマセン。・゚・(*ノД`*)・゚・。

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『ファニーゲーム』

2007年10月06日
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・・・ちっともファニーじゃないよ!何やってんだよ!! ・・と小一時間。

アガサの頼れるホラー仲間・wataruさん(←勝手に仲間にしちゃってスミマセン)がレビューされているのを拝見して、無性に観たくなってしまいました。
何でも、根限り「後味悪い」作品だそうですね、コレ。
丁度精神的に参ってしまう出来事があったので、こんな時は潔くとどめを刺そうと、颯爽と借りてまいりました。

ええ。
自分、ドMですよ。
 それが何か?(←意味無く逆ギレ)

あらすじ・・・
そこそこ裕福で幸せいっぱいのショーバー家。
(内訳・・・父・ゲオルグ、母・アナ、幼い息子・ショルシ)

3人はバカンスを楽しむ為、湖のほとりの別荘にやってきました。
到着早々、荷解きに追われる一家のもとを訪れた2人の青年。
すみません、奥さん。 ・・・卵切らしちゃって・・。

そして始まる、無情な一夜。
タイムリミットは12時間。
誰一人楽しめる筈が無い、狂った青年2人だけが満喫する狂気のファニーゲームの幕が上がる・・・。


怒り・・・

絶望・・・

虚無感・・・

どこにぶつける事も出来ない、むき出しの感情があなたを襲う。
いや、実際私も襲われた。

これはヒドイ。
も一回言っとこう・・・これは非道い。

ヒドイよ! wataruさん!!(※wataruさんは悪くない)

主人公である幸せな一家が、頭のおかしい2人組によってサックリ殺されて捨てられる。
で、2人組はテクテクと次のターゲットのお宅を訪問。

この映画はそれでお終いなのです。
勇気ある父による攻防も、ブチ切れた母の逆襲も、にっくき犯人に迫るパトカーのサイレンも、何もないままに、観客の感情をグッチャグチャに引っ掻き回したそのままに。

くそぅ・・・!
こいつらが訪問したのが、ジョディ(フォスター)さんちだったらなぁ・・・!
凄まじい返り討ちの刑だったろうになぁ・・・!

と、地団駄踏みたくなるような“リアルになす術が無い母”“憐憫の欠片も持ち合わせていない犯人たち”の姿。

この映画の一番怖い所は、
実際にもこういう殺人鬼っているんだろうなぁ・・きっと。
と思ってしまうトコです。

アベックを襲って、暴行の果てに殺して埋めてしまう、狂った連中。
通りすがりの女性を拉致して、非道の限りを尽くして海に捨ててしまう、悪魔のような連中。
現実に起きているおぞましい事件の犯行現場が、この映画のようでは無かった、と、誰が言い切れるでしょうか。
人間というのは、いつでも非人間になれるモノなのでしょうか?
否もしかしたら、このおぞましい残虐性は人間だからこその特性なのかもしれません。

人間の認めたくない本質を、これでもかと叩きつけてきたハネケ監督。
(映像という媒体を使って)やってる事はこの上ない極Sですが、伝えたいメッセージはこれ以上無い程シンプルなのですね。

人間って怖い。

中でもハネケさんは特に怖い。

ナオミ・ワッツ主演で作られたリメイク版が、かなり気になる秋の午後でした。



<< 余談のコーナー >>
“ホラー” と言う虚構の世界が骨身に染み付いているアガサに言わせると、このショーバー家の犯人への対応は 「全くなっちゃいない」 ポイントばかり。
 犯人から逃げる時、手ぶらのままだ・・・(包丁が目の前にあったのに!)
 犯人を出し抜けたのに、無人の家の中に逃げ込んでしまう・・・(袋のネズミ回避は基礎中の基礎!)
 どこの誰ともわからない車に助けを求める・・・(まずはどこかで電話を探すのが一番でしょ!)
 電話をかけるチャンスがあったのに、警察の番号が判らない為友人宅にかける・・・(110番があるぢゃない!)
などなど、ファイナル・ガール(※ホラー映画で最後まで生き残る美少女の事)なら絶対に犯さないであろう失敗を、ことごとく繰り返してしまう主人公たちに、
もしかしたら旦那が黒幕?
なんていう大穴予想までしてしまったアガサ。

しかし、本編中一度だけアナが魅せた起死回生の攻撃に対し、なんとハネケ監督は「本編そのものが巻き戻されてやり直される」という、トンデモ展開を用意。
とことん犯人に、凶行の続行をさせてやったのでした。

・・・監督、やっぱアンタが一番怖いよ・・。

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『マリー・アントワネット』

2007年08月26日
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「ブサ可愛い」ではない・・・!
「可愛い」ではないのだよっ ・ ・ ! ! 

