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『4分間のピアニスト』

2008年10月18日
ピアニスト
偏固なヴァーさんと凶暴なビッチが織り成す、戦慄のハーモニー。

お久しぶりです、アガサです。
秋ボケなのかはたまた燃え尽き症候群なのか、とにかく映画を観る気も記事を書く気も起こらなかった今日この頃だったのですが、皆様はいかがお過ごしでしたでしょうか。
しかし流石に、1週間近く映画を観なかったら禁断症状らしきモノが現れ始めましたので、以前史郎さまがご自身のHPで紹介されていた 『4分間のピアニスト』 を鑑賞。

・・・史郎・・

・・史郎かぁ・・

・・史郎・・・ かっこいいよ、史郎・・・ ゚ + 。・゚・(ノД`)゚。・.。*
(←引きずり中)

あらすじ・・・
ナチの刑務所で従軍看護婦をしていた過去を持つクリューガーは、その当時愛し合っていながらも関係を絶たざるを得なかった恋人・ハンナの事を、60年以上経った今も深く愛していた。
そんなクリューガーの人生の全ては“ピアノ”であり、ハンナとの思い出の詰まった“ピアノ”を教え続ける事が、亡くなった恋人への唯一の贖罪でもあったのだ。

幼い頃からピアノの神童と言われ、世界中のコンテストで華々しい結果を残していたジェニーは、いつしか“演奏させられる”事に疑問を感じるようになっていた。
しかし、そんな疑問を快く思わなかったマネージャー(義父)から性的暴行を受けたジェニーは、全てにおいて暴力的となり、果てには恋人が犯した殺人の罪を被り、自ら進んで刑務所に入ってしまう。
彼女は、ピアノという天賦の才能を殺してしまう事が、義父に対する唯一の復讐だと思っていたのだ。

幼い娘と二人暮らしの看守・ミュッツェは、知性と芸術性に溢れたクリューガーを心から尊敬していた。
彼女に“特別”と思われたいが為に、彼女に少しでも近づきたいが為に、日々勉強に励むミュッツェ。
しかし、念願叶って開講されたピアノ講座の初日に、癇癪を起こしたジェニーから暴行され半殺しの目に遭うわ、怪我も治ってやっと職場に復帰してみたら、憧れのクリューガーはジェニーの才能にゾッコンになっているわで、泣きっ面にハチ状態のミュッツェ。
彼はいつしか、その報われない想いや怒りの全てをジェニーにぶつける事が、自らのプライドを保つ唯一の方法だと思うようになる。

女囚を収監する刑務所の所長は、何よりも体面を重視していた。
自らの名声を上げる効果があると聞けば、たった数名の女囚の為にピアノ教室を開きもするし、自らの経歴に傷がつくと言われれば、一人の不幸な天才少女の将来に蓋をする事にも躊躇がない。
それが彼の唯一の生き方なのだ。 (←ちょっと無理があるか)

刑務所暮らしの長い女囚・Aさんは、とにかく新入りのジェニーの事が気に食わない。
いつもスカしているのも気に食わないし、いいトコ育ちのせいからか自分たち“女囚”とはどこか雰囲気が違うのも気に食わないし、挙句天才的なピアニストだった事も気に食わない。
唯一気に食わない。 (←かなり無理がある)

ジェニーの義父で、育ての親かつマネージャーだったレーベン。
しかし、つい出来心から力ずくで性交渉を行った事で、ジェニーの信頼を完全に失い、代わりに有り余るほどの憎悪を向けられる事になる。
本当は心の底から純粋に彼女の才能に心酔していたレーベン。
刑務所に入りピアノを捨ててしまった筈のジェニーが、再びクリューガーと共にピアノ道に復帰しようとしている事を知った彼が、あらゆるコネを駆使して、ジェニーをコンテストで優勝させようと目論んだとしても、なんら不思議はなかった。
何故ならそれが、彼が“娘”に出来た唯一の罪滅ぼしの方法だったからだ。 (←なんとか着地)


そんな様々な“裏事情”を抱えた人たちの悲喜交々を、美しいピアノの旋律と共にお届けする、ハートウォーミングな再生物語。


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やはり“唯一”で纏めるのは無理がありましたね。
あと、“ハートウォーミング”と呼ぶにはあまりに棘が多い作品ですので、油断して鑑賞していると傷を負います。
なら“ハートウォミング”とか書くなよ。 (←言われる前に自分で言う)

色んな対比が激しくも美しい作品でしたね。
暴力と旋律、クラシックと現代音楽、老いと若さ、感情の抑圧と解放、嫉妬と羨望などなど・・・。
痛々しいシーンも多く、腹立たしく感じるシーンもあったのですが、澄んだピアノの音に浄化されてしまった様に感じます。
恐るべしピアノ・パワー。
本気で習っとけばよかった。

さてさて。
そんなこんなで(?)、正反対の価値観を持つジェニーとクリューガーが迎えたコンクール決勝。
クラシックだけを「良し」とするクリューガーの期待を見事に裏切り、自分が「良し」と信じる前衛的な演奏を披露するジェニーを、呆気に取られた表情で見つめるクリューガー。

アカン・・・ あの子、 やってもうたわ・・・(((´Д`;)))

と脱力し、コンクール優勝を諦めたクリューガーは会場を抜け出し、普段飲まないワインを一気に喉に流し込みます。
しかし、3杯目のグラスを片手に会場に戻ったクリューガーが目にしたのは、客席の異質な空気を物ともせず、自らの芸術を一心不乱に表現し続けるジェニーの姿と、その演奏に衝撃を受けるものの、最後には拍手喝さいを贈る観客の姿。

“有り”なんか・・・  こんなんも“有り”やったんやな・・・!意外とな!! Σ(゜∀゜;)

と悟ったクリューガーは、自棄酒を祝杯へと変え、ジェニーを称えるのですが、このシーン、中盤にある伏線とも合わさって、実に感動的に纏めあげられているのですね。
若干クリューガーが「観客に流された」感も無くはなかったのですが、希望に満ちた素晴らしいシーンでした。

何が正しくて何が間違い、だなんて決められないのが人生であり、芸術だと思います。
ジェニーとクリューガーも、最初は自分の価値観の中だけで正否を決め付け、相手に押し付けようとしてしまいますが、ぶつかり合い、傷付けあう事で理解しようとする・・・。
理解できないまま別れるも人生。 
何とか一部分だけでも理解しようと歩む寄るも人生。
どちらかと言うと圧倒的に後者の方が困難ですが、それでも豊かだと感じられるのも後者の様な人生なのではないでしょうか。

だからオレは、「切株を一緒に観てくれ」だなんて言いやしない・・・
ただ、切株を観るオレを、そっとしておいて欲しいだけなんだ・・・!
 (誰に言っているんでしょうね☆)

てな具合で、キレイに纏まった所で(そうか?)今回のレビューは切り上げたいと思います。

ちなみに、圧巻だった劇中のピアノ演奏は、日本人ピアニストの白木加絵さんと木吉佐和美さんと言う方によるものだそうです。
すごいなぁ・・・ 名前は知らないけれど、才能に溢れた演奏家の方って沢山いらっしゃるんですね。
雪崩る様なピアノの音色に、楽器は“表現する道具”なんだと言う事を改めて気付かされました。
この演奏だけでも一見の価値があると思いますよ!


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どこでピアノを習ったの?・・・日本・・・山下洋輔先生のところで・・・

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