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『LUCY/ルーシー』

2014年09月04日
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あらすじ・・・
ルーシーはホテルに来たことを後悔していた。
リチャードに呼び出された時、断るべきだったのだ。
目の前で何度も同じ話を繰り返す彼、たった一週間前にクラブで出会って意気投合しただけの彼を見ながら、ルーシーは徐々に苛立ちを感じ始めていた。
「だから、中身はなんなのよ?」
「オレもよく知らないんだって!」

リチャードの言い分はこうだ。 
実は自分は運び屋の仕事をしている。 今日もひとつ依頼をこなさなければならない。 しかし、今回の届け先であるホテルには過去に何度か足を運んでおり、いろいろとマズいことがある。 だからルーシーにこの仕事を変わってほしい。 ホテルに入り、フロントで依頼主を呼んでもらい、鞄を渡す。 たったそれだけのことだ。 お金なら払う。 どうだ、簡単じゃないか。
しかし、ルーシーは気づいていた。
気軽さを装うリチャードの態度の裏に、尋常ではない不安と焦りが潜んでいることに。

「やっぱり私帰るわ。 ・・こんなこと、出来ないもの」
リチャードに背を向け、ルーシーが拒絶の言葉を言い終わるか終らないかという瞬間、ガチャリという音と共に、ルーシーの手首に不快な金属の重みが加わった。
手錠の先につけられていたのは、鈍い光を帯びたジュラルミンケース。
「なぁ、たのむよ。 これ、もう外れないんだし。 依頼主しか知らないから、暗証番号。  な、頼んだぜ?」

ルーシーはホテルに来たことを後悔していた。
そして、その後悔はすでに、いや、最初から遅すぎたのだ。



(※ 完全にネタバレとなっておりますので、くれぐれもお気を付けください)



キバヤシ

ネタバレあらすじ・・・
スカーレット・ヨハンソンさんことスカ子が、大々的な脳みその覚醒を経て、タタリ神になったり巨神兵になってなぎ払ったり猿人とETごっこしたりします。


・ 観終わった瞬間、「ルーシーwwww ちょwwwwww ベッwwソンwwwwwwww」という感想しか頭に浮かばなかったほどの意欲作です。

・ 予告編がアクション方面に寄せられていた為、「ははーん・・・さてはベッソン、バイオシリーズのポールとミラジョボ観てて“これぐらいボクにもできるもん!もっとすごいのできるもん!”って思ったな~あやつめ~」と決めつけていたのですが、いざ鑑賞してみたら全く毛色の違う作品で、己が偏見を恥じるとともに、ベッソンの底知れなさに畏怖の念を禁じえませんでした。

・ 「取り立てて目立ったところのないごくごく普通の女性が、留学先の台湾で運び屋業に巻き込まれ、未知なる能力に目覚めることとなる・・・」 という内容だけならとっつきやすさ抜群だったでしょうが、なんと驚くことに、スカ子がアクションに覚醒するのはほんの序盤まで。 

・ 覚醒度30%台というさらなる高みへと足を踏み入れたのちは、髪の毛の色を変幻自在に変えたり、パソコンを途方もないスピードでタイピングしたり、超速読したり、遠方のおうちのテレビ画面をジャックしたり、電話もジャックしたり、電気を勝手につけたり消したりするなど、派手なのか地味なのかよくわからない特殊能力をバンバン使い、「あれ・・・これでいいのかな・・ 観にきたのこれでよかったのかな・・・」と観る者の心を揺さぶります。

・ いちおう、肉体の突然の変化に戸惑うであろうスカ子のよき助言者として、名優モーガン・フリーマンさんが用意されていたのですが、よく考えたらスカ子30%に対してフリーマンさんはたったの10%ですから、助言もへったくれもありませんよね。 いや、10%が悪いってわけではないのですけどね。 ぼくらみんな10パーですし。

・ てういか、戸惑ってね―! ぜんぜん戸惑ってねー! むしろグングン吸収してはるー! 

・ で、名優の無駄遣いというと、韓国映画の傑作『オールド・ボーイ』や『親切なクムジャさん』でお馴染みチェ・ミンシクさんも、スカ子を執念深く追いまわすマフィアのドンとして配置されていたのですが、こちらも随分とずいぶんな存在になっておりまして。

・ そもそもリチャードさんは誰に頼まれてミンシクさんにブツを届けようとしていたのか。  ミンシクさんは過去にCPH4を売りさばいたことがあるのか。 見切り発車なのか。 何もかも出たとこ勝負のお仕事なのか。 あと、「1か月もしたら傷跡なんて消えちゃって水着だって着れちゃうよ」とか言ってたけど、あんなふうにでっかく切って縫って、傷跡は消えるのか。 そのあたりも含めて、いきあたりばったりと言わざるを得ませんなぁ。

・ で、いきあたりばったりというと、スカ子がフリーマンさんに全智を授けんと向かったパリに、なぜかミンシクさんも直々に赴いちゃうのですが、ミン男ってば台湾でスカ子さんにフルボッコにされたの忘れたのかな? なぜ勝てると思ったのかミン男。  挙句パリのお巡りさん相手に討ち死に覚悟の銃撃戦まで始める始末。 ヤケクソか。 ヤケクソなのか。 あなたの脳の使用度、10%に届いていますか・・・?

・ ちなみに、スカ子さんを覚醒させることとなったCPH4なるドラッグですが、ベッソンさんのインタビューによりますと「名前は架空だけど、そういう物質は実際あるんだよ!妊婦さんが6週目ぐらいになると分泌する分子で、胎児の骨の形成に一役買ってるんだよ!ホントだよ! 実際の物質の名前? それは申せません!」ということなので、荒唐無稽なストーリーに見えて、実はぼくらの知らないリアリティが織り交ぜられていたのかもしれません。 な、そうことでいいんだろ、ベッソン!

・ 何せ脳の仕組みなんて、まだまだ解明されていない部分が多い訳で、「10%説」こそデタラメであることが広く知られているものの、じゃあホントに今の状態が人間の限界なの?というと、誰にも断言なんて出来ないのではないかと思うのですよね。 もちろん、覚醒したら重力も無視して物体まで動かせるようになるとまでは思いませんが、「もしも・・・」を想像するのは楽しいものです。 だからぼくはベッソンを責めない。 誰にだって、無限の可能性はある。 もっと知識を広げることもできるし、未知の世界へ踏み出すこともできる。 ま、だからっつって脳が100%覚醒した「ヒト」が、最終的に「USBメモリー」になっちゃうのはどうかと思うけどな!

