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『ショーン・オブ・ザ・デッド』

2006年04月20日
なんだか最近、ホラー(スプラッター)ばっかり観ているような気がしてきました。
特に意図して選んでいる訳でも無いのですが・・・。
『ショーン・オブ・ザ・デッド』も、テレビで紹介されているのを見た時から、観たくて観たくてたまりませんでした。
ところが、レンタルショップに行っても置いてない・・・。
うちの近所のレンタルショップが、保守的だからなのかと思っていましたが、劇場未公開だったんですね、これ。
私の命綱、WOWOW様が再々再放送してくれたお陰で、やっと観る事が出来ました。
タイトルを見ての通り、ゾンビものな訳ですが、コメディ仕立てのパロディーだと思っていたら、これがなんと堂々たるスプラッターで、ちょっとビックリしました。


あらすじは、
ダメ人間の見本のようなエド(親友)と、自称勝ち組のピート(悪友)と同居中のショーンは、大した人生設計も無く、惰性で生きる毎日。
馴染みのパブが生活の一部になっていて、デートもディナーもパブ。
そんなショーンに、恋人のリズはついに愛想を尽かし、別れを告げます。
エドと共にヤケ酒をあおるショーンですが、翌日二日酔いの頭で付けたテレビから、「イギリスがゾンビに占拠されています」と言うニュースが流れているではありませんか!
ショーンは生き延びる事が出来るのでしょうか?
そして恋人とヨリを戻す事は出来るのでしょうか?


テンポよく、細かい笑いを散りばめて進んでゆく物語は、さすがはイギリス産、と言う感じです。
ちょっと人を小馬鹿にしたような、あくまで不真面目な姿勢が、私にはツボでした。
ゾンビに遭遇してからも、マヌケな気持ちになるからと「ゾンビ」称を使う事を拒否したり、レコードを武器にしてゾンビと戦う時も、「この歌手はキライだからよし。これは希少盤だからダメ」とレコードを吟味したりして、ユルさ満点。


ところが、ずっとそんなテイストで行くのかと思っていましたが、途中でショーンが義理の父の臨終に際して長年のわだかまりを無くし、和解する辺りからシリアスな空気も漂い始め、大切な人が次々犠牲になる事で、ショーンは追い詰められていきます。


ホラーを観ていると、自分勝手な登場人物に対してはある程度、「この人は殺され要員だろうなー」と予測が付きますが、しかしスプラッター全開で殺されていくのを観ていると、人の脆さと言うか儚さと言うか、無情さを感じます。
人の命が失われる様と言うのは、その人の大切さや重要さなんて全て吹っ飛んでしまう程、あっけないものなんですね。


猟奇殺人や快楽殺人が起きると、よくスプラッターやホラーがヤリ玉にあげられ、非難されますが、こういう映画を観ていて感じるのって、そう言う“人間の非力さ”とか“命が失われる事の無情さ”であって、“わー 楽しそー!!私もあんなのやりてー!”ではないと思うのですが。
“やりてー!”なんて発想に結びつくのが異常の証であって、普通の人はそうは思わないだろう・・・と思います。


特殊効果として“やりてー!”と思うのは、別ですが。
そんな事ないですか?


配役は(当たり前ですが)、見事なほど知らない英国俳優ばっかりですが、そんな中、キッチリおいしい所を持っていったのは、ビル・ナイ
有名どころは『ラブ・アクチュアリー』の落ち目のロック・シンガー役でしょうか。
色んな作品にちょこまかちょこまか出演しては、おいしい所をさらって行ってます。
この作品でもショーンの義父役で、重要なシーンをしっかり持って行ってました。


憎いおっさんです。


ダメ人間のエドが、最後まで“使えない”状態のままな所が、とってもリアルでいいなと思いました。
ハリウッド製だったら、きっと“隠された才能を発揮して大活躍”なんてオチでしょうから。
人間なんて、そんなものですよね。


うちの近所のレンタルショップにも、英断を迫りたい気持ちです。
これは観て損は無し! (ただしスプラッター平気な人に限り)

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