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『ブラック・スワン』

2011年05月12日
ブラックスワン3
粘着質な先輩。

ブラックスワン4
馴染めない職場。

ブラックスワン
頻発する怪現象。

ブラックスワン2
似てない似顔絵。



決 し て 、

ひ と り で は 見 な い で く だ さ い ・・・。


blackswanposter_convert_20110511231843.jpg


あらすじ・・・
ニナは才能と容姿に恵まれた優秀なバレエダンサー。 しかし、真面目すぎる性格が災いし、なかなか大きな役を得られない事から、若干神経が細くなっていた。
ある日、バレエ団のプリマであるベスが、近々引退するのでは、という噂が楽屋を駆け巡る。
ベスに憧れていたニナは、ショックと期待で少し神経をすり減らす。
翌朝、練習場に突如現われた芸術監督のトマスが、次の公演のキャスティングの為のオーディションを開く事を告げた。
演目は、白鳥の湖。 
過去にも踊った経験はあるものの、「コールド・バレエ」以上「四羽の白鳥」以下の役しか貰った事がなく、緊張と不安で神経がアレな感じのニナ。
案の定、オーディションで失態を演じてしまい、益々神経を高ぶらせてみたりする。
しかし、諦めきれないニナは、翌日、勝負メイクを施しトマスのオフィスに突撃。そして玉砕。そして神経をすり減らす。
夢破れたニナは、荷物をまとめて劇場を後にしようとするのだが、意外な事にトマスはニナを新しいプリマに抜擢していた。
神経がアレっぽい感じのニナは驚きと嬉しさで神経を新たにシクシクする。
心配する母を尻目に、激しいトレーニングに励むニナ。
踊りの才能はあるものの、黒鳥に必要とされる「妖艶」「官能」「奔放」といった要素を全く持ち合わせていなかったニナは、なかなかトマスの求める演技に辿り着けず、猛烈な勢いで神経をすり減らして行く。
焦りと苛立ちを隠せず神経が高ぶる一方のニナは、トマスが自分の代役として、最近入団したばかりのリリーを選んだ事を知り、神経が大放出祭りになってしまう。
自分に足りないものを全て兼ね備えているリリー。 観るものの心を惹き付けるステップを魅せつけるリリー。 神経をすり減らしていないリリー。そしてニナは減らす、神経を。
刻々と迫る初演日を前に、のっぴきならない程神経をナニしてアレしてしまったニナは、ついに神経を本格的に病む事になり・・・。


うん・・まぁ・・ほら、アレだ・・メンタル面弱すぎだろ。

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と言う訳で、『ブラック・スワン』を観て来ましたよ。
プリマに選ばれた者が次々に精神のバランスを崩し自滅してゆくという、呪われたバレエ団のお話です。 うそです。
うそなんですけど、世の中に「思わずバレエを習いたくなる映画」と「絶対バレエには手を出さずにおこうと思う映画」があるとすれば、確実に後者に選ばれる映画だと思います。(※前者は『ベジャール、バレエ、リュミエール』とか『エトワール』) 
全国のバレエ教室に通うちびっこ諸君は、有吉京子先生の『SWAN』を読んで中和しようね!



(※以下ネタバレ)





中堅バレリーナのニナは、過保護な母親と二人暮し。
夢半ばで破れた母の想いを背負い、痛々しいほどストイックにプリマへの道を突き進もうとします。
妖艶さが必要だと言われれば芸術監督のキスに応え、色気を出す為と言われれば自慰もいとわない。
悪い遊びにもチャレンジし、行きずりの男の愛撫も受け入れる。
自分を追い込んで追い込んで、でも成果が出せないニナ。
彼女の焦りや不安や緊張が、常に行動を共にしているようなカメラワークによって、ダイレクトに伝わってきて、心底おそろしかったです。

もともとニナは、清廉潔白・無垢な乙女だった訳ではなく、憧れのプリマの楽屋に忍び込んで私物をくすねるようなあざとさや、先輩の失脚を知り、心を痛める一方であわよくば・・と期待に胸を膨らませるようなしたたかさを持ち合わせていた。
ニナの中には、最初から「白鳥」も「黒鳥」も混在していたのですよね。
無いものを無理やり得ようとしたのではなく、奥底にしまい込んでいたものを解き放っただけ。
自分を押さえつけていた、愛情や期待や自制心に打ち勝ち、舞台の上で雄雄しく羽ばたくシーンは圧巻でした。

『白鳥の湖』というバレエ作品が、悲劇的な結末を迎えるのと同じように、自分自身と向きあい本物の表現力を手にしたニナを待ち受けているのもまた、哀しすぎる最期でした。
しかし、絶望感を謳っていた旋律が短調から長調へと変わる中、ついに「完璧」なダンスに辿り着いたニナの表情は満ち足りているように見えました。
死して悪魔ロットバルトの支配から逃れた白鳥のように、自分の全てを捧げ、バレエに添い遂げたニナの最期もまた、もしかしたらひとつのハッピーエンドだったのかもしれませんね。


本作でもうひとつ唸らされたのは、ニナの母親の描き方。
普通、・・といっても映画でよく見かけるパターンではという意味ですが、普通、ステージママというのは我が子が頂点に上り詰める事を期待するものではないかと思います。
ミスコンで優勝、バレエ団のプリンシパル、ブロードウェイのスターに。
とにかく「一番」にならせる事にこだわるステージママが多い中、ニナの母・エリカは「適度なポジション」で満足している。
我が強くないニナは、プリマ・バレリーナの重圧には耐えられないだろう。 だから群舞で充分。パ・ド・トロワなら上等。
そんな娘がプリマに抜擢された事を電話で報告した瞬間、受話器の向こう側のエリカの表情は映りませんが、一瞬の沈黙が彼女の動揺を物語っていると思いました。
群舞で終わった自分のバレエダンサーとしてのキャリア。
娘がそれを越える事を、望んでいなかった訳でなないものの、いざ果たされると複雑な心境になってしまう。
要するにおもしろくないんですよね。 なんて素直なお母さんなんだ!

女同士の共感と反発は、血の繋がった母娘であっても確実に存在する。
女は常に、ライバルを探して闘いを挑もうとしているのかもしれないなぁ・・と思いました。
同じ夢を共有し、一卵性母娘のようにくっつき合って過ごしてきたエリカとニナ。
ニナが精神のバランスを崩せばエリカもおかしくなり、ニナが舞台の上で完璧なダンスを披露していればエリカも観客席で恍惚の表情を浮かべる。
エリカは、ちょっと過保護すぎるトコロもあるものの、娘思いのいいお母さんだったんだろうと思います。(現に、プリマに選ばれるまでの2人の関係はとても良好に見えました)
なんだかんだすったもんだあった後も、疲れて眠ってしまった娘の手にソックスを被せて体を傷つけないよう配慮してあげるエリカの姿に、普通のおかあさんの愛を感じました。これ、子どもが赤ちゃんだった頃にやった事あるお母さん、多いと思うなぁ。
「ステージママ=偏愛」という描き方ではなく、あくまで娘思いで、ちょっぴり正直すぎるお母さんとして描かれていたトコロが素晴らしいと思いました。


映像、キャスト、音楽のどれもが身震いするほど美しく、「表現」という芸術を生業にする者のプロ意識に打ちのめされると共に、恐ろしいまでの迫力でニナというダンサーを完成させた、ナタリー・ポートマンの完璧な演技に感動しました。

傑作です。


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『17歳の肖像』

2011年04月25日
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オマエも教育してやろうか!!


