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『Chronicle(クロニクル)』 (原題)

2013年04月22日
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あらすじ・・・
病気の母親と飲んだくれの父親と共に暮らす少年・アンドリューは、その内向的な性格から、いじめの格好のターゲットとなっていた。
クラスメイトの暴力、女の子の嘲笑、遠巻きに眺める生徒たち。
つらい日常と自分の間にハンディカメラという「壁」を作ることで、なんとか現実を乗り越えるしかなかったアンドリュー。
しかし、従兄弟のマットから強引に誘われ参加したパーティで、学校の人気者スティーヴから声を掛けられた瞬間から、彼の人生は大きく変わってゆくことになり・・・。


これは、わたしの映画だ。 これは、わたしたちの映画だ。

ある日突然超能力が使えるようになったらいいのに・・ と、夢見たことのあるわたしたちの映画だ。
この机の上にある鉛筆を、教科書のページを、ほんの数ミリでもいいから動かせないものだろうか・・ と、手をかざしながら必死に睨みつけたことのあるわたしたちの映画だ。
湯船に浸かりながら、目の前の水面をさざなみ程度でいいから揺らしてみたい・・ と、茹だる寸前まで願い続け、挙句の果てに少しだけ鼻息を吹きかけ「波立った・・・! ・・ってことにしておいてつかあさい・・・!」と誰に向けるでもない言い訳を思い浮かべたことのあるわたしたちの映画だ。
テレキネシスの開発に余念がなく、暇さえあれば頭の奥がツーンとするほど練習して、しかし結局動くことはなく、そんな結末に対し「人間の脳というのはですね、所詮その能力の1割程度しか使われていないわけで・・」 と、残りの9割説に望みを託していたわたしたちの映画だ。

そして同時に、気軽に「周りの人たち」に馴染むことのできなかったわたしたちの映画でもある。
クラスメイトが賑やかに笑い合う中、机に突っ伏し、寝たふりをして行間休みをやり過ごすしかなかったわたしたちの。
温かい声をかけてくれた人たちと、晴れて“友達”になれたものの、心のどこかで「自分はここにいていいのだろうか・・」という「場違い」な思いに苛まれてしまったわたしたちの。
“友達”に、自分の弱さを素直に打ち明けられず、勝手に期待し、勝手に失望し、勝手に孤独という毛布にくるまって震えていた、わたしたちの映画でもあるのだ。

たとえば部活とか趣味とか生い立ちとか。
何がしかの共通点があるから友達なのか。
だったら、その共通点を除いた瞬間自分と彼らをつなぐものは消滅してしまうのか。
友達だから甘えていいのか。友達なら理解してくれるのか。 いや、どうせわかってはもらえない。もらえるなんて思い上がってはいけない。自分の痛みは、しょせん自分にしかわかりっこないのだから。 

たった16歳や17歳なのに、誰にも助けを求めることが出来ない。この絶望的なまでに大きな世界に、自分一人で立ち向かわなければならない。

まだ、たった16歳や17歳だからこそ、そんな風に思い込んでしまったアンドリュー。

わかる!わかるよ! 話してしまえば楽になるのに、意外となんてことはない悩みだったりするのに、ひとりで抱え込んでしまって、周りとの間に壁を作って、目に見えない何かと闘うしかない気持ち! 若さってそういうことなんだよ! 世界中がオレの敵・・・!みたいになっちゃう時期があるんだよ! 残念ながら、大人になってからも実は結構あるんだよ! あのね、そういうもんなんだよ!
そして、そんな鬱屈とした日々に突然もたらされた「力」。
心の中で願うだけで、レゴブロックからアメ車まで軽々と宙に浮かべることが出来る「力」。
そりゃ調子にのりますよ! ああ、のるにきまってるよ!
そして「力」を酷使しすぎたアンドリューたちの鼻からは、真っ赤な血がたらりと流れ落ちるに決まってるんですよ! いや、出なければならないんですよ!もちろんそうなんです! 超能力といえば鼻血、鼻血といえば超能力。 ああ・・・わかりすぎてつらい! ジョシュ・トランク監督、あなたはオレか!


