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『ザカリーに捧ぐ』

2011年02月09日
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ザカリーという赤ちゃんがいた。
世界で一番幸せで、世界で一番不幸な赤ちゃんだった。
アンドリューという息子がいた。
沢山の人に愛を与え、沢山の人から愛を返され、ただ一人の愛によって命を絶たれた。
シャーリーというモンスターがいた。
誰からも愛されず、誰も愛せず、自分だけを愛して、そして、消えて行った。


映画評論家の町山智浩さんとタレントの松嶋尚美さんが、日本未公開の優れた海外ドキュメンタリー映画を紹介する、「松嶋×町山 未公開映画を観るTV」がDVD化されたということで、その中の1本『ザカリーに捧ぐ』を鑑賞しました。

ここに映し出される事件は、過去にフジテレビの「奇跡体験!アンビリバボー」などで紹介されたことがあるので、ご存知の方も多いのではないかと思います。
アメリカ人男性・アンドリュー・バッグビィさんが、元カノのシャーリー・ターナーさんにストーキングされた挙句撃たれ、命を失う。その後、逮捕されたシャーリーさんのお腹にはアンドリューさんとの子どもがいることが発覚。悲しみと怒りに包まれたバッグビィ夫妻の、息子を殺した女との地獄の日々が始まる・・・。
という内容なのですが、その悲惨極まりないラストも含め、今まで作られて来たどんなドラマよりも後味の悪い、トラウマムービーとなっておりました。 
鑑賞後に待ち受けているのは、果てしない嗚咽と憎悪のみですよ。 奥さん要注意ですよ。

日本でも度々問題とされている、“被害者よりも加害者の人権が重視される”という傾向は、この一連の悲劇の舞台となったカナダでもかなり強くうかがえるようで、疑う余地もないほどマックロな殺人犯であるシャーリーが、まあ確かに殺したんだろうけど、殺したい人はもう殺しちゃったんだから、他に危害は与えないでしょと見なされ、保釈されてしまいます。
日本の斜め上を行く超絶展開ですねこれ。
そして、そんな最中に妊娠が発覚したシャーリーから、かわいい孫を取り戻さんと、バッグビィ夫妻は家財道具一切合財を売り払いカナダに移住。
シャーリーを、そもそもの殺人現場であるアメリカへ送還する為の手続きと平行して、生まれ来る赤ちゃんの親権を勝ち取る為の民事訴訟を始めますが、これがまた遅々として進まない。
のんびりしているうちに生まれ、ザカリーと名付けられた赤ちゃん。
すると今度は、このザカリーを盾に、シャーリーから夫妻へ無理難題が押し付けられるコトに・・。

想像し得る、ありとあらゆる最悪のパターンの、常に上を、上をと、FUKOゲージが満タンになる程押し寄せる不幸のつるべ打ち。
しかもそれらを率先して展開させているのが、すべてお国の司法制度という。
一体、何をどう解釈したら、殺人犯を野放しにして、殺害相手の赤ちゃんと共に生活させるという結論を導き出せるのか、さっぱり判らないのですが、それがカナダの法であり、加害者の人権を尊重するというコトなのでしょうね。 
日本もそうなのですが、この加害者の人権というものを目の当たりにする度、誰の為の法なのかが時々わからなくなってしまいます。 
一番苦しんだのは被害者で、一番尊重されるべきなのも被害者なんだと思っていたのですけどね。 
間違ってたら誰か訂正してください。 
ぼくにはもうよくわかりません。

愛する一人息子を亡くした老夫婦は、奇跡的に残された息子の生きた証を守るため、世界で一番憎い女の傍で、彼女のご機嫌を損ねないように、彼女の生活を支えて行く事を決意します。

できません。
もう、普通の精神状態ではできませんて。
なぜ夫妻が、一番簡単な方法、つまり、「女を殺して赤ちゃんを取り戻す」という方法を取らなかったのか。という理由は、作中彼らの口から語られるのですが、それを聞くとより一層やるせなさが募り、やり場の無い怒りに我を失ってしまいそうになります。
なんかもうバカ!カナダのえらい人全員バカ!!!

鋼のような精神力で、か弱きものの為に辛酸を全力で舐め続ける夫婦の姿を見て、強さ、というものは、殴る事が出来る強さではないのだ。と改めて感じました。
強さ、というものは、殴らない強さなんだと。 拳ではなく、心の強さなんだと。
そして人は、際限なく強くされるものなのだと。
信じあえる誰かと支えあうことで、いくらでも強くなれるのだと。そう思い知らされたような気がします。

もしもバッグビィ夫妻が2人でなければ、ここまでの地獄に耐える事は出来なかっただろうし、もしも夫妻を慕い共に涙してくれる人々が居なければ、再び前を向いて歩き始める事も出来なかったでしょう。

そう、それらを何も持たなかったシャーリーが、地獄の中から這い出る事が出来なかったように。

本作は非常に優れたドキュメンタリーであると共に、非常に公平性に欠けたドキュメンタリーでもあります。
『ザカリーに捧ぐ』と銘打たれた時点で、ザカリー、つまりアンドリュー寄りの視点で切り取られている事は明らかであり、そこを「フェアじゃない」「ずるいぞ」「ブーブー」というのはそれこそお門違いない意見だというコトは判っておりますが、やはりどこか歪んだ印象を受けてしまいます。(アガサの性格が捻じ曲がっているからでしょうが)
シャーリーは徹底して“モンスター”として描かれており、あえて、その生い立ちにも、その半生にも、その心に渦巻くどろどろとした澱みにも触れられることはありません。
ただ、彼女のモンスター(=危険人物)たる言動や、アンドリューよりも10歳以上年上の40女というコトや、アンドリューに出会う前に既に3人の子どもを生んでいるというコトが端的に語られるだけ。
そして、「彼とは遊びだったの」「彼の事を深く愛していたの」「将来のことなんてお互い考えてなかったわ」と、聴取のたびにコロコロ変わる言葉と、真意の見えない笑顔の写真が不気味そうに挟み込まれるだけ。

どうして彼女は、ザカリーと共に人生を終わらせたのか。
どうして、それまでに生んだ3人の子どもと同じように、育児を放棄し、自分ひとりで新たな愛探しの旅に出かけなかったのか。
夫妻の電話機に残されている彼女の肉声が、「ザカリーを愛しているの」と涙ながらに訴える彼女の言葉が、演技だったのか本音だったのかは誰にもわかりません。
なぜなら彼女はもうこの世にいないし、彼女がこの世に残したのは、どれだけ沢山の笑顔でも上書きされない程の憎しみだけだから。 あまりに憎まれすぎて、その言葉が持つ本当の響きなど判らなくなっているから。

