『#マンホール』
2023年02月12日

あらすじ・・・
社長令嬢との逆タマ結婚を翌日に控えたエリートサラリーマンがどこかの穴におちます。
映画の冒頭、「おもしろかったよ!ってSNSで拡散してください!ただしネタバレは絶対しないでください!」というお願いという名のかん口令が敷かれていましたのでいちおう書いておきますが以下ネタバレしています。気になる方はご鑑賞後にお読みいただけるとさいわいです。
マジなのか・・・?
日本で本格的なシチュエーション・サスペンス映画が作られるなんて、それはそれはとても喜ばしいことであります。
ということで、全力でべた褒めしていく気満々で劇場に向かったのですが、実際観てみると「2分に一度ピンチが訪れる」というよりは「2分に一度“マジなのか・・・?”とつぶやきたくなる」ような作品でしたので、(わたしの)感動が新鮮なうちにその胸の内を書き記しておこうと思います。
聞いてください。 『#マンホール』、最低5回はマジで死ぬ。
■ 1回目「落ちて死ぬ」
主人公の川村さんは不動産会社のエリート営業マン。
社長令嬢をはらませたおかげで逆玉の輿の座も射止めたラッキーな男ですが、挙式前夜に会社のみんなからお祝いされた帰り道、突然意識がもうろうとし、気づいたら知らない穴に落っこちていました。
穴の直径は約1.5メートル。
深さはおよそ3メートル。
いや、死ぬぞ。 落とし穴なめてんのか。
意識がある状態でも普通に着地したら足にダメージを負う深さなのに、意識がほぼない状態で落っこちて擦り傷だけってありえますか。ありえませんね。 つまり、おまえはもう、死んでいるのだ。
■ 2回目「出血が多くて死ぬ」
なあんて、ゴメンゴメン! 死んでなかったんだよね!
ホントになにがどうなってるのかさっぱりわからないんですけども、ふつうに寝落ちしてたくらいのニュアンスで目覚めてたですもんね! 骨の一本も折れてるかと思ったらそれすらない! じょうぶに生まれてよかった!
ただ、さすがに無傷というわけにはいかず、起き上がろうとした瞬間脚にはしる激痛。
落ちる最中、穴の壁に渡してあった梯子で太ももに大きな創傷が。
しかもこの傷、血管に対して縦にズッパリ切れているらしく、なかからじゃんじゃん血が流れ出てきます。
ネクタイで傷の上部を縛り上げてしばらく経ちましたが、止血には至っていない模様。 噴き出し方からみて動脈ではなさそうですが、静脈だって太いんだから血が出続けりゃあ死にます。 そうです、おまえはもう、死んでいるのです。
■ 3回目「毒泡で死ぬ」
断定すんなって!そんな簡単に人は死なないし、もうホッチキスで傷を縫合したから心配もねえんだよ!
そうなのです。 ラッキーな川村さんは友人運にも恵まれていたようで、救援を求める鬼電に誰一人返答しない中唯一折り返してくれた女性がなんと医療関係者だったおかげで、電話越しに救急措置を教わり、たまたま持っていた筆箱の中にたまたまホッチキスがあったため一命をとりとめたのでした。
このホッチキスのシーン、「ホッチキスあったんか!」「ああ・・でも医療用のホッチキスじゃないんだよね・・・うーん・・どうだろ・・」という女性サイドの妙にリアルな逡巡がよかったですね。 ふつう持ち歩いてねえだろ!医療用のホッチキスは!
というか、ふだんダクトテープやホッチキスや火薬などが医薬品扱いになっている映画を観すぎているせいで、川村さんと女性がどうして迷っているのかわからなくなるというねじれ現象が起こっていました、わたしに。 ごめん、そこは迷ってもいいかもしれない。
傷も治ったし(治ってはない)、あとは救助を待つだけといきたいところの川村さんでしたが、なぜかGPSは誤作動を起こし、誰にも自分の正確な居場所を知らせることができません。
ヤケを起こして床にあったブロック片を投げつけると、むき出しの配管にあたりそこからガスが漏れ出て咳き込む川村さん。
死ぬのか? ガスでおだぶつなのか?
