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『ONCE  ダブリンの街角で』

2009年01月28日
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もうさぁ、つきあっちゃいなよ。

あらすじ・・・
夢はでっかくミュージシャン。
しかし今は諸事情から、しがないストリートミュージシャンでしかない男は、いつもの様にダブリンの街角で歌を歌う。
自作の曲を歌っても、誰も足をとめてくれないので、人通りの多い日中はポピュラーなカバーを。
そして日が暮れると自分だけの歌を。

ある日、いつもの様にギターをかき鳴らす男の前で、珍しく立ち止まった女がいた。
女は男の歌に感動し、歌に込められた裏話を根掘り葉掘り聞き出そうとする。
梨本さんか東海林さんかという喰らいつき様だ。
はじめはそんな女を疎ましく思った男だったが、結構美人だったのでちょっぴりグラっと来た。
話をしているうちに、もうちょっとグラグラっと来た。
女も音楽を嗜むと言うので、近所の楽器屋さんで軽くセッションをしてみたら、この上なく気が合ったせいで、その揺れはもはや大地震並みとなった。

女もまた、男に友情以上の感情を抱き始めていたのだが、その想いを成就させるには様々な問題がありすぎた。
やがて男は、素晴らしい音楽パートナーとなった女と共に、一枚のCDの製作を決意する。
それは男の長年の夢を形にすると言う事であり、同時に夢を本気で叶える為の一歩を踏み出すと言う事でもあった。
最高の楽曲を完成させ、確かな手ごたえを感じた男は、自分の夢に同行して欲しいと女に持ちかけるのだが・・・。


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恋人関係や夫婦関係というのは、曲作りの様なものなのではないかと思います。
それぞれが異なる楽器を持ち寄り、異なる旋律を奏でる。

二つの音は重なり、美しいハーモニーを生み出す事もありますが、時として耳障りな不協和音にもなりうる。
何度も作られてはボツられ、楽譜はまた書き直されて行く。
哀しい事に、相容れないセンスを持つカップルは解散を選んだりもする。
しかし、二人の目指す音楽が同じ場所に辿り着いた時、それは最高の楽曲となり、至上の喜びに導いてくれるのです。
オレがおまえでおまえがオレで。
定めの二人が描いた未来(そら)に、一羽のかもめが飛んで行く。
それでは歌って頂きましょう、 「男と女のダブリン慕情」。

演 歌 か よ 。(※違います)


この作品の主人公である「男」と「女」(※役名はありません)が共に作り出す楽曲は、それはそれは美しく、とてもとても胸に響く調べでした。
2人の声が重なった時に生まれる音の波は、この2人がきっと赤い糸で結ばれたパートナーなんだと思うに相応しい、完璧なハーモニーです。
そんな相手に出会えるなんて、そうそうあったものじゃありません。
絶対逃しちゃいけない。 
絶対離してはいけない。

しかし、男には心から愛していた彼女が、女には遠距離別居中の夫が存在。
どちらもその元(現)パートナーに未練を残しながら、目の前に現れた最高のパートナーにも強く心惹かれて行く。
さあ! あなたならどうする!!
ていうか、どうして欲しい? この2人に!

ここで、普通なら当然のように過去の恋に決別し、新しい人生の再スタートを切るであろうと思われた男と女は、大方の予想(期待)を裏切って別々の道を選びます。
しかも元のパートナーと。

お前ら何してくれてんねん!(`Д´#)ドリャー

安易なハッピーエンドは好きでないアガサですが、ここまで音楽センス(なんていうか・・波長?)が一致する2人が離れてしまうエンディングには、正直ガッカリしました。
ガッカリというか、勿体無いというか。
で、それぞれが元さやに納まると言うオチも納得行かない。
男の元カノは別の男を作って逃げた様な女だし、女の旦那は彼女の音楽性を全否定する様な男。
なのに、時間が経ったからって復縁しちゃうか? そんな簡単な問題じゃないと思うのだけど。

ここで敢えて別々の道を選ばせた理由は、「現実なんて所詮こんなモノなんだよ」というシニカルな視点なのか、それとも「この物語はフィクションであり、実際の人物とは一切関係ありません。また、劇中のマヨネーズはスタッフが責任を持っておいしく頂きました。」ということわりなのか、っていうかマヨネーズってなんだよ。(※マヨネーズは出てきません)

もしかしたらこれは、一種のお伽噺なのだと言う事なのかもしれませんね。
理想の、運命の相手に巡り逢えるという、夢のようなお伽噺。
でも、夢は必ず醒めるもの。
現実は容赦なく訪れ、人は誰もみな、それを受け入れざるを得ないのです。
なんかちょっと胸が痛いですね。
幸せな夢のあとに、いつも訪れる痛みなのかこれは。


さてさて、ストーリーについて書いてみましたが、本作の一番の見所はやはり音楽な訳ですよ。
昨年のオスカーで主題歌賞も獲りましたしね!
主人公のカップルを演じるのは、実際にアイルランドの人気歌手であるグレン・ハンサードと、チェコ出身の歌手マルケタ・イルグロヴァ。
プロの俳優ではないお陰で、より役柄の持つ不器用さを感じる事が出来ました。
と言っても、演技が下手とか言う訳ではなく、いい年をした大人のピュアな恋愛を実に自然に表現していたと思います。
で、専門分野のシーンになると、水を得た魚のように活き活きとして行くのもまた役柄に合っていて良い。
ぎこちなかった2人の距離が、セッションを経てマッハのスピードで縮まる様は、まさに魔法です。
音楽という、共通言語が持つ魔法。

これはミュージカルといってもいいかもしれません。
「PVみたいだ」という評も見かけましたが、そんな野暮な事言うたらあかん。
不自然さの抜けた、大人のミュージカルと言って下さい。
なので、音楽に興味ない方はもしかしたらピンと来ないかもしれませんねぇ。
ただ、音楽(ロック)が好きな方は間違いなくズキュゥゥゥゥゥン!と来ると思います。

それにしても、ここ数年観た映画の中で最も、鑑賞後にサントラが欲しくなった作品でした。
マジ欲しいんだけど~、みたいな。
あと、やっぱり楽器が演奏できる人ってステキだなぁ・・と。
ギターをかき鳴らして歌う姿って、最高にグっときますよね。
これでメガネがあったら、「グ」どころじゃ済まなくなりそうですが。(/∀\*)イヤン


最後にもうひとつ。
物語の中盤に2人が会話するシーンで、チェコ語(?)が登場するシーンがあったのですが、WOWOW鑑賞だったのせいか字幕が無かったのですよね。(DVDにはついてたのかなぁ)
その会話は女の旦那についてなのですが、男が彼女に「まだ彼を愛しているの?」とチェコ語で聞くと、女はチェコ語で何かを呟きます。
その一言がどんな意味なのかが判らない。
物語上でもその意味は明かされず、男は「今のなんて意味?」と聞くのですが女はただ微笑むばかり。
なんですか! 超気になるじゃないですか!