ルーシー
(※ ちなみに70%ぐらいの段階からタタリ神になります)

・ どうしてなのかさっぱりわからないままにスカ子に大抜擢されたフランスの刑事さんが、どことなく杉本哲太さんでした。

・ で、どことなくというと、韓国映画ではあれだけ邪悪なオーラを放っていたミンシクさんも、脳みそ8%設定(←わたしの主観です)にされたからなのか禍々しさが薄れ、どことなく石橋凌さんテイストが。

・ というわけで、ラストは哲太さんと凌さんというふたつのロック魂がぶつかり合い、暑苦しい戦いが繰り広げられることに。 いいぞ・・・ フランス映画なのにそこはかとなく漂うVシネ臭・・・ヘッヘッヘ・・こいつぁたまんねえぜ・・・

・ フリーマンさんとスカ子がとんち合戦をするくだりがあるのですが、「物体の存在はどうやって証明するんだ」と聞かれたスカ子が「ここに車が走っている動画があるじゃろ・・・ 再生速度を速めるじゃろ・・・ もっともっと速めるじゃろ・・・ 車の姿が消えたじゃろ・・・ ・ ・ ・ わ か る な ? 」と言うと、フリーマンさんが「・・・ハッ・・! そうか・・時か!」って脅威の飲み込みの早さを魅せていて、その一連のやりとりの「わかりそうで全くわからん」感があまりにすごかったので、物理学を一から勉強し直したいと思います。

・ で、わかりそうで全くわからんというと、そのあと「時をコントロールする力に目覚めた」スカ子が、生きもの地球紀行したり2001年宇宙の旅に出かけたりするくだりも、破天荒すぎて全くわからなかったのですが、きっと人智を超越したということが表現したかったのだろうと思いますので、遥かフランスへ向けて「やるじゃん!ベッソン!」とだけ叫んでおこうと思います。  ベッソンへ届け・・・オレのモヤっとした想い・・!!

・  脳みそ100%になると、人間の細胞はその荷重に耐えられない。ではどうすればいいのか?消えないうちに、生きた証を後世に残せばいい。 というあらすじはとても納得がいくものの、やはりUSBメモリーがにゅっと突き出されると苦笑いしか浮かびませんし、CPH4をオーバードーズして覚醒、というのもむちゃくちゃすぎてついてゆけませんでした。 

・ なのですが、物体も、空間も、時をもコントロールできるようになったスカ子が素粒子レベルで分解され、結果的にこの地球上のあらゆるところに存在するものとなる、というクライマックスは、そのまま「神ってなあに?」という疑問への答えにもなっているように思えて、わたしはおもしろかったですね。 目に見えないし、困っている人を個別に助けてくれるわけでもないけど、常に人々のそばにいて、全てを統べているもの。 そうか、ベッソンさんにとって女性の究極形態とは神なのか・・・!(←極論であることは認める)

・ 宇宙の成り立ちや大きさについて、だとか、わたしたち人間も含め形ある物体を構成しているのは目に見えないほど小さな原子なんだ、などなど、時々考えてしまうけれどその度に壮大すぎてオエっとなる事柄について、スカ子を前面に押し出したかっこいい映像とディスカバリーチャンネルをダサくしたようなもっさい映像を織り交ぜつつ、それっぽく描いたベッソンさんには、これからもあまりご無理をなされませぬ程度に、独自路線を貫いて頂きたいものですね。 オレはきらいじゃないよ!こういうの! まあね・・出来れば次は、もうちょっと肉弾戦をね・・ 入れて・・・ね・・ せっかくスカ子使ってるのに座らせてるだけだけとかね・・・ 非常にMOTTAINAIよ!

・ 余談ですが、映画が終わってお手洗いに行きましたところ、自動洗浄センサーつきのタイプだったので、40%覚醒したスカ子さんになりきって、手をスッって、こうスゥッってかざしたら水がジャジャーっと流れまして、それはそれはいい気分でしたとさ。 触れずしておまわりさんやマフィアは倒せないけど、水は流せたよ! ありがとう、文明の利器!





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『マレフィセント』

2014年07月14日
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(※ 不気味の谷へようこそ!)



ねえお母さん。マレフィセントにはこういう事情があったんだとしたらさ。
そしたら、シンデレラのまま母にも、何かあったのかもしれないよね。
だって、シンデレラのお父さんと結婚する前は、ドリゼラとアナスタシアのお父さんと結婚してたんでしょ?
・・そのお父さんって、どんな人だったんだろ・・?

                  ― ちびっこさん ・ 12歳 ・ 中学一年生 ―

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(※ 未知なる金脈 創作の可能性に気づいて!ディズニーの人!)(もう気づいてるか)

あらすじ・・・
オーロラ姫が16歳の誕生日を迎える前日まで、比較的ゆるやかに監禁されます。


(※ 以下ネタバレしています)



でっかい角とでっかい翼とでっかい頬骨で、アンジェリーナ・ジョリーことジョリ子さんが八面六臂の大活躍です!
モララム
(※ 荘厳な角が印象的なジョリ子さん)(※ イメージです)

■ 第一章・千の仮面をもつジョリ子

ディズニー映画の古典にして、映画史に輝く名作 『眠れる森の美女』 が生まれ変わりました!
「出産祝いのパーティに招待してもらえなかった魔女が、妬み・嫉み・僻みの末、何の罪のない赤ちゃんに呪いをかけるも、たまたま通りかかった王子さまにバッサリ退治される」 
という気持ちのいいほどの勧善懲悪ストーリーを、新たな視点で練り直し、心温まる愛情物語へと模様替え!
悪い人も、悪そうに見えて実は悪くない人も、悪そうに見えて実際悪いんだけど根っからのワルっていう訳でもない人も、悪そうに見えて実際悪くてもその裏には諸事情が隠されていて嫌々ワルぶっているだけの人も、いい人も、とにかくなんでもござれな演技派・ジョリ子さんをタイトルロールのマレフィセントに据えれば、もう大方準備は万端です。
脇に渋めの俳優さんをキャスティングしたらば、ストーリーのカギを握るのはすべてジョリ子さんにお任せ!

オーロラ姫の栄養管理をするのもジョリ子さん、
オーロラ姫に愛情を注ぐのもジョリ子さん、
オーロラ姫に王子様を調達するのもジョリ子さん、
オーロラ姫を守り抜くのもジョリ子さん、
おいしいトコロは全部残さずジョリ子さんというこだわりっぷり!

なんつったって、原作童話やオリジナルアニメでは「いい妖精」の見せ場だった「呪いの解き方説明」まで、ジョリ子さんに言わせちゃうっていうんですからね。
そしてそして、途中で見ている観客のほとんどが薄々感づいてしまっていたと思いますが、例のあのお役目をかっさらうのも勿論ジョリ子さんです! うん! そうだと思った!

