ブログパーツ

『空気人形』

2009年10月11日
くうきよめ
★★★
空気なんて読めないよ! だって人形だもん!!




以下、ネタバレを含む感想になります。




あらすじ・・・
それはまさに奇跡だった。
意思を持たない人形に、“心”が芽生えた事は。

空っぽの体に秘められた“心”は、人形を日に日に成長させてゆく。
様々な事を学び、知恵をつけ、恋を知った人形は、その“心”の豊かさとは反比例して、どんどん汚れていった。
そして、無垢だった体と心に沢山の傷を負った時、人形はその運命を捨て、人間になる事を選ぶ。

その決意が、悲劇の幕開けとは知らずに・・・。



意思を持った人形・・・

その人形が引き起こす惨劇・・・


つまり、こういう事か。


チャッキー  (やあ! ぼくチャッキー!!)

グッドガイ人形を知らないおともだちは にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ オーバー30の親兄弟に聞いてみよう!



まさかの猟奇な結末に思わず、パペット界のスーパースターも飛び出してしまいましたが、まぁそれはさておき。


ポスターで目にしたペ・ドゥナのメイド姿があまりに完璧だった為、どうしても劇場で観たくなった本作。

「空気の入ったオレの嫁、すなわちダッチワイフが心を持ってしまったせいで巻き起こる珍騒動」くらいの先入観で挑んだのですが、珍騒動ではなく刃傷沙汰が起こって大層驚きました。
オサレな俳優がオサレな空間で織り成す大人のファンタジー、だと思って観たら大怪我しますね。コレ。
ファンタジーはファンタジーでも、夢も希望も無い残酷童話の方ではないかと思います。


40代・独身・アルバイト店員・非モテと、踏んではならない地雷の全てを集めたようなデンジャラス・ゾーン板尾創路の性欲処理道具として、日夜奮闘する空気人形のペ・ドゥナ。
ある朝彼女は自分の意思で動く事を覚え、そのままかび臭い家から光り輝く下界へと転がり出す。
しかし、素敵なものでいっぱいの様に見えた下界は、実は醜いものや汚れたものや危険なもので満ち溢れていたのだ。


本作から全力で繰り出されるメッセージはとても身も蓋もない、と思う。

他人を信用するな。
男を見たら変態と思え。
愛なんて所詮幻(まぼろし)。

身元の保証人も履歴書も一般常識もない(なぜなら人形だから)空気人形を、何も言わずに雇い入れてくれた親切な店長は、醜い嫉妬や蓄積された鬱憤の捌け口を彼女の体に求める。
彼女のスカートの下に並々ならぬ関心を抱いた青年は、彼女と同じメイド姿のフィギアをファインダー越しに眺め、自家発電に耽る。
彼女が恋心を抱いてしまった、陰のあるイケメン店員は、自分が昔愛した女性のヘルメットを彼女に被らせる。
ただの人形である彼女を大事に大事に愛してくれた買い主は、彼女が姿を隠した途端に新しい人形を買ってくる。 しかも、彼女と同じ旧型ではなく、新型の人形を。

自分があくまで、彼らの人生における“何か”の代用品である、と悟っていた彼女。
しかし、本気で恋をして、「代用品でもいいから愛されたい」と願った彼女は、わずかな希望にすがり、命綱である空気入れのポンプを捨てる事を選択した。

永遠に歳をとらない筈だった空気人形は、自ら飛び込んだ変態たちの世界で鬱積した“心”のヘドロをその身にぶつけられ、どんどん劣化(歳をとる)してゆき、しかも、彼女の秘密(中身が空気だと言うこと)や穢れを知ってもなお彼女を受け入れてくれたかのように思えたイケメン店員もまた、結局危険なセックスプレイを安心して試せる相手を求めていただけの変態だった事が判明してしまう。
束の間の一体感。
そして絶望。 

