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『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』

2017年11月09日
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人間社会とは不思議なもので、どこのどんな集団にも、華やかなグループと地味なグループが出来るものです。

学生時代から人づきあいが下手で、心に壁を作りがちで、でも想像力だけは両手に余るほど持ち合わせていたわたしは、制服をおしゃれに着崩し、友達と「放課後どこのカフェに行き、どこの洋服屋さんを物色し、どの男子と遊ぶか」をきゃあきゃあと相談し合う、華々しいクラスメイトたちの輪に入ることは決してありませんでした。 もとい、入れることは決してありませんでした。
彼らのグループは成績のいい悪いにかかわらずとても目立つので、先生からの覚えもめでたく、卒業式では年長者とまるで長年の友人のようにくっつきあって写真を撮る彼らの姿がそこかしこにありました。
目立たなかったわたしは、先生に覚えてもらっている自信が確実にない。 
だから卒業後学校には行かなかった。 
「先生お久しぶりです~」って声を掛けて、相手の顔に巨大なはてなマークが浮かぶトコなんて見たくもない。もしもわたしが生きている間になにかしらやらかし、「元担任」などにインタビュアーが向かうようなことがあったとして、「彼女はとても大人しくて」なんていう教師がいたらそいつは偽物だ。気をつけろ。印象に残っているわけがないし、覚えられるようなヘタはうっていないはずなんですよ。だいたい、何十年も前に担当した生徒のこと逐一覚えている教師なんてホントにいるのか。なんだったら苗字も変わっているし。よっぽど抜きん出たなにかがあったならまだしも、当時から大人しかった生徒のことを「クラスでも大人しくて」とかマジ記憶王レベルだろ。知りもしないのに知った顔しないでいただきたい。すみません感情的な方向に話が逸れました。

ともかく、目立つグループにも入れず、勉強ができるグループにも入れず、めちゃくちゃ部活が優秀なグループにも入れなかったわたしだったのですが、不思議なことに、気づくと数人の友達と行動を共にしていたのですよね。
まるで下敷きの下に置かれた磁石に砂鉄が引き寄せられるように、見えない力でひとりまたひとりと集まってくる「似た者同士」たち。
華々しさはなく、おしゃれではなく、異性と「進んだ」つきあいをするではなく、潤沢なお小遣いを持っているわけでもない、ひっそりとしたわたしたちは、しかしとても充実した毎日を過ごしていました。
先生に気に入られていなくても、デートに誘われたり告白されたりしなくても、「祭」の名がつくイベントで活躍出来なくても、キラキラと輝き、瑞々しい喜びに満ちた日々を送っていたのです。
お金も恋人も夜遊び経験もないわたしたちは負け犬だったのでしょうか。
「はみだしクラブ」だったのでしょうか。

本作で描かれる「はみだしクラブ(ルーザーズ・クラブ)」の夏休み。
もちろん、いじめっこによる暴力や毒親による支配などつらい部分も多々ありますが、彼らはそれはそれは満ち足りた、とても幸せなひとときもたくさん経験しました。
不思議な力によって結びついた仲間たちは、同じ痛み、同じ恐怖、同じ不安を知っているからこそ、何よりも仲間を信じ、守ろうとした。
おっかないピエロ(ペニーワイズ)が体をカクカクさせながら迫ってきたり、精神が破たんした上級生がナイフを突きつけて来ても、どこか「なんかええもん見させてもろたな」感が残るのは、かのクラブの面々が過ごした夏休みが、恐怖を上回るほど魅力的に見えたからだと思うのですよね。
互いに気づかい合える友だち。 支え合える友だち。 どんなにつらいことがあっても、その気持ちごと受け止めてくれる友だち。
彼らと過ごせたから、何気ない山歩きも、水遊びも、高級でないふつうのアイスクリームも最高の思い出になった。
彼らがいたから、自らのトラウマに向き合い、恐怖のピエロにも打ち勝つことができた。
はみだしているどころか、むしろあの夏、あのデリーで、一番メインストリームにいたのはルーザーズ・クラブであり、一番勝利したのもルーザーズ・クラブだったと言えるのではないでしょうか。

