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求刑・しつけ20年。

2011年01月19日
(※これから書く日記は、感情に任せてかなりヒステリックかつ支離滅裂な内容になることが予想されますので、そういうのがキライな方はどうぞこのまま引き返されますようお願い申し上げます。

ちなみにアガサの持論のひとつに、

「虐待して子どもを死なせるような大人は全員去勢でいいと思ってます」

みたいなのがあります。 ま、そういう人間が書く文章ですので。 あらかじめ。)




“子育てに自信があります”と断言する人が居たとするならば、アガサは信用しません、その人のことは。
だって、子育てに明確な答えなんてないし、100人居れば100通りの、1万人居れば1万通りの性格があり、そこからまたさらに星の数ほどの家庭環境がある中で、誰にでも有効な答えなんてあるわけがないと思うからです。
自分がしてもらった事を、みんながそのまま出来る訳ではない。
自分がしてもらわなかった事を、みんながそのまま出来る訳などない。
出来ないから、どうすればいいのかわからないから、みんな悩んで、もがいて、焦って、試行錯誤しながら、ただひとつの未来に向かってなんとなく進んで行きたい、と願うのではないでしょうか。
「うちのかわいい子どもが一人前の大人になる」という未来に向かって。

答えがない道なので、もちろん暴走してしまう時もあります。
間違っているような気がしながらも、そのまま進むしかない時もあります。
“子どもにとって”、と思っていても、本人にとっては心底ありがた迷惑な事だって多いでしょう。
ニュースなどで“虐待”の文字を見る度に、怒りと共に漠然とした不安に襲われてしまう、というのが、親となった私たちの本音だろうと思います。

自分もこうならないと、言い切る事など出来るのだろうか? と。


で、先日目にしたこのニュースなのですが。

しつけの延長…と、3歳女児の腕をかむ - 社会ニュース : nikkansports.com しつけの延長…と、3歳女児の腕をかむ - 社会ニュース : nikkansports.com


asahi.com(朝日新聞社):2歳死亡、救いの手あと少しで… 母に傷害致死容疑 - 社会 asahi.com(朝日新聞社):2歳死亡、救いの手あと少しで… 母に傷害致死容疑 - 社会



いやいやいや、もうこれ完全に殺る気じゃん!!

ごめんごめん、さっきのなし。 
漠然とした不安は存在するけどコレはない。おばちゃん言い切っちゃう。奥さん!しつけリンチは別物ですよ!!

もうねぇ、ホントない。 2歳児ってけっこうミニサイズですよ? まだおしめの子だってざらですよ? 夜は泣くし、朝も泣くし、昼は寝ないし、ごはんはこぼすし、コップはひっくり返すし、ほんと何も出来ないひよっこですよ? そんな若造に対して、おまえは何を期待しようというのか。 
3歳児だって、まだまだアマチュアです。 新生児に比べれば、徐々に出来ることが増えている程度で、一人じゃ何も出来ない小僧っ子ですよ。おしめが外れてれば御の字で、ごはんはこぼすし、コップはひっくり返すし、返事は上手に出来ないし、「書くな」と言った場所に狙ったように落書きするし、なにより、こちらの気持ちを汲んでくれない。 空気は読むものじゃない!吸うものなんだ!をモットーに、今日も頑張って暮らしております!  ・・って、当たり前なんですけどね。 2~30年前は自分もそうだったでしょ! おらおら素直に吐いちゃえよ!

当たり前のことがわからない。
だから、死に至るような過激な暴力を平気でふるう。
人に問われたら判を押したようにこう答える。
「しつけのつもりでやりました」

でもね、アガサは思うのですよ。
本人はどこかでわかっていたんじゃないだろうか、と。
しつけと暴力の境目を越えてしまっていることは、とうに気付いていたんじゃないだろうか、と。

よく言われるのが、“虐待をする親は、自身も幼少期に虐待を受けていた”というコトで、実際そういう家庭も多いのだろうと思います。
だから“しつけ”のつもりで過剰な暴力をふるってしまう。
そうですか。 そうですね、それは本当に不幸なことだと思います。 
でも、「だから子を殺した親(大人)が大目にみて貰える」、なんて事があるとしたら、そんなバカな話はないわけで。
子どもの頃に善悪を教わっていなかったのなら、今から教えてあげればいいじゃないですか。
自分の一撃が、子どもにとってはどれくらいの威力になるのか、こってりと教えてあげればいいじゃないですか。
同じように、しつけてあげればいいじゃないですか。

本当にわからなかったのですか?
自分のそれは、しつけではなく暴力だと。
血を流して丸まっている子どもを、怯えた眼差しでこちらを伺い見ている子どもを、不安で余計に涙が止まらなくなっている子どもを見ていても、本当にわからなかったのですか?
えらい人たちに叱られるのがこわいから、「しつけのつもりだった」と言ってるだけなんじゃないですか?
そうですか。 そうですね、きっとあなたたちは、“しつけ”を受けていなかったから、今でも子どものままなんですね。 
“しつけ“を受けていなかったのに、自分が子どもをしつけようだなんて100万年はえぇんだよ!!ばーか!おまえばーか!!

“しつけ”の方法がわからないんならわからないなりに、慎重にやりゃあいいんだよ! 慎重にやる、って意味すらわからないようなヤツは子ども産むな!避妊しろ! “コンドーム”って単語、人生のうちで一回くらい聞いたことあんだろ? 薬局でもコンビニでもどこでも売ってるからダース単位で買ってこいコノヤロウ!! 気持ちよくないから生じゃないとしたくないってヤツは今すぐ去勢しろ!ばーか!!


アガサは、自分の子育てのやり方は間違いだらけなんじゃないかと思っています。
幼い頃母にして貰ったような事は、何も出来ていない。
イライラしていれば大きな声をしてしまうこともあるし、せっかく手伝いをしたがっているちびっこに「余計手間になるからまた今度」と冷たい言葉をかけてしまうこともある。
本だってほとんど読んであげていない。
そんなに公園にも連れて行ってあげられない。
「やってもいいこと」「やってはいけないこと」を教えているつもりだけど、自分の歪んだ価値観を刷り込んでいるだけなのかもしれない。

ただ、ひとつだけ気をつけていることがあります。
それは、怒らないこと。
叱るけど、怒らないこと。

怒るというのは、自分の都合を押し付けること。
叱るというのは、子どもの間違いを訂正すること。
似ているようで、全く違う行為だと思うのです。
“しつけ”と“暴力”がそうであるように。

もちろん、100%実行できているかどうかは、主観の問題なので、これまた自信は無いのですが(ダメじゃん)、常に心に留めておかなければならない事だと思っています。
何が正解で、何が間違いかなんて、10年、20年先じゃないとわからない。
いや、きっと一生わからない。
だから、目と耳と心を子どもに傾けて、精一杯感じ取って、これが間違いじゃないかどうかを考えていきたい。
たとえ周りのサポートがなくても、子どもと2人きりでも、出来ないことじゃないと思うんですけどね。

そして、もしも逃げたくなっても、子どもを殺して逃げるようなことだけはしないで欲しい。
世界で一番つらいのは、自分じゃなくて、そんな自分を見ている子どもなんだと知って欲しい。 
無力で、でもひたむきに自分だけを愛してくれている子どもの事を、忘れないで欲しい。




それすらもわからないような大人は、やっぱり去勢でいいと思いますよ。
もしくは、求刑・しつけ20年でお願いします。


(※ 自分が子どもにやったのと同じ内容の“しつけ”です)

(※ なんら建設的な意見も出せず、申し訳ありませんでした)


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