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『スーパー!』

2012年01月17日
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※ 今回もネタバレしていますので、ご鑑賞後に読んで頂けると嬉しいです。



あらすじ・・・
性に目覚めれば厳格なクリスチャンである父に折檻され、就学すれば同級生にイジメられ、奇跡的にゲットできた女の子と一緒にプロムに行こうとすればカメラマンに寝取られ、取り立てて誇れるような特技はなく、髪はくせっ毛、顔もブサイク。
かように、屈辱と苦痛にまみれたフランク・ダルボの人生だったが、ある日天から救いの手が差し伸べられた。
彼の前に現れた天使の名前はサラ。
クスリで身を滅ぼした事があるサラは優しく、美しく、フランクの全てを包み込んでくれた。
彼女の存在こそが、暗闇に閉ざされたままだった彼の人生に差し込む唯一の光だった。

しかし、蜜月は、サラの悪癖にぴったりマッチするイケメンドラッグディーラー・ジョックの登場によって、あっけなく幕を閉じる事となる。

光を奪われ、絶望のどん底に叩き込まれたフランク。
その耳元をかすめる、崇高で完美なささやき声。
「今こそ悪に立ち向かうのだ・・ 神がその力を与えてくださることだろう・・・」


フランクは かいでんぱを キャッチした!!

【ヒーローはなぜマスクを被っているのか】
いわゆるアメコミのヒーローの多くは、自分の素顔を隠すため個性的なマスクを着用していますよね。
それはもちろん、世の中の悪人たちに素性をさらす事で発生する様々な危険を回避する為だとは思います。
もしくは、心理学的な知識を持つ人ならば、あのマスクにはまた何か別の意味が込められている事を発見出来るのかもしれません。
しかし、なんの知識も持たない野生児アガサはこう思うね!
ヒーローはみんなちょっとばかしへんたいだからだと!
・・・そうそう、マスクをかぶっていないと興奮しないタイプで・・ってオイ!今沢山のアメコミファンの人を敵に回した気がする・・ッ!!

まぁ、へんたいは言い過ぎかもしれませんが、ちょっとオカシイ人なんだろうな、とは思うのですよね。
日常生活の中で、「えっ」と思う事や「なんじゃコイツ・・」と憤る事は多々あります。
でも、多くの人は自分に出来る範囲の「正義」を行うのが精一杯ですし、また、アガサはそれでいいと思います。
自分の大切な人を守る。それよりも大切な事なんてないと思うからです。
でも、ヒーローは違う! 
ヒーローはけっこうな広範囲で悪を倒す・・・己の信じた「正義」の為なら、たとえ体がボロボロになろうと身内を危険に晒そうと致し方ない・・なぜなら、それがヒーローなのだから!! こえぇー!ヒーローの行き過ぎた「正義観」こえぇー! 
みんなの為であることは確かながら、その一方、どこか「満たされない自分の心の穴を埋める」為であることも否めないヒーローの行い。
そのマスクは、もしかしたら彼らの「正義って言いながら自己満足になっちゃっててゴメン」という罪悪感を包み隠そうとしているのかもしれない・・・ あとやっぱ嗜好の問題かな!


【「神のお告げ」最狂説】
訳もなく、いや、きっと訳はあるのでしょうが、突然「いけすかない奴」を襲い始める人たち。
「いけすかない奴」は、時に個人的な恨みを抱えた相手ではなく、全く縁もゆかりもない人であることもある。
なぜ?  と私たちは思う。特にそれが度を超えた暴力であったり、あまりに大人数に対する仕打ちだったりした時に。
そんな問いに、「神のみ心に従ったのです」って答えられた時のおそろしさね! こえぇー!!神のみ心超こえぇー!!
まだ「腹が立つ事があったからやりました」って言われる方がなんぼかマシですよ! なんとなく「あー、人間なんだなー」という気持ちが湧きますもん。
ところが「神の代理人を仰せつかりました」なんて名乗り始められたりなんかしたら、もう完全にアウトですよ。
「うわぁ・・」ですよ。 
「これは話が通じないタイプのアレやで・・」ってドっと疲れますよ。
自分が人生で受けてきた不当な扱いに対する復讐。
それを「正義」だの「神のみ心」だのにすり替えて正当化する人には、底なしの狂気を感じますね、ぼくは。


