ブログパーツ

『エンジェル ウォーズ』

2011年04月19日
sucker-punch-group.jpg

あらすじ・・・
「今日はザック・スナイダー監督にお越し頂きました。 監督、本日はどうぞよろしくお願いいたします」

「あ、はい、ですね、むふふw ええとよろしくおねがいしますww」

「本作は監督にとって初めてのオリジナル作品ということなのですが、その誕生の経緯などお聞かせ頂けますでしょうか」

「そ、そうですね、これはですね、かれこれ8年ほど前になるのですけど、まぁそのいわゆる美少女系のですねwまぁ闘いというおおまかに言えば闘いの物語をダンスに絡めたイメージがですね、いや、闘いというのはリアルな闘いではなく、あくまで魂が自由を勝ち取る為の葛藤というかですね、まぁそういうもののメタファーでありwデュフフww」

「監督は日本の文化に多大な影響を受けていらっしゃるそうですが、具体的にはどういった作品がお好きなのでしょうか」

「おっとジャパニーズカルチャーキタコレww いや、むしろぼくはジャパニーズカルチャーの中で生きていたいというか、おおよそキライな要素が見当たらないというかwwフヒョヒョw まぁそうですね、クロサワのサムライムービーは言うまでもなく、ハヤオミヤザキのアニメーションもたまらんですよねwwwナウシカのアレはスカートなのかチュニック的なものなのかそしてノーパンなのかアリパンなのか、そういった永遠の謎にむしろ寄り添っていきたいというかwwいや語りすぎw語りすぎだからコレwデュフフww いや、ジャパニーズアニメの何が素晴らしいといって、なんといってもセーラー服にサムライソードという組み合わせの妙。これに尽きる訳ですよ。そして絶対領域の存在、これを除く訳にはいきますまいてwミニスカとオーバーニーとの間に生まれた黄金比。つまり、4:1:2.5という比率が」

「監督が本作に込めたメッセージをお聞かせください」

「オウフwwwいわゆるストレートな質問キタコレですねwww その、本作は抑圧された少女の精神世界を反映させた空想世界というメタSF的な側面がですねwwwダン・シモンズの影響によりwwww ドプフォwwwついマニアックな知識が出てしまいましたwwwいや失敬失敬www つまり、闘う少女とそこに垣間見える萌えのメタファーというですねw5人の少女が持つ文学性を洗練された形式美でもって表現する点に拘ったことによってww おっとっとコレ少し専門的すぎましたかねww つまり、ナチやドラゴン大魔神といったキッチュなキャラクターは、彼女達の向き合わざるを得ない仮想敵のメタファーでありww彼女達が身にまとうコスチュームはその薄さも含めて彼女たちが持つ力の儚さや美しさを表しているのでありww決してふとももをさらけだす事のみに集中するものではなくwww フォカヌポウwww拙者これではまるでふとももフェチみたいではござらぬかwwwwコポォ」

Zack-Snyder3_preview_convert_20110417225519.jpg
(※ イケメンオタクのザック監督。 ふとももだいすき。)

その1・すきなものだけでいいです

「かわいい女の子が、ふともも成分たっぷりの服を着て、怖そうな敵をぎったんぎったんにしたら最高だと思いませんか」

もちろんそうですとも。 アガサも完全同意です。 とりあえずかわいけりゃいいんですよ。かわいいは正義!
71382_glg_convert_20110417225543.jpg
大金持ちの家に生まれ、何不自由なく育ったものの、お母さんが病死してしまったせいで遺産狙いの継父に命を狙われる事になる幸薄い主人公・ベイビードール。
無実の罪を着せられ、精神病院へと放り込まれた彼女を待ち受けるのは、「感情を取り除く」と評判のロボトミー手術。残された時間はたった5日。
そんなベイビードールと共に、精神病院からの脱出に挑む少女たちは、厳格な家庭環境に反抗した結果病院送りとなってしまったロケットとその姉スイートピー、他、「黒髪」のブロンディと、アジア系美少女・アンバーの4人。
5人ともムチムチボディで、その割にはスレンダーなふとももで、ベビーフェイスにボリュームたっぷりなつけ睫毛というギャル系アイメイクで、いかつい銃器を軽々と担ぎ上げて闊歩しちゃっやりなんかしちゃったりするので、アガサなんかはもう訳もなく「バンザーイ!!」と叫びたくなってしまうのですが、中でも一番グっときたのはアンバーちゃんなのでありまして。

いつも心細そうなんだけど、ここぞという時にはがんばるアンバーちゃん。
空想世界ではメカに滅法つよいアンバーちゃん。
amber.jpg
もうアレだ、アンバーちゃんが持ってるロリポップの棒になりたいよ、ぼかあ!