あらすじ・・・(※ ネタバレしていますよ)
やあこんにちは、あ、突然声かけちゃってゴメンねw いや、怪しいものじゃないよ、全然怪しくない。って否定したら益々怪しいよねw   いやね、キミが持ってるそのチェロがね、この雨で水浸しになってるのが忍びなくってさぁ・・ ・・あ、そう?乗せてもいい? じゃ、チェロだけね、いや、さすがに見ず知らずの車だし、キミみたいな可愛くて聡明そうな女子高生が乗ってくれるだなんて思って・・・ でもやっぱ雨脚強いからなー・・・  ・・あ、乗る?どうぞどうぞ!
そっかー、キミ、学校でオケに入ってるんだー、いやー、音楽っていいよねー。 ちなみに今はどんな曲を練習してるの? あ、エルガーかエルガーねーエルガーはちょっとさー、いいんだけどさー、曲にバーミンガムなまりを感じるんだよねー。特にあのクレッシェンドの使い方とか・・ あ、トコロでキミって演奏会とか行っちゃってるの?行ったコトないんだー、へー・・ あ、ここが家?あ、そう。 じゃ、まあね、いつか演奏会行けるといいね。うん。

アレ? あ、なんだキミか!こないだのチェロの子ね!いやー奇遇だねー! あ、ちょうどよかった!いや、実はさぁ、今度の週末演奏会行くんだけど、よかったらキミも一緒にどうかなーって思って。 あの、ぼくの友達も一緒だし。グループだし。 あ、行く? じゃあねー、演奏会の後でご飯も一緒に食べに行っちゃうとか、アリ? お父さんに聞かないとわからない?だよねー! そっかそっか、まぁとにかく週末迎えに行こっか。 いやー、ホントまた会えてよかったよ!

演奏会どうだった?よかった?ねえ、よかった? だよねー!いや、ぼくはさぁ、キミみたいな若くて吸収力がいい子をどんどん応援したいんだよね。 知識の層と書いて、知層。あ、なんでもないです。 あー、絵画ねー。絵画もいいよねー。 ちなみにキミは誰の絵が好き? あーバーン・ジョーンズねー! 知ってる知ってる、バンジョのコトね。 ・・ああ、業界ではね、バンジョって呼んでるムキもあるんだよねー・・。 うーん、そうだねー、彼はどっちかというとアレ派のアレだよねー・・  そうそう、ラファエル前派ね!今言おうと思ったんだけどねw へー、他にもロセッティも好きなんだー。いやー、いい趣味してるわー見る眼あるわー。まぁぼくも若い頃ははまってたクチでさーw なんだかキミとぼくって似てるのかもしれないね!

ね! だから言ったでしょ? お父さんなら大丈夫だって! 超ウケるよねー!C・S・ルイスの名前出すだけでお泊り旅行オッケーとかww いや、嘘も方便って言うけどさーw お父さん、すごく素直な人なんだよきっとww いやー、それにしても充実した一日だったよねー。やっぱグループ旅行は健全でいいよね。 ・・あ、ここぼくらの部屋ね。いや、ほら、もちろん女同士の部屋っていうのも考えたんだけど、彼らも二人きりでゆっくりしたかったんじゃないかなーと思ってさー・・。 じゃあ、まぁ、ぼくらも、ゆっくりしてみる?どう? ・・あー、うんうん、わかるよ。 キミの言うコトは全て正しいよ。 ホント、まだ16歳なんだし、純潔っていうものは大切にしないとね・・うん・・クレバーな選択。ぼくも大賛成。  よし、わかった。 エッチはなしね。  エッチはなし。 エッチはなしなんだけど、せっかくのロマンティックな夜だから、ちょっとだけ見せて? え!いいの?!ありがとう!  あー・・・キレイだよ・・ぼくのミニーちゃん・・・  ・・え?「ミニーちゃん」ってほら、・・ミニー・・ミ、ミニーマウスってことだよ?  じゃ、じゃあさ、ぼくのコトは「バブラブ」って呼んでくれる? ちがうちがう!デイヴィッドじゃなくて!「バブラブ」で! ・・WOO・・イイヨー・・

いやー、いよいよ明日はパリ旅行だねー。 今回もお父さん、すんなり説得できてよかったねーw ぼく、そんなに信用あるのかなーw  ああ、どう?この部屋?今回はちょっと奮発してスイートルームを取ってみました! なにせほら、キミも無事、17歳になったことだし・・ もう、大人の仲間入りだよね・・ ・・だから・・ほら・・わかるでしょ・・? ・・大丈夫、痛くしないから・・ 怖くないよ・・ え?緊張する? ・・あ、いい事考えた! 試しにコレちょっと入れてみるってのはどう? このバナナを。    いやいやいやちがうちがう!そういうんじゃなくて! ほら、形も堅さも同じくらいだから・・いや、ぼくのがもうちょっと太くて長いけd・・いやいやいやゴメン!うそうそ! 冗談だってば! 入れないってばー!果物で処女消失なんてシャレになんなんじゃーん!わかってるってー! そうだね、やっぱ明日にとっとこうね、大切な初夜だもんね、パリに行くまでとっとこう。 フウ・・。

ぼくら付き合いだして、もう何ヶ月経ったっけ・・? まだ1年も過ぎていないんだね・・ でも、ぼくらはもうお互いの存在なしでは生きてゆけない・・。 ぼくはキミの知性や、キミの美しさや、キミの何もかもをぼくだけのモノにしたいんだ・・ ねぇ・・いいだろ・・? ぼくと結婚してくれないか・・?  いいの?! あ、うそ!やったー!  ・・あ、でも、学校は・・ あ、やめるの?ていうかもうやめてきたの? ああ・・そう・・じゃ、受験するって言ってたオックスフォード大学は・・ あ、もうどうでもいいの? ふ、ふーん・・ いや、うれしいよ!ありがとう!キミの決意は無駄にしないよ! それじゃあ、お父さんやお母さんも賛成してくれてる事だし、みんなでお祝いのディナーにでも行きますか! レッツドライブ! 

