2008.02.03 (Sun)
干支でシネマバトン の巻
いつもお世話になっているネタバレ映画館さんや我想一個人映画美的女人blogさんがされていた 「十二支動物バトン」 。
干支のメンバーで、思い浮かぶ映画を挙げてみよう! と言うシロモノです。
なんだかとても面白そうだったので、アガサもチャレンジしてみましたよ。
言うまでもないですが、もちろんホラーでね!
【子】ねずみ

史上初! ゾンビネズミ登場!
【丑】うし

史上初! ゾンビ牛登場!
【寅】とら

『ラストサマー』 『スリーピー・ホロウ』 でお馴染み、マンダレイ・ピクチャーズ。
(本編と関係なくてすみません)
【卯】うさぎ

リアルうたたんの解体ショーがエグすぎる。
【辰】たつ

色んな意味で、恐ろしい映画だと思わんかね?
【巳】へび

『ゾンビ伝説』 (原題 『蛇と虹』)。
ゾンビの語源って、ブードゥー教の蛇の精霊・ズンビーなんだそうですね。
【午】うま

突如アップになるおうまたんの黒目が、一番怖かったデスよ・・一番意味も無かったけど。
【未】ひつじ

アガサが今、最も観たい映画。
【申】さる

なんてったってラットモンキー!(※『ブレインデッド』)
ラットなの? モンキーなの? ま、どっちでもいいか!!
【酉】とり

史上初! ゾンビカラス登場!
【戌】いぬ

わんこと言えばビースト! ビーストといえばわんこ! (←意味不明)
映画史上、最強のわんこ・ビーストくんの勇姿をとくとご覧あれ!
【亥】いのしし

何を隠そうラッセル・マルケイ監督作品。
と言うか、イノシシ作品だなんてこれか乙事主くらいしか浮びませんよねぇ。
そして、ホラー度で言えば乙事主の完全勝利。
いかがでしょうか。
ホラー世界に於いても、実に色々な動物が活躍しているのですね。
特にゾンビ界での活躍は目を見張るものがあります。
これからもホラーな動物くんたちから、目が離せませんね!
みなさんもよろしかったら、干支ゾンビバトン・・・じゃなかった干支映画バトンにレッツ・チャレンジ!
♪♪どちらのバナーでもどうぞご遠慮なく♪♪ →干支のメンバーで、思い浮かぶ映画を挙げてみよう! と言うシロモノです。
なんだかとても面白そうだったので、アガサもチャレンジしてみましたよ。
言うまでもないですが、もちろんホラーでね!
【子】ねずみ

史上初! ゾンビネズミ登場!
【丑】うし

史上初! ゾンビ牛登場!
【寅】とら

『ラストサマー』 『スリーピー・ホロウ』 でお馴染み、マンダレイ・ピクチャーズ。
(本編と関係なくてすみません)
【卯】うさぎ

リアルうたたんの解体ショーがエグすぎる。
【辰】たつ

色んな意味で、恐ろしい映画だと思わんかね?
【巳】へび

『ゾンビ伝説』 (原題 『蛇と虹』)。
ゾンビの語源って、ブードゥー教の蛇の精霊・ズンビーなんだそうですね。
【午】うま

突如アップになるおうまたんの黒目が、一番怖かったデスよ・・一番意味も無かったけど。
【未】ひつじ

アガサが今、最も観たい映画。
【申】さる

なんてったってラットモンキー!(※『ブレインデッド』)
ラットなの? モンキーなの? ま、どっちでもいいか!!
【酉】とり

史上初! ゾンビカラス登場!
【戌】いぬ

わんこと言えばビースト! ビーストといえばわんこ! (←意味不明)
映画史上、最強のわんこ・ビーストくんの勇姿をとくとご覧あれ!
【亥】いのしし

何を隠そうラッセル・マルケイ監督作品。
と言うか、イノシシ作品だなんてこれか乙事主くらいしか浮びませんよねぇ。
そして、ホラー度で言えば乙事主の完全勝利。
いかがでしょうか。
ホラー世界に於いても、実に色々な動物が活躍しているのですね。
特にゾンビ界での活躍は目を見張るものがあります。
これからもホラーな動物くんたちから、目が離せませんね!
みなさんもよろしかったら、干支ゾンビバトン・・・じゃなかった干支映画バトンにレッツ・チャレンジ!
2007.09.09 (Sun)
『記憶の棘』