いえいえ、そんな荒唐無稽なことがあるものですか。 穴の上部は開放されているのですから、少々ガスが下にたまったところで中毒死なんて・・・クスクス・・・んなアホな・・・ ねえ?・・・いやですわ・・・アホなのか・・・
配管の割れ目をたまたま持っていた(略)セロテープで塞いでいっちょ上がり。
果たしてセロテープごときでガスが抑えられるのか? という疑問はなきにしもあらすですが、抑えられたんだからしょうがないじゃないか!
問題はガスじゃないんです!
問題は、穴の底に空いていた横穴からチョロチョロと流れ込んでいた泡(有害物質)が、知らない間にめちゃくちゃ増えていたことなのです!
詳しい成分は明かされませんが、たぶん有害なんです。
イメージとしては『バットマン』でジョーカーが落ちたようなアレです。
最初のうちこそ、そんな有害なやつを傷につけようものなら即死間違いなしという危機感のもと、身を縮めて泡から距離をとっていた川村さんでしたが、なんやかんややっているうちにそこいらじゅう泡(有害物質)だらけになって、傷はおろか目にも口にも顔全体にもつきまくりの浸透しまくり。
わたくしどもとしましても、いつ顔が融けだすのか、いつ酸の海に足が浸かったナウシカみたいなことになるのかと、一日千秋の思いで見守りたい所存であります。 さようなら、川村さん。 出来れば最後は泡の中から半分融けた状態で、片目をポロッとはみ出させ、あちらこちらから骨をチラ見せしながら一回ザバーッと飛び出してほしい。 それがロマンというものなのだから。
■ 4回目「ガス爆発で死ぬ」
バカいってんじゃねえっつうの。 天下のジャニーズ事務所所属タレントが目玉なんかはみ出させるかっつうの。
泡に包まれ万事休すの川村さんでしたが、機転を利かせセロテープに手を伸ばします。
そう、ガスを抑え込んでいたあのセロテープです。
ほどかれたセロテープの隙間から勢いよく噴き出すなんらかのガス。
ほどよく充満した瞬間、川村さんは手に持っていたライターを点火。
すさまじい爆音とともに、穴から間欠泉のごとく噴きあがる泡柱。
泡の脅威はたしかに去った。 しかし川村さんよ、充満したガスに火をつけるということはすなわち、その爆風を一身に浴びることでもあるのではなかろうか。 衝撃と熱と炎からの逃げ場などあるはずがない。なぜならそこは、地中深くあいた穴なのだから。
追い詰められた人間は思いもよらない行動をとることがある。 これはそのいい例である。 ガスに火をつけたらボカンとなる。 君から得た教訓を、ぼくらは忘れやしないだろう。 川村俊介、安らかに眠れ。
■ 5回目「落ちて死ぬ」
Q.海は死にますか、山は死にますか、ガス爆発をもろに浴びた人は死にますか。
A.死なないこともあります。
もちろんそうですとも。 雨ニモマケズ、爆風ニモマケズ、ガスニモ毒泡ニモマケヌ丈夫ナカラダヲモチ、ときどき癇癪を起こす、そんな川村さんに不可能などないのです。 なんてったって、さっきのアレは泡を吹きとばすためだけのアレですから。 でんじろう先生のダンボール空気砲みたいなものですから。
ガスの脅威も泡の危機も無事回避したものの、依然現在地は不明なままの川村さん。
しかし、怪我の功名というべきか瓢箪から駒というべきか、なんと爆風でむき出しになった穴の底からミイラが顔をのぞかせたではありませんか。
このミイラこそ、川村さんがこの穴に落ちた本当の理由。 いや、落とされた本当の理由。
すべてを悟った川村さんは、医療関係者の女性に自分の現在地を教えます。
ここは自分が罪を背負った場所。
今の自分を生み出すために、別の自分を葬った場所。
なにを隠そう川村さん、本当は吉田さんという名前のパッとしない男性で、工場勤務から一流不動産会社へ華麗なる転職をキメ込んだ川村さんを殺し、そっくりな見た目に整形を施すことで本人に成り代わっていたなりすましだったのです。
10年前に殺した川村さんには恋人がいました。
恋人だった折原さんが吉田さんの正体に気づいたのが先だったのか、廃校になった母校のマンホールの底に遺体を見つけたのが先だったのか、ともかく彼女は犯人の自白を誘い、同時に復讐も果たすため吉田さんを穴に落とし、奪われた愛する人の顔を取り戻そうとした。
一度穴から助け出された吉田さんは、襲い掛かる折原さんと格闘になり、なりすましの犯人らしい卑怯な作戦で一度は優位に立ちますが、彼女に思わぬ助っ人が現れたことで再び穴へと落ちてゆく。 しかも今回は頭から真っ逆さまです。 傷を負った状態で受け身も取れずに真っ逆さま。 んなもんポキ~でしょ。 首の付け根から真横にポキ~でしょ。 さもなくば『女優霊』ばりの開脚でしょ。 今度こそ死んでくれ。 川村俊介、もとい吉田よ、わたしの中のリアリティラインを最後の最後でなんとか保つため、ここはひとおもいに死んでくれ。
■ 死んでなかった
まあそれでも死なないのが吉田なんですけどね!
