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すきなスポーツ映画だけでいいです。

2011年11月24日
街中の装飾品が赤と緑で埋め尽くされて参りましたが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。 
わたしは、赤と緑をクリスマスのアレではなくシマシマセーターの人のアレだと思ってやり過ごすことにしたので、元気です。めっちゃ元気です。

さてさて、年末が近づいたという事はつまりどういう事かというと、こういうコトなんですよね。

スポーツ映画ベストテン - 男の魂に火をつけろ! ~スポーツ映画ベストテン受付中~ スポーツ映画ベストテン - 男の魂に火をつけろ! ~スポーツ映画ベストテン受付中~



と、言う訳で、一昨年の映画ゼロ年代ベストテン(ホラー篇)、昨年の続編映画ベストテン (ホラー篇)に引き続き、今年も 大人気ブログ・男の魂に火をつけろ!さまのベストテン企画にしれっと参加させて頂こうと思います。
今回はなんとスポーツ縛り!
おおよそ球技という球技に興味が湧かないアガサに、果たして10本もの運動映画を思い出す事が出来るのか?!
『デッドゾーン』は、広い意味でホッケー映画というコトにしちゃってもいいのか?!
そんな自問自答の末選んだ作品がこちら。


「わたしがすきなスポーツ映画・ベストテン」

ロッキー4_convert_20111124013503
1 『ロッキー4』 (ボクシング)

あるいは「雪山登山」という名の運動映画。

ロッキーシリーズの中で一番すきなのがこの4作目。
「リビニアメーリカー♪」とご陽気に登場したかと思いきや、かませ犬的な扱いで無残にボコられるアポロの姿に、当時中学1年生の私は「ロッキーをリングに立たせる為だけにアポロ殺すのかよ・・・」と大人社会の汚さを垣間見たのでした。
あと、サントラも最高。


イップマン_convert_20111124013534
2 『イップ・マン 葉問』 (中国武術)

長い目で見れば、ほぼ『ロッキー4』。
かの名台詞「オレたちは変われた!世界も変われるはずだ!」っぽいセリフも登場。
ドニーさんも素晴らしいけれど、いい方のサモハンも最高。


オーバーザ_convert_20111124013519
3 『オーバー・ザ・トップ』 (アームレスリング)

これを放送した翌日の、「男子が意味もなく目をギラギラさせながら赤白帽をくるりと回す」率は異常。
『酔拳』の翌日の「男子の千鳥足」率に肉薄する程の高確率。
超燃えるサントラは、今ではすっかり「大食い番組のBGM」としてお馴染みとなっており、映画を観ていると「10メートル級の海苔巻きにかぶりつく女王赤坂と野獣藤田」の姿が脳裏を過ぎるという逆転現象が起こってしまう程。


勝利への_convert_20111124014001
4 『勝利への脱出』 (サッカー)

ほら、あの、ペレがクルってなってバシューンってやるやつ!


ベスト_convert_20111124161006
5 『ベスト・キッド』 (空手)

ワックスかける、ワックスふきとる!


クール
6 『クールランニング』 (ボブスレー)

実話ベース。 とてもおもしろい娯楽運動映画。 


チアーズ_convert_20111124013924
7 『チアーズ』 (チアリーディング)

チアコス天国。 わしもアメリカのハイスクールに転校したい。 そしてふとももに埋もれたい。


drumline_ver2_convert_20111124013852.jpg
8 『ドラムライン』 (マーチング)

アメリカのマーチングバンドは、完全に運動部と言っていい程過酷なシロモノなのですよ。
楽器の演奏をしながら、時にすり足、時にダンシング、時に全力疾走でアメフトのフィールドを縦横無尽に駆け巡る姿は圧巻。
本作でマーチングバンド(ドラム・コー)に興味を持たれたあなたは、是非そのままDCI(ドラム・コー・インターナショナル)の動画を検索してみるといいよ! マジ震えるよ!

実はアガサも学生時代は吹奏楽部に所属し、パーカッションを担当していたのですが、コンサート用の練習のほかにマーチング用として校内のランニングや毎朝の筋力トレーニングは欠かせませんでした。 
鍼灸院に通いながらの練習も日常茶飯事ですよ。どこが文化系なんだよ。そりゃモテないよ。(←関係ない)


ベルヴィル_convert_20111124014149
9 『ベルヴィル・ランデブー』 (自転車)

おばあちゃん・・・!!


まるごし_convert_20111124013626
10『まるごし刑事』 (空手)

世帯主さま出演作。
20代の頃、東京で空手をしていた世帯主さまがセリフつきの役で登場。 
完成時の打ち上げにどうしても行くことが出来ず、当時大ファンだった飯島直子さんに会えなかったのが未だに心残りなのだそうです。 しらんがな。
主演は「月のない夜のコーヒー」こと、しげる・松崎。


次点としては、『愛と喝采の日々』『少林サッカー』『がんばれ!ベアーズ』その他モーリス・ベジャール関連のドキュメンタリー。
先生、『パラサイト』はフットボール映画に入りますか。 入りませんか。そうですか。

昨年までは「ホラー」にこだわって選んでいたのですが、ホラー映画の中のスポーツが全く思い浮かばす断念しました。
あと、ドニーさんの『導火線』も総合格闘技と呼べない事はないと思うのですが、それを言い始めるとベストテン全てドニーさんにしたくなるのでこれまた自重。


washburn1975さんの「スポーツ映画ベストテン」企画、投票しめきりは12月18日まで!
まだ投票していらっしゃらない方は、ワッシュさんのブログから是非どうぞ!
 