なんかこれって、「あなたを愛してる」とか言ってそうじゃね?
「愛してるのはあなたよ」とか言ってそうじゃね?
“himじゃなくてyou”って言ってそうじゃね? そう思わね?
と気になって仕方ありませんでしたので、鑑賞後調べてみましたら、やっぱりここのセリフは「あなたを愛してる」だったみたいです。

お前ら何してくれてんねん!(ノ ゚Д゚)ノ === ┻━┻ガシャーン

やっぱりやんけ! やっぱりそうやったんやんけ!
好き同士だったんやんけ―――!!
なんですかこの「とっくにお互いの気持ちは通じているのに通じていないフリをしてそれぞれの道を行く」みたいなノリは!(ノリというかそのまんま)
ホントに歯がゆいです。
you、「好き」って言っちゃいなよ! って心の底から叫びたいです。

と思ったのですが、よく思い出してみたらこの2人、リアルで付き合っていたんでした。(※グレンとマルケタさん)

・・・

・・

へいへい、よござんしたね。( #-ω-)y-゚゚゚  (←なんかカチンと来たらしい)


作品自体はとても感じのいい良作でしたし、音楽も胸に残る素晴らしい楽曲揃いでしたので、皆様も是非ご覧下さい。


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『WALL・E ウォーリー』

2008年12月23日
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手を繋いだ。 世界が変わる音がした。


クラスメイトが 「『うぉーりー』おもしれえ!」と大絶賛だった為に、辛抱たまらなくなったらしい小さい人に同行して 『WALL・E』 を鑑賞。

ううん、うそ。
あたしホントは、ずっと前から気になってたの・・ウォーリーのこと。
でも、なかなか言い出せなくて・・・ そうなの。ホントは劇場で初めて予告を観た時から、涙腺が緩みっぱなしだったの。
ごめんね・・ もっと早くに言ってればよかったね・・・ そうすればこんな風に離れ離れにならなくてもよかったのに・・ あたしが臆病だったせいだね・・ ごめん・・ごめんね・・・


と、急遽鑑賞が決まったものの仕事だった為に一人置いてきぼりを喰らわされる事になった世帯主さまに言ってみようかと思いましたが、シバかれそうだったので止めました。
時々シャレにならない事も起きますしね、人生ってヤツは。


と言う訳で、あらすじ・・・
・ ウォーリーは一人ぼっちでチキュウのゴミを片付けていた。
・ 実は一人ぼっちではなく虫型ロボットも一緒だった。
ディズニー先生、誇大広告の懼れあり。
・ 700年もの間、何物も訪れなかったチキュウに、ある日巨大な流線型の宇宙船が降り立った。
・ 宇宙船から出てきたのはタマゴ型の探査ロボット・イヴ。
・ 自分に等身が近いロボが登場して、ウォーリー大喜び。
・ 嬉しさの余り、溶接部分からひまし油が漏れ出します。
すみません、自分、ウソを言いました。
・ 何かを一心不乱に探すイヴと、そんなイヴに夢中のウォーリー。
・ ウォーリー、付きまとい行為。
・ イヴ、ウォーリーをガン無視。
・ 定期的に巻き上がる風塵に巻き込まれたイヴを助け、これ幸いにと自宅へ連れ込むウォーリー。
ピンチをチャンスに変える男、それがウォーリー。
・ 最初は周りのガラクタに警戒心を持っていたイヴだったが、それらがウォーリーの集めた宝物だという事に気付き始める。
・ 宝物という名のガラクタ。 誰かにとっては意味を持たないガラクタでも、ウォーリーには宝物。
何でもないようなことが幸せだったと思える男、それが高橋ジョウォーリー。
・ 依然としてウォーリーに心を許さないイヴだったが、ウォーリーが差し出したブツを見て顔色が変わる。
顔色っつっても、ロボットなので物理的には無理ですけどね。 つまりなんつーかさぁ、心だよ心。
・ ウォーリーがその手に抱えてきたもの、それは長年チキュウで作業を続けてきたウォーリーが始めて見つけた“植物”だった。
・ イヴは“植物”を体内に取り込み、即座にスリープモードに入る。 それはイヴに組み込まれたプログラムに則った行動だったが、ウォーリーには状況が理解できない。
・ スリープ状態のまま作動しないイヴ。
・ そんなイヴを甲斐甲斐しくお世話するウォーリー。
気分はちょっとしたラブドーr(自己規制)
・ 幾日が過ぎ、ウォーリーにも諦めの気持ちが生まれかけたその時、まっ灰色の空から例の宇宙船が降り立った。
・ イヴを確保する宇宙船。
・ 宇宙船に駆け寄るウォーリー。
・ ウォーリーに駆け寄る虫。
虫くんな! 邪魔だ虫!!
・ ウォーリーを船外に張り付かせたまま、宇宙船が目指したのは遠い遠い銀河系。 
そこでは700年前に「宇宙に一時避難」した筈のチキュウ人たちの子孫が、未だ「一時避難」を続けていた。 
永遠にもなりうる「一時」に、チキュウ人たちは慣れ親しみ、もはや自分達の故郷の記憶すら持たずに、ひたすらコンピュータに促されるがままに消費の生活を送る日々。
しかし、そんな怠惰で生きながら死んでいるような毎日は、他ならぬ故郷から飛び込んできたウォーリーによって打ち破られる事になる。
ただし、ウォーリー自身は、全く関知しないままに。

