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『悪魔を見た』

2011年08月21日
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あらすじ・・・
ある、雪の降る夜、ひとりの女性が姿を消した。 
数日後、人気の少ない川原で、人間の残骸が発見された。
その残骸を、その彼女を、全身全霊で愛していた男の前には、ただひとつの選択肢しかなかった。
愛した人が受けたであろう苦しみを、倍にして返す。たとえどんな手を使っても。

と、言う訳で、韓国国家情報院のすご腕捜査官であったその男が、使えるコネクションの全てを総動員してさっくりと真犯人へと辿り着き、にっくき殺人鬼をフルボッコにしたりおこづかいをあげたりフルボッコにしたり治療してあげたりフルボッコにしたりアキレス腱を切ったりフルにボッコにしたりする、エグさ満点の物語です。



「どこかのバカに殺される」事ほど理不尽なことが、他にあるだろうか。

何の落ち度もないのに、ただ一生懸命に生きてきただけなのに、「どこかのバカ」に偶然出会ってしまったが為に、耐え難いほどの恐怖を与えられ、命を奪われてしまう。
残された遺族は、耳にするだけで心がずたずたに引き裂かれるような言葉を聞き続けなければならない。
「どこかのバカ」にはとても命を大切にする弁護士がつき、とても参考になるアドバイスを与えてくれる。
愛する人の不在を受け入れる事を強いられるだけの人たちには、終わらない悪夢やとめどない涙があるのみ。
「どこかのバカ」は、時に未成年であったり、自身も幼少期につらい過去を経てきていたりする事があるので、あまり責めるのもどうか、という風潮が発生したりもする。
時が過ぎ、反省や謝罪の言葉を覚えた「どこかのバカ」は、数年の刑期を終え社会復帰する。
ひたすら耐えてきた人たちには、仕返しする権利など与えられるはずもなく、これから先も一生、がんばって、耐えて、乗り越えて、前を向いて歩いて行く事だけが求められる。

もしかしたら、そんな理不尽な仕打ちに逆らって、自らの手で「どこかのバカ」に報復する人も現われるかもしれない。

でも、最も理不尽なことに、もしも憎しみと怒りに身を任せ、「どこかのバカ」を思いつく限りの残虐非道なやり方で殺したとしても、愛した人は戻ってこない。
「どこかのバカ」にやられた事を、100回やり返したとしても、愛した人は二度と戻らない。理不尽なことに。

と、いうような、理不尽極まりない事柄がこってりと描かれていた『悪魔を見た』。
ただし、そこに見たのは悪魔そのものではなく、悪魔に踊らされた二人の男の姿だったような気がします。

ある日無残に殺されてしまった最愛の彼女。しかも、彼女のおなかには新たな命が芽生えていた。
国家を守る仕事に就きながら、一番大切な、たった一人の女性すら守る事が出来なかった主人公の苦悩は如何ばかりだったことか。
思うのですが、「復讐」とは、相手に対してだけではなく、何も出来なかった自分自身を痛めつける意味もあるのではないでしょうか。
<なぜ愛する人を守れなかったのか>
<愛する人が苦しみの最中呼んだ名前は自分だったはず>
<代わりに自分が死ねばよかったのではないか>
残された者が殺したいのは、相手だけではなく、無力な自分自身でもあるような気がしてならないのです。  
だから「復讐」を求める心は、誰にもとめられない。
愛が深ければ深いほど、きっと滅んでしまいたくなるから。

本作でも、引き返すべきターニングポイントが用意され、主人公の「復讐」の先に明るい光などない事が度々告げられます。
<相手を殺しても、死んだ人間は生き返らない>
<残された家族の事を考えて生きてゆくべき>
そんな言葉が主人公に投げかけられますが、彼はどうしても追撃の手を止めることができません。
たとえ地獄に堕ちる事がわかっていようと、犯人の息の根をとめるまでは決して止める事ができないのは、犯人の事と同じくらい、自分の事も許せないからなのではないでしょうか。
一番忌むべき存在の犯人と、徐々にその姿が重なって行く主人公。
そして彼は、犯人の命とともに、自分自身を破滅させ、「復讐」を完了させる・・。

