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色々と思った事を書いてみるよ。

2010年08月03日
昨日、こんな記事を見かけました。

誰が何をネグレクト? - Chikirinの日記 誰が何をネグレクト? - Chikirinの日記



先日大阪で起きた放置死事件についての記事です。

うん。 すごくわかる。 何度も首を縦に振りながら読みました。
でも、なんかひっかかるんですよね。 

で、今日この記事に関連してのもう一つの記事が別の方によって更新されました。

児童虐待を減らす為に - 俺の邪悪なメモ 児童虐待を減らす為に - 俺の邪悪なメモ



ああ、なるほどなぁ、と。 これならひっかからないなぁ、と。すんなり喉を転げ落ちるなぁ、と。

この二つの記事の中で、一番大きく違う点は、幼い子供を放置して殺してしまった母に対する責任を言及しているかどうかなんですよね。(私の目にはそう映りました)
先日の記事に、なぜか猛烈に違和感を抱いてしまったのは、「責めるべきは国であって、母もまた被害者なのでは」と言われてるみたいだったから。「20代そこそこで実家の手助けも大スターくらいの収入も夫からの養育費も無しで子供を育てられる訳ないじゃん」と言われてるみたいだったから。

もちろん、もちろんですよ、それも正しいと思うのですよ。
20代に限らず、パート程度の収入しかない人が、一人で何も出来ないような幼子2人を女手ひとつで育てるのは、想像を絶する苦労があると思うのですよ。(それを死に物狂いでこなしていらっしゃる方もいますけどね)
周りが無責任に
「おまえが決めた道なんだから風俗でもなんでもやって育てろよ」
と偉そうに斬り捨てるなんてもっての外だし、また、そういう輩のなんと多い事か・・・。お前らその口で「子供は未来への希望だ」とか言うなよ! よその子供がどうなっても知ったこっちゃねえって言ってるのと一緒なんだからな!
ええと、なので、先の記事に書かれている
“国はもっと積極的にシングルマザーを救おうとするべき”(アガサによる意訳)
みたいな主張には大いに賛成ですし、それこそが今、少子化だのなんだのと言われている日本にとって、凄く必要な事なんじゃないかと思います。

ただ、やはり、その主張の前に、まずこの母が犯してしまった殺人については、きっちりと触れるべきだと思うのですよ。
「感情論かよ」とか「言いたい事はそこじゃない」とか言われるかもしれないけど、最初にそこを踏まえてから話し始める方が、沢山の人にすんなり受け入れられるんじゃないのだろうか、と。
後の記事の方では、まず最初に

確かにそれはもっともで、俺自身、ネグレクトした母親は悪いと思うし、彼女は裁かれるべきだと思います。個別のケースで考えれば、どんな犯罪も、犯人が悪いに決まっています。


と書かれているので、随分と受ける印象が違います。
せっかくとても大事な事、みんなが考えるべき事が書いてあるのに、「母は悪くない!貧乏が悪いんだ!」みたいに取られかねない記事になっているのが、残念というかなんというか・・・。(まぁ、もしかしたら釣り臭くする事で逆に注目を集めて議論を盛り上げようと言う事なのかもしれませんが。 それにしても、この書き方はちょっとひっかかる。少なくとも私は諸手を挙げて大賛成!とは思えませんでした)


で、もうひとつ。
この母についてなのですが、報道されている内容だけ見ると(というかそこしか知る術はないのですが)、ただ単に貧乏だったから子供を捨てて逃げたのではない様なのですよね。
お金はなんとなったけど、ハードな仕事プラス、一人で子供2人の世話をし続けなければならない、という重責に押し潰されて、ネグレストネグレクトに走った、という風に見えました。(※私は)
言うまでもなく、貧乏が最初のきっかけである事は間違いないのでしょうが、流れ的には
・ 一人でなんとかして子供2人を養わないといけない
・ 稼ぎが多い仕事に就くしかない
・ しんどすぎる
・ 家に帰ると自分の苦労も知らずに子供が泣きついてくる
・ イライラする
・ 仕事にいくとまたストレスが溜まる
・ 家に帰ってもストレスが溜まる
・ もうやだ
みたいにして負の坂を転げ落ちたんだろうなぁ、と思います。 
そして、この坂はまた、貧乏だけがきっかけではないとも思うのです。

