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『ソラニン』

2011年06月02日
ソラニン
「ゆるいしあわせ」でいいじゃない。

あらすじ・・・
大学を卒業して、可愛い彼女と同棲して、自分のアルバイト代と彼女の給料で穏やかな暮らしを満喫することが出来て、気の合うバンドメンバーと月に2回スタジオにこもって楽器を鳴らして、毎日へとへとに疲れて、毎日そこそこに癒されて、そんな日々です。 
しあわせな日々です。 
しあわせな日々なんだけど。
なのにどうして、こんな胸がつまるような感覚に襲われるんだろう。
どうして、こんなに息が苦しくなってしまうんだろう。


っつって、家に帰ったら宮崎あおいちゃんが「おかえりー」なんつってカレーとかボルシチとか作ってくれてる分際で言うかコノヤロォォォォォォォオ!!!!

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自分は、思い描いていたような人生を送れているのか。
そもそも、どんな人生を思い描いていたのか。

そんなふうに悩んだ事がない人などいないのではないかと思うほど、ものすごく馴染み深い葛藤の物語。
本作の若きカップル、芽衣子と種田は、決してド貧乏ではなく、愛が冷めた訳でもなく、トモダチに恵まれていない訳でもなく、傍から見れば「リア充の中のリア充」にしか見えないような2人で。
未来が大きく広がっているだけに、無限の可能性を秘めているように感じられるだけに、自分の進むべき道に迷い、捨てきれない夢に心をかき乱されてしまいます。
いやぁ、なんというか、食うに困るような状況だったら、意外とこの手の悩みって浮かんでこないものなんですよねぇ。考える余裕があるからこそ、あれこれ考え込んでしまう事ってあるんだろうな、と思います。
で、人生に正解がないように、悩みにも万能の答えなどない訳で、多くの先人たちの様にもやもやしながらも試行錯誤を繰り返して過ごして行けばよかったものの、このカップルはもがいてもがいてもがいた末に、ひとつの悲劇を迎えてしまう。
もうねぇ、心の叫びが抑えられませんよね。 なにやっとんじゃぁぁい!!!とね。 
宮崎あおいちゃんと同棲できて、それ以上なにが望みなんじゃい!
浴衣姿のあおいちゃんと花火しながらキャハハウフフとか、それはおまえ人類の夢じゃろがい!! と。
人間の欲望は限りがなさすぎてベリー・スケアリー ネ!

と、思わず本題から離れて興奮してしまいたくなるほど、可憐で儚くて妖精のように美しかった宮崎あおいちゃん。
どこにいても、何を言っても、ぜんぶ抱きしめたくなるよあおいちゃん。
愛されるよりも愛したいよマジであおいちゃん。
愛のためにわがままにぼくは君だけをあおいちゃん。

もうやめる。もうやめるからもうちょっとだけついてきて欲しい。

で、芽衣子役をそんな宮崎あおいちゃんが演じる、という点は、ものすごく素晴らしくもあり、ものすごく物足りなくもあったと思うのですよね。
あおいちゃんが持つ透明感というか、「なにをしててもマジ天使」という特性が、若きカップルの迷いだとか苦悩だとか行き詰まり感を薄めてしまう。
どのシーンもきれいすぎるのですよ。
たとえば、あおいちゃんがタバコを吸って「社会の荒波にもまれてる」感を出そうとしても、鼻からけむりまでは出さない訳で。絵になる程度にくわえてるナーとしか思えなかったり。
彼氏が行方不明になって5日間ゾンビみたいな生活を送っていた割には、ゆるふわヘアーがキープされていたり。
故意に「寓話っぽさ」を演出していたのかもしれないのですが、もっとこう、煮詰まって、どろどろになって、ぐちゃぐちゃになって欲しかった。
そして、そこから顔を歪めながら這い出す過程が見たかったです。

いや、あおいちゃんのそういうプレイが見たいとかじゃなくて。 ちがうちがう。 いやまぁ見たくなくはないけど。 そういうんじゃなくて。 邪推ヨクナイヨー!

喪失までの「どこか現実味がない」感じを一気に取り戻すかのように、喪失後はどのシーンも「感情」を強く掴まれてぶんぶんと振り回されるような感覚に陥るほど、激しく、痛く、美しいシーンばかりで、これでもかというほど涙が搾り取られますので、余計にもうちょっと前半に刺すような痛みがあればなぁ・・と思ってしまいました。
ま、これは好みの問題でしょうけどね。
あと、好みついでに言うのですが、クライマックスにあおいちゃんが彼氏が遺した歌を熱唱するシーンがあり、この歌が魂をゆさぶるような素晴らしい歌だったのですよね。
原作者の浅野いにおさんが書いた詩も、アジカンの後藤正文さんが書いた曲も、あおいちゃんの声も、どれもホントにホントの最高で、特に
「さよなら それもいいさ どこかで元気でやれよ」
からの振り絞るような、叫ぶような歌声は、そこに至るまでの全てのシーンを思い起こさせるようで、体がビリビリしびれてしまいました。

なので、ここでエンドクレジットでもよかったのではないかなぁ・・と。
(本編ではこのあと、芽衣子の引越しのシーンがあります)
出来ればこの歌の余韻にひたっていたかったです。


若者たちが、迷いの末に見つけた答えは、答えの中のひとつは、とてもありふれたもので、とても小さいもの。
失わないと見つけられないのかもしれないけれど、出来ればそうなる前に、大切な人と一緒に見つけることが出来るといいなぁ、と思いました。

最後になりましたが、種田役の高良くんの正統派メガネ男子っぷりも眼福だったものの、ベーシスト役のサンボマスター・近藤洋一さんの奔放メガネの方がよりアガサの好みである事を告白して、今回の感想はおしまいにしようと思います。 何にせよ、メガネをかけて楽器を弾く男子はさいこうですね! 今日もいいメガネ成分をありがとうございました!



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