ブログパーツ

『カビリアの夜』

2006年11月27日
20061127210215.jpg  1957年 イタリア作品


※ 今回のレビューは、過去に無いほど長文になっておりますので、くれぐれもお気をつけ下さい ※


イタリアの巨匠、フェデリコ・フェリーニの最高傑作 『カビリアの夜』 です。

『8 1/2』や『甘い生活』など、とっつきにくい印象があるフェリーニですが、この『カビリアの夜』は『道』に並ぶ判り易さですので、どなたでも安心して観られると思います。
かく言う私も、初めて観た時から完全に心を掴まれて、心のベストテンに常に輝く大好きな一本となっていて、落ち込んだ時はつい観たくなるのです。

ローマで娼婦を生業としているカビリアは、少々気性は激しいですが、根は純粋で優しい心の持ち主です。
自分の職業にもプライドを持っており、自堕落な生活を送る娼婦と違い、自分で一軒家を持ち、ローンをもうすぐ払い終わるのが何よりも自慢でした。
しかし、プライドはあるものの、“娼婦”である事の将来性には、何の希望も見出せないのも事実。
男に引っ掛かり、お金を騙し取られる事も珍しい事ではありませんでした。

ある日、カビリアは普段と違うシマに出掛けます。
そこは少し高級な娼婦が立つ場所。
華々しく着飾った娼婦たちに、冷たい眼で見られながらも、いつもと違う何かを期待しながら立っていると、偶然にも映画スターに声を掛けられます。

自分の生活からは、想像も出来ないほどの格の違う世界に、目を輝かせるカビリア。
いつもなら間違っても入れないような高級レストランで、いつもなら見下される筈の給仕にかしずかれ、カビリアは夢心地です。
彼の豪邸に連れてゆかれ、口にした事も無いような豪華な料理を出されるカビリア。
嬉しさの余り、涙が止められないカビリアでしたが、彼女の夢のような体験は、いきなり打ち切られる事になります。
映画スターの別れた筈の恋人が、急に戻って来たのです。

バスルームに追いやられ、息を殺すしかないカビリア。
結局、冷え冷えとしたバスルームで一夜を過ごし、自分が寝るはずだった上等なベッドに横たわる美しい恋人を横目で見ながら、屋敷から追い出されるのでした。

そんな時、カビリアは一人の男性がホームレスの人々に施しをして廻る所に遭遇します。
何の見返りも求めない、純粋な心に打たれ、カビリアは何かを感じるのでした。
丁度その頃、彼女の仲間たちが聖母マリア寺院に参拝する事になり、カビリアも救いを求めて巡礼に出掛けます。
大勢の貧しい人たちが押し寄せる参道。
皆が口々にマリアの名を叫び、失神する者まで出る始末。
しかし、いくら聖母マリアの名を呼んだ所で奇跡など起こる筈も無く、カビリアが味わったのは苦い失望だけだったのでした。

厳しい現実を乗り越えてゆくだけの毎日。
そんなカビリアは、フラリと立ち寄った劇場でオスカーという男性に声を掛けられます。
会計士をしているというオスカーは、警戒心から心を開かないカビリアにひたすら尽くし、自分の想いをぶつけます。
始めはオスカーの言葉を疑ってかかっていたカビリアでしたが、所詮寂しい女です。
何度もデートを重ねるうちに、オスカーに心を開き、自分の職業すらも受け入れてくれたオスカーのプロポーズを受ける事にします。

過去の自分を捨て去り、オスカーと共に新しい人生を歩む決意をしたカビリアは、必死の思いで手に入れた我が家や家財道具も全部売り払い、心配してくれていた親友に別れを告げ、全財産を手にオスカーのもとに駆けつけます。
自分の人生に初めて訪れた幸せを、心から噛み締めるカビリア。
しかし、そんな彼女を見つめるオスカーの眼差しは、今までの彼とは違っていました。

