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『ハンナ』

2011年12月22日
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(※VOGUEの表紙かっつうの!)

あらすじ・・・
フィンランドの人里離れた山の奥、小さな小屋に父親と二人きりで暮らす、16歳の少女ハンナ。
厳しい寒さの中、限界ぎりぎりのストイックな生活を送る父娘には、ある目的があった。
そしてある日、彼らはその目的を果たす為、地中に隠していた発信機を取り出す。
そのスイッチを押せば、もとの暮らしには二度と戻れない。
しかし彼女はスイッチを押す。
たったひとりの女性を、この世から抹殺する為に・・・。



「美しい少女が感情を持たない殺人マシーンに育て上げられる」、という物語は、どうしてこうも心を惹きつけてしまうのでしょうか。
「感情を持たない」という点は、まず大きなポイントですよね。
いちいち「お前ら全員メイドおくりにしてやるー!キイー!!」ってやってたら、ただのめんどくさい女ですからね。
あくまで無表情で、躊躇せず、情にほだされる事もなく、与えられた命令を淡々とこなす。ここポイント。
しかし、そんなマシーンに、とあるきっかけで感情が生まれる。
それは「自分が知らなかった世界」に触れる事。
自分の価値観を壊すような出来事に触れ、「ああ、こういう世界もあったのか」と驚き、そこに喜びを見出し、撥ね付けるのではなく受け入れ、少しばかり人として成長してゆく。 ここも大事。
そして圧倒的に強い。 
彼女は、世界と触れ合う事で生まれた問題を、自分で解決してゆけるだけ強さも持っている。 ここも重要。

つまり、
「別に、自分は自分だから他の事なんてどうでもいいし、やれと言われれば嫌な事だってやってやるけど、本当は世の中にもどんどん関わっていきたいし、友達だって沢山ほしいし、好きなように生きたいんだよねー。 まぁ、とはいえ世界中の人全てと分かり合える筈なんてないから、ホントにいけ好かないやつはボッコボコにしてやるけどね!」
という私たちの夢を具現化しているのが、「美少女暗殺者モノ」なのではないでしょうか。ちがうか!オレだけか!そんな夢想してるのオレだけか!

でもね、美少女暗殺者のみなさんが抱えている問題というのは、現実に生きる私たちが抱えているそれによく似ていると思うのですよ。
もちろん、人を殺すのが生業な訳ではないですけどね、根本的な問題はあくまで普遍的なものなのではないかと。
だからこそ、ガラス玉のようだった瞳が悲しそうな色合いを持ち始めるのを見ると、
「人の気持ちがわかるようになったんだね!」
とホっとする反面
「人の気持ちがわかるからこそ生まれる苦しみを知ってしまったんだね・・」
と心が痛むし、悪玉をやっつけていると
「そうだそうだ!そんな悪いヤツはやっちまえ!」
と思いながら
「こんな物騒なやり方でしか解決出来なかったのか・・」
と悶々としてしまう。
彼女たちの人生を、つい自分の人生に重ね合わせて、声援を送ったり心配してしまうのではないでしょうか。
まぁ、だったら別に「男の子の暗殺者」でもいいんですけどね。
そこはほら、女の子の方がかっこいいじゃない! 華奢な女の子がガタイのいいおっさんを倒す方がさぁ!

という訳で、「自分はどうして生まれ、なぜ生きるのか」、という難問散りばめられた人生の荒野を駆け足で走り抜けるハンナの勇姿が眩しい『ハンナ』を鑑賞したのですが、とてもしみじみとしたいい映画でしたよ。 
特に鬱陶しいおっさんの喉笛を切り裂くトコロがいい!(←褒めるポイントそこか?)
おっさんは冗談ですけど、原始のマンみたいだったハンナが色のない白銀の世界から飛び出し、色彩と音に溢れる世界に触れ、活き活きと輝き出すトコロがとてもよかったです。
ちょっとしたレズっ子描写もグっときた! オレのハートにミシっとめり込んだぞ!