もはや、ジョリ子とその他のみなさん、と呼んでもそんなに差し支えないのではないかと思うほどの「劇団アンジェリーナ・ジョリー」っぷり。 ありがとうジョリ子さん!ぼくたちみんな、お腹一杯です!

■ 第二章・痴話ゲンカ

物語を一新させたとはいえ、基本的な
「誕生 → パーティ → マレちん激おこ → 軟禁 → 糸車 → キス」
という流れ自体は、広く知られたオリジナルストーリーそのまま。
では、何が大きく変化しているのかというと、いうまでもなく、マレフィセントの半生についてでして。

映画の冒頭、美しい妖精の国・ムーアをめくるめくスピードで縦横無尽に飛び回る、幼き日のマレフィセントが画面いっぱいに映し出され、彼女の中に悪意などは微塵も存在しないということや、「支配者」のいないムーア国ではあるものの、彼女が周囲から特別視されていることがみっちり描かれます。
そして突然訪れた、運命の出会い。
隣国である人間の国から迷い込んだ貧しい少年・ステファンが、ムーア国の宝石をポッケにナイナイしようとしたのです。
盗人と気高き妖精という噛み合わない事この上ない間柄でありながらも、お互い孤独を抱えていたことなどからみるみるうちに惹かれあう、ヤング・ジョリ子とステファン少年。
そう、宝石こそ速攻で返却したものの、少年は大変なものを盗んでいきました・・・ ジ ョ リ 子 の 心 で (ry (←ホントにこういうナレーションがある)

しかし、結局「欲深い」人間であるステファンは、成長と共に「国盗り」への野心を強く募らせてゆくことになり、一方のジョリ子さんはというと、そんなステファンが再び自分のもとに返ってくる日を、人間たちの侵略を阻止しながらひっそりと待ち続ける日々。
そんなこんなで数十年が経過し、出来ればジョリ子さんとの直接対決は避けたかったステファンの前に、千載一遇のチャンスが舞い込みます。
それは、「ムーア国の守護者であるマレフィセントの命を奪った者に王位を授ける」というもの。

「別にキライになったわけじゃないんだけど、出世のためだし、しょうがないよね?わかってくれるよね?」とばかりにジョリ子さんを裏切る決意を固めるステファン。
結果、愛情と信頼を踏みにじられ、彼女の尊厳の象徴でもあった翼を切り取られてしまったジョリ子さん。

・・・あのさぁ・・・出世のためっつったって、もうちょっとやり方あったんじゃねえの・・・ 
長いことつきあってたんだしさぁ・・・
なにも翼切っていかなくてもいいと思うんだよね・・・・ しかもすげえ雑・・・切り口・・・ ・・超おおざっぱだし・・・ 
消毒とかの概念・・ないよね・・・? ・・ばい菌とか・・・ マジ勘弁・・・
てかさぁ・・おまえさぁ・・・白雪姫とか読んだことないの・・・? ・・姫を殺す代わりに鹿の肝持っていこうとか、そういうトンチは働かなかったわけ・・? 
・・・なに・・? やんの・・? 全面的にやるつもりなの・・? ほんならやったろうじゃねえの!!

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(※ そしてここに至る)

で、一番怒らせてはいけない妖精に火をつけてしまったステファンですが、彼にしてみれば、本来なら命をも奪える状況下でありながら翼だけで勘弁してあげたオレ超マーシー(※元シャネルズのあの人ではなくて慈悲深い方のmercy)ぐらいの解釈でいたのですよね。
なので、そんな自分の誠意を理解してくれないどころか、勝手にパーティに押しかけるわ、お客さんの前で恥はかかせるわ、自分ではなく娘に呪いをかけるわの元カノに対し、素直にアイムソーリーを通り越してすっかり「貴様何してくれてんの」状態ここに極まれりという感じなわけで。
お互いに互いへの恨みで目の前が濁りまくっている二人が進む道は、どうなることか。
おわかりでしょうか。
そう、国の存続をかけた、壮絶な痴話ゲンカです。

元カノへの執念で、国中の兵隊や鍛冶職人に無茶ぶりを繰り返すステファンも王様としてどうかと思いますし、ステファンへの復讐心で、触るものみな傷つけるオーラをばしばし出して妖精たちをビビらせまくるジョリ子さんも、はたから見ればかなり困ったタイプの妖精だとぼかぁ思いますね。
ムーア国のみんなも人間のみんなも、いい加減「コラー!」って言ってもいいんじゃないかな!かな!


■ 第三章・真実の愛

ということで、誕生早々、呪いを恐れたステファンによって、3人の妖精に丸投げされた不憫なオーロラ姫。
そんな彼女を物陰から見つめる1人の妖精。
そう、ジョリ子さんです。

子育て経験も子育て意欲もない妖精トリオの体たらくっぷりに業を煮やしたジョリ子さんは、お供のカラス人間と一緒に、陰日向となりつつオーロラ姫の全面フォローを開始。
かくして15年の歳月は、ジョリ子さんをオーロラ姫にとっての親友、そして師匠、そしてなにより、母のような存在へと成長させていったのでした。
もちろん既に、ジョリ子さんは気づいてしまっていました。
元カレが憎いからといって、その子どもには何の罪もないことを。
無垢な子どもの微笑みよりも美しいものなど、この世には無いということを。
しかし、一度Twitter上に書き込んだクソリプ呪詛のつぶやきが、いくらツイ消ししようとウェブ魚拓によって永遠に拡散され続けるのと同じように、オーロラ姫にかけた呪いは二度と消せないのです。
どれだけ彼女がそれを悔いても。
自分が犯した過ちを、なかったことにしたくても。

わたしはこのくだりが、本作で一番強く伝えようとされていたコトだったのではないかと思ったのですよね。

人は、まちがう。
感情が抑えられず、やらなくていいことをしでかしてしまう。
残念ながらその行為は、自分や周りの人たちの人生に、二度と消えない痕を残してしまう。
ならば私たちは、どうすればいいのだろう?
開き直って、他人に責任転嫁しながらやり過ごしてゆく?
一生自己嫌悪に苛まれながら、我が身を呪って生きてゆく?
いや、大切なのは、過去と向き合い、あやまちを認めたうえで、二度と同じ愚行を繰り返さないことなんじゃないだろうか?