オスカーもまた、今までの汚い男たちと同じ、彼女のお金だけが目当てだったのです。
全てを悟り、立っている事もままならなくなったカビリアは、地面に突っ伏し、オスカーに懇願します。
「私を殺して! もうこんな人生生きていたくない!」
しかし、そんなカビリアに最後の引導を渡す勇気も無く、お金を奪って逃げるだけのオスカー。

何もかも失い、ただ呆然と立ち上がり、歩き始めるカビリア。
行くあても無く、“それが本能だから”と言うだけで足を進める彼女の周りには、いつの間にかたまたまそこに居合わせた若い男女たちが、陽気な音楽でカーニバルを始めていました。
何の事情も知らない彼らは、カビリアの側を踊りながら横切り、彼女に笑顔で歌いかけます。

そしていつしかカビリアは、そんな彼らに微笑み返しているのでした。


まだまだ続くレビューの続き。
勇気のある方は ↓↓ こちらをどうぞ。
バカなカビリア。

男に散々食いものにされ、裏切られてきたのに、やはりまた男を信じてしまいます。
外野からは一斉に、
「家売っちゃダメー!」
と言う声が聞こえている(であろう)のに、目の前に舞い降りた幸せを信じてしまった彼女は、そこに向かって進むしか出来ないのでしょう。

それを純粋とは言うのでしょうか。
純粋と言えば聞こえはいいですが、要するにバカなのです。
学習能力がないのです。

しかし、白痴=純粋=感動 と言うような、ヤらしい形式では収まらないような、複雑な感情がそこにはあります。
カビリアは決して白痴ではなく、ただの純粋な女でもありません。
今までに沢山人生経験も踏んできて、多くの男を見て来た彼女は、裏切られる事もきっとわかっていたのではないでしょうか。

わかっていても、オスカーの言葉を信じたかったカビリア。
あえてバカになったのです。
それくらい孤独だったのです。

だから、その“オスカーの裏切り”という事実を受け入れざるを得なかった時、彼女は「私を殺して!」としか言いようが無かったのでしょう。

なんと哀しい女なのでしょう・・・。

カビリアの歩んできた人生を思うと、涙を抑える事が出来ません。

しかし、そんな救いの無い人生(映画)なのに、観終わった時には私の心は温かい気持ちで一杯になります。
それが、カビリアが最後に魅せる笑顔。

何の救いも無い人生なのに、
何もかも失った人生なのに、
そこで出会った若者達が、無邪気に音楽に興じる様子を見ていると、自然に笑顔がこぼれるカビリア。

彼女が音楽好きだから、こぼれた笑顔なのでしょうか。
若者達が幸せそうだから、ついつられてこぼれた笑顔なのでしょうか。

私は、彼女のこの笑顔こそが、“人が生きてゆく理由”なのではないかと思うのです。

死ぬほど辛い事があって、将来に何の希望も見出せなくて、何の為に生きているのか判らなくなる人もいるでしょう。

でも、人生の幸せって、“大金を手にする”とか“優位な地位に立つ”様なドデカい事だけでは無いと思うのです。

たまたま付けたラジオから、お気に入りの曲が流れてきた。
たまたま今日の給食が、好きなおかずだった。
たまたま帰り道、赤信号に1つしか掛からなかった。
それって、嬉しい事じゃないですか?
そんな事が生きる術になる、とまでは言いませんが、そんな小さな事でも幸せには違いないと思うのです。

そして、人生の幸せって、そんな些細な積み重ねなんじゃないかと思うのです。

嬉しい事より、辛い事の方が多い人生。
なのに、ほんの小さな事で、微笑む事が出来るカビリア。
彼女のそんな笑顔に、私は底知れない勇気や希望を感じる事が出来ました。

本当に素晴らしい作品です。
こういう作品があるからこそ、「映画って素晴らしい」と日々思えるのですよね。

もしここまで読んでくださった方がいらしたら、是非観て頂きたい一本です。
もし途中で眠くなっても、巻き戻して頑張って貰えたら、と思います。
     ♪♪どちらのバナーでもどうぞご遠慮なく♪♪ →   にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ


※当ブログで使用しているイラスト等の著作権は、全てはアガサにありますので、転載、二次加工、再配布の際は一言ご連絡下さいませ。