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ゆらゆらしながら思ったこと。

2010年01月24日
こんにちは、アガサです。
実は今日、twitterでちょっと気になるやりとりがあり、それに関した記事を、えげつないブックマーク数でお馴染みのハイパー人気ブロガー罪山さんが書いていらっしゃいました。


「農耕が障害者を生んだ」 俺の邪悪なメモ 様


何を隠そう、というか隠すつもりも無いのですが、うちのちびっこも高機能広汎性発達障害(アスペルガー症候群)と診断されています。
で、おしゃべりも止まりません。(思った事をそのまま喋る)
常に「状況判断どこ吹く風」といった感じで、おしゃべりを制すると軽いパニックに陥ります。
その他、アスペルガーの特徴と共に、ADHDの要素もちらほら見当たるものですから、町山さんのPOSTを拝見した時は「うーん」と思い、罪山さんと同じく、今は一安心しております。
皆さん大人の反応で素晴らしいなぁ、と。

私は子供の「障害」は「個性」のひとつだと思っており、周りのお母さん方にも病名を含め、症状や特性を堂々と説明しているつもりなのですが、ついそこになんとなく、“発達”をつけてしまいます。
「“知的障害”じゃなく、“発達障害”なんだよ」と。
これはもう、何の申し開きもなく、他の障害児に対する差別意識の表れであり、罪山さんの仰るとおり

障害者を蔑んだり差別をすることは、社会の都合で自分が蔑まれたり差別されたりしてもかまわないという意思表示に他ならない

と判断されても仕方ない事だと思います。
でも、やっぱりつい付け足してしまうのですよね。
情けないですし恥ずかしいのですが、「うちの子は大丈夫だから!」というアピールをせずにはいられない。
何が大丈夫なんだよ! という話ですが。


実際の生活の中で、自分の言動(や衝動がコントロール出来ない事)によって悩んだり苦しんだりするのはちびっこ本人であって、いくら私が“発達”で区別化を図ろうと、差別意識とのせめぎ合いで悶々としようと、そんな事は彼女自身には何の意味も無い事なのですけどね。
少しでも彼女に対する偏見を減らしたい、 と思う事が、何よりも彼女に対する偏見なのだ、と、どこかで観た映画みたいな事をウジウジ考えながら、今日も無意識に体を揺らしてしまうのが止められない私なのでした。 
ごめんね、ちびっこ!
(※いつもちびっこがユラユラ揺れているのを見ながら「なんで動くのを止められないんだろう」と思っていた私は、先日友人に「視界の中で揺れないで。 気になってしょうがない」と注意されて愕然としたのでした。 こういうことか!)
(※キチンと証明はされていませんが、発達障害は遺伝するという説もあるそうです。ちびっこの主治医に聞いた所、「そういう事もあるようですね・・」との事。 ビンゴ!)




で、これはあくまで私の主観であって、「なんもわかってない」とお叱りを受けるかもしれないのですが。


ちびっこや同じ発達障害のお友達を見ていて、よく思うのですが、彼らの特徴の中の一部分というのは、子供なら誰でも持っている(持っていた)特徴なのではないかと。

人の話を聞かない、自分の思いつきのままに行動する、場の空気を読まない、ハマッた事にはとことん没頭する、調子に乗るといつまででも乗り続ける・・・。

周りの“障害を持っていない”子供さんたちは、そういう幼さゆえの自由な暴走行為から、徐々に「大人の常識」みたいなものと共に卒業してゆくけれど、発達障害児はなかなか卒業できない。
大きくなっていっても、素直すぎる感情を爆発的にあらわにする発達障害のちびっこたちと、それを冷めた目で見つめる周りの子供たちの光景に出くわすと、なんとも言えない切ない気持ちに襲われてしまいます。

別に「周りの子供が大人び過ぎて可愛げがない」だとか、「うちの子はいつまでも幼児の心を持ったピュアなキッズなのじゃよ」とかいう事ではなく、ただ、成長の足並みが揃っていないだけで取り残され、つらい思いをせざるを得ないちびっこたちが不憫でならない。
ホントに助けてあげられるものなら何とかしてあげたい。 そう切に願うばかりなのです。(勿論願ってばかりじゃないですけどね)
ま、「助けてあげたい」とは思いますが、だからといってちびっこの自由な言動や、豊か過ぎる発想力や、素直すぎる性格などから無理やりに卒業させてしまいたい、という訳でもないのですが。
残せるところ(残しておけるところ)は出来るだけそのままに大きくなっていって欲しい。
ただ、彼女が生きてゆく上で困難では無い程度に、自身をコントロールできるようになってくれれば。


それと、いつかどこかの時点で卒業済みの子供と絶賛暴走中の子供がお互いの存在を認め合い、「あ、こういう事ね。」とわかりあってくれる様になって貰いたいですし、そういう教育(全ての子供たちにキチンと説明してあげる事)はとても重要なのではないでしょうか。
大人が持つ差別意識はきっと無くならないけれど、子供はまだ間に合うと思うから。


・・いや、間に合わさなければならないんだよな。 大人の私も、差別意識から卒業しなければ。


という事で、例によって例の如く何が言いたいのかよくわからない文章になってしまいましたが、要するに子供は子供らしさを無くしたら勿体無いって事もあるんだよ!というお話でした。
こども店長も、たまには鼻をほじって「う○こー!!」とか思い切り叫んでみるとモアベターかもよ!

(※ひどいまとめですみません)



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