何もかもなかったことにしてスタート地点に戻ることはできない。 
けれど、反省し、新たな道を進むことはできるはず。
傷つけてしまった人や、傷ついてしまった自分自身を癒すことは、できるはずだし、してもいいんじゃないだろうか。

死の眠りについたオーロラ姫の呪いを解く、「真実の愛」。
マレフィセントによってもたらされたそれが、オーロラ姫だけではなく、マレフィセントをがんじがらめにしていた呪縛をも解放したシーンは、なんだかとても希望に満ち溢れていて、「そうだそうだ!これからのディズニーには王子なんか必要ない!男なんかいなくてもいいんだい!」みたいな脊髄反射的な感想を言う気になど、とてもなれなかったのでした。


■ 第四章・華やかな雑魚キャラ

雑魚キャラ・その1 「王子様」
って言ってはみたものの、やっぱりヒドイ! ディズニーさん「王子なんかいらね」色強すぎ! ステファン王に会いに行く道中、ムーア国で迷子になっていたフィリップ王子は、たまたまそこに居合わせたオーロラ姫に一目ぼれ。 で、「お城ならあっちですよ」と教えてくれた姫を「じゃあ帰り道でまた会おうね!」とかなんとかちゃっかり口説きつつ、とりあえずその場を後にするのですが、結局ずっと迷子のままで、オーロラ姫がマレフィセントと揉めて、お城の父ちゃんに会いに行って、奥の部屋で糸車にグッサリ指を刺されてる間も、がっつり森の中さまよってましたからね、あいつ!  結果的にオーロラ姫にキスはできるものの、自力で辿り着いたわけではなく、ジョリ子に搬入してもらっただけという! 残念! 超空気!

雑魚キャラ・その2 「オーロラ姫のおかあさん」
なんぼ「ジョリ子とオーロラの真実の愛」がメインやいうても、オーロラ姫のお母さん(王女さま)の扱いが鬼ヒドイ! 鬼畜な父ちゃん(王様)に自らの婚姻を戦果のエサにされ、野心家のステファンと愛のない結婚。 挙句、産んだばかりの娘は取り上げられ、失意にうちに病を患い、婿(ステファン)に看取られることもなくひっそり死亡て!  そりゃ生きていたら、呪いが解けた娘を巡って、 「あたしの子よ!」「なによ!育てたのはあたしよ!」っつって、ジョリ子さんと揉めること確実でしょうから、退場願われるのも致し方ないのかもしれませんけどね!  ひゃあー!大人の事情はこわいでおますなぁ!

雑魚キャラ・その3 「妖精トリオ」
先にも書きましたが、オリジナルアニメでオーロラ姫を愛情たっぷりに育て上げた、勇気と愛とまごころの三色妖精の扱いがマジでヒドイ! マレフィセントがかけた呪いを中和させる役目を取り上げられるのみならず、乳飲み子のオーロラ姫がおなかをすかせて泣いていても、耳に綿を詰めて就寝しちゃう鬼畜設定を施されちゃう三色妖精! なんかつったら仲間内でディスり合い、常に不平不満をまき散らし、足を引っ張り合う三色妖精! 内輪もめはオリジナルでもあった描写なのですが、圧倒的な可愛げのなさで、観ているうちに心が荒んでくることまちがいなス! 
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(※ 晩ご飯はクモの丸焼きですよ~!)


ちなみに、冒頭のシーンでは、妖精のうちの一人がマレフィセントにヤッカミを抱いていたことまで描かれるという念の入りようですから、いかに本作において三色妖精が「ワルモノ」として扱われていたか、よくわかりますよね。 あのね、マレフィセントをいい人にするのは、別に構いませんよ。 ただ、マレフィセントを引き立たせるために、三色妖精を下げる必要は無いんじゃないでしょうかねぇ。  わたしは昔から三色妖精もマレフィセントもどちらも大好きだったので、ちょっとこの改変は納得いきませんでした。 (まぁ、いちおうオリジナルとは別の名前がつけられていましたけどね)

雑魚キャラ・その4 「木の髭」
ムーア国の武闘派代表として、中つ国のエント族にそっくりな木のおじいさんが登場し、人間どもを蹴散らすのですが、どうみてもジョリ子さんにアゴで使われている感が否めない。 初戦闘シーンでこそ、出動を乞うジョリ子さんに応えた形になっていましたが、彼女がステファンにヒドイことをされピリピリムードになった途端、空気を読んで「しもべ妖精」と化していましたからね! まぁ、ジョリ子には逆らわんほうがええとは思うけども! 特に怒った時のジョリ子にはね! でももうちょっと威厳とかさぁ・・・そういうニュアンス出していこうよ・・・ 人生経験多そうなんだし・・・


■ 第五章・表と裏

初めての恋に浮かれ、初めての恋に破れ、心が醜くゆがんでしまたジョリ子とステファン。
その後彼らが選んだ道は、彼らの人生をまったく異なる方向へと導いていきましたが、もともとはジョリ子さんもステファンも、コインの表と裏のようにひとつながりな存在だったのではないかと思うのですよね。
未知の世界への興味、情熱的な性格、尊大さ、傷つきやすさ、気性の荒さ、そして「愛」への不信感・・。

オーロラ姫の純真な魂に触れることで、ジョリ子さんが自らを縛り付けていた呪いから解き放たれたように、ステファンもまた、もしもオーロラ姫を手元から遠ざけず一緒に暮らしていたならば、「愛とはなにか」ということに気づいたかもしれない。
まぁ、そもそもの二国間の争いに対し、「中立の態度を貫き仲裁にまわる」という方法を選ばなかったステファンには、ジョリ子さんのような「高潔さ」はなかったのかもしれませんけどね。

似ている所もありながら、真逆の結末を迎えてしまったジョリ子さんとステファンの姿から学ぶべきモノは、決して少なくないのではないかと思いました。

なにはともあれ、ちびっこたちもわたしも大満足です!
ああおもしろかった!



― おまけ ―

・ オーロラ姫の純度100%な笑顔に、まんまとしてやられました! これは説得力あるわー!いい人になってまうわー!

・ カラス人間ちょうかっこいい!

・ たとえ相手がジョリ子であろうと、行き過ぎた時には勇気をもって諌め、くじけている時には真摯な心で励まし、窮地に陥れば命がけで守ろうとするカラス人間は、映画 『マレフィセント』 の良心です!

・ 赤ちゃんの頃からオーロラ姫を見守ってきたカラス人間もまた、純粋に姫を愛して(恋愛的な意味ではなく人として)のではないかと思いますので、ひょっとしたらオーロラ姫にかけられた呪いはカラス人間の熱いベーゼでも解けたのかもしれませんよ! ためしてガッテン!

・ なんかこれ、前にも書いたような気がする・・・! ガッテンガッテン!!