・・え?何?ダ、ダッシュボード開けちゃったの? ・・あ・・そんで見ちゃったの・・ いやー・・マジでか・・・ うーん、ちがうんだけどさー、ちがうんだけど、全然そういうんじゃないんだけど、まぁ、確かに法的に妻がいるかいないかって聞かれれば、いるような状態と思われる可能性も無きにしも非ずなんだけど・・  ごめんごめんごめん怒らないですみませんごめんなさい・・ ・・はい・・ ・・そうですね・・ いや!妻には・・!  ・・ああ・・ご両親に説明ね・・ うん・・もちろんまた日を改めてきちんと・・ えっ・・今? いやー・・それはどうだろうか・・ あ、はい、ごめんなさい・・ ごめんなさい・・  あ、お腹痛い・・イタタタタ・・・ ごめんね・・今日のトコロはお腹が痛いので・・ほんと・・ほんとごめん・・サ ヨ ナ ラ ・・・

彼女との辛い別れから早数ヶ月。
一時期はぼくを探して、ぼくの友人の家に押しかけたりしていたらしい彼女ですが、今では学校にも復学し、オックスフォードの受験にも無事合格したと、風の便りに聞きました・・。
なぜこんな事になってしまったのか・・ 今でも悔やまれてなりません。 
ただ、ぼくは真剣に彼女のことを愛していたし、今でも大切に思っています。それは、嘘偽りの無い気持ちです。
ぼくはこれからもずっと、彼女との美しい思い出を忘れない。 
彼女にもどうか、幸せな人生が訪れますように・・・。



『17歳の肖像』は、男たちの夢とロマンの結晶なのか?

観終わった瞬間、この映画は「男性目線で見た理想の恋の終わり方」なんじゃないかと思ったのですよね。
というか、「理想の捨て方」であると。
なにせ、自分が熱烈に恋をして、恋された女の子が、
①大切なモノを捧げてくれて、
②思う存分愛を語り合って、
③ずぶずぶになるまで恋愛に浸って、
④でもって、都合が悪くなったら華麗に逃げて、
⑤その後も特に女の子から直接被害を被る訳でもなく、割りと潔く身を引いてくれて、
⑥で、その女の子も無事立ち直って新たな人生を歩んでくれますからねぇ。 
恋愛というのは、このように後腐れなく終わるパターンも無くはないのですが、多くの場合泥沼化するものなのではないかと思いまして。(片方が想いを残している場合はなおさら)
ストーカー化したり、訴訟沙汰になったり、罵詈雑言の地獄絵図になるコトも、決して珍しくはない。

本作のゲス男・デイヴィッドは、既婚者である事がバレた途端、そそくさを修羅場から立ち去り、関係者の家も避け、直接対決に至らないよう上手に逃げ回ります。 
しかし、それに対し、まんまとダマされていた女子高生・ジェニーは、一度だけ勢い余ってデイヴィッドの家を覗きに行くものの、その後は粘着するコトもなく、「してやられた」という現実を冷静に受け止めて、早々に人生を再スタートします。
現実だったらこうは行かないですからね! 
「会社にバラすからね!」とか「あかちゃん・・できたみたい・・」とか「ご主人は私の方がすきだと言ってました!だから別れてください!」とか「とにかくわたしは彼のそばから離れませんから!」とか言っちゃって家に上がり込んじゃって仕舞いには奇妙な同居生活まで始まっちゃって、ホント針のむしろ生活到来ですよご主人。どうしますかご主人。

と言う訳で、てっきり「男の人が夢想した後腐れないラブ・アフェア」なんだと思って観ていたのでした。
そしたらなんと、本作は実在する女性ジャーナリストの自叙伝を映画化したものだ、というではないですか! 衝撃の展開!

で、それを知った上で改めて考えてみると、確かにこのJKの落ち着きようは、女性によく見られる特性なのかもなぁ・・と思ったのですよね。

「初めての経験」は神聖なもの。 
若い頃はみなそんな風に思いがちなものですが、では実際に「初めての経験」が「キレイなままの大切な思い出」という人がどれくらい存在するのか。
これはあくまでアガサが知っている範囲の話ですが、結構「今思えば、なんであんな男と・・・ギリギリ(←歯を噛み締める音)」という人の方が多いものなのではないか、と。 
もちろん、実際にそれを経験した頃というのは、脳みそが若干ユルくなっている年頃ですので「あたい・・この人なら・・」っつってボワワーンっつって色んなモノが麻痺していただけで、別にイヤイヤという訳ではないのですが。
「何某かの熱病に冒されていたかのようになんとなく喪失した」という女の人って、男の人が思っているよりもずっと多いと思います。
そして、それを「私は穢されてしまった」と思う人よりも「今思えば不本意だけど、ま、しょうがないか。過去は過去だよ」と思える人の方が多いような気がするのですよね。 本作のジェニーのように。

女の人というのは生まれつき、自分が経験した「あまりたのしくない経験」を無かったことにして立ち直る、強靭な精神力を兼ね備えているのですよきっと。
体の構造上の問題とか、性別が持つ役割上の問題とか、そういう太古から脈々と受け継がれているモノに潰されない為に、遺伝子レベルで組み込まれているのではないでしょうか。
いや、全員がそうだとは言いませんよ。中には心を破壊されてしまう女の人もいるでしょう。
ただ、やはり女の人は強い。 逞しい。 儚いけれど、何度でも立ち上がる力を持っている。
女性ばんざい。 ジェニーばんざい。 あと、デイヴィッドはハゲろ。

原題の『An Education』が示すように、人生にとって非常に貴重な指導を受けたジェニー。
その教えを無駄にするか活かすかは、全て自分次第なのだというコトをしっかり教えてくれたラストは、観る人にとっても、有り難い教示になったのではないでしょうか。

それから、教育といえば本作に登場するジェニーの担任・スタッブズ女史。
ケンブリッジを卒業し、将来有望な少女たちを指導する道を選んだスタッブズ先生のことを、艶やかな恋に浮かれるジェニーは「オールドミス」と見下し、「何の面白味も無い無意味な人生」と貶します。
そして大方の予想通り、ボロ雑巾の如く捨てられたのち、学生生活に復帰することを望んだ時、躊躇いつつスタッブズ先生の家の門を叩くのですが、そこで先生の家が自分の理想そのままである事を知り、衝撃を受けます。
知性に溢れ、品がよく、シンプルで心地よい部屋。
軽蔑していた自分の愚かさに気付き、心から助けを請うジェニーに、スタッブズ先生は一言「その言葉を待っていたのよ」とつぶやきます。
教育というものは、教師ひとりでは出来ないのだ、と。
教える側と教わる側の双方が本気になって、初めて成果が生まれるのだ、と。
改めて思い知らされる、とても美しいシーンでした。

本作には他にも素晴らしいシーンがあります。
中年に捨てられて落ち込むジェニーの部屋を訪ねた父親が、悪党と見抜けなかった自分を責め陳謝している時、ジェニーはドア越しに聞こえる父親の弱弱しい声に嗚咽してしまうのですよね。
確かにこの父親は、学歴コンプレックスやら虚栄心やらの塊で、口八丁手八丁のデイヴィッドにコロリと懐柔されてしまうのですが、娘に対してはいつも自信満々で、弱気なトコロを見せたことなどありませんでした。 それは、父親としての威厳であり、プライドだったと思うのです。バカなプライドですけどね。
そんな父が、娘を前に、素直に非を認め謝罪する。 自分の狭小さを自嘲気味に話す。
ジェニーは、それを聞いた時、自分の愚かさが父親の最後の砦をぶち壊してしまった事を知り、そして思い切り泣くのです。
すれ違ってばかりだった父と娘が、ようやく心を通わせるこのシーンは、とても素晴らしかったと思います。
代償は少なくなかったけど、オールオッケーでよかったよ!