出来ればアンバーちゃんの殺陣も見てみたかった。
出来れば邪悪なオーク役になってアンバーちゃんにフルボッコにされたかった。
余談だけど、ベイビードールは気を抜くとギャル曽根になるから気をつけろ。


その2・キメ画

ザック監督といえば、偏執的なクローズアップとクドいのにクセになるスローモーションとバチンとキマった構図ですよね。
凝りに凝った絵作りは色彩を抑えめに処理された映像とも相まって、まるでルネッサンス絵画のよう。 ビーナスか!おまえがビーナスなんか!
61228_glg_convert_20110417233056.jpg
(※ す ご い 火 。)
ベイビードールとその仲間たちは、脱出に必要な4つのアイテムを手に入れる為、空想世界で闘う事になります。
まずはベイビードールが単独で大魔神と闘い、2回戦からはナチスやドラゴンや機械人間を相手に総力戦。
基本的には、どの闘いに於いても、美少女たちの無双っぷりが堪能できるのですが、あまりに強すぎて少々間延びしてしまう部分がありました。 
弾を撃てば必ず当たるし、太刀を振れば必ず倒れるんだもんなー  ・・いや、その強さが心地よいのもまた事実なのですが。
しかし、そんな風に「なんかさっきの闘いと展開同じじゃね・・」と気持ちが緩んだトコロを見計らったかのように、ビシっとキメ画が飛び込んでくるので問題なし! 寝た子も起きますよ。いや、寝てないですけどね。
hi.jpg
(※ す ご い 大 魔 神 。)


その3・入れ子構造

本作に登場する世界は3つ。
ベイビードールが継父に嵌められ、ロボトミー手術を待つばかりの現実世界と、
つらい現実を直視しない為、病院を娼館にリ・イマジネーションした空想世界と、
その両方から逃げ出す為に必要な、4つのアイテムを手に入れる闘いの世界。
ベイビードールの意識が娼館に移行する瞬間、彼女はまさにロボトミー手術を施される寸前だったので、「もしや娼館から後の世界は全て、ベイビードールが正気との境に見た走馬灯のようなモノなんだったりしたらどうしよう・・・」なんてちょっぴり心配していたアガサ。 まさかの夢オチなんてこと、ないよなぁ・・と。
しかし、すべての闘いを終え、ベイビードールに残酷な現実が降り注いだ時、少女たちが空想世界で行った叛乱が、実は現実にも行われていたのだという事が明かされた瞬間。 その過酷過ぎる闘いに思いを馳せ、胸が熱くなってしまいました。
つまり少女たちは、空想世界である娼館だけではなく、精神病院内でも、地図を盗んだり、小火騒ぎを起こしたり、傷害事件を起こしたり、脱走したりしていたのですよ。職員の気を逸らしながら。
ちなみに、娼館での気の逸らせ方は、「ベイビードールが披露する超扇情的なダンスで、見る者をジュクジュクにしたりギンギンにしたりする」というモノ。

・・まさかとは思うけど、踊ったのかリアルでも!!

いや、空想世界だったからこそ、表現出来ない程完璧なダンスで、みんなをスーパー賢者タイムに陥らせることが出来たと思うんですけどね。
衣装だってふともも丸出しだったり総スパンコールだったりする訳ですし。
そういった手助けの無い現実世界で、ベイビードールは一体どんな撹乱作戦を行ったというのか。 
踊ったのか。まさかのまさかで踊ったのか。 もしもガチで踊ったんだったとしたら、その踊り、なんとかDVD-Rに焼いて貰えないだろうか。いや、個人で楽しむだけだから。絶対流出させないから。お願いします。

(※ この、「空想世界で踊っていた瞬間、現実世界ではどんな行動をとっていたのか」という部分は敢えて描かれていないので、「わー何してたんだろー踊ってたのかなあーえへへー」とのんきに考えていたのですが、こちらのレビューで指摘されていた内容を拝見して目から鱗が落ちました。 DVD-Rに焼いてくれとかふざけちゃってどうもすみません。)


その4・でも、やるんだよ

ベイビードールとロケット&スイートピー姉妹以外の女の子が、何故入院する羽目になったのか、その経緯は明らかにされません。(そもそも、この精神病院の患者の中に、果たして本当に病んでいる少女が何人いるのかも定かではありませんし)
ただひとつ、ハッキリしているのは、彼女たちが無力だという事。
その言葉にも、細い腕にも、何の力も宿ってはいないという事。

「自由」って一体なんなんだろう。
私たちはみな、お約束のように「自由」を求めようとします。
もしかしたら、とうの昔に手に入れてかもしれないにも関わらず、呪文のように「自由」という言葉を唱えてしまう。「自由」にこだわりすぎて、不自由になっちゃってるんじゃないかという程に。

