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「ロスト・ケア」 いま、この世界で生きるわたしたちへ。 (読感)

2013年02月16日
ロスト

あらすじ・・・
〈彼〉は満足そうな笑みを浮かべ、証言台(そこ)に立っていた。
43人もの人間の命を奪った事に、後悔はなかった。
これから自分にくだされるであろう判決に、恐怖はなかった。
いや、全くないと言えば嘘になるかもしれない。 しかし、それらもすべて、〈彼〉は覚悟の上のだったのだ。
〈彼〉は静かに思いを馳せた。
自分の放った「矢」が、自分が消えたあとの世界にどんな穴を穿つかを・・・。



第16回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作『ロスト・ケア』を読み終えた瞬間、わたしは大きく息を吐き出しました。
胸の中にたまった「気持ち」を、すべて吐き出してしまいたかった。
しかし、肩を上下させ、なんど吐き出そうと努めても、その「気持ち」はわたしから離れて行こうとはしませんでした。
そして気づくと、吐き出しきれなかった「気持ち」は涙となって、わたしの中から溢れ始めていました。

殺人者に対する憤りでもなく、偽善者に対する困惑でもなく、家族愛に対する単純な感動でもなく、未来に対する絶望でもない、説明のつかない複雑な「気持ち」。
それは、70代の親を持ち10代の子どもを持つ、40代のわたしの中に深く広がる不安だったのか。
それとも脳裏に、あの日病院のベッドの上で痩せ細ってしまった身体を横たえていた、家族の姿がよみがえったからなのでしょうか。


『ロスト・ケア』が主に取り上げているのは「少子高齢化」、そして「介護問題」です。
どちらも、今すぐそこにある不安だけれど、今すぐ向き合おうという気にはなれない問題。
待ったなしのはずなのに、もうちょっと、もうちょっとと先延ばしにしてしまっている問題。
『ロスト・ケア』の登場人物たちは、その問題に直面し、あるものは救われ、あるものは困窮し、あるものは絶望の果てにひとつの決意を固める。
そして物語のうねりは、もっと大きなテーマへと流れをかえてゆきます。
「わたしたちは、この世界で、どう生きてゆくのか」と。


「介護は家のもの(主に嫁)がして当たり前」だった時代から、わずかながらも時は流れ、「第三者のサポートを受けれるだけ受け、なるべく負担を減らすようにしましょう」へと変わってきていることは確かです。
少なくとも、そう叫ばれるようにはなってきている。
しかし、いざ「第三者」のサポートを受けようとしても、そこには介護保険制度やさまざまな壁が立ちふさがり、実際に介護を必要としている人が受けられるサポートは、決して充分ではありません。(※一部のお金持ちを除いて)
では、すべての介護する人、される人たちが穏やかに暮らせるだけのお金を、社会保障にまわせばいいのか。その財源はどこから確保してくるのか。
結局、お金のない弱者は「愛」で自分を慰めつつ、綺麗事だけでは済ませられない現実を受け入れるしかなく、その最も哀しい結末が「介護殺人」として日々ニュース記事となり、わたしたちの目に飛び込んできます。
もちろん、そんな結末だけがすべてではありません。
でも、悲劇は確実に存在している。

介護に疲れはて、明日の生活に絶望し、「もうおわらせてくれ」と懇願され、苦しみ抜いた結果家族を手にかけてしまった人は、果たして殺人者なのか。
その背中を押させた「モノ」こそが、日々大量にニュース記事を生み出させている「モノ」こそが、殺人者なのではないのか。
なんとかしなければならないことはわかっている。
けれど、どうすればいいのかわからない。


「何が正しいのか」を示す事が極めて困難な問題に誠実に向き合い、ひとつの結論へと辿り着くラスト。
それは決して、希望に満ち溢れた未来ではないかもしれないけれど、そこで生きていこうとする人たちの強い意志がある。
本を閉じ、大きく息を吐き出したわたしに、登場人物からの眼差しが向けられている気がしました。

『ロスト・ケア』が放った「矢」は、わたしの心にもたしかな穴を穿ちました。

そしてきっと、これから読むであろうあなたの心にも。


作者の葉真中顕さんは、本作が本格長編小説処女作だそうですが、日本の社会保障制度が抱える問題はわかりやすく説明され、読んでいるだけで心が痛くなるような介護の現状も、「泣き」を煽るような語り口ではなく、極めて冷静に描写されておりますので、重々しい内容ながらもあっという間に読んでしまいました。
さすがは、超人気ブログ「俺の邪悪なメモ」の筆者・罪山罰太郎さんとして、様々な社会問題や将棋、スポーツの話題などを極上のコラムに仕上げてきたお方、別名「TENGAの伝道師」さんですね! TENGAってアレですよ、卵型とか色々とシャレオツな形状をしたアレ。 おっと!これ以上は勘弁な!

また、作中で描かれる「殺人」に対して私たちが抱きうる、「共鳴」「反感」「批判」「同情」「罪悪感」などは、全て登場人物たちによって代弁されてゆき、作者がいかに自問自答し、苦悩の末にこの物語を完成させたことか・・・と、そこに込められた想いに圧倒されました。
葉真中さんの筆から今後紡ぎ出されるであろう新たな物語も、非常に待ち遠しく、とても楽しみです!

言うまでもない事ですが、ミステリーとしても非常に巧みで、序章からさりげなく忍ばせられていた仕掛けにまんまと踊らされ、後半、ある重要な一行を読んだ瞬間には思わず「えーっ?!!」という感嘆の声をもらしてしまった程。
2度、3度と読み返したくなる事請け合いですよ。


小説好きな方も、そうでない方も、邪悪メモの愛読者だった方も、今日たまたま初めてこのブログをご覧下さっている方も、ぜひ!



関連サイト 葉真中顕さんのブログ
(はまなか✩あき さんと読みます。)(漢字だけ見たらどこで切るのか一瞬迷いませんか・・・そうでもないですか・・・わたしは迷いました)(顕微鏡の顕と書いてアキ!)(よし、おぼえた!)


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