シングルマザーでなくても、低所得者層でなくても、離婚してなくても、共働きじゃなくても、
この坂を落ちて行くきっかけは、些細な日常の中に、恐ろしいほど沢山埋め込まれているのです。
なので、死んでしまうほど暴力的ではないけれど、子供が笑顔を失うくらいの威力は充分備えている“限りなくグレーゾーンな虐待”は、ホント多いと思います。
むしろ、そちらの方が公にならない分だけより一層恐ろしいとも。

今の“子を持つ親(両親・片親問わず)”に必要なモノは、いざという時の生活保護でもありますが、それ以上に、100%受け入れ可能な託児(保育)所であり、相談しやすい駆け込み寺であり、周りの関心なのではないのでしょうか。
相談しやすい、という点は特に重要だと思います。
みんな、自分でもどうしていいかわからなくって、でも、それを相談すると「親失格」みたいに思われるんじゃないかと不安で、いざ相談しに行ってもいかにもお役所仕事的な対応で「またいつでも来てね」みたいにやんわりとした拒絶をされて、絶望して帰路に着くしかないのが現実だと思うから。
ネットでも町内でもマンションごとでもなんでもいいから、気軽に愚痴や悩みを吐き出しに行ける場所は、是非に作るべきなのではないでしょうか。
おい、聞いてるか玄葉光一郎。 お前に言ってるんだぞ。


で、こんな風に書いていると、
「子育てって、そんなに夢も希望もないの?」
と思われるかもしれませんし、それはちと心外なのですが、夢も希望も絶望も山ほど散りばめられているのが現実なんですよね。正直なトコロ。
そしてまた、それくらいの覚悟があった方がいい、と思うのです。
そうじゃないと、
「思ってたよりもしんどい」「子供ってなんでこんなに泣くの」
みたいなアホみたいな理由で、ネグレストネグレクトに走ってしまう人が続出してしまうんじゃないかと思うから。


子供を一から育てるのって、それはもうホントにしんどくって、奇麗事や建前でなんとかなるようなモノじゃないんですよ。
自分の一挙手一投足、何気なく吐いた一言が、子供にどれだけの影響を与えてしまうことか。
ちょっと目を離した隙に子供が移動する距離の、なんと大きい事か。
甘やかせ過ぎてもいけない、期待を押し付けてもいけない、夢は応援してあげたいけれど現実も教えてあげないといけない、ダメな事はダメと教えないといけない、しかも子供が納得出来る様に教えてあげないといけない・・。
毎日が暗中模索で、泣いてしまえば楽なんだけど、泣いたってどうにもならないから進むしかなくて、旦那さんや実家が頼りになる場合ばかりでもなくて。
孤独なこともあるし、不安に押し潰されそうにもなる、それが子育ての日常的な風景なんだと思います。

ただ、それらを上回る程の喜びもあるのが子育てなんです。
出来なかった事が出来る様になった時の笑顔、お腹いっぱいになった時の眠そうな顔、欲しい物を遠まわしに要求する時のいやらしげな顔、想いが叶わなかった時の泣き顔、それを乗り越えた時の誇らしげな顔。
しんどい事を吹き飛ばすくらいの感動があるのが子育てで、また、その感動に気付く事が何より大切なのです。
日々に転がっている喜びを、喜びと気付けない程不幸なことって無いじゃないですか。
親にとっても、子供にとっても。


この母は、それに気付けなくて、いや、最初は気付いていたんだけど、ストレスや自分で自分を追い込む事で気付けなくなって、結果子供に対する愛情をなくしてしまって、本当に残念な母だなぁ・・と思いますし、誰でもここに陥る可能性がある事もしっかり受け止めないといけないと思います。
ただ、残念な母だろうとなんだろうと、子供にとってはただ一人の母なんですよ。
自分に限界を感じたら、形振り構わず八方手を尽くして子供を守ろうとすべき母なんですよ。

