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『チャッピー』

2015年06月04日
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(※ 以下ネタバレしています)



あらすじ・・・
人間に作られた人工知能が新しい「人間」を作ります。


大好きな映画 『第9地区』 とややウケ映画 『エリジウム』 のニール・ブロムカンプ監督最新作 『チャッピー』 を観てきましたよ。 わー!これすっごいわしの好きなやつやんけー! オロローンオロローン!

若き天才エンジニアによって生み出された「完璧」な人工知能。
どう完璧なのかというと、色んな面で完全に人間レベルなのだそうです。 
よくわかりませんが倫理観とか想像力とかそういうアレも含めて、ということなのでしょうか。 
で、そんな人工知能をインストールされた「子ども」が本作の主人公チャッピー。 
赤ちゃんからスタートするとはいえ、起動直後からがっつり動いたりするので、その姿はどちらかというと野生動物のよう。

湿気と埃にまみれた廃墟で誕生したチャッピーに、「ほら、こわくない・・こわくない・・・」とひとりの女性が優しく手を差し伸べます。 
女性の隣にいた若い男性も「そうだよ、だいじょうぶだよ」と微笑みました。
少し遠巻きに眺めていた男性は、銃を構えたままですが、しかし面白そうな表情を浮かべています。 
「銃を構えたまま」・・  銃を・・構えたまま・・・? 
そう、チャッピーが生まれたのは、世界で最も治安が悪いと言われる南アフリカはヨハネスブルグのスラム街一番地だったのです。

ということで、「人工知能がー」とか「SFアクションがー」とか色々な見どころのある本作ですが、実は物語の柱となっているのはズバリ「子育て」なんですよね。 グイグイくるわー! ぼくの心のやわらかい場所にグイグイくるわー!
子どもは生まれた時点ではみな天使であり、ただ、関わる人々や取り巻く環境によって、善良にもなるし悪人にもなるのだ、と。 
別に目新しくもなんともないお話ですが、その「子ども」がなんとも愛くるしいロボットなものですからもうかなわんですよ! 許されるならばうちに連れて帰りたい!今すぐに!

運悪くギャングのカップルの元に生まれてしまったチャッピー。
しかし、暴力とドラッグにまみれた極悪ロボットに育ってゆくのかというと、そうではありませんでした。
もしもチャッピーが生まれたのがもっと凶悪な環境、たとえばギャングの大元締めのアジトだったりしたら、きっとチャッピーは容赦なく人を殺すだけの道具として「しつけ」られていたでしょう。
確かに、チャッピーの「父」と「母」もギャングでした。
けれど、彼らはただの犯罪マシーンではない、愛を知っている「人間」だったのです。

パパ
スパルタ式の子育てにチャレンジする父的な人。 (ケチな強盗とヤクのしのぎで日銭を稼ぐチンピラ)

ママ_convert_20150527154233
見た目はエキセントリックだけど中身は情に厚い母的な人。 (パートナーのためなら犯罪行為も恐れない勇猛果敢なチンピラ)

おじさん_convert_20150527154249
お調子者の親戚のおじさん的な人。 (いつかアメリカに帰ることを夢見ているチンピラ)

先生_convert_20150527154301
チャッピーの可能性を信じ足繁く家庭訪問してくれる先生的な人。 (めちゃくちゃIQが高そうな開発担当者)

チャッピーに関わる彼らの教育方針は全く一致しません。
「暴力はいけない」と教えられたかと思えば、「いけない暴力とやむを得ない暴力がある」と正される。
「自由に生きればいい」と言われたかと思えば、「下品な言葉を使うな、芸術を嗜め」と生活をコントロールされる。
チャッピーはそのたび、目の前の「大人」の言いつけを理解しようと一生懸命頭を働かせます。
可哀想でたまらなかったのですが、もしかしたらこれもまた、成長には欠かせない「理不尽さ」なのかもしれないなぁと思いました。
だって、絶対的に正しい「大人」なんてこの世にいないのだから。 
たくさんの価値観に触れ、いいことと悪いことの両方を知って初めて、「自分の選択」に意味が生まれるのかもしれない。  まぁ、とは言っても振り回される方は迷惑極まりないですけども。

っていうかこのね、「すぐ染まるチャッピー」の健気で愛くるしいこと!
そうなんですよね・・・ 子どもって、いつだって一生懸命大人を信じようとしてくれるんです。 それはもう、申し訳ないほどに。
だからこそ、可能な限り正面から向き合ってあげたいんだよなぁ。
母的な役割を担うヨーランディさんがそうであったように。

自分が歩んできたギャングとしての人生を否定するつもりはないけれど、そのままチャッピーに踏襲させたくもない。
揺れる心に答えは出せないものの、チャッピーの戸惑いや哀しみや喜びにはまっすぐに向き合うヨーランディさんが本当にステキすぎる・・・!
傍から見たら、「子ども」を犯罪に巻き込むひどい親でしかないかもしれないけれど、ヨーランディさんとチャッピーの間にはたしかな信頼があって、そしてそれは、とても尊いものなんじゃないかと思うのですよね。

「ママ」や「パパ」とは違う外見であることから、幼ないながらもハッキリとした疎外感を抱いているチャッピーに、「見た目ではなく、大事なのは中身なのよ」とやさしく諭すシーンは、もうロボットがどうとか人間がどうとか肌の色がどうとか性別がどうとか、そういうこと全てどうでもよくなって、ひたすら涙がボロボロこぼれてしまいました。
直球ですよ。 ありふれた言葉ですよ。 でも、本当にうれしい気持ちになったのです。
それがただの言葉ではなく、ヨーランディさんの「愛する我が子(チャッピー)を安心させたい」というやさしい想いの結晶だったから。

ヨーランディさんほどの繊細さがない、父的ポジションのニンジャさんもまた、チャッピーの純粋さや生への懸命さに影響を受け、というか、もとから彼に備わっていたまっすぐさを刺激されたのかもしれませんが、チャッピーとヨーランディさんという「家族」の命を守るため自分の命を差し出そうとしますし、チャッピーの生みの親で、もともとは研究材料としかチャッピーを見ていなかったディオンも、自分とチャッピーの一方しか助からないと知ると迷わずチャッピーに命を譲ろうとします。 親戚のおじさんポジションのアメリカさんは・・えっと・・・なんつうかその・・ アレだ・・・がんばったよね!

愛を知りながら育ったチャッピーが、その潜在能力を最大限に活かし、大切な人たちの命を復元しようとするラスト。
機械の身体に植えつけられ育った人工知能が、人間の身体に宿る知能・記憶・感情などなどの総合体(意識)を機械の身体に転送させるという展開は、正直「そこまで行っちゃうか・・?!」という気持ちが湧かなくもなかったのですが、「見た目ではなく中身」というヨーランディさんの言葉を究極的に実らせちゃったんだなぁと、チャッピーのすこやかな成長に目を細めたくならなくもないので、わたしはアリだと思います。
あと、「意識(魂)は永遠に不滅です・・!」というキリスト教っぽい救済が、よりにもよってガチのキリスト教徒であるライバル科学者ではなく、その彼から異端者として敵視されていたチャッピー側に与えられた、というのも皮肉が効いていておもしろかったですし。

そう、そのライバル科学者を演じていたヒュー・ジャックマンさんもね! 
すさまじいガンギマリ演技がさいこうでしたよね!
改めて、引き出しの多い役者さんなんだなぁ、と思いました!
あと、腕太ぇー!! やーいやーい!ヒューさんの二の腕丸太ん棒!

ゲスト出演のリプリー(シガニー・ウィーヴァー)さんは空気でしたが、チャッピーを粉砕しにやってくる巨大ロボ・ムースちゃんのドデっとしたフォルムがかわゆすぎましたし、ディオンの身の回りをお手伝いするおさんどんロボット・デクスターちゃんも超キュートでしたので、もうわたしは充分満足です。 もちろん、チャッピーちゃんは言うまでもありません。

お金が欲しいギャング、お金を払わなければならないギャング、自分のロボットをもっと賢くしたい科学者、自分のロボットをもっと人気者にしたい科学者の4者が、まったく人の話を聞かず自分の独断だけで突っ走ることによって生まれるドタバタ劇。
シリアスになりすぎず、複雑な専門用語も飛び交わず、「好き!」とか「生きたい!」とか「褒められてうれしい!」とか「殴られて悲しい!」とか「大好きな人が撃たれた!」とか「ゆるさんぞー!」などなど、つべこべ言わされずひたすらシンプルな感情を掻き立てられる、とてもおもしろい作品だったと思います。

書き忘れていましたが、顔出しナシで「見た目は子供、頭脳は大人」なチャッピーを完璧に演じきったシャールト・コプリーさんもすばらしかったですよ!
演じる際、監督から参考として「8歳の天才チェスプレイヤーは、数学的なチェス理論では人生経験を積んだ50歳の大人を打ち負かせるけれど、感情面の成熟度ではその足元にも及ばない」ということを伝えられていたそうですが、まさにこの超いい喩えそのもののような、知的なひらめきと感情の幼さの絶妙なアンバランスさが表現されていて、演技の達者な人は姿を隠されていてもその実力が損なわれることはないのだなぁ、と感心しました。
将来シャールトさんが、「中の人」界の頂点 アンディ・サーキスさんの地位を脅かす事になるのか・・・要チェックやで!





