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『ホテル・ルワンダ』

2007年05月29日
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この憎悪はどこから湧き出てくるのでしょうか。

“人が人を殺したくなる” という感情。
その感情の根源は、何なのでしょう。

「愛する人の命を理不尽に奪われた。」
「死んでしまいたい程の苦痛を与えられた。」

様々な理由から悲しみが湧き、悲しみから怒りが生まれ、怒りが憎悪に変わる。
その過程ならば、まだ理解出来るかもしれません。

でもそれが、 “気にくわないから” 、ただそれだけの理由だったなら・・・。 

1994年、アフリカ・ルワンダ。
長年に渡り確執を続けていた多数民族・フツと、少数民族ツチとの間で、和平条約が締結されました。
しかし、その矢先、フツ族出身の現職大統領が暗殺され、その犯人はツチ族だとの情報がばら撒かれます。
フツ族の過激思想派は、ラジオで市民を扇動。
一斉蜂起したフツ族は、目の上のたんこぶだったツチ族の一斉粛清にかかるのでした。

ベルギー資本の高級ホテルで支配人を任されていたフツ族のポールは、ツチ族の妻タチアナと子供たちを助ける為、また、彼を頼って集まって来た多くのツチ族を助ける為、あらゆる手段を使ってフツ族の虐殺の手から逃れようとしますが・・・。


その昔、アフリカのルワンダという国で仲良く暮していた一つの民族が、欧米人の勝手な都合から3分割されました。
その中でも優越をはっきり付けられていた(貧しい)フツ族は、(裕福な)ツチ族に対して深く根深い差別意識を抱いていました。
そしてその不条理な怒りは、大統領の暗殺をきっかけに、民族淘汰の血塗られた道を突き進むのでした。

長年の確執・・・。
言われのない差別・・・。
理由は色々あるのでしょうが、私にはそれは「気にくわない」と言う一言にしか思えません。
「俺たちの土地に侵入してきたから気にくわない」
「俺たちより偉そうだから気にくわない」

昔々、聖書の時代から、「気にくわない」だけで殺し合う事件は後を絶ちませんし、国を挙げての殺し合いもいまだに起きているのが現実です。
私はそんな事件を見聞きするたびに思うのです。
「俺たちの土地って何?」 と。

肌が何色だろうと、背が高かろうと低かろうと、目が細かろうと大きかろうと、私たちはみんな同じ“人間”なのです。
どんなに(アナタが)イヤだろうと、その事実は変わらない。
「俺たちが先に住んでいた土地だから、お前ら入って来るな!」と言われても、私たちに出て行く先などないのです。
出て行った先にも違う国があり、その先にもまた違う国があり、そのどれもから拒絶されても、最終的にこの星から出て行く事など出来ないのです。
残念ながら。
同じ星の土地を分け合って生きているからには、それなりに譲歩し、判り合って生きてゆくしかないのに、相も変わらず人間は主張し、排除しようとするばかり。

人間は昔も今もこれから先も、「気にくわない」からと殺し合い、奪い合う生き物でしかいられないのでしょうか?
そんな哀しい生き物なのでしょうか?
ホントに?
本当に??

この作品で描かれる、同じ人間同士の容赦ない大虐殺は、とても正気の沙汰とは思えませんし、実際、当事者の人々は狂気の間に立っていたのでしょう。
自分たちと何ら見分けの付かない、同じ人間を、躊躇なくなぶり殺しにし、その遺体を道端に放置する。
どんな仕打ちを受けたら、そこまでの残酷な行為が出来ると言うのでしょうか。
どんな憎悪があれば、人間をそこまでの行為に駆り出すことが出来るのでしょうか。

判りません。
判らないけど、それらは現実に起こっている行為なのです。

ずっと観たかったこの作品をやっと鑑賞出来ましたが、観ている間中、私は自分が責められているような気持ちでいっぱいでした。
そこに映し出された光景は、人間の愚かさ、醜さ、浅はかさ等、目を背けたくなる現実ばかりだったからです。
自分さえよければいい人間。
簡単に扇動される人間。
「命を奪う」という事に慣れてしまう人間。
心の中で、相手の人間にランク付けをしてしまう人間。

多くのツチ族をホテルに匿い保護していた、フツ族のポールでさえ、廊下やロビーの固い床で赤ちゃんと添い寝する母を尻目に、自分たちの家族は柔らかいベッドでひとときの休息を得ていました。
それは、自分の「支配人」と言う地位に、優越感を感じていたからなのではないでしょうか。
ベルギーにあるホテルの本社から、間接的に見放され、自分もまた特別な存在ではなく、ただの「その他大勢のアフリカ人」だと思い知らされるポールでしたが、結局ポールとその家族は無事ベルギーに亡命出来たそうです。
そこに、人間のランク付けは確実に存在しています。
そして、その事に人間は慣れていってしまうのです。

外国で起きる内戦や大虐殺のニュースを見て、「酷い事が起きていたんだなぁ」 と思うのもまた、私たちが“人間のランク付け”や“命の軽視”に慣れてしまったいるという事。
恐ろしい現実からこのまま目を背けて、楽しい事だけを見ていて、その先に何があると言うのでしょうか。

いわゆる“平和ボケ”した私たちに出来る事は、まずは目を逸らさない事なのではないかと思います。
それがどんなに自分たちの恥ずべき所を抉り出すとしても。

ルワンダやソマリアやイラクや世界のあちこちで起きている殺戮や憎悪の根源は、私たちの中にも確実に流れている“人間の本質”そのものなのですから。
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