本作に対する、唯一にして最大の不満点はそこなのですが、先程も書いたように、それが(製作者の切り取り方次第というのが)ドキュメンタリーというものですし、また皮肉なことに、バッグビィ家の絆や誠実さを力強く描けば描くほど、その裏で、コントロールを失いもんどりうって暴れているモンスターの姿が色濃く浮かび上がってくるという結果になってしまっていますので、やはり公平といえば公平なのかなぁ・・という気もします。
とにかく、この世に実際に存在した恐ろしいモンスターと、それを生んだ司法制度と、それらに立ち向かう勇気ある人々の姿が存分に詰め込まれた力作です。

とりあえず、悪いのは全部カナダなんだと思うよ!!Blame Canada!!


※ というのはもちろん冗談で、「カナダの司法制度だけが悪い」「モンスターを野放しにした社会が悪い」というのではなく、どこの国にも共通する悲劇としてきちんと受け止めなきゃならない事だと思います。 誰がモンスターになるかなんて判らないし、誰だってモンスターになりうるんだし、悲劇はいつだって、自分のトコロだけすり抜けて行ってくれる訳なんて無いのだから。
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『ソーシャル・ネットワーク』

2011年02月01日
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(※ ラストに触れずには、感想を書く事が出来なかったので、ネタバレ配慮なしの内容になっております。 出来れば、本編をご覧になった後で読んで頂けるとうれしいです。)




あらすじ・・・
なんだよなんだよボート部がそんなにエライのかよ。
アカペラ部はウケないのかよ。
ホントはおっぱいちっちゃいクセに。
くそうくそう。酒飲むぞ今日は酒飲むぞ。ぎゃふんと言わせてやりたい。なんだなんだ。どうするどうする。
そうだうちの学校の女子をランク付けしてやろう。大した女じゃないってわからせてやろう恥をかかせてやろう。
よしやるぞ。データを取り込んでプログラムを書いてなんだ楽勝じゃんセキュリティ甘いなうちの学校。
たのしいたのしい。のってきたぞ超のってきた。
よしみんな食いついてきた。やっぱりな。ウケると思ったんだ。どんどん伸びるぞどんどん伸びるぞどうだどうだ。落ちた?そっか落ちたか。4時間でサーバーダウンなら上出来だな。トータルアクセスは? 2万2千?よしよし。
なに怒ってるの? あんな穴だらけのセキュリティ、すぐハッキング出来るに決まってるじゃん。それよりすごいでしょ。2万2千もアクセスあったんだよ。なんだよもうめんどくさいよ。怒らなくてもいいじゃん。処分ね。うんわかったわかった。じゃその間にまた新しいサイトでもつくっとくか。
え?誰? こないだのランク付けの件を見た? で?話? いいよ興味ない。 え?ボート部なの?ボート部かぁ。ボート部ねぇ。おっぱいちっちゃいクセに。
いいよいいよ。話聞くよ。なに?用件は何?うちの学校内に会員専用のコミュニティサイトを作りたいの?ふーん。コミュニティサイトかぁ。いいよ。コミュニティサイトね。
ハーバード内の出会い系コミュニティサイトなんてくだらないよ。何言ってんだか。ボート部おっぱいドイツ人。
そんなくだらないツールじゃなく、もっと大きなコミュニケーション・ツールにすればいいんだよ。そしたらみんな使いたがるに決まってる。
よし、やるか。おもしろい。これはおもしろい。絶対ウケる。 コード、コード、お金がいるなぁ。お金持ってるのは、エデュアルドだな。よし、出資してもらって一緒にサイトを立ち上げよう。
どんどんアイディアが湧いてくるぞ。みんなが使いたくなるツールにするんだ。スタイリッシュでクールなコミュニケーション・ツールにするんだ。
どんどん会員が増えてるの?そっか。やったね。 あ、待って。あそこにいるの彼女じゃんか。ちょっと聞いて。いや、あの時のことじゃなくて。君のおっぱいのことじゃなくて。オレ、フェイスブック。作ったのオレ。え?知らないの?いやまさか。だって学校中みんなやってるよ。いや、おっぱいのことはどうでもいいんだよ。フェイスブックの話を聞いてよ。
怒ってた。彼女まだ怒ってた。なんでだよ。オレ、フェイスブック作ったのに、なんで褒めてくれないの。すごいじゃん。
よしわかったよ。もっともっと広げるよ。世界中の人が繋がるようなサイトにするよ。
あー、お金だな。たしかにお金はいるよな。でも、広告とかはかっこわるいじゃん。みんな無料だから使うんだよ。広告が載ってたり課金制度にしちゃったりしたら、しらけちゃうよみんな。そんなもんだよ。わかってないな。エデュアルドわかってない。
え?行くの?スポンサー探しに行くの?お金は必要だけどさ。座ってるだけでいいの?わかったよ、共同創設者だもんな。行くよ。
あー退屈。なに話してるのかさっぱりわからない。ていうかどうでもいい。このおじさんも興味なさそうじゃん。エラそうじゃん。それにでかいな。ほっぺた下がってるな。なんでほっぺたこんなに下がってるんだろう。ぷよんぷよんだよ。あー眠い。眠いよ。なんでオレこんなトコにいるの。眠い。ほっぺた。ほっぺた。
なんだよ。 なに怒ってるんだよ。一緒に行かなきゃダメだって言うからちゃんと来たじゃん。スポンサーと話できたんでしょ。いいじゃん、それで。
エデュアルドはちょっとアレだな。 スポンサーのことばっか考えすぎだな。そんなことよりフェイスブックの機能性をもっと高めないと。 人手もいるし。やること沢山あるじゃんか。 なんだよ。フェニックス・クラブに入れたからって威張ってるのかよ。そんなにエラいのかよ。エデュアルドがこんな複雑なプログラム書けるか?書けないよ。どうでもいいよ。フェニックス・クラブなんてどうでもいい。 オレのフェイスブックの方がみんなに求められてるし。
今日会うのはアレでしょ。ショーン・パーカーだ。ナップスターをつくった。 
ショーンは、わかってるんだよなぁ。 そう。オレが思ってることと同じこと言ってる。エデュアルドは創り出す側じゃないからわからないんだよ。フェイスブックのあるべき姿をより具体的に見通せてるのはショーンなんだよ。ああ、でもなんだろう。ショーンが連れてくる女の子はどうでもいい。耳がくわんくわんなる音楽もどうでもいい。 そういうんじゃないんだ。ショーンはわかってるし、目指す場所も同じなのかなぁと思うんだけど、そうじゃない。オレのフェイスブックはそうじゃないんだよ。
ああもっと良くしたいんだ。オレのフェイスブック。いくらでも良くできる。人手だ、人手が足りない。もっともっと。エデュアルドのことはいいよ。ほら、研修か、アレに行ってるんだし。やることは沢山あるんだ。やること。フェイスブックを。もっとフェイスブックを。

