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『デンデラ』

2011年09月21日
デンデラ4

あらすじ・・・
年に年を重ねたおとな系女子のみなさんが、とある事情から山ガールになり
デンデラ
(※ 参考画像・山ガール)

途中、ハンター系女子やガーデニング女子や、
デンデラ3
(※ 参考画像・ハンター系女子)

美魔女たちと合流し、
デンデラ2
(※ 参考画像・美魔女)

一緒にスローライフ系コミュを作り、夜毎の女子会を満喫していたのだけれど、ある日ママ女子系の肉食系女子が乱入してきて
Ursus_arctos_.jpg
(※ 参考画像・肉食系女子)

「子どもの為にお肉を下さい」とごり押ししてきた事から、楽しかった日々が一気にサバイバル女子生活へと変貌してしまうという、復讐系なおかつ闘う系のお話系です。


そして婆さんは野に解き放たれた!!

平均年齢80歳のおばあちゃん軍団が、踏みにじられた自らの尊厳を取り戻す為竹やりを持って立ち上がるアクション巨編『デンデラ』を観てきました。
70歳で一方的に「人生終了」宣告をされ、人里離れた雪山に捨てられてしまうおばあちゃん方を演じるのは、浅丘ルリ子、倍賞美津子、山本陽子、草笛光子、角替和枝、赤座美代子などなど、日本の女優界の牢名主的存在の錚々たる皆様。
パキっとしたアイラインがチャームポイントのルリ子が、ナチュラルメイク&ボサボサ頭で槍を振り回す姿や、いつも眩いばかりの光源を伴って登場しているイメージの強い草笛光子が、実年齢よりも20歳以上も年上の役をぎりぎりミイラ直前の如き老けメイクで熱演している姿は圧巻で、その他の女優さんもみな美人オーラを封印し、とことんリアルな婆さん、言うなれば、飼いならされていない野生の婆さんになりきって野山を駆け回っている光景が、本当に素晴らしいと思いました。
ノーモア・皇潤! ノーモア・サメ軟膏! くたばれサセミン野郎! という掛け声が聞こえてきそうな生命力溢れる演技の応酬は、観る者の胸に大きな爪あとを残してゆくことでしょう。
年をとるなら、カラオケ喫茶でおじいちゃんと合コンするようなお婆さんじゃなく、こういうお婆さんになりたいものですね、ぼくは。

昔の日本で実際に行われていた「姥捨て」という風習。
食い扶持を減らす為、生活水準を保つ為、役に立たなくなった人間に現世からの引退を強要するというとても非道な風習に「NO!」を突きつけ、命続く限り生き続ける事を選択した本作のお婆ちゃんたちに、感銘を受けると同時にちょっとビックリしてしまったアガサ。
なぜなら、これはアガサ独自の考えですが、「老いる」というのはひとつづつ「執着」を捨てていく事なのかなぁ、と思っていたから。
結婚をしたり、子を育てたり、体力が落ちていったり、食べる物の濃さが薄まっていったり、食が細くなったり、性欲が枯れていったり、順番にこだわることを諦めたり・・。
年を重ねるにつれ、多くの人は「自分の引き時」みたいなものを意識するようになるのではないかなぁ、と。
しかし、デンデラ(山奥に拓かれた婆さんたちの桃源郷)の婆さんたちは違った。
彼女たちは、「死ぬタイミング」を人任せになどしない。 
石にかじりついてでも生き延びて、いつかその時が来るまで一心不乱に生を全うする。
眩しいと思いました。
婆さんたちのギラギラとした命の輝きが、心底眩しいと思いました。

と、ここまでは、ひたすらに「すごいお婆ちゃん」の姿に関心しきりだったアガサなのですが、JKJ(ジュクジョ)49の面々は徐々にその荒々しい野心を顕にし始めることに。
彼女たちが胸に潜めていた目的。 
それは、自分たちを粗大ゴミ扱いした村に復讐することだったのです!
これはアガサも驚きましたけど、デンデラに拾われて間が無いルリ子も驚いていましたよね。というかちょっと引き気味でしたよね。
いやいやいや、ちょっとまって奥さん! と。
その村には自分たちが産んだ子どももおるんちゃうの! と。 我が子を手にかけるおつもりなのか、と。
そんな良識派のルリ子に、デンデラの長・草笛光子が返した一言。
「自分の子は殺さないわよ。まぁ、他の誰かが殺すだろうし」

・ ・
・ ・ ・ 狂 気 ! ! !