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『コンテイジョン』

2011年11月17日
コンテイジョン_convert_20111117080708

あらすじ・・・
新型ウィルス感染発生・第2段階。 保菌者であるアメリカ人女性・ベスが香港出張から帰国。 浮気相手との密会に挑む。 
感染発生・第3段階。 ベスの容態が急変。 救急搬送された病院で死亡するとほぼ同時に、息子のクラークも自宅で死亡。
感染発生・第4段階。 ベスと接触した人々によって世界各地に持ち込まれたウィルスが猛威を揮い始める。
感染発生・第5段階。 アメリカ疾病管理予防センター(CDC)と世界保健機関(WHO)が新型ウィルスの存在を把握。 発生源を突き止める為、香港での調査に乗り出す。
感染発生・第6段階。 アメリカ人大学教授の分析により、ウィルスの正体がコウモリと豚の混合ウィルスである事が判明するものの、治療法は特定出来ず、感染者は増え続ける。
感染発生・第7段階。 ウィルスが突然変異し、感染速度が加速する。 CDCは、もしもワクチンが開発されずにいた場合、地球上の12人に一人が感染すると予想。
感染発生・第8段階。 自称・フリージャーナリストによるガセ情報がインターネッツにばら撒かれ、全世界がパニックに陥る。
感染発生・第9段階。 ヒャッハーになる。
感染発生・第10段階。 CDCのドクターがワクチンの開発に成功するが・・・。 



『コンテイジョン』を観てきました。 
「もしも驚異の感染力を持つ未知のウィルスが発生したら・・・」というお題に対し、綿密なリサーチをもとに限りなく真面目にシュミレーションをしてみたらこんな映画になりました。 というような作品でした。
もうね、テレビ局の人や厚生労働省の人は、もしもまたSARSや新型インフルエンザみたいな事が起こりそうになったら、これを想定ビデオとして使えばいいよ!というくらいの、とことんリアルな「ヒーローのいない現実」が、そこにありました。

「目に見えないから怖い」のは何もおばけに限った話ではなく、私たちは既に充分過ぎるほど、「空気中のどこを漂っているかわからない」モノの恐怖を痛感しています。
そして、それがどれだけ「普通の」人々をパニックに陥れ、どれだけ多くのバカを生み出し、だれだけ沢山の嘘を蔓延させるかも。
本作でも、世界を「破滅の一歩手前」まで叩き込むのはウィルスの感染力や死亡率ではありません。
そのウィルスを利用して、人々を扇動し利益を得たり虚栄心を満たそうとする、とある「バカ」の「嘘」が一番大きな原因になっているのです。
もちろん、その根底には人々のウィルスに対する不安がある事は言うまでもないですが、その不安にガソリンを注ぎ火炎瓶を投げ入れるのは、いつだって一部のバカな人々なのですよね。
その事も、今の私たちはもう、嫌と言うほど見てきましたが。

そして、「世界は立ち直れないかもよ」と煽られた「普通」の人たちは、自分や家族の命の為、ある人はためらいつつ、ある人は軽々と、モラルを踏み越え略奪行為を始める。
本作に於いて「良心ある一般市民」の象徴として登場する、いかにもいい人そうなマット・デイモンですら、自分と娘の胃袋を満たす為、割られたショーウィンドウを尻目にスーパーの棚に手を伸ばしかけてしまう姿が印象的でした。
きっと、追い詰められた人々にとっては、モラルも良心もただの奇麗事でしかないのだと。私も同じ状況に立たされた時、やらないとは言えない、と。 仮定する事すら恐ろしいですが、でも、そう思ったのでした。
そして、だからこそ私たちは、「この現実が絶望するに値する現実なのかどうか」を、一生懸命見極めなければならないのですよね。
嘘つきに振り回されず、偉い人の言うコトを鵜呑みにせず、それよりなにより、絶対に希望を捨てずに。
まぁ、何かを信じる事より、何かを疑う事の方が楽なのですけどね。

どれだけ自己保身に走ろうと、どこまで逃げようと、この空は繋がっているし、私たちの手はどこかの誰かと常に触れ合っている。(直接的、間接的含めて)
地球というのはひとつの大きなシャーレみたいなものだと思います。
細胞同士で破壊しあえば自滅するし、上手に共存・繁殖することも出来る。
私は、出来る事ながら後者で居続けたいです。
世界中の他のみんなは違うのかなぁ。


「ほぼ全員アカデミー賞!」という、なんというか『ほぼ300』とか『ほぼトワイライト』みたいな胡散臭さ溢れる謳い文句は、もちろんここでは褒め言葉でしかなく、本当にみなさん素晴らしいアンサンブルを魅せていらしたと思います。
先に触れたマット・デイモンは、ひたすら娘を守る為良識と非常識の狭間で奮闘する「いいお父さん」を熱演していましたし、残りの毛を全部むしりとってやりたくなる程憎たらしいジャーナリストを演じたジュード・ロウの事は物凄くキライになりました。(←褒め言葉)

あと、オスカー女優のケイト・ウィンスレットとケロヨンの使い方ね!
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(ケロヨン第1段階)  
Gwyneth-Paltrow4-Contagion-300x339.jpg
(ケロヨン第2段階)
Contagion_4.jpg
(ケロヨン第3段階  脳みそご開帳はこのあとすぐ!!)