あるいは壮大なドッキリ。
以前、アガサの友達(男)に、
「昔好きだった子が、何年も経って連絡して来るのって凄くイヤなんだよなぁ。こっちは何とか忘れて頑張ってるのに「どうしてた?」なんてさぁ・・・。許せないよ。」
と言われた事があります。
元カレの記憶の中で、自分がどんな存在になっているのか、はたまた存在自体を残してくれているのかどうかがとっても知りたいタイプなアガサですので、それを聞いた時には肝が冷える思いでした。
あぶねぇあぶねぇ・・・
地雷踏んぢまうトコだったぜ・・・。
と言う訳で、どんなに気になっても、昔なんやかんやがあった男子には一切接触を図っていないアガサ。
でもホントのところはやっぱり気になるかも・・・。
私はアナタの人生の中の、黒歴史になっちゃいませんか?
いい想い出だったと、思ってくれているのですか?
あらすじ・・・
《もし妻が死んで、その翌日窓辺に現れた小鳥が 「ショーン、私はアナよ。戻ってきたの」 と言ったら、私はその言葉を信じてその小鳥と暮すだろう。》
生前、そんな言葉を
ショーンの事を余りに愛していた為、「もう恋なんてしない」なんて絶対言っていた妻・アナもさすがに気持ちを切り替え、金持ってそうな渋い中年・ジョゼフとの再婚を決意していました。
が、しかし、そんなアナの前にある日ひょっこり現れた10歳児が衝撃の告白を!
「僕、ショーン。 再婚に断固反対する為やって来ました!」
うっそだぁぁぁ!
どっからどう見ても、ポケモンブリーフ穿いてそうな小学生じゃん!
しかし、そんなアナと親戚一同の困惑をよそに、小ショーンは身内しか知りえない極秘情報を次々暴露。
余りに正確に内輪ネタを話す小ショーンに、最初は懐疑的だった親戚も「もしや・・・」と半信半疑状態に。
そしてアナはと言うと、夢に見続けていた夫(仮)との再会に、ロマンティックが止まりません。
ジョゼフには悪いけど、もともと惚れてた男はただ一人。
姿形は違えど、中身が夫そのものならば、そこに選択の余地などありましょうか。
そんなこんなで、一応小ショーンに対しては
「あたし、完全に信じてる訳じゃないからね」
と言う態度を取ってはいるものの、目が完全に泳いでしまっているアナ。
ジョゼフが生きた心地がしないのは、言うまでもありません。
そしてついにイライラが頂点に達し、結婚式で演奏して貰う楽団のチェックを兼ねたプチ演奏会の席でブチ切れてしまったジョゼフ。
大人のクセして、小学生相手に本気モードで殴りかかります。
当然、周りの親戚一同はドン退き。
一瞬にして漂う、凄まじいほどの「やっちゃった」感。
推定4Gの重力が、広間に集まったみんなを包み込んだ事は、言うまでも、無かった。(←森本レオ風)
大人気ない大人になってしまったジョゼフは家を出てしまい、残されたアナの親戚一同はと言うと、小ショーンを受け入れる訳にもいかず困惑気味。
なぜなら彼は10歳だから。
未成年者略取になっちゃうから。
法律上、倫理上、小ショーンとの別れを迫る身内に対し、頑として首を縦に振らないアナ。
なぜなら、アナの中では既に、“彼は本物のショーンである”と認定されてしまっているから・・・。
なぜ認定に至ったか?と、理由を聞かれると弱ってしまうのですが・・・。
・・・強いて言うなら、「女の感」ってやつ?
そしてついに、覚悟を決めたアナが
「そうさアタイはロリコンさ!それがどうした文句があるか」
と、高らかにカミングアウトしようとしていたその頃、小ショーンはアナの旧友・クララと密会をしていました。
そこでクララの口から飛び出した、衝撃の真実とは・・・?
小ショーンとアナは、結ばれる事が出来るのでしょうか・・・?
よろしかったら今日もここらで一押し・・・!
生まれ変わってまで、アナに愛の確認をしに来たショーン。
こいつはなかなかどうして、結構な粘着体質ですよ!(人の事は言えないか)
さて、本作では、
「バリバリ現役小学生・小ショーンが、頑なだった熟女・アナの心を情熱と真摯な愛で以って溶かして行く」
と言う、とってもリアクションに困る、とっても変テコな純愛が描かれてゆきます。