いや、訴訟を起こされてるのはわかったよ。だからなに? フェイスブックは盗んでないよ。オレがつくったんだよ。悔しかったらもっとすごいサイト作ればいいじゃん。あーめんどくさい。あー聞きたくない。同じ話ばっかりもういいよ。蛍光灯。蛍光灯の光。光。え?悪いってなにが? 今の話聞いてたか?聞いてないよ。 聞かなきゃダメなの?
エデュアルドからも訴えられてるんでしょ。それはいいよ。わかってるってば。うん。わかってるけどさ。 あの弁護士さん、ホントよく喋るよなぁ。口がパクパクパクパク動いてるよ。パクパクパクパク。 ちがうよ。エデュアルドをわざと罠にはめようとなんてしてないよ。でもさ、エデュアルドは口座を凍結したんだよ。オレのフェイスブックが、息の根を止められそうになったんだ。 オレたちの? 

あなたは悪い人じゃない、ただ、そう思われるように振舞ってるだけだ?  なにを言ってるんだろう? オレはなにも悪いことはしてないし、振舞うって何が? なんだろう。 
フェイスブックでみんな繋がってるんだ。 ぼくがつくったんだ。 褒めてくれてもいいじゃないか。 もう、みんな一人じゃないんだから。 
ひとりじゃない。 
だけど。 
なんでだろう。 
なんでだろうか。



マークは悪くないよ! 悪いのは高慢ちきな双子と思い上がりの激しい先輩と勘違い甚だしい友達だよ!

悪い事をした子どもを叱った時、素直に「ごめんなさい」と謝る子どもは少ないと思います。
多くの子どもは自分を正当化し、他人のせいにし、しまいには「あーあー聞こえないー」とばかりに現実逃避する事すらあります。 というか、うちはそうです。 とても残念です。
本作の主人公・マークも、何から何まで良くも悪くも本当に子どもじみていて、思いついたことは後先深く考えずにすぐ行動し、その結果がマズイことになったら自分を正当化し、ホントはちょっとバツが悪かったりもするんだけどそれを認めず、「なんで怒るばっかするのさ!褒めてくれたっていいじゃんか!」と不条理な逆ギレに転じます。
なんかもう、抱きしめたくなっちゃいましたよ!ぼかあ!!(身近なちっちゃい人に似すぎていて)

本作が実在する人物や事柄に基づいて作られた創造物だというコトは周知のとおりですが、アガサはフェイスブックはもとより、その創設者であるマーク・ザッカーバーグさんのこともよく判りません。
ですので、あくまで“創作物”である本作のみに対する印象であり、感想である事を、予めお断りしておきます。

その上で。

マークは、そのあまりの“空気の読めなさ”や“話のかみ合わなさ”や“天才っぷり”から、アスペスガーなのではないか、という見方があるようなのですが、アスペかどうかというのは、あまり重要ではないと思うのですよね。
というか、アガサはそもそも、“自由度の高い子ども”にむやみに診断名をつけたがることに、あまり意味があるとは思っていなくてですね。
いや、もちろん、「なんでうちはこんなに自由すぎるの・・・」「なんで他の子みたいに普通のコミュニケーションがとれないの・・・」と思い悩む保護者のみなさんにとっては「そっか!病気だったのか!ただの癇癪もちな訳じゃなかったんだ!」という安心(納得)材料になりますし、その子にあった療育を受けさせたり、必要な薬を処方してもらう事も出来ますので、とても大きな意味を持つのですが、でもこれ本人にとっては意味なんてないんですよね。

診断名がつこうがつくまいが、日々の生活に苦痛を感じたり、なぜか怒り出すクラスメイトに困惑したり、不当な眼差しに心傷付いたりする現実は変わらない。
本当に大切なのは、療育でも薬でもなく、理解してあげること。
その子の中の“他の人とは違うテンポ”を理解してあげて、歩調を合わせてあげることなんじゃないかと。

マークがアスペルガーなのかどうかはわかりません。
まぁ、アガサの勝手な印象だと、面白いくらい身近なかわいこちゃんにそっくりなトコロがありますので、かなり際どいラインなのではないかと思いますがw
冒頭での、彼女とのズレまくっている会話シーンだけで、もうなんだか親近感や既視感や妙な母性本能がじわじわ湧いてきて思わず笑ってしまいました。
「聞かれたから答えたのにもう聞いてないんでやんの」とか「おい!さっきの話どこ行ったんだよ!」とか「いやいやいや・・それもうちょっとオブラートに包もうよ」みたいなちぐはぐな感じ、ありますよねー。ですよねー。

それはともかく。
そういう空気の読めなさだとか、致命的なコミュニケーション能力不足だとかは、アスペルガーの患者さんに限ったことではなく、誰にだってありうることなんじゃないかと。
基本的に、誰だって自分が一番なわけで。 
自分の気持ちをわかって欲しい、自分のことを評価してほしい、自分の言い分を聞いて欲しい、自分、じぶん、ジブン・・・。
これって、特に性格に問題があるとかではなく、本能的なものだと思うのです。
相手を理解しようとする前に、自分を理解してほしい。 だから人生には頻繁に、心のズレやボタンの掛け違いが起こり得るのではないでしょうか。
ほんのちょっと、「なんで相手はこんなことを言うんだろう」とか「この一言で相手はどんな気持ちになるだろう」とか思うだけで違ってくると思うのですけどね。

確かにマークはちょっと変わっています。
絡みづらいタイプであることは否めない。
ただ、訴える前にもうちょっとできる事があったのではないか、と。
ほとんど付き合いのなかった双子たちはともかく、“親友”として付き合ってきたエデュアルドまでが、マークの幼稚さに気付いていなかったなんて事があるのだろうか、と。
仲間はずれにされた。 役立たずみたいに扱われた。 そんな単純な怒りに身をまかし、我が我が、ばかりでマークを責め立てるエデュアルドを観ていると、「そりゃないよー・・・」と切ない気持ちになってしまいました。
せめて君くらいは、理解してあげて欲しかったよ・・。身近にいたんだしさぁ・・。

ま、それに、実際問題エデュアルド大して役に立ってなかったですしね! その働きで6億ドルとかおまえ調子のってんじゃねえぞ!

