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『ヒューゴの不思議な発明』

2012年03月02日
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ヒューゴがなんか発明すると思ったら大間違いだぞ!

あらすじ・・・
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まさかあの女の子がおまえの鍵穴に合うハートの鍵を持ってただなんて、僕ビックリだよ! いやぁ、今日はホントわくわくした!僕今すっごい興奮してます!

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思えば、お父さんが勤め先の博物館から壊れたままのおまえを持って帰ってから早幾年。 腕のいい時計職人だったおとうさんから機械のしくみを教わりながら、二人三脚でおまえを修理してきたよなぁ。でもおとうさんは職場の火災事故で亡くなってしまった・・・。 駅の時計管理をしている呑んだくれの叔父さんに引き取られた時は、ほんともう絶望のどん底だったよ。

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酔っ払ったままどっかに行っちゃった叔父さんに代わって時計のメンテナンスをしながら、くじけずおまえを直し続けてきたはいいけれど、今度は駅構内のよろず屋のおじさんにおとうさんの形見の手帳を取り上げられたりしてさぁ・・・。 どえらい剣幕で「この手帳は燃やす!」なんて言われちゃって・・あん時はマジ僕キレそうになりましたね。

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でもね、それがきっかけであのおじさんの孫娘のイザベルと仲良くなれたんだから、世の中わかんないよね。 おとうさんも叔父さんもいなくなって、天涯孤独だったぼくに初めて出来た友達かぁ・・・しかも超かわいいしさぁ・・最高ですよまったく・・。 あ、天涯孤独じゃないか、僕にはまだおまえがいたもんね。おとうさんが遺してくれたおまえが。

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結局手帳は返してもらえなかったけど、なんとかおまえの修復も済んだし、あの子の鍵のおかげでおまえが「絵を書くオートマタ」だったって事もわかったし、後はアレだな、なんでその絵に書き込まれる署名がよろず屋のおじさんの名前なのかってコトだな、ジョルジュ・メリエスなのかってな。 しかもその絵は、おとうさんが昔教えてくれた「おとうさんがはじめて観た映画」の1シーンだったとかさぁ・・ コリャ絶対なんかあるよね!

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おじさんはなかなか口を割りそうにないけど、僕はかならずコトの真相を明らかにするよ! なんか最近悪夢ばっか見て寝汗とかすごいんだけど、全ての点と線が繋がったらいい夢が見れそうな気がするんだ。 ほんと、ちょっと精神的に不安定になってるのかもだなぁ、毎晩のようにうなされるんだもん。 なんでだろうなぁ、せっかくおまえを枕元に置いて寝てるっていうの

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・・に・・

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ヒューゴ逃げてー! そいつは夜毎毛髪とかが伸びるタイプのアレやでー!!



【魔法の映画、映画の魔法】
という訳で、スコセッシおじさんがバイオレンスを封印して作ったと評判の『ヒューゴ』を観てきましたよ。

一度は夢見ることをやめた人たちが、再びハッピーエンドを信じる事が出来るようになるまでの愛と再生の物語。
・・なのですが、なんだかもうこれは要するに、「映画を愛する人」から「映画を愛し続けてくれる人」へのラブレターだったのではないか、と思ってしまったのでした。
「映画の作り手」から「観客」へ。
「観客」から「作り手」へ。
すべての「映画の魔法を信じる人」たちへ。

孤独な少年ヒューゴは「映画」でイザベルと仲良くなり、「映画」で人々の心を溶かす。
メリエスは「映画」に魂を捧げ、「映画」に絶望し、「映画」によって希望を取り戻す。
常に登場人物のそばには「映画」があり、それは、彼らが気づくか気づかないかはさておき、揺るぎなく彼らを支え続けている。
この、スコセッシおじさんの「映画」に対する圧倒的な信頼感ときたら!めまいすら感じる程の「愛」を感じましたねぼくは。
その昔、「映画」が生まれた頃、人々がどれだけその魅力に純粋に熱狂したかという事を、リュミエール兄弟の『列車の到着』など実際のフィルムを用いながら説明するトコロも素晴らしかったですね。
もうね、どんだけ映画好きなんや、と。

「映画」というのはひとつの魔法だと思います。
それは時に、白魔法にも黒魔法にもなり、観る人を勇気づけるも怖い夢を見させるも思いのまま。
スクリーンの前の人たちを、観た事のない世界に連れ出し、目もくらむような大冒険をさせ、ほんの数時間でその後の人生全てに大きな影響を与えてしまう事もある。
誕生して117年をすぎた今、大きなスクリーンから小さな液晶画面へと場所を移すことも多くなったけれど、その魔力はちっとも衰える事はないと思う。
今でも「映画」は、誰かの心に光を与え続けている。 
110年前にフィルムに焼き付けられたはりぼての月が、デジタルの魔法で鮮やかにスクリーンから浮かび上がるのを観て、私はきっと110年前の人々がそうであったように、心を躍らせました。
このたまらなくしあわせな気持ち。
なんと心地よい魔法だろう。
もうね、私も映画だいすきやよ。