こわいほうの意味で夢に出るよ!!

ケイトさんの方もかなりむごい事になっていて度肝をぬかれましたし、本当に贅沢すぎる使い方だなぁ・・と思いました。 
なんというか、鼻セレブでてるてる坊主を作るくらいの贅沢さ加減ですよね。
他にも演技派のみなさんが多数出演&我の強すぎない名演を魅せていますので、その辺りも必見ですよ。

一番最後に明らかとなる「感染発生・第1段階」のエピソードも、特別な出来事では全くないものの、その「普通」さがより一層背筋に冷たいものを落とすようで、ゾゾっとなりました。

未見の方は是非!


 
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『ブラック・スワン』

2011年05月12日
ブラックスワン3
粘着質な先輩。

ブラックスワン4
馴染めない職場。

ブラックスワン
頻発する怪現象。

ブラックスワン2
似てない似顔絵。



決 し て 、

ひ と り で は 見 な い で く だ さ い ・・・。


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あらすじ・・・
ニナは才能と容姿に恵まれた優秀なバレエダンサー。 しかし、真面目すぎる性格が災いし、なかなか大きな役を得られない事から、若干神経が細くなっていた。
ある日、バレエ団のプリマであるベスが、近々引退するのでは、という噂が楽屋を駆け巡る。
ベスに憧れていたニナは、ショックと期待で少し神経をすり減らす。
翌朝、練習場に突如現われた芸術監督のトマスが、次の公演のキャスティングの為のオーディションを開く事を告げた。
演目は、白鳥の湖。 
過去にも踊った経験はあるものの、「コールド・バレエ」以上「四羽の白鳥」以下の役しか貰った事がなく、緊張と不安で神経がアレな感じのニナ。
案の定、オーディションで失態を演じてしまい、益々神経を高ぶらせてみたりする。
しかし、諦めきれないニナは、翌日、勝負メイクを施しトマスのオフィスに突撃。そして玉砕。そして神経をすり減らす。
夢破れたニナは、荷物をまとめて劇場を後にしようとするのだが、意外な事にトマスはニナを新しいプリマに抜擢していた。
神経がアレっぽい感じのニナは驚きと嬉しさで神経を新たにシクシクする。
心配する母を尻目に、激しいトレーニングに励むニナ。
踊りの才能はあるものの、黒鳥に必要とされる「妖艶」「官能」「奔放」といった要素を全く持ち合わせていなかったニナは、なかなかトマスの求める演技に辿り着けず、猛烈な勢いで神経をすり減らして行く。
焦りと苛立ちを隠せず神経が高ぶる一方のニナは、トマスが自分の代役として、最近入団したばかりのリリーを選んだ事を知り、神経が大放出祭りになってしまう。
自分に足りないものを全て兼ね備えているリリー。 観るものの心を惹き付けるステップを魅せつけるリリー。 神経をすり減らしていないリリー。そしてニナは減らす、神経を。
刻々と迫る初演日を前に、のっぴきならない程神経をナニしてアレしてしまったニナは、ついに神経を本格的に病む事になり・・・。


うん・・まぁ・・ほら、アレだ・・メンタル面弱すぎだろ。

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と言う訳で、『ブラック・スワン』を観て来ましたよ。
プリマに選ばれた者が次々に精神のバランスを崩し自滅してゆくという、呪われたバレエ団のお話です。 うそです。
うそなんですけど、世の中に「思わずバレエを習いたくなる映画」と「絶対バレエには手を出さずにおこうと思う映画」があるとすれば、確実に後者に選ばれる映画だと思います。(※前者は『ベジャール、バレエ、リュミエール』とか『エトワール』) 
全国のバレエ教室に通うちびっこ諸君は、有吉京子先生の『SWAN』を読んで中和しようね!



(※以下ネタバレ)





中堅バレリーナのニナは、過保護な母親と二人暮し。
夢半ばで破れた母の想いを背負い、痛々しいほどストイックにプリマへの道を突き進もうとします。
妖艶さが必要だと言われれば芸術監督のキスに応え、色気を出す為と言われれば自慰もいとわない。
悪い遊びにもチャレンジし、行きずりの男の愛撫も受け入れる。
自分を追い込んで追い込んで、でも成果が出せないニナ。
彼女の焦りや不安や緊張が、常に行動を共にしているようなカメラワークによって、ダイレクトに伝わってきて、心底おそろしかったです。

もともとニナは、清廉潔白・無垢な乙女だった訳ではなく、憧れのプリマの楽屋に忍び込んで私物をくすねるようなあざとさや、先輩の失脚を知り、心を痛める一方であわよくば・・と期待に胸を膨らませるようなしたたかさを持ち合わせていた。
ニナの中には、最初から「白鳥」も「黒鳥」も混在していたのですよね。
無いものを無理やり得ようとしたのではなく、奥底にしまい込んでいたものを解き放っただけ。
自分を押さえつけていた、愛情や期待や自制心に打ち勝ち、舞台の上で雄雄しく羽ばたくシーンは圧巻でした。