自転車を颯爽と走らせる彼らの姿は眩く、わたしは自分の「冴えない」学生生活もまた、きっとあんな風に生き生きとしていたに違いない、とどこか誇らしい気持ちでいっぱいになりました。
そしてもし可能であったなら、危険を伴っていてもいいから、仲間とあんな風に恐ろしい冒険に出かけてみたかった、と非現実的な夢を抱かずにはいられませんし、そんな夢を、何歳になっても小説という世界の中で叶えてくれるスティーヴン・キングを愛さずにはいられないのでした。
もちろん、鮮やかな情景と愛おしい子役たちと隅々にまで詰め込まれた古き良き1980年代プロップにより、理想的なデリーを作り上げてくれたアンディ・ムスキエティ監督にも感謝の気持ちでいっぱいです。

ルーザーズ・クラブは、わたしの中にいる。
日々湧き出てくる「ピエロ」を倒すべく、わたしは今日も拳をグイグイと柱に押し付け、幽霊が見えるとしつこく言い張るだろう。





※ 以下原作・旧テレビドラマ版・本映画版ネタバレしています


― 追 記 ―

・ つってもねー! 実のところ、物足りなさもいっぱいなんですよねー!正直ねー! 思春期のキラキラはよかった!子役もみんなかわいらしかったですしもう充分です!ありがとうございます! でもそれ以外がマジ物足りない!

・ 「現代」の大人パートと「過去」の子どもパートをうまいこと織り交ぜて徐々にITとの決戦へとなだれ込んでゆく原作と、文章ならではの回想シーンへのスムーズな切り替えを巧みなカットで再現してみせたテレビ版、そのどちらもが非常によくできていたので、今回の映画版はどのように映像化しているのかとても気になっていました。 そしてわりと早い段階で「今回は少年期だけで、続編の製作が決定済み」という情報を目にしまして、「あー、そういうこと?」ってなりましたよね。 なるほど、それはウケそうですやん。 っていうか、実質エエとこ取りですやん。

・ 『スタンド・バイ・ミー』とか『グーニーズ』とかにがっつりホラー成分足したものがおもしろくないわけがない。 実際、本編はとても素晴らしい出来でした。 映像はうっとりするほど美しいし、邪悪なげっ歯類みたいになったペニーワイズもいちいちおもしろいし、時代が原作&テレビ版の1950年代から80年代に変わったことも、わたしなんかはモロ同世代なのでハートキャッチモロキュアですよ。もう、おまえらどこ中?えっ?デリー中?みたいなノリですよ。

・ 子ども達の心の奥底にある「恐怖」の対象も、原作&テレビ版の「各種モンスター」から「保護者」へと設定を変えられており、ルーザーズ・クラブ全員が片親もしくは養父もしくは毒保護者からの精神的支配に苦しんでいるという状態はとても現実的で、ある意味小説よりつらみが深かったです。 自分を守ってくれるはずの保護者が一番身近で一番たちが悪いという。 それって、狼男やミイラ男が襲ってくるよりも恐ろしいことじゃないですか。

・ 幼い弟・ジョージイをペニーワイズに食い殺されたビルは、事件以来自分の存在に無関心になってしまった両親の姿から、「おまえが一緒について行かなかったせいだ」という無言のプレッシャーを感じ取っています。 もちろん、直接言われてはいないのでしょうが、責めない代わりにかばってもくれないのですから、結果は同じことですよね。 ビルの罪悪感を読み取ったペニーワイズは、ジョージイの姿を借りてビルを追い詰めます。 「おまえは悪くない」と言ってくれる両親がいない中、ビルはどうやってジョージイの死を乗り越えればいいのでしょうか。

