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『ソーシャル・ネットワーク』

2011年02月01日
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(※ ラストに触れずには、感想を書く事が出来なかったので、ネタバレ配慮なしの内容になっております。 出来れば、本編をご覧になった後で読んで頂けるとうれしいです。)




あらすじ・・・
なんだよなんだよボート部がそんなにエライのかよ。
アカペラ部はウケないのかよ。
ホントはおっぱいちっちゃいクセに。
くそうくそう。酒飲むぞ今日は酒飲むぞ。ぎゃふんと言わせてやりたい。なんだなんだ。どうするどうする。
そうだうちの学校の女子をランク付けしてやろう。大した女じゃないってわからせてやろう恥をかかせてやろう。
よしやるぞ。データを取り込んでプログラムを書いてなんだ楽勝じゃんセキュリティ甘いなうちの学校。
たのしいたのしい。のってきたぞ超のってきた。
よしみんな食いついてきた。やっぱりな。ウケると思ったんだ。どんどん伸びるぞどんどん伸びるぞどうだどうだ。落ちた?そっか落ちたか。4時間でサーバーダウンなら上出来だな。トータルアクセスは? 2万2千?よしよし。
なに怒ってるの? あんな穴だらけのセキュリティ、すぐハッキング出来るに決まってるじゃん。それよりすごいでしょ。2万2千もアクセスあったんだよ。なんだよもうめんどくさいよ。怒らなくてもいいじゃん。処分ね。うんわかったわかった。じゃその間にまた新しいサイトでもつくっとくか。
え?誰? こないだのランク付けの件を見た? で?話? いいよ興味ない。 え?ボート部なの?ボート部かぁ。ボート部ねぇ。おっぱいちっちゃいクセに。
いいよいいよ。話聞くよ。なに?用件は何?うちの学校内に会員専用のコミュニティサイトを作りたいの?ふーん。コミュニティサイトかぁ。いいよ。コミュニティサイトね。
ハーバード内の出会い系コミュニティサイトなんてくだらないよ。何言ってんだか。ボート部おっぱいドイツ人。
そんなくだらないツールじゃなく、もっと大きなコミュニケーション・ツールにすればいいんだよ。そしたらみんな使いたがるに決まってる。
よし、やるか。おもしろい。これはおもしろい。絶対ウケる。 コード、コード、お金がいるなぁ。お金持ってるのは、エデュアルドだな。よし、出資してもらって一緒にサイトを立ち上げよう。
どんどんアイディアが湧いてくるぞ。みんなが使いたくなるツールにするんだ。スタイリッシュでクールなコミュニケーション・ツールにするんだ。
どんどん会員が増えてるの?そっか。やったね。 あ、待って。あそこにいるの彼女じゃんか。ちょっと聞いて。いや、あの時のことじゃなくて。君のおっぱいのことじゃなくて。オレ、フェイスブック。作ったのオレ。え?知らないの?いやまさか。だって学校中みんなやってるよ。いや、おっぱいのことはどうでもいいんだよ。フェイスブックの話を聞いてよ。
怒ってた。彼女まだ怒ってた。なんでだよ。オレ、フェイスブック作ったのに、なんで褒めてくれないの。すごいじゃん。
よしわかったよ。もっともっと広げるよ。世界中の人が繋がるようなサイトにするよ。
あー、お金だな。たしかにお金はいるよな。でも、広告とかはかっこわるいじゃん。みんな無料だから使うんだよ。広告が載ってたり課金制度にしちゃったりしたら、しらけちゃうよみんな。そんなもんだよ。わかってないな。エデュアルドわかってない。
え?行くの?スポンサー探しに行くの?お金は必要だけどさ。座ってるだけでいいの?わかったよ、共同創設者だもんな。行くよ。
あー退屈。なに話してるのかさっぱりわからない。ていうかどうでもいい。このおじさんも興味なさそうじゃん。エラそうじゃん。それにでかいな。ほっぺた下がってるな。なんでほっぺたこんなに下がってるんだろう。ぷよんぷよんだよ。あー眠い。眠いよ。なんでオレこんなトコにいるの。眠い。ほっぺた。ほっぺた。
なんだよ。 なに怒ってるんだよ。一緒に行かなきゃダメだって言うからちゃんと来たじゃん。スポンサーと話できたんでしょ。いいじゃん、それで。
エデュアルドはちょっとアレだな。 スポンサーのことばっか考えすぎだな。そんなことよりフェイスブックの機能性をもっと高めないと。 人手もいるし。やること沢山あるじゃんか。 なんだよ。フェニックス・クラブに入れたからって威張ってるのかよ。そんなにエラいのかよ。エデュアルドがこんな複雑なプログラム書けるか?書けないよ。どうでもいいよ。フェニックス・クラブなんてどうでもいい。 オレのフェイスブックの方がみんなに求められてるし。
今日会うのはアレでしょ。ショーン・パーカーだ。ナップスターをつくった。 
ショーンは、わかってるんだよなぁ。 そう。オレが思ってることと同じこと言ってる。エデュアルドは創り出す側じゃないからわからないんだよ。フェイスブックのあるべき姿をより具体的に見通せてるのはショーンなんだよ。ああ、でもなんだろう。ショーンが連れてくる女の子はどうでもいい。耳がくわんくわんなる音楽もどうでもいい。 そういうんじゃないんだ。ショーンはわかってるし、目指す場所も同じなのかなぁと思うんだけど、そうじゃない。オレのフェイスブックはそうじゃないんだよ。
ああもっと良くしたいんだ。オレのフェイスブック。いくらでも良くできる。人手だ、人手が足りない。もっともっと。エデュアルドのことはいいよ。ほら、研修か、アレに行ってるんだし。やることは沢山あるんだ。やること。フェイスブックを。もっとフェイスブックを。