それにしても、デイヴォッドのアレやコレといった手口ときたら、どれも「中身の薄っぺらさ」が透けて見えるようなありきたりなやり方ばっかりで、いくらJKとは言え、ジェニーおまえマジでもうちょっとしっかりしろよ!と喝を飛ばしたくなってしょうがありませんでした。
「知性溢れる大人の魅力」っつっても、よく見てたらデイヴィッド全然大した知識披露してないからね!
エルガーうんぬんの事くらいで、あとの絵画の薀蓄とか色々なのは、デイヴィッドの友達のダニーだから殆ど! デイヴィッドはさも「オレ知ってるよ」的なしたり顔で頷いてるだけ!
実は違法スレスレ(というかアウトのもある)な商売を生業にしている、という点も、早い段階で明らかになるのに華麗にスルーするジェニー。 おい!それは「大人の知的な魅力」って言わないだろ!落ち着いてよく考えろ!
しかし、そんなこんなも「ミニーちゃんプレイ」と「バナナプレイ」に比べればかわいいものですけどね! 処女相手にバナナプレイっておまえどんだけヘンタイやねん!!! 
あと、処女じゃなくても、付き合い始めて初めてのナニでバナナ持ち出してきたらしばき倒しますからね!ぼくは!


少なくともジェニーは、「ベッドに入った途端へんなあだ名を強要する」男や「料理をしないのにきゅうりやナスやバナナを常備している」男は要注意だというコトは、しっかと肝に銘じたことでしょうから、ホントいい人生勉強になったと思いますよ! 
全国のみんなも気をつけようね!

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『ザカリーに捧ぐ』

2011年02月09日
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ザカリーという赤ちゃんがいた。
世界で一番幸せで、世界で一番不幸な赤ちゃんだった。
アンドリューという息子がいた。
沢山の人に愛を与え、沢山の人から愛を返され、ただ一人の愛によって命を絶たれた。
シャーリーというモンスターがいた。
誰からも愛されず、誰も愛せず、自分だけを愛して、そして、消えて行った。


映画評論家の町山智浩さんとタレントの松嶋尚美さんが、日本未公開の優れた海外ドキュメンタリー映画を紹介する、「松嶋×町山 未公開映画を観るTV」がDVD化されたということで、その中の1本『ザカリーに捧ぐ』を鑑賞しました。

ここに映し出される事件は、過去にフジテレビの「奇跡体験!アンビリバボー」などで紹介されたことがあるので、ご存知の方も多いのではないかと思います。
アメリカ人男性・アンドリュー・バッグビィさんが、元カノのシャーリー・ターナーさんにストーキングされた挙句撃たれ、命を失う。その後、逮捕されたシャーリーさんのお腹にはアンドリューさんとの子どもがいることが発覚。悲しみと怒りに包まれたバッグビィ夫妻の、息子を殺した女との地獄の日々が始まる・・・。
という内容なのですが、その悲惨極まりないラストも含め、今まで作られて来たどんなドラマよりも後味の悪い、トラウマムービーとなっておりました。 
鑑賞後に待ち受けているのは、果てしない嗚咽と憎悪のみですよ。 奥さん要注意ですよ。

日本でも度々問題とされている、“被害者よりも加害者の人権が重視される”という傾向は、この一連の悲劇の舞台となったカナダでもかなり強くうかがえるようで、疑う余地もないほどマックロな殺人犯であるシャーリーが、まあ確かに殺したんだろうけど、殺したい人はもう殺しちゃったんだから、他に危害は与えないでしょと見なされ、保釈されてしまいます。
日本の斜め上を行く超絶展開ですねこれ。
そして、そんな最中に妊娠が発覚したシャーリーから、かわいい孫を取り戻さんと、バッグビィ夫妻は家財道具一切合財を売り払いカナダに移住。
シャーリーを、そもそもの殺人現場であるアメリカへ送還する為の手続きと平行して、生まれ来る赤ちゃんの親権を勝ち取る為の民事訴訟を始めますが、これがまた遅々として進まない。
のんびりしているうちに生まれ、ザカリーと名付けられた赤ちゃん。
すると今度は、このザカリーを盾に、シャーリーから夫妻へ無理難題が押し付けられるコトに・・。

想像し得る、ありとあらゆる最悪のパターンの、常に上を、上をと、FUKOゲージが満タンになる程押し寄せる不幸のつるべ打ち。
しかもそれらを率先して展開させているのが、すべてお国の司法制度という。
一体、何をどう解釈したら、殺人犯を野放しにして、殺害相手の赤ちゃんと共に生活させるという結論を導き出せるのか、さっぱり判らないのですが、それがカナダの法であり、加害者の人権を尊重するというコトなのでしょうね。 
日本もそうなのですが、この加害者の人権というものを目の当たりにする度、誰の為の法なのかが時々わからなくなってしまいます。 
一番苦しんだのは被害者で、一番尊重されるべきなのも被害者なんだと思っていたのですけどね。 
間違ってたら誰か訂正してください。 
ぼくにはもうよくわかりません。

愛する一人息子を亡くした老夫婦は、奇跡的に残された息子の生きた証を守るため、世界で一番憎い女の傍で、彼女のご機嫌を損ねないように、彼女の生活を支えて行く事を決意します。

できません。
もう、普通の精神状態ではできませんて。
なぜ夫妻が、一番簡単な方法、つまり、「女を殺して赤ちゃんを取り戻す」という方法を取らなかったのか。という理由は、作中彼らの口から語られるのですが、それを聞くとより一層やるせなさが募り、やり場の無い怒りに我を失ってしまいそうになります。
なんかもうバカ!カナダのえらい人全員バカ!!!

