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『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』

2011年06月20日
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あらすじ・・・
エリックがヘルメットを被り、チャールズは車椅子に乗ります。


(※ 以下、前3部作込みでネタバレあり)



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「君 か わ う ぃ ー ね !」

■ チャールズがチャラい!!!

正直言うと、アガサはチャールズ(プロフェッサーX)の事が前々からあまりすきじゃなくてですね。
なぜかというと、「地上最強のテレパス」の筈なのに、若いみんなをぐいぐい率いて行くどころか毒を盛られて人事不省になったり(シリーズ1作目)、思考回路を乗っ取られて人事不省になったり(シリーズ2作目)、強大なパワーを放射されて人事不省(というか雲散霧消)になったり(シリーズ3作目)と、「これから」という時を狙い済ましたかのように、毎回「使えない人」になるからなんですよね。
で、じゃあ起きている時は大活躍なのか、というとそれはそれで、ただただおくちぽかん状態(シリーズ2作目ラスト)だったりして。 
いや、今ジーン呼び戻すトコじゃん、と。ご自慢のテレパスで「おーい!中からでもサイコキネシス使えるぞー!」って「カンバックジーン!」って呼びかけるトコじゃん、と。 石原良純ばりに赤ふん締めて「カンバックサーモンジーン!」ってやるべき場面じゃん、と。
そんな風な歯がゆさを感じてしまいまして、どうもすきになれなかった。

ただ、今回の『ファースト・ジェネレーション』はチャールズを演じるのがマカヴォイさんだと言う事もあり、ちょっと期待を抱いておりました。髪もふさふさだし。きっと今回こそはやってくれるのではないか、と。
それなのに。
まぁチャラいのチャラくないのって。

バーで好みの(遺伝子的に異なる特徴を持っている)女性を見つけると、ここぞとばかりに心を読んで彼女がすきな飲み物を注文したり、知的美女が話しかけてきたら、ここぞとばかりに共通の話題を見つけて懇意になったり、シャレオツなジャケットを羽織ってみたり、稲垣メンバーばりに髪型に気をつかってみたり、髪に触らせなかったり、やたらと爽やかな笑顔だったり、なんかもうチャラい!チャラいよチャールズさん!人生楽しそうでよろしゅうおすなぁ!

まぁね、チャラいのは若さゆえの特権というか、しょうがないのかなぁとは思いますよ。
こっちは「おまえそんなんしてるけどいずれは抜け落ちるんだぞ」という情報をがっちり押さえておりますゆえ、ちょっぴり生温かい目で見れる部分もありますし。
ただ、肝心の「地上最強のテレパス」部分までもが、これもまた「同じくらい地上最強のテレパス美女」にしてやられちゃったり、イザという時には相手がテレパス防御ヘルメットを被っていて役に立てなかったりと、いまいちピリっとしないんですよね。
ざっくり言うと、要するに今回もトランシーバー代わりみたいなものだったチャールズ。
アーアー、こちらチャールズ、ちょっと電波が入りにくいですドウゾー。みたいな。 おい!なんかもっとすごい技とか無いのかよ!

性格はチャラい。 ミュータントとしての能力も「ちょっと便利」程度。 
では、それ以外の所では何をやっていたのかと言うと、熱のこもった励ましな訳ですよね、コレが。
「おい!おい!諦めんなよお前!!どうしてそこでやめるんだ!?もう少し頑張ってみてみろよ! お前ならできるよ!絶対絶対絶対できる!!!」っていう松岡修造ばりの。 
もうね、エントリーシートに特技・応援って書いといてもいいよ、って言うくらいの。 おしなべて応援係だったチャールズ。
とは言え、このお陰で結構みんなやる気になっていたりもするので、役に立ってないという事はないのですけどね。
地上最強の応援係、ここに誕生す。 


■ フランケンシュタイン(人間)によって作られたモンスター、マグニートー

先に作られている 『X-MEN』3部作に於いて、エリックとチャールズは常に相容れない関係にあり、小競り合いを繰り広げていました。
「話せばわかるさ」とばかりにミュータントと人類との平和的共存を目指すチャールズと、「話すだけムダ」とばかりに人類の抹殺を目指すエリック。
同じミュータントながら、全く異なった考え方の二人。
そこから遡ること数十年(40年くらい?)、20代の若者だった二人の考え方はどうだったのかというと、チャールズはさほど変わらないものの、エリックはまだ、「人類抹殺」という過激思想にまでは行き着いていません。