しかし、どんなに憂いを帯びた瞳で見つめようと、どんなに2人だけの秘密を知っていようと、所詮は100%小学生。
アナが必死になればなるほど、観ている方は色んな意味でハラハラドキドキしてしまい、
「あなた、どうやって私を養うつもりなの?」
とか
「夜の営みはどうするつもり?」
とか、必要以上につっこんだ質問を小学生相手に繰り広げるアナは、大人として相当イタイ人なのかもなぁ・・・と、そんなアナを心底愛しているジョゼフさんが気の毒で仕方なくなったりします。
ただ、人生で一番愛した人ともしも再会できたら、例えそれが生まれ変わりであろうと、「もう2度と離れたくない!」と思うのは当然と言うか仕方の無い事だと思いますし、アナの感情が困惑から戸惑いに変わり、さらに確信から(そうあって欲しいと言う)切望へと変わってゆく様が、ニコ姐(ニコール・キッドマン)のリアルな演技で表現されているので、観ている方は彼女に肩入れせざるを得ない状態になってしまいます。(少なくともアガサはそうでした)
「そうだそうだ!結婚なんて止めちまえ!」
「年の差なんて気にすんな!7〜8年待てば法的にもオッケーだ!!」
と、アナと小ショーンの許されざる関係に心の中で大声援を送っていたアガサ。
しかし、物語はクライマックスでとんでもない展開に。
なんと、小ショーンはただ単に、アナに片思いをしていた“年増大好き小学生”であり、たまたま見つけた極秘文書からアナと大ショーンのラブラブ秘話を知った為、その情報を活かしてアナのハートをゲットしようとしていただけだった。と言う事が発覚してしまうのです。
にゃ・にゃ・にゃにおう!!
小ショーンの言葉を信じて、フィアンセを捨て、家族を捨て、仕事も安定した生活も何もかもを捨てて、新しい生活を始めようと決意した矢先にこの仕打ちとは!
奇跡の輪廻転生が、壮大なドッキリへと変わる瞬間。
いやこれはむしろ、打ち砕かれた愛から再生しようとしていた一人の女性に仕掛けられた、悪意に満ちたイヤガラセなのではないでしょうか!
仕掛け人はジョナサン・グレイザー。
この作品の監督です。
間違いなく“極S”です。(←断言)
結局、自身が偽ショーンだと認めた小ショーンはアナの前から姿を消し、アナはジョゼフにひれ伏して許しを請い、全てを無かった事にして、2人の人生は再び回り始めます。
しかし、あっさりさっくり割り切った態度で、
「またいつの日にか、別の世界で逢えたらいいネ」
なんて縁切りの手紙を寄こす小ショーンとは裏腹に、アナの心の傷は到底修復不可能な状態に。
ジョゼフとめでたく結婚式を挙げるものの、その表情に真実の笑みは無く、揚句、式をバックレて入水自殺を図る始末です。
こんな仕打ちって無い・・・。
人生をやり直そうとした人間に、こんな仕打ちって無い・・・。
アナ、怒っていいんだよ・・・アナ・・・。・゚・(*ノД`*)・゚・。ウワワーン
一方確かに、アナの選択に疑問を感じなくもありません。
裕福な家庭に生まれ、しっかりとした職も持っているアナが、夫との記憶が消えないままに、どうしてジョゼフとの再婚に執着してしまうのか?
他に心から愛する人がいるのなら、再婚する必要なんてないんじゃないでしょうか・・・?
まぁ、小学生相手にがっつり「扶養に入らせて頂きます」宣言をしていたくらいですので、アナと言う女性はかなり“他人に依存したいタイプ”なのかもしれませんが。
と言う訳で、ラストが尻すぼみで夢も希望も感じられない為、本国アメリカでも大不評だったらしい本作。
ハッピーエンドならなんでもいい。とは思いませんが、さすがのアガサもこの終わり方にはちょっとモニャモニャとした気分にならざるを得ないかも・・です。
ニコ姐が相変わらず潔く脱いでいた所と、ピーター・ストーメアが100%真人間の役だった所だけは、観た甲斐があったと思えた瞬間だったように思いました。
はぁ・・・。
なんか知らんが、切ないのぅ・・・。 (←結局ハマッている)
2007.09.05 (Wed)
『プラダを着た悪魔』