いや、訴訟を起こされてるのはわかったよ。だからなに? フェイスブックは盗んでないよ。オレがつくったんだよ。悔しかったらもっとすごいサイト作ればいいじゃん。あーめんどくさい。あー聞きたくない。同じ話ばっかりもういいよ。蛍光灯。蛍光灯の光。光。え?悪いってなにが? 今の話聞いてたか?聞いてないよ。 聞かなきゃダメなの?
エデュアルドからも訴えられてるんでしょ。それはいいよ。わかってるってば。うん。わかってるけどさ。 あの弁護士さん、ホントよく喋るよなぁ。口がパクパクパクパク動いてるよ。パクパクパクパク。 ちがうよ。エデュアルドをわざと罠にはめようとなんてしてないよ。でもさ、エデュアルドは口座を凍結したんだよ。オレのフェイスブックが、息の根を止められそうになったんだ。 オレたちの? 

あなたは悪い人じゃない、ただ、そう思われるように振舞ってるだけだ?  なにを言ってるんだろう? オレはなにも悪いことはしてないし、振舞うって何が? なんだろう。 
フェイスブックでみんな繋がってるんだ。 ぼくがつくったんだ。 褒めてくれてもいいじゃないか。 もう、みんな一人じゃないんだから。 
ひとりじゃない。 
だけど。 
なんでだろう。 
なんでだろうか。



マークは悪くないよ! 悪いのは高慢ちきな双子と思い上がりの激しい先輩と勘違い甚だしい友達だよ!

悪い事をした子どもを叱った時、素直に「ごめんなさい」と謝る子どもは少ないと思います。
多くの子どもは自分を正当化し、他人のせいにし、しまいには「あーあー聞こえないー」とばかりに現実逃避する事すらあります。 というか、うちはそうです。 とても残念です。
本作の主人公・マークも、何から何まで良くも悪くも本当に子どもじみていて、思いついたことは後先深く考えずにすぐ行動し、その結果がマズイことになったら自分を正当化し、ホントはちょっとバツが悪かったりもするんだけどそれを認めず、「なんで怒るばっかするのさ!褒めてくれたっていいじゃんか!」と不条理な逆ギレに転じます。
なんかもう、抱きしめたくなっちゃいましたよ!ぼかあ!!(身近なちっちゃい人に似すぎていて)

本作が実在する人物や事柄に基づいて作られた創造物だというコトは周知のとおりですが、アガサはフェイスブックはもとより、その創設者であるマーク・ザッカーバーグさんのこともよく判りません。
ですので、あくまで“創作物”である本作のみに対する印象であり、感想である事を、予めお断りしておきます。

その上で。

マークは、そのあまりの“空気の読めなさ”や“話のかみ合わなさ”や“天才っぷり”から、アスペスガーなのではないか、という見方があるようなのですが、アスペかどうかというのは、あまり重要ではないと思うのですよね。
というか、アガサはそもそも、“自由度の高い子ども”にむやみに診断名をつけたがることに、あまり意味があるとは思っていなくてですね。
いや、もちろん、「なんでうちはこんなに自由すぎるの・・・」「なんで他の子みたいに普通のコミュニケーションがとれないの・・・」と思い悩む保護者のみなさんにとっては「そっか!病気だったのか!ただの癇癪もちな訳じゃなかったんだ!」という安心(納得)材料になりますし、その子にあった療育を受けさせたり、必要な薬を処方してもらう事も出来ますので、とても大きな意味を持つのですが、でもこれ本人にとっては意味なんてないんですよね。

診断名がつこうがつくまいが、日々の生活に苦痛を感じたり、なぜか怒り出すクラスメイトに困惑したり、不当な眼差しに心傷付いたりする現実は変わらない。
本当に大切なのは、療育でも薬でもなく、理解してあげること。
その子の中の“他の人とは違うテンポ”を理解してあげて、歩調を合わせてあげることなんじゃないかと。

