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違うから! 喧嘩を売ってるんじゃないから!売られたから買ってみただけだから!

2009年07月03日
どうもこんにちは。
幣「すきなものだけでいいです」を細々と書き綴っております、アガサです。
本当はこんな、泥沼にダイブするような記事は書きたくなかったのですが、最初で最後と思って載せる事にしました。
(※とてもお見苦しい内容ですので、めんどくさいのキライ!という方はスルーして下さいませ)


単刀直入に言いますが、実は以前からうちのブログの感想を盗用している不逞の輩がおりまして。
疑惑のブログ (←絶賛炎上中)(←閉鎖)
疑惑のレビューサイト(←盗用記事は削除されました)

ねー、こんな素人ブログの文章持って行って、一体なにを得るところがあると言うのかさっぱりわからないのですがねー。

で、しばらくは静観していたのですが、その方のブログで結構な騒ぎが持ち上がっていまして、どうやら文章を持って行かれていたのは、うちだけではなかったのですね。
ま、ちょっと考えればさもありなんという感じなのですが。┐(´-`)┌ ヤレヤレ


私は所詮、趣味で、好きな映画の感想を書いているだけです。
突っ込みどころが多ければ多いほど燃えたりもします。
ただ、不真面目で適当な感想ですが、その映画を観て素直に思った事、感じた事を、誰かに伝えたくてアレコレ頭を捻りながら書いているつもりです。


そんなこんなで、今まで抗議記事を見送ってきた私が、その方の行為に対してどうにもならない程カチンと来たのは、以下の2点。

● うちに「パクってます」と、堂々とコメントを書き込んでいるにも関わらず、それを突っ込んだ私に対して「いや、パクってないよ」としらを切った。

● うちのあらすじをほぼ丸パクリして載せているにも関わらず、「意味がわかりづらい適当なあらすじ(笑)」みたいな事を書き添えている。



その「判りづらいあらすじ」は、わしが書いとんねん! 
悪かったな!適当で!!ヾ(゚Д゚*)ノ゙ ドリャアアアア



と言う訳で、辛抱たまらなくなったのと、明らかに喧嘩を売られているようなので、思い切って買う事にしました。

補足しておくと、先述のとおり、盗用(引用?)されているのはうちだけではありません。
素人ブログがどの程度持って行かれてるのかはわかりませんが、岡本太陽さんというプロのライターさんが書かれている「米映画批評」様からは、間違いなく持って行かれてました。(※ターミネーター4)
それと、勿論、私が書いた感想を全作使用されている訳ではありません。
持ち逃げされた感想も、全文丸コピペな訳ではではありません。
ちょこちょこ語尾を変え、言い回しを変え、間にオリジナルの文言も挟みつつ、実に姑息に使用されています。

これらを踏まえて、一体どこまで
「あやまれ! レイラさん関係者にあやまれ!」
と追求していいものか、正直よくわからなかったりもするのですが、とにかく私がその方に望んでいるのはただ一つ。

「パクってしまってすみません」

と、自分(その方)を擁護してくれている仲間うちに向けて謝って頂きたい。
で、もう2度と、色んなトコから文章を持ってくるのはやめて頂きたい。

それだけです。  ・・あ、2つだった。 ま、いいや。


とまぁ、色々書いたのですが、実はこの方、結構なガチなアレみたいなので、きっとどこまで行っても認めないし、謝りもしないし、どうのこうのと意味不明な申し立てをされるのでしょう。
アレってこわいよね~。
みんなも気をつけよう!

では最後に、沢山ある盗用(引用)作の中から 『復讐者に憐れみを』 の一部分を抜粋して比較したものを載せて、この件はおしまいにしようと思います。
ホント、間違いなく泥沼になりますから。

下記の内容をご覧頂いて、この方が盗用しているかどうか、みなさんで判断してみて下さい。
※ 黒文字が私の元文章で、紫文字がアレな方の文章です。 ※ (引用元・・・yahoo!映画レビュー




かけがえの無い存在を喪ってしまった人間は、こうも残酷になれるものなのか? と、自問自答しながらの約2時間。
怒りに任せて、一人の命を奪ってしまったら、その先の複数人の命は軽くなる一方なのか?