※ 上記のメリル・ストリープがおっさんみたいな件には、出来れば触れないでやって下さい(泣)。
おばんでやんす、アガサです。
先日、堪りにたまった「ホラー熱」を収める為 『地獄の門』 なんぞを観てしまいましたが、決して女力アップを諦めてしまった訳ではありません。
日中の暑さはまだまだ“真夏”の勢いですが、夜に窓辺から聞こえてくる軽やかな鈴虫の歌声は間違いなく、すぐそこまで近づいている“秋”の証明そのものだから。
・・・秋
・・秋と言うとアレですなぁ・・
スプラッターと言うより、猟奇サスペンスが似合う季節ですなぁ・・
じゃない! じゃないぞ!私!!Σ(゚ロ゚;)
秋といえばオシャレの秋ですよ! ねぇ!全く・・・
フゥ・・危ない危ない。
そんな訳で、女力アップ企画第3弾にして真打ち、 『プラダを着た悪魔』 の鑑賞です。
あらすじ・・・
ジャーナリストを夢見る才女・アンドレアは、夢を叶える為に受けた出版社に見事就職を果たします。
しかし、彼女が配属されたのは何故かファッション部門。
そこでは、ファッション界の生ける伝説である鬼編集長・ミランダの過酷な要求に耐え切れず、毎日の様に新人アシスタントが辞めており、アンドレアはとりあえずのその場しのぎ要員だったのです。
自分とは全く住む世界の違う、華やかで虚栄心溢れるファッション界。
そして、「お前は竹取の翁んトコの一粒種か」と突っ込みたくなるような無理難題を、いとも簡単に投げつけてくる鬼のミランダ。
最初はそんな別世界を拒絶し、自分の信念を曲げる事無く、とりあえず与えられた仕事のみを全うしようと考えていたアンドレアでしたが、「やっつけ仕事」ではなく本当の意味で「仕事をやっつけよう」と一念発起。
やり手のファッションディレクター・ナイジェルに教えを乞い、まずは見た目からオシャレにグレードアップ。
そもそも才女の気があるアンドレアは仕事面でも才能を発揮し、みるみるうちにミランダから一目を置かれる存在になってゆきます。
しかし、仕事が順調になれば破綻するのが私生活というモノ。
同棲中の恋人や、長年の親友からは
「お前って、なんか変わったよネ」
と冷ややかな視線を送られ、時を同じくして、ミランダの第1アシスタントとしてパリコレに同行するチャンスまで到来。
恋を取るか仕事を取るか、自分の信念を曲げてまでチャンスを掴むのか、イヤイヤそもそも信念ってなんなのさ?なんてな。
人生の岐路に立たされたアンドレアが選んだ道とは・・・
よろしかったら今日もここらで一押し・・・!
コレですよコレ!!
アガサが求めていた“女力アップ”の作品とは、こういう映画の事だったのですよ!!
『マリー・アントワネット』 だの 『さくらん』 だのと、上っ面ばかりのチャラチャラした作品を観てしまいましたが(←ヒドイ言い様だなしかし)、オサレもあり、恋もあり、仕事もあり、パリもあり、と女の子が求める全ての要素を詰め込み、さらにハリウッド一の“出来る女”メリル・ストリープまで配置した 『プラダを着た悪魔』 は、まさに死角なし!
こんな鉄板な映画を製作した20世紀フォックスそのものが、他の映画会社から見れば一番の悪魔な存在なのではないでしょうか。
ストーリーを振り返ってみれば、出てくる要素がコレまた鉄板。
ガリ勉タイプの女の子
オサレを伝授してくれるヨーダ(的ポジションの脇役)
ネチネチ言うウザイ彼氏(例・オレと仕事とどっちが・・(以下略))
キャリアも見た目も彼氏に優る色男