・ 過保護すぎる母親から行動の逐一を管理されているエディは、女手一つで自分を育ててくれている母になにひとつ逆らえません。 重ねて、代理ミュンヒハウゼン症候群のように、「我が子は病気」だと信じなければ生きてゆけない状態に陥ってしまっている母から、ひたすらに病弱なんだと言い聞かせられ、世の中にどれだけ害悪なものが存在するかをみっちりと吹き込まれ続けたエディ。 狡猾なペニーワイズは「あらゆる感染症を患っていて長いこと風呂にも入っていなさそう」なホームレスの姿で現れます。 「おまえは本当は健康体だ」と呪縛を解いてくれる母がいない中、エディはどうやって「偽物の病気」である自分と折り合いをつければいいのでしょうか。

・ ラビの父からユダヤ教の信者としてきちんと生きることを期待されているスタンリーは、厳格な父も難しいヘブライ語も苦手で、尚且つ強迫神経症でもあります。 秩序的でないものを受け入れられないスタンリーの背後から、歪んだ絵画の姿を借りて忍び寄るペニーワイズ。 スタンリーはみんなと同じように、自転車をスタンドを立てずにガシャーンと放り出すことができるのでしょうか。

・ ベンもまた母親一人の家庭で育ちました。 母に心配をかけたくないがために、転校先でいじめられていることも、友だちがひとりも出来ないことも打ち明けられず、孤独な心を癒すかの如くデリーの歴史に没頭しているベン。 調べれば調べるほど異様さが明らかとなって行くデリーにおいて、27年ごとに大規模な事件・事故が起き、大勢が亡くなっているという事実に突き当たったベンの前に現れたのは、爆発事故で100人以上の死傷者を出した復活祭の犠牲者でした。 黒く焦げた死体の首から先に、ただ暗い闇だけを漂わせた死体。 追われるベン。 万事休す。 それはさておき、首なしゾンビよりもナイフで切りつけてくる上級生の方が今そこにある危機すぎるので、ベンはとりあえず警察に駆け込んだ方がいいと思う。

・ ピエロ恐怖症のリッチー。 ピエロが怖いので、もうお手上げです。

・ ビデオ版では、父親から虐待を受けているけれど、性的なものがあることまでは匂わされていなかったベヴァリーですが、今回はっきりと「オレのベイビーガール」といやらしい目つきを向けられていました。 こっそり買ってきた生理用品をにやにやと眺め、ベヴの髪をねっとりと撫でまわす父親のおぞましさよ・・・。 そしてその直後、ベヴァリーは「これのせいで」と吐き捨て忌々しそうに長い髪を切り落とします。 しかし、「長い髪=女性性」を切り父親の性的な関心を背けようとしても、「初潮」の訪れから逃れることはできない。 「女性」になりたくないベヴァリーを嘲笑うかのように、髪の毛と血のシャワーをバスルームに撒き散らすペニーワイズの、徹底したリサーチ力と嫌がらせに対する情熱の濃さには頭が下がりますね。 マネしませんけどね。

・ ルーザーズ・クラブを執拗に付け狙うのはペニーワイズだけではありません。 警官である父親から虐待をされ育ったヘンリーもまた、何かに復讐するかのように自分よりも弱いものを暴力でねじ伏せようとします。 世の中の理不尽を一身に受けているようなヘンリーに、ペニーワイズは鞭ではなくアメを与えるのでした。 凶器というアメを。 ヘンリーもまた、被害者なのですよね。 虐待からの、デリーに巣くう悪意からの。

・ これら、原作よりももっと現実的な恐怖に置き換えられた子ども達の苦境は、短い上映時間で彼らの状況を悟らせるに相応しいものであり、かなり大人っぽくなっていたベヴァリーも含めていいアレンジだったと思いました。 苦境はよかった。 ただ、そこから団結へと向かう経緯がホントに物足りなかったのですよ!わたしは!