・ でもウォーリーは、チキュウ人の事なんか興味ない。 ただ、イヴと手を繋ぎたい。それだけなんだ。
・ 果たしてウォーリーは、イヴと手を繋ぐ事が出来るのでしょうか?
あと、覚えてたらでいいので、チキュウ人のその後についてもこっそり教えて下さい。


本当は勿論、チキュウ人についても真面目に描かれていますよ。
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お恥ずかしい事ながら、アガサはまだ 『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』 を観ていません。
このド年末に際して、あちこちのサイト様で行われている2008年総決算で、恐ろしいほど高評価のあの作品を、あろうことか未だに観ていません。
ホントにねぇ、映画が好きとか言ってちゃダメですよね・・こんなんじゃ。
切株に割く時間の3割でもいいから、来年はまっとうな映画も観たいと思いました。

で、その最高傑作(らしい)を観ずしてこんなの言うのもアレなんですが、
アガサの2008年ナンバー1が、どうやら決定致しました。

そうですよ、今年は本当に当たり年でしたよ。
先日ホラーの豊作っぷりについてちょっと書きましたが、それ以外の作品も実に素晴らしい作品揃いでした。
『ホットファズ』 『ノーカントリー』 『ダークナイト』 『ミスト』 『JUNO』 『ランボー最後の戦場』 、そして『イースタン・プロミス』(←これもまだ未見だった(泣))。
しかし、そんなツワモノ揃いの2008年終了を間近に控えて、まさかこんな傑作に出会えるとは思っていませんでした。

思えば最近、幸せで胸がいっぱいになるような映画を観ていなかった様な気がします・・・。
それはアガサが敢えて切株ばっか選んでいるようなダメ人間だからと言うだけではなく、今の世の中全体が先の見えない灰色の靄を進んでいるような状態だから。
よっぽど呑気な人でない限り、20年・・いいえ、10年先の世界が夢いっぱいの近未来都市だなんて考える人は居ないでしょう。
飛行機が巨大なビルに突っ込んだあの日がクローズアップされる事が多いですが、それよりもずっと昔から長い時間かけて、ジリジリとこのお先真っ暗な状態まで進んできたんですよ、私たちは。
確かにこの数年で一気に状況が悪化した感はありますが、地球をぶっ壊すのには少なからず時間が必要ですから。
アメリカのアホ大統領が特別悪いのでもないし、中国のアホ国家主席が諸悪の根源と言う訳でもないのです。
私たち(とその先祖)みんなで壊したんです。

・・と、思ったけど、よく考えたらやっぱブッシュのせいかもですね! 
犬野郎めこれでも喰らえ!! (バシーン!)
(←靴を投げる音)

で、まぁとにかくお先真っ暗な世の中で作られる映画と言うのは、そんな世界を映す鏡の様なモノですので、当然「人類がほぼ死滅した」とか「謎の感染病で」とか「純粋悪がさしたる理由も無く人を殺す」とか、そういう殺伐とした内容が増える訳です。

映画は色んな作用を持つ薬の様なものだと思います。
病を治す事もあるし、栄養を与えてくれる事もある。 
今年公開された、“殺伐とした内容”の作品は、あまりに苦味がたっぷりで飲み下すのも一苦労する様な薬でしたが、その口に苦い成分が後に、人生を正しい方向へと導いてくれるかもしれない。
ですから、たとえ後味が最悪でも、これもまたとても貴重な薬である事に間違いありません。
でもやっぱり、劇場を後にする時は、ドンヨリとした暗い気持ちになるより、幸せで暖かい気持ちの方がモアベターだわね。

やばい。 何を書いてるのかよく判らなくなってきた。ヾ((´Д`;))ノ


つまり、この 『WALL・E』 は子供から大人まで安心して飲み干せる、甘くて暖かくて解毒剤の効果も持つような良薬だったのです。
よって今年ナンバー1なのです。
よし。 なんとかまとまった!(←そうか?)


誰かを思いやる気持ちは、こんなに尊く、こんなに強く、こんなに周りを巻き込む力があるのだと。
そういう気持ちを無くしてしまった(麻痺してしまった)人間にそれを蘇らせてくれるのが、本来無機質なはずのロボットだという皮肉。
メッセージ性はたっぷりと込められていますが、ちっとも説教臭くないのがピクサ-の凄いトコなんですよね。
憎いぜ電気スタンド野郎!

そして、作中に散りばめられた数々のオマージュ。
有名な 『2001年宇宙の旅』 や、そのまんま使用されている 『ハロー・ドーリ-!』 は言うまでもないのですが、子飼いにされた“人間”の世界で、コンピュータのプログラムによって垂れ流される 
「食べろ!」「ゴロゴロしろ!」「昼寝しろ!」
という電子表示板では 『ゼイリヴ』 を連想させられたましたし、たった一人でチキュウに残った(残された)ウォーリーとその傍らの相棒(ゴキブリ)という構図では 『アイ・アム・レジェンド』 の素敵なワンコを思い起こさせらました。
他にも 『ET』 とか 『SW』 とかに目配せしたシーンもあったりなんかしちゃったりして、SF好きのアガサはなんかもうたまらん気持ちに。
映画好きが作った、映画愛に満ち溢れた作品と言うのは、こうも鑑賞後に幸せになれるモノなのですね。

ピクサー(ディズニー)らしく、“悪人”が出て来ないトコロも安心ポイント。
ウォーリーの恋路(と人間の進化)を妨げる、人工知能ロボの叛乱シーンはありますが、この人工知能君も結局プログラムに則った行動をとっただけなのですよね。
機械だから、命令は絶対なのです。
まぁ、若干任務に忠実すぎて行き過ぎた面もありましたが、完全な悪とは言い切れないでしょう。(この辺もまさにHAL9000)
機械によって管理され、怠惰な生活を700年に渡って送ったせいで、すっかり退化の道を歩んでしまっていた人類。
彼らも、感情を失っていたのではなく、感情に気付かなかっただけなので、ウォーリーが落とした一粒の“気持ち”のお陰でみるみるうちに正常な感情を取り戻します。
この辺は、もっと難航するのかと思っていたのですが・・・ まぁ全世帯向けですから。


で、とかなんとか色々書きましたが、この様にファミリー層に大歓迎されそうな心温まる感動作に見える本作が、本をただせば実はただの童貞奮闘記なのだと言う点が、なによりアガサの琴線に触れたのだったりするのですよね!