鋼のような精神力で、か弱きものの為に辛酸を全力で舐め続ける夫婦の姿を見て、強さ、というものは、殴る事が出来る強さではないのだ。と改めて感じました。
強さ、というものは、殴らない強さなんだと。 拳ではなく、心の強さなんだと。
そして人は、際限なく強くされるものなのだと。
信じあえる誰かと支えあうことで、いくらでも強くなれるのだと。そう思い知らされたような気がします。

もしもバッグビィ夫妻が2人でなければ、ここまでの地獄に耐える事は出来なかっただろうし、もしも夫妻を慕い共に涙してくれる人々が居なければ、再び前を向いて歩き始める事も出来なかったでしょう。

そう、それらを何も持たなかったシャーリーが、地獄の中から這い出る事が出来なかったように。

本作は非常に優れたドキュメンタリーであると共に、非常に公平性に欠けたドキュメンタリーでもあります。
『ザカリーに捧ぐ』と銘打たれた時点で、ザカリー、つまりアンドリュー寄りの視点で切り取られている事は明らかであり、そこを「フェアじゃない」「ずるいぞ」「ブーブー」というのはそれこそお門違いない意見だというコトは判っておりますが、やはりどこか歪んだ印象を受けてしまいます。(アガサの性格が捻じ曲がっているからでしょうが)
シャーリーは徹底して“モンスター”として描かれており、あえて、その生い立ちにも、その半生にも、その心に渦巻くどろどろとした澱みにも触れられることはありません。
ただ、彼女のモンスター(=危険人物)たる言動や、アンドリューよりも10歳以上年上の40女というコトや、アンドリューに出会う前に既に3人の子どもを生んでいるというコトが端的に語られるだけ。
そして、「彼とは遊びだったの」「彼の事を深く愛していたの」「将来のことなんてお互い考えてなかったわ」と、聴取のたびにコロコロ変わる言葉と、真意の見えない笑顔の写真が不気味そうに挟み込まれるだけ。

どうして彼女は、ザカリーと共に人生を終わらせたのか。
どうして、それまでに生んだ3人の子どもと同じように、育児を放棄し、自分ひとりで新たな愛探しの旅に出かけなかったのか。
夫妻の電話機に残されている彼女の肉声が、「ザカリーを愛しているの」と涙ながらに訴える彼女の言葉が、演技だったのか本音だったのかは誰にもわかりません。
なぜなら彼女はもうこの世にいないし、彼女がこの世に残したのは、どれだけ沢山の笑顔でも上書きされない程の憎しみだけだから。 あまりに憎まれすぎて、その言葉が持つ本当の響きなど判らなくなっているから。

本作に対する、唯一にして最大の不満点はそこなのですが、先程も書いたように、それが(製作者の切り取り方次第というのが)ドキュメンタリーというものですし、また皮肉なことに、バッグビィ家の絆や誠実さを力強く描けば描くほど、その裏で、コントロールを失いもんどりうって暴れているモンスターの姿が色濃く浮かび上がってくるという結果になってしまっていますので、やはり公平といえば公平なのかなぁ・・という気もします。
とにかく、この世に実際に存在した恐ろしいモンスターと、それを生んだ司法制度と、それらに立ち向かう勇気ある人々の姿が存分に詰め込まれた力作です。

とりあえず、悪いのは全部カナダなんだと思うよ!!Blame Canada!!


※ というのはもちろん冗談で、「カナダの司法制度だけが悪い」「モンスターを野放しにした社会が悪い」というのではなく、どこの国にも共通する悲劇としてきちんと受け止めなきゃならない事だと思います。 誰がモンスターになるかなんて判らないし、誰だってモンスターになりうるんだし、悲劇はいつだって、自分のトコロだけすり抜けて行ってくれる訳なんて無いのだから。
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『ソーシャル・ネットワーク』

2011年02月01日
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(※ ラストに触れずには、感想を書く事が出来なかったので、ネタバレ配慮なしの内容になっております。 出来れば、本編をご覧になった後で読んで頂けるとうれしいです。)




あらすじ・・・
なんだよなんだよボート部がそんなにエライのかよ。
アカペラ部はウケないのかよ。
ホントはおっぱいちっちゃいクセに。
くそうくそう。酒飲むぞ今日は酒飲むぞ。ぎゃふんと言わせてやりたい。なんだなんだ。どうするどうする。
そうだうちの学校の女子をランク付けしてやろう。大した女じゃないってわからせてやろう恥をかかせてやろう。
よしやるぞ。データを取り込んでプログラムを書いてなんだ楽勝じゃんセキュリティ甘いなうちの学校。
たのしいたのしい。のってきたぞ超のってきた。
よしみんな食いついてきた。やっぱりな。ウケると思ったんだ。どんどん伸びるぞどんどん伸びるぞどうだどうだ。落ちた?そっか落ちたか。4時間でサーバーダウンなら上出来だな。トータルアクセスは? 2万2千?よしよし。
なに怒ってるの? あんな穴だらけのセキュリティ、すぐハッキング出来るに決まってるじゃん。それよりすごいでしょ。2万2千もアクセスあったんだよ。なんだよもうめんどくさいよ。怒らなくてもいいじゃん。処分ね。うんわかったわかった。じゃその間にまた新しいサイトでもつくっとくか。
え?誰? こないだのランク付けの件を見た? で?話? いいよ興味ない。 え?ボート部なの?ボート部かぁ。ボート部ねぇ。おっぱいちっちゃいクセに。
いいよいいよ。話聞くよ。なに?用件は何?うちの学校内に会員専用のコミュニティサイトを作りたいの?ふーん。コミュニティサイトかぁ。いいよ。コミュニティサイトね。
ハーバード内の出会い系コミュニティサイトなんてくだらないよ。何言ってんだか。ボート部おっぱいドイツ人。
そんなくだらないツールじゃなく、もっと大きなコミュニケーション・ツールにすればいいんだよ。そしたらみんな使いたがるに決まってる。
よし、やるか。おもしろい。これはおもしろい。絶対ウケる。 コード、コード、お金がいるなぁ。お金持ってるのは、エデュアルドだな。よし、出資してもらって一緒にサイトを立ち上げよう。
どんどんアイディアが湧いてくるぞ。みんなが使いたくなるツールにするんだ。スタイリッシュでクールなコミュニケーション・ツールにするんだ。
どんどん会員が増えてるの?そっか。やったね。 あ、待って。あそこにいるの彼女じゃんか。ちょっと聞いて。いや、あの時のことじゃなくて。君のおっぱいのことじゃなくて。オレ、フェイスブック。作ったのオレ。え?知らないの?いやまさか。だって学校中みんなやってるよ。いや、おっぱいのことはどうでもいいんだよ。フェイスブックの話を聞いてよ。
怒ってた。彼女まだ怒ってた。なんでだよ。オレ、フェイスブック作ったのに、なんで褒めてくれないの。すごいじゃん。
よしわかったよ。もっともっと広げるよ。世界中の人が繋がるようなサイトにするよ。
あー、お金だな。たしかにお金はいるよな。でも、広告とかはかっこわるいじゃん。みんな無料だから使うんだよ。広告が載ってたり課金制度にしちゃったりしたら、しらけちゃうよみんな。そんなもんだよ。わかってないな。エデュアルドわかってない。
え?行くの?スポンサー探しに行くの?お金は必要だけどさ。座ってるだけでいいの?わかったよ、共同創設者だもんな。行くよ。
あー退屈。なに話してるのかさっぱりわからない。ていうかどうでもいい。このおじさんも興味なさそうじゃん。エラそうじゃん。それにでかいな。ほっぺた下がってるな。なんでほっぺたこんなに下がってるんだろう。ぷよんぷよんだよ。あー眠い。眠いよ。なんでオレこんなトコにいるの。眠い。ほっぺた。ほっぺた。
なんだよ。 なに怒ってるんだよ。一緒に行かなきゃダメだって言うからちゃんと来たじゃん。スポンサーと話できたんでしょ。いいじゃん、それで。
エデュアルドはちょっとアレだな。 スポンサーのことばっか考えすぎだな。そんなことよりフェイスブックの機能性をもっと高めないと。 人手もいるし。やること沢山あるじゃんか。 なんだよ。フェニックス・クラブに入れたからって威張ってるのかよ。そんなにエラいのかよ。エデュアルドがこんな複雑なプログラム書けるか?書けないよ。どうでもいいよ。フェニックス・クラブなんてどうでもいい。 オレのフェイスブックの方がみんなに求められてるし。
今日会うのはアレでしょ。ショーン・パーカーだ。ナップスターをつくった。 
ショーンは、わかってるんだよなぁ。 そう。オレが思ってることと同じこと言ってる。エデュアルドは創り出す側じゃないからわからないんだよ。フェイスブックのあるべき姿をより具体的に見通せてるのはショーンなんだよ。ああ、でもなんだろう。ショーンが連れてくる女の子はどうでもいい。耳がくわんくわんなる音楽もどうでもいい。 そういうんじゃないんだ。ショーンはわかってるし、目指す場所も同じなのかなぁと思うんだけど、そうじゃない。オレのフェイスブックはそうじゃないんだよ。
ああもっと良くしたいんだ。オレのフェイスブック。いくらでも良くできる。人手だ、人手が足りない。もっともっと。エデュアルドのことはいいよ。ほら、研修か、アレに行ってるんだし。やることは沢山あるんだ。やること。フェイスブックを。もっとフェイスブックを。

