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『おまえうまそうだな』

2010年10月24日
うまそう
うまそうなのはウマソウだけじゃなかったのだ!

あらすじ・・・
あるひ、きょうりゅうのおかあさんが、かわでロハスなきゅうじつをすごしていると、じょうりゅうからなにがしかのたまごがどんぶらこっことながれてきました。
「このままでは、かこくなせいぞんきょうそうのぎせいしゃになってしまう」。 そうおもったおかあさんは、たまごをうちにつれてかえりました。
おこったのはなかまのきょうりゅうたちです。
「どこのうまのほねともわからないたまごをひきとるだなんてしょうきのさたじゃない」「うまれてみたらはだのいろがちがってただなんて、あたしゃしんせきにあわすかおがないわよ」。 
なかまからのプレッシャーにしんけいをボロボロにされたおかあさんは、なくなくあかちゃんきょうりゅうをもりにすてにいきました。
しかし、いっしょうけんめいじぶんをよぶあかちゃんのなきごえは、おかあさんのぼせいをダイレクトにしげきし、なやんだおかあさんは、コミュニティとけつべつし、じぶんひとりでこどもたちをそだてることをけついするのでした。

つきひはながれ、ハートとなづけられたはだのいろのちがうちびっこきょうりゅうは、おかあさんのじっしであるライトとともに、すくすくとそだっていました。
ただ、おかあさんとライトがこのむ、ベジタリアニズムにもとづいたせいかつは、ハートにはすこしばかりものたりなさをかんじさせてしまうのでした。
どうしてじぶんは、ライトとまったくおなじしょくじではまんぞくできないのだろう・・・。
どうして、どうぶつせいタンパクしつをなめるだけで、こんなにこころがみたされるのだろう・・・。

そんなあるひ、ハートはみょうなむなさわぎをかんじてだいそうげんにかけだします。
そこではいままさに、するどいきばをもつ、がたいのいいおとなのきょうりゅうたちが、マクロビオティックなきょうりゅうにおそいかかって、はらわたをひきちぎろうとしているところでした。
はじめてみるこうけいに、ハートはこしがぬけてうごくことができません。
「なむさん・・・!」  ハートがそうおもったとき、とくにがたいのいいいっぴきのきょうりゅうがハートにはなしかけました。
「おまえ・・ひとりなのか?」
「ち・・ちがうもん! おかあさんとおにいちゃんといっしょだもん!」
「ならばいけ。 ここはおまえがくるようなところではない」
ぶじ、むざいほうめんとなったハートは、いのちからがらにげだしました。
が、しかし、そんなハートをびこうする、ふしんなかげが・・・。

かわでハートをさがしていたライトとごうりゅうしたハートは、どうようのあまりじゅんじょだててはなしをすることができません。
ライトはただひたすら、そんなハートをおちつかせようとつよくだきしめるばかり。
そのとき、かれらのうえをおおきなかげがおおいかくしました。
ハートをびこうしてきた、ひれつなきょうりゅう・ゴンザです。
「なんだ! きになってつけてきてみたら、おまえくさくいどもといっしょにせいかつしていたのか!」
なんのことかりかいできず、ふるえるハート。もえつきるほどひーと。
「おまえだよ、おまえ! にくくいのくせになんでくさくいにくいつかないんだ? いまはやりのスローライフってやつか? しゅみはデトックスりょうりか?」
「ぼ・・ぼくはにくくいじゃない! もりがーるがだいすきなそうしょくだんしだ!」
いかりにわれをわすれ、ゴンザにとびかかるハート。 
ちいさいながらもうちにひめるポテンシャルははかりしれないハートは、いきおいとパワーでゴンザをあっとうし、しっぽをかみきられたゴンザははんぶんになったしっぽをまいてにげだすのでした。
ぶじライトをまもったハート。
しかし、おのれののろわれたしゅくめいをしってしまったハートは、もはやおかあさんとライトとともに、ぬるまゆにつかったせいかつをおくることなどゆるされるはずもありません。
そのひいらい、ハートはおかあさんのもとにもどることはなかったのでした。