マークがアスペルガーなのかどうかはわかりません。
まぁ、アガサの勝手な印象だと、面白いくらい身近なかわいこちゃんにそっくりなトコロがありますので、かなり際どいラインなのではないかと思いますがw
冒頭での、彼女とのズレまくっている会話シーンだけで、もうなんだか親近感や既視感や妙な母性本能がじわじわ湧いてきて思わず笑ってしまいました。
「聞かれたから答えたのにもう聞いてないんでやんの」とか「おい!さっきの話どこ行ったんだよ!」とか「いやいやいや・・それもうちょっとオブラートに包もうよ」みたいなちぐはぐな感じ、ありますよねー。ですよねー。

それはともかく。
そういう空気の読めなさだとか、致命的なコミュニケーション能力不足だとかは、アスペルガーの患者さんに限ったことではなく、誰にだってありうることなんじゃないかと。
基本的に、誰だって自分が一番なわけで。 
自分の気持ちをわかって欲しい、自分のことを評価してほしい、自分の言い分を聞いて欲しい、自分、じぶん、ジブン・・・。
これって、特に性格に問題があるとかではなく、本能的なものだと思うのです。
相手を理解しようとする前に、自分を理解してほしい。 だから人生には頻繁に、心のズレやボタンの掛け違いが起こり得るのではないでしょうか。
ほんのちょっと、「なんで相手はこんなことを言うんだろう」とか「この一言で相手はどんな気持ちになるだろう」とか思うだけで違ってくると思うのですけどね。

確かにマークはちょっと変わっています。
絡みづらいタイプであることは否めない。
ただ、訴える前にもうちょっとできる事があったのではないか、と。
ほとんど付き合いのなかった双子たちはともかく、“親友”として付き合ってきたエデュアルドまでが、マークの幼稚さに気付いていなかったなんて事があるのだろうか、と。
仲間はずれにされた。 役立たずみたいに扱われた。 そんな単純な怒りに身をまかし、我が我が、ばかりでマークを責め立てるエデュアルドを観ていると、「そりゃないよー・・・」と切ない気持ちになってしまいました。
せめて君くらいは、理解してあげて欲しかったよ・・。身近にいたんだしさぁ・・。

ま、それに、実際問題エデュアルド大して役に立ってなかったですしね! その働きで6億ドルとかおまえ調子のってんじゃねえぞ!

人と繋がるのは難しい。
マークは、他人にどう言葉をかければいいのか判らず、どう接すれば怒られないのか判らず、ひたすら困惑していたのでははないかなぁ・・と思います。
だから、直接ではなく、ディスプレイの中で誰かと気軽に繋がれるツールをつくろうと思ったのではないでしょうか。
そして、それを求めていた人も多かった。
だってみんながみんな、見知らぬ誰かに気さくに話しかけたり、上手に交流できるわけじゃないから。
もちろん、その両方とも可能という人だって、そんなツールを求めていた。
とにかくみんな、誰かとどこかで繋がっていたいんですよね、きっと。

どこまでも不器用で、どこまでも子どもじみたマークは、結局誰にも理解してもらえず、誰も理解することができず、世界と繋がっているはずのフェイスブックを静かに開きます。
でも、心はどこにも繋がっていない。
なんという孤独。 
そんなマークを照らす、とてもかすかな光。 一生自分を許してくれないと思っていた、自分が創ったフェイスブックには入ってくれる訳がないと思っていた彼女が、フェイスブックに登録していたという事実。
もしかしたら、ただ単に流行りにのって登録したのかもしれないし、本当にマークを認めたから登録したのかもしれない。それはわかりません。
しかし、マークはそんな彼女のアカウントに友達申請のメールを送り、ただひたすらに、更新ボタンを押し続けます。

彼女からの許可メールが画面に映し出されるのを待っているかのように。

繋がっているのかどうか、確かめるかのように。

自分が、誰かと繋がっているのかを確かめるように。


世界中のパソコンの前に佇む、たくさんの“マーク”を思うと、なぜだか涙がとまりませんでした。
その“マーク”の中には、私も居るからなのかもしれないですけどね。 オッス、おら自分だいすき!

先程も書いたように、マークがアスペルガーなのかどうかはわかりません。
衝動的なだけではない、冷静な行動もとっているように見えますので、やはりギリギリのライン程度なのかもしれませんね。
私たちが大切にすべきなのは、世界と繋がるツールではなく、それが持つ可能性なのではないかと思います。
世界中のみんなと、知らない誰かと、身近な誰かと、色々な垣根を越えて理解しあえるという可能性。

洪水のように流れるセリフの数々と、それとは対照的に静かな映像。
その両方ともが同じように、雄弁に語りかけてくるのが素晴らしかったです。 
(女の子を比べるサイトを創る時や、ショーンに連れて行かれたクラブなど、明らかに“これ、マークの耳には何も音が入って来ていないんだろうなぁ”と思わせる画が作られていて、すごいなぁ、と衝撃を受けました)
ただの会話劇でも、ただのいけすかない天才の話でも、ただの青春の光と影でもなく、とても優れた人間ドラマだと思いました。


傑作です。
 
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