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『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』

2017年12月27日
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あらすじ・・・
宇宙の片隅で隠遁生活を送っていたルークの居場所がついにレイアにバレます。



以下、ネタバレしていますので、ご鑑賞後の方か、未鑑賞だけどあんまそういうの気にならないからバレててもいいよという方のみ、このままお進みください。
あと、流れ弾的に『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー: リミックス』のネタバレにも触れてしまっていますが、ホントすみません。




おもえば、イヤな予感は前作『フォースの覚醒』の時点で既にありました。
10年ぶりに再開されたスター・ウォーズ・サーガ。
原点のひとまずの終結といえるエピソード6の続きがついに観られる、しかもお馴染みの面々の続投も無事に決定。
いやがうえにも高まっていたファンの期待。
興奮と緊張のあまり自律神経を崩しつつ向かった映画館で私が目にしたのは、相棒チューバッカの前で無残に殺されるハン・ソロの姿でした。
ハンにライトセーバーを突き立てたのは、他ならぬ彼とレイア姫の息子であるカイロ・レン。
驚きと悲しみに押しつぶされそうになったわたしでしたが、愛され続けてきたキャラクターを殺す、という思い切った選択は、新たな神話の始まりに際しての製作者の決意のあらわれなのだろうと自分に言い聞かせ、『フォースの覚醒』の誕生を祝福したのでした。
しかし、時間が経つにつれ、本当にあの選択は間違っていなかったのか? という気持ちがわたしの中にチラつき始めました。
ハンの退場だけではなく、あんなにかけがえのない存在だった相棒をうしなったはずのチューイが、やけにあっさりレイのお供の座に収まっていたのも不安要素のひとつだったのかもしれません。
本当にハンを殺してしまう必要はあったのか?
JJの野郎、取り返しのつかないことをしでかしてくれたんじゃなかろうか? と。
イヤな予感がする。
なんだかとてもイヤな予感がするぜ。

そして迎えたエピソード8。
二年前ほどではないものの、緊張で指先をキンキンに凍らせながら挑んだ『最後のジェダイ』。
わたしの目に映ったのは、隠遁島から一歩も出ることなく命の最後を迎えた、ルーク・スカイウォーカーの姿だったのでした。

いや、わかるんですよ!
今回の新シリーズ、テーマは「古いものを壊す」なんですよね!
これからもずっと、「遠い昔、はるか彼方の銀河系で」繰り広げられた物語を続けてゆくというディズニーの、固い決意! 
ディズニー・リゾートの方とも連動して半永久的なアレをやっていくぞ、という強い気持ち! くいっぱぐれないぞ、という! おまえをぜったいに手放さないぞ、という! そのために新キャラを投入し定着させて、新規ファンも