人と繋がるのは難しい。
マークは、他人にどう言葉をかければいいのか判らず、どう接すれば怒られないのか判らず、ひたすら困惑していたのでははないかなぁ・・と思います。
だから、直接ではなく、ディスプレイの中で誰かと気軽に繋がれるツールをつくろうと思ったのではないでしょうか。
そして、それを求めていた人も多かった。
だってみんながみんな、見知らぬ誰かに気さくに話しかけたり、上手に交流できるわけじゃないから。
もちろん、その両方とも可能という人だって、そんなツールを求めていた。
とにかくみんな、誰かとどこかで繋がっていたいんですよね、きっと。

どこまでも不器用で、どこまでも子どもじみたマークは、結局誰にも理解してもらえず、誰も理解することができず、世界と繋がっているはずのフェイスブックを静かに開きます。
でも、心はどこにも繋がっていない。
なんという孤独。 
そんなマークを照らす、とてもかすかな光。 一生自分を許してくれないと思っていた、自分が創ったフェイスブックには入ってくれる訳がないと思っていた彼女が、フェイスブックに登録していたという事実。
もしかしたら、ただ単に流行りにのって登録したのかもしれないし、本当にマークを認めたから登録したのかもしれない。それはわかりません。
しかし、マークはそんな彼女のアカウントに友達申請のメールを送り、ただひたすらに、更新ボタンを押し続けます。

彼女からの許可メールが画面に映し出されるのを待っているかのように。

繋がっているのかどうか、確かめるかのように。

自分が、誰かと繋がっているのかを確かめるように。


世界中のパソコンの前に佇む、たくさんの“マーク”を思うと、なぜだか涙がとまりませんでした。
その“マーク”の中には、私も居るからなのかもしれないですけどね。 オッス、おら自分だいすき!

先程も書いたように、マークがアスペルガーなのかどうかはわかりません。
衝動的なだけではない、冷静な行動もとっているように見えますので、やはりギリギリのライン程度なのかもしれませんね。
私たちが大切にすべきなのは、世界と繋がるツールではなく、それが持つ可能性なのではないかと思います。
世界中のみんなと、知らない誰かと、身近な誰かと、色々な垣根を越えて理解しあえるという可能性。

洪水のように流れるセリフの数々と、それとは対照的に静かな映像。
その両方ともが同じように、雄弁に語りかけてくるのが素晴らしかったです。 
(女の子を比べるサイトを創る時や、ショーンに連れて行かれたクラブなど、明らかに“これ、マークの耳には何も音が入って来ていないんだろうなぁ”と思わせる画が作られていて、すごいなぁ、と衝撃を受けました)
ただの会話劇でも、ただのいけすかない天才の話でも、ただの青春の光と影でもなく、とても優れた人間ドラマだと思いました。


傑作です。
 
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『Raging Phoenix』 その他の出来事。

2011年01月17日
■ 1月9日

先日誕生日を迎えたので、記念にインラインスケートを購入しました。
もともとスケートがすきでしたので、コレを機会にエッキススポーツ的なアレを開拓して行こうかと。
せっかくだから、みんなで一緒にスケート靴を買おう、と、ちびっこを勧誘してみたのですが、100%の力で拒否された母。
聞いてみると、彼女たちのお気に入りは一輪車とキックスケーターとのことでしたので、そこはもう自主性という名のお年玉収入にお任せする事に。
各々が希望のアイテムを手にしたトコロで、郊外のリンクに行き、思い切り滑走してきました。

気分はエレン・ペイジ師匠!

(↓ ※風の音がうるさいです)




2日後、ギックリ腰になりました。


蓄積された疲労に打ち勝てなくなってきた38歳の冬です。


■ 1月14日

『Raging Phoenix』鑑賞。

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『チョコレート・ファイター』で、世界中の男子中学生(魂的な意味も含めて)のハートを鷲づかみにしたジージャー・ヤーニンさんの主演映画第2弾。
残念ながら、日本では2010年に大阪アジアン映画祭で上映されたっきり、公開の目処は立っていない模様。 
ドニーさんの作品といい、こういう見応えのあるアクション映画が日本に入ってこないという現状は、非常に悲しい限りですね! あれですか?エグザイルの誰かが出てたら公開してもらえますか? 限りなくエグザイルっぽい人とか出てきていましたけど、それじゃあダメですか?ホントもうほぼマキダイみたいなテイストでしたけど。ダメですか。そうですか。

アガサがとある方のご厚意で鑑賞させて頂いたのは、原語オンリー(タイ語)のDVDでしたので、会話が全く理解出来ない、という制約はあったものの、もともとがとてもわかりやすいストーリーだった為(たぶん)ストレスなく物語に没入する事が出来ました。

ジージャーさんが扮するヒロインは孤独な少女。
バンドでドラムを担当していたのですが、ある日ライブハウスに彼氏が他の女性を連れてきていたのを見てしまい、スティックを放り投げて襲い掛かってしまった事でメンバーを外されてしまいます。
失意の中で一人飲んだくれるジージャーさん。
そんな彼女が人さらい集団に拉致されそうになった時、どこからともなく現われた一人の男性・サニムさん。
ブレイクダンスのステップを華麗に取り入れた技の数々で、沢山の武装チンピラどもをあっという間に倒してしまいます。
その後、彼と、彼の仲間と共に過ごすうち、ジージャーさんも彼らの技を伝授してもらっちゃおうか、という運びとなり、かくしてサニムさんによる厳しい特訓が始まります。
彼らの武術のコツは、お酒を飲んで暴れる気持ちを解放する、というトコロにあるようで、毎日後ろ手に縛られ口にお酒を注ぐ込まれてしまうジージャーさん。 武術の前に肝臓をやられてしまわないかと手に汗握ってしまいました。 うん。どうせ握るなら違う汗がイイネ!