『白鳥の湖』というバレエ作品が、悲劇的な結末を迎えるのと同じように、自分自身と向きあい本物の表現力を手にしたニナを待ち受けているのもまた、哀しすぎる最期でした。
しかし、絶望感を謳っていた旋律が短調から長調へと変わる中、ついに「完璧」なダンスに辿り着いたニナの表情は満ち足りているように見えました。
死して悪魔ロットバルトの支配から逃れた白鳥のように、自分の全てを捧げ、バレエに添い遂げたニナの最期もまた、もしかしたらひとつのハッピーエンドだったのかもしれませんね。


本作でもうひとつ唸らされたのは、ニナの母親の描き方。
普通、・・といっても映画でよく見かけるパターンではという意味ですが、普通、ステージママというのは我が子が頂点に上り詰める事を期待するものではないかと思います。
ミスコンで優勝、バレエ団のプリンシパル、ブロードウェイのスターに。
とにかく「一番」にならせる事にこだわるステージママが多い中、ニナの母・エリカは「適度なポジション」で満足している。
我が強くないニナは、プリマ・バレリーナの重圧には耐えられないだろう。 だから群舞で充分。パ・ド・トロワなら上等。
そんな娘がプリマに抜擢された事を電話で報告した瞬間、受話器の向こう側のエリカの表情は映りませんが、一瞬の沈黙が彼女の動揺を物語っていると思いました。
群舞で終わった自分のバレエダンサーとしてのキャリア。
娘がそれを越える事を、望んでいなかった訳でなないものの、いざ果たされると複雑な心境になってしまう。
要するにおもしろくないんですよね。 なんて素直なお母さんなんだ!

女同士の共感と反発は、血の繋がった母娘であっても確実に存在する。
女は常に、ライバルを探して闘いを挑もうとしているのかもしれないなぁ・・と思いました。
同じ夢を共有し、一卵性母娘のようにくっつき合って過ごしてきたエリカとニナ。
ニナが精神のバランスを崩せばエリカもおかしくなり、ニナが舞台の上で完璧なダンスを披露していればエリカも観客席で恍惚の表情を浮かべる。
エリカは、ちょっと過保護すぎるトコロもあるものの、娘思いのいいお母さんだったんだろうと思います。(現に、プリマに選ばれるまでの2人の関係はとても良好に見えました)
なんだかんだすったもんだあった後も、疲れて眠ってしまった娘の手にソックスを被せて体を傷つけないよう配慮してあげるエリカの姿に、普通のおかあさんの愛を感じました。これ、子どもが赤ちゃんだった頃にやった事あるお母さん、多いと思うなぁ。
「ステージママ=偏愛」という描き方ではなく、あくまで娘思いで、ちょっぴり正直すぎるお母さんとして描かれていたトコロが素晴らしいと思いました。


映像、キャスト、音楽のどれもが身震いするほど美しく、「表現」という芸術を生業にする者のプロ意識に打ちのめされると共に、恐ろしいまでの迫力でニナというダンサーを完成させた、ナタリー・ポートマンの完璧な演技に感動しました。

傑作です。


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『17歳の肖像』

2011年04月25日
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オマエも教育してやろうか!!


あらすじ・・・(※ ネタバレしていますよ)
やあこんにちは、あ、突然声かけちゃってゴメンねw いや、怪しいものじゃないよ、全然怪しくない。って否定したら益々怪しいよねw   いやね、キミが持ってるそのチェロがね、この雨で水浸しになってるのが忍びなくってさぁ・・ ・・あ、そう?乗せてもいい? じゃ、チェロだけね、いや、さすがに見ず知らずの車だし、キミみたいな可愛くて聡明そうな女子高生が乗ってくれるだなんて思って・・・ でもやっぱ雨脚強いからなー・・・  ・・あ、乗る?どうぞどうぞ!
そっかー、キミ、学校でオケに入ってるんだー、いやー、音楽っていいよねー。 ちなみに今はどんな曲を練習してるの? あ、エルガーかエルガーねーエルガーはちょっとさー、いいんだけどさー、曲にバーミンガムなまりを感じるんだよねー。特にあのクレッシェンドの使い方とか・・ あ、トコロでキミって演奏会とか行っちゃってるの?行ったコトないんだー、へー・・ あ、ここが家?あ、そう。 じゃ、まあね、いつか演奏会行けるといいね。うん。

アレ? あ、なんだキミか!こないだのチェロの子ね!いやー奇遇だねー! あ、ちょうどよかった!いや、実はさぁ、今度の週末演奏会行くんだけど、よかったらキミも一緒にどうかなーって思って。 あの、ぼくの友達も一緒だし。グループだし。 あ、行く? じゃあねー、演奏会の後でご飯も一緒に食べに行っちゃうとか、アリ? お父さんに聞かないとわからない?だよねー! そっかそっか、まぁとにかく週末迎えに行こっか。 いやー、ホントまた会えてよかったよ!