はい、ここからアガサの妄想はじまるよ!


チキュウでただ一人ゴミ処理作業を続けるウォーリーは、700年間ひとりぼっち。
て事はつまり、童貞ですね。間違いなく。
で、そんな童貞のウォーリーは、ある日ゴミの中から発掘したお宝ビデオの1シーンによって、知られざる“性”への扉を開く事に。

「おんなのこの手って、どんなんよ?」
「やわいん? やわかいんか?」
「匂いってどんなん? いい匂いなんか?そうなんか?」
「ああ!あと初キスもな! アレってホントにレモンの味すんの?どんなカラクリやの?その直前になったら空気を察してレモン食っときゃええのんか? どうなんや? どうしたええのんや? え?!え?!

もう凄まじくテッカテカです。

しかし、チキュウ上には自分以外、ゴキブリ型小型ロボットが一匹のみ。
そんなこんなで困り果てていた童貞ウォーリーの前に、ある日待望の女の子が舞い降ります。

親方! 空から女の子g(自粛) 

夢にまで見たリアル女子に出会い、有頂天のはるか上空を彷徨う童貞ウォーリー。
しかし女の子は童貞臭いウォーリーに無反応です。
「なんか、必死な感じがしてイヤ」なんだそうです。
よくある光景です。

ウォーリーは当然の如く焦り、セオリー通りに付きまといを開始。
俗に言う「ガンチラ見」というヤツです。
あくまでシカトを決め込む女の子に、しつこく食い下がるウォーリー。
ま、これを逃したら二度と童貞喪失のチャンスは訪れそうにありませんしね。
手下のゴキブリを有効利用し、若干ではあるけれど女の子との距離を縮める童貞。
ようやく彼女の名前を聞き出しました。
ついつい調子に乗って、彼女の名前を連呼する童貞。
「イヴたん♪」「ねぇイヴたん♪」「イーヴたん♪」

童貞マジウゼえ。

そんな時、童貞に絶好のチャンスが訪れます。
「天候が崩れた為イヴを保護します」という大義名分のもと、まんまと自宅に連れ込む大作戦です。
童貞と言う生き物は、いざと言う時予想外の行動力を発揮するモノなのです。

イヴに抵抗する隙も与えぬまま、童貞の自宅に到着。
戸惑いながらも部屋に入ったイヴが目にしたものは、所狭しと並べ飾られたコレクションの数々。

童貞のスキルに「オタク」が加わった!

メカオタク、ビデオオタク、玩具オタク、電飾オタク、など、様々なジャンルに精通するオタ童貞による、「ぼくのコレクション解説」。
本人以外はさっぱりノってこない、例のアレです。
大概の場合はドン引きされる、例のアレです。

身につまされ過ぎて、アガサ泣きそうです。

で、幻の植物をゲットしたイヴが母船に連れ戻されたり、童貞が「逃がすか」とばかりに彼女を追って宇宙へと飛び出したり、まぁ色々あるのですが、童貞はその後の展開に於いてもひたすら彼女に寄り添い、アピールし、時にバカっぽく、時に勇敢にイヴを全面サポート(と言う名の付きまとい行為)。
なんかもう凄まじい程のストーカーっぷり無償の愛です。
イヴは女冥利に尽きますね。

身も心も捧げた童貞の捨て身のご奉仕に、高嶺の花だったイヴの心は溶けて行き、ついに童貞は宇宙でその思いを成就させるのでした。
さらば童貞だった日々!
みんな! おんなのこっていい匂いだったお!!

そして最後は、「むしろイヴの方から逆プロポーズ」と言う最高のご褒美までゲット。
恐るべし童貞スキル・・・!
ていうか、一生懸命なら誰でも報われるって最高でつね!


と言う物語だったのでした。

・・うん・・。 オレ、最低だよね・・!(全国のよいこのおともだちは、こんな大人になっちゃダメだよ!)

わたしの妄想はさておき。
一台のロボットの無償の愛が、多くの感情を蘇らせ、失われた緑の大地までも復興させると言う壮大なファンタジーだった本作。
愛らしいキャラクターたちと、憎めないイタズラ者が織り成す、信頼と再生の物語ですので、大人から子供まで全世代の皆様におすすめですよ。
胸に幸せな気持ちを沢山抱えて劇場を後に出来る事請け合いですので、ぜひいちどご覧になってみてはいかがでしょうか。


・・・まぁ、童貞うんぬんも事実なんですけどね! (←意外としつこい)


エンドクレジットのバックで流れる、文明(アート)の進化と合わせたチキュウの復興シーンが非常に素晴らしいので、本編終了後も決して席を立たない事をキツクお勧めして、今回のレビューはお開きにさせて頂こうと思います。

ああ・・・素晴らしい映画を観れて、ホントに幸せだなぁ!
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『ジェイン・オースティンの読書会』

2008年11月22日
ジェイン
と、この様に、人妻の浮気心は肌の露出度から推し量る事が出来る訳ですな。 ご用心ご用心。


ちょっとホラー色の強い映画が続いたので、久しぶりに恋愛映画でも観てみましょうか。

って、「久しぶり」とか言ってていいのか?おにゃのことして。
「続いた」っていつもの事だよね?おにゃのこだけど。

自称“おにゃのこ”アガサ、もうすぐ30代後半戦突入です。 
死 ぬ 気 で 頑 張 り ま す 。
(何をだ)

あらすじ・・・
20年間連れ添った夫から、ある日突然別れを切り出されたシルヴィア。

長年大切に育ててきた愛犬を亡くし、失意に暮れるジョスリン。

6回の結婚で、人生の酸いも甘いも完全に噛み分けた感のあるバーナデッド。

粗野で趣味も噛み合わない夫に、いい加減うんざり気味のプルーディ。

恋に臆せずまっしぐらに突き進む、レズのアレグラ。

年上の姉2人に揉まれて育った為、女性に対して受動的なグリッグ。

奇妙な運命に導かれて出会った6人の男女が、ジェイン・オースティンの長編6冊を通して気付く、本当の自分。

本当の生き方。

本当の幸せ。


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ほんまに死んでまうわ―――! アホ―――!!