ドラムの経験があるくらいで、ごく普通の少女のように見えていたジージャーさんでしたが、脅威のアルコールパワーでメキメキと上達。

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(※高いトコロも平気に)

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(※こんなポーズや)

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(※こんなポーズまで出来るように! !出初式じゃないよ!! 武術だよ!)


あっという間に師範代レベルの戦闘力を身につけたジージャーさんは、功名心からか純粋な正義心からか、一人で人さらい組織に殴りこみ。 捕らえられていた女性たちを助け出します。
しかし、そんなスタンドプレーが敵の目についてしまったのか、サニムさんたちの隠れ家が敵に急襲され、ジージャーさんも大怪我を負うことに。
傷付いた体を引きずって、再度隠れ家を訪れたジージャーさんは、この一連の騒動の裏に隠されたサニムさんたちの真意を知り・・・。

いやあ、ホントさいこうな映画でした。
なんと言っても見所はジージャーさん。 可憐で、傷付き易くて、でもとんでもない底力を秘めた美少女・デューを、これでもかという程魅力的に演じていました。
言葉の壁に阻まれ、結局最後まで“なんでジージャーさんが人さらい組織に狙われていたのか?”という点がわからないままだったのですが、アレですよ、たぶんかわいかったからですよ。そりゃもふもふしたいさ! わかる、わかるぞ悪い組織!お前らの気持ちはよくわかる!

ジージャーさんを開発する特訓するサニムさんも、とても強くて、とても実直で、どことなく平井堅っぽいヒゲのいい男。 ちなみにヒゲを剃ったらアンガールズの田中っぽい。 むう・・・ヒゲか?・・ヒゲが明暗の分けドコロなのか・・・?!
クライマックスは、このサニムさんやその他の仲間たち(ミスターTをちっちゃくしたような人と、ラーメンズの片桐さんをあっさりさせたような人)とジージャーさんが協力して、敵の本拠地へと殴りこみを果すのですが、この敵がまた物凄く謎な組織でして。
とりあえず若い女性をさらってゆくのですよね。 まぁ、人身売買ですよね、基本ね。 ところが彼らの最終目的はお金みたいなチャチなモンじゃないのですよ。 なんだと思いますか?聞きたいですか?気になりますよね? 彼らの目的は・・ジャジャーン!若い女の子の涙だったのです!!おい! へ ん た い !!

いや、涙というかね、涙を集めたヤツを謎の機械で蒸留して出来上がった液体を嗅ぐというかなんというか・・ま、要するにへんたいですよ、へんたい。

しかもこの組織のリーダー、女囚アマゾネスみたいな褐色美人ときたもんだ。
美人だけどへんたい。 オレは今、確かな時代の足音を感じている・・・!

で、男どもが敵の中ボスとの死闘に倒れた後は、ジージャーさんの独壇場なわけでして、もうね、存分にご堪能あれ!と。 日頃の鬱憤をお晴らし召されい!と。 
鼻血上等、フルコンタクト上等のハードな闘いが繰り広げられる訳なのです。
どんなに痛めつけられても、どんなに絶望を味わっても、不屈の魂で立ち上がるジージャーさんの姿を見ていたら、きっと誰だって自然とこみ上げる熱い何かに突き動かされるはず。そしていつしか叫びだしているはず。 拳を握り締め、「ジージャーがんばれ! ジージャーがんばれ!!」と。

鞭のようにしなる脚。
抱え込んでからの怒涛の膝。
マウントからの殴打。
激しくも美しい闘いの有様に心震えました。
怒りや、悲しみや、慈しみを湛えた瞳でこちらを見据えるジージャーさんに打ち抜かれるのは、果たしてボディだけなのか? 否、ソウルも共に貫かれるに違いない。 ありがとう!すべてのボディアンドソウルにありがとう!!(何を言いたいのかよくわからなくなってきた)

若干ワイヤーが見え見えな部分や、CGが物語の質を下げてしまっている部分、音声さんのマイクが見切れちゃっている部分など、気になる点もあるのですが、まぁ、ご愛嬌ということで。
とても素晴らしい映画だったと思います。
早く公開(DVD発売だけでも)されるといいですね。


■ 1月15日

お好み焼きのキャベツを刻んでいたら、自分の指まで刻んでしまいました。

爪と身を一緒に、斜めにスライスしそうになり咄嗟にストップしたものの時既に遅し。
したたる血液。 踊る心臓。一瞬でその位置が指先に移動したかのように脈打ちます。
あわてて世帯主さまに電話をしたら、「丁度帰ろうとしてたトコだから止血だけして待て」との指示。
痛みは強いものの、意外と冷静な自分が居たため、携帯でツイッターに画像投稿したり、残りのキャベツを片手で刻みつつ世帯主さまの帰宅を待ちます。
いちおうちびっこのトコロに行き、「おかあさん指切っちゃったー!血がでたー!どうしようー!」と騒いでみせると、ちびっこたちは予想以上に慌て、「キャー!!」「ばんそこはってー!!」と右往左往。 
そっかー、すぐ絆創膏を用意しようとするのかー、いやあ、うちのこはえらいなぁ、と思いつつ聞いていると、
「ほら、ここに、ほら、ばんそこ」
「おねえちゃん、それスポンジボブのやつだよ」
「いいじゃんスポンジボブでも」
「えーでもえがついたやつじゃなくてもいいんじゃないの?」
「え?そう?」
と物凄く人としてちっちゃいやり取りをしていました。 おい!いもうと!!