すうねんご、りっぱなにくくいきょうりゅうにせいちょうしたハートは、いつものように、よそのきょうりゅうのなわばりにちょっかいをだしながら、せつなてきなせいかつをおくっていました。
そんなあるひ、ハートのまえにちいさなたまごがおちていました。
なぜかデジャヴをかんじつつ、たまごをのぞきこんだハートのめのまえで、たまごはかわいたおととともにわれ、なかからちいさなきょうりゅうがとびだしてきました。
「おまえ、うまそうだな・・」
したなめずりをしながらはなしかけるハートのあしに、ちいさなきょうりゅうはうれしそうにしがみつき、こうさけぶのでした。
「おとうさん!」・・・と。


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親から子へ、伝えたい事。
その内容はとても多いが、伝えられる時間はとても少ない。
だから必死で、なにかを人生の蓄えにして欲しくて、親は子に話しかける。
いつかは誰しも、自分だけの力で生きて行く瞬間を必要とされるから。
自分だけの足で、地面に立つ事を求められるから。
その時、我が子が途方に暮れないように、我が子が凛々しく前を向いていられる様に、親は子に伝えようとする。
たとえ肌の色が違っても、時代が違っても、その気持ちは変わらない。

ツイッターで大絶賛されてた『おまえうまそうだな』を、せっかくなのでちびっこと堪能しようと、親子三人で鑑賞してきたのですが、噂にたがわぬ号泣必至映画で、ポップコーンが涙で塩味になるというハプニングまで起こる始末だったのでした。

草食恐竜のおかあさんから、肉食恐竜のこどもへ。
草食恐竜のおかあさんから、草食恐竜のこどもへ。
肉食恐竜のこどもから、草食恐竜のあかちゃんへ。
肉食恐竜のおとうさんから、肉食恐竜のこどもへ。
種類や住む世界は違えど、彼らが伝えようとする事はただ一つ。
生きること。   自分のちからで生きること。

親は、こどもを愛するがゆえに、時々伝え方を間違えることがあります。
“とにかく今は、守ることに集中しよう。伝えるのはその後でいい”
“こうやって愛していれば、こどもにもきっと伝わっていくはず”
そんな風に勝手に思い込んだり、やみくもに愛を押し付けたり、前を見るべき目に目隠ししたりする事も、まぁ、しょうがないと言えばしょうがない、というか大いに自分に思い当たるフシがあり過ぎて、今書いていて絶賛羞恥プレイ中のアガサなのですが、優しく抱きしめるだけではなく、やはり背中をドンと押す事も大切なのですよね。

だって、抱いてばかりいたら、こどもの目は塞がったままだから。

胸におしつけたこどもの顔をぐいっと前に向けさせて、涙を流していたら一緒に泣きながらそれでも心を鬼にして、厳しい現実に向き合う術を伝えていかなければ。
優しくするよりも、厳しくする方がもっと難しい。でも、やらねば。

本作には、一生懸命“生きるとはどういうことか”を伝えようとする親たちの三者三様の姿が登場して、それぞれが深く観る者の胸に響きます。
中でも、肉食恐竜のおとうさんがそうと名乗らぬまま、我が子に“愛するものを守るということ”を伝えるシーンが心に強く突き刺さったのですが、このおとうさんにしても、そして草食恐竜のおかあさんにしても、「なんだったら自分の命を犠牲にしても構わない」という覚悟をもって、子に伝えようとするのですよね。
弱ければ死んで喰われるしかない時代だからこそのストイックさなのかもしれませんが、今の時代でも“生きる”ということの本質は同じなのではないでしょうか。
だからこそ、親は強く、厳しく、愛情をもっていなければ。
子とぶつかる事も恐れず、伝えようとしていかなければ。

こども向けの絵本が原作だからと侮ることなかれ。 
とても真摯で、とても大きな愛に包まれた、素晴らしい作品でした。
もちろん、ちびっこも大満足でした。
ちなみに今は、恐竜になりきって家中をガオーと叫びながら走り回っています。
マネをしたくなるほど、おもしろい映画だったと言うコトですね! ただ、床が抜けるから階段から飛び降りるのだけはやめて頂きたい。かあちゃんからのお願い。