いやぁ、それにしても恋愛映画は心拍数の上昇が半端無いですね。
どこのどいつですか? ホラー映画が心臓に悪いだなんて抜かしたすっとこどっこいは。
アガサに言わせりゃ、切株よりも恋愛映画の方がよっぽどかタチが悪い刺激が強いですことよ。

それはともかくも、とにかく最近のアガサは、映画の中で心惹かれあう男女が視線を絡ませただけで泡を吹きそうになってしまって困ります。
ヘタすると血反吐です。
素直になれない、イイ年した男女が、互いの気持ちを探るように言葉と目線の応酬なんかした日にゃあ、バアッってこたつ一面に血のシャワーが(以下自粛)

ええと、「これだから欲求不満のmisojiは・・」とかなんとか思ったそこの君、後で校舎裏に来い。

本作のキモとなっているのは、
「読書会」「ジェイン・オースティン」の2つです。
この2つが何の事かさっぱり判らないと、映画の内容もさっぱり判らない・・とまでは言いませんが、魅力が半減される事も事実。
そこで今回は、このキーワードをザクっとご紹介いたしましょう。(なんか最近そんなの多いなぁ)

「読書会」・・・
アメリカのプチセレブの間で絶賛大流行中。
数人のグループが、作者やテーマやジャンルで括った小説を毎月1冊ずつ読み、その本について語り合う。
持ち回りでメンバーを自宅に招く。
ワインは常備。
気の利いた小料理も用意。
“ごめん、リッツしかなかったわ”などと言う戯言、到底許される筈もない。
リッツならリッツで、上にはクリームチーズのみならず最悪の場合キャビアも乗せなければならない。
あくまで本が主役なので、あまりかさばる料理は関心致しかねます。
ローストチキンなんかは手が汚れるので言語道断。
お腹に溜まるヘヴィーな料理ではなく、かといってカジュアル過ぎる料理という訳でもなく、招待者側のセンスが問われるフィンガーフードがってめんどくさいわ!
さきいかでも食っとけ!!
(←理不尽な逆ギレ)


「ジェイン・オースティン」・・・
映像化される事のとても多いイギリス女流作家。
結婚未遂は果たしたものの、結局生涯独身を貫く。
代表作は『エマ』(ケロヨン主演)、 『分別と多感』(エマ・トンプソンが脚色してオスカーゲット)、 『高慢と偏見』(つるぺたナイトレイ主演) など。
世に遺したとされるのは、6つの長編と数本の短編等。
往々にして「素直になれない気の強い女性が、恋に振り回されて泣いたり笑ったりラジバ(ry」という展開。
つまりツンデレ萌え小説。(←超訳)


どうでしょうか。
だいたいの感じは伝わったでしょうか。
まぁ今日のトコロは名前だけでも覚えて帰って頂ければ。(次があるのか)


アガサはジェイン・オースティンの作品を読んだ事は無く、映像化されたモノを観ただけなのですが、彼女の作品はどれも普遍的な恋愛事情を扱っている様に感じます。
古今東西、永遠不滅に続く感情たち。
「好きなのに好きと言えない」 「ごめんなさいの一言が出てこない」 「なりふり構わず愛したいのにプライドが邪魔をする」 ・・・。
純粋だからこその不器用さが立ちはだかって、登場人物の恋はいつも前途多難。
そして、数々の誤解やすれ違いで傷つき、そこから立ち上がって一歩を踏み出す勇気を持てた時、彼らを覆っていた暗い雲は晴れ、やがて訪れる大団円。

オースティンの作品で描かれる恋愛感情は実にリアルで、多種多様で、ここに描かれていないパターンは無いのではないかと思うほど。
本作の登場人物たちが迷い惑わされる 「夫の浮気」 「別居」 「妻の不倫」 「年下との恋」 「不実な恋人」 「マンネリ夫婦の危機」 なども、似た様な状況がバッチリ小説に出てくる為、彼らはそれぞれの境遇を小説に重ね合わせて、時には大胆になったり、時には思い止まったりと日々精進するのですね。

ちょっとこの辺りのくだりは都合がよすぎかなぁ・・とも思いましたが、ジェイン・オースティンの小説は、それくらい懐が深いという事なのでしょう、きっとそうだ!そうに違いない!
全ての“恋や人生に行き詰った”人に贈る愛の指南書。 それがジェイン・オースティンなのだ!

やばい! 買ってこないと!!Σ(`Д´;)(←行き詰ってんのかよ)

どの登場人物のエピソードも、共感度100%の実にいいトキメキ体験が出来るのですが、中でも
生徒に恋心を奪われて、どんどん色っぽくなるフランス語教師のプルーディ
のエピソードは本当に可愛らしくて、じれったくて、“恋”とは最高の魔法なんだなぁ・・と思いました。
お化粧もどんどんノリがよくなってねぇ・・ 肌つやもよくなって・・ 露出も増えて・・。ええのう。
ただ、そんな彼女の最後の選択は、ちょっと無難すぎてガッカリでしたが。
彼女に限らず、本作に出てくる夫婦は、危機を迎えるものの結構あっさりそれを回避します。
もちろん、それがまっとうな形なんでしょうけど・・・
・・なんかねぇ・・
正当すぎると言うか・・ そんな簡単じゃないと思うんですけどね・・。

ま、そんな正当さも含めたものが、ジェイン・オースティンが描く幸せな結末なのでしょう。
もしかすると非現実的かもしれないけれど、小説の中でくらいメガハッピーエンドになってもいいじゃないですか。こんな世知辛い世の中なんだから。

と言う訳で、今度図書館に行ったらジェイン・オースティンを借りてこようと思いました。(←どんな訳だ)
胸を擽る大人の恋愛がたっぷり堪能出来て、且つとても心地よい作品ですので、女性のみなさんは是非ご覧になってはいかがでしょうか♪



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『つぐない』

2008年10月21日
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秋のマカヴォイ祭り・第3弾。

ある日、世帯主さまはふと思ったそうです。

「俺はなんでこんな貧乳と結婚したんだろうなぁ」
と。

そうねぇ、確かに前々からそういう事は何度も言われてたよねぇ。「お前の上半身はお義父さん似だなぁ」とかね。まぁそりゃ似てるか似てないかと言えば似てなくはないよね。ホラ昔から女の子は父親に似るとも言われてるし!と言うか 人間と言う生き物は、ホントに殺意を感じる事があるんだね、ママン。

とりあえず、当面の間お弁当のメインおかずは“こんにゃく炒め”オンリーになるかと予想されますが、ご了承頂きたいと思います。

ええと、そんなアガサですが、つるぺた女王キーラ・ナイトレイを見る度に生きる勇気が湧いてきます。

ありがとう、キーラ。  そして、永遠に・・・・! (←何が?)