もうね、完全にヒットマンの目ですからね、光子。 
何が光子をそこまで駆り立てたのか、と。

30年前に山に捨てられ、何もないところから裸一貫デンデラを立ち上げた光子。
そもそも、山に捨てられる婆さんたちには、「村の平穏な暮らしの為安らかに死んで行く」という最後のお勤めが課せられていた。
「生き延びる」ことは、「不名誉」であり「不誠実」な事とされていたのです。
ルリ子も、そんな想いから最初はデンデラのみんなに反発していました。「なぜ死なせてくれなかったのか」と。
しかし本当は、ルリ子を含め、婆さんたちはみな生きたかった。
「生きてはならない」自分たちが「生き続ける」ことに正当な理由を与える為、光子は「復讐」を選んだのかもしれません。 たとえそれが狂った選択肢だったとしても。

「産んで育てる人」という役目を終えた者ゆえの暴走だったのか、生き続ける為の選択だったのか、ともかく、内部分裂を経ながら婆さんたちが恐ろしい計画を実行しようとしたその時、さらに過酷な試練が彼女達に牙をむいて襲い掛かってきます。

肉食系女子こと、クマのおかあさんの襲来です。
Ursus_arctos_5.jpg
( (´・(ェ)・`)クマー!)

デンデラの皆と同じように、ただ「生き続ける」為だけにデンデラに襲い掛かったクマ。 なすすべなく蹂躙される婆さんコミュ。
囲炉裏端に転がる婆さんの手足。 引き摺り出された臓物。 噴き上がる血飛沫。
未だかつて無い大スペクタクルな映像に、隣の席で和やかに鑑賞していらしたご高齢のご婦人方の精神状態が心配でならなかった事は言うまでもありません。(上映後は案の定微妙な顔つきで退場されていました)
試練はさらに続き、死傷者を出しながらもコグマを仕留め、母クマも山に追いやり、なんとか体制を立て直そうとする婆さんたちに、今度は圧倒的な自然の力が立ちふさがります。
婆さんコミュは壊滅寸前。 デンデラをまとめあげていた光子まで喪ってしまった婆さんたちは一気に老け込み、あんなにも輝いていた目はどんよりと曇るばかり。
しかしその一方、「死ぬはず」だった自分の人生に付け足された「望んでいなかった延長戦」に戸惑ってしまい、立ち居地を決めかめていたルリ子は、この一連の試練を経て、初めて自分の意思で「生きる」ことを決意します。

人は、目的があるから生きていくのか。
生きていくために目的を作るのか。
目的がなければ、生きる意味はないのか。
目的を失って尚、ギラギラと目を輝かせ、遮二無二生きてゆこうとするルリ子を観ながら、「生きる」ってこういうことなのかもしれないな、と思いました。 
今、この命があるから生きていくんだ。 というね。
ごちゃごちゃ言ってるんじゃないよ、と。

あと、それ以上に、子を喪っても、体中に深い傷を負っても、住む場所を荒らされてもなお、雄を誘い肉を喰らい産んで殖やして行こうとする母クマの姿がね、偉大だなぁ・・と思いましたよね。
デンデラ婆さんたちは、自分たちが産んで育てた村を襲おうとした時点で、このクマに敵うはずなど無かったのかもしれません。
でも、きっと婆さんたちは後悔などしていなかったのではないでしょうか。
彼女達が終えたのは、生かされた人生ではなく、自分の意思で生きた人生だったから。

「役立たず」のレッテルを貼られた人間の最後の反撃が胸に強く響き、「生き物」という大きなジャンルの中で精一杯の死闘を繰り広げる婆さんの奮闘に熱くなる、とてもおもしろい作品だったと思います。
若い人も老境に差し掛かった人も、みんな観に行くといいよ!


― 追 記 ―

・ どこかのコミュニティからガッサリ捕獲してきたかのような、見事な野良婆さん揃いだった面々の中、一人だけ「小奇麗」な雰囲気を醸しだしていた倍賞美津子が、少し残念でした。 言葉も、標準語の人が無理になまりを使ってるような不自然さでいっぱいでしたし。 もっとこう、吹っ切れて欲しかったですねぇ。

・ クライマックス、クマとの因縁の対決に挑むルリ子は、エイリアン・クイーンを前にしたシガニー・ウィーバーみたいだなぁ、と思いました。 第3の性、覚醒・・・!

・ そんなルリ子なのですが、対・クマ戦に際してなんらかの作戦を練っているのかと思いきや、とりあえず棒切れで殴りかかろうとしたり、やばそうになったら一目散に逃げ出したりと、いくらなんでもなノープランっぷり。 せめてさぁ・・ ブービートラップ的な何か・・ほら、落とし穴とかさぁ・・。 精神論で勝てる相手じゃないからね!クマだからね!


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