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『ミスト』

2008年05月19日
ミスト
困った時だけ頼まれてもなぁ~・・・それにオレ、そんな事言ってないし。と、申しております。

ご機嫌いかがですか、アガサです。
改めて言うほどのことではありませんが、大好きな作家はスティーヴン・キングです。
高校の時に読んだ 『シャイニング』 以降、どっぷりとキング・ワールドにはまってしまい、夢はキャッスルロックに移り住む事でした。(「ニードフル・シングス」のラストは泣けたなぁ><)

で、先日非ホラーの友人と話をしている時に 『ミスト』 の話題になったので、
実は私、キング好きなんだ~♪」
と言ってみましたら
「だと思った」
と返されました。

そっか・・・、 オレ・・意外とイメージ確立してたのな! 

そんなアガサですが、実は流行に乗っかって「世界の中心で、愛をさけぶ(小学館刊)」を手にとってみた事もあるのですよ。
でまぁ、開いた瞬間、あまりの行間の広さにひっくり返りそうになった訳ですが。(で、その後あまりの内容の薄さにまたもやひっくり返りそうに)

と言う事で、今回はそんなキングの最新映画化作品 『ミスト』 のレビューです。
あらかじめお断りしておきますが、
完全ネタバレとなっております。(隠した上でのレビューは不可能でした><)
鑑賞前の方、ネタバラされちゃったら困る方は、どうぞこの辺でお控えなすってくだせぇまし。


あらすじ・・・
以前から薄々感ずいてはおったんですな。
またあの“アメリカ軍”の奴らが、なんらかの悪巧みをしているらしいって事は。
あいつらは、通常身を置いている“3次元”の他に、“異次元”というモノがあると嗅ぎ付け、さらにそこを何とか利用しようと監視し続けていたようなんですな。
しかし、折からの異常気象から発生した嵐で、その軍施設が損壊。
厚い濃霧と共に、異次元世界から溢れ出した異形のモノたちは、街へと流れ込んでしまったんですな。

ぼく?
ぼくはなんもしませんよ?
だってぼくにどうにか出来る問題でもないし、そもそもあいつらが勝手に始めた事ですやん。

その頃、スーパーに買出しに来ていた住民たちも、濃霧の異質さに感づき始めておったようで。
ただの異常気象と言う者、超常現象だと言う者。
疑り深い者たちは、徐々に出始めた犠牲者から目を背け、ひたすらに
「霧はやがて引き、助けが来るに違いない」
と繰り返すんですが、現実的な者たちは実際に壁の外で蠢くモノたちに対抗する術を模索し始めておったようで。
衝突する2つのグループ。
そのグループを遠巻きに見つめる人々。
その中間にあの女はおりました。

狂ったように「神」の名を口にし、全ては「神の御業」だと唱え始めたあの女。
ぼくも最初は、そんなあの女の事を悪くは思わなんだんですな。
まぁ、こういう一連の事ってのは、ある意味「神」の御業なんかもしれませんし、動揺する住民に対してあの女が説いて聞かせる事で、なにか彼らの心の平安に結びつくものがあるかもしれまへん。
その為に「神」の名を出す事は、そんなに悪い事とは思わんのんですな、ぼくは。
しかし、あの女は徐々にエスカレートしていったんですわ。
ま、こういう状況下ではよくあるパターンですけどね。

たまたま聖書の黙示録に書いてあった記述に、似通ったトコがあったのも悪かった。
たまたま店に侵入してきた異形のモノが、あの女を襲わずスルーしたのも悪かった。
普通に考えれば当然の結果しか出さなかった一部の者による脱出計画(つまり死者続出だった)も、あの女の予言通りとみなされてしもて。
状況は益々悪化の一途を辿り、スーパーから出る事が出来ない住民たちは、ついにあの女の説に心酔していくようになりましたんですわ。

そして、そんな「あの女の神」に嫌気が差した数人のグループは、一か八かの賭けに出まして。
身近に停めた車に、乗れる人数だけ飛び乗り、とりあえずどこか行けるトコまで行ってみよう
という大作戦ですな。
ま、それもそれでぼくはあかんとは思いませんし。
人生を決めるのは「神」と違います。 彼ら自身の選択やからです。
でも、あの女はそんな彼らを赦しませんでした。
すでにあの女こそが「神」の代弁者であり、彼女を信じる者たちにとっての「神」だったからですな。
あの女は、脱出を計る彼らの中の幼い息子を生贄にする事こそが、霧の中にいるモノたちを鎮める鍵だと言いよったんですわ。
それが「神」の意向やと。

いやいや奥さん、ちょっと待ったって!
ぼくそないな事言ってへんよコレ!正味の話!


なんですな、基本的にぼくのスタンスっちゅーのは、死に行く者たちの魂を救済する事をモットーとしとりまして、もちろん死んだあとのフォローも厭いまへん。
でも、その為に生贄を出せやなんて言うてませんやん。
てか、出されても困りますやん。

自己犠牲や殉教は、正直偉い事やと思いますよ。
自分に酔ってる感も否めませんけど、そこには「他人を助けたい」という愛があるやないですか。
でも、生贄となると話が全然ちゃいますよ。
そこには「自分たちだけは助かりたい」という身勝手な思いしかないですもん。

そんなぼくの動揺(というか憤慨)を察知したのか、その直後、脱出グループの中の一人があの女を撃ち殺しまして。
あの女はしかし、心のどこかでホッとしてたんと違いますかねぇ。
つまりあの女は、ある意味“殉教者”になれた訳ですやんか。
ま、せやからって、聖人リストに載せたりはしませんけどね!