【しあわせのものさし】
ちょっと前に、「世界一幸せな国」としてがっつり紹介されていたブータン王国。
あるテレビ番組では、「どれくらい幸せなのか実際に体験してみよう!」というあたまのわるそうな企画を放送。 わざわざ山奥の村に出かけ、やれ電気がないの電話がないのと大騒ぎした挙句、「でも慎ましやかな幸せってのもあるんですよね」とかなり上から目線で締めていましてワチャーという気持ちになってしまったのですが、結局、しあわせのものさしって自分の中にしかないのではないかと思うのですよね。
なにをしあわせと思うか、なにをふしあわせと思うかなんて、所詮自分次第。
同じように100円を拾ったとしても、「超ついてる!」と思う人もいれば「この程度の運しかないんだよね・・」と思う人もいる。
誰かにとって不幸な事が、他の誰かにとっては幸せな事がある。 そういうものなのではないでしょうか。
要は、どんなものさしが持てるか。 
自分の周りに転がっているミクロ単位の出来事をも、大きなしあわせとしてはかれるものさしを持っていれば、きっとその人はとてもしあわせに過ごせるだろうと思います。


【フランクは怪電波をキャッチした!】
本作は、冴えない中年男が愛する妻を寝取ったチンピラに対し制裁を加える、というとっても好感の持てるお話だったのですが、そこに「神の名のもと」に繰り広げられる流血祭りが加わる為、さらに好感度が増してしまいました。
自分の人生に於いて、「逃走犯を追うおまわりさんに協力した」ことと「超美人のサラと結婚できた事」以外はすべて苦痛でしかなかった、と語るフランクは、不当な扱いの源はすべてこの世の中に存在する「悪」のせいなのだ、と思い込みます。
ものさしがガラクタなので、「ダイナーのコックさんだけど立派な一戸建てに住めている」とか「一緒に映画を観に行ける悪友もいる」とか「特に問題なく日々暮らせている」といった恵まれた環境には目もくれません。
そして、「自分のしあわせの象徴」であるサラに捨てられて意気消沈のフランクは、寝る直前に観た宗教バラエティの影響をモロに受けた内容の夢から「これこそは天啓なのだ・・・!」と、ビリビリっと、アレな電波を華麗にキャッチ。
へんたいの象徴である手作りマスク&コスを身にまとい、普段は出来ない乱暴な行為に躊躇することなく手を染めて行きます。
途中、アメコミとセッ○スとバイオレンスが大好きなギャル・リビーとの交流を経て、諸悪の根源であるジョックの巣窟に乗り込むまで、初志貫徹して「狂気」を貫き通すその姿のなんと潔いことか。

そう、アガサは、フランクは最初から最後まで堂々たる狂人だったと思うのです。幼稚な狂人だったと。
テンションがあがると凶暴性に磨きがかかるリビーを見て、多少怖じ気付いたようなそぶりをみせるものの、ターゲットを「おおまかな悪」から「私怨」に絞るのみで、方向性を変える事無く聖戦の準備を始めるフランク。
フランクにとって、「ヤクを購入している主婦の頭上にブロックを落とす」事にも、「行列に割り込んだカップルをレンチで滅多打ちにする」事にも、「銃器と爆弾を抱えてジョックの家を襲撃する」に事も大きな違いなどないのです。
あるのは「人が困る事をする奴は全部悪(あく)!」という信念だけ。
「ただし、やっている事の程度によって、注意するくらいで済ませるのか、ちょっと一発ぶん殴るのか、おまわりさんに引き渡すのかは区別しないとね」なんていう分別はない! 
当然「お仕置きはかかせないとして、レンチはシャレにならないから別の道具にしよう」なんて配慮もない!
悪いからお仕置き!  強そうだからレンチ! でも顔を見られたらコワイからマスク! 小学生か!!

