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PTA・オブ・ザ・デッド

2015年03月27日
先日こんな記事を見かけたのですが、内容があまりに「PTAあるある」に満ちていたため、突発的に「わいもわいも病」(※自分もなにか一言いわずにはいられなくなる謎のやまい)を発症してしまったアガサです。こんにちは。






あるある!(※ ホステス部分に強く反応)

ということで、今日はわたしが見てきた「PTA」について、ちょこっと記してみたいと思いますよ。
なお、これはあくまで「わたしが知る範囲」でのことですので、すべての「PTA」を代表する意見ではありませんし、すべての「PTA」を説明する文章でもないことをご了承ください。


【誰でも知りたがっているくせにちょっと聞きにくいPTAのすべてについて教えましょう】

聞かれていなくても書きますよ!
まず最初に確認させていただきますが、世間のみなさんが「PTA」に対して抱く印象をザックリとまとめてみますと、

・ ザマス眼鏡をかけて教育委員会に押しかけるクレーマー集団

・ 次年度の役員決めのタムリミットが近づくたび、いたいけな保護者にヤクザ消費者金融の取り立て屋さん並みの追い込みをかける恐ろしい集団

・ 教職員はおろか、校長をも黙らせる圧倒的パワーを持つ超法規的集団



といったトコロなのではないでしょうか。 
おおむねこんなトコロなのではないでしょうか。
しかし、これはほとんどだいたいおおむね間違いなのですよ!


実際の「PTA」(さらにいうと実際はPTA役員)とは、

・ 人前に出ることを強いられるため、なけなしのお金をはたいて最低限の小奇麗ファッションを揃えているだけの一般的な保護者であり、ことあるごとに「慣例」を押し付けてくる教育委員会に太刀打ちすることなどできないか弱い集団

・ 次年度の役員決めのタイムリミットが近づくたび、「できません」の文字が並んだ「ボランティアを募るアンケート用紙」の束を前に途方に暮れ、同じ人にばかり役割を強いらないよう役員経験のない人に電話で打診すればことごとく断られ、ママ友ネットワークをフルに活用し知り合いに泣きつくも諸々の事情でやんわり拒否られた末ママ友の信頼度そのものにもヒビが入る羽目になり、万策尽きた結果もう一年自分が連投せざるを得なくなる人続出のかわいそうな集団

・ 教職員には「役員なんだから当たり前」とばかりに下働きを与えられ、学校行事を取り仕切る校長からの「依頼」と個々の保護者からの「苦情」の板挟みというたのしくない役割を無償で務めさせられる超しんどい集団



といったトコロなのです!
おおよそこんなトコロです! ここだけはご理解いただきたい!
ホントにね、あたしゃね、インターネッツでなんかっつったら「PTA」すなわち頭の固いヒステリックババアの集まりだみたいに言われるのが忍びないのですよ!
もちろん、頭の固い人もいますよ。 しかし、それは「PTA」に限ったことではないですし、そもそも「PTA」として出されている「ありがたい意見」は本当に保護者たちが出した声をまとめて作られているのか?という疑問もありますし。
お役所が作った「提言」の代表名が「小中高PTA連合会長」になっているだけで、では会長本人ならその提言にツッコミがいられれるのかというと、「例年通りですので」ってけんもほろろなリアクションなんてこともザラですし。
あと、「PTA」と「モンペ」は全く似て非なるものですからね。
モンペがPTAなのではないのです。  PTAという団体の中にモンペも交じっているということなのです。


【誰がためにPTAはある】

近年、その違法性も指摘されるようになってきた「PTA」。
何が違法なのかというと、「任意加入」の団体であるはずなのに、実質は「強制加入」であるという点でして、入学と同時に大した説明もなく自動加入したことになっており、会費も学級集金などと一緒にしれシレっと回収されているというのはいかがなものか、と不信感を抱く保護者が増えてきたということなのですよね。
いちおうPTA総会で配る資料には一通りの説明がなされているはずなのですが、総会に出席しない(出席できない)という方には伝わりませんし、伝わったところで簡単に退会できるものでもありませんので、いずれにせよ「なんかヘンなシステム」であることには変わりないですし。