あらすじ・・・
その時私はまだ13歳だった。
空想の中の“魔女”や“お姫様”に心をときめかせている、たった13歳の少女だったのだ。
だから、あの図書室で、姉のセシリアと使用人のロビーが抱きあって一つになっている姿を見た時、それが何を意味しているのか、私には理解出来なかった。

話を少し戻そう。
まだ少女だった私は、始めての感情に戸惑っていた。
物心ついた頃から一緒に育っていた使用人のロビーは、姉と同い年の割にはとても大人びていて、いつも穏やかな眼差しで私たちを見守ってくれており、私は自然と、ロビーに友情以上の感情を抱くようになっていたのだ。
何となく心に淡い色が射すような感情・・。
それは初めての“恋”だったのかもしれない。
一方姉は、いつもロビーに対して必要以上に距離を置いて接していたようだった。
「彼とは身分が違うから」 というのが姉の常套句で、“ツンデレ”の意味を知らなかった私には、その姿はただ単に「ロビーは眼中にない」と言う風にしか映らなかった。

しかしある日、私は偶然目にした光景に体が硬直してしまった。
姉とロビーが何やら口論している。 ・・・しかも姉は半裸で。
形容しがたい不安と、見てはいけないモノを見てしまった様な罪の意識のお返しに、私は少し姉を恨んだ。
その上、さらに事件は起こった。
ロビーから姉宛にと預かった手紙を盗み見してみたら、なんとその内容は沢村一樹も真っ青のエロ怪文だったのだ。
「君のピーピーしたい・・・  毎日ピーしたい」
おおおおおいっ!!
ピー多過ぎるわ!  てかストレート過ぎるわ!!
母さん、ついにぼくは、噂に聞くHEN☆TAIにリアル遭遇してしまったわけで!
動揺した私は、その手紙をそのまま姉に届ける事にした。
先程の姉に対する、ささやかな復讐だったのかもしれない。
ロビーは姉に軽蔑されるだろう。
姉はロビーに対する淡い恋心を打ち砕かれるだろう。
2人の関係は、まだ始まったかどうかも判らない程の関係は、これで一思いに砕け散ってしまえばいいのだ。

私はそして、その時が来るのを待った。
ロビーと姉が、顔を合わせて罵り合う瞬間を。
しかし、不思議な胸騒ぎに導かれ辿り着いた屋敷の中の図書室で私が見たのは、罵り合うどころか一つに重なり愛し合う、2人の姿だったのだ。
2人は私の存在に気付くと、目線を逸らしたまま体を引き離し、乱れてしまっていた着衣を直し、そのまま立ち去ってしまった。
私をその場に残して・・・。
何の言葉も掛けてくれる事もなく・・・。
まるで私が、その場に居なかった様に・・・!

私の心には、初めて見た行為の衝撃と、大きな失望と、筆舌しがたい絶望だけが残っていた。
彼らは私に何の説明もしてくれなかった。
実はロビーの事を好きなんだと、実はセシリア狙いだったんだと、そういった大人の感情を何も教えてくれなかった。
私が子供だから。
自分が完全に彼らの世界から置き去りにされてしまっていた事を思い知らされた私は、猛り狂う感情に任せて嘘をついた。
丁度屋敷で起こってしまったレイプ事件の犯人役を、ロビーに擦り付けたのだ。
裏切り者のロビーは、警察署でこっ酷くお仕置きをされればいい。
裏切り者の姉は、愛するロビーと離れ離れになって、せいぜい嘆き悲しめばいい。

まさか彼らの愛情が一過性の物ではなく一生モノであり、その燃える様な想いを果たせないまま短い一生を終える事になろうとは、その時の私は思ってもみなかったのだ。
だって私は、たったの13歳だったから。
誰かの人生を狂わしてしまう、と言う事の重大さに、気付ける筈なんて無いじゃないか。

今、私自身の長きに渡る生涯は終わりを迎えようとしている。
作家として名を馳せる事になったこの人生の中で、どうしても書かなければならなかった事でもあり、どうして書けなかった事でもある、この13歳の時の過ちを、今回やっと書き上げる事が出来て、実はホッとしている自分が居る。
私の愚かな嘘は、2人の若い恋人たちの一生を台無しにしてしまった。
彼らは結ばれないまま死に行くその間際、何を思ったのだろうか。
私をさぞかし、心から恨んでいた事だろう。
私は、彼らが生きている間に、この罪を贖う事は出来なかったが、せめて今回出版するこの私小説の中でだけでも、彼らには幸せな結末を用意する事にした。
それがせめてもの、彼らに対するつぐないだから・・・。


って、ヌルい事言ってんぢゃねえぞゴルア!( #゚Д゚)(岡山市・マカヴォイ大好きっ子さん・3※歳)

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本作で(現時点での)マカヴォイ出演作を全て観終わった訳ですが、本当にこの人はいい役者さんですねぇ。
あちこちで言われていますが、とにかく全ての作品で、全て印象が違う。
繊細なピアニストになったり、半獣になったり、ヘタレサラリーマンになったり、凄腕の人殺しになったり、どの顔もマカヴォイなんだけど伝わってくるその人となりは全く別人なんですよね。
その役柄がそれまでに歩んできた人生までも感じさせる、奥深い演技。
しかも説教臭くなく、ごく自然にそれが表現されている。
おまけに男前。
これでメガネだったら、マカヴォイの破壊力は一体どこまで上昇してしまうのでしょうか?
いや、メガネ無しなのにここまでカッコいいのですから、もう今更メガネは必要ないのかm(以下長くなりそうなので自主規制)

今回のマカヴォイは、身分違いの恋に身を窶す使用人・ロビー。
使用人ながらも、夢はでっかくお医者さん☆ という事で、セシリアお嬢様と同じケンブリッジに入学する程の勉強家でもある。
身の程を弁えながらも、兄弟の様に育ってきたセシリアたちには毅然と接し、決して卑屈な態度などとらないロビーは、まさに理想の男性像ではないでしょうか。
マカヴォイ、かっこいいよマカヴォイ!