吹き替えは例によって例の如くタレントさんが担当しているのですが、主役を演じるのがプロの声優さんだった為、特に違和感もなく(いや、タレントさんもとても役にあっていたのですよ)、かわいらしいキャラからは想像もつかない、激しい殺陣を繰り広げられるので、ちょっとしたアクション映画のような興奮も味わえます。

そうそう、そのキャラなのですが、アガサが特に気になったのは、草食恐竜のおかあさんなのでして。
見ず知らずのたまご(肉食らしく毒々しい色あい)を引き取り、群れから孤立してしまう事になっても、一生懸命育て上げる、マザーテレサのようなおかあさん。
このおかあさんに育てられたからこそ、肉食のハートは、種類の違う弱い生き物を守るような、出来た息子に成長したのですよね。

で、自分の性(サガ)を知り、距離を置いて暮らす事を決めたハートが、おかあさんたちの群れが住む森の危機を知り、拒絶されることの恐怖に怯えながらもおかあさんの元へ駆けつけるシーン。
数年ぶりにやってきた群れの中には、お兄さんのライトはいるものの、肝心のおかあさんがいません。
ライト曰く、「おかあさんは朝から山奥に行って帰ってこない」。
慌てたハートは、舞い降りる火山灰を振り払い、おかあさんの居場所を探します。
そして、ついに再会を果たすおかあさんとハート。
ハートはおかあさんに、こんな危険を犯してまで、どうして山奥にいたのかと訊ねます。
そこで、木の洞から小さな恐竜を呼び出しながらおかあさんが言った、衝撃の一言とは・・・!

おかあさん 「ほら、みんな、おにいちゃんに挨拶なさい」

おかあさん、隠し子発覚キタ―――!

え、え、おかあさんって今何さ・・ていうか、群れを追い出されて、その後戻ったものの厄介者扱いされてた筈で、そんでもってそんでもって、ええと、ええと、いや、別に高齢出産でもぜんぜん問題ないんですけど、でも、なんつうか、いつの間に!っていうか、誰の子やねん!っていうか、そもそもハートの場合と違って草食の子なんだから森の奥に隠しておく意味がわからないっていうか、モテまくってますなぁ!っていうか、ええと、ええと・・・

おかあさん

おかあさんは・・・

おかあさん2

おかあさんは・・・・・

おかあさん3

おかあさんはヤリマ老いてなお現役です!

と言う事で、
「うまそうなのはウマソウだけではなく、熟しきったメスの魅力を存分にアピールしたおかあさんも、とってもうまそうだったでした」
という衝撃のダブル・ミーニングをみせつけた、とってもアダルティで楽しい映画だったのでした。
やったぜ! アニメ界にも熟女ブーム到来だ!!※他にどの界隈が熟女ブーム中なのかは判りませんが)


子を持つ人も、持たない人も、是非一度ご覧になって頂きたいです。
そして、秋の夜長におとうさんやおかあさんに電話をして、普段は言えない言葉をプレゼントしてみてはいかがでしょうか。



-おまけ-

・ 血の色をした赤い実がとても印象的に使われていたのですが、あれは命を現していたのでしょうかねぇ。 おかあさんからハートへ与えられる赤い実。 ハートが育てる事になる草食恐竜のあかちゃんの尻尾にも赤いポッチ。 ハートの父親である肉食恐竜の赤い瞳。 受け継がれて行く命の色。 (←勝手な推測ですが) うまい表現だなぁ・・と思いました。

・ 生きるということが、きれい事の様に描かれていないのがとてもよかったです。 容赦なく生を奪い、その肉を喰らう恐竜たちは、ただいたずらに弱い者を脅かす存在なのではなく、同じ場所に共存する仲間なのではないでしょうか。 だから、不必要に殺生をしない。 喰われた方も、犠牲を無駄にしないように淡々と生きる。 彼らは自分達が定めたルールを守り、一生懸命暮らして行くのですね。 私たちには出来ない事なのではないかと思い、ちょっと恥ずかしくなりました。


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