演奏会どうだった?よかった?ねえ、よかった? だよねー!いや、ぼくはさぁ、キミみたいな若くて吸収力がいい子をどんどん応援したいんだよね。 知識の層と書いて、知層。あ、なんでもないです。 あー、絵画ねー。絵画もいいよねー。 ちなみにキミは誰の絵が好き? あーバーン・ジョーンズねー! 知ってる知ってる、バンジョのコトね。 ・・ああ、業界ではね、バンジョって呼んでるムキもあるんだよねー・・。 うーん、そうだねー、彼はどっちかというとアレ派のアレだよねー・・  そうそう、ラファエル前派ね!今言おうと思ったんだけどねw へー、他にもロセッティも好きなんだー。いやー、いい趣味してるわー見る眼あるわー。まぁぼくも若い頃ははまってたクチでさーw なんだかキミとぼくって似てるのかもしれないね!

ね! だから言ったでしょ? お父さんなら大丈夫だって! 超ウケるよねー!C・S・ルイスの名前出すだけでお泊り旅行オッケーとかww いや、嘘も方便って言うけどさーw お父さん、すごく素直な人なんだよきっとww いやー、それにしても充実した一日だったよねー。やっぱグループ旅行は健全でいいよね。 ・・あ、ここぼくらの部屋ね。いや、ほら、もちろん女同士の部屋っていうのも考えたんだけど、彼らも二人きりでゆっくりしたかったんじゃないかなーと思ってさー・・。 じゃあ、まぁ、ぼくらも、ゆっくりしてみる?どう? ・・あー、うんうん、わかるよ。 キミの言うコトは全て正しいよ。 ホント、まだ16歳なんだし、純潔っていうものは大切にしないとね・・うん・・クレバーな選択。ぼくも大賛成。  よし、わかった。 エッチはなしね。  エッチはなし。 エッチはなしなんだけど、せっかくのロマンティックな夜だから、ちょっとだけ見せて? え!いいの?!ありがとう!  あー・・・キレイだよ・・ぼくのミニーちゃん・・・  ・・え?「ミニーちゃん」ってほら、・・ミニー・・ミ、ミニーマウスってことだよ?  じゃ、じゃあさ、ぼくのコトは「バブラブ」って呼んでくれる? ちがうちがう!デイヴィッドじゃなくて!「バブラブ」で! ・・WOO・・イイヨー・・

いやー、いよいよ明日はパリ旅行だねー。 今回もお父さん、すんなり説得できてよかったねーw ぼく、そんなに信用あるのかなーw  ああ、どう?この部屋?今回はちょっと奮発してスイートルームを取ってみました! なにせほら、キミも無事、17歳になったことだし・・ もう、大人の仲間入りだよね・・ ・・だから・・ほら・・わかるでしょ・・? ・・大丈夫、痛くしないから・・ 怖くないよ・・ え?緊張する? ・・あ、いい事考えた! 試しにコレちょっと入れてみるってのはどう? このバナナを。    いやいやいやちがうちがう!そういうんじゃなくて! ほら、形も堅さも同じくらいだから・・いや、ぼくのがもうちょっと太くて長いけd・・いやいやいやゴメン!うそうそ! 冗談だってば! 入れないってばー!果物で処女消失なんてシャレになんなんじゃーん!わかってるってー! そうだね、やっぱ明日にとっとこうね、大切な初夜だもんね、パリに行くまでとっとこう。 フウ・・。

ぼくら付き合いだして、もう何ヶ月経ったっけ・・? まだ1年も過ぎていないんだね・・ でも、ぼくらはもうお互いの存在なしでは生きてゆけない・・。 ぼくはキミの知性や、キミの美しさや、キミの何もかもをぼくだけのモノにしたいんだ・・ ねぇ・・いいだろ・・? ぼくと結婚してくれないか・・?  いいの?! あ、うそ!やったー!  ・・あ、でも、学校は・・ あ、やめるの?ていうかもうやめてきたの? ああ・・そう・・じゃ、受験するって言ってたオックスフォード大学は・・ あ、もうどうでもいいの? ふ、ふーん・・ いや、うれしいよ!ありがとう!キミの決意は無駄にしないよ! それじゃあ、お父さんやお母さんも賛成してくれてる事だし、みんなでお祝いのディナーにでも行きますか! レッツドライブ! 

・・え?何?ダ、ダッシュボード開けちゃったの? ・・あ・・そんで見ちゃったの・・ いやー・・マジでか・・・ うーん、ちがうんだけどさー、ちがうんだけど、全然そういうんじゃないんだけど、まぁ、確かに法的に妻がいるかいないかって聞かれれば、いるような状態と思われる可能性も無きにしも非ずなんだけど・・  ごめんごめんごめん怒らないですみませんごめんなさい・・ ・・はい・・ ・・そうですね・・ いや!妻には・・!  ・・ああ・・ご両親に説明ね・・ うん・・もちろんまた日を改めてきちんと・・ えっ・・今? いやー・・それはどうだろうか・・ あ、はい、ごめんなさい・・ ごめんなさい・・  あ、お腹痛い・・イタタタタ・・・ ごめんね・・今日のトコロはお腹が痛いので・・ほんと・・ほんとごめん・・サ ヨ ナ ラ ・・・

彼女との辛い別れから早数ヶ月。
一時期はぼくを探して、ぼくの友人の家に押しかけたりしていたらしい彼女ですが、今では学校にも復学し、オックスフォードの受験にも無事合格したと、風の便りに聞きました・・。
なぜこんな事になってしまったのか・・ 今でも悔やまれてなりません。 
ただ、ぼくは真剣に彼女のことを愛していたし、今でも大切に思っています。それは、嘘偽りの無い気持ちです。
ぼくはこれからもずっと、彼女との美しい思い出を忘れない。 
彼女にもどうか、幸せな人生が訪れますように・・・。



『17歳の肖像』は、男たちの夢とロマンの結晶なのか?