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『インターステラー』

2014年12月03日
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あらすじ・・・
古いパラダイムをシフトしたお父さんが次元上昇します。


以下ネタバレも辞さない覚悟の感想が続きますので、ぜひご鑑賞ののちにご覧ください。




というわけで、クリストファー・ノーラン監督最新作『インターステラー』を観てきたのですが、世界の危機・・いやさ我が子の将来を救うため、勇気を振り絞って宇宙へ飛び出した父ちゃんのハートウォーミングな感動物語のはずが、その脇を固めるみなさんの規格外ともいえる言動が強く印象に残ってしまい、鑑賞しているあいだじゅう、心がざわわ・・ざわわ・・・とサトウキビ畑かはたまたトウモロコシ畑かのごとくうねりをあげていましたので、取るものも取り敢えずではありますが、まずはその鬼畜っぷりの一部をご紹介させていただきたいと思います。

【震えて眠れ・・・!宇宙を超えた鬼畜伝説!】

■「アポロ計画? ・・あれは嘘だ!」 国民総農民化のため歴史を改ざんする学校教師!

『インターステラー』の舞台となっている世界では、環境は破壊され、国政は破たんし、軍隊も解体。農作物は枯れ、誰もがみな未来の生活に不安を抱える日々を送っていました。
その災難がいつごろから始まったものなのか、食料もさることながらエネルギー問題なんかはどうなっているのか、なんてことは特に描かれない中、地球に生き残った人々は「食糧確保」を最優先事項に決定。
ひとりでも多くの農夫を。
なにはともあれ収穫可能な作物を。
そんな方針のため犠牲となったものの中には、どうやら科学の進歩も含まれていたようで、過去に偉業として伝えられていた「アポロ11号の月面着陸」は「捏造デマ」として教科書に記載されるという、大槻教授にフルボッコにされそうな事実が観客に明かされます。
食うか飢えるかという瀬戸際ですし、将来を担う子供たちが「宇宙に活路を」みたいな夢物語に夢中になっちゃっても困るんだよってコトなのかもしれませんが、そこ別にいじらなくてもよくね?
あと、アポロ計画をそんな風に改ざんした教科書の他の項がどうなっているのか、ちょっと興味が湧かないでもないですよね。
で、それはともかく、主人公の娘で頭脳明晰な科学っ子マーフちゃんは、そんなデタラメな教職員にダメ出しをするのですが、全く聞き入れられず、先生はおろか同級生たちからも非難の的となっているという、とっても気の毒な状態に。
まあね、ながなが書きましたが、要するに教師がクズい! それ(科学)はそれ、これ(農業)はこれ!


■ 「渡りに船とはこのことか!」 偶然再会した農夫に宇宙船を託すマッドな教授!

頭が良すぎるゆえに学校で浮きまくる娘と、そんな娘の遺伝子のもととなったこれまた優秀な父親・クーパー。
ある日娘から、自室の本棚から不思議と作為的な方法で数冊の本が落ちていることを知らされたクーパーは、最初こそ「幽霊の仕業だ」と取りつく島もない態度だったのですが、本だけではなく床に溜まった砂埃までもが規則的な配列をしているのを目の当たりにし、そこに込められたメッセージを読み解く方向へさっそうとシフト。
結果、それらはとある場所の座標を示しており、クーパーとマーフは家族を残して目的地へと車を走らせます。
辿り着いた場所にいたのは、数年前に解散させられたはずのNASA職員。
そして、何を隠そうクーパーもまた、数年前に奇怪な事故を起こし退職するまでは、NASAのパイロット兼エンジニアでありまして。
久しぶりに再会した恩師・ブランド教授から、実は人類の危機を前にNASAがこっそり復活していたこと、そして、みんなには内緒だけど10年ほど前から地球以外の惑星への移住計画・通称ラザロを進めてきていたんだよね、ということを知らされたクーパー。
人類の鼻の前にぶら下げられた「僅かな可能性」という名のニンジンに驚きと興奮を隠せない彼に、ブランド教授は重大な提案を始めます。
「どうだ、いっちょその宇宙船を操縦してはくれまいか」
すっげえ久しぶりに会ったOBに。
操縦なんか当分していない現・民間人に。
男でひとつで家計を支える父ちゃんに。
少ない国家予算をザブザブつぎ込んだ重大なミッションの肝の部分を!再会後たったの数時間で!
・・奥さん!このブランド教授はとんだ博打うちでっせ!!

■ 「水さえあればそれでいい・・・!?」 ハビタブルゾーンに潜む伏兵!

いきあたりばったりなブランド教授の口車にうっかり乗っかってしまったクーパーは、教授の娘・アメリアを含む3人の専門家と共に宇宙船・エンデュランス号に乗り込み、先発隊が発見したという惑星へと向かいます。
まずは2年間をかけ土星付近まで行き、そこで何者かが用意しておいてくれたワームホールに入って、一気に別惑星までワープする一行。
「生命居住可能領域」からの連絡は3件。
しかし、限られた燃料と地球に帰りたくてしょうがないクーパーの心情を加味すれば、現地に赴けるのはせいぜい2件。
話し合いを重ねた一行が選んだ星は、生物学者・ミラーが待つ水の惑星でした。
だって、まぁ、ほら、水って重要じゃん。 とりあえず水があれば生きていけるし、水があるってことは生命体も存在しているかもしれないってじっちゃん言ってた!火星で言ってた!
そして、そんな調査隊の期待を間髪入れず一瞬で打ち砕いた巨大な波! そう、この惑星の水は「ある」というレベルをはるかに超えていたのだ・・・! っていうかむしろ水しかない星だったのだ!
おい! ミラー! 報告書送ってくるんなら、もうちょっとわかりやすいヒント書いとけよ!

■ 「死なばもろとも!」 農家に生まれ農家に育ち農家で死ぬことを選んだ非業の兄!

クーパーたちが移住可能な惑星を探してえんやこらしている間、地球では様々な事柄が起こっていました。
特殊な重力を持つ水の惑星でのわずか数時間も、地球時間に直すと23年間という長期間になってしまうため、旅立ちの時15歳だったクーパーの息子・トムは家庭を持つ大人の男性になっており、父の出発に最後まで反発していたマーフもまた、当時のクーパーと同じ歳にまで成長。
家を出て、ブランド教授に弟子入りした天才児マーフとは対照的に、「家を守ってくれ」という父の願いをひたすらに守ってきたトムは、先祖代々受け継いできたトウモロコシ畑が年々枯れ細っていっても、長年の砂塵被害で女房子供が肺病を患っても、その土地から逃げ出すことを選ばず、かたくなにそこに住み続けます。
たとえ農家仲間が耕作を諦めても、たとえ人々が沈没船から逃げ出すネズミのように町を捨てても、たとえNASAにコネを持つ妹がいい医者と病院を紹介してくれると申し出ても・・・
なぜなら・・ 
それが父や祖父との約束だから・・・!
・・
・・・病院ぐらい行かせてやれよ! へるもんじゃなし!


■ 「あたいを怒らせるとヤケドするよ!」 理系の娘がとった理性に欠ける焼き討ち大作戦!

いくら説得してもちっとも言うことを聞いてくれない兄に腹を立てた妹・マーフは、兄嫁と甥っ子を強引に入院させるためとある陽動作戦を決行します。
その作戦とは、食糧難のこの時代に、兄が大切に育ててきたトウモロコシ畑に、そうでなくても疫病にやられ始めて風前の灯火状態の貴重な畑に、ガソリンを撒いて一気に焼き払うという作戦でした!
あかん・・・ マーフのマは「マジモンのアホ」のマやで!

■ 「君はまだ、試されていない・・・!」 氷の惑星(ほし)の眠れる王子、堂々参上!

一方その頃、父・クーパーはというと、マン博士から信号が送られてきていた氷の惑星に到着。
また無駄足かもしれない・・・ そんな一行の不安は嬉しくも裏切られ、氷に埋まった宇宙船の中にはコールドスリープ状態でみなの到着を待ち続けていたマン博士が元気まんまんで待ち受けていました。マンだけに。マンマン。
博士曰く、「この惑星の環境は決して人に優しくはないものの、居住自体は工夫次第で充分可能」とのことで、クーパーたちは一気にテンションアップ。
しかし彼らはまだ、知らなかったのです。
同行した仲間に先立たれ、人工知能を搭載したロボットも壊れてしまい、気の遠くなるような孤独と闘ってきた博士が信号を送ってきた本当の訳を・・・。
ただ単に「ひとりはもうイヤだから迎えに来てもらいたかった」だけだった、というさびしんぼうな一面を・・・。
まぁ、それはそれとして宇宙船を奪うためにクーパーを殺そうとするとか全く意味わからんけどな! みんなで帰ればいいじゃん! 船、大きいんだし!