彼女が体に負った無数の傷から、シュウシュウと抜けてゆく空気は、感情という海の中をポコポコと漂う泡となり、空気ポンプと引き換えに「愛」を叶えようとした彼女は、同じく声と引き換えに愛を叶えようとして泡となった人魚姫どころではない、手痛いしっぺ返しを食らう事となる。


彼女の選択は間違いではなかったのだろうと思う。
彼女が心を持って生きた数週間には、後悔せずにいられるだけの美しさがあった筈だ。
だから、愛も希望も破れてゴミ捨て場に投げ出された彼女の姿は、なぜかとてもキレイだった。
ただ、とても寂しそうでもあったけれど。

願わくば、彼女が最後に吐いた空気が、人と人との心を繋ぐ風となりますように。
そうでなければ、この童話はあまりに酷すぎる。


人なんて結局、自分に都合のいい愛しか求めていないのではないだろうか。
都合のいい癒し、都合のいい抱擁、都合のいい愛撫。
その都合が合わなくなった時感じる居心地の悪さまでも、全部ひっくるめて愛してくれる人など、果たして存在するのだろうか。
都合のいい愛に振り回され、その命を全うした空気人形を眺めながら、そんな事を考えてしまった。

それ(ひっくるめて)が理想の愛なのだとしたら、今の殺伐とした世の中で見つけるには相当難しいのではないかと思う。
なぜならひっくるめるには、見返りを求めない心が必要だから。
こんな余裕の無い世界で、お互いを無償の愛で包みあうなんて大変すぎる。


違いますよ。 愛を信じていないのでも、「愛なんていらねえよ、夏」とか言ってるのでもないのですよ。
大変だからこそ、簡単には手に入らない。
手に入らない代わりに、なんとかその隙間を埋めようと努力するんです。
お互い気遣って、空気を読んで。

でも、何かの拍子にその「都合のよさ」が透けて見えた瞬間、愛は速やかに冷めて行ってしまう。

みんなも気をつけようね!

なんだこのグダグダ具合 。・゚・(つД`)・゚・。 (ごめんなさいホントごめんなさい)


ペ・ドゥナのメイド姿は期待を裏切らない完成度で、どのシーンも、そのまま切り取って「美少女図鑑」にしたいくらいの美しさでした。
もうひとつの見所である、板尾の痛々しい毒男描写なのですが、これまたダッチワイフ相手に誕生日祝いをしたり、公園デートをしたり、薀蓄を嬉々として披露したりと、リアルすぎて見ていられない完成度の高さでした。
ていうかキモい。 完全にキモい。 (←この場合褒め言葉)
最近のトレンドでいうと、このダッチワイフの部分がラブプラスなんでしょうね。
ていうかキモい。 ラブプラスに直接キスするとかマジキモい。 (←この場合素直な感想)

ただ、そんな板尾が住んでいる部屋ですが、何故か美大生のアパートみたいな凝った装飾がなされている点は納得がいきません。
これではまかり間違って「アレ? 板尾ってもしかしてオシャレな独身男性なんじゃ?」と思う人も出てくるかもしれないじゃないですか。
どうせやるなら、もっとティッシュの残骸やダンボール箱やオーパーツが散乱しているような、リアルさを追求した部屋にするべき。
こういうあたりが、なんか本作に於けるその他の「甘さ」分を表しているみたいで、ちょっと物足りなかったです。


透明感とドス黒さという、相反する要素を併せ持った不思議な残酷童話。
ポスターの小洒落たイメージに騙されて、沢山の森ガール(アガサのイメージの中でオサレ女子の代表)が迷い込んでくれたら面白いのになぁ、とSっ気を覗かせつつ、今回の感想はおしまいに。



     ♪♪どちらのバナーでもどうぞご遠慮なく♪♪ →   にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ


※当ブログで使用しているイラスト等の著作権は、全てはアガサにありますので、転載、二次加工、再配布の際は一言ご連絡下さいませ。