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『Chronicle(クロニクル)』 (原題)

2013年04月22日
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あらすじ・・・
病気の母親と飲んだくれの父親と共に暮らす少年・アンドリューは、その内向的な性格から、いじめの格好のターゲットとなっていた。
クラスメイトの暴力、女の子の嘲笑、遠巻きに眺める生徒たち。
つらい日常と自分の間にハンディカメラという「壁」を作ることで、なんとか現実を乗り越えるしかなかったアンドリュー。
しかし、従兄弟のマットから強引に誘われ参加したパーティで、学校の人気者スティーヴから声を掛けられた瞬間から、彼の人生は大きく変わってゆくことになり・・・。


これは、わたしの映画だ。 これは、わたしたちの映画だ。

ある日突然超能力が使えるようになったらいいのに・・ と、夢見たことのあるわたしたちの映画だ。
この机の上にある鉛筆を、教科書のページを、ほんの数ミリでもいいから動かせないものだろうか・・ と、手をかざしながら必死に睨みつけたことのあるわたしたちの映画だ。
湯船に浸かりながら、目の前の水面をさざなみ程度でいいから揺らしてみたい・・ と、茹だる寸前まで願い続け、挙句の果てに少しだけ鼻息を吹きかけ「波立った・・・! ・・ってことにしておいてつかあさい・・・!」と誰に向けるでもない言い訳を思い浮かべたことのあるわたしたちの映画だ。
テレキネシスの開発に余念がなく、暇さえあれば頭の奥がツーンとするほど練習して、しかし結局動くことはなく、そんな結末に対し「人間の脳というのはですね、所詮その能力の1割程度しか使われていないわけで・・」 と、残りの9割説に望みを託していたわたしたちの映画だ。

そして同時に、気軽に「周りの人たち」に馴染むことのできなかったわたしたちの映画でもある。
クラスメイトが賑やかに笑い合う中、机に突っ伏し、寝たふりをして行間休みをやり過ごすしかなかったわたしたちの。
温かい声をかけてくれた人たちと、晴れて“友達”になれたものの、心のどこかで「自分はここにいていいのだろうか・・」という「場違い」な思いに苛まれてしまったわたしたちの。
“友達”に、自分の弱さを素直に打ち明けられず、勝手に期待し、勝手に失望し、勝手に孤独という毛布にくるまって震えていた、わたしたちの映画でもあるのだ。

たとえば部活とか趣味とか生い立ちとか。
何がしかの共通点があるから友達なのか。
だったら、その共通点を除いた瞬間自分と彼らをつなぐものは消滅してしまうのか。
友達だから甘えていいのか。友達なら理解してくれるのか。 いや、どうせわかってはもらえない。もらえるなんて思い上がってはいけない。自分の痛みは、しょせん自分にしかわかりっこないのだから。 

たった16歳や17歳なのに、誰にも助けを求めることが出来ない。この絶望的なまでに大きな世界に、自分一人で立ち向かわなければならない。

まだ、たった16歳や17歳だからこそ、そんな風に思い込んでしまったアンドリュー。

わかる!わかるよ! 話してしまえば楽になるのに、意外となんてことはない悩みだったりするのに、ひとりで抱え込んでしまって、周りとの間に壁を作って、目に見えない何かと闘うしかない気持ち! 若さってそういうことなんだよ! 世界中がオレの敵・・・!みたいになっちゃう時期があるんだよ! 残念ながら、大人になってからも実は結構あるんだよ! あのね、そういうもんなんだよ!
そして、そんな鬱屈とした日々に突然もたらされた「力」。
心の中で願うだけで、レゴブロックからアメ車まで軽々と宙に浮かべることが出来る「力」。
そりゃ調子にのりますよ! ああ、のるにきまってるよ!
そして「力」を酷使しすぎたアンドリューたちの鼻からは、真っ赤な血がたらりと流れ落ちるに決まってるんですよ! いや、出なければならないんですよ!もちろんそうなんです! 超能力といえば鼻血、鼻血といえば超能力。 ああ・・・わかりすぎてつらい! ジョシュ・トランク監督、あなたはオレか!


と、いうことで、ちょっと興奮しすぎてよくわからなくなってしまいましたが、人気ブログ「メモリの藻屑、記憶領域のゴミ」暗黒皇帝さまからお借りした『Chronicle』を鑑賞させて頂きましたよ。
ちょい悪、人気者、いじめられっ子というタイプの異なる3人の少年が超能力を手に入れ、キャッキャウフフしたり暴走したりする物語。
理解者に恵まれなかった(ホントは恵まれてたのに気付けなかった)超能力少年がクズい親やいじめっこたちによって追い込まれてゆくというあらすじは『キャリー』を、ルサンチマンの塊のような主人公が自らの力に溺れ崩壊してゆくさまは『AKIRA』を思い起こさせますが、決してそれらの模倣というのでははなく、今までに観たことのない、ありそうでなかった青春映画となっております。
甘酸っぱいです。
そして、かなり胸をえぐります。


アガサが観たのは海外輸入盤だったのですが、どうやら長らく未定のままだった日本公開予定日が今年9月に決まった模様(※あくまで予定)ですので、もし無事お近くの劇場で上映された暁には是非!
有名な俳優さんが出演されているわけではなく、監督さんも今回長編デビュー・・というこじんまりとした印象の作品な為、全国規模での公開は期待できませんが、その場合はDVDでもBlu-rayでもなんでもいいので、発売され次第是非!
というか、アガサがお借りした海外盤は、なんと日本語字幕から日本語吹き替えバージョンまで収められているという、親切にも程がある仕様だったのですよねぇ・・・ これもう、このまんま日本で発売しちゃえばいいんじゃないの?!出せない理由があるの?!なんで出さないの?! おせーて偉いひと!

ああ、本作のおもしろさ、痛々しさを伝えきれないことがもどかしくてなりません。
自分の文章力のなさを、今日ほどいまいましくおもったことはない。
確実に言えるのは、紛うことなき傑作であるということ。本当に。本当に。

ひとりでも多くの方に観ていただけたら、と切に願います。
そしてどうか、「あなたの映画」にもなってくれますように。


- 追記 -

・ 本作は、不自然さを指摘されることの多いPOV視点で撮影されているのですが、「その手があったか・・・!」と目からウロコというか、ニヤニヤしながら叫びたくなるような方法が用意されている為、鑑賞中の不快感は全くありませんでしたよ! 