■ 「ラザロ計画にはプランAとプランBがあると言ったな・・・ あれも嘘だ!」 可愛い顔して割とやるマッドな教授が仕掛けた最後の罠!

船を奪うという目的の為、救出に来たクーパーたちに「この星いがいと住めそうだよ!」と嘘をつき、油断させたのち殺害を試み、「父親は死ぬ前に娘の顔を見るという・・・ どうだ?君は見えたかい?」などと訳のわからない自己陶酔プレイを披露したロケットどろぼう・マン博士を返り討ちにしたクーパーとアメリア。
危機一髪でエンデュランス号に帰還したものの、その表情は晴れませんでした。
それもそもはず、地球から送られてきたマーフからのメッセージが、彼らの心を深く傷つけていたからです。
なんと、アメリアの父であるブランド教授が老衰で死亡。
しかも今際のきわに、ラザロ計画の真実を告白したというではありませんか。
クーパーを勧誘する際、教授はこう説明していました。 
「ラザロ計画には、人類の移住先を探すプランAと、今いる人類は捨てて受精卵を持ち込み繁殖させる入植先を探すプランBがある」
もちろん、我が子を救いたいクーパーにはプランA以外の選択肢はない。 だからこそ、そこに望みをかけて旅立ったのです。
しかし、教授から語られたのは、「人類が別の惑星に移動することなど不可能だとわかっていた」という事実。
つまり、最初から探査団はプランBしか選べなかった。 クーパーが子どもの元に帰るというシナリオなど無かったというのです。
マーフやトムの未来のために宇宙へ行ってくれ、という教授の言葉は偽りだった。 子どもを救いたいという親心に、まんまと付け込まれただけだった。 怒りと哀しみと絶望にくじけそうになるクーパーとアメリア。
わかるよ!わからんでもないよ! そりゃ親だからさぁ、「あなたの子どもを助けると思って」って言われたら「しょうがねえ、やるか!」ってなりますし、逆に「あなたの子どもは助からないけど、地球人という種族を助けると思ってここはひとつ死んでください」なんて言われたら音の速さで「やなこったパンナコッタ」って言いますよ! わかるけどさぁ! ブランド教授、ずっちーなぁ!
というか、子を持つ親だからこそグっとくる口説く文句でしたけども、これNASAに侵入したのが独身男性とかだったらどうしていたのでしょうかねぇ。
パイロットが来なかったら素人に操縦させるつもりだったの? ねえねえ、何考えてたの?教授?
場当たり的犯行って言われても仕方ねえぞこれ!


【時間軸は永久の今で、コードは「愛」だ!】

もう戻ることは叶わない。
残る惑星はあとひとつ。
そして、目の前には巨大なブラックホール「ガルガンチュア」。
帰還を諦めたクーパーがとった驚きの行動とは、残りの燃料や物資のすべてをアメリアに託し、彼女の恋人が信号を残したまま絶賛消息不明中である最後の惑星へと向かわせることでした。
動力を失ったクーパーは、人工知能搭載ロボット・TARSとともにブラックホールの中へ。
長く暗いトンネルを抜けると、そこは5次元の世界でした・・・。


わたしには2人の娘がいます。 
それぞれ小学生と中学生の彼女たちは、10年、20年先に待ち受けているはずの輝ける未来を夢見、弾んだ声でこう語ります。
「大きくなったらいろんな所に旅行したい」 「パティシエになりたい」 「プリキュアの声優になりたい」 「楽しいこと沢山したい」 「それから」 「それから」
「ねぇ、おかあさん?」 と、無垢な眼差しを向けられるたび、わたしの心にはぐちゃぐちゃと混ざり合った感情が込み上げてしまう。
なぜなら、正直に言って、10年、20年先の未来がどうなっているか、まったく見当もつかないから。
もっと正直に言うと、「明るい未来が待っている」と言い切る自信なんて全くないから。

出口の見えない景気低迷。 歯止めのかからない少子高齢化。 ますます広がるばかりの貧富差。 取り尽くしそうな資源、自己保身ばかりの政治家。 余裕ない人びとから弱者に向けられる憎悪。 外国からの挑発。
日本以外の国だって楽園ではありません。
環境破壊、内戦、干渉、正義の名の元の侵攻、財政破たん、移民問題、醜悪な差別意識。
どこを向いても暗いニュースばかりで、しかも改善の兆しすら見えてこない。
今とつぜん始まったことではない。
だからこそ、わたしの心はひどくかき乱されるのです。
「どうしてこの時代に、こんな時代に、わたしは子どもを送り出してしまったのだろう」と。

いまさら何を、とも思いますし、悲観していてもしょうがない。 
幸せな一日を積み重ねることだけに集中していくしかない。 
人生なんてそういうものだ。
でも、やはりふと、激しく自問してしまうのですよね。
「一生そばで守れるわけでもないのに、いつか彼女自身が厳しすぎる社会で生きて行かなければならなくなるのに、こんなに重い荷物を背負わせてしまってよかったのか」 と。


本作に登場する地球は、そんなわたしの不安を具現化したような凄まじい世界でした。
産んで育ててはみたけれど、子どもたちには学ぶ喜びも、人生をすきなように生きてゆく楽しさも、未知なる世界を発見する余力もない。
ひたすら「死なない」ために生きてゆくだけの、閉ざされた世界。
もしかしたら、架空の世界などではなく、ちょっとだけ未来の世界なのかもしれない、と思わせるリアリティ溢れる描写に、「ああ、やっぱり・・」と打ちのめされました。
「あなたはわたしたちを見捨てた! 残されたわたしたちは、ただ飢えて窒息して死んでゆくしかないのに!」というマーフの叫びが、まるでわたし自身に向けられているような気がして、自責の念にひどく苛まれたのです。 

灯なきブラックホールを漂うクーパーと、広い映画館のシートに沈み込んでゆくわたしは、同じような気持ちだったかもしれません。
守り切れなかった子どもに対する思いと、この先どうして守ってゆけばいいのかわからないという思いに、胸を引き裂かれていたのかもしれません。
どうないせえっちゅうねん・・・
めちゃくちゃ陰気やないか・・・
そんな重々しい感情に満たされていた我々。
しかし、ノーラン監督が長く暗いトンネルを抜けた先に用意してくれていたのは、思いもよらない「奇跡」でした。

その「奇跡」は、子どもの可能性を信じ続けた親が起こしたもの。
その「奇跡」は、人生を決してあきらめず、親の愛に応えようとした子どもが起こしたもの。
あまりにも甘すぎる「奇跡」でしたが、わたしにとっては「希望」のひかりでした。
たしかに、この世界は大人たちにとって悲惨すぎるし、子どもたちにとっても過酷すぎます。
しかし、わたしたちが今、子どもたちに残してゆくものによって、その未来は大きく変わるかもしれない。
それは決して特別ではない、たわいもない、ありきたりなもの。
たとえば、「愛」のような。

甘いですよね。 無責任と言っていいぐらい甘い。 
でもその甘い記憶が、いつか子どもたちの糧になり、彼らの救いになってくれるという可能性を、わたしは信じたいのですよね。
それが、こんな世界に生まれたノーラン監督が示した「希望」ではないかと思いますし、また、こんな世界で子どもを見守るわたしの「願い」でもあるのです。

あ、もちろん、「愛」だけじゃなくもっとこう、いろいろな知恵も渡しておきたいですけどね! なんつうかその、えーっと、ほら、生活に役立つ・・・伊東家の食卓的な・・・ゆで卵とか・・

ということで、わたしは非常に満足しました。
『インターステラー』さいこう! 
親だけじゃなく、世界中の大人から子どもたちに伝えられること、きっとあると思うから! 悪いようにはしないから、みんなで観に行こう!




― おまけ ―

・ おかーさーん! まんまとノーランに煙に巻かれたよー!

・ 「5次元の中に3次元・・・」とか「重力の異次元移動・・・」とか「事象の地平線・・」とか「一般相対性理論・・」とかコレすっげえわかったようでわからんやつー! 字幕追ってるだけで頭に残らんやつー!! 随所に織り交ぜられてるうちになんとなく腑に落ちた気分になるやつー!

・ 「相対性理論」ってアレでしょ?アインシュタインのやつでしょ?光より早く移動したら時間の進み方も遅くなるってやつでしょ?それを突き詰めたらタイムマシンのもとになるってやつでしょ?ちがうの?ざっくり言うとそんな感じなんでしょ?ね?ね?