かけがえの無い存在を喪ってしまった人間というものは、こうも残酷になれるものでしょうか。
怒りに任せて、一人の命を奪ってしまったらその先の人間達の命は軽くなる一方なのでしょうか。



大いに仕返しする事が認められていない代わりに、法律と言うもので、偉い裁判官と言う人たちが、憎き犯人に罰を与えてくれるのですが、その罰が実に不公平な与えられ方をしている様な気がしてなりません。
罪を犯した者に仕返しを認められていない代わりに、僕らの世界で絶対的な権力である“法”の名の下、裁判官の権限で罪ある者を裁いています。彼らは何を持って罪ある者を裁く事が許されるのでしょうか。
それは時に公平であったり、時には不公平であったりします。



「人を一人殺したくらいでは大した罪にならない」 というとんでもない理屈が、常識としてまかり通る世の中。
人一人の命はそんなに軽くない。
だから人を殺してはいけないのです。
そんな事も判らないようなアホに、もしも愛する人を殺されてしまったりしたら・・・。
尚且つ「被害者は一人で前科も無いので・・・」とか言われてしまったら・・・。

人を一人殺したくらいでは大きな罪にはならない。このような理屈が今の世の中に蔓延してしまってる。
人の命は軽くはない。
人を殺してはいけない。
そんな事も判らないようなバカに、もし愛する人が殺されてしまったりしたら、
また「被害者は一人だけで、罪を犯した者は前科も無いから罪は軽減されるのだ」とか言われてしまったら・・・。



いくら愛する人を不条理な方法で亡くしたからと言って、誰でもが即刻「復讐してやろう」という計り知れない負のパワーを持つとは思えませんし、怒りや悲しみを乗り越え、時には憐れな犯人にすら釈明の場を与えて、強く生きて行こうという人も多いでしょう。
愛する人をどんな不条理な方法で亡くしたから殺されたからと言って、誰もが復讐心を持つとは一概に言えません。怒りや悲しみを乗り越え、時には憐れな犯人にすら同情し釈明の場を与えて、これから前向きに頑張って強く生きていこう、っていう人もいる。


いや、そうせざるを得ないのかもしれませんが。
しかし、フツフツと湧き上がる感情のベクトルを間違えて、復讐心に取り憑かれたからといって、それを責める事など出来ないのではないでしょうか。
私は、もしも愛する人をどっかのキチガイに殺される様な事があったら、迷う事無く復讐します。
当然の権利として、それを行使します。
そしてもしも、その相手の身内に復讐されたとしても、それは潔く受け入れるつもりです。

でもその感情があまりにも強く復讐の罪というものに、苛まされたからとりつかれたからと言って、なんびともそれを責める権利は無いのではないでしょうか。
僕がもしも愛する人を殺されてしまったりしたら、それが如何なる理由があるにしろそいつのことを復讐します。
人間の権利として、僕は復讐をする。
そしてもしもその相手の身内に僕が復讐されたとしても、それは潔く受け入れるつもりです。



「人を殺す」って、そういう事だと思いませんか。
それくらい重いものだと、それくらいやってはいけない事だと思いませんか。

「人を殺す」とはそういう事だと思いませんか?
それくらい重いものだし、絶対やってはいけない事。



本作のラストでは、まさにこういう事が映像で表現されていました。
人が人を殺し、怒りや哀しみで我を失った人が復讐し、その残された人がさらに復讐をし・・・。
負の感情の連鎖になんて終わりは無い、だから人はそれを始めないように生きないといけない。

今作のラストではまさにこのような人が人を殺し、怒りや哀しみで我を失った人が復讐し、その残された人がさらに復讐するという負の連鎖が表現されてました。




以上です編集長!
ドッと疲れました!

いやぁ~! アレはホントこわいわ~((((;゚д゚))))

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