と、いうことで、ちょっと興奮しすぎてよくわからなくなってしまいましたが、人気ブログ「メモリの藻屑、記憶領域のゴミ」暗黒皇帝さまからお借りした『Chronicle』を鑑賞させて頂きましたよ。
ちょい悪、人気者、いじめられっ子というタイプの異なる3人の少年が超能力を手に入れ、キャッキャウフフしたり暴走したりする物語。
理解者に恵まれなかった(ホントは恵まれてたのに気付けなかった)超能力少年がクズい親やいじめっこたちによって追い込まれてゆくというあらすじは『キャリー』を、ルサンチマンの塊のような主人公が自らの力に溺れ崩壊してゆくさまは『AKIRA』を思い起こさせますが、決してそれらの模倣というのでははなく、今までに観たことのない、ありそうでなかった青春映画となっております。
甘酸っぱいです。
そして、かなり胸をえぐります。


アガサが観たのは海外輸入盤だったのですが、どうやら長らく未定のままだった日本公開予定日が今年9月に決まった模様(※あくまで予定)ですので、もし無事お近くの劇場で上映された暁には是非!
有名な俳優さんが出演されているわけではなく、監督さんも今回長編デビュー・・というこじんまりとした印象の作品な為、全国規模での公開は期待できませんが、その場合はDVDでもBlu-rayでもなんでもいいので、発売され次第是非!
というか、アガサがお借りした海外盤は、なんと日本語字幕から日本語吹き替えバージョンまで収められているという、親切にも程がある仕様だったのですよねぇ・・・ これもう、このまんま日本で発売しちゃえばいいんじゃないの?!出せない理由があるの?!なんで出さないの?! おせーて偉いひと!

ああ、本作のおもしろさ、痛々しさを伝えきれないことがもどかしくてなりません。
自分の文章力のなさを、今日ほどいまいましくおもったことはない。
確実に言えるのは、紛うことなき傑作であるということ。本当に。本当に。

ひとりでも多くの方に観ていただけたら、と切に願います。
そしてどうか、「あなたの映画」にもなってくれますように。


- 追記 -

・ 本作は、不自然さを指摘されることの多いPOV視点で撮影されているのですが、「その手があったか・・・!」と目からウロコというか、ニヤニヤしながら叫びたくなるような方法が用意されている為、鑑賞中の不快感は全くありませんでしたよ! 

・ そして、その「アンフェア」と言えなくもない方法によって、主人公の性格であったり、孤独であったりを雄弁に語らせてしまうという。 「カメラの揺れが心境を・・」なんつうのはよくある表現だと思いますが、「揺れ」というかなんかもう「居場所がない感じ」なんですよね、ものすごく。 どこにいても、どこにも居られない感じ。

・ 主人公と共にさ迷うカメラは、彼を守る壁であり、彼の人生の証人であると同時に、彼の唯一の親友でもある。 これもね、すごくわかるんですよね!ぼくには! なにせ幼稚園の遠足の時、周りのおかあさん方に声をかける勇気がなく、当然のことながらママ友も作れなかったぼくは、ひたすらハンディカメラを回していましたからね! カメラを回しとけば話しかけずに済むし、目も合わせなくていいから! そういう人間ですよぼかぁ!

・ 主人公・アンドリューを演じていたデイン・デハーンさんがとにかく超さいこう! 『バスケットボール・ダイアリーズ』や『太陽と月に背いて』の頃のディカプリオさんのような、繊細さと脆さと美しさを持った、すばらしい俳優さんだと思います。 もしもアンドリュー役がデハーンさんじゃなかったら、本作はここまでグっとこなかったのではなかろうか。 『アメイジング・スパイダーマン2』にも出演予定だそうで、当分の間目が離せそうにありませんね!

・ 本国では大ヒット御礼でパート2の製作も噂されているようなのですが、「そいつはどうかなぁ・・」と思いますね。 たしかに設定からいうとまだまだ続きが作れそうな余地はたっぷりあるのですが、「高校生の日常」という狭い世界の中に絞ったからこそ、本作はここまで心を揺さぶる物語になったのではないでしょうか。 当たったからといって、ヘンに大きな話にしないでほしいなぁ・・・(ま、勝手な願望ですけどね!)

・ 暗黒皇帝さま、ありがとうございました!


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