・ あと、「ワームホール」もいろいろなSF映画でさんざっぱらお目にかかってきたんですけど、さすがに紙の両端に点書いてそこを折り重ねて鉛筆でブシッて穴開ける描写見飽きたよ! これもうちょっと他にいい例えないんですかね? そもそも、点と点を重ね合わせるっていうスタート地点からして不思議でしょうがないのですが、宇宙って紙なの?レポート用紙状なの? 点と点ならワームホールで、手と手のしわを合わせたら幸せになるの? 南ー無ー!!

・ まあね、最終的には「相対性理論はこの際置いとこう」ってなりますし、話半分でもいいと思うんですけどね! ノーランのそういうとこ、オレきらいじゃないよ!

・ 理論はさておき、その「ブラックホール」や「ワームホール」の映像がホントにすばらしくて、ぽかーんと口をあけて見とれてしまいましたよ。 いや、宇宙のシーンは全編ゾッとするほど美しくてすてきだ!

・ あと、高度な知能を持ったTARSさん、CASEさん、KIPPさんのロボット三等兵トリオのなんとかわゆいことか! 意表を突いたトランスフォームっぷりもたまらんすわ! くれ!オレにも一台くれ!

・ 意表を突いたといえば、マン博士のキャスティングにも大いに驚かされましたよね! しかも超ワルい! イメージを逆手に取ったいい配役だなぁ!

・ 結局、5次元の世界というのは重力の束縛から解放された空間で、すなわち時間を超越することも可能だってことなのですよね。 で、
「5次元にいるクーパーが過去の3次元にいるマーフに、自分が宇宙に行くことを止めさせるようメッセージを送る」
→「過去のマーフはきちんとメッセージを受け取るんだけど、肝心の自分が聞く耳を持たない」
→「しょうがないから、今度は現在3次元にいるマーフに、5次元の作り方のヒントを授ける」
→「マーフがそれをもとに新次元の謎を解き明かす」
→「新次元完成!」
→「宇宙での長距離移動が楽ちんになる」
→「土星のそばに移住用のスペースコロニーを作る」
→「地球上での数十年はブラックホールでは数分なので、全て解決したのとほぼ同時期に宇宙をさまようクーパーが発見される」(いまココ)
という流れで、要するに
「クーパーを受け止めた5次元は、クーパーのヒントからマーフが作ったもの」
ってことになっちゃうと思うんですけど、それだと、過去のクーパーとマーフにメッセージを送った時点で既に5次元があって、どこから始まったの?っていう「卵が先か鶏が先か」みたいな話になっちゃいませんかね? それとも、そういうタイムパラドックス的なアレは全部
「5次元は時間も空間も超越するから、どこが最初とか気にしなくていい」
ってことでいいんでしょうかねぇ。 なんかメビウスの輪みたいですね。

・ 宇宙って不思議だなぁ!(←ひどいまとめ)

・ 子を救うためにブラックホールに入った父と、父を助けるためにブラックホールを解き明かした娘。 お互いの寿命が尽きる前にようやく再会を果たすことができた親子の姿は、その役割が逆転したかのように、一方は老い、また一方は若々しさに満ちていました。 そして父の年齢を大きく越した娘は、我が子のような父を、また新しい世界へと送り出します。 クーパーの子離れであり、マーフの親離れの瞬間です。 なんか、すごくグっときました。 父も子も、強いなぁ、と思いました。  

・ 遥か宇宙の果て、クーパーたちの成功を知らずひとりきりで人類の繁殖(プランB)に打ち込んでいたアメリアの元に、クーパーの船が辿り着くのはいつなのでしょうか。 そもそも、そこまで(もともと他の生物がいたかもしれない別の惑星に入植してまで)して、「人類」という種を残さなければならないのか?という疑問は消えないものの、早いとこアメリアさんこと「おれたちのアン・ハサウェイさま」の孤独と努力が報われる日がくるといいなぁ・・と願わずにはいられなかったのでした。 ていうか、アンさまに侵略されるんなら、オレそれでもいいよ!

・ 余談ですが、先進医療も薬の開発も途絶えてしまっている『インターステラー』を観ている間、「ああ、この世界にいるのは健康な子どもたちだけなんだな」と、「先天性の疾患と闘っていた子どもや、障害を持った子どもたちは、早い段階で亡くなってしまっているんだろうな」という、猛烈な悲しみに襲われてしまったわたしですよ。 環境が厳しくなった時、一番最初に打撃を受けるのって、弱いものなんですよね。 それだけはなんとしても避けたいけれど、もしもそうなったとき、一体どうしたらいいんだろう・・・。  不安は尽きません。

・ 余談の余談ですが、ももくろちゃんことももいろクローバーZの「Neo STARGATE」がビックリするほど『インターステラー』しているので、よろしかったら一度ご視聴ください。 コードは「愛」だ!






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『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』

2014年09月25日
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(※ 以下ネタバレしています)


あらすじ・・・
さみしんぼのアウトローたちが図らずも宇宙の危機を救います。


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(※ あのちーへいーせーんー かーがーやくーのーはー)

アイ・アム・グルート! 一度聞いたら使わずにはいられない、「アーイ・ダディッツ」に並ぶキャッチーな名乗りセリフ、ここに爆誕! おうちで、がっこうで、おつとめさきで、お好きな時にみんなで名乗ろう!せーの、アイ・アム・グルート!


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(※ 「アイ・アム・グルート・・?」) (※意味:お花をどうぞ・・・?)

ただの名乗り口上ではないトコロも素晴らしい! かなしい時は「アイアムグルート・・ッ!」うれしい時は「アイ・アム・グルート!!」あまえたいモードの時は「あいあむぐるうと!」と、一つの言葉でどんな状況も表現出来てしまう汎用性の高さに全米驚愕!

フラワー
(※ 摘まれても踏まれても立ち上がる・・ それはまるで、野に咲く花のように・・!)

仲間の為なら我が身をもなげうつグルートさんから学ぶ、人生を楽しむ10の秘訣!うそ!10個もない!ていうか秘訣なんてない! 人を信じ、無駄な殺生はせず、常にまっすぐ生きるグルートさんの幹は太くて歪みない! しかも笑顔がかわいい! おかあさん!うちにもグルートさん植えようよ!ASAP今すぐに!


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(※ I am が We are に変わる瞬間、奇跡が起きる・・・!)




ということで、マーヴェルシリーズの新たな打ち出の小槌、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』を観てきましたよ。 

「負け犬」と言われる、もしくは自認している人たちが、星で暮らす人々を守る為巨悪に立ち向かい、そしてもちろん勝利する。 ・・という盤石なストーリー。  
しかもその「負け犬」たちはというと、めっぽう腕の立つイケメンに尻がプリっとした美女、格闘家体型のマッチョハゲ、おまけにアライグマと木という一度見たら忘れられない名キャラクターが揃えられているものですから、なんというか、もう各方面に対する「全種取り揃えてまっせ!」って感じがえげつなくて素敵です!
トイザらスで調達されてきたようなもふっとしたアライグマが、あたまを撫でられ尻尾をファサファサさせる姿を観て悶えない人がいるでしょうか。 ・・いや、いない!  
そんな完全にかわいい生命体に、ハードな重火器を持たせて口汚く罵らせるという正反対の設定まで与えるのですから、もうあざといとかしたたかとか、そういう領域を超えてますよね。 負けたよ・・・この勝負、オレの完敗だ・・・

で、あらいぐまラスカル・・じゃなかった、ロケットさんに関しては、鑑賞前から「はいはいかわいいかわいい!」と全力で好きになる気満々だったのですが、いざ蓋を開けてみるとロケットさん以上に「木」に首ったけになってしまったというね! 
あろうことか歩く「木」に!  
予告を観た時点で「なあんだ、また木の髭かあ」と思っていた、「木」に!

ロケットさんの観葉植物・兼相棒として真面目なお仕事ぶりを見せる「木」ことグルートさん。 
主人公であるスター・ロードさんと格闘中に両腕(両枝)をへし折られ、ションボリと首をしなだれさせるというグルートさんの初登場シーン・・・  ・・その時わたしのハートは盗まれました。 
周りの言葉にいちいち素直な反応を見せるグルートさん。 
本気を出せばめちゃくちゃ強いグルートさん。 
すくすく育てグルートさん。 
「アイ・アム・グルート」の抑揚のつけ方が天下一だよグルートさん。 
ムダ毛の処理にも余念がないグルートさん。 
小腹がすいたら体の表面をパクっと食べちゃうグルートさんは、さながらSF界のチョップトップ兄さんやで~!

