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『ミッション: 8ミニッツ』

2013年01月31日
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あらすじ・・・
未来を変える8分間チャレンジ!


【「現実」ってなんなのだろうなぁ、と思うのですよね。】

・・あ、いやいやいや!そんな風に「ついにアガサがおかしくなった」とか言わないで!もうちょっとだけ聞いて!オレの話を聞いて!

頭の中で繰り広げられる世界は、一般的には「妄想」や「想像」などと呼ばれます。
手で触れられない、匂いも嗅げない、痛みも感じない世界は、「現実」などではない。
いま居る、「この世界」が「現実」なんだ。
でも、「この世界」を認識させてくれているのも、結局「頭の中」じゃないですか。
皮膚の感触を解析して「こういうものだよ」と伝えてくれるのも「頭の中」。鼻で受けた物質の刺激を分析して「こんな匂いだよ」と伝えてくれるのも「頭の中」。視界に入った情報を整理して「こういう景色だよ」と伝えてくれるのも「頭の中」。
つまり、いま居る「この世界」は「頭の中」が作り出した世界で、「現実」は「頭の中」があるからこそ存在する世界なのではないだろうか、と。

しょせん、人の「頭の中」を通して認知されているだけの「現実」世界。 
それがこの世の全てだと、果たして言えるのだろうか。

【480秒で支度しな!】

本作の主人公スティーヴンスさんは、アフガニスタンでの任務中に瀕死の重傷を負い、かろうじて脳神経が活動しているだけの状態となってしまいました。
対外的には「死亡者」として帰国させられたスティーヴンスさん。 
一方、活動中の脳は秘密裏のうち、とあるミッションに抜擢されました。
それは、「亡くなった人の脳にアクセスし、そこに残された8分間の記憶から死亡の原因を探る」というプロジェクト。
説明としてはこうです。
〈脳は死亡後しばらくのあいだ帯電状態にある。亡くなる直前8分間の記憶もデータとして蓄積される。そのふたつの特徴を活かして、被害者の脳から過去の世界へとアクセス出来るプログラムを作りました。 ただし、あくまでプログラム上の体験で、タイムスリップではありません。〉
つまり、実際の記憶を元に再現したバーチャルリアリティのようなものでしょうかね。
仮想現実の中で犯人探しをしろ、と。

スティーヴンスさんの脳が選ばれたのは、「どっちにしても脳しか残ってないような状態だからコキ使ってもいっか」という理由と「被害者の脳と相性がバッチリだった」の二つだったのではないかと思います。 後者はともかく前者ひでえなおい。

ともかく、被害者の脳世界にアクセスしたスティーヴンスさんは、その世界の中で被害者自身として動き回り、幾度かの失敗を繰り返しつつも見事テロの犯人をつきとめました。
プロジェクトの成功に湧く科学者チーム。
チームのリーダーはスティーヴンスさんの記憶を初期化し、今後も同プロジェクトに使用する気満々です。
そう、彼らは既に、スティーヴンスさんを「人」とは見なしていない。
彼らにとってスティーヴンスさんは「装置」でしかないのです。

そんな思惑を察知したのか、いや、そんな思惑などどうでもよかったのかもしれませんが。
スティーヴンスさんは、「思考するだけの生命体」となってしまっていた彼は、「人」としての尊厳を保ったまま終わる事を望みました。
そしてその選択は、思わぬ奇跡を生む事となるのです。
懇意になった担当者に頼み、最後の8分間ミッションの終了とともに、生命維持装置を切ってもらったスティーヴンスさん。
当然消えてしまうと思った世界はなんと、静止したのち再び動き始めたではありませんか。
スティーヴンスさんは、被害者の身体を借りて、そのまま「テロの起きなかった世界」で愛する人と共にしあわせに暮らしたのでした。めでたし、めでたし。
しかも、その「テロの起きなかった世界」に居た担当者の元には、「テロの起きた世界」の中から「テロが起きる前の時点での世界」にアクセス中のスティーヴンスさんからメールが送られてくる、というおまけつき。

・・・テロの起きなかった世界・・・

・・テロが起きた世界のテロが起きる前・・

・・・・テロ・・・テ・・

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【主人公の選択の先にあった世界の正体とはいったいなんだったのでしょうか。】

「バーチャルリアリティだと思った世界。」
「脳内だけで作り出している世界。」
「並行していたけれど交わることはない筈だった世界。」
断言できるほどの自信はありませんが、このどれもが正解なのではないかと思いました。
生命維持装置を切られたスティーヴンスさんの脳は、しばらくの帯電ののち痕跡を消してゆくのでしょう。 しかし、直前8分間の記憶は永遠に残る。 
その世界の「8分間」が、我々の世界での「8分間」と同じとは限らないし、全てを司る「頭の中」が生み出した、「感覚」も「温度」も存在する世界である以上、そこが彼にとっての「現実」なのではないでしょうか。
アフガニスタンで兵士として活動していた「現実」から枝分かれした、もうひとつの「現実」。

「死んだ人の脳にアクセスするという不可思議な経験」をへる事で「テロを未然に防ぐ」事に成功し、結果「脳を酷使される」事もなく、「生命維持装置を切られる」事もなく、「ずっと頭の中で生き続け」られる世界。 メビウスの輪のように、どこまでも一続きの世界。
それが彼の生み出したあらたな「現実」。 紛うことなき「現実」なのです。そんな気がします。そう思わせてください。 じゃなかったらもうアレだ!「天国」ってコトで! いいじゃんいいじゃんスゲーじゃん!


【どこで生きるかではなく、どう生きるかなのではないでしょうか。】

アガサは物理学も数学もからきしダメなタイプなので、しょうじき「パラレルワールド」とか「量子力学」とか聞いてもチンプンカンプンなのですが、自分に見えているものだけが「世界のすべて」だとは思いません。
いや、だからといって「だから空想の世界へファーアウェイ!」なんて逃避したい訳ではなく、あくまで「あるかもしれない」という可能性に思いを馳せているだけなのですけどね。

宇宙の仕組みのコトを考えていたら、頭がブワワーッとなりませんか?
もしかしたら、いま居るこの世界は、誰かが頭の中で作り上げた「現実」にすぎないのでは?
もしくは、どこかの研究所のシャーレの上かプログラムの中で繰り広げられている「いきもの実験」でしかなかったりなんかして?
それは誰にもわからない。(人類が「確認できる」範囲しか確認していないのに、どうして「わかっている」などと言い切れようか)
 
わかっているのは、いま、自分たちが息をして、困難な事や嬉しい事を経験しながら日々過ごしている、という事だけです。
そしてそれは、自分たち自身では巻戻せないし、無かった事にもできない。
だから、後悔のないように過ごしたいし、腹を立てるよりは笑っていたいし、詰るよりは慈しみたい。
日々を、生活を、大切な人たちを。

ここがどの「現実」かなんて重要じゃない。
重要なのは、ここでどう生きるか、なのではないか。

・・・と、ぼくは本作を観て思いましたよ!


【まとめ】

つじつまが・・・とかパラドックスの原理が・・・とかあまりくよくよ考えずに、「ジェイク・ジレンホールがんばれー! ・・ん・・?アレ・・?・・ギレンホールだっけ・・ジレンホールだっけ・・どっちだっけ・・ ・・えっとえっとま、いいや!がんばれー!」と手に汗握って応援しながら観ると、とてもたのしめるのではないでしょうか。




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