この時点では、「あれ?もう血、止まってきてね?」と思っていたので、お好み焼きの仕込みを続けようとしていたわし。
その後帰宅した世帯主さまに「なんでまだキャベツ切っとんのじゃー!」と雷を落とされ、救急病院に連れて行ってもらいました。
爪と身をくっつける為、爪の横に麻酔薬を3本注入ののち、爪の上から縫合針をブスリと貫通させ、3針ほど縫って終了。 リアル「ぼっけえ きょうてえ」の出来上がりです。



年明け早々、映画運はいいのですが、体調面と精神面ではあまりいいことがないので、是非これを厄落としと思って、今後の生活を前向きに過ごしたいものですね。 なんつって無難にまとめてみます。 それではみなさん、またお会いしましょう。

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『ゾンビランド』

2010年12月30日
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あらすじ・・・
ゾンビランドで生き延びる為の32のルール。
・ 有酸素運動 (走って追いかけてくるゾンビから逃げとおせるだけの体力が必要)
・ 二度撃ち推奨 (一度撃ってゾンビが動きを止めたからといって油断は禁物。頭を撃って止めを刺そう)
・ シートベルト必須 (ゾンビから逃げても、車で事故っちゃうんじゃあ意味がないよ)
・ 後ろの座席を確認 (車に乗った時もう一つ気をつけるのは、後部座席。ゾンビが隠れている可能性大。ホラーの鉄則だよ)
・ トイレに注意 (一番無防備になるトイレタイムは、ゾンビにも狙われ易いから気をつけよう)
・ 情を捨てよう (親子どもでも情けは無用。噛まれちゃってる人は思い切って見捨てていこう)
・ 準備運動を忘れずに (急な動きに人の体はついていけない。行動を起こす前はまず体をほぐしておこう)
・ 荷物は少なめに (ゾンビランドでは一度乗った車に乗り続けられるとは限らない。いつでも移動出来るように身軽でいよう)
・ 脱出経路の確保(どこかに侵入する時は、不測の事態に備えて逃げ道を用意しておこう)
・ ヒーローを目指さない (かっこつけるのと自分の命とどっちが大事なのかよく考えて行動しよう)
・ 些細な事を楽しもう (娯楽の無い世の中だから、気持ちを明るく保てる為に、どんなコトでも楽しもう)


・ 臨機応援 (とかなんとか言ってても、いざとなったら自分のやりたいようにやってみよう。 その世界の主人公だったら生き残れるはず。  ま、ゲスト出演だったら死んじゃうかもだけどね!)


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今年最後の劇場鑑賞、というコトで、『ゾンビランド』を観て来ました。
大きなスクリーンいっぱいに映し出されるゾンビ顔。
引きずり出される小腸。
軽快に響き渡る咀嚼音。
オレはこれが観たかったんだ・・・!  そう心から思えるステキなゾンビ渦がそこにありました。

主人公の青年は、世界がゾンビで埋め尽くされる前から人付き合いが苦手で週末はいつも引き篭もり。
その為、ある日突然始まったゾンビ現象で地上から生きた人間が消えて行っても、大きな精神的ダメージは受けずに、自分が定めたルールに則り淡々と生き延びてきました。
「ゾンビを恐れるように、生きている人間を恐れてきた」という一言があるのですが、対人関係と社会性に課題山積のアガサはなんかもう非常に身につまされましたねぇ。 うん、出来ることなら避けて通りたいよね。わかる、わかるよー。

しかし、人口の殆どがゾンビ化する中、さすがに生きた人間が恋しくなってきた青年は、車を乗り継ぎ、ゾンビを倒しながら、両親が住む街・コロンバスを目指すコトに。
そしてその道中、自分とはタイプの違う色んな人たちと出会い・・・ というのが大まかな流れなのですが、本作の特徴は、生き残り組の4人がみな、ゾンビ化現象によって人間不信になったのではなく、もとからその気があったトコロなのでありまして、もしかしたら全人類の中の最後の生き残りかもしれないというのに、まあどいつもこいつも心開かないコトこの上なし。
まず全員偽名(出身地にちなんだ名前)ですし。いや、名前くらいよいではないか。

で、生きるか死ぬか感染するかの状況下で、協力したり、利用されたり、いがみ合ったりしながらも、苦楽を共にするコトで、やっと頑なな心を解いて行くのですが、やはり本名は明かしません。
まあね。 “ハンドルネームで呼び合う仲から、本当の名前を教えるまで”なんてのも、結構段階踏みますからねぇ。
ネットの世界ではよくある事さね。 
他人を信じるな。 
本音は隠せ。 
暴言を吐くときは“通りすがり”と名乗れ。

きっと私たちは、匿名という鎧をまとうコトで、自分の中の汚い部分も奇麗事な部分も安心して曝け出すことが出来るのですよね。
もしも叩かれても、匿名だから大丈夫。 本当の自分が嫌われているのではないから。
一方、本名というモノには、誠実さが込められているような気がするのですよね。
本当の名前で発した言葉には、逃げ隠れが許されないような重みや、責任感が宿っているのではないでしょうか。
本名を明かすというコトは、本当の自分をさらけだすと言う事。 
その為、お互い恋心を抱いたり、頼りにしたりしていても、本名だけは頑なに教えようとしない4人。
“閉ざしていた心を開く”という変化を、“ハンドルネームから本名へ”という現代風な垣根の取り払い方で描いているのが、なんだかとてもおもしろかったです。

ということで、“ゾンビ世界”という特殊な状況下でなくても通用しそうな、青春ドラマであり成長物語である本作なのですが、「アレ・・?もしかしてホントに“ゾンビ世界”じゃなくてもいいんじゃないの?」と思ってしまうくらい、ゾンビ要素が薄い作品だったりしますので、アガサはちょっぴり物足りない気持ちになってしまいました。
確かに、成長の過程において、“ゾンビ化現象によって人類がほぼ絶滅”という設定は必要なのですが、その他の部分はあんまり関係ないですからねぇ・・。
主人公の内向的な性格も、他人を踏み台にするコトしか頭に無いヒロインの人格形成も、ゾンビ関係ないですもん。  
中盤は全くゾンビ出てこなくなりますし。
主人公が故郷にいる家族の生存を諦めるくだりなんかも、結構アッサリしていましたねぇ。
やたらとナレーションで説明されるのも、アガサの好みじゃなかったりして。 いや、ホントこれはもう相性の問題でしかないと思うのですけどね。
あと、相性ついで言うと、ヒロインが好きになれなかったのも、今ひとつスッキリしなかった要因のひとつだったのかもしれません。
顔は文句なしに超タイプなのですが、作中の立ち振る舞いが“嫌いなタイプのおんな”過ぎて、やたらとイライラしてしまいまして。
そういえば、『REC』の時にもアンヘラさんに同じような苛立ちを感じたような気が・・・。 いや、ちがうから。 ヤッカミとかじゃないから。

百歩譲って、ヒロインの人を人とも思わない(人間不信だからしょうがない)言動はすべて、
“絶望的な状況下で、せめて幼い妹を楽しかった思い出の地に連れて行ってあげたい”
という一心から来ているというコトだったとするならば、ソコにゾンビが湧いて出ても甘んじて受け入れろ、と。
園内の電源全部オンにして、超エレクトリカルな電飾やら楽しげな音楽やら轟音をたてて走り回るジェットコースターやらを稼動させたら、周辺地域のゾンビが大挙して押し寄せてきちゃいました。キャーどうしましょうって、キャーじゃないよね! おい、そこの小悪魔系女子!!
そりゃ来るよ。楽しそうな雰囲気が漂ってたらゾンビさん来ちゃうよ。 元にんげんだもの!