ということで、ワンシチュエーションに緊張感を持たせ続けることやありえない話をありえはしないけどふつうにこわい、と感じさせることの難しさを再認識させられた『#マンホール』。
全編出ずっぱりで大変な目に遭い続ける主人公を全力で演じ、天下のジャニーズ事務所所属タレントとは思えないほどのクズ演技(演技がクズなのではなくクズな人の演技)を存分に見せつけてくれた中島裕翔さんは見事でしたし、目玉ポロリもあるといえばあった。ある意味本人だった。よしとしよう、よしとしようではないか皆の衆。
上の文章にはいっさい登場しませんが、本作の大きな見せ場はSNSを駆使した主人公のサバイバル術であり、
「穴に落ちた→友達に電話繋がらない→警察呼びたくない→せや!ツイッター(実際はツイッターを模した架空のSNS)で捨て垢つくって拡散したろ!」
という流れるような所作からは吉田青年のツイ廃度が垣間見えて草がもりもりはえるところですね。
とはいえ、いきなり作ったあからさまな捨て垢をバズらせようだなんて、ツイッターの現実を知らな過ぎてさっきはえてた草がもう枯れますし、いくら有名人に捕捉されたからといってあんな夜中の一時間やそこらでフォロワー数千人も増えるわけないだろ!そんな簡単じゃねえんだよ!ふざけるのもたいがいにしろ!こっちはバズりに命と株価かけてんだよ!とどこかのCEOが顔を真っ赤にして怒っていそうです。
もちろん実際、ふとした出来事をネットに投げかけ、そこに寄せられた集合知が謎を解いたり、問題を解決したり、創作実話をガセであると見抜いたりすることはありますし、時々思い出したようにツイッターで開催される「きさらぎ駅もどき」の催し物も、はたから見ている分にはとても楽しいものであります。
きっと本作も、そういうノリをサスペンスに交わらせることで現代っ子(と一部のツイ廃)の共感を得ようとしたのではないでしょうか。
わざわざ垢を女性名義にすることで同情を誘おうとする主人公や、かわいい自撮り風アイコンにつられ予想通りホイホイと寄ってくるユーザー、救出よりも容姿いじりに夢中になるユーザーや、ひとりよがりな正義に酔うユーザーなどの描写ははずかしくて見ていられないほどリアル。
惜しむらくは、そのリアルなSNSのやりとりがあくまで「ツイッターあるある」にとどまっており、緊迫感を盛り上げるほどではないことでしょうか。
宣伝文句として「2分に一度ピンチが訪れる」とありましたが、まぁ多少盛ってるとか多少どころじゃなく盛ってるとかいうのはさておき、そんな頻繁でなくていいので、もうちょっと主人公がどうにもならないほどの苦痛や絶望を味わうようなピンチを用意して、なおかつそれを鮮やかな手法で回避してくれるシーンがあればもっとハラハラできたのになぁ・・と思いました。 少なくともガス爆破じゃない。 地面がくずれて、埋まっていたミイラが出てくるほどの爆破をノーガードで受けるのは、それは鮮やかとはいえない。
「これはほんとうにマジでやっているのか・・・?」と、いちいちアンニュイな気持ちにさせないでほしい。
最後にシークレットキャストで登場する黒木華さんが、出てきた瞬間とんでもなく作品を引き締めていて、救われたようなもったいないような不思議な気持ちになりました。 (まぁ、その後で出てきた少年で台無しになっちゃったんですけどね。あいつに永山絢斗さんが倒せるのか?無理やろ)(そういうとこです)