・ 彼らがそれぞれトラウマやDVに直面していたことと、命がけでペニーワイズと闘うこと。 そのふたつを結びつけるのは、「自分たちの状況を変えたい」という強い気持ちだったのではないかと思うのですよね。 クローゼットの隙間から覗くペニーワイズの影に震える日々を、曲がり角の向こうで待ち構えるヘンリーたちに怯える日々を、歪んだ愛情を押し付けてくる保護者に苦しむ日々を変えなければ、自分は一生暗闇から抜け出せない。 助けを求める声を無視されるのも、無視するのももうご免だ。 

・ ただ、そんな気持ちも彼らひとりひとりだったなら挫けていた。 彼らの前にいつでもビルがいたから、「弟の仇を討つ」という絶対的な正義に裏打ちされた、ビルのブレないリーダーシップに彼らは心酔し、命を預けたのですよ。 本作は、そこが圧倒的に足りなかった。

・ 時間が足りないというのはあると思うのですよ。 たった2時間で個々のトラウマも描き、出会いも描き、心開く様も描いて、団結も描くだなんて、なかなかどうして至難の業ですよ。 でも、過去数百年に渡ってデリーを餌場にしてきた邪悪なピエロに、実質丸腰状態の12歳が立ち向かうんですから、相当の覚悟が必要じゃないですか。 いつ殺されてもおかしくないし、出来ることなら見なかったことにしたい。 怖い、しぬほど怖い。 でも、行かなければならない。 今、自分たちがやらなければ、この悪夢は終わらないから。 彼らの決意とそれを引っ張るビルのカリスマ性。 ふたつが揃わなければ、ペニーワイズとの決戦に説得力がないではないですか。

・ 今回の映画で、ビルのリーダーシップはわたしにはあまり感じられませんでした。 たしかに恨みがある分、他のみんなよりはペニーワイズに対して好戦的でしたけども。 なんか、いっつもベヴと見つめ合ってるし。 明らかにベヴだけ特別扱いだし。 ベヴもビルだけには熱視線送ってるし。 なんやねんおまえら。 つきおうてるのか。

・ その辺の動機の薄さをカバーするためなのか、本作ではルーザーズ・クラブはいちど怖すぎて解散し、そののち、とあることをきっかけにペニーワイズの本拠地へとかちこみを果たします。 そのきっかけとは、クラブの紅一点ベヴァリー・マーシュの失踪。 あろうことか、ベヴァリーはペニーワイズにさらわれてしまうのです。 

・ もうこの辺から、わたしの頭の中は「なんでやねん!」でいっぱいだったわけですよ。 ベヴがペニーワイズの死の光を見てしまい、プカプカ浮かぶってどういうことやねん。 で、「ベヴがさらわれた!」ってビルが仲間を呼びに行くのはいいとして、呼ばれるシーンカットされて気づいたら合流してるスタンとマイクどういうことやねん! その二人、かなり積極的に解散してた組だから、呼び戻すトコというか考えを変えて戻ってくるトコ重要じゃん! むざむざ死にに行くようなものだというのに!

・ ベヴァリーは「射撃の名手」というくだりもなかったですし、かっこよく出てきたわりにはありがちな「かよわいプリンセス」みたいな扱いされちゃうし、みんなに対してもあからさまに「ベン>その他のおこちゃま」って態度だし、ホント勘弁してほしいですよ。 ベヴはそういうんじゃないと思うわたしです! みんな対等なのがいいんです!

・ 挙句、光を見てプカプカ状態だったベヴの意識を戻す方法が、ベンからのキスっていうね。 いや、そりゃあね、そこに至るまでに、ベンくんのかわいさとけなげさにノックアウト状態でしたし、ベヴに送った詩の一節が効果的に使われていましたし、甘酸っぱくていいシーンだと思いましたよ。 でも、おもむろに唇にキスして覚醒って、いいのかそれ! 言っちゃあアレだけど、それでいいんならもう後編でオードラをシルバー号に乗せる必要、無くなりませんか?