という訳で、この時代にこの技術で作られた事にも意義がある本作をご覧になる際は、是非3Dバージョンを選択される事を強くおすすめします。



(※ 以下ネタバレ・・と言うか、より細かく内容に触れています)



【ヒューゴは発明しない】
発明はしない! 発明したのはメリエスさん!
ただ、発明 → 絶頂 → 落日 → どさぐれ状態(←new!)だったメリエスさんに「無力な孤児だけどこんなに精一杯がんばってます!」という生き様を見せつけ、「なんかわしももっと前向きになる!」と思わせた功績はでっかいよ!

【メリエスさんはイジケ虫】
「映画は魔法」であると同時に「現実逃避法」でもある。
しかし、第一次世界大戦という荒々しい現実は大きなうねりとなって映画を飲み込み、逃避させる事を許さなくなってしまった。
メリエスさんはそのうねりと闘おうとしたのかどうかわかりませんが、というか、映画を観る限りでは何もしてないくさいのですが、戦争による不況の煽りもあり心がぽきっと折れてしまいます。
で、「映画の事を思い出したら惨めになるだけだからもう考えたくない」なんつって耳に蓋をしてあーあー聞こえないーってやってるだけのおじいさんになってしまった訳なのですが、その他の映画人はどうしていたのかというと、どんな困難にあってもくじけず映画を作り続けた人もいたと思うのですよね。
映画そのものは消えてしまわない。 なぜなら、世の中の状況に合わせて姿かたちを変えて行くのも映画のよい所だから。
メリエスさんはなぜ、その努力をしようとしなかったのだろうか。
そこが私にはとても不思議でなりませんでした。
映画の魔法を信じていれば、決して新たな呪文や秘薬を生み出す事を諦めなかったはずなのに。

で、自分ひとりで勝手にイジケているのならまだしも、多感な時期の孫娘や元女優の奥さんにまで「映画禁止令」を敷くとか超感じ悪いですね。 周りを巻き込むんじゃないよメリエス!!めっ!!

【オートマタがこわい】
ぜんまいが戻りきってなくて夜中に カタカタカタカタ ってなんてなったりなんかしたら絶対に泣く自信がある。
とりあえず何がこわいって、目が全部黒目なのが問題なんだと思うんですよね。
そこで提案なんだが、思い切って学天即くんみたいに白目を施してみたらどうだろうか。ほら、こんな風に・・
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・・・

・・・ごめん・・ さっきの提案ナシの方向で・・・


ヒューゴはすべてにケリがついたら、なるべくはやいトコお寺さんに持っていく方がいいと思うね。髪の毛とか伸び出す前に。


【まとめ】
映画愛に満ち溢れた温かい物語ではあったのですが、スコセッシさんの思惑とは相反しているのかもしれませんが、私はどうも、本作の主な登場人物を救ったのは「映画」だけではなく「ヒューゴの優れた修理能力」から得るところも大きかったのではないかと思いまして。
直すひとを失ったオートマタと、おとうさんを失ったヒューゴ。
「手帳」というおとうさんからの手助け無しに、自分の力だけでオートマタを直したヒューゴは、結果的に自分自身の傷ついた心を治していたのであり、そんなヒューゴの「あきらめない姿」が、勝手にイジケてたメリエスさんや、孤児院育ちで心を閉ざしたまま育った「裏ヒューゴ」のような鉄道公安官によい影響を与えたのではないでしょうか。
「映画」を全面に出したいのか、それ以外の部分に重きを置きたいのか。
どちらかひとつに決めつける必要など無いのかもしれませんが、かなりの時間を費やして描かれる「むせ返らんばかりの映画愛」と「ドライバーを持って歯車の中を駆け回る」部分のバランスが、私には若干ちぐはぐに感じられました。
いや確かにわしも映画の事は好きだけど、肝心なのソコじゃなくね?、と。

はたまた、ヒューゴが修理するのが「映写機」だったなら、もっと統一感が生まれてたのかなぁ・・・と思ってみたりもしたのですが、「時計のぜんまいを巻く」行為と「人生の針が再び動き出す」事との繋がりもしっくりくるので、「時計」と「映画」どちらも入れたらこんな感じになっちゃいました!テヘ! ということなのかな・・と解釈してみます。

とまぁくどくど言いましたが、イザベルちゃんを演じたクロエたんは相変わらず見目麗しかった(ベレー帽にボーダーのカットソーとか目眩がするほどシャレオツじゃんか!)ですし、効果的な3Dのおかげで映像に包み込まれるような感覚を味わえたのもとても楽しかったですし、とても幸せな気持ちになれた126分間だったと思います。

『スコセッシおじさんの不思議な魔法』、天国の淀長さんにも観てもらいたい作品でした! 


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