ブログパーツ

『東京ゾンビ』

2007年06月23日
20070622231732.jpg

それにしても、“ハゲヅラ”という物体のあの「カポっ」な感じは、いかんともし難いのでしょうかねぇ。


あらすじ・・・
少しだけ未来の東京。
人々が勝手に廃棄していたゴミや死体が積み重なって出来た山、通称・黒富士。
長年積もりに積もってきた負のエネルギーや、ヤバイ化学物質による土壌汚染により、黒富士に埋められてきた死体たちはある日一斉にゾンビと化してしまいます。

消火器工場に勤める柔術バカ・ミツオとフジオは、そんなゾンビの群れをかわしつつ、柔術の本場・ロシアを目指しますが、食料確保の為火事場ドロボウを働いていたコンビニで、若いギャルを救っていたが為にミツオがゾンビに噛まれてしまいます。
このままではゾンビ化が免れないと腹を括ったミツオは、ギャルをフジオに託し、投身自殺を図るのでした。

時は流れて5年後。
東京はゾンビによって壊滅的状態に陥り、生き残った裕福な人々は高い壁でゾンビから隔離された都市を作り、貧しい人々を奴隷としながら怠惰な生活を送っていました。
彼らの唯一の楽しみは、奴隷とゾンビを戦わせる“ゾンビファイト”。
フジオもまた、ミツオの遺言に従いギャルと所帯を持ち、柔術に磨きをかけつつ、“ゾンビファイト”で生計を立てていました。
ミツオとの蜜月の頃は、箸にも棒にもかからないヘタレ格闘家だったフジオも、今やゾンビ相手に連戦連勝を飾る、いっぱしの格闘家。
しかし、柔術の素晴らしさを示す為の命懸けの闘いを観客や妻に理解して貰える事は無く、成り行きで出来ちゃっていた娘は大きく成長しても言葉を発せず、揚句、元レスラーのゾンビに柔術で敗れてしまい、フジオの焦燥感は頂点に。

せめてミツオがここに居てくれたら・・・。
せめてミツオに胸のうちを聞いて貰えたら・・・。

そんな切なる想いを抱えたフジオの前に立ちはだかった一人のゾンビ。
なんとそれは、5年前に死んだ筈のミツオでした。
ゾンビとなって死に損なっていたミツオと、“ゾンビファイト”でガチンコ勝負をする事になったフジオ。
果たしてフジオはミツオを倒し、自らを取り囲んでいる人生と言う名の“壁”を越える事が出来るのでしょうか・・・?


うーん・・・。
微妙・・・。


あの哀川翔が、うすらハゲに!!
あの浅野忠信が、べー師匠級のアフロに!!
これで観客のドギモを3~4割は抜いただろう」、という影の声が聞こえてきそうな程、その二点のみに話題が集中していた 『東京ゾンビ』 。

火葬国家日本においてはかなり貴重なゾンビモノでありながら、今までアガサが触手を伸ばす事をためらっていたのは何故だったのでしょう。
上手く説明出来ないのですが、なんでしょうか、この作品のジャケット写真から漂ってくる、「どうどう?すごいでしょ?邦画界のトップ俳優がこんなヅラって!笑える?笑えるでしょ?ありえないでしょ?もっとスゴイって言って!!ねえ!ねえ!!」と言う無言の圧力が気にいらなかった、とでも言いましょうか。

で、そんな漠然とした先入観で見逃し続けてきた 『東京ゾンビ』 を、レンタルセールの恩恵にあずかって借りてきた訳なのですが、これがやはり(アガサの)予想通り、ビミョウな作品だったのでした。

ヘタレな柔術見習い生のフジオと、その師匠であり、職場の先輩であり、親友であり、兄弟のようでもあり、恋人のようでもあるミツオ。
その2人が心から愛する“柔術”を極め、ゾンビを交えつつ、友情も極める。
バカな男たちの熱い魂を描いた本作は、確かに面白いところもあります。

愛すべきマヌケのフジオに、容赦ない鉄拳制裁と言う名のツッコミを入れるミツオ。
実はガンに侵されていて、余命幾ばくもないミツオ。
その事実を真面目にフジオに打ち明けるのは照れくさいので、長渕強風な歌にアレンジして伝える、キュートなミツオ。
でも実は胃痛を自分で癌と思い込んでいただけのミツオ。

面白い・・・ハズ!