・ そして、その「アンフェア」と言えなくもない方法によって、主人公の性格であったり、孤独であったりを雄弁に語らせてしまうという。 「カメラの揺れが心境を・・」なんつうのはよくある表現だと思いますが、「揺れ」というかなんかもう「居場所がない感じ」なんですよね、ものすごく。 どこにいても、どこにも居られない感じ。

・ 主人公と共にさ迷うカメラは、彼を守る壁であり、彼の人生の証人であると同時に、彼の唯一の親友でもある。 これもね、すごくわかるんですよね!ぼくには! なにせ幼稚園の遠足の時、周りのおかあさん方に声をかける勇気がなく、当然のことながらママ友も作れなかったぼくは、ひたすらハンディカメラを回していましたからね! カメラを回しとけば話しかけずに済むし、目も合わせなくていいから! そういう人間ですよぼかぁ!

・ 主人公・アンドリューを演じていたデイン・デハーンさんがとにかく超さいこう! 『バスケットボール・ダイアリーズ』や『太陽と月に背いて』の頃のディカプリオさんのような、繊細さと脆さと美しさを持った、すばらしい俳優さんだと思います。 もしもアンドリュー役がデハーンさんじゃなかったら、本作はここまでグっとこなかったのではなかろうか。 『アメイジング・スパイダーマン2』にも出演予定だそうで、当分の間目が離せそうにありませんね!

・ 本国では大ヒット御礼でパート2の製作も噂されているようなのですが、「そいつはどうかなぁ・・」と思いますね。 たしかに設定からいうとまだまだ続きが作れそうな余地はたっぷりあるのですが、「高校生の日常」という狭い世界の中に絞ったからこそ、本作はここまで心を揺さぶる物語になったのではないでしょうか。 当たったからといって、ヘンに大きな話にしないでほしいなぁ・・・(ま、勝手な願望ですけどね!)

・ 暗黒皇帝さま、ありがとうございました!


関連記事
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『エイリアン・ビキニの侵略』

2013年04月17日
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ひょうきんな顔してるだろ・・・コメディみたいだろ・・・ ハードバイオレンス映画なんだぜ、これ。

あらすじ・・・
わたしの名前はモニカ。宇宙の遠い遠いところから、ここ、地球へやって来ました。 
一族の血を絶えさせる訳にはいかない。その一心でした。 
しかし、地球のオスたちは不親切でした。 
種の保存の為、受精させてほしい・・・。そんな願いは一蹴され、一緒に来たなかまたちは、「地球防衛軍隊」という名のグループに属するオスたちによって、次々と命を奪われていきました。 
残ったのはわたし一人。 受精のチャンスはたった一日。  
そんなある日、「地球防衛隊」に襲われ窮地に立たされたわたしの前に、颯爽とあらわれた単体のオス。
オスの名はヨンゴン。 
「都市防衛隊」を名乗るヨンゴンは、得意のテコンドーであっという間に「地球防衛隊」を叩きのめしました。
そのまま自分の住処へとわたしを連れ帰ったヨンゴン。 
聞くところによると、健康に並々ならぬ関心があり、貞操観念にもかなりのこだわりがあるとのこと。
「正義感」「格闘スキル」「健康オタク」「童貞」。 ここまで完璧なオスに出会ったのは、初めてです。
もうこのオスしかいない。 
幸い、ヨンゴンはわたしの外見に魅力を感じているらしく、まっすぐ目を合わせられない程緊張している様子。 これならすぐにでも受精に至らせることが出来そうだ。
わたしはそう思いました。
しかし、その時、わたしはまだ気づいていなかったのです。
何を隠そうヨンゴンは、暴力によって覚醒する、アレなタイプのオスだったということに・・・。



・ ということで、前半セクシーコメディ&後半ドン底鬱映画というあしゅら男爵のような映画だった訳ですが。

・ だった訳ですが前半の時点で既に、「自衛」と呼ぶには度が過ぎている暴力行為に我を忘れて没頭するヨンゴンの姿が観られる為、どことなくイヤ~な感じと言いますか、「熱心に笑わそうとしているけれど、目の奥が笑っていない」ような感じを受けていたのですよね。 そして、その感覚はますます増してゆくことに。

・ かくして、後半のドン底鬱部分に突入してからは、虐待あり、親殺しあり、DVあり、死体相手のナニありというハードバイオレンスに早変わり!

・ 30年間貞操を守ってきたヨンゴン。 実は彼は幼い頃から実父から虐待を受けており、自らの手でその父を殺めたという過去を持っていたのです。 トラウマと罪悪感を打ち消すため、そして父への贖罪の念から、街の暴漢退治をなりわいとすることに決めたヨンゴン。 収入はどこから得ているのかヨンゴン。 贖罪と貞操はどう繋がるのかヨンゴン。 あ、もしかしたら性欲という名の内なる鬼と闘うって意味とか?ねぇねぇヨンゴン。

・ モニカからあの手この手で子種を摂取させられそうになるものの、鋼の意思でエレクチオンを阻止し続けるヨンゴン。 業を煮やしたモニカは最終手段に出ることに。 

・ 「地球の男の人って、首を絞められたら出すらしいわね」

・ モニカ、その情報はどこ経由の情報なのかモニカ。 そういうアレって無くはないらしいけど、けっこうニッチな層のアレなんじゃないのかモニカ。

・ まんまと裏目に出てしまったモニカの作戦。 首を絞められたことで、父親を殺めた瞬間の心境へと引き戻されたヨンゴンは、スーパーパワーで形成を逆転。父親(モニカ)の首を一心不乱に締め上げます。 

・ 意識をうしなったモニカに馬乗りになり、なおも滅多打ちにするヨンゴン。 ぐったりとしてピクリとも動かなくなってしまったモニカを見下ろし呆然としていたヨンゴンは、殴った感覚に対してなのか、それとも死んだような姿に対してなのか、気づくと激しくエレクチオンしていました。

・ 先程まではどんなサービスにも屈しなかったのに・・。 これぞ文字通り「タッチの差」ですね! まぁ、モニカさんは今回ノータッチでしたけども!