ここで浮かぶのが、そもそも、「PTA」はなんのために存在しているのか?という疑問です。 


なんのためなんだろ・・・


・・えっと・・・ ・・こ・・子どものため・・?(正式名称はParent Teacher Association)


PTA役員のお仕事に、どんなものがあるのかといいますと、

・ PTA新聞の発行
・ 研修会の準備
・ 講演会の準備&進行
・ 運動会のサポート
・ 校外スポーツ競技会のサポート
・ 交通安全関連
・ 校外補導(お祭り時)
・ バザーの準備&運営
・ 地域との癒着協働事業

が主なトコロなのではないかと思います。(本当に“主な”ですので、実際は細々としたものがわんさかありますが) 
その多くが子どもにかかわるイベントですし、だからこそ、「よっしゃ子どものためにいっちょがんばるか」という気力も振り絞れようというもの。
しかし、いざこれらの仕事をヒーヒー言いながらなんとかやり終えた年度末、うちのちびっこがわたしに告げた言葉はこれです。

「おかあさん、もうぜったいPTAしないでよね!!」

なぜちびっこはこんな非情な一言を浴びせたのか。
理由は簡単です。
わたしがPTA役員を引き受けたせいで、ちびっこはわたし(保護者)とのふれあいタイムをなんども妨害されたから。

きっちり晩ご飯時(午後7時)を狙って行われる数々の会議のせいで度々留守に。(※9時だと遅すぎるし5時だとお仕事が終わっていない方がいるので必然的にこれぐらいの時間になります)
せっかくの運動会では裏方でのお茶くみや接待、競技の準備などに追われるため、のんびりと子どもの競技に集中できない。
夏祭りやバザーもまた然り。
興味のないスポーツ競技会に連れ出され、選手が足りないと言われれば名前を入れられ、親子の貴重な休日をつぶされる。
高学年ぐらいになれば、子ども自身が親とくっついていることを望まなくなりますので、また事情は変わってくるでしょうが、うちの場合ちびっこがまだ低学年(幼児)の時でしたので、ホントに毎回毎回ジットリと恨みのこもった眼差しを向けられましたよね。 何度「またPTA?!」と言われたことか。 
結果、「もうPTAしないでよね!!」発言ですよ。 まぁそりゃそうなりますよね。

ちびっこがお世話になっている学校のお手伝いになるから。
イベントに直に関わるのでちびっことのふれあいにもプラスになるかも。

そんな気持ちが悲しいほどに実らなかった役員活動。
わたしの中にはいちおうの達成感が残りましたが、ちびっこの中には確実に「PTA」に対するネガティブイメージが植え付けられてしまいました。
これでいいのか「PTA」。
ホントのトコどれだけ子どもたちのためになっているんだ「PTA」。


【PTA・オブ・ザ・デッド】

各ご家庭から徴収されたPTA会費がどう使われるのかの内訳にも目を向けてみますと、もっとも大きい支出として「児童会・運動会・入学式・卒業式」などの事業費、その他「PTA新聞発行費」「コピー・インク・用紙代」「校外活動費」「学級活動費」「市や地域への上納金」などなどがあると思います。
児童会や各種式典での経費はともかく、毎回人集めに奔走しなければならない鑑賞会を、人集めも大変でしんどいことこの上ないスポーツ競技会を、人集めに苦労する講演会を、人が集まらないので結局役員が行くしかない研修会を続ける必要はあるのでしょうか。
編集する役員の負担が大きい上、ほとんどの人が読まないPTA新聞を出す意味はあるのでしょうか。
単Pが各学校でPTA新聞を発行し、単Pから市PTA協議会への上納金(負担金)を使って市P連が市P新聞を発行し、市P連から県P連への負担金で県P新聞を発行し、県P連から全P連への負担金で全P新聞っておまえら新聞好きすぎるだろ。(※広報誌とも言います)