もしくは、本当に“その遊園地はゾンビが全くいないパラダイスらしい”というガセを信じていたのだとしても、だったら生存者が居そうな雰囲気すらない遊園地に着いた瞬間「おもてたんとちゃう!」って踵を返しましょうよ。 
彼女たちの真意の程はさておき、結局その尻拭いは、男たちがする羽目になっちゃうんだかんね。
もうさぁ、ちょっとゾンビさんにあたま甘噛みしといて貰った方がいいかもよ! 縁起ものだよ! かしこくなるかもよ!

とまぁ、若干、若くてピチピチしている女子に対して厳しい意見を申してしまいましたが、あくまで、ご家族で安心して楽しんでいただけるライト感覚のゾンビ映画だと思えば、充分その役目は果していると思いますので、機会がありましたら是非お手にとってみてはいかがでしょうか。
ゾンビ映画(ホラー映画にも共通する部分はありますが)のセオリーをパロディ化させて取り入れているのも、とっつき易くておもしろかったですよ。(『スクリーム』でやっていましたよね。こういう笑いの取り方)
遊び心溢れるオープニングタイトルと、終盤の対ゾンビ戦も、否応無しにテンションが上がってしまう、とても素晴らしい仕上がりでしたし、あと、なんと言っても、主人公と旅を続ける、ツンデレなマッチョ野郎を演じるウディ・ハレルソンさんが最高の最高の超最高。
ヘタレな童貞と小生意気な姉妹を、なんだかんだ言いながら最後まで面倒を見る、頼れるマッチョ。 
実は心に深い傷を抱え、ただひとつの拠り所を求めて当て所ない旅を続ける、繊細マッチョ。
そんな、とってもおいしい役どころを表情豊かに演じたウディ・ハレルソンさんは、本作での一番の見所であると言っても過言ではないと思いました。


今年、アガサが劇場で鑑賞出来た映画は、全部で38本。
決して多くはないですが、色々と制約がある中での38本は、自分としては大満足な本数であります。
そして、その最後がゾンビ映画だったコトは何より嬉しく、映画館ですきな映画を観るということの喜びを、改めて噛み締めさせて頂きました。
おぜぜにも時間にも限界はありますが、また来年も出来る限り劇場に足を運びたいと思います。


それではみなさん、よいお年を!



― 追 記 ―

・ 中盤に登場するハリウッドの大スターが超おもしろかったです。 

・ 例のシーンは笑いが止まりませんでした。 これだから銃社会は!ww

・ 遊園地で遊具から降りれなくなったバカ姉妹が、下に下がって行くシーンで、「よし!そのままゾンビに喰われてしまへ!」と思ってしまったんだけど、後 悔 は し て い な い 。

・ 妹役がアビゲイル・ブレスリンちゃんだったよ・・・ ・・時の流れは・・無情でごわすなぁ・・・(いや、健康的でかわいかったんですけどね!)

・ 非常に説得力のある童貞を演じていたジェシー・アイゼンバーグさんは、来年の期待作「ソーシャル・ネットワーク」の主役も演じているそうです。 がんばれ!童貞界期待の星!



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2010年の映画をふりかえらない。

2010年12月24日
2010年も残りあと1週間余りと言う事で、色々な映画ブロガーのみなさまが今年の映画を総決算していらっしゃるようなのですが、アガサはあえて今年ではなく来年の映画に思いを馳せてみるコトにしました。
ちがうから。 みなさんがベストに挙げていらっしゃる映画を殆ど観れていなくて、話題についていけそうにないからとかそういうんじゃないから。 

オ レ は も う 、 ふ り か え ら な い !


というわけで、2011年期待映画ベスト10。(順不同)

・ 『ソ-シャル・ネットワーク』監督…デヴィッド・フィンチャーさん



1本おきに当たりとハズレが来るとかなんとか散々な言われようだったフィンチャーさんのフルモグラフィですが、アガサは全部好きだったりします。 『ゲーム』もすきですし。ダグラスさんがわちゃわちゃなる姿、いいですよね。
で、ブラピがおじいちゃんなのに若々しかったりケイト・ブランシェットが若々しいのにおばちゃん顔だったりするおもしろ映画『ベンジャミン・バトン』後に撮った最新作『ソーシャル・ネットワーク』も、予告の時点でとても陰気でおもしろそう。 映像も美しいですね。 早く観たいなぁ。


・ 『イップ・マン 葉問』主演…ドニー・イェンさん



「ブルース・リーのお師匠さんであるイップ・マンさんの生涯を描いた作品」 という、日本でも絶対好まれそうな題材であるにも関わらず、そのイップ・マンさんが劇中立ち向かうのが日本兵というコトが大人の人たちの心に引っかかってしまったのか公開が絶望視されていた『葉問』のパート2のみが、晴れて公開の運びとなりました。
こちらがヒットすれば、超わるい日本兵が出てくるパート1の方も公開になるかもしれないかもしれない、という玉虫色の情報が飛び交っているので、是非沢山の方に劇場に足を運んで頂いて真偽の程を明らかにしてみたいものですね。というかただ単に観たいんだよ。 ドニーさんを。 大画面で。


・ 『冷たい熱帯魚』監督…園子温さん



とにかく凶暴。 凶悪。 凄まじいほどの狂気。
もう、何回観たかわかりません、予告。  おまえも透明にしてやろうか!