・ なんでベヴをプカプカさせたのか、わたしにはホントに理解できませんね! もしかして、再団結のきっかけとして原作にあった「ベヴの上を通り過ぎていった男たち」のアレンジだったのかな?! んなわけないか!だったら全員とキスしないといけないしな!(←じゃっかんヤケクソ気味)

・ ペニーワイズとの対決に備えて、銀の玉を用意するくだりが、相手が狼男でなくなった時点で使えなくなったのもわかりますし、原作にあった秘密基地で燻し出されるシーンができないのもわかります。 っていうか、原作は映像化できないシーンの宝庫ですもんね。 ただもうちょっと、「覚悟を決めた子どもたちができうる限りの準備をする」描写ができなかったのかなぁ、と。 すげえ行き当たりばったりな突撃に思えたんですよねー。 脳内で常に原作補完されていたからついていけましたけど、原作もテレビ版も無しで本作だけ観た方、あの辺の子どもたちのテンション、だいじょうぶだったのでしょうか。 だいじょうぶだったのならいいです。 すみませんでした。

・ あと、わたしがいちばん「どういうことやねん!」と思ったのは、エディの吸入器攻撃がなかった点ですね! マジでアレは許せない! 銀の玉は百歩譲っても、エディの「これは酸だ!くらえ!」は譲れない。 言っちゃあアレだけど、それなくしちゃったら後編でエディが体を張るシーン使えなくなりませんか? ああかなしい。 偽薬と告げられた上での吸入器アタックなトコロに意味があると思うのになぁ・・・

・ それとも今の時代の映像作品で吸入器をああいう風に使うのはタブーなのでしょうか。 ヘンリーがベンのお腹を切るシーンはあったのに、マイクに対して黒人差別用語を使うシーンがなかったのも、なにがしかの意図があってのことでしょうし。 エディの骨を折るのもヘンリーではなくペニーワイズになっていましたよね。 腹を切るのはよくて、骨を折るのはダメなのかな・・・

・ まあね、すべての事情はわかりませんよね。 わたしは、もうちょっと時間があれば深く描けたものがあっただろうな、と思いましたし、二度と戻らない奇跡のような子ども時代に重きを置いた作品なのだとすれば、それは大成功だったと思います。 

・ やりすぎなペニーワイズ七変化はとにかくたのしかったですし、銀の玉も吸入器もない中ステゴロで正体不明のピエロに挑む子どもたちはわんぱくが過ぎたし、結果ピエロをボッコボコの半殺しにしちゃうのもどうかしてるぐらいおもしろかったですし、各所に散りばめられたスティーヴン・キング作品オマージュや、テレビ版ペニーワイズへのオマージュ、原作通りに登場したポール・バニヤンなど、細々としたこだわりが感じられるいい作品でした。 

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(エルム街の悪夢オマージュかな? というシーンもありました。 映画館の看板に『エルム街5』がかかっていましたし、時代設定として子どもたちの恐怖の象徴にフレディ・クルーガーがいても不思議はないですよね。)


・ 大人になったルーザーズ・クラブが再結集する後編では、きっとあのポール・バニヤン像があんなことやこんなことになってくれるのでしょうし、亀が数か所に登場していたということは、テレビ版では不可能だったチュードの儀式に挑戦するのかもしれません。 まったく想像つきませんが、為せば成るさ!がんばれムスキエティ監督! 

・ あと、原作の大人パートにはデリーの大破壊シーンも含まれていますので、もしもポール・バニヤン&チュードの儀式&デリー大洪水&トムのベヴに対するDV描写&トイレから飛んでゆくおばあちゃんなどを映像化したあかつきには、さぞかしスケールの大きい残酷アクションファンタジーとなってくれることでしょう。 ここはR15+だなんて手ぬるいことを言わず、R18も辞さない覚悟で突き進んで頂きたいものですね! ブラック・スポットの大火災や運河フェスティバルやマフィアの大虐殺とかも、なんだったら思い切って尺を割いてくれてええんやで! 



― 追 記 2 ―

・ ダムがないとか、どうかしてるぜ!!!

 

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