ただ、ハンナの生き方を憧れとせつなさでもって見守る一方、どうしても「保護者」としての視線で見てしまう自分もいて、そちらからいうとどうしようもない程イライラしてしまいまして。
特に、ハンナの育ての父・エリックはアカン! あいつはホントにんげんのクズですね!
あえて描かれなかった部分が多かった為、あくまで想像なのですが、エリックはハンナの母ヨハンナを愛していたのではないかと思うのですよ。
そんな中、当時自分が属していた「胎児を遺伝子操作してスーパーソルジャーにする研究所」が閉鎖されると知り、彼女とその子どもを守る為3人で脱走した。
途中、待ち伏せしていた研究所の責任者・マリッサ(※超こわいケイト・ブランシェット)に襲撃され、ヨハンナを殺されてしまったエリックは、山奥に篭って復讐の機が熟すのを待つ・・。 ・・で、熟したので暗殺者に育て上げたハンナに打倒・マリッサを命じる、と・・・

・・・

・・

いやそれ自分でやれよ!!



エリックは、どこまでハンナを娘と思って愛情を注いでいたのか。
ハンナの方は、エリックを実の父を思い信頼していました。 だから、言われるがままに訓練を積み、人を殺す為に山を降りる。
この想いが、父と子の想いが一方通行でないのなら、復讐も胸に刺さります。(キック・アスのビッグダディとヒットガールには確かな絆がありました)
しかし、どうもアガサには、エリックの行動の中にハンナに対する愛情が感じられなかったのですよね。
ゼロというわけではありませんが、いくら自分は面が割れているとはいえ、16歳の少女を単身巨大組織の本部に送り込んで自分の元同僚(しかも超こわいケイト・ブランシェット)の殺害を命じるとは・・・。それはあまりに酷なのではなかろうか。
特殊な出自を持つハンナの能力を信頼していたのかもしれませんが、せめて近くに潜伏してフォローするくらいね!出来るよね!
「じゃあパパは遠くの国で待っとくからねー」ってないわー! ハンナは宿敵の顔すら知らないというに!

エリックのハンナに対する想い。
マリッサのエリックに対する想い。
そもそも研究は何故打ち切られたのか、という謎。
わずかな台詞だけで、あとは観客の想像(判断)に委ねられたこれらの裏事情を、もう少し具体的に描いてくれていたら、アガサはもう少し本作の事が忘れられなくなっていたかもしれません。
マリッサは「私は子どもを持たない事にした」と一言漏らすので、もしかしたら非人間的な研究に嫌気がさして打ち切ろうと思ったのかも・・・とかね、でもそれだったら逃げるヨハンナ母娘を追い詰める理由がないなぁ・・とか、嫉妬か!エリックに横恋慕していた事による嫉妬なのか!・・とかね・・・。 そんな事ばっかり考えてしまう自分が憎い。 
本作にとって、そこは重要じゃないのかなぁ。
でも、エリックがマリッサを憎む理由がヨハンナの復讐だったのなら、そこらへんの裏事情はずっしり伝えてくれる方がよかったと思いますね、ぼかあ。
まぁ、このあたりはただの「好みの問題」なのかもしれませんけどね。
アガサは「気持ち」がこってりと描き込まれている方がすきなので、エリックがただの身勝手なガイキチ保護者にしか見えませんでした。 
なので、観終わった時最も感じたのは、
監督さんはきっと、「オレのだいすきなシアーシャちゃんを使って、孤独な少女の戸惑いや不安をスタイリッシュなアクションと共にお届けしたい」って思ったんだろうなー
というゲスい印象だったという。 みんなはアガサみたいな大人になっちゃダメだよ!


まあね、いかにもデキそうな登場の仕方をした割には、週末のオートバックスでよく見かけるジャージの中年ヤンキーみたいな姿でウロウロしていただけだったマリッサの元同僚とか、
「彼は秘密を知りすぎている」と鳴り物入りの紹介をされていた割には、組織と真っ向から対決するでもなく駅前をウロウロしていただけだったエリックとか、
「遺伝子操作のせいで常人とは異なる身体能力を持っている」割には、常に一生懸命さが際立っていてそんなに特殊なようには見えなかったハンナとか、
寝る時ですら神経を研ぎ澄まして用心するようなハンナなのに、初めて会った男の人をすぐ信用しちゃうってのは暗殺者として致命的なんじゃないの、とか、
エリックはハンナに狩りの方法を教える前に、まずは「電気」の存在を教えてあげようよ、などといった下世話なツッコミをせず、塔から降りたラプンツェルを見守るような気持ちでハンナの初体験を見守ってあげればよいのだろうなー、と思いますし、ホント、余計なツッコミとかしなければ、映像も美しかったですし、ケイト・ブランシェットの歯磨きシーンは超こわかったですし、見ごたえのある映画だったのではないでしょうか。

いや、でも、やっぱ「電気」くらいは教えてあげる方がいいとおもうな!(←結局つっこんだ)

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