もしもグルートさんがグルートさんではなく、ワイルドイケメンとかテッカテカのロボットだったなら・・・。 わたしはここまで本作に夢中にはならなかったかもしれません。 
ヒト以上に人らしく、思いやりと愛情と勇気にあふれるグルートさんは、わたしたち人間が本来持っているはずの、自分本位ではない生き方や修復・再生への可能性の象徴なのではないかとまで思いました。 
さよう。 愛情という土壌でなら、心は芽吹くのですよ。  
たとえ無残に打ち砕かれたとしても。

とはいえ、一緒に観に行った世帯主さまに聞いたら「そんなによかった・・?グルート?」という薄い反応しか得られませんでしたので、わたしがグルートさんにいろいろなものを投影しすぎなのかもしれませんけどね! いいじゃん!すきなんだよ!オレはグルートさんがだいすきなんだよ! 
ただし、ちびっこい方のグルートさんは「ほれほれ。こういうのんに萌えるんやろ、せやろ」感が出すぎてて、なんぼなんでもちょっとやりすぎだと思います! じゃっかん鼻につきます!先生!

むやみに人を殺さないキャラクターはグルートさんだけではなく、「たわむれにカエルを殺そうとした同級生とケンカした」過去を持つスター・ロードさんもまた、徹底して「平和的解決」にこだわる人でした。 
それはひょっとしたら、いや、ひょっとしなくても「ディズニー製だから流血NG」という、ただそれだけのことだったのかもしれませんが、わたしはとてもグっときたのですよね。
スター・ロードさんが銀河(というか主にザンダー星)を危機から救うに至るきっかけ。 
それはすべて、「目の前の誰かを死なせたくない」という、至極単純でなんとなくな理由でした。
それって、なによりすばらしいことなのではないでしょうかねぇ。

幼いころお母さんを亡くした喪失感(と、お母さんに何も出来なかったという無力感)が原因なのか、はたまた、カエルの件が示すようにもともとの性格なのか・・。 
とにかくスター・ロードさんは目の前の「死」を避けるため、口八丁手八丁でその場をしのぎまくります。 
ですからピンチの時に使う武器も、電気ビリビリとか、相手をその場にくっつけちゃう重力発生装置とか、人の命を奪わないものばかり。 
おまけに自分を狙っていた殺し屋に対してすら、共感できる所を見つけて交渉しようとするお人よしっぷり。 
そんな彼の姿は、はたから見れば「お調子者」「頭の中は金のことばかり」という風に映るかもしれませんが、「血の代わりに金が流れる」んなら、それでいいじゃないかと思うのですよ。 
武器を捨て、みんなでダンスすれば、それでいいじゃないですか。 
殺し合うより、ずっとずっとマシじゃないですか。


で、銀河の守護者軍団には、そんなスター・ロードさんとは正反対な「殺すことをいとわない」人たちも加わっておりまして。
NOと言えない状況だったとはいえ、悪逆非道な宇宙人ロナンに命ぜられるまま暗殺者として生きてきたガモーラさん。
ロナンに妻と子を殺され、無慈悲な復讐に燃えるドラックスさん。 
そして、小さな体で大きな人たちと渡り合うため手段を選ばない仕事っぷりを続けてきたロケットさんたち。 
彼らは、「邪魔者は消せ」という、殺伐とした宇宙では当たり前だったのかもしれない方針を貫いてきたゆえに、スター・ロードさんのふんわりとした生き方に苛立ちます。 
やられたらやりかえせ。 欲しいものは力づくで奪え。 強い者が勝つ者なのだ。 それの何が悪いのか。 どうしてこいつ(スター・ロード)はそうしないのか。

知恵を絞って妥協点を探り、お互い納得できるよう会話を重ねることは簡単ではありません。 
だったら、有無を言わさず撃ち殺す方が手っ取り早いですよね、ロナンがそうであったように。 
でも、スター・ロードさんはそうではなかった。 
効率は悪いしチキンかもしれないけれど、ホントはみんなその方がいいと思っているであろう「スターロードさん式交渉術」というか「人生観」に触れ、反発しながらもじわじわと感化されてゆく仲間たち。 
いい影響力ってあるんだなぁ、と、しみじみ感じました。

攻撃力や殺傷術が優れているわけではない、 銀河系住民のお手本になるような真面目人間でもない、いい加減で、女好きで、血が流れることを望まないスター・ロードさんこそ、新世紀のヒーローに相応しいのではないかと思いますし、銀河の守護者としてこれほど頼もしいキャラクターはいないような気がします。 
いやぁ、ホントにかっこよかったなぁ!
そんなスター・ロードさんにわしもお姫様抱っこされたいもんじゃのう! いいなぁ、ロケットさん役得だなぁ!

あからさまに始まる「お涙頂戴」シーンをはじめ、すごいこと言っているようで実は大して内容のないスピーチ、なのになぜか心打たれる仲間たち、あまりにも行き当たりばったりな宇宙の危機、空気すぎる大物俳優たち、後半の大殺戮などなど、乗り切れない要素は少なからずあったはずなのに、気が付くと夢中になってキャラクターに感情移入してしまっている。
そして、頬を涙で濡らし、手をぎゅっと握りしめ「がんばれ!がんばれみんな!」と心の底から応援せずにはいられなくなっている、とても不思議な映画でした。

もちろん、わたしはだいすきです! はやいとこ続き作っておくれ!サントラ聞きながら待っとるでよ!!


― おまけ ―

・ アベンジャーズをはじめとされる「マーベル・シネマティック・ユニバース」シリーズも、本作で10作目となるそうなのですが、シリーズが増えれば増えるほど覚えられないのがそう、みんなの名前なわけでして。

・ ハルクや社長、ケロヨンやキャップなど、主人公クラスこそ頭に入っているものの、脇役や団体名になるともう収拾つきませんし! サノスってなに?なんかロハスみたいな名前の青い人いたけど、前にどっかで見たことあったっけ?ロハスさんの片腕の青い人って、ダークエルフに似てない? サノスとクリーのロハスがザンダーのノバとオーブの中に入っていたインフィニティ・ストーンを巡って大騒ぎ・・ ・・って爽快なぐらい頭に入ってこないけど、オレ大丈夫かなぁ?! 
まぁでもね、プリキュアオールスターズ40人弱プラスUMA数十匹アンド敵役数十人の名前を覚えるのに比べれば、少しはマシかもしれませんけどね!(←最近わたしがちびっこに出された宿題)

・ あと、本作で言うならば、スター・ロードさんをさらって育ててきた宇宙海賊ヨンドゥさんの組織名がラヴェジャーズっていくらなんでもひどくないですか。 アベンジャーズとラヴェジャーズ・・・発音だけでなく字面まで似とるやないか・・・!!なんや!軽い嫌がらせか!

・ オーブ(インフィニティ・ストーン)を売りに行ったコレクターさんという人は、『マイティ・ソー2』のラストでアスガルドの使者からエーテルを預かっていたはずなのですが、今回の大爆破のあと、エーテルってどうなったんでしょうね。  そもそも何故オーブはあんなどこぞの星の適当な部屋に放置してあったのでしょうか。 サノス気づけよ! たぶんあそこ、自分で取りに行ける場所だぞ!

・ という具合に、人物の相関関係はシリーズが多いせいでやたら消化しにくい面もあるのですが、とにかく「悪い人」を止めるため「いい人」が命がけでがんばる。 というおおまかな所だけ理解していれば、映画そのものは楽しめると思いますので、興味が湧き次第追々調べたり他の作品も観て行ったりすれば良いのではないでしょうか。  だいじょうぶ、覚えられなくても大丈夫! 木がかわいいから全部オッケー!

・ 基本的には無駄な殺生はしない主義だけど、いざとなったら雑魚キャラ全員串刺しにしてぶんまわすグルートさんマジご神木やで!甘く見てたらバチ当たるで!天使のような悪魔の笑顔やで!!

・ ところで、ノバ軍の飛行隊、ほとんど全滅してましたけど、飛べる飛行機残ってます? 今後サノスに対して防衛できます?  よかったら、浅野忠信さんでも呼んでみます?

・ ノバ軍の防衛線がもたなかったのは、繋ぎ方を四角形にしちゃったからだと思います。 どうしてハニカム構造にしなかったの? 何のために面白い形の主翼をつけてたの? 機能性よりデザイン重視なの? オシャレじゃないと息できなくなるの? そうなの?

・ 「アイ・アム・グルート」だけでさまざまな感情表現をこなしてみせた中の人が、まさかのヴィン・ディーゼルさんと知った時の驚きといったら・・・  さながら4つの言葉だけで姫川亜弓さんと渡り合った北島マヤのごとき熱演やったで・・・ ヴィン氏・・こわい子…!

・ 吹き矢のおじさん最強説。

・ 木の枝に包まれ命を救われるシーンだったり、少女にお花を捧げるシーンだったりに激しく既視感を抱き、「ジェームズ・ガン監督は絶対ラピュタ観とるはずや・・・」と思いながら鑑賞していたのですが、帰宅後ネットを散策していたらこんな記事を見かけました。

バルス! バルス!!