バザーを心待ちにしている近隣住民の方もいるでしょう。
役員が腕によりをかけた屋台で、食べ歩きをしたり格安のおもちゃをゲットすることを楽しみにしている子どもたちもいるでしょう。
続けることを期待されている事業もある。
そして、あまり望まれていない事業も確実にあるのです。

それさえやめれば、会費だって今の半分で済むかもしれないし、役員の負担も減るでしょう。
しかし、事業を減らすことは容易ではない。
役員も会員も子どもたちも関心がない事業が、「例年どおり」という呪縛のもと連綿と引き継がれてゆくさまは、憤りというより虚しさを誘います。


わたしは過去、PTA会長を1年、顧問を1年、本部役員を計3年、クラス委員を計2年、その他もろもろの経験をさせて頂いたのですが、その間、
「このままじゃいかん」「どうせやるならたのしいPTAを」
をいうポジティブ思考のもと、なんとか「例年どおり」を打ち破るべくいくつかの提案を出してきました。

たとえば「運動会の日の手作り弁当廃止案」。
各自用意してきたお弁当を(可能な家庭は)家族一緒に食べる、というルールは、家族が来られない子どもにとっても、朝早くから大量のお弁当を用意しなければならない保護者にとっても、負担が少なくありません。
実際、わたしが役員をしていた年で、前日の夜中まで雨が降ったため、急きょ当日の朝役員総出で校庭にたまった雨水をくみ取る作業を行うことになり、結果4時起きで家族6人分のお弁当を仕込み、6時からスポンジ片手に校庭に這いつくばり、7時からテントの設営をし、8時から来賓の受付をするというアホほどハードなこき使われ方をした年がありましたからね。 もちろん、運動会終了後も設備の撤収と後片付けも込みですよ。 アホか。 アホなのか。

まぁ、そんな極端な例はさておき、
「給食にしてしまえば子どもは子どもで一緒に食べられるし、親も外に出るなり校庭でとるなり自由にできるのではないか」
と提案したところ、一斉に「手作りのお弁当のあたたかさ」を説かれましたよね。他の役員と校長先生に。 
「じゃあせめて手作りしてこなくてもいいよう、当日お弁当屋さんに売りに来てもらえばいいのではないか」
と言ってみましたが、
「その弁当屋さんとの交渉は誰がするのか」「事前注文なのか、だとしたら誰がお金や注文書をとりまとめるのか」「当日PTAからも弁当受付担当者を出すべきなのではないか」
などなど自動的に仕事が湧いてきて、結局「そっちのほうが大変なんじゃね?」という結論に達してしまったのですよね。 うん、わかるけどさぁ。

その後、
「とにかく役員と校長だけで決めるのではなく、一度ぐらいは全保護者宛てにアンケートを出して意見を聞いてみようよ」
と再提案するも、
「そうだね、でも今年はもうスケジュールいっぱいだからまた来年ね」
ということになり、そのまま話は立ち消えに。

他にも、「誰がこんなもん観たいんだ」と突っ込みたくなるような文部省推薦映画上映会の却下やら、地域のベテラン保護者のみなさんに新米保護者がネチネチやられる地域交流会の規模縮小や、アホの一つ覚えのような「あいさつ運動」の変更や、闇雲に時間を浪費するだけの総会での資料読み上げ廃止や、転勤しないため学校のヌシのような存在になっている購買部門責任者のガサ入れなど、役員の権限を使って変えられる点はないか、いくどが試みましたがどれも実現できませんでした。
それは、「とりあえず例年どおりでいいじゃないですか」の壁が厚かったためでもあり、さきほどのお弁当の件のように、変えようとすると別の手間が発生することが多いためでもあります。 
一概には言えないのですが、とにかく変えることは容易ではない。 1年の任期期間だけではなおさらのこと。

これから先は、今まで以上に児童の数も減ってゆくと思われます。
PTA役員というボランティア活動に、時間と気力を割り振る余裕のあるような保護者も、ますます少なくなるでしょう。