「悪気があるんじゃないよ。神さまの言うとおりなんだよ」と言い通すフランクの狂いっぷりと言ったらねぇ・・・ 
なまじっか、害の無さそうなとっちゃん坊や然とした風体をしているだけに、より一層恐ろしかったですね。
元ジャンキーのサラにヤクを与え、まんまと寝取って我がものとし、新製品の試し打ちや取引相手への貢物として利用するクズ人間・ジョックなんてかわいいものですよ。
自らの鬱積を神の名のもとに晴らしまくるフランクの狂気は本作の見所であり、さらに言うならば、そんなフランクが死体の山を築いたのちも何のお咎めも受けず、それどころか、以前よりも制度のいいものさしを手に入れ、たくさんの「しあわせ」に囲まれるというラストこそは、最も狂っているポイントだと思います。
こわい・・・ オレはこの作品が心底おそろしい・・・!! (でも好き)


【まとめ】
フランクに訪れる穏やかそうな日々を見て、不条理な世の中を表しているバッドエンドと思う人もいるでしょうし、紆余曲折の果てに新たな人生を歩み始めた希望漂うラストと思う人もいるでしょう。
前者のアガサは、「神のお告げ」が、実は「自分を救う為」ではなく「世界に必要とされている女性を救う為」だったのだとフランクに気づかせるという、建て前に欺瞞を塗り重ねたような結末も含めて、とてもおもしろい作品だったなぁと思いました。
フランクの姿をアメリカに重ねて見ると、このお話はまた一段と興味深くなります。
「困っている」人の所に出かけて行って「正義」の鉄槌を振り下ろす。時には、自らが定めた「正義」の執行によって犠牲となった仲間を思い涙を流し、自分たちがどれだけ恵まれているかという事を神に感謝してみたりもする・・・。
フランクはアメリカなのか。 
いや、フランクは私たちが勝手に抱く「都合のいい正義」そのものなのか。
自分が設定した「悪」が退治される様にカタルシスを感じる一方、どこかバツの悪さを感じてしまうのは、自分の中に潜む残酷な本音を暴かれているような気持ちになるからなのではないでしょうか。
市井の人・フランクの狂気は、多かれ少なかれ私たちの中にも備わっている狂気なのかもしれませんね。もしかするとね。


【追記】
・ ジェームズ・ガン監督の前作『スリザー』も、冴えない夫が若くて美しい妻に夜の営みを拒まれるトコロから始まるのですが、ジェームズはあれか、夫婦生活に何かトラウマでもあるのか。

・ 本作は、妻の愛を取り戻そうと暴走をはじめる夫や、夫を変えるきっかけになる「ヌメヌメした物体」など『スリザー』と共通するポイントがいくつかあり、なんというか、監督の趣味のよさが垣間見えてすばらしいと思いました。 ユーモアとゴア描写のバランスもとてもいい!

・ 幼いころから受けてきた「イヤな思い出」によって、屈折した性格になっているフランクの気持ちもよくわかるのですよ。 アガサも、物心ついた頃から容姿の事では散々つらい経験をしましたし、それらが積み重なった結果、周りの人がかけてくれる温かい言葉を素直に受け入れる事が出来ないくらい捻じ曲がってしまっていた事もありました。 でも、辛い経験をした事のない人などいないし、やたらと「自分がわるいんだ・・」と自分を責めるのもどうかと思いますが、「全部周りがわるいんだ」と攻撃的になるのも、結局自分がしんどくなるだけなんですよね。 フランクも、サラと結婚出来た時に「これからは彼女を支える事に全力を注ごう」と思う事が出来ていれば、お互いにいい方向に進めたかもしれないのになぁ・・と思いました。  もったいないなぁ。

・ 鼻ソケットの死にざま!!(股間!!)

・ フランクを目覚めさせる宗教チャンネルのヒーロー番組が、愛のないセッ○スを避難し「BまでならまだしもCまで行ったら二人とも地獄に堕ちるぞ」と諌めるくだりがあるのですが、フランクとリビーはその直後まんまと肉欲に溺れ関係を持ってしまうのですよね。 これは、その後二人が地獄に堕ちるフラグとなっているのだと思いますので、無残に死んでいったリビーだけではなく、新生活を始めたフランクを待ち受けるのも、きっと地獄なのでしょう。 わしはそう願う。

・ ま、それもみな神のみぞ知る、なのですけどね。

・ 映画史上最強のサイドキック・ボルティ登場!

・ メンタル面は強いわ、可愛いわ、凶暴だわ、淫乱だわって・・  なんや!これ以上なにが必要なんや!!

・ リビーの魅力に気づかないフランクは史上最低の大まぬけ。

・ オープニングが最高にかっこいい! みんなもテレビの前で一緒におどろう!!(※グロ注意)


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