『復讐者に憐れみを』、『オールド・ボーイ』、『親切なクムジャさん』、そして『悪魔を見た』。 
「復讐」が招く「理不尽な結末」を繰り返し繰り返し目にしてきた私は、一体なにを心に刻んだのだろう、と、ふと考え込んでしまいました。
「復讐なんてよした方がいい」 それは勿論そうですが。
「憎しみは新たな憎しみを生み出すだけ」 そんな事は百も承知ですが。
正論に頷く一方で、猟奇的なほほえみを浮かべて無力な女性に襲い掛かるチェ・ミンシクや、鍛え上げられた肉体と憂いに満ちた表情で犯人をフルボッコにするイ・ビョンホンを目の前に、「殺せ!殺せ!さっさと殺しちまえ!!」と猛り狂ってしまう私もまた、悪魔に踊らされている一人なのでしょうか。
結局、これらの映画によって曝け出されたのは、「私の中にも悪魔がいる」という事であり、「でも、しょうがないじゃない」という諦めに似た気持ちなのかもしれません。
どこかのバカを前に「赦す」のが天使で「赦さない」のが悪魔なんだったら、私はもう、悪魔でいいかな、と思う。 残念な結論で申し訳ないですが。

と言う事で、スクリーン(モニター)の中と外の双方で、人間のドロドロとした面をこれでもかと浮き彫りにしてしまう、非常にいじわるな映画だった本作。
ちなみに、血も涙もない純粋悪のように見える犯人にも、虐待された過去があるのではないかと思わせるようなカット(※犯人の実家に年季のはいった血まみれバットが転がっている)が用意されており、これらは負の連鎖による不幸な事件だったのだ、と思えなくもない描写を盛り込んであるという、念の入ったいじわるっぷりも味わえますので、鑑賞後はなんかもう畳に転がって小一時間うんうん唸りたくなってしまう事請け合いです。
「復讐」の有り無しを問うのではなく、「人間ってこういうもんなんだよ」というバツの悪い事実を正面から突きつける正直な作品。
後味はよくないですが、とても見応えのある素晴らしい作品だと思いました。


― 追記 ―

・ 美麗なファッソンの凄腕捜査員イ・ビョンホンが「ここぞ!」というタイミングではなくいつもワンテンポ遅れた状態で飛び込んでくるのが、モンティパイソンの『スペインの宗教裁判』ネタみたいでおもしろかったです。  ていうかもっと早く止めに入れよ。

・ 超凄腕の捜査官なのに、「ひっひっひ・・あの被害者の家はたしか〇〇町だったな・・・」と嘯くチェ・ミンシクに対しなんの手も打たないとは如何なものか。 

・ で、案の定チェ・ミンシクが被害者宅に向かっている事が判明し、慌てて被害者宅に電話を入れるものの案の定繋がらない凄腕捜査員。  おっそ!電話おっそ!!!

・ チェ・ミンシクのゲスいお友達には愛人(情婦?)がいるのですが、彼女のキャラの背景がすごく気になりました。 猟奇殺人を続ける男と行動をともにする彼女は、もしかしたらどこかでさらわれてきた被害者の一人なのか。ストックホルム症候群を発症してしまった果ての姿なのか・・。 

・ 世の中に「仕返しされ顔選手権」というものがあったとするならば、ダントツで優勝しそうなチェ・ミンシクの不遜な表情。 もうね、これは仕返しされてもしょうがない顔ですよね。 被害を被ってなくても仕返ししたくなる顔。(←理不尽)

・ イ・ビョンホンの後輩捜査員が尊敬する凄腕捜査員に向ける熱いまなざしを、アガサは見逃さなかった!!!!

・ 尊敬するイ・ビョンホンの言いなりになって、GPSを盗み出したり闇病院を用意したりする後輩捜査員。 恋だな!それはきっと恋なんだな!!  そういうことにしておいてください!!


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