人間はキライ。 ただ、全員殺してしまいたいのではなく、個人的な仇であるナチスの残党を殺したいだけで、「人類抹殺」を目論んでいるのはむしろ、エリックが一番憎んでいる元ナチス高官のショウだったりします。
しかし、ショウに復讐する為チャールズと共に活動する中、行く先々で人間たちに失望させられてしまったエリックは、もともと心にくすぶっていた「人間への不信感」をどんどん増大させて行き、人間による残酷すぎる裏切り行為の果て、ショウの意志を継ぐ事を選ぶに至ってしまう。
エリックの磁気パワーを目覚めさせたのはショウですが、人の命を命と思わないモンスターに育て上げてしまったのは、他ならぬ人間たちなのです。
慈愛の欠片もない人間。 命令されれば無実の者に火を放つ事すら厭わない人間。 
悪気のない悪意の中で正気を保つのが、どれだけ困難な事か。

マグニートーとして生きる道を選んだエリックを非難する権利など、誰にもないのではないか。 
そう思ってしまいました。

■ 「きみはきみでいいんだよ」という事の理想と現実

エリック、チャールズと共に本作の核となるのは、変幻自在のスーパー美少女・レイヴン。 通称ミスティークさんです。 
何を隠そう、アガサは本シリーズの中で一番好きなのがミスティークさんで、過去の3部作の好きな度合いはミスティークさんの扱いと見事に比例。
八面六臂の活躍を魅せたりマグニートーといちゃいちゃしたりする第2作は最高傑作で、物凄く雑な扱いをされてボロ雑巾のように捨てられる第3作はオールタイムワーストに入るくらい大嫌いです。 
ブレット・ラトナー、お前だけは 絶 対 に ゆ る さ な い 。
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(※ ひそひそ話をする会長と愛人)(X2より)

それはさておき。
本作では、まだミスティークさんになる前のレイヴンちゃんが、「明らかに周りと異なる外見」を持つ事について悩み、救いを求め、拒絶され、そして差し伸べられた手を掴むまでが描かれています。
青い皮膚を隠し、「普通」に振舞う事をアドバイスしたチャールズ。 
青いままでいい、それこそが「普通」なんだ、とアドバイスしたエリック。
幼い頃から一緒に過ごしてきたチャールズに、少なからず恋心めいたものを抱いていたレイヴンちゃんが、その想いを振り切ってまでエリックを選んだのは、仕方のない事なのかもしれません。
皮膚を隠せ、というのは、その皮膚で生まれてきた彼女自身を否定する事であり、すがってきたものに拒絶された、と考えるのは、至極当たり前だと思うからです。

レイヴンちゃんの選択を否定するつもりは毛頭ないのですが、アガサが思うに、チャールズのアドバイス(というか考え方)というのは、親目線に近いのではないかなぁ、と。

ミュータントであること。
周りの人と違った特性を持って生まれるということ。
そのことを世間はどう受け止めるのかということ。

もちろん、全てを含めて当たり前に受け入れる世の中になってくれるのが一番である事は言うまでもありません。 でも、哀しいかな現実はそうではない。
身近な存在(親)が「周りに合わせた方がいいよ」って言うだなんて、それ自身が差別じゃないか! と思われるかもしれません。
しかし、身近な存在だからこそ、愛する者につらい思いをさせたくない。 
周りに合わせることで、疎まれる回数が減るのなら、傷付く回数が減るのなら・・・。 「合わせるようにしてごらん」、とアドバイスせずにはいられないのではないでしょうか。 
当事者だからわかること、当事者をずっと傍で見守っている者だからわかること、ってあると思うのですよ。
それは愛する者の個性を否定しているのではなく、守りたいから。 生きる術のひとつとして、覚えておいて欲しいから。

チャールズの場合は、テレパス能力があるから余計に「異なる性質を持つ者がどう思われるか」がわかってしまう。
「差別しない世の中になればいい」という理想と、「そうは思っても実際目の前にいると目をそむけられてしまう」という現実は、確実に存在するし、残念ながら無くならないと思います。
だからこそのチャールズの言葉だったのではないでしょうか。

ま、とは言っても、もしもアガサがレイヴンちゃんの立場だったら、やはりエリックの手を握り返してしまうと思いますけどね。 
無条件で受け入れて欲しい時が、女の子にはあるんですよ。 たとえそれが余計に自分を苦しめる事になるとしても。