アガサは、「自由」とは「自分の意志で生きること」だと思います。
誰かにお膳立てされた楽園で、のほほんと暮らす事は自由なんかじゃない。 願いがなんでも叶えられるのが自由なのでもない。
愛したり、憎んだり、悲しんだり、悩んだり、迷ったりしながら、時には理不尽な感情に振り回されながらも、自分でこうと決めた道を進むのが、「自由」なんじゃないかなあ、と。
だから、「自由であること」とは「闘うこと」でもある。

絶望に支配され、ただ「生かされて」いるだけの日々を送ってきた少女たちは、新しく入ってきたベイビードールに触発されて、もういちど「自由」を手に入れることを決意します。
その選択の先にあるのは、ただの敗北かもしれない。
自分たちの命がけの抵抗は所詮、悪あがきに過ぎないのかもしれない。
それでも少女たちは誓う。 
死にながら生かされるくらいなら、生きて死ぬ方がマシだ。とばかりに、闘う事を誓うのです。
無駄かもしれない。 でも、やるんだよ!と。

これが応援せずにいられるかっていうんですよ! 
ふともも丸出しでがんばる女の子は世界の希望です!


なんかね、甘っちょろい話かもしれないし、辻褄の合わない部分も多々あるかもしれない。 でも、少女たちの闘いは無意味ではなかったと思うし、ベイビードールは誇りを持ってロボトミー手術を受け入れたんだと思うのですよ。 スイートピーが手に入れた「自由」は、5人全員で勝ち取った自由だから。 あまりに哀しい勝利でしたけどね。

スイートピーを乗せたバスは、パラダイスという名の看板を通り過ぎ、遥か彼方を目指す。
きっと彼女はこれからも、沢山の苦難を乗り越えて行かなければならないだろうと思う。
でも、それもまた、自由な証。 
操られず、自分の手で、足で、勝利を掴みとって欲しいと願いました。

と言う訳で、アガサはだいすきです。『サッカー・パンチ』!


-追記-

・ 本作は、1960年代という設定で描かれているのですが、同じく1960年代の精神病院を舞台にした『17歳のカルテ』や『カッコーの巣の上で』とは、かなりその姿がかけ離れている様に感じてなりませんでした。 どっちかというと、1920年代を舞台にした『チェンジリング』に近いような・・。 女性の「力」が圧倒的に弱いという点も含めて。 もしかしたら、ゾンビ兵士化したナチスを仮想敵にしつらえたかったから、60年代という設定にしたのかなぁ・・なんてのは勝手な妄想すぎますかね。 ただ、空想世界を際立たせる為にも、現実世界はもう少しリアルだった方がよかったような気が。 

・ 『マトリックス』や『インセプション』など、沢山の映画を思い起こさせる本作なのですが、アガサはやっぱり『未来世紀ブラジル』とがっちり印象が結びついてしまってたまりませんでした。大魔神とかねー、やりたかったに違いないよねー。 最後にスイートピーを乗せたバスが遠ざかって行くシーンまで被らせているし。ただ、その後ヘビー級のオチをつけたギリアム監督と違って、ハッキリとした希望を映し出して終わらせたザック監督は、たぶん、SじゃなくM。

・ なんでMかというと、少女たちを甚振りぬく用務員(精神病院のカゲ番状態)が、ザック監督そのものなんじゃないかと思ったから。(この世界を支配する用務員=映画を支配する監督) 
少女たちを意のままに操っていた用務員さんなんですが、ロボトミーを受けて空虚な器になってしまったベイビードールを前にはらはらと涙を流してしまいます。 
彼もまた、檻の中でちっぽけな虚栄心にすがって生かされていただけの存在だったのではないか、と。 そんな時、ぎらぎらと生きようとするベイビードールの姿を見て、嫉妬や憧れや独占欲や憎しみと言った、複雑な感情に襲われてしまったのではないか、と。
もしかしたら用務員さんも、自由を求めていたのかもしれない。ベイビードールに激しく叱咤されたかったのかもしれない。 もしかしたら、踏まれたがっていたのかもしれない。ピンヒールで。
と言う訳で、この映画にふとももが沢山登場するのは、全部ザック監督の「ああ・・あれに挟まれてもがいてみたい・・」という願望だったのではないかと思ったのでありました。 オレはキライじゃないよ!そういうの!

     ♪♪どちらのバナーでもどうぞご遠慮なく♪♪ →   にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ

Trackback
実写版プリキュアか、はたまた 5人版チャーリーズエンジェルかと思いきや とんでもない鬱展開でした(汗) では、3分で分かるあらすじ紹介いってみます。 (ネタバレ注意! ...

※当ブログで使用しているイラスト等の著作権は、全てはアガサにありますので、転載、二次加工、再配布の際は一言ご連絡下さいませ。