・ 恍惚とした表情のヨンゴンは、あろうことかそのまま物言わぬモニカさんの奥深くへとわけ入り、激しく腰を振ります。そしてそのままフィニッシュまで果たしてしまうというね。ちょっと言葉を無くしてしまいましたよね、ぼかぁ。

・ つまりアレですかね、ヨンゴンは「首を絞められて」フィニッシュするタイプではなく、「首を締めること」でフィニッシュを飾るタイプのアレだったということでしょうか。 まぁ、とりあえずクズですね、クズ。

・ そんなクズが、ハっと我に返った途端「彼女はオレが守る!」なんつって息巻くとかね・・・なんかもうね、「はぁ・・そーっスか・・・」としか思えませんでした。 はい、ヨンゴンさんいいですか、よく聞いてくださいね、モニカさんを殺したの、あなたですよー。

・ もちろん、そこに至るまでには、モニカさんのハードなおしおきがあったことを忘れてはいけません。 中でも、「ヨンゴンの口元と鼻を覆って唐辛子ドリンクを注入する」という字面だけはユーモラスなおしおきなんて、むせ方がえげつなさすぎて「うわー」ってなりましたもんね。 節子!これコメディやない!パク・チャヌク監督の復讐三部作とかで観るようなヤツや!
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(※ 見た目はコミカルですがやってることは相当ハードです。)

・ しかし、「地球防衛隊」からその真の正体を知らされるまでは、ヨンゴンにとってモニカさんは「やっと出会えた運命の人」であり、ただの「女性」であり、「なんかよく知らないけどめちゃくちゃ子種を欲しがっている人」でしかなかった筈なのですよ。 「地球を守る為殺さなければならない相手」などでは、なかった。 だからこそ、何も殺めなくても・・、と思えてならなかったのですよね。 凶暴な女性なのだったら、警察に通報するなり手足を拘束するなりすればよかったのではないか。 

・ で、いざ真相を聞かされたものの、モニカさんへの想いからなかなか「地球防衛隊」の言葉を信じず、暴力の上塗りをし、やっと状況を飲み込んだと思ったら今度は「わるい宇宙人め~!オレのモニカさんを殺してやがって~!ゆるさん~!」と愛の為に立ち上がるという。 はい、ヨンゴンさんいいですか、もう一回言いますからよく聞いてくださいね、モ ニ カ さ ん を 殺 し た の 、 あ な た で す よ ー 。

・ モニカ(エイリアン)との貞操をめぐる攻防戦は確かにおもしろかったですし、童貞ならではのドキドキ感もたのしかったです。 いい香りのする髪がふわりと鼻をかすめた時の童貞の固まり具合なんかも、とても真に迫っていましたしねぇ。 女性の純潔を大事に思っている割には、やたらと自分ち(見知らぬ男性の家)に引き止めておきたがる。という矛盾だらけな貞操観念もね、いかにも童貞って感じでよかったですよね。 妙なテンションになって墓穴を掘りまくる、それが童貞。

・ ただ、あっというまにハードな拷問に突入してしまうので、それらのコミカルな描写を楽しむ時間があまりに少なかった。 それが非常に残念でした。

・ 結局、ヨンゴンは何の為に自警活動をしていたのでしょうか。 第二、第三の父親(暴力的な男性)を阻止したかったのでしょうか。 わるいやつを叩きのめせば、父殺しの罪が消えると思っていたのでしょうか。 それとも、わるいやつに自分自身を重ねて、自らを退治しようとしていたのでしょうか。 ちょっと、わたしにはそこのトコロがよくわかりませんでした。 もしかしたら、ただ単に正当に暴力をふるいたかっただけなのかな。

・ モニカさんの死体にフィニッシュをかますのも、「どういう心境なんだ・・?」と全くもって解せませんでした。 ただ単に「興奮していた」からなのでしょうか。 Sなの? 受けじゃなく攻めなの?

・ アガサは思ったのですが、もしもヨンゴンが父親殺しの瞬間に射精していたら、どうだったろうか、と。 「耐えられないほどの苦痛」と「やってはならないこと」と間でぐちゃぐちゃになって、頭の中がまっしろになって、わーって、ブラックアウトして、気づいたら出ちゃってた。 ものすごく不快なんですけど、それなら腑に落ちるなぁ・・と。 つらい過去を持つヨンゴンだからこその現象として、解せるなぁ・・と。

・ なので、モニカさんの死体にわっせわっせしている姿と、過去の父親殺しのシーンが重ねった時、「ああ、ヨンゴンはこの時(お父さんを殺めた時)きっと射精しちゃったんだろうなー」と思ったのですよ。 というかむしろ、していて欲しいと。 なんだったら、その時がヨンゴンくんの精通であってもいいんじゃないかというぐらいに。

・ まぁ、そうなってしまうと今度はヨンゴンの「純潔」が成り立たないので、もうしょうがないのかなぁ・・と思うしかないのですけども。 というか、そもそもそこまで繋がりを考えなくてもいいのかなぁ・・なんつって思わなくもなかったりなんかして!

・ ともかく、モニカさんへの行為があまりに唐突で、尚且つ酷く、ヨンゴンくんの中の「正義」もいまひとつしっくりこなかったことから、観終わったあと苦虫を噛み潰したような顔になってしまったアガサだったのでした。 

・ 「おもしろいことやったるで!」という勢いはビュンビュンに感じられましたし、陰惨さとコミカルさのまざり具合に熱狂された方も多いと思いますよ。 あくまでわたしにははまらなかったというだけです。

・ なんでも、本作は超低予算映画だったそうで、制作費はたったの35万円とのこと。 なるほど、それでヨンゴン役の俳優さんが何世代もの役をひとりで演じていたのですね。 創意工夫の末の選択だったのかもしれませんが、「因果応報」というか「輪廻転生」というかネバーエンディングストーリーな内容に説得力を与える、ナイスなキャスティングだったと思います。 あと、やっぱり映画の出来はおぜぜのかけ方で決まるのではないのだなぁ・・ということも痛感しました。 映画製作を夢見る若者に、大いに勇気と希望を与えてくれる作品だったのではないでしょうか。

・ あと、とりあえず「エイリアン・ビキニ」のくせにビキニじゃないという事だけは、声を大にして糾弾してゆきたいですよね、ぼかぁ。 ブラと謎リボンがついたパンツのコンビネーションは、ビキニとちゃうのよ! ビキニっつうのはね、もっとこう、ロマンと夢がと遊び心がつまってるもんなのよ! わかっておくれよ!


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『ミッション: 8ミニッツ』

2013年01月31日
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あらすじ・・・
未来を変える8分間チャレンジ!


【「現実」ってなんなのだろうなぁ、と思うのですよね。】

・・あ、いやいやいや!そんな風に「ついにアガサがおかしくなった」とか言わないで!もうちょっとだけ聞いて!オレの話を聞いて!

