ブログパーツ

『親切なクムジャさん』

2006年04月21日
私の人生の中で、最も後味が悪かった映画 『オールド・ボーイ』。
この『親切なクムジャさん』は、あの“歴史に残る作品”に続く、“復讐3部作目”だそうです。
その設定だけで、この作品も血にまみれた、壮絶な展開になるんだろうと、覚悟はしていました。
しかし、公開時のキャッチコピーが“最後の復讐が、一番哀しく、美しい。”と言う事で、あそこまでのえげつなさは無いだろうと、希望的観測でいた私。


甘かった・・・。


ここから完全ネタバレですので、ご注意を。


今回のヒロインが復讐を練るのは、13年間。
高校の時の教育実習生だった、ぺク先生の子を妊娠してしまったクムジャさんは、ぺク先生が企てた幼児誘拐事件に加担し、被害者の子を殺したぺク先生から「娘の命が惜しくば、オレの罪をかぶって刑務所に行け」と言われ、無実の罪で刑務所に入らざるを得なくなりました。
娘と引き離され、殺人者の汚名を着せられたクムジャさんは、自分の人生をムチャクチャにしたぺク先生に復讐するべく、服役中からジリジリと外堀を埋め、出所後もあせる事無く着々と復讐の準備を終えていきます。


タイトルの“親切なクムジャさん”は、刑務所での彼女のあだ名。
受刑者仲間に親切にしておいて、復讐への協力を断れなくする算段です。
女ならではの計算高さなのでしょうか。
それとも彼女の弱さの現われなのでしょうか。
どちらにしても、かなり手の掛かった復讐です。
自分を慕っている子には住居を用意させ、鉄工業に就いている者には武器を用意させ、手先の器用な者には武器に付ける装飾品を用意させ、綺麗どころはぺク先生と結婚させ・・・などなど、用意の段階でかなりの人使いの荒さを披露しています。
本当は恐ろしい かさ地蔵』 (『本当は恐ろしいグリム童話』)と言った感じでしょうか。
頼んだ訳でもないのに、気が付けば恩を売られていた受刑者たち。
人によって、やらされる内容にかなり差があるのも、気の毒です。


復讐一直線かと思いきや、離れ離れになっていた娘に会いにオーストラリアまで行ったり、アルバイト先の店員(年下の若い男の子)に手を出したり、奪われた人生を取り戻すかのような忙しさのクムジャさん。
なかなか手を下さないのは、ぺク先生に未練があるからなのか、復讐しても何も満たされないとわかっているからなのか・・・。


そんなこんなでチンタラしているうちに、外堀を埋めていることをぺク先生に知られてしまい、あわやピンチのクムジャさん。
雇われチンピラにボコボコにされている時も冷静さを失わず、仲間(手下?)に作らせておいた銃で、迷わずチンピラを射殺します。
クールです。
『グロリア』ですね。  (勿論シャロン・ストーン版ではない)
次の“アジエンス”のCMは、クムジャさんでお願いします。


その足でぺク先生の家に踏み込み、いよいよ復讐の時を迎えるのかと思っていましたが、次の展開には結構驚いてしまいました。

にっくき相手、ぺク先生が犯していた犯罪はクムジャさんの件だけではなく、なんと彼女が服役中にも3件殺人を犯していました。
そのことを知ったクムジャさんは、それらの事件の遺族に集合を掛け、一ヶ所に集まった合計4家族に、事件の生々しいスナッフフィルムを見せて憎悪と復讐心を煽り、全員で協力して手を下す事に誘導するのです。


・・・やっぱり一人ではようやらんかったのか・・・?

このくだりは、観る人によって解釈が分かれると思います。
結局、一人だけの力では殆ど成し得なかった、卑怯な女性 ととるか、
もはや自分一人だけの復讐では無くなった事を知り、復讐の権利を持つ者達の意見を尊重しようとした ととるか・・・。
そのどちらも、だと思うのですが、遺族達が復讐するか否か会議している傍らで、一人ほくそえんでみせるクムジャさんを観ていると、


やっぱチョット卑怯なんかなー・・ クムジャさんって。

と思わざるを得ません。

しかし、クムジャさんの真意は置いておくとして、この遺族達の復讐のシーンの持つ意味が、とても深い。 深すぎます。

江戸時代はあだ討ち権が認められていたそうですが、今その権利があったら、間違いなく行使するであろう遺族は、山ほどいるだろうと思います。
例えば、少年法に守られた、悪夢のような犯罪者達。
被害者ではなく、加害者の為に作られた法律の中で、大事な人を失った悲しみとやり場の無い憎悪に、生きていく事すら困難になっている遺族達。
最近では、オウムの麻原被告に死刑が宣告されそうな雰囲気ですが、あれ程の犯罪を犯したものが、一度の死刑だけで許されるべきか?
(言い方は悪いですが)簡単に死刑にしてしまっていいのでしょうか?
もっと苦しめてやりたい、と思う遺族や被害者もいるのではないでしょうか?


このクムジャ方式(またの名を“オリエント急行方式”)は、どのご遺族の方にもご納得頂ける、まさにありそうでなかった新しい復讐の形。

しかしまた、どんな復讐も、失った者を戻してくれる筈はなく、復讐者達の胸に残るのは虚しさだけなのかもしれません。
復讐しないと憎しみは収まらない。  でも復讐しても悲しみは消えない。
不毛ですね。
どこまで行っても終わりがありません。
これが人間というものなんでしょうが、ただただ悲しいです。


大勢の手を借りて、復讐を成し遂げたクムジャさんですが、魂の救いなんてありません。
娘とも一緒には暮せないでしょうし、彼女の罪が消える日は一生来ないからです。
哀しいお話ですね。
しかし『オールド・ボーイ』のような、もうどうにも救いようのない後味の悪さ程ではないのは、クムジャさんの美しさのお陰なのでしょうか。
古典的日本顔の私に、真っ赤なアイシャドーを塗る勇気はありませんが、あの凛とした姿勢はぐらいは真似したいものです。

グロテスクな美しさに彩られた、世にも哀しい復讐劇でした。











     ♪♪どちらのバナーでもどうぞご遠慮なく♪♪ →   にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ


※当ブログで使用しているイラスト等の著作権は、全てはアガサにありますので、転載、二次加工、再配布の際は一言ご連絡下さいませ。