先の記事を書いた方がtwitterで
twitter2.jpg
とつぶやいていらしたのですが、アガサは全力で反論します。
これが通用する状況と、そうでない状況があると思うし、こんなの結局自分が可愛いだけじゃないですか。
「頼りたいけど頼れない・・」というコトだってあると思う。 そういう時は自分でなんとかするしかない。大人なんだし。
でも、子供は一人じゃ生きていけれないんですよ。 だから親がどんな手を使ってでも守ってあげないといけないんです。
置き去りにして現実逃避してしまう前に、みっともなくても恥を忍んででも、やれた事があるんじゃないでしょうか。
また、やらないといけなかったんじゃないでしょうか。


ま、そんな事も判断出来ない程病んでいたんだったら、もうどうにも出来ませんけどね。


あと、色々書きましたが、私が今回一番怒りを感じたのは、児童相談所と警察です。
手続き踏まないと出来ないから・・とか
中に人が居るのが確認できなかったから・・とか
会えなかったから・・とかおまえらふざけてんのか?
もしもこれが、自分の知りあいの家だったとしても、ホントに「いやぁ、これはもうどうにもできませんなぁ」っつって引き返してたのか?
違うだろ!

子育てに関する困難な点とか、国が改善すべき点とか、そもそも虐待する親は自分自身も虐待されていたとか、根深すぎてどうにもこうにも先行きが真っ暗闇な点はさておき、この“水際でもいいから救える命をなんとか救おう”という点は、なんとか出来ると思うのですよね。
たぶん、国がやろうと思えば。
強制的にドアぶちやぶってオラオラってやろうと思えば。
それを「人権が・・」だのなんだのと尤もらしい理由をつけてやらない国は、ホント「いやぁ、ぶっちゃけ子供がどうなろうとどうでもいいんですよボクらは!ガッハッハ!」って考えてるとしか思えません。

あと、こういう場合の隣人を責めるのは完全なお門違い。
隣近所の素人が「ちょっとおたくなになってんの!」って人の家に上がり込める訳ないじゃないですか。
通報するくらいしか出来ませんよ。 
それだって、「てめえか!通報したのは!」ってキチガイが怒鳴り込んできたらどうしよう・・と悩みながらの通報だと思うし。
じゃああなた、誰が住んでるのかもわからない、ひょっとしたらウルトラド級のキチガイが住んでるかもしれない家から子供の泣き声が聞こえてきたら、鬼の様な勢いでチャイムを鳴らして「コラー!」って言えますか?
それで自分の家の子供や家族が危険な目に合わされたらどうするんですか?
素人じゃ出来ないから、国がやるしかないんですよ。
ていうか、四の五の言わずにさっさとやれ。


最後に、先ほどの方のツイートでもうひとつどうしても見過ごせなかったモノがありましたのでちょっと一言。
twitter

これ、「強い人はいいですね・・・」でくくる事じゃないんじゃないのでは?
“強くならざるを得ない”人が殆どなんじゃないのでしょうか。
とりあえず、全国の性的サービス業を頑張っている人がこれ見たら、相当カチンとくると思うなぁ。
この方の真意はわかりませんが、あまりに釣り臭くて、思わず釣られてしまいました。 これは無いよ。


まとまりの無い内容ですみません。
昨日から色々思った事を、つらつらと書いてしまいました。

本当に、一番弱い存在が犠牲になるような社会は、なんとかしないといけないし、その為には私たち一人一人が考え続け、声を上げ続け、国に届けないといけないんですよね。
その時だけ「やだーかわいそー」じゃダメなんですよ。

とりあえず、私は私が出来る事をしようと思います。(具体的に言うと、教育長と市長へ要望書)

この記事が、読んで下さった方の中で何かの足しになれば幸いです。



※追記
・ 文中、「ネグレスト」と書いていましたが、「ネグレクト」の誤りでした。 お詫びして訂正いたします。
・ 児童相談所や警察に対する怒りを書きなぐってしまったのですが、児童相談所には「抱えている案件が多すぎる」「権限が無い」等の事情があり、警察にも「住民登録が無いと踏み込めない」「知事から裁判所に許可状を請求して貰わないといけない」等の事情があるので、どっちにも非はないし、責めることは間違いなんだそうです。 なんかもう、国の偉いさんや国民を挙げて「残念な親の元に生まれた子供は死ね」って言ってるみたいな気がしますけど、そういうコトなのかもしれませんね。 あほらしくて涙が出るわ。

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