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『かいじゅうたちのいるところ』

2010年01月30日
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もう、この画が見れただけで大満足。

モーリス・センダック・さく、じんぐうてるお・やく、の「かいじゅうたちのいるところ」を、初めて読んだのは何歳の時だったのだろう。

幼稚園の頃だったのか、小学校の頃だったのか、それはハッキリしないけれど、その時見た“かいじゅう”たちのカラフルで愉快な表情や、子供と一緒に自由に遊びまわる様子は記憶の中に強く焼きついていました。
それはもう、圧倒的な“冒険への憧れ”と共に。

大人になり、ちびっこと訪れた図書館でこの本と再会を果たした時は、
「あ! これはあのたのしかった絵本ではないか!」と、隠しておいた宝物を掘り起こしたような気持ちがして、早速ちびっこに読み聞かせつつ、自分の中の記憶と照らし合わせてみたら、やはり圧倒的におもしろくてなんだか安心したのでした。

こんな島に行ってみたい! 
こんなかいじゅうたちともみくちゃになってみたい!

そしてそんな、30年の時を経ようと変わらない興奮を与えてくれる傑作絵本が、このたび映画化されたと言う。
迷う事無く、私は5歳のちびっこと映画館に、冒険の旅に出ました。
そしてそれは、子供の頃に読んだ絵本と同じくらい、忘れられない旅となったのでした。


あらすじ・・・
お母さんに叱られたマックス。
悔しくて、悲しくて、寂しくて、家を飛び出し力いっぱい走っていたら、岸辺に着いた。
岸辺にあった船に乗り、一週間と2週間と、ひとつき、ふたつき過ぎてゆき、1年と1日の後に辿り着いたのはかいじゅうたちのいるところ。
かいじゅうたちと仲良くなったマックス。
楽しい日々は続いたけれど、やっぱり家が恋しくなった。
寂しがるかいじゅうたちを残し、ふたたび長い長い船路の果てに、見慣れた街に戻ってきたマックスは、お母さんに抱きしめてもらい、あたたかいご飯を食べるのだった。


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幼い少年の現実逃避と、帰る場所があるという事の幸せを描いた、とても簡潔な絵本の、完璧な映画化だと思いました。
文章の間に見え隠れする、あるいは想像によって補われていた部分を、こんな風にわかりやすく、感情豊かに具現化してしまうだなんて!
しかも、セリフに頼るのではなく、マックスの表情や、かいじゅうの背中で語らせる。
ほんとにもう、見事の一言でした! ありがとうジョーンズ! ジョーンズマジ最高!!(※ジョーンズ=スパイク・ジョーンズ監督)

勿論、もとが簡潔なだけに、絵本の行間から感じとる“その他の部分”は人それぞれ違うと思いますし、この脚色に納得いかない方がいるのは当然なのですが、少なくとも私は大満足でしたし、理想の膨らませ方だと思いました。


「人生は、儘ならないものなのだ」という現実に突き当たった時、逃げ出したくならない人などいないと思います。
欲していた温もりが得られなかった時、さみしくてやりきれなかった時、やり場の無い憤りにのっとられた時・・・。
手段はどうあれ、誰だって逃げ出したくなるに違いない。
そこに「後ろめたさ」が加わっていればなおさらです。
だからマックスも旅に出る。
船に乗って、ここではないどこかへ行ってしまおうとする。

しかしその旅は、順風満帆どころか、不安の嵐に帆を押されての旅路であり、辿り着いた先も、夢のような楽園ではく、常に疑問や心細さが潜む密林です。
楽しい場所だったのに、一瞬にして息の詰まるような居心地の悪さを感じてしまう。
親しげな笑顔が、一歩踏み出す間に恐ろしい獣のような邪悪な表情に変わってしまう。
その“変化”は、自分の中にある「後ろめたさ」の表れであり、勇気を出して“変化”の正体を直視してゆく事で、マックスは少しばかりの「成長」と「素直な心」を手に入れるのですよね。

この“現実逃避”と言う名の冒険は、一見すると凄いスペクタクルな大冒険だけれど、子供から大人になる間になんどか体験するであろう旅であり、マックスくんも今回の騒動の後もしばらくは殊勝な態度をとるでしょうが、きっとまたそのうち、別の島を訪れる事になるのではないかと思います。
ある時は、校舎の窓ガラスを壊してまわって怒られた夜に。
またある時は、盗んだバイクで走って捕まった留置所で。
もしかすると、抑えきれない思春期の衝動の反動で。
その時訪れるのは、リビドーという名のかいぶつが住むピンク色の島だったりして・・、などと想像してみたりなんかして・・・なあんちゃって! ごめんね!汚い大人でマジごめん!