 『コリン LOVE OF THE DEAD』予算…約6000円



「ゾンビ視点で描いたゾンビ渦」という斬新な内容に興味津々です。 6000円とは思えないような特殊メイクもすばらしい。 アイデアは大事だねーほんとにねー。


・ 『ブラック・スワン』主演…ナタリー・ポートマン



今敏監督の『パーフェクト・ブルー』との関連性が話題になっている『ブラック・スワン』。
てことはアレか、予告に出てきているバーバラ・ハーシーがナニってことか。(じょうだんですよ、じょうだん)
全編に漂う鬱スメルがたまらなく胸にグっと来ますね。 あと、予告の途中に出てくるムンク顔の似顔絵が怖すぎるので、鑑賞の際はくれぐれもご注意ください。


・ 『世界侵略 ロサンゼルス決戦』勝つ人…ロドリゲスさん



ずっと人類をこそこそと監視してきた宇宙人たちが、ついにロサンゼルスをピンポイント攻撃する、というお話らしいのですが、たぶん人類が勝つんだと思いますよ。 だってミシェル・ロドリゲスが出るんだもん。
ホントに、過去にも書いた覚えがあるのですが、私は地球がぶっこわされる映画がたまらなくだいすきなのですよ。 だから観ます。どうせ壊すんなら、派手にやっとくれ!


・ 『MAD探偵7人の容疑者』監督…ジョニー・トーさんとワイ・カーファイさん



3年前に日本でお披露目されたにも関わらず、そのまま絶賛放置プレイ中だったジョニー・トーさんの作品『マッド・ディテクティヴ』が、その名も『MAD探偵』となって日の目を浴びるコトに相成ったそうです。 いや、わかるけどさ。日本語に訳してくれたのはわかるんだけどさ。もうちょっとなんとかならんかったのか、その邦題。
予告の最初の辺りに出てくる鏡のシーンだけで、なんだか頭がくらくらしますね。 これは面白そうだ。


・ 『RED レッド』主演…引退した超危険人物



元CIAのおじいちゃんやおばあちゃんが、現CIAの悪い人たちをやっつけるお話なんだと思います。  って最近CIAの悪者率ハンパねえな! 一回解散してやり直すか?ん?
銃を構えるヘレン・ミレンがよだれが出るほどかっこいいです。 弟子入りしたい。


『ピラニア 3D』監督…アレクサンドル・アジャさん



まだ公開が未定なのはわかっている。 だが期待せずにはいられない。 『キック・アス』だって『ハングオーバー』だって『ホット・ファズ』だって、最初は望み薄って言われてたんだし!
とにかくオレは、飛び出すおっぱいが観たいんだよ! みんなもきっとそうだよね!!


・ 『サッカー・パンチ Sucker Punch』監督…ザック・スナイダーさん



監督曰く、「マシンガンを持った『不思議の国のアリス』」なんだそうですが、予告からふんぷんと漂うボンクラ映画臭がたまりませんね。 たぶん私はこの映画と恋におちてしまうのではないか、そんな気がしてなりません。 
出来れば来年中、というか出来るだけ早く公開して頂きたいものですね。


そのほか、これまた公開未定の 『スコット・ピルグリムVS.ザ・ワールド Scott Pilgrim vs. the World』 (わたなべりんたろうさんによる署名活動が行われているようです)や、確実にバカ映画(※ほめ言葉です)に違いない 『ムカデ人間 The Human Centipede』 、不可能を4度可能にするトムさまの最新作 『ミッション:インポッシブル ゴースト・プロトコル』 や、「俺たちおちこぼれ刑事(デカ)」みたいな邦題がつくような気がしてならないウィル・フェレル主演作 『ジ・アザー・ガイズ The Other Guys』 など、鑑賞を心待ちにしている作品が多数あります。 ま、岡山でやるのはトムのアレくらいだろうけどな。



というわけで、過去をふりかえらず輝かしい未来のことだけを見つけて生きて行こうと誓ったアガサなのですが、今年鑑賞した映画がたいして心に残らなかったとかそういうコトでは決してなく、やはりどの作品もとてもおもしろかったですし、1年間ワクワクしたりハラハラしたりどんよりやしたりぼんやりしたり、色々な楽しい経験をさせて頂きました。
やっぱ映画って栄養なんだよなぁ。
で、なんかもうここまで書いてしまったので、ついでにアガサのベスト3はなんなんだろう・・と考えてみると、『第9地区』『making of LOVE』『インセプション』になりますかねぇ。すみません、普通で。
あとは、『13人の刺客』『ソルト』もすごく好きでした。
私の中の基準のひとつとして、“劇場を後にする時、真似しちゃってる映画はいい映画だ”というのがありまして、『ソルト』なんてモロそのパターンでしたもん。 まあ、窓から窓はやってみちゃうよね、とりあえずね。
ホント、一度でいいから車から車に飛び移ってみたいです。 
生涯の夢です。
ワースト映画・・というのはあまり思い浮かばなくてですね。
どの映画にも「いいなぁ」と惹き付けられる点がありますし、映画そのものを嫌いにはなれない性分ですので。 ただ、そんな中でひとつだけ挙げるとするならば、フジテレビが製作した例のアレでしょうか。「おまえさえいなければ・・・!」と腐った卵を投げつけたい気持ちでいっぱいです。八つ当たりかもしれませんが。マジおまえだけはぜったいにゆるさない。


実はここ数年、「映画を観たら、感想を書かないと次の映画を観る気になれない。」というへんな貧乏性の台頭で、年々映画の鑑賞本数が現象しておりまして。
自分でも「こんなのどう考えてもおかしいよなぁ」と気付いてはいるものの、なんとなく心にストッパーがかかってしまってどうすることも出来ずにいます。
自分の中で、映画をブログのネタと考えているフシがあるのかもしれません。 というか、多分そうです。 純粋に映画を愛していらっしゃる方、こんな不埒者ですみません。
そういったアホみたいなジレンマに苦しめられた1年でして、「もうこんなんならブログなんてやめてしまおうか」という考えも、2日おきくらいに発生していたのですが、それもまたアホみたいなコトですので、来年からはもっと気軽に映画を観ようと思っています。
更新頻度はさらに減るか、反対に、超短文で覚書程度の感想をガンガン書くようになるかもしれませんが、とにかくもうしばらくブログは続けて行きたいと思っておりますので、もしよろしかったら気がむいた時にでも覗いてやって頂けるとうれしいです。

あと、おぜぜね! 圧倒的におぜぜが無い! 映画館はもっと料金下げてください!そしたらもっと観に行きますので!


なんだかんだで結局ふりかえってしまいましたが、何はともかく、今後とも宜しくお願い致します。
来年もまた、楽しい映画に沢山出会えるといいですね!
それではみなさん、よいお年を!!
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