観終わった瞬間、この映画は「男性目線で見た理想の恋の終わり方」なんじゃないかと思ったのですよね。
というか、「理想の捨て方」であると。
なにせ、自分が熱烈に恋をして、恋された女の子が、
①大切なモノを捧げてくれて、
②思う存分愛を語り合って、
③ずぶずぶになるまで恋愛に浸って、
④でもって、都合が悪くなったら華麗に逃げて、
⑤その後も特に女の子から直接被害を被る訳でもなく、割りと潔く身を引いてくれて、
⑥で、その女の子も無事立ち直って新たな人生を歩んでくれますからねぇ。 
恋愛というのは、このように後腐れなく終わるパターンも無くはないのですが、多くの場合泥沼化するものなのではないかと思いまして。(片方が想いを残している場合はなおさら)
ストーカー化したり、訴訟沙汰になったり、罵詈雑言の地獄絵図になるコトも、決して珍しくはない。

本作のゲス男・デイヴィッドは、既婚者である事がバレた途端、そそくさを修羅場から立ち去り、関係者の家も避け、直接対決に至らないよう上手に逃げ回ります。 
しかし、それに対し、まんまとダマされていた女子高生・ジェニーは、一度だけ勢い余ってデイヴィッドの家を覗きに行くものの、その後は粘着するコトもなく、「してやられた」という現実を冷静に受け止めて、早々に人生を再スタートします。
現実だったらこうは行かないですからね! 
「会社にバラすからね!」とか「あかちゃん・・できたみたい・・」とか「ご主人は私の方がすきだと言ってました!だから別れてください!」とか「とにかくわたしは彼のそばから離れませんから!」とか言っちゃって家に上がり込んじゃって仕舞いには奇妙な同居生活まで始まっちゃって、ホント針のむしろ生活到来ですよご主人。どうしますかご主人。

と言う訳で、てっきり「男の人が夢想した後腐れないラブ・アフェア」なんだと思って観ていたのでした。
そしたらなんと、本作は実在する女性ジャーナリストの自叙伝を映画化したものだ、というではないですか! 衝撃の展開!

で、それを知った上で改めて考えてみると、確かにこのJKの落ち着きようは、女性によく見られる特性なのかもなぁ・・と思ったのですよね。

「初めての経験」は神聖なもの。 
若い頃はみなそんな風に思いがちなものですが、では実際に「初めての経験」が「キレイなままの大切な思い出」という人がどれくらい存在するのか。
これはあくまでアガサが知っている範囲の話ですが、結構「今思えば、なんであんな男と・・・ギリギリ(←歯を噛み締める音)」という人の方が多いものなのではないか、と。 
もちろん、実際にそれを経験した頃というのは、脳みそが若干ユルくなっている年頃ですので「あたい・・この人なら・・」っつってボワワーンっつって色んなモノが麻痺していただけで、別にイヤイヤという訳ではないのですが。
「何某かの熱病に冒されていたかのようになんとなく喪失した」という女の人って、男の人が思っているよりもずっと多いと思います。
そして、それを「私は穢されてしまった」と思う人よりも「今思えば不本意だけど、ま、しょうがないか。過去は過去だよ」と思える人の方が多いような気がするのですよね。 本作のジェニーのように。

女の人というのは生まれつき、自分が経験した「あまりたのしくない経験」を無かったことにして立ち直る、強靭な精神力を兼ね備えているのですよきっと。
体の構造上の問題とか、性別が持つ役割上の問題とか、そういう太古から脈々と受け継がれているモノに潰されない為に、遺伝子レベルで組み込まれているのではないでしょうか。
いや、全員がそうだとは言いませんよ。中には心を破壊されてしまう女の人もいるでしょう。
ただ、やはり女の人は強い。 逞しい。 儚いけれど、何度でも立ち上がる力を持っている。
女性ばんざい。 ジェニーばんざい。 あと、デイヴィッドはハゲろ。

原題の『An Education』が示すように、人生にとって非常に貴重な指導を受けたジェニー。
その教えを無駄にするか活かすかは、全て自分次第なのだというコトをしっかり教えてくれたラストは、観る人にとっても、有り難い教示になったのではないでしょうか。

それから、教育といえば本作に登場するジェニーの担任・スタッブズ女史。
ケンブリッジを卒業し、将来有望な少女たちを指導する道を選んだスタッブズ先生のことを、艶やかな恋に浮かれるジェニーは「オールドミス」と見下し、「何の面白味も無い無意味な人生」と貶します。
そして大方の予想通り、ボロ雑巾の如く捨てられたのち、学生生活に復帰することを望んだ時、躊躇いつつスタッブズ先生の家の門を叩くのですが、そこで先生の家が自分の理想そのままである事を知り、衝撃を受けます。
知性に溢れ、品がよく、シンプルで心地よい部屋。
軽蔑していた自分の愚かさに気付き、心から助けを請うジェニーに、スタッブズ先生は一言「その言葉を待っていたのよ」とつぶやきます。
教育というものは、教師ひとりでは出来ないのだ、と。
教える側と教わる側の双方が本気になって、初めて成果が生まれるのだ、と。
改めて思い知らされる、とても美しいシーンでした。

