ブログパーツ

『魔夏少女』

2011年09月01日
d1721.jpg

あらすじ・・・
それは、綾が小学6年生の夏に始まった。
誰かから嫌がらせを受けた時。 誰かに対し怒りを感じた時。 突如相手の体から噴出す血。
罪の意識から、夜毎悪夢にうなされ、激しい頭痛や不眠症に悩まされるようになる綾。
母・美都子はそんな綾を心配し、自分が勤める病院で精密検査を受けさせるが、何の異変も見つからない。
担当医の佐藤から精神科の医師を紹介され、動揺する美都子。
母の心配をよそに、綾の状態は益々悪化してゆき、ついに最悪の事態が起こってしまう・・・。

1年後。 
横浜にある美都子の実家近くに居を移し、すっかり以前と同じような明るさを取り戻したように見えた綾。
しかし、彼女を苦しめていた怪現象は収まるどころか、より一層残酷さを増して再開する事になる。
しかも、彼女はそれを、楽しんでもいるように見えるのだった。
気に入らない存在を、次々と血祭りに上げる綾。
誰よりも母を慕い、母の愛を独占したいと願っていた彼女が次に狙ったのは・・・?
そして、悩みぬいた末美都子がとった行動とは・・・?


1987年にTBSで放送されたドラマ。
母・美都子を演じるのは原田美枝子さん、魔夏少女・綾を演じるのは、当時天才子役として一世を風靡しまくっていた小川範子さん。
伝説の昼メロ『愛の嵐』でヒロインの子ども時代を演じたり、『3年B組金八先生』スペシャルで15歳の母を演じたり、藤田まことさんの子どもになったり、と1980年代の「子役部門」のおいしいところをガッサリさらっていっていた印象の強い、「ノリピー」こと小川範子さん。 そう、アガサの中で「ノリピー」とは、碧いうさぎのあの人ではなく、小川ノリピーなのである。今までも、これからも。

母・美都子と娘・綾は、一卵性母子と言ってもいいのではないかと思うほど仕草も性格もそっくり。
お互いを想う気持ちも非常に深く、ちょっとやそっとでは壊れないような絆で結ばれている・・  ・・・はずだったのですが、綾が「願うだけで他人を破壊する事ができる」能力に目覚めてしまったことから、その関係は徐々にズレ始める事に。
前半、能力をコントロールする事が出来ず、罪悪感から精神のバランスを大きく崩してしまっていた綾が、初潮をイメージさせるシーン(ある事件の後、美都子が綾の体を洗ってあげる際、体についた血が足を伝って排水溝に流れ落ちる)の後は自由自在に力を操り、周り中に血の雨を降らせてゆくようになる、なんてのは『キャリー』そのものですし、変わり果てた娘を前に、「今まではなんでも理解出来ていると思っていたのに、何を考えているのかさっぱりわからなくなった」と恐怖と不安の混ざり合った眼差しを向ける母の姿は『エクソシスト』の母・クリスと重なって見えます。
「思春期を迎えた娘と母」のぶつかり合いを描いた2大名作のおいしい所を上手にくみ取りつつ、今のテレビでは天地がひっくり返っても実現不可能な血祭り騒ぎを惜しみなく挟み込む・・。 いい意味で貪欲だと思います!いい意味で!

そして本作はただの二番煎じに終わる事無く、とある「もしも・・・」に対して、深く、重く踏み込み、ひとつの答えを導き出している所が素晴らしいと思うのですよね。
それは、「もしも、我が子が怪物になってしまったら」という事。
「自分の愛する子どもが何らかの犯罪に巻き込まれて被害者になってしまったら・・」
という不安はいつも親の胸の片隅にあると思うのですが、そこには常に、
「我が子が加害者になってしまったら・・」
という恐怖も、表裏一体となって存在しているのではないでしょうか。
だって、子育てには明快な正答がないから。

今、我が子に掛けている言葉は間違っていないのか? 
今、我が子に接している態度に問題はないのか?
自分では「きっとこれでいいんだ」と、「こうするしかない」んだと思ってやってきた事が、ある日すべて崩れ落ちてしまったら、一体どうすればいいのか?

以前、神戸児童殺傷事件の犯人・少年Aの父母が書いたとされる手記を読んだ事があるのですが、その時猛烈な違和感と共に、もやもやとした不安に襲われたことを強く覚えています。
前者は、「こんな子育ておかしいだろうに、なんで誰も気付かなかったのか」という憤りに似た感情で、後者は、「でも、私の子がこんな風にはならないって保障はどこにもないのではないか」という疑問。
加害者になった後に、異論を唱える事は簡単です。
問題は、子育て真っ最中に、違和感に気付く事の困難さなのだと思うのですよ。

もちろん、その手の疑問や不安にいちいち怯えていては子育てなんて出来ないし、周りの声や心の声に耳を傾けながら手探りで頑張るしかないのですが、その先にどんな結果が待ち受けているかなんて、誰にもわからないだけに、もしも、自分がやってきた事が間違いで、我が子が「加害者」になってしまった時のことを思うと、胸に鉛を流し込まれたような気持ちになってしまいます。
会話する事もままならず、差し伸べた手も払いのけられた時、邪悪な事に喜びを見出す怪物と化してしまった我が子を前に、一体何をどうすればいいのか。
『キャリー』の狂信的な母親のように、ひたすら忌まわしいものとして刃を向ければいいのでしょうか。
それとも、罪を罪とせず、一緒に地獄に堕ちる覚悟で娘を庇い、怪物のしもべとして生きてゆけばいいのでしょうか。

綾の気持ちを理解しようと努め、犯してしまった殺人を隠し、なんとか共に暮らしてゆく道を模索する美都子。
しかし、幼さゆえに自分の力に酔いしれるばかりで母の思いをわかってくれない綾に対して、徐々に愛情を恐怖が上回るようになってしまう。
そんな美都子がとった行動。
それが正しいのかどうか、私にはわかりません。
ただ、かたく抱きしめ合い、穏やかな表情で火に包まれる母子の姿(←オチばれにつき反転)を見ていると、なんだかとても胸が苦しくて、母から娘への、娘から母への愛に涙がひたすら溢れてしまいました。


と、言う訳で、『キャリー』の衝撃と『エクソシスト』の怖ろしさと『スキャナーズ』の頭バーンを上品にミックスした、とても優れた人間ドラマだった本作。
若かりし頃の永瀬正敏による気合の入りまくったヘンタイ演技が楽しめたり、原田美枝子と黒田福美の2大フェロモン女優がもっさい三宅裕司を奪い合うという釈然としない展開があったりと、他にも見所たっぷりな良作ですので、もしも機会がありましたら是非! 
(ビデオは廃盤になっているようですが、時々CSのTBSチャンネルで再放送している模様)(もしくは、うらびれたレンタルビデオ店で捜索してみるという手も)


     ♪♪どちらのバナーでもどうぞご遠慮なく♪♪ →   にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ


※当ブログで使用しているイラスト等の著作権は、全てはアガサにありますので、転載、二次加工、再配布の際は一言ご連絡下さいませ。