華の都パリ・・・どうです、この安定感!
過去に、あらゆる「キャリアガール的映画」で使い回された、鉄板要素がてんこ盛り。
で、世の女性たちはコレを観て、
不本意な仕事に甘んじているけど・・・、
普段はオサレに縁遠い私だけど・・・、
イヤミな上司がウザイけど・・・、
わてが本気みせりゃぁコレくらい行けますのさ!!
と、溜飲が下がる思いをする訳ですね。
まぁ、現実的に考えれば、
圧倒的な美貌の下地
や
圧倒的な仕事のスキル
や
圧倒的な強運
を兼ね備えていなければ、こんな展開には絶対にならないのですが、そんな事はさて置きましょう。
しかし、この様に既視感に満ち溢れた作品ですが、ただのオサレ地獄に終わらない、心に何かチクっと刺さるモノを残す作品に仕上がっているのが心憎い所。
最初は“女女(おんなおんな)した世界”に嫌悪感を抱き、「オシャレに人生懸けるなんて頭カラッポな証拠だわ」とか「あたしは中身で勝負するんだわよ」という態度だったアンドレア。
しかし、自分が無関心なジャンルを「〜なんて」と貶すのは、最も手っ取り早い逃げ口上でしかないのですよね。
文字が多ければ良くて、絵ばっかりだと悪いのか?
経済誌は高尚で、ファッション誌は低俗なのか?
社会派ドラマはオスカーで、血みどろスプラッターはラジー賞なのか?
この世には色んな「いい」「悪い」が、何となくの印象や先入観だけで決め付けられており、多くの人がそれに惑わされているように思います。
しかし、本当に肝心なのは「そこから何を感じ取るか」だったり、「その仕事にどれだけ本気で人生捧げられるか」なのではないでしょうか。
自分の趣味と違うからと言って、それを「こんなモノ」と貶す必要などないのです。
ただそこから立ち去って、違う人生を歩めばいいだけの事。
この作品の主人公・アンドレアの様に。
そして、この作品の一番の立役者について。
オスカー受賞式会場では、いい加減見飽きた感もある女帝・メリルですが、スクリーンに於いてはその絶対的演技力を遺憾なく発揮。
“業界一の敏腕編集長”という役柄を何の違和感も無く演じており、その強さのふとした合間(マクロ単位)に魅せる“女としての弱さ”がまた、コレでもかと言う程リアル。
「女帝・メリル・ストリープ」という問答無用の説得力があったお陰で、この作品に「自分らしい生き方とはなんぞや」「信念とはなんぞや」と言う深いメッセージを感じる事が出来るのですねぇ。
アガサが思うに、信念とは周りが本人に思い込ませるモノでも無いし、自分自身が固定概念から自らを縛りつけるモノでも無い。
「ここまでは出来るけど、ここからは無理!」と、ハッキリ決断出来る力の事なのではないでしょうか。
結局自分の人生を決めるのは自分自身。
何が正しいか、何が間違っているかなんて、選んで、進んで、歩んでみないと判らないのに、周りに「お前の信念は間違っている」とか何とか言われたか無いですよね。
ちょっと話が逸れましたが、要はメリルはスゴイって事で。(←丸投げ?!)
女性なら問答無用で夢中になれ、男性の方も飽きる事無く観られる、すこぶるテンポの良い、胸のすく様な成長物語。
なんだか久しぶりに、オサレをしてデパートに出掛けたくなったアガサだったのでした
。
2007.08.11 (Sat)
『最終絶叫計画4』
『デスノート(原作)』ネタにつき、未読の方にはメッキリ優しくないイラストになっております。(→すみません)
いつもクリックありがとうございます!