本作には他にも素晴らしいシーンがあります。
中年に捨てられて落ち込むジェニーの部屋を訪ねた父親が、悪党と見抜けなかった自分を責め陳謝している時、ジェニーはドア越しに聞こえる父親の弱弱しい声に嗚咽してしまうのですよね。
確かにこの父親は、学歴コンプレックスやら虚栄心やらの塊で、口八丁手八丁のデイヴィッドにコロリと懐柔されてしまうのですが、娘に対してはいつも自信満々で、弱気なトコロを見せたことなどありませんでした。 それは、父親としての威厳であり、プライドだったと思うのです。バカなプライドですけどね。
そんな父が、娘を前に、素直に非を認め謝罪する。 自分の狭小さを自嘲気味に話す。
ジェニーは、それを聞いた時、自分の愚かさが父親の最後の砦をぶち壊してしまった事を知り、そして思い切り泣くのです。
すれ違ってばかりだった父と娘が、ようやく心を通わせるこのシーンは、とても素晴らしかったと思います。
代償は少なくなかったけど、オールオッケーでよかったよ!


それにしても、デイヴォッドのアレやコレといった手口ときたら、どれも「中身の薄っぺらさ」が透けて見えるようなありきたりなやり方ばっかりで、いくらJKとは言え、ジェニーおまえマジでもうちょっとしっかりしろよ!と喝を飛ばしたくなってしょうがありませんでした。
「知性溢れる大人の魅力」っつっても、よく見てたらデイヴィッド全然大した知識披露してないからね!
エルガーうんぬんの事くらいで、あとの絵画の薀蓄とか色々なのは、デイヴィッドの友達のダニーだから殆ど! デイヴィッドはさも「オレ知ってるよ」的なしたり顔で頷いてるだけ!
実は違法スレスレ(というかアウトのもある)な商売を生業にしている、という点も、早い段階で明らかになるのに華麗にスルーするジェニー。 おい!それは「大人の知的な魅力」って言わないだろ!落ち着いてよく考えろ!
しかし、そんなこんなも「ミニーちゃんプレイ」と「バナナプレイ」に比べればかわいいものですけどね! 処女相手にバナナプレイっておまえどんだけヘンタイやねん!!! 
あと、処女じゃなくても、付き合い始めて初めてのナニでバナナ持ち出してきたらしばき倒しますからね!ぼくは!


少なくともジェニーは、「ベッドに入った途端へんなあだ名を強要する」男や「料理をしないのにきゅうりやナスやバナナを常備している」男は要注意だというコトは、しっかと肝に銘じたことでしょうから、ホントいい人生勉強になったと思いますよ! 
全国のみんなも気をつけようね!

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『ザカリーに捧ぐ』

2011年02月09日
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ザカリーという赤ちゃんがいた。
世界で一番幸せで、世界で一番不幸な赤ちゃんだった。
アンドリューという息子がいた。
沢山の人に愛を与え、沢山の人から愛を返され、ただ一人の愛によって命を絶たれた。
シャーリーというモンスターがいた。
誰からも愛されず、誰も愛せず、自分だけを愛して、そして、消えて行った。


映画評論家の町山智浩さんとタレントの松嶋尚美さんが、日本未公開の優れた海外ドキュメンタリー映画を紹介する、「松嶋×町山 未公開映画を観るTV」がDVD化されたということで、その中の1本『ザカリーに捧ぐ』を鑑賞しました。

ここに映し出される事件は、過去にフジテレビの「奇跡体験!アンビリバボー」などで紹介されたことがあるので、ご存知の方も多いのではないかと思います。
アメリカ人男性・アンドリュー・バッグビィさんが、元カノのシャーリー・ターナーさんにストーキングされた挙句撃たれ、命を失う。その後、逮捕されたシャーリーさんのお腹にはアンドリューさんとの子どもがいることが発覚。悲しみと怒りに包まれたバッグビィ夫妻の、息子を殺した女との地獄の日々が始まる・・・。
という内容なのですが、その悲惨極まりないラストも含め、今まで作られて来たどんなドラマよりも後味の悪い、トラウマムービーとなっておりました。 
鑑賞後に待ち受けているのは、果てしない嗚咽と憎悪のみですよ。 奥さん要注意ですよ。

日本でも度々問題とされている、“被害者よりも加害者の人権が重視される”という傾向は、この一連の悲劇の舞台となったカナダでもかなり強くうかがえるようで、疑う余地もないほどマックロな殺人犯であるシャーリーが、まあ確かに殺したんだろうけど、殺したい人はもう殺しちゃったんだから、他に危害は与えないでしょと見なされ、保釈されてしまいます。
日本の斜め上を行く超絶展開ですねこれ。
そして、そんな最中に妊娠が発覚したシャーリーから、かわいい孫を取り戻さんと、バッグビィ夫妻は家財道具一切合財を売り払いカナダに移住。
シャーリーを、そもそもの殺人現場であるアメリカへ送還する為の手続きと平行して、生まれ来る赤ちゃんの親権を勝ち取る為の民事訴訟を始めますが、これがまた遅々として進まない。
のんびりしているうちに生まれ、ザカリーと名付けられた赤ちゃん。
すると今度は、このザカリーを盾に、シャーリーから夫妻へ無理難題が押し付けられるコトに・・。