頭の中で繰り広げられる世界は、一般的には「妄想」や「想像」などと呼ばれます。
手で触れられない、匂いも嗅げない、痛みも感じない世界は、「現実」などではない。
いま居る、「この世界」が「現実」なんだ。
でも、「この世界」を認識させてくれているのも、結局「頭の中」じゃないですか。
皮膚の感触を解析して「こういうものだよ」と伝えてくれるのも「頭の中」。鼻で受けた物質の刺激を分析して「こんな匂いだよ」と伝えてくれるのも「頭の中」。視界に入った情報を整理して「こういう景色だよ」と伝えてくれるのも「頭の中」。
つまり、いま居る「この世界」は「頭の中」が作り出した世界で、「現実」は「頭の中」があるからこそ存在する世界なのではないだろうか、と。

しょせん、人の「頭の中」を通して認知されているだけの「現実」世界。 
それがこの世の全てだと、果たして言えるのだろうか。

【480秒で支度しな!】

本作の主人公スティーヴンスさんは、アフガニスタンでの任務中に瀕死の重傷を負い、かろうじて脳神経が活動しているだけの状態となってしまいました。
対外的には「死亡者」として帰国させられたスティーヴンスさん。 
一方、活動中の脳は秘密裏のうち、とあるミッションに抜擢されました。
それは、「亡くなった人の脳にアクセスし、そこに残された8分間の記憶から死亡の原因を探る」というプロジェクト。
説明としてはこうです。
〈脳は死亡後しばらくのあいだ帯電状態にある。亡くなる直前8分間の記憶もデータとして蓄積される。そのふたつの特徴を活かして、被害者の脳から過去の世界へとアクセス出来るプログラムを作りました。 ただし、あくまでプログラム上の体験で、タイムスリップではありません。〉
つまり、実際の記憶を元に再現したバーチャルリアリティのようなものでしょうかね。
仮想現実の中で犯人探しをしろ、と。

スティーヴンスさんの脳が選ばれたのは、「どっちにしても脳しか残ってないような状態だからコキ使ってもいっか」という理由と「被害者の脳と相性がバッチリだった」の二つだったのではないかと思います。 後者はともかく前者ひでえなおい。

ともかく、被害者の脳世界にアクセスしたスティーヴンスさんは、その世界の中で被害者自身として動き回り、幾度かの失敗を繰り返しつつも見事テロの犯人をつきとめました。
プロジェクトの成功に湧く科学者チーム。
チームのリーダーはスティーヴンスさんの記憶を初期化し、今後も同プロジェクトに使用する気満々です。
そう、彼らは既に、スティーヴンスさんを「人」とは見なしていない。
彼らにとってスティーヴンスさんは「装置」でしかないのです。

そんな思惑を察知したのか、いや、そんな思惑などどうでもよかったのかもしれませんが。
スティーヴンスさんは、「思考するだけの生命体」となってしまっていた彼は、「人」としての尊厳を保ったまま終わる事を望みました。
そしてその選択は、思わぬ奇跡を生む事となるのです。
懇意になった担当者に頼み、最後の8分間ミッションの終了とともに、生命維持装置を切ってもらったスティーヴンスさん。
当然消えてしまうと思った世界はなんと、静止したのち再び動き始めたではありませんか。
スティーヴンスさんは、被害者の身体を借りて、そのまま「テロの起きなかった世界」で愛する人と共にしあわせに暮らしたのでした。めでたし、めでたし。
しかも、その「テロの起きなかった世界」に居た担当者の元には、「テロの起きた世界」の中から「テロが起きる前の時点での世界」にアクセス中のスティーヴンスさんからメールが送られてくる、というおまけつき。

・・・テロの起きなかった世界・・・

・・テロが起きた世界のテロが起きる前・・

・・・・テロ・・・テ・・

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【主人公の選択の先にあった世界の正体とはいったいなんだったのでしょうか。】

「バーチャルリアリティだと思った世界。」
「脳内だけで作り出している世界。」
「並行していたけれど交わることはない筈だった世界。」
断言できるほどの自信はありませんが、このどれもが正解なのではないかと思いました。
生命維持装置を切られたスティーヴンスさんの脳は、しばらくの帯電ののち痕跡を消してゆくのでしょう。 しかし、直前8分間の記憶は永遠に残る。 
その世界の「8分間」が、我々の世界での「8分間」と同じとは限らないし、全てを司る「頭の中」が生み出した、「感覚」も「温度」も存在する世界である以上、そこが彼にとっての「現実」なのではないでしょうか。
アフガニスタンで兵士として活動していた「現実」から枝分かれした、もうひとつの「現実」。

「死んだ人の脳にアクセスするという不可思議な経験」をへる事で「テロを未然に防ぐ」事に成功し、結果「脳を酷使される」事もなく、「生命維持装置を切られる」事もなく、「ずっと頭の中で生き続け」られる世界。 メビウスの輪のように、どこまでも一続きの世界。
それが彼の生み出したあらたな「現実」。 紛うことなき「現実」なのです。そんな気がします。そう思わせてください。 じゃなかったらもうアレだ!「天国」ってコトで! いいじゃんいいじゃんスゲーじゃん!


【どこで生きるかではなく、どう生きるかなのではないでしょうか。】

アガサは物理学も数学もからきしダメなタイプなので、しょうじき「パラレルワールド」とか「量子力学」とか聞いてもチンプンカンプンなのですが、自分に見えているものだけが「世界のすべて」だとは思いません。
いや、だからといって「だから空想の世界へファーアウェイ!」なんて逃避したい訳ではなく、あくまで「あるかもしれない」という可能性に思いを馳せているだけなのですけどね。

宇宙の仕組みのコトを考えていたら、頭がブワワーッとなりませんか?
もしかしたら、いま居るこの世界は、誰かが頭の中で作り上げた「現実」にすぎないのでは?
もしくは、どこかの研究所のシャーレの上かプログラムの中で繰り広げられている「いきもの実験」でしかなかったりなんかして?
それは誰にもわからない。(人類が「確認できる」範囲しか確認していないのに、どうして「わかっている」などと言い切れようか)
 
わかっているのは、いま、自分たちが息をして、困難な事や嬉しい事を経験しながら日々過ごしている、という事だけです。
そしてそれは、自分たち自身では巻戻せないし、無かった事にもできない。
だから、後悔のないように過ごしたいし、腹を立てるよりは笑っていたいし、詰るよりは慈しみたい。
日々を、生活を、大切な人たちを。

ここがどの「現実」かなんて重要じゃない。
重要なのは、ここでどう生きるか、なのではないか。

・・・と、ぼくは本作を観て思いましたよ!


【まとめ】

つじつまが・・・とかパラドックスの原理が・・・とかあまりくよくよ考えずに、「ジェイク・ジレンホールがんばれー! ・・ん・・?アレ・・?・・ギレンホールだっけ・・ジレンホールだっけ・・どっちだっけ・・ ・・えっとえっとま、いいや!がんばれー!」と手に汗握って応援しながら観ると、とてもたのしめるのではないでしょうか。




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