夏バテ気味なアガサが、やる気の感じられないペースで只今開催中の『呪怨』祭り。
今やジャパニーズ・ホラーの代名詞となった、その 『呪怨』 なのですが、劇中に於いてのトシオ&カヤコ・パフォーマンスと言えば、一歩間違えばギャグにしか感じられない、かなり微妙なライン上にあったりします。きっとそうです。
そう思っていたある日、風の噂で聞いた所に依ると、何とハリウッドのお笑いバカたちが 『呪怨』をネタにコントを作ってしまった言うではないですか。
そのお笑いバカたちとは・・・
デヴィッド・ザッカー & ジム・エイブラハムズ!
そうです!
アメリカ映画史の片隅で、細々と続けられている 『最終絶叫計画』シリーズの最新作は、何とズバリ 『呪怨』 が槍玉に挙げられていたのです!!
勿論、堂々劇場未公開です!!
それがどうした! 文句があるか!!(何故か逆ギレ)
と言う訳で、脱力系パロディ映画 『最封絶叫計画4』 。
『呪怨』祭りの一環として、細々とレビュー!レビュー!レビウ!!
あらすじ・・・
お馴染みシンディが、今回訪れたのは謎の日本風家屋。
そこは、不気味な人影や髪の毛が度々出現している、いわゆる一つの幽霊屋敷でした。
その幽霊屋敷の隣家に住む男やもめのトムは、ある日見かけたシンディに一目惚れ。
バツイチ同士の2人は直ぐに意気投合し、熱い視線を交し合うのですが、そんな時、激しい落雷と共に地球の地層深くから宇宙生命体が覚醒してしまいます。
その生命体は、謎の熱光線で人々を焼き尽くし、地球の全てを侵略しようとしていました。
困ったシンディの前に現れた謎の白塗り少年は、「ある人物こそ全ての解決法を知っている」とシンディに告げるのですが・・・。
果たして白塗り少年の正体は・・・?
そして地球の未来は・・・?
これぞ漢道(おとこみちと書いてデヴィッド・ザッカー)!
そんなベッタベタな笑いに包まれた 『最終絶叫計画4』 。
ぶちまけたバヤリースが半渇き状態の床の様にベッタベタです。
笑える人は本当に映画が好きな人か、あるいは恐ろしく心が広い人なのではないかと思われる本シリーズ。
どうまかり間違っても、「はねとび」や「オリキュン」などが好きな女子高生のツボにははまらない笑いの属性は、今回もバッチリ健在です。
ですのでまぁ、未公開の憂き目にもさしたる驚きを感じません。(むしろ当然の成り行き)
でも、やっぱり私は好きなんですよねぇ・・・
・・・このまったりとした、わ・ら・い
+.゚(*´∀`)゚+.゚キャハ!シリーズ1作目・2作目を監督していたウェイアンズ兄弟から、メガフォンを引き継いだデヴィッド・ザッカー。
説明不要のお笑い王、キングオブキングとはまさにこの方の事を言うのでしょうねぇ。
『フライング・ハイ』 『殺したい女』 『裸の銃を持つ男』 など、コメディ映画史に燦然と輝くアホな作品(←※ホメ言葉)を数多く送り出したザッカー監督。
前作『最“狂”絶叫計画』(3作目)では、旧友を引き連れてやりたい放題していましたが、今回もまたもや馴染みの方々と共にくっだらない笑い(←※ホメ言葉)を連発していて、さすがとしか言い様がありません。
槍玉に挙げられているのは、 前述の『呪怨』に『トムの宇宙戦争』、『ビレッジ』に『ソウ』『ブロークバック・マウンテン』『ミリオンダラー・ベイビー』などなど・・・。
で、前作で散々貞子(サマラ?)ネタで引っ張っていましたので、今回もトシオ&カヤコに期待をしていたのですが、残念ながらトシオモドキがちょっぴり登場するだけで、御大カヤコの登板はありませんでした。
まぁねぇ・・・アメリカの方々には、貞子と見分けがつきませんものねぇ・・・。
そしてトシオネタが早々に切り上げられる理由のもう一つは、『宇宙戦争』にあるのではないかと思いまして、リアル・トムでも充分抱腹絶倒だった『宇宙戦争』を、クレイグ・ビアーコさんとやらがザッカー監督の全幅の信頼の元、
そりゃもう、トシオモドキなんかに時間を割いてはいられませんでしょうよ。
この偽トム、ラストでは史実に基づいた“ソファーでジャンプ事件”まで再現してくれていまして、それがまた面白い事と言ったら・・・