いつか「PTA」は死ぬだろう。

いや、すでに死んでいるのかもしれない。 

「例年どおり」であろうとすればするほど、「PTA」が破綻という名の死を迎える日は近づくのではないかとわたしは思います。


【新しきPTA】

「PTA」の予算はすべての子どもにかかわる事業に割り振られますので、もしも自由な任意加入が可能になった場合、会費を払っている会員の中に非会員への不満が芽生えることは絶対に避けられないでしょう。 
「なんでわたしたちが払ったお金であの人たちが・・」と。 
まぁ、だからこそ任意加入に踏み切れない学校も多いのでしょうし。

しかし、今のまま「いつの間にか会員にさせられていて、いつの間にか会費を徴収されている」状態を続けていても、保護者の「PTA」に対する関心の低さはきっと改善されません。
一斉退会や収入の減少を恐れず、まずは、「自分の意志で入退会を選択してもらう」ことが、新しい「PTA」の第一歩なのではないでしょうか。
仮にそれで、過半数を超えるほど会員が減って、もはや「PTA」の存続は不可能!みたいなことになったとしても、もうしょうがないじゃないですか。 そういうことなんですよ、きっと。
「PTA」がなくなったら一番困るのは、子どもたちではなく教職員の方々なんじゃないかと思いますので、あとは市町村のえらい人や教育委員会になんとかがんばってもらいましょうよ。 ね、そうするっきゃないですよ。

やはり、「PTA」を待っているのは穏やかな死なのだ!


・・と勢いに任せて極論に走りそうになってしまいますが、実はわたくし、「PTA」にはぜひ生き残ってもらいたいと強く思っているのですよね。

ネガティブなイメージがつきまとい、現実的にも問題山積なPTA活動ですが、実際にPTA役員を経験した方には少なくない割合で「やってみたら意外とたのしかった」という方がいらっしゃるわけで。
それはブラックな仕事に慣れている人が多いということではなく、みんなが「初めての仕事にチャレンジ」するという共通点で結ばれているので、お互いを気遣い助け合おうという気持ちが自然と湧いてくるからなのではないでしょうか。
おかげでわたしのようなコミュ障でも傷をなめ合い仲良くやっていくことができたりなんかして、ホントありがたかったです。
そんなこんなでわかりあえる仲間ができ、今まで気づかなかった先生方の苦労もガッチリ知るようになり、学校や地域の仕組みへの理解も深まるなど、決してマイナスだけではないPTA活動。
バザーが成功し、その収益で子どもたちに直接かかわるもの(学級文庫の充実とか、遊具の補充とか)を購入できた時の充実感なんかは、まさにPTA役員ならではの喜びなのではないかと思いますし、かったるいと思われがちな講演会・研修会も、いざ出てみればおもしろい話を聞くことができたりして、決して無駄な時間ではなかったりするのですよ。こわがらないで!(以前出席した会で某大学の教授から聞いた、「母親は全員母性を持ってるなんて大ウソだからね!母性なんてないから!そんなもんただの幻想だから!」という講演なんかさいこうでしたヨ)

子どもたちの学校生活は、誰かだけの力で成り立っているのではないのですよね。
先生だけでも、保護者だけでも、地域社会だけでもなく、みんなが子どもたちの生活に関心を持って見守っていけるような活動、それが「PTA」なのだとわたしは思います。 だから消えてほしくないのです。

子どもたちが過ごす学校であり、子どもたちが参加するイベントだから、もしも自分にできることがあるなら手伝いたい。
そんな風に思っている保護者は多いはずです。
いや、ほとんどの保護者がそう思っているはず。
「できることをできる範囲で」が前提の「PTA」なら、自分たちの意見が届きやすい「PTA」なら、無理強いも格式ばった会合もない「PTA」なら、もっと気軽に参加できる「PTA」なら、任意という形になっても加入しようと思うのではないでしょうか。
なんだったら「PTA」という形にこだわらなくてもいいから、とにかく保護者が学校にかかわってゆくことをやめさせないでほしい。

そのために必要な事柄はあまりに多く、誰かの鶴の一声でなんとかなるものではないこともわかっています。
しかし、そろそろ新しい段階へと進む方がいいと思うのですよね。
入会させられる「PTA」ではなく、入りたくなるような「PTA」を目指して。






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