・ そんなジェームズ・ガン監督の代表作、ウニョウニョなめくじSFホラー『スリザー』と、エレン・ペイジ師匠が大活躍『スーパー!』は、本作とはだいぶ様子が違いますが、どちらも大傑作ですので、もし未見の方がいらっしゃいましたらぜひ一度ご賞味くださいませ! ちなみに、そちらにはジブリ風味は感じられません! 超エグい大人のファンタジーです!超おすすめですよ!


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『LUCY/ルーシー』

2014年09月04日
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あらすじ・・・
ルーシーはホテルに来たことを後悔していた。
リチャードに呼び出された時、断るべきだったのだ。
目の前で何度も同じ話を繰り返す彼、たった一週間前にクラブで出会って意気投合しただけの彼を見ながら、ルーシーは徐々に苛立ちを感じ始めていた。
「だから、中身はなんなのよ?」
「オレもよく知らないんだって!」

リチャードの言い分はこうだ。 
実は自分は運び屋の仕事をしている。 今日もひとつ依頼をこなさなければならない。 しかし、今回の届け先であるホテルには過去に何度か足を運んでおり、いろいろとマズいことがある。 だからルーシーにこの仕事を変わってほしい。 ホテルに入り、フロントで依頼主を呼んでもらい、鞄を渡す。 たったそれだけのことだ。 お金なら払う。 どうだ、簡単じゃないか。
しかし、ルーシーは気づいていた。
気軽さを装うリチャードの態度の裏に、尋常ではない不安と焦りが潜んでいることに。

「やっぱり私帰るわ。 ・・こんなこと、出来ないもの」
リチャードに背を向け、ルーシーが拒絶の言葉を言い終わるか終らないかという瞬間、ガチャリという音と共に、ルーシーの手首に不快な金属の重みが加わった。
手錠の先につけられていたのは、鈍い光を帯びたジュラルミンケース。
「なぁ、たのむよ。 これ、もう外れないんだし。 依頼主しか知らないから、暗証番号。  な、頼んだぜ?」

ルーシーはホテルに来たことを後悔していた。
そして、その後悔はすでに、いや、最初から遅すぎたのだ。



(※ 完全にネタバレとなっておりますので、くれぐれもお気を付けください)



キバヤシ

ネタバレあらすじ・・・
スカーレット・ヨハンソンさんことスカ子が、大々的な脳みその覚醒を経て、タタリ神になったり巨神兵になってなぎ払ったり猿人とETごっこしたりします。


・ 観終わった瞬間、「ルーシーwwww ちょwwwwww ベッwwソンwwwwwwww」という感想しか頭に浮かばなかったほどの意欲作です。

・ 予告編がアクション方面に寄せられていた為、「ははーん・・・さてはベッソン、バイオシリーズのポールとミラジョボ観てて“これぐらいボクにもできるもん!もっとすごいのできるもん!”って思ったな~あやつめ~」と決めつけていたのですが、いざ鑑賞してみたら全く毛色の違う作品で、己が偏見を恥じるとともに、ベッソンの底知れなさに畏怖の念を禁じえませんでした。

・ 「取り立てて目立ったところのないごくごく普通の女性が、留学先の台湾で運び屋業に巻き込まれ、未知なる能力に目覚めることとなる・・・」 という内容だけならとっつきやすさ抜群だったでしょうが、なんと驚くことに、スカ子がアクションに覚醒するのはほんの序盤まで。 

・ 覚醒度30%台というさらなる高みへと足を踏み入れたのちは、髪の毛の色を変幻自在に変えたり、パソコンを途方もないスピードでタイピングしたり、超速読したり、遠方のおうちのテレビ画面をジャックしたり、電話もジャックしたり、電気を勝手につけたり消したりするなど、派手なのか地味なのかよくわからない特殊能力をバンバン使い、「あれ・・・これでいいのかな・・ 観にきたのこれでよかったのかな・・・」と観る者の心を揺さぶります。

・ いちおう、肉体の突然の変化に戸惑うであろうスカ子のよき助言者として、名優モーガン・フリーマンさんが用意されていたのですが、よく考えたらスカ子30%に対してフリーマンさんはたったの10%ですから、助言もへったくれもありませんよね。 いや、10%が悪いってわけではないのですけどね。 ぼくらみんな10パーですし。

・ てういか、戸惑ってね―! ぜんぜん戸惑ってねー! むしろグングン吸収してはるー! 

・ で、名優の無駄遣いというと、韓国映画の傑作『オールド・ボーイ』や『親切なクムジャさん』でお馴染みチェ・ミンシクさんも、スカ子を執念深く追いまわすマフィアのドンとして配置されていたのですが、こちらも随分とずいぶんな存在になっておりまして。

・ そもそもリチャードさんは誰に頼まれてミンシクさんにブツを届けようとしていたのか。  ミンシクさんは過去にCPH4を売りさばいたことがあるのか。 見切り発車なのか。 何もかも出たとこ勝負のお仕事なのか。 あと、「1か月もしたら傷跡なんて消えちゃって水着だって着れちゃうよ」とか言ってたけど、あんなふうにでっかく切って縫って、傷跡は消えるのか。 そのあたりも含めて、いきあたりばったりと言わざるを得ませんなぁ。

・ で、いきあたりばったりというと、スカ子がフリーマンさんに全智を授けんと向かったパリに、なぜかミンシクさんも直々に赴いちゃうのですが、ミン男ってば台湾でスカ子さんにフルボッコにされたの忘れたのかな? なぜ勝てると思ったのかミン男。  挙句パリのお巡りさん相手に討ち死に覚悟の銃撃戦まで始める始末。 ヤケクソか。 ヤケクソなのか。 あなたの脳の使用度、10%に届いていますか・・・?

・ ちなみに、スカ子さんを覚醒させることとなったCPH4なるドラッグですが、ベッソンさんのインタビューによりますと「名前は架空だけど、そういう物質は実際あるんだよ!妊婦さんが6週目ぐらいになると分泌する分子で、胎児の骨の形成に一役買ってるんだよ!ホントだよ! 実際の物質の名前? それは申せません!」ということなので、荒唐無稽なストーリーに見えて、実はぼくらの知らないリアリティが織り交ぜられていたのかもしれません。 な、そうことでいいんだろ、ベッソン!

・ 何せ脳の仕組みなんて、まだまだ解明されていない部分が多い訳で、「10%説」こそデタラメであることが広く知られているものの、じゃあホントに今の状態が人間の限界なの?というと、誰にも断言なんて出来ないのではないかと思うのですよね。 もちろん、覚醒したら重力も無視して物体まで動かせるようになるとまでは思いませんが、「もしも・・・」を想像するのは楽しいものです。 だからぼくはベッソンを責めない。 誰にだって、無限の可能性はある。 もっと知識を広げることもできるし、未知の世界へ踏み出すこともできる。 ま、だからっつって脳が100%覚醒した「ヒト」が、最終的に「USBメモリー」になっちゃうのはどうかと思うけどな!

ルーシー
(※ ちなみに70%ぐらいの段階からタタリ神になります)

・ どうしてなのかさっぱりわからないままにスカ子に大抜擢されたフランスの刑事さんが、どことなく杉本哲太さんでした。

・ で、どことなくというと、韓国映画ではあれだけ邪悪なオーラを放っていたミンシクさんも、脳みそ8%設定(←わたしの主観です)にされたからなのか禍々しさが薄れ、どことなく石橋凌さんテイストが。

・ というわけで、ラストは哲太さんと凌さんというふたつのロック魂がぶつかり合い、暑苦しい戦いが繰り広げられることに。 いいぞ・・・ フランス映画なのにそこはかとなく漂うVシネ臭・・・ヘッヘッヘ・・こいつぁたまんねえぜ・・・

・ フリーマンさんとスカ子がとんち合戦をするくだりがあるのですが、「物体の存在はどうやって証明するんだ」と聞かれたスカ子が「ここに車が走っている動画があるじゃろ・・・ 再生速度を速めるじゃろ・・・ もっともっと速めるじゃろ・・・ 車の姿が消えたじゃろ・・・ ・ ・ ・ わ か る な ? 」と言うと、フリーマンさんが「・・・ハッ・・! そうか・・時か!」って脅威の飲み込みの早さを魅せていて、その一連のやりとりの「わかりそうで全くわからん」感があまりにすごかったので、物理学を一から勉強し直したいと思います。

・ で、わかりそうで全くわからんというと、そのあと「時をコントロールする力に目覚めた」スカ子が、生きもの地球紀行したり2001年宇宙の旅に出かけたりするくだりも、破天荒すぎて全くわからなかったのですが、きっと人智を超越したということが表現したかったのだろうと思いますので、遥かフランスへ向けて「やるじゃん!ベッソン!」とだけ叫んでおこうと思います。  ベッソンへ届け・・・オレのモヤっとした想い・・!!