いや、訴訟を起こされてるのはわかったよ。だからなに? フェイスブックは盗んでないよ。オレがつくったんだよ。悔しかったらもっとすごいサイト作ればいいじゃん。あーめんどくさい。あー聞きたくない。同じ話ばっかりもういいよ。蛍光灯。蛍光灯の光。光。え?悪いってなにが? 今の話聞いてたか?聞いてないよ。 聞かなきゃダメなの?
エデュアルドからも訴えられてるんでしょ。それはいいよ。わかってるってば。うん。わかってるけどさ。 あの弁護士さん、ホントよく喋るよなぁ。口がパクパクパクパク動いてるよ。パクパクパクパク。 ちがうよ。エデュアルドをわざと罠にはめようとなんてしてないよ。でもさ、エデュアルドは口座を凍結したんだよ。オレのフェイスブックが、息の根を止められそうになったんだ。 オレたちの? 

あなたは悪い人じゃない、ただ、そう思われるように振舞ってるだけだ?  なにを言ってるんだろう? オレはなにも悪いことはしてないし、振舞うって何が? なんだろう。 
フェイスブックでみんな繋がってるんだ。 ぼくがつくったんだ。 褒めてくれてもいいじゃないか。 もう、みんな一人じゃないんだから。 
ひとりじゃない。 
だけど。 
なんでだろう。 
なんでだろうか。



マークは悪くないよ! 悪いのは高慢ちきな双子と思い上がりの激しい先輩と勘違い甚だしい友達だよ!

悪い事をした子どもを叱った時、素直に「ごめんなさい」と謝る子どもは少ないと思います。
多くの子どもは自分を正当化し、他人のせいにし、しまいには「あーあー聞こえないー」とばかりに現実逃避する事すらあります。 というか、うちはそうです。 とても残念です。
本作の主人公・マークも、何から何まで良くも悪くも本当に子どもじみていて、思いついたことは後先深く考えずにすぐ行動し、その結果がマズイことになったら自分を正当化し、ホントはちょっとバツが悪かったりもするんだけどそれを認めず、「なんで怒るばっかするのさ!褒めてくれたっていいじゃんか!」と不条理な逆ギレに転じます。
なんかもう、抱きしめたくなっちゃいましたよ!ぼかあ!!(身近なちっちゃい人に似すぎていて)

本作が実在する人物や事柄に基づいて作られた創造物だというコトは周知のとおりですが、アガサはフェイスブックはもとより、その創設者であるマーク・ザッカーバーグさんのこともよく判りません。
ですので、あくまで“創作物”である本作のみに対する印象であり、感想である事を、予めお断りしておきます。

その上で。

マークは、そのあまりの“空気の読めなさ”や“話のかみ合わなさ”や“天才っぷり”から、アスペスガーなのではないか、という見方があるようなのですが、アスペかどうかというのは、あまり重要ではないと思うのですよね。
というか、アガサはそもそも、“自由度の高い子ども”にむやみに診断名をつけたがることに、あまり意味があるとは思っていなくてですね。
いや、もちろん、「なんでうちはこんなに自由すぎるの・・・」「なんで他の子みたいに普通のコミュニケーションがとれないの・・・」と思い悩む保護者のみなさんにとっては「そっか!病気だったのか!ただの癇癪もちな訳じゃなかったんだ!」という安心(納得)材料になりますし、その子にあった療育を受けさせたり、必要な薬を処方してもらう事も出来ますので、とても大きな意味を持つのですが、でもこれ本人にとっては意味なんてないんですよね。

診断名がつこうがつくまいが、日々の生活に苦痛を感じたり、なぜか怒り出すクラスメイトに困惑したり、不当な眼差しに心傷付いたりする現実は変わらない。
本当に大切なのは、療育でも薬でもなく、理解してあげること。
その子の中の“他の人とは違うテンポ”を理解してあげて、歩調を合わせてあげることなんじゃないかと。

マークがアスペルガーなのかどうかはわかりません。
まぁ、アガサの勝手な印象だと、面白いくらい身近なかわいこちゃんにそっくりなトコロがありますので、かなり際どいラインなのではないかと思いますがw
冒頭での、彼女とのズレまくっている会話シーンだけで、もうなんだか親近感や既視感や妙な母性本能がじわじわ湧いてきて思わず笑ってしまいました。
「聞かれたから答えたのにもう聞いてないんでやんの」とか「おい!さっきの話どこ行ったんだよ!」とか「いやいやいや・・それもうちょっとオブラートに包もうよ」みたいなちぐはぐな感じ、ありますよねー。ですよねー。