柔術の才能はないけど、ミツオへの愛だけは有り余るほど抱えているフジオ。
ホントはカッコいいアメリカに行きたいけど、大好きなミツオがあんまり言うから地味なロシアでもいいかなぁ・・と、いい旅夢気分のフジオ。
眠れない時はミツオのアドバイス通り、目にセロテープ貼ってみる、おりこうさんなフジオ。
ミツオに誓った柔術道を極める為に、女房子供をおざなりにするフジオ。
でもって、逆に女房に返り討ちにされるフジオ。

面白い・・・よね!!

世紀末的状況に於いても、カルピス奪還のみに全精力を傾け、カルピスのためだけにブルジョアたちに反旗を翻すアウトローたち。

・・面白・・い・・・んだけどねぇ・・。

全編を通し、まったりとしたギャグが画面を彩るのを観ながら、心の中で「んなアホな」と軽くツッコミつつ鑑賞するのが、この作品の正しい観方なのだと思いますし、そういう気持ちになった場面もあります。
しかし、何故かノリきれない。
柔術バカなしょうもない男たちを笑い飛ばすには、どうにもアガサの心に引っ掛かるポイントが多すぎるのです。

例えば愛すべきマヌケのフジオ。
冒頭でいきなり上司を撲殺してしまったり、その死体を破棄しに訪れた黒富士では見知らぬ一般人を轢き逃げしたりと、やる事がえげつない割には全く悪びれる様子もない。

例えばフジオの伴侶となるギャル。
折角ゾンビの群れから助けてくれたミツオに悪態を浴びせ、ミツオを失って失意のどん底のフジオの傷口に罵声というなの塩を塗りこみ、フジオと出来婚をしてからも二言目には「金稼いで来い。さもなくば死ね」。

・・・正直、感情移入できないんですよ。誰にも。

いい人が一人も出て来ない、奇跡のような作品。
別に「お人よしが現れて、周囲の人々の荒んだ心を癒す」、なんてフォレストガンパー的な作品だけが素晴らしい!なんていう気はさらさら無いのですが(むしろえげつない方が好き)、この作品の登場人物たちに対しては、どうにも好感を抱けなかったのです。
面白さを感じかけては、ハっと引き戻される。
またくだらなさに笑いかけては、ハっと引き戻される。
そんな繰り返しを続けているうちにエンディングを迎えてしまい、あれだけ愛情の通っていなかったフジオ家に突如訪れた大団円にうろたえていたら、今度はゾンビ化していたはずのミツオまで復活して・・・

・・・ゴメン、やっぱ笑えんわ・・・コレ。

きっとアガサとこの作品の相性が悪かっただけの事(色んな皆さんのレビューを読むと、とっても評価が高かったりする)ですので、ゾンビ好き、あるいは哀川翔好き、もしくはブラジリアン柔術好きの方はゴッツリ嵌る可能性が大だと思います。
アガサ自身も、また違う時に観れば大爆笑かもしれませんし・・・

・・・んー、やっぱ無いか。

とまぁ、散々書き綴ってきましたが、フジオに純愛を捧ぐ“ゾンビファイト”のレフリー役・古田新太のパートだけは、文句なしに面白かったので、それだけでもレンタル料以上のヨロコビは感じる事が出来ましたです。

めでたしめでたし。(←若干投げやり)
     ♪♪どちらのバナーでもどうぞご遠慮なく♪♪ →   にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ

Trackback
 「子供は早く帰りなさい」と注意された女子中学生(谷村美月)。「おじさん、海賊盤買ってるんじゃないよね?」と黒い涙を流して訴える・・・なんてシーンがあれば更に素敵。
ほのぼのオフィスマンガ[サイボーグサラリーマン★メカアフロくん]に出会ったのは、5年前。ホイチョイのオフィスに届く雑誌「ダカーポ」をなにげに読んでいたら、そこに花くまゆうさく原作のその連載が。気に入るととことんハマるワタシ、、、それからは、宇宙百貨でアフロ
東京ゾンビ2005年   佐藤佐吉 監督   花くまゆうさく 原作浅野忠信 、哀川翔 、奥田恵梨華 、古田新太 、松岡日菜いやぁ、、、何なんでしょう?ゾンビ映画なんだケド、格闘技映画? 近未来SF?原作は全く知らないのですが、この映画は、哀川翔 ...
 花くまゆうさくの漫画に出会ったのは大学生の頃でした。何気なく手に取った「歴史新聞」という本の四コマ漫画を担当していたのが花くまゆうさくだったのです。 そこに描かれていたあまりにシュールな展開、アフロとハゲのコンビ、そしてとても上手いとは言えないけれど..

※当ブログで使用しているイラスト等の著作権は、全てはアガサにありますので、転載、二次加工、再配布の際は一言ご連絡下さいませ。