・  脳みそ100%になると、人間の細胞はその荷重に耐えられない。ではどうすればいいのか?消えないうちに、生きた証を後世に残せばいい。 というあらすじはとても納得がいくものの、やはりUSBメモリーがにゅっと突き出されると苦笑いしか浮かびませんし、CPH4をオーバードーズして覚醒、というのもむちゃくちゃすぎてついてゆけませんでした。 

・ なのですが、物体も、空間も、時をもコントロールできるようになったスカ子が素粒子レベルで分解され、結果的にこの地球上のあらゆるところに存在するものとなる、というクライマックスは、そのまま「神ってなあに?」という疑問への答えにもなっているように思えて、わたしはおもしろかったですね。 目に見えないし、困っている人を個別に助けてくれるわけでもないけど、常に人々のそばにいて、全てを統べているもの。 そうか、ベッソンさんにとって女性の究極形態とは神なのか・・・!(←極論であることは認める)

・ 宇宙の成り立ちや大きさについて、だとか、わたしたち人間も含め形ある物体を構成しているのは目に見えないほど小さな原子なんだ、などなど、時々考えてしまうけれどその度に壮大すぎてオエっとなる事柄について、スカ子を前面に押し出したかっこいい映像とディスカバリーチャンネルをダサくしたようなもっさい映像を織り交ぜつつ、それっぽく描いたベッソンさんには、これからもあまりご無理をなされませぬ程度に、独自路線を貫いて頂きたいものですね。 オレはきらいじゃないよ!こういうの! まあね・・出来れば次は、もうちょっと肉弾戦をね・・ 入れて・・・ね・・ せっかくスカ子使ってるのに座らせてるだけだけとかね・・・ 非常にMOTTAINAIよ!

・ 余談ですが、映画が終わってお手洗いに行きましたところ、自動洗浄センサーつきのタイプだったので、40%覚醒したスカ子さんになりきって、手をスッって、こうスゥッってかざしたら水がジャジャーっと流れまして、それはそれはいい気分でしたとさ。 触れずしておまわりさんやマフィアは倒せないけど、水は流せたよ! ありがとう、文明の利器!





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『マレフィセント』

2014年07月14日
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(※ 不気味の谷へようこそ!)



ねえお母さん。マレフィセントにはこういう事情があったんだとしたらさ。
そしたら、シンデレラのまま母にも、何かあったのかもしれないよね。
だって、シンデレラのお父さんと結婚する前は、ドリゼラとアナスタシアのお父さんと結婚してたんでしょ?
・・そのお父さんって、どんな人だったんだろ・・?

                  ― ちびっこさん ・ 12歳 ・ 中学一年生 ―

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(※ 未知なる金脈 創作の可能性に気づいて!ディズニーの人!)(もう気づいてるか)

あらすじ・・・
オーロラ姫が16歳の誕生日を迎える前日まで、比較的ゆるやかに監禁されます。


(※ 以下ネタバレしています)



でっかい角とでっかい翼とでっかい頬骨で、アンジェリーナ・ジョリーことジョリ子さんが八面六臂の大活躍です!
モララム
(※ 荘厳な角が印象的なジョリ子さん)(※ イメージです)

■ 第一章・千の仮面をもつジョリ子

ディズニー映画の古典にして、映画史に輝く名作 『眠れる森の美女』 が生まれ変わりました!
「出産祝いのパーティに招待してもらえなかった魔女が、妬み・嫉み・僻みの末、何の罪のない赤ちゃんに呪いをかけるも、たまたま通りかかった王子さまにバッサリ退治される」 
という気持ちのいいほどの勧善懲悪ストーリーを、新たな視点で練り直し、心温まる愛情物語へと模様替え!
悪い人も、悪そうに見えて実は悪くない人も、悪そうに見えて実際悪いんだけど根っからのワルっていう訳でもない人も、悪そうに見えて実際悪くてもその裏には諸事情が隠されていて嫌々ワルぶっているだけの人も、いい人も、とにかくなんでもござれな演技派・ジョリ子さんをタイトルロールのマレフィセントに据えれば、もう大方準備は万端です。
脇に渋めの俳優さんをキャスティングしたらば、ストーリーのカギを握るのはすべてジョリ子さんにお任せ!

オーロラ姫の栄養管理をするのもジョリ子さん、
オーロラ姫に愛情を注ぐのもジョリ子さん、
オーロラ姫に王子様を調達するのもジョリ子さん、
オーロラ姫を守り抜くのもジョリ子さん、
おいしいトコロは全部残さずジョリ子さんというこだわりっぷり!

なんつったって、原作童話やオリジナルアニメでは「いい妖精」の見せ場だった「呪いの解き方説明」まで、ジョリ子さんに言わせちゃうっていうんですからね。
そしてそして、途中で見ている観客のほとんどが薄々感づいてしまっていたと思いますが、例のあのお役目をかっさらうのも勿論ジョリ子さんです! うん! そうだと思った!

もはや、ジョリ子とその他のみなさん、と呼んでもそんなに差し支えないのではないかと思うほどの「劇団アンジェリーナ・ジョリー」っぷり。 ありがとうジョリ子さん!ぼくたちみんな、お腹一杯です!

■ 第二章・痴話ゲンカ

物語を一新させたとはいえ、基本的な
「誕生 → パーティ → マレちん激おこ → 軟禁 → 糸車 → キス」
という流れ自体は、広く知られたオリジナルストーリーそのまま。
では、何が大きく変化しているのかというと、いうまでもなく、マレフィセントの半生についてでして。

映画の冒頭、美しい妖精の国・ムーアをめくるめくスピードで縦横無尽に飛び回る、幼き日のマレフィセントが画面いっぱいに映し出され、彼女の中に悪意などは微塵も存在しないということや、「支配者」のいないムーア国ではあるものの、彼女が周囲から特別視されていることがみっちり描かれます。
そして突然訪れた、運命の出会い。
隣国である人間の国から迷い込んだ貧しい少年・ステファンが、ムーア国の宝石をポッケにナイナイしようとしたのです。
盗人と気高き妖精という噛み合わない事この上ない間柄でありながらも、お互い孤独を抱えていたことなどからみるみるうちに惹かれあう、ヤング・ジョリ子とステファン少年。
そう、宝石こそ速攻で返却したものの、少年は大変なものを盗んでいきました・・・ ジ ョ リ 子 の 心 で (ry (←ホントにこういうナレーションがある)

しかし、結局「欲深い」人間であるステファンは、成長と共に「国盗り」への野心を強く募らせてゆくことになり、一方のジョリ子さんはというと、そんなステファンが再び自分のもとに返ってくる日を、人間たちの侵略を阻止しながらひっそりと待ち続ける日々。
そんなこんなで数十年が経過し、出来ればジョリ子さんとの直接対決は避けたかったステファンの前に、千載一遇のチャンスが舞い込みます。
それは、「ムーア国の守護者であるマレフィセントの命を奪った者に王位を授ける」というもの。

「別にキライになったわけじゃないんだけど、出世のためだし、しょうがないよね?わかってくれるよね?」とばかりにジョリ子さんを裏切る決意を固めるステファン。
結果、愛情と信頼を踏みにじられ、彼女の尊厳の象徴でもあった翼を切り取られてしまったジョリ子さん。

・・・あのさぁ・・・出世のためっつったって、もうちょっとやり方あったんじゃねえの・・・ 
長いことつきあってたんだしさぁ・・・
なにも翼切っていかなくてもいいと思うんだよね・・・・ しかもすげえ雑・・・切り口・・・ ・・超おおざっぱだし・・・ 
消毒とかの概念・・ないよね・・・? ・・ばい菌とか・・・ マジ勘弁・・・
てかさぁ・・おまえさぁ・・・白雪姫とか読んだことないの・・・? ・・姫を殺す代わりに鹿の肝持っていこうとか、そういうトンチは働かなかったわけ・・? 
・・・なに・・? やんの・・? 全面的にやるつもりなの・・? ほんならやったろうじゃねえの!!

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(※ そしてここに至る)

で、一番怒らせてはいけない妖精に火をつけてしまったステファンですが、彼にしてみれば、本来なら命をも奪える状況下でありながら翼だけで勘弁してあげたオレ超マーシー(※元シャネルズのあの人ではなくて慈悲深い方のmercy)ぐらいの解釈でいたのですよね。
なので、そんな自分の誠意を理解してくれないどころか、勝手にパーティに押しかけるわ、お客さんの前で恥はかかせるわ、自分ではなく娘に呪いをかけるわの元カノに対し、素直にアイムソーリーを通り越してすっかり「貴様何してくれてんの」状態ここに極まれりという感じなわけで。
お互いに互いへの恨みで目の前が濁りまくっている二人が進む道は、どうなることか。
おわかりでしょうか。
そう、国の存続をかけた、壮絶な痴話ゲンカです。

元カノへの執念で、国中の兵隊や鍛冶職人に無茶ぶりを繰り返すステファンも王様としてどうかと思いますし、ステファンへの復讐心で、触るものみな傷つけるオーラをばしばし出して妖精たちをビビらせまくるジョリ子さんも、はたから見ればかなり困ったタイプの妖精だとぼかぁ思いますね。
ムーア国のみんなも人間のみんなも、いい加減「コラー!」って言ってもいいんじゃないかな!かな!