それはつまりブサしか残っていないと言う事・・(モゴモゴ

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もともと、あまり女っぽいものが得意でないアガサ。
ブランドモノも関心が湧かず、宝石もちっとも欲しくならず、甘いものもどちらかと言うと苦手で、ハイヒールは生涯一度も履いた事が無い、と、女道(おんなどう)からかなり踏み外した人生を送ってきたような気が・・・。
そんな訳で、美容院での時間潰しが最も苦手だったりなんかしちゃったりして、店員さんが気を利かせて持って来てくれるオサレな雑誌の9割方が、普段の人生とは無縁の世界を映し出していたりします。

絶対買わない(買えない)であろう洋服。
絶対食べない(食べられない)であろうスウィーツ。
絶対履かない(履けない)であろうパンプス。
でも、心の隠れた部分をくすぐられるような感覚を感じてしまう・・・。

女力アップ企画・第1弾 『マリー・アントワネット』 は、まさにそんな「美容院で覗き見るキラキラとしたオサレな世界」そのものの様な映画だったのでした。

あらすじ・・・
オーストリアの皇女・アントワネットは、14歳にしてフランスの皇太子と政略結婚する羽目になり、一路フランスへ。
冴えないご面相の皇太子・ルイ16世は、絶世の美少女・アントワネットには目もくれず、結婚してからも自分の趣味だけに没頭。
実家に帰る事も許されず、生活習慣の違う見知らぬ土地で、孤独な結婚生活を余儀なくされていたアントワネットは、ルイに負けじと自分の好きなモノに全精力を注ぎ込んでゆきます。
しかし、いくら贅沢をしても、いくらチヤホヤされても、少しも満たされないアントワネットの心。
そんな時、お忍びで出掛けた仮面舞踏会で、彼女は一人の美しい殿方・フェルゼン伯爵と出逢い、生まれて初めての恋に落ちるのですが・・・


女の、女による、女の為の映画ですね、コレは。

男なんか(女なんか)にゃ理解出来っこない なんて事は、とことん不毛なので言いたく無いのですが、しかしこの作品が男の人に理解(共感?)出来るとは到底思えません。

だからと言って、女性だと100%共感出来て
「わかる!わかるよ、アントワネット!!」
なんて居酒屋で管を巻いてしまう、と言う訳でもないのですが。

全編を埋め尽くす、パステルカラーの靴ゴージャスな宮中ファッションオサレなスウィーツポップなロック煌びやかな宝石などは、無条件で女の遺伝子をくすぐってくれます。
普段、そういう物とは無縁なアガサでも、純粋にキレイなもの、可愛いものがキライな訳ではありませんので、当然の如くくすぐられまくりでした。

しかし、ページをめくれば視界から消え、めくり間違うとあっけなくビリっと破れてしまう雑誌の1ページの様に、この作品の中のオサレな装飾品たちもまた、とても儚く、とても薄っぺらな印象しか感じない。

そしてそれは装飾品だけではなく、アントワネットの生活風景もまた同じ。
心を許せる友も無く、旦那は自分に関心を示さず、孤独な事この上ないアントワネットの生活は、あくまでアッサリさっくりと紡ぎだされていきます。
お世継ぎの催促で追い詰められて泣き崩れるシーン、
取り巻き連中と夜通し遊んだ後に見た美しい朝日、
束の間の恋に夢中になるシーン、
革命の波にのまれて宮殿を後にするシーン、
全てのシーンがとても平坦で、美しいけれど心に残らない。
それはまるで、美容室で見るオサレな雑誌の様に、パラパラと目の前を通り抜け、あっけなく閉じられてしまうのです。

しかし、もしかするとそれこそが、アントワネットの人生そのものなのかもしれません。
どこかリアリティに欠け、あらゆる美しいものに囲まれているけど、全てが作り物の世界。
勿論、子を産み、王妃として誇り高く生きたのでしょうが、アントワネットを取り巻いていた世界は、案外この作品のような「自分のものであって、自分のものでない」世界だったような気がしてなりません。

映画界のオサレ番長、ソフィア・コッポラ監督は、もしかするとそこまで計算したからこそ、これ程までに全編をオサレなアイテムで埋め尽くし、薄っぺら感を演出していたのかもしれませんね。

・・・もしかしてじゃない?

そうですよね! 勿論そうッスよね!!
ソフィア姐さん、ナマ言ってスミマセンでしたぁぁっ!!

この映画が面白いと感じるか、サッパリしすぎて物足りないと感じるかは、大いに意見が分かれる所でしょうが、私は良くも悪くも女100%の映画として、とても気に入りました。
最後に絞首台のくだりまで行かなかった点も、この作品が伝記映画ではなく、女(の目線に絞った)映画なのだと言う強い意志を感じて、よかったのではないかと思います。
むしろ、もしそのくだりがあったら、この映画は台無しになっていたでしょうし。

とにかく、今はただ無性にケーキが食べたいです。
(とどのつまりそういう映画です)
(うそです)

最後に、がっつりベルばら世代のアガサには、どうしてもキルスティン・ダンスト=アントワネットがしっくりこなかった事をご報告させて頂いて、今回のレビューを終わらせて頂きたいと思います。

・・旦那(ルイ)とツーショットの時なんて、長年連れ添った熟年夫婦にしか見えなかったですからねぇ・・・。
・・・あと、どのシーンもきっちり可愛くなく撮られていましたからねぇ・・・。
ソフィ姐さん・・・、ホントはキルスティンの事キライなんじゃ・・(モゴモゴ

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