そんなマカヴォイロビーに幼い恋心を抱いていたブライオニーは、勝手に美化していたロビーがとんでもないエロ怪文を書いていた事や、そのエロ文を読んですっかりその気になった姉に対して、勝手に失望して、咄嗟に復讐に出てしまう。
確かに彼女はまだ13歳で、大人の恋愛と言うものを何も知らない初心な少女だったに違いありません。
しかし、早熟な面も見せていた彼女なら、ロビーとセシリアの間で実りつつあった感情に気付く事が出来たはず。
「あたし、子供だったからよくわかんにゃい」 じゃあ済まされない訳ですよ。
ごめんなさいで済むんなら、警察はいらねぇわな! って話なんですよ。

・・てめぇブライオニーこのヤロウ!表出ろ!ヾ(*`Д´*)ノ(←悪い大人の例・その1)

きっとブライオニーは、この小説を書き上げるまでの数十年間、ずっと壮絶な罪悪感に苛まれ続けてきた事でしょう。
そして、小説の中で姉とロビーを結びつける事を“つぐない”とした所で、彼女の罪悪感は消える事は無い。
何故なら、彼女が直に謝罪し、つぐなうべき相手はもう、この世に居ないから。
彼女は一生自分を責め、許される事のないまま苦しみ続けないといけないのです。
それはどんなにか辛い人生だろうと思います。 ・・が、愛し合ったまま再会する事すら許されず、離れ離れのまま非業の死を遂げたロビーとセシリアの苦しみに比べれば大した事ないですね!
という訳で、ブライオニーざまぁwww( ゚∀゚)ノ彡ヒャッヒャッヒャ(←悪い大人の例・その2)

哀しい恋人たちの行末を、残酷なまでに美しく映し出すカメラが素晴らしい。
ブライオニーの奏でるタイプライターの音色も、彼女の動揺や不安を見事に表現していて、観ている者の心に深く響く。
ここまで美しい映画だったからこそ、ここまでの深い感情を生み出せたのでしょうね。
久しぶりに、切なくて哀しくて悔しくて、涙が止まりませんでした。

人生に「たられば」は存在しない。
「もしもあの時、ああしていれば・・・」と思っても、放った言葉は口に戻らないし、壊してしまった瞬間は巻き戻せない。
ブライオニーの精一杯の“つぐない”が、天国で待っているであろう恋人たちに受け入れられる事を祈るばかりです。

それにしてもキーラの胸板周辺は、他人事と思えない惨状となっていましたね。
なんでしょうか・・この凄まじい親近感は。+゚(ノД`)゚+。
色んな意味で、今日も勇気を沢山頂きました。
ありがとう、キーラ。  そして、永劫に・・・・! (←だから何が?)

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『ペネロピ』

2008年10月02日
peneropi2.jpg
只今アガサスタジアムで、大マカヴォイコールが巻き起こっております!


その時、アガサの目の前には、2本のDVDがありました。
『ストリッパーVSゾンビ』 と 『ペネロピ』 。
アガサの中で鬩ぎ会う、2つの心。
「御大の新作も観たばっかだし、お前の魂は今、ゾンビを求めてるんだろ?」
「何を言ってるの?そんな形はしていても、あなたの魂は清い乙女の筈よ?」
「バカだねぇ!こいつの魂は、いつだって血にまみれて死肉を喰らう屍に夢中なのさ!」
「惑わされちゃダメよ!さあ!勇気を出して魂の声に耳を澄ましてみれば、答えは自ずと見えてくる筈!!」

・ ・ ・ 魂の声に、心から感謝したいと思います。(いや、ゾンビも勿論好きなんですけどね)

あらすじ・・・
アタシ
ペネロピ
歳?
20歳とちょっと
まぁ前半?
顔がちょっと
アレ
豚っぽい
みたいな

んで早いトコ
けっこん
しちゃえば
ってさ
呪いも解けるし
みたいな

でまぁ今の彼氏
マックスに
出会ってさ
逆プロポーズ
なんだけど
やっぱ豚だし
みたいな
ヤバイ

どうしよ
みたいな

(※参考資料→ 「こんな小説読んだことない!」と絶賛の声” 日本ケータイ小説大賞、「あたし彼女」に決定
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・・・そうだな、これはないな。
『恋空』の余韻も抜け切らぬ中、今をときめくケータイ小説風にあらすじを書いてみたのですが、これはないですね。
自分で書いていて、灰色の脳細胞から大切な成分が流れ出して行くのを感じてしまいました。

と言う訳で、もう少しまともに解説すると、
先祖の火遊びが原因で魔女に呪いを掛けられた、とある名門一家。
その呪いを見事に受けてしまったペネロピは、豚の鼻と耳を持って生まれてしまいました。
呪いを解く方法は、「彼女の“仲間”が永遠を愛を誓う事」。
そこで両親は、同じ名門一家の子息と次々にお見合いさせるのですが、どの青年も豚の鼻を見た途端恐れをなして逃げ出してしまいます。
ペネロピ自身もすっかり諦め果ててしまっていた中、ある日お見合いに来た一人の青年に、何故か心惹かれてしまい・・・。

という、とても甘く切ない大人のファンタジーだった本作。

今年度ナンバー1映画、決定です。(アガサ調べ)