それはともかく。
そういう空気の読めなさだとか、致命的なコミュニケーション能力不足だとかは、アスペルガーの患者さんに限ったことではなく、誰にだってありうることなんじゃないかと。
基本的に、誰だって自分が一番なわけで。 
自分の気持ちをわかって欲しい、自分のことを評価してほしい、自分の言い分を聞いて欲しい、自分、じぶん、ジブン・・・。
これって、特に性格に問題があるとかではなく、本能的なものだと思うのです。
相手を理解しようとする前に、自分を理解してほしい。 だから人生には頻繁に、心のズレやボタンの掛け違いが起こり得るのではないでしょうか。
ほんのちょっと、「なんで相手はこんなことを言うんだろう」とか「この一言で相手はどんな気持ちになるだろう」とか思うだけで違ってくると思うのですけどね。

確かにマークはちょっと変わっています。
絡みづらいタイプであることは否めない。
ただ、訴える前にもうちょっとできる事があったのではないか、と。
ほとんど付き合いのなかった双子たちはともかく、“親友”として付き合ってきたエデュアルドまでが、マークの幼稚さに気付いていなかったなんて事があるのだろうか、と。
仲間はずれにされた。 役立たずみたいに扱われた。 そんな単純な怒りに身をまかし、我が我が、ばかりでマークを責め立てるエデュアルドを観ていると、「そりゃないよー・・・」と切ない気持ちになってしまいました。
せめて君くらいは、理解してあげて欲しかったよ・・。身近にいたんだしさぁ・・。

ま、それに、実際問題エデュアルド大して役に立ってなかったですしね! その働きで6億ドルとかおまえ調子のってんじゃねえぞ!

人と繋がるのは難しい。
マークは、他人にどう言葉をかければいいのか判らず、どう接すれば怒られないのか判らず、ひたすら困惑していたのでははないかなぁ・・と思います。
だから、直接ではなく、ディスプレイの中で誰かと気軽に繋がれるツールをつくろうと思ったのではないでしょうか。
そして、それを求めていた人も多かった。
だってみんながみんな、見知らぬ誰かに気さくに話しかけたり、上手に交流できるわけじゃないから。
もちろん、その両方とも可能という人だって、そんなツールを求めていた。
とにかくみんな、誰かとどこかで繋がっていたいんですよね、きっと。

どこまでも不器用で、どこまでも子どもじみたマークは、結局誰にも理解してもらえず、誰も理解することができず、世界と繋がっているはずのフェイスブックを静かに開きます。
でも、心はどこにも繋がっていない。
なんという孤独。 
そんなマークを照らす、とてもかすかな光。 一生自分を許してくれないと思っていた、自分が創ったフェイスブックには入ってくれる訳がないと思っていた彼女が、フェイスブックに登録していたという事実。
もしかしたら、ただ単に流行りにのって登録したのかもしれないし、本当にマークを認めたから登録したのかもしれない。それはわかりません。
しかし、マークはそんな彼女のアカウントに友達申請のメールを送り、ただひたすらに、更新ボタンを押し続けます。

彼女からの許可メールが画面に映し出されるのを待っているかのように。

繋がっているのかどうか、確かめるかのように。

自分が、誰かと繋がっているのかを確かめるように。


世界中のパソコンの前に佇む、たくさんの“マーク”を思うと、なぜだか涙がとまりませんでした。
その“マーク”の中には、私も居るからなのかもしれないですけどね。 オッス、おら自分だいすき!

先程も書いたように、マークがアスペルガーなのかどうかはわかりません。
衝動的なだけではない、冷静な行動もとっているように見えますので、やはりギリギリのライン程度なのかもしれませんね。
私たちが大切にすべきなのは、世界と繋がるツールではなく、それが持つ可能性なのではないかと思います。
世界中のみんなと、知らない誰かと、身近な誰かと、色々な垣根を越えて理解しあえるという可能性。

洪水のように流れるセリフの数々と、それとは対照的に静かな映像。
その両方ともが同じように、雄弁に語りかけてくるのが素晴らしかったです。 
(女の子を比べるサイトを創る時や、ショーンに連れて行かれたクラブなど、明らかに“これ、マークの耳には何も音が入って来ていないんだろうなぁ”と思わせる画が作られていて、すごいなぁ、と衝撃を受けました)
ただの会話劇でも、ただのいけすかない天才の話でも、ただの青春の光と影でもなく、とても優れた人間ドラマだと思いました。


傑作です。
 
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『Raging Phoenix』 その他の出来事。

2011年01月17日
■ 1月9日

先日誕生日を迎えたので、記念にインラインスケートを購入しました。
もともとスケートがすきでしたので、コレを機会にエッキススポーツ的なアレを開拓して行こうかと。
せっかくだから、みんなで一緒にスケート靴を買おう、と、ちびっこを勧誘してみたのですが、100%の力で拒否された母。
聞いてみると、彼女たちのお気に入りは一輪車とキックスケーターとのことでしたので、そこはもう自主性という名のお年玉収入にお任せする事に。
各々が希望のアイテムを手にしたトコロで、郊外のリンクに行き、思い切り滑走してきました。

気分はエレン・ペイジ師匠!

(↓ ※風の音がうるさいです)




2日後、ギックリ腰になりました。


蓄積された疲労に打ち勝てなくなってきた38歳の冬です。


■ 1月14日

『Raging Phoenix』鑑賞。

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『チョコレート・ファイター』で、世界中の男子中学生(魂的な意味も含めて)のハートを鷲づかみにしたジージャー・ヤーニンさんの主演映画第2弾。
残念ながら、日本では2010年に大阪アジアン映画祭で上映されたっきり、公開の目処は立っていない模様。 
ドニーさんの作品といい、こういう見応えのあるアクション映画が日本に入ってこないという現状は、非常に悲しい限りですね! あれですか?エグザイルの誰かが出てたら公開してもらえますか? 限りなくエグザイルっぽい人とか出てきていましたけど、それじゃあダメですか?ホントもうほぼマキダイみたいなテイストでしたけど。ダメですか。そうですか。

アガサがとある方のご厚意で鑑賞させて頂いたのは、原語オンリー(タイ語)のDVDでしたので、会話が全く理解出来ない、という制約はあったものの、もともとがとてもわかりやすいストーリーだった為(たぶん)ストレスなく物語に没入する事が出来ました。

ジージャーさんが扮するヒロインは孤独な少女。
バンドでドラムを担当していたのですが、ある日ライブハウスに彼氏が他の女性を連れてきていたのを見てしまい、スティックを放り投げて襲い掛かってしまった事でメンバーを外されてしまいます。
失意の中で一人飲んだくれるジージャーさん。
そんな彼女が人さらい集団に拉致されそうになった時、どこからともなく現われた一人の男性・サニムさん。
ブレイクダンスのステップを華麗に取り入れた技の数々で、沢山の武装チンピラどもをあっという間に倒してしまいます。
その後、彼と、彼の仲間と共に過ごすうち、ジージャーさんも彼らの技を伝授してもらっちゃおうか、という運びとなり、かくしてサニムさんによる厳しい特訓が始まります。
彼らの武術のコツは、お酒を飲んで暴れる気持ちを解放する、というトコロにあるようで、毎日後ろ手に縛られ口にお酒を注ぐ込まれてしまうジージャーさん。 武術の前に肝臓をやられてしまわないかと手に汗握ってしまいました。 うん。どうせ握るなら違う汗がイイネ!