ちょっと話が脱線してしまいましたが、まぁ、とにかく原作に忠実に作ってある部分と、変えてある部分がとても違和感なく馴染んでおり、それがまたとても優しい目線なのが胸にジーンときたのですよねぇ。

たべる
「たべてやるからいかないで!」とすごんで見せるかいじゅうの、秘められた心の涙まで余す事無く映像化したら、
KW.jpg
なんと、こんなに温かいシーンになりました!

優しい! 優しすぎるよ、ジョーンズ!おまえ絶対モテるだろ!


これを見ると、「ああ、ガチャさんのアレもきっと、そういう愛情の裏返しだったんだろうなぁ」と思いますよね。
ガチャさん
「わるいこはたべちゃうぞ! (なぜならあいしているから!)」←※()の部分はアガサの補足

まぁ、原作からの変えられ方が余りにスムーズすぎて、本当にマックスが船にのって異様なクリーチャーの住む島に行ったんだと思っている人もいらしたようですが(←チラっと見かけたその手の感想で、「子供ひとりであんな危険な島に行かせるなんて意味がわからない」と、とても怒っていた人がいた)、それはもう「気の毒だなぁ」と言うしかないですよね。
ていうか、怒るとこソコなの?


子供って、心に潜む悶々とした思いをうまく説明する事が、まだ苦手なのですよね。
だからモノにあたったり、乱暴な言葉遣いで察して貰おうとする。
スパイク・ジョーンズ監督は、そういう子供のねじねじとした思いを、子供の傍に膝をついて優しく寄り添いながら、大人だからこその冷静さで以ってキチンと説明してくれていたと思います。
あと、子供だけではなくて、大人の事情も描いてくれていたので、より胸に響きました。
お母さんの“子供の相手もしたいけれど、そこばっかりにも構っていられない”複雑な乙女心が伝わってきて、アガサ感涙です。
ていうか、マックスの事情とあわせて、冒頭からほぼ泣きっぱなしだったもんな!


しかし、子供にとっては痛いトコロを突かれ、すぎてバツが悪い映画だったかもしれませんねぇ。
一緒に鑑賞した5歳のちびっこも、かいじゅうおどりのシーンや森の中を駆け回るシーンでは大興奮していましたが、最終的には神妙な顔をしていました。

で、帰り道、「おもしろかった?」と聞くと、「う・・・うん・・・」と曖昧な表情のちびっこ。
そこで、「どこが一番おもしろかった?」と問うと、迷う事無く「あのね!マックスがおかあさんにババア!って言うところ!」と返したちびっこは、なぜかこちらの顔色を伺うようなイヤらしい笑みを浮かべていたという。
それもそのはず、実は過去に彼女自身キレた挙句、私に「クソババア!」と罵声を浴びせかけた事があるからだ。
(※勿論そのあとこってり叱られて、お尻たたきの刑に処せられた)

「ね、ね、ババア!っていってたもんね、わるいよね、ね!」と言い続けながら、(兄貴ィ、あいつあんな事言ってやがってましたぜ?)みたいなニヤニヤ笑いが止まらないちびっこもまた、その言葉の罪深さを自覚しながらも、自分の中でくすぶる愛情への渇望を抑えられず爆発してしまう、可愛くもいじらしいかいじゅうなのだと思い、なんだか幸せな気持ちで帰途に着いたアガサなのでした。


・・・ま、家に帰って、おねえちゃんに真っ先に伝えた事も
「あのねー! マックスがつくえのうえでババア!っていってたの!ババア!って! ぐふふ!」
だったので、ただ単にそれが言いたかっただけなのかもしれませんけどね!

子供は単純!
だが、そこがいい!

未見の方でクリーチャーに抵抗がない方は、是非一度劇場でもふもふにされてみてはいかがでしょうか。


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