一方脱出グループの連中は、数人の犠牲者を出しつつもなんとか車まで辿り着き、これみよがしにスーパーのスレスレ前を通って脱出しておりました。
自分たちの選択を見せ付ける事で、スーパーの連中にもなんらかの再考を促せたかったんかもしれませんが、なんやちょっとアレですな、若干嫌がらせに見えなくもないですな。
「おれたち逃げちゃうぜ~ イエイイエイ!」
って空気を感じなくも無いですやん。
友達少ないんと違いますか、この子ら。

で、彼らも心のどこかで、「神」を信じて、「神」に望みをかけてた節があったんと違いますかねぇ。
だからこそ、走れる限り車を走らせたんやけど、晴れる事の無い霧の中、ガソリンも尽きて周りから不気味な咆哮が聞こえて・・・。
全ての希望を失った彼らが最後に選択したんは、ぼくが一番嫌いなアレですわ。
「あの世でみんなで幸せになろう!」
ってアレです。
ホントねぇ、ぶっちゃけ、ぼくアレが大嫌いなんですよ。
なんて言うか、逃げですやん・・・完全に。
何故ベストを尽くさない?! って思いません?

ほら、そんな事言うてるうちに、案の定聞こえてきましたやん・・・。
住民たちの救出に向かう援軍の足音が・・・。

・・・もうねぇ、なんかぼく正直今回、全然彼らを救済する気が沸きませんわ。
ぼくそんなに、物分りのいい神と違いますよ?


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原作のオチとは違う、“衝撃のラスト”が評判の本作。
衝撃とな。
確かにこれは衝撃だぜ!

てか、こんなラストを考え付くだなんて、
ダラボン、お前正気か?

考えうる限りの最悪のオチをどうぞ! という大喜利があったら、間違いなくダントツ優勝なんじゃないでしょうか。
それくらいの衝撃。 それくらいの絶望。
もうダラボンなんておっちゃんはねぇ、ししとうを食べた時全部辛いヤツに当たればいいんですよ!
それか、皆でキャラメルコーンを食べてる時たまたまトイレに行って返ってきたら、豆しか残ってなければいいんですよ!
それくらいの八つ当たり気分。

しかし、そんな最悪のオチがあるからこそ、この作品が間違いなく後世に語り継がれる傑作になったであろう事もまた事実・・・。

誰かを守るため(この作品で言えば「息子を守るため」)に何かをすると言うのは、結局エゴの塊でしかないのでしょうか。
しかし、同じように我が子を救う為に、単身スーパーを後にしたとある母親は、無事に子供たちと共に救出されたのがラストで明らかになります。
では、同じようにただひたすら、我が子を怪物から守りたかったこの母親と、主人公の父親とは何が違ったのでしょう?
それは、目の前に広がる絶望にのまれるか、最後まで乗り越えようと頑張れるかどうか?なのではないでしょうか。

先日 『アイ・アム・レジェンド』 のレビューでも書きましたが、アガサは一人では生き残りたくない派です。
でもそれは、全て出来る事をやり尽くした後の話。
早々に生きる事を諦めるつもりは、毛頭ありません。
そこに愛する者の命(や未来)が懸かっているのなら尚更、最後の最後まで希望も夢も捨てたくはない。
なんとか助かる道を探したい。
その為になら、リプリーにでもサラ・コナーにでもなってやんよ!おう!こんにゃろー!!

ですから、本作のラストで主人公が選んだ道は、到底納得のいく選択ではありませんし、受け入れがたい事です。
でも、受け入れざるを得ない。
人間とは、そういう生き物だから。
「ぼくを怪物に殺させないで」 と言う息子との約束を果たす方法が、これしかなかったのだと、彼がそう思ったのだから仕方ない。

彼はその時、脱出グループ全体にとっての父親だったような気がします。
彼がハンドルをきって走り出した車の中は、奇しくも一般的な家族に似て形成されていました。
おじいちゃん、おばちゃん、おかあさん、おとうさん、そしてぼく。
一家の行く末を決めるのは、いつの世も(そして大体の場合)父親であり、父親の選択は絶対なのです。(たぶん)
もしかしたら、おばあちゃん(聡明な老教師)辺りは、自殺と言う選択に疑問を持っていたかもしれません。
果たしてその道以外ないのか?と。
しかし、家長が決めた道は全員の意思との暗黙の了解があり、諦めに似た気持ちでそれを受け入れたのではないでしょうか。
もしもおばあちゃん一人だったら、ガソリンが切れたくらいで自殺は選ばないと思いました。(それくらいハンサムな女教師だったのです)

ダラボンさんがこのラストに込めた思いは、もっと複雑なモノなのかもしれません。
しかし、キリスト教がらみの事はよくわかりませんし、私は単純に
「希望は最期まで、その胸の中にとっておけ!」
という事なのかなぁ・・と思いました。
あと、神様はやっぱりいないんだなぁ・・と。 (←それは違うか?)

観終わった後、アガサがみぞおち辺りにズドーンと重いモノを感じながら劇場の外に出ると、そこは非常に穏やかな、うららかな昼下がりでした。
さっきまで厚い霧と絶望に包まれていた体に、容赦なく降り注ぐ優しい空気に、なぜかとても腹が立ちました。
主人公の父親と、彼がとった選択の犠牲者の事を思うと、彼らが戻る事の出来なかった暖かい日差しを許せなかったのです。
それくらいの八つ当たり気分。

凹みたい方は必見ですし、あまり凹みたくない方も後学の為に一度ご覧頂きたい。
それくらい“見逃すと勿体無い”、素晴らしい作品でした。
・・・ええとそれから、もし八つ当たりしたくなっても、アガサには当たらない下さいね><
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