■ 第三章・真実の愛

ということで、誕生早々、呪いを恐れたステファンによって、3人の妖精に丸投げされた不憫なオーロラ姫。
そんな彼女を物陰から見つめる1人の妖精。
そう、ジョリ子さんです。

子育て経験も子育て意欲もない妖精トリオの体たらくっぷりに業を煮やしたジョリ子さんは、お供のカラス人間と一緒に、陰日向となりつつオーロラ姫の全面フォローを開始。
かくして15年の歳月は、ジョリ子さんをオーロラ姫にとっての親友、そして師匠、そしてなにより、母のような存在へと成長させていったのでした。
もちろん既に、ジョリ子さんは気づいてしまっていました。
元カレが憎いからといって、その子どもには何の罪もないことを。
無垢な子どもの微笑みよりも美しいものなど、この世には無いということを。
しかし、一度Twitter上に書き込んだクソリプ呪詛のつぶやきが、いくらツイ消ししようとウェブ魚拓によって永遠に拡散され続けるのと同じように、オーロラ姫にかけた呪いは二度と消せないのです。
どれだけ彼女がそれを悔いても。
自分が犯した過ちを、なかったことにしたくても。

わたしはこのくだりが、本作で一番強く伝えようとされていたコトだったのではないかと思ったのですよね。

人は、まちがう。
感情が抑えられず、やらなくていいことをしでかしてしまう。
残念ながらその行為は、自分や周りの人たちの人生に、二度と消えない痕を残してしまう。
ならば私たちは、どうすればいいのだろう?
開き直って、他人に責任転嫁しながらやり過ごしてゆく?
一生自己嫌悪に苛まれながら、我が身を呪って生きてゆく?
いや、大切なのは、過去と向き合い、あやまちを認めたうえで、二度と同じ愚行を繰り返さないことなんじゃないだろうか?

何もかもなかったことにしてスタート地点に戻ることはできない。 
けれど、反省し、新たな道を進むことはできるはず。
傷つけてしまった人や、傷ついてしまった自分自身を癒すことは、できるはずだし、してもいいんじゃないだろうか。

死の眠りについたオーロラ姫の呪いを解く、「真実の愛」。
マレフィセントによってもたらされたそれが、オーロラ姫だけではなく、マレフィセントをがんじがらめにしていた呪縛をも解放したシーンは、なんだかとても希望に満ち溢れていて、「そうだそうだ!これからのディズニーには王子なんか必要ない!男なんかいなくてもいいんだい!」みたいな脊髄反射的な感想を言う気になど、とてもなれなかったのでした。


■ 第四章・華やかな雑魚キャラ

雑魚キャラ・その1 「王子様」
って言ってはみたものの、やっぱりヒドイ! ディズニーさん「王子なんかいらね」色強すぎ! ステファン王に会いに行く道中、ムーア国で迷子になっていたフィリップ王子は、たまたまそこに居合わせたオーロラ姫に一目ぼれ。 で、「お城ならあっちですよ」と教えてくれた姫を「じゃあ帰り道でまた会おうね!」とかなんとかちゃっかり口説きつつ、とりあえずその場を後にするのですが、結局ずっと迷子のままで、オーロラ姫がマレフィセントと揉めて、お城の父ちゃんに会いに行って、奥の部屋で糸車にグッサリ指を刺されてる間も、がっつり森の中さまよってましたからね、あいつ!  結果的にオーロラ姫にキスはできるものの、自力で辿り着いたわけではなく、ジョリ子に搬入してもらっただけという! 残念! 超空気!

雑魚キャラ・その2 「オーロラ姫のおかあさん」
なんぼ「ジョリ子とオーロラの真実の愛」がメインやいうても、オーロラ姫のお母さん(王女さま)の扱いが鬼ヒドイ! 鬼畜な父ちゃん(王様)に自らの婚姻を戦果のエサにされ、野心家のステファンと愛のない結婚。 挙句、産んだばかりの娘は取り上げられ、失意にうちに病を患い、婿(ステファン)に看取られることもなくひっそり死亡て!  そりゃ生きていたら、呪いが解けた娘を巡って、 「あたしの子よ!」「なによ!育てたのはあたしよ!」っつって、ジョリ子さんと揉めること確実でしょうから、退場願われるのも致し方ないのかもしれませんけどね!  ひゃあー!大人の事情はこわいでおますなぁ!

雑魚キャラ・その3 「妖精トリオ」
先にも書きましたが、オリジナルアニメでオーロラ姫を愛情たっぷりに育て上げた、勇気と愛とまごころの三色妖精の扱いがマジでヒドイ! マレフィセントがかけた呪いを中和させる役目を取り上げられるのみならず、乳飲み子のオーロラ姫がおなかをすかせて泣いていても、耳に綿を詰めて就寝しちゃう鬼畜設定を施されちゃう三色妖精! なんかつったら仲間内でディスり合い、常に不平不満をまき散らし、足を引っ張り合う三色妖精! 内輪もめはオリジナルでもあった描写なのですが、圧倒的な可愛げのなさで、観ているうちに心が荒んでくることまちがいなス! 
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(※ 晩ご飯はクモの丸焼きですよ~!)


ちなみに、冒頭のシーンでは、妖精のうちの一人がマレフィセントにヤッカミを抱いていたことまで描かれるという念の入りようですから、いかに本作において三色妖精が「ワルモノ」として扱われていたか、よくわかりますよね。 あのね、マレフィセントをいい人にするのは、別に構いませんよ。 ただ、マレフィセントを引き立たせるために、三色妖精を下げる必要は無いんじゃないでしょうかねぇ。  わたしは昔から三色妖精もマレフィセントもどちらも大好きだったので、ちょっとこの改変は納得いきませんでした。 (まぁ、いちおうオリジナルとは別の名前がつけられていましたけどね)

雑魚キャラ・その4 「木の髭」
ムーア国の武闘派代表として、中つ国のエント族にそっくりな木のおじいさんが登場し、人間どもを蹴散らすのですが、どうみてもジョリ子さんにアゴで使われている感が否めない。 初戦闘シーンでこそ、出動を乞うジョリ子さんに応えた形になっていましたが、彼女がステファンにヒドイことをされピリピリムードになった途端、空気を読んで「しもべ妖精」と化していましたからね! まぁ、ジョリ子には逆らわんほうがええとは思うけども! 特に怒った時のジョリ子にはね! でももうちょっと威厳とかさぁ・・・そういうニュアンス出していこうよ・・・ 人生経験多そうなんだし・・・


■ 第五章・表と裏

初めての恋に浮かれ、初めての恋に破れ、心が醜くゆがんでしまたジョリ子とステファン。
その後彼らが選んだ道は、彼らの人生をまったく異なる方向へと導いていきましたが、もともとはジョリ子さんもステファンも、コインの表と裏のようにひとつながりな存在だったのではないかと思うのですよね。
未知の世界への興味、情熱的な性格、尊大さ、傷つきやすさ、気性の荒さ、そして「愛」への不信感・・。

オーロラ姫の純真な魂に触れることで、ジョリ子さんが自らを縛り付けていた呪いから解き放たれたように、ステファンもまた、もしもオーロラ姫を手元から遠ざけず一緒に暮らしていたならば、「愛とはなにか」ということに気づいたかもしれない。
まぁ、そもそもの二国間の争いに対し、「中立の態度を貫き仲裁にまわる」という方法を選ばなかったステファンには、ジョリ子さんのような「高潔さ」はなかったのかもしれませんけどね。

似ている所もありながら、真逆の結末を迎えてしまったジョリ子さんとステファンの姿から学ぶべきモノは、決して少なくないのではないかと思いました。

なにはともあれ、ちびっこたちもわたしも大満足です!
ああおもしろかった!



― おまけ ―

・ オーロラ姫の純度100%な笑顔に、まんまとしてやられました! これは説得力あるわー!いい人になってまうわー!

・ カラス人間ちょうかっこいい!

・ たとえ相手がジョリ子であろうと、行き過ぎた時には勇気をもって諌め、くじけている時には真摯な心で励まし、窮地に陥れば命がけで守ろうとするカラス人間は、映画 『マレフィセント』 の良心です!

・ 赤ちゃんの頃からオーロラ姫を見守ってきたカラス人間もまた、純粋に姫を愛して(恋愛的な意味ではなく人として)のではないかと思いますので、ひょっとしたらオーロラ姫にかけられた呪いはカラス人間の熱いベーゼでも解けたのかもしれませんよ! ためしてガッテン!

・ なんかこれ、前にも書いたような気がする・・・! ガッテンガッテン!!






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