完全に、そこに至るまでの本編を吹き飛ばす程のインパクトです。
って、いいんですか? それで・・・
ちなみにこのDVD、特典映像として“削除シーン集”が入っています。
これがまた凄まじいシーンの応酬でして、
「これは確かに要らないシーンだよなぁ・・・カットして正解だったなぁ・・・」
としみじみ実感できる、堂々たるダダすべりっぷり。
でもって、そんな寒々しいシーン集を自虐的にコメンタリーするザッカー監督。
「これはヒドイ」「もうやめてくれ」とか何とか言いながらも、実に楽しそうに解説しているのですよねぇ・・・。
・・・ホント、ステキなおっちゃんです

シリーズがいつまで続くかは判りませんが、こういう漢(おとこ)気溢れる作品は是非終わらせないで欲しいものですね。
2007.05.08 (Tue)
『ロッキー・ザ・ファイナル』

でもやっぱり、リングサイドにはエイドリアンが居て欲しい・・・。
いつもご覧下さっている皆さん、改めましてこんばんは、アガサです。
先日、心温まるコメントを下さった方から、『すきなものだけでいいです』というブログ名の意味を質問頂きましたので、興味がある方も無い方も、とりあえず聞いてやって下さい。
『すきなものだけでいいです』と言う名前に秘められた想いを・・・。
そう、あれはアガサが高校時代の事。
当時赴任してきた英語教師の・・・
長くなりそうなので、この辺でやめておきましょうかねぇ?
まぁ簡単に言うと、映画や舞台や本や音楽や、すきなものの感想を節操無く書くブログ。という事です。
その割には映画の感想しかないのですが・・・。
ちなみにそんなアガサの隠れた特技は、エイドリアンの吹き替えをする松金よね子のモノマネです。
私がリングザイドで呼べば、ロッキーはきっとコチラを振り返りますね。
100%の自信があります。
・・ん?
・・・なんか間違ってるかも・・・。
『ロッキー最終回』あらすじ・・・
最愛の妻・エイドリアンを亡くしてから幾年月。
未だに癒えない心の傷を抱えながら、ロッキーはイタリア料理屋をひっそりと営んでいました。
そんなある日、現役チャンプから試合復帰の誘いを受け、錆付いていたロッキーのボクサー魂に、再び灯りがともるのでした。
周りの猛反対の声に対し、「誰にでも夢見る権利はあるはずだ」と言い放ったロッキーは、人生最後の試合に立ち上がります・・・。
今でも中学生の男子は、『ロッキー』放送翌日は教室で腹筋をしているのでしょうか?
その昔、スタローンがスライと呼ばれていた頃・・・。
金曜ロードショーの放送ラインナップが「スライ」「シュワちゃん」「ジャッキー」「スライ」「シュワちゃん」「ジャッキー」「ジェイソン」「ジャッキー」だった頃。
それらの翌日には、学校中のあちこちで腹筋に精を出す男子や、酔っ払ったフリをしてはいきなりカンフー技で襲い掛かる男子を見かけたものでした。
しかし、そのように栄華を極めていたスライことスタローンも、アクション映画のヒーローが「ぼやき漫談」でお馴染みマクレーン刑事にとって代わられたり、心機一転出演したコメディがある意味伝説になったりと、人気は急落の一途を辿ってしまいました。
もはや、スタローンは顔の不自然な引きつり具合や、年下のモデルとの再婚話くらいしか、話題に上ることもなくなってしまった・・・。
そこにとどめの様に舞い込んだ 『ロッキー5』 製作の一報。
誰もが、スタローンのキャリアの終焉を感じた筈でした。