想像し得る、ありとあらゆる最悪のパターンの、常に上を、上をと、FUKOゲージが満タンになる程押し寄せる不幸のつるべ打ち。
しかもそれらを率先して展開させているのが、すべてお国の司法制度という。
一体、何をどう解釈したら、殺人犯を野放しにして、殺害相手の赤ちゃんと共に生活させるという結論を導き出せるのか、さっぱり判らないのですが、それがカナダの法であり、加害者の人権を尊重するというコトなのでしょうね。 
日本もそうなのですが、この加害者の人権というものを目の当たりにする度、誰の為の法なのかが時々わからなくなってしまいます。 
一番苦しんだのは被害者で、一番尊重されるべきなのも被害者なんだと思っていたのですけどね。 
間違ってたら誰か訂正してください。 
ぼくにはもうよくわかりません。

愛する一人息子を亡くした老夫婦は、奇跡的に残された息子の生きた証を守るため、世界で一番憎い女の傍で、彼女のご機嫌を損ねないように、彼女の生活を支えて行く事を決意します。

できません。
もう、普通の精神状態ではできませんて。
なぜ夫妻が、一番簡単な方法、つまり、「女を殺して赤ちゃんを取り戻す」という方法を取らなかったのか。という理由は、作中彼らの口から語られるのですが、それを聞くとより一層やるせなさが募り、やり場の無い怒りに我を失ってしまいそうになります。
なんかもうバカ!カナダのえらい人全員バカ!!!

鋼のような精神力で、か弱きものの為に辛酸を全力で舐め続ける夫婦の姿を見て、強さ、というものは、殴る事が出来る強さではないのだ。と改めて感じました。
強さ、というものは、殴らない強さなんだと。 拳ではなく、心の強さなんだと。
そして人は、際限なく強くされるものなのだと。
信じあえる誰かと支えあうことで、いくらでも強くなれるのだと。そう思い知らされたような気がします。

もしもバッグビィ夫妻が2人でなければ、ここまでの地獄に耐える事は出来なかっただろうし、もしも夫妻を慕い共に涙してくれる人々が居なければ、再び前を向いて歩き始める事も出来なかったでしょう。

そう、それらを何も持たなかったシャーリーが、地獄の中から這い出る事が出来なかったように。

本作は非常に優れたドキュメンタリーであると共に、非常に公平性に欠けたドキュメンタリーでもあります。
『ザカリーに捧ぐ』と銘打たれた時点で、ザカリー、つまりアンドリュー寄りの視点で切り取られている事は明らかであり、そこを「フェアじゃない」「ずるいぞ」「ブーブー」というのはそれこそお門違いない意見だというコトは判っておりますが、やはりどこか歪んだ印象を受けてしまいます。(アガサの性格が捻じ曲がっているからでしょうが)
シャーリーは徹底して“モンスター”として描かれており、あえて、その生い立ちにも、その半生にも、その心に渦巻くどろどろとした澱みにも触れられることはありません。
ただ、彼女のモンスター(=危険人物)たる言動や、アンドリューよりも10歳以上年上の40女というコトや、アンドリューに出会う前に既に3人の子どもを生んでいるというコトが端的に語られるだけ。
そして、「彼とは遊びだったの」「彼の事を深く愛していたの」「将来のことなんてお互い考えてなかったわ」と、聴取のたびにコロコロ変わる言葉と、真意の見えない笑顔の写真が不気味そうに挟み込まれるだけ。

どうして彼女は、ザカリーと共に人生を終わらせたのか。
どうして、それまでに生んだ3人の子どもと同じように、育児を放棄し、自分ひとりで新たな愛探しの旅に出かけなかったのか。
夫妻の電話機に残されている彼女の肉声が、「ザカリーを愛しているの」と涙ながらに訴える彼女の言葉が、演技だったのか本音だったのかは誰にもわかりません。
なぜなら彼女はもうこの世にいないし、彼女がこの世に残したのは、どれだけ沢山の笑顔でも上書きされない程の憎しみだけだから。 あまりに憎まれすぎて、その言葉が持つ本当の響きなど判らなくなっているから。

本作に対する、唯一にして最大の不満点はそこなのですが、先程も書いたように、それが(製作者の切り取り方次第というのが)ドキュメンタリーというものですし、また皮肉なことに、バッグビィ家の絆や誠実さを力強く描けば描くほど、その裏で、コントロールを失いもんどりうって暴れているモンスターの姿が色濃く浮かび上がってくるという結果になってしまっていますので、やはり公平といえば公平なのかなぁ・・という気もします。
とにかく、この世に実際に存在した恐ろしいモンスターと、それを生んだ司法制度と、それらに立ち向かう勇気ある人々の姿が存分に詰め込まれた力作です。

とりあえず、悪いのは全部カナダなんだと思うよ!!Blame Canada!!


※ というのはもちろん冗談で、「カナダの司法制度だけが悪い」「モンスターを野放しにした社会が悪い」というのではなく、どこの国にも共通する悲劇としてきちんと受け止めなきゃならない事だと思います。 誰がモンスターになるかなんて判らないし、誰だってモンスターになりうるんだし、悲劇はいつだって、自分のトコロだけすり抜けて行ってくれる訳なんて無いのだから。
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