■ 理解し合う事の難しさ

先にも述べたように、チャールズは人間の事がわかりすぎていた。「人間は一筋縄じゃ行かない。本音を建前を使い分ける生き物だ」と言う事を。
そしてエリックもまた、人間の事がわかりすぎていた。 「人間は弱く、流されやすく、自分と違うものに敏感な生き物だ」という事を。
結局、二人は目指す世界が異なっただけで、同じように現実を把握していたのではないかと思います。
だからこそ、「人間とミュータントの共存」の為には、彼らが歩み寄る事が何より重要だった。 
なのにチャールズはエリックを突き放してしまう。
いやいやいや! そういう時は「あーまぁねー、そういう考え方もあるよねーうーんそっかそっかー。ま、とりあえずエリックの気持ちはわかったから、一旦家帰って一晩ゆっくりしてね、それからまたね、いろいろね、アレをね、ナニして行けたらいいんじゃないかな」って何となく包み込んじゃえばいいんじゃんか! 「オレ、お前と考え方違うわ」って何その絶交宣言! 助け合って行こうよ! 玉虫色な態度でもいいじゃない!歩み寄る気持ちが大切なんじゃない! やっぱわしチャールズきらい! 続編を待たず、あいつの毛を全部毟り取ってやりたいよマジで!

同じ悩みを抱えているからと言って、苦しみが同じとは限らない。
共通する生い立ちを持っていようと、育った環境や、受けた痛みは全く別のものだから。
「有色人種」として差別を受けていても、黄色人種に黒色人種の怒りや哀しみを完全に共有する事は出来ないように、同じ病気を患っていたとしても、軽度の人に重度の人の嘆きを理解する事は出来ないように、同じミュータントとして生まれてきたけれど、不自由なく生きて来たチャールズには、この世の地獄を味わったエリックの絶望を理解する事は出来なかったのでしょうね・・。
その一片を、テレパスによって見た筈なのになぁ。一瞬でも共有した筈なのに。 ホンマあのチャールズだけは・・・!(ギ・・ギギ)

まぁ、今回の判断ミスは、若さゆえの過ちだと思いますので、製作の可能性が高いとされる続編(10年後くらいの設定になるのでしょうか?)においては、もっと精神的に成長しているであろう事を期待したいと思います。
チャールズは正論ばっか言ってないで、もっと他者に歩み寄ろう!

■ その他いろいろ

重いテーマを扱っておりますが、友情や淡い恋などを巧みに散りばめ、口当たりよくまとめあげていたと思います。
「悪い」ミュータントが政府施設を襲撃するシーンや、終盤の海上戦など、特殊能力を存分に活かしたアクションシーンも見応えたっぷり。
アガサが特にすきだったのは、羽の生えたエンジェル・サルバドールと超音波で空を飛ぶバンシーが猛スピードでチェイスするシーンで、バンシーの肩越し目線で描かれた海面スレスレの滑空シーンはものすごい臨場感でしたよ。 いいなぁ。私も飛んでみたい!
ずっと特殊能力に負い目を感じて生きてきた若者たちが、やっと判り合える仲間に出会い、「オレこんなの出来るんだぜー」「キミはどんなの?」「あたしはこんな感じ!」と盛り上がるシーンもすごく素敵でした。
チャールズがのちの創設する“恵まれし子らの学園”は、まさにこういう場である筈なんじゃないかと。
ミュータントたちが安心して、自分の個性を誇れる場で。
なのにチャールズと来たら、少々羽目を外したくらいで「なに調子乗ってるんだよ・・・おまえらにはガッカリだな」とか言っちゃうんですよね! あのハゲだけはホンマ!!今度会ったら絶対毟り取ったる!

ふくふくとしたレイヴンちゃんの肢体も眼福でしたし、本シリーズに誠実であり続けるウルヴァリンのカメオ出演も楽しかったです。 あと、ミスティークさんの中の人(レベッカ・ローミンさん)がちょっとだけ顔を覗かせるのも、アガサにとってはたまらんプレゼントでした。 アガサは気付かなかったのですが、世帯主さまによると「サングラスの少年もチラっと映ってたよ」との事ですので、スコット・サマーズくん皆勤賞達成です!おめでとうございます!

今回は「車椅子」になる所までしか描かれなかったチャールズが、次回どのようにして例のクリアな頭頂部になるのか。
完全にはげ散らかす前に全部剃ってしまう、という松山千春方式なのか、それとも放射線の関係なのか、その辺りの事情も明らかになるといいですね。


最後になりましたが、のちのビーストであるメガネ青年、ハンク・マッコイさんと出会えた事が、本作において一番の喜びであった事を付け加えさせて頂きたいと思います。 ビーストに変幻してからもメガネかけてるとかさいこうすぎる!!
xmenメガネ
(※ハンク!オレだ!けっこんしてくれ!!!)


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