出来上がった映画を観るまでは・・・。
そして、観終わったアガサの胸の中はと言うと、
「ロッキーィ・・!
かっこいいよロッキーィィィ・・・!!!」(松金よね子風に)
。・゚・(*ノД`*)・゚・。
もうフンギャー!ですね。
完膚なきまでに叩きのめされました。
もしかしたら、“人間”と言う生き物の遺伝子には、「あのテーマ曲を聴くとアドレナリンが大放出される」という情報が組み込まれているのかもしれませんね。
もう、トランペットが奏でるメロディが聴こえてきただけで、アガサのヤル気は最高潮です。
何に対するヤル気なのかは判りませんが、とにかく何かをやり遂げなきゃ、オチオチ夜も眠れません。
何をしよう? 何がある?
・・・そうだよ! 階段だよ!!
あの階段(舞台となったフィラデルフィア美術館前)登りたいなぁ!!! コンチクショー!!
誰かオレに階段をっ!!
すごい階段をくれー!!
・・・と、言う訳で、しばらくの間アガサは階段めぐりの旅に出掛けたいと思います。
もしどこかの(大規模な)階段の頂上で、両の拳を天に突き上げるメガネっ娘を見かけましたら、「よっ! バルボアっ!!」とでも声を掛けて下さったらこれ幸いです。
ゴメンなさい。
うそです。
まぁ、階段はともかく、今回の目玉はスタローン自ら執筆した脚本。
その栄光(ちやほや)と挫折(干され)の人生を総決算するかのような、重みのあるセリフばかりで、半分ドキュメンタリーなのではないかと思うようなリアルなやり取りが、観ている者の心にクリティカルヒットします。
「あんたなんて過去の人なんだよ!」
・・・きっとこれ、どっかの生意気なガキに言われたんだろうなぁ。
「挑戦することを止める権利は誰にもない!」
・・・きっとこれ、嫁にしつこいぐらい言い聞かせてるんだそうなぁ。
などなど、ノンフクションなスタローンの私生活を、否が応でも思い描く事が出来るセリフの数々。
物語の殆どはそんな生きた英会話で成り立っており、酸いも甘いもイヤと言うほど嗅ぎ別けたスタローン先生のありがたいお言葉が、これでもかと披露されます。
ヘタすると、それらは新人歓迎会で大卒者相手に説教を垂れる、定年間際の万年係長の遠吠えの様に、クドクドしいものになってしまうのでしょうが、そこは我らが80年代のヒーロー・スタローン先生。
適度に嫌味なゴロツキどもを登場させる事によって、観ている者が思わず「もっと言い込めてやれ!」と叫んでしまう様な爽快感を感じさせてくれるでしょう。
そして、スタローン先生がひとしきり説教を終えたら、後は殴り合うのみ。
最愛のエイドリアン亡き今、リングサイドでワーキャー喚くのは近所のギャル。
でもいいんです。
そんな彼女も、シリーズ1作目に出ていた昔馴染みさんですから。
とにかくどこを取っても、1作目への愛情とリスペクトに満ちた本作。
登場する場所も、登場する人物も、みーんな1作目関連ばっかりですので、思う存分、古きよき昔を懐かしむ事が出来ます。
そして、流れてくるあのテーマ曲に全細胞を呼び覚まされたら、劇場を出て、目の前にある階段をただひたすらに駆け上がればいいのです。
きっと、スタローンさんもそれを望んでいる筈ですから・・・。
・・・なんかまた間違っていますか・・? 私?
あとは、来年公開される(らしい)ランボー最新作が、スタローンのキャリアをまたもやドンゾコに落としこまない事を願うばかりですね。