良くも悪くも、頭の先からしっぽの先まで、おにゃのこが心ときめく要素がギッシリと詰まった、まさしく現代のお伽噺。
なにせ、
「醜い外見を持つ為お城に閉じ篭りっぱなしだったお姫様が、見た目で判断しない王子様に出会い、彼との出会いで新たな一歩を踏み出す勇気を得るものの、ちょっとしたボタンの掛け違いから離れ離れになってしまい、傷付きながらも自分探しの旅に出たお姫様は、様々な出会いを経験する事でアイデンティティーを確立し、その後再会した王子様と結ばれたのでした。めでたしめでたし。」
ですよ!
ヘタしたら絵本にして売り出せる可能性すら秘めているのではないでしょうか。

そんな来春書籍化決定ファンタジー(←あくまで脳内)ですので、
そもそも主役のクリスティーナ・リッチの基本が圧倒的に可愛いので、少々鼻がブタになってようと、依然可愛いことには変わりない
とか
親の庇護を離れ、たった一人で見ず知らずの世界に飛び込んで行くリッチたんだけど、そもそも親が大金持ちなので生活には苦労しない
みたいな野暮な突っ込みは不要です。
元ミュージシャンでギャンブルに溺れてしまっている王子さまが、リッチたんとの出会いで改心し、音楽活動に復帰してまっとうな人生を歩もうとしますが、
これが現実世界だったら一旦は堅気に戻る決心をしてリッチたんと結ばれるものの、仕事が思うように回らず、気がつけば再びギャンブル道に逆戻りして、リッチたんの財産を食いつぶすのが関の山じゃね?
だなんて論外です。
で、
そんなギャンブル狂の王子さまに愛想が尽きて別れを切り出すリッチたんなんですけど、ダメな王子さまをやっぱり放っておけず、そんな矢先に子供まで出来てしまった為に、結局女手一つで一家を切り盛りするオチ
とか母さん・・・ ぼくはどうしてこんな汚い大人になってしまったのでしょうか゚(ノД`゚)゚。

違うんですよ!
こんな心の汚れたツッコミを曝け出したかったんじゃないんですよ!


まぁたしかに、いくつかのご都合主義的なポイントも見えなくは無いですし、全てはリッチたんの可愛さが成せる業だとも思うのですが、全体的には本当によく出来ている作品なんです。
御伽噺の形式をとっていながら、物語の舵を切るのが全て主人公(ヒロイン)自身だというもの今風で爽快。
というか、影で糸を引いているリース・ウィザースプーン(今回プロデューサー)がいかにも好きそうな展開で、微笑ましいですよね。
多分ホントは自分でやりたかったんでしょうね! 
現場の物陰で、こっそり豚っ鼻をつけてみているリースが脳裏に浮かび、ちょっぴり目頭が熱くなりました。

リッチたんの豚鼻は、ファンタジーであり、リアルにも受けとれます。
もしも魔法ではなく、実際に障害として持って生まれてきていたら・・・。
よく、「障害は個性の一つだ」なんて言いますが、それは自分自身が障害を持っていないから言える事なのではないかと思わずにはいられません。
周りが完全に偏見の眼差しを無くすのは不可能だと思うし、本人は常に他人との違いを感じながら生きて行かなければならない。
だからこそ、その保護者(ここで言うペネロピの母)は誰よりもその障害を認め、その上で、本人に自信を持たせてあげられる様、支え励まして行かないといけないと思うのです。
それこそ毎日の様に、
「あなたは何も負い目を感じることは無い。 いやむしろ超かわいい!よっ世界一!ペネロペたん最高!」
と言い続けるとか。
一番身近な保護者がそれを認める事が、なにより本人の自信に繋がるのではないでしょうか。

勿論、もしその障害をなんとか健常者レベルまで戻してやれる方法があるのなら、と、なりふり構わず突っ走ってしまう様な母の気持ちも痛いほど判りますが。
しかし、「戻そう」とする行為が一番「障害」を否定してしまうのも事実ですし・・ね。
本作のペネロピ母がそうだったように・・・。

本作では、もうひとり“障害を持つ”登場人物が出てきます。
冒頭からペネロピ一家の敵役としてミスリードされていたその人物が、初めてペネロピの写真を見た時に浮かべる表情がとても素敵で、思わず彼のそれまでの人生まで想像してしまいました。
同じように“周りと違う”事で様々な痛みを味わってきた彼だからこそ、瞬時にペネロピ本来の魅力をキャッチしたのでしょうね。
もしかしたら彼は、ちょっとペネロピに恋してしまっていたのかもしれません。
ま、如何せんアイツは面食いだからなぁ・・・。(*´∀`*)(←あろう事か主人公をアイツ呼ばわり)

さて、ではいよいよ本題に。(←まだ前フリだった)

魅力たっぷりな登場人物や、現代仕立てなお伽噺もさることながら、アガサがなにより本作で夢中になってしまった点。
今年度ナンバー1とまで言い切ってしまった、その要因とは。

そうですよ! マカヴォイさんですよ!

先日鑑賞した 『ウォンテッド』 での、ヘタレ会社員とは全く印象も見た目も異なる優男役のマカヴォイさん。
サラサラ前髪、節目がちな眼差し、ミュージシャン、で、ダメ人間。
って、男子の萌え要素を全て兼ね備えているでわないですか―――!!
キュンするわ!
キュン死してまうわ!


もうねぇ、常々“楽器を弾ける男子”に並々ならぬトキメキを抱いてしまっていたアガサですが、まさかその中でも一番好きな
ピアノ男子
にマカヴォイさんが扮するだなんてねぇ・・・
最近こればっかですが、敢えて言わせて頂こう。
マカヴォイたんけっこんしてくれ。(ホントこればっかorz)

今まで「メガネメガネ」と言って来ましたが、本当にカッコいい男子にはメガネは必要ないんだ、と言う事に気付かされてしまいました。
いや、違うな。 メガネはあるに越した事は無い。
ただ、シャツとサラサラ前髪とピアノがあれば、それだけで白飯5杯はいけるという事なんですね。

おら、また一つ学習させて貰ったぞ! サンキューな!!

とにかく、全国の女子は必ず観るべし。
あと、男子も観るべし。(全てのモテ要素がここにあります!)

いやぁ、これはマカヴォイさんの他の出演作も観ないといけませんね。
と言う訳で、近々“秋のマカヴォイ祭り”開催決定です!
あと、やっぱり気になって仕方ないので 『ストリッパーVSゾンビ』 も借りに行って来ます!(←ダメ人間)


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