ドラムの経験があるくらいで、ごく普通の少女のように見えていたジージャーさんでしたが、脅威のアルコールパワーでメキメキと上達。

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(※高いトコロも平気に)

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(※こんなポーズや)

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(※こんなポーズまで出来るように! !出初式じゃないよ!! 武術だよ!)


あっという間に師範代レベルの戦闘力を身につけたジージャーさんは、功名心からか純粋な正義心からか、一人で人さらい組織に殴りこみ。 捕らえられていた女性たちを助け出します。
しかし、そんなスタンドプレーが敵の目についてしまったのか、サニムさんたちの隠れ家が敵に急襲され、ジージャーさんも大怪我を負うことに。
傷付いた体を引きずって、再度隠れ家を訪れたジージャーさんは、この一連の騒動の裏に隠されたサニムさんたちの真意を知り・・・。

いやあ、ホントさいこうな映画でした。
なんと言っても見所はジージャーさん。 可憐で、傷付き易くて、でもとんでもない底力を秘めた美少女・デューを、これでもかという程魅力的に演じていました。
言葉の壁に阻まれ、結局最後まで“なんでジージャーさんが人さらい組織に狙われていたのか?”という点がわからないままだったのですが、アレですよ、たぶんかわいかったからですよ。そりゃもふもふしたいさ! わかる、わかるぞ悪い組織!お前らの気持ちはよくわかる!

ジージャーさんを開発する特訓するサニムさんも、とても強くて、とても実直で、どことなく平井堅っぽいヒゲのいい男。 ちなみにヒゲを剃ったらアンガールズの田中っぽい。 むう・・・ヒゲか?・・ヒゲが明暗の分けドコロなのか・・・?!
クライマックスは、このサニムさんやその他の仲間たち(ミスターTをちっちゃくしたような人と、ラーメンズの片桐さんをあっさりさせたような人)とジージャーさんが協力して、敵の本拠地へと殴りこみを果すのですが、この敵がまた物凄く謎な組織でして。
とりあえず若い女性をさらってゆくのですよね。 まぁ、人身売買ですよね、基本ね。 ところが彼らの最終目的はお金みたいなチャチなモンじゃないのですよ。 なんだと思いますか?聞きたいですか?気になりますよね? 彼らの目的は・・ジャジャーン!若い女の子の涙だったのです!!おい! へ ん た い !!

いや、涙というかね、涙を集めたヤツを謎の機械で蒸留して出来上がった液体を嗅ぐというかなんというか・・ま、要するにへんたいですよ、へんたい。

しかもこの組織のリーダー、女囚アマゾネスみたいな褐色美人ときたもんだ。
美人だけどへんたい。 オレは今、確かな時代の足音を感じている・・・!

で、男どもが敵の中ボスとの死闘に倒れた後は、ジージャーさんの独壇場なわけでして、もうね、存分にご堪能あれ!と。 日頃の鬱憤をお晴らし召されい!と。 
鼻血上等、フルコンタクト上等のハードな闘いが繰り広げられる訳なのです。
どんなに痛めつけられても、どんなに絶望を味わっても、不屈の魂で立ち上がるジージャーさんの姿を見ていたら、きっと誰だって自然とこみ上げる熱い何かに突き動かされるはず。そしていつしか叫びだしているはず。 拳を握り締め、「ジージャーがんばれ! ジージャーがんばれ!!」と。

鞭のようにしなる脚。
抱え込んでからの怒涛の膝。
マウントからの殴打。
激しくも美しい闘いの有様に心震えました。
怒りや、悲しみや、慈しみを湛えた瞳でこちらを見据えるジージャーさんに打ち抜かれるのは、果たしてボディだけなのか? 否、ソウルも共に貫かれるに違いない。 ありがとう!すべてのボディアンドソウルにありがとう!!(何を言いたいのかよくわからなくなってきた)

若干ワイヤーが見え見えな部分や、CGが物語の質を下げてしまっている部分、音声さんのマイクが見切れちゃっている部分など、気になる点もあるのですが、まぁ、ご愛嬌ということで。
とても素晴らしい映画だったと思います。
早く公開(DVD発売だけでも)されるといいですね。


■ 1月15日

お好み焼きのキャベツを刻んでいたら、自分の指まで刻んでしまいました。

爪と身を一緒に、斜めにスライスしそうになり咄嗟にストップしたものの時既に遅し。
したたる血液。 踊る心臓。一瞬でその位置が指先に移動したかのように脈打ちます。
あわてて世帯主さまに電話をしたら、「丁度帰ろうとしてたトコだから止血だけして待て」との指示。
痛みは強いものの、意外と冷静な自分が居たため、携帯でツイッターに画像投稿したり、残りのキャベツを片手で刻みつつ世帯主さまの帰宅を待ちます。
いちおうちびっこのトコロに行き、「おかあさん指切っちゃったー!血がでたー!どうしようー!」と騒いでみせると、ちびっこたちは予想以上に慌て、「キャー!!」「ばんそこはってー!!」と右往左往。 
そっかー、すぐ絆創膏を用意しようとするのかー、いやあ、うちのこはえらいなぁ、と思いつつ聞いていると、
「ほら、ここに、ほら、ばんそこ」
「おねえちゃん、それスポンジボブのやつだよ」
「いいじゃんスポンジボブでも」
「えーでもえがついたやつじゃなくてもいいんじゃないの?」
「え?そう?」
と物凄く人としてちっちゃいやり取りをしていました。 おい!いもうと!!

この時点では、「あれ?もう血、止まってきてね?」と思っていたので、お好み焼きの仕込みを続けようとしていたわし。
その後帰宅した世帯主さまに「なんでまだキャベツ切っとんのじゃー!」と雷を落とされ、救急病院に連れて行ってもらいました。
爪と身をくっつける為、爪の横に麻酔薬を3本注入ののち、爪の上から縫合針をブスリと貫通させ、3針ほど縫って終了。 リアル「ぼっけえ きょうてえ」の出来上がりです。



年明け早々、映画運はいいのですが、体調面と精神面ではあまりいいことがないので、是非これを厄落としと思って、今後の生活を前向きに過ごしたいものですね。 なんつって無難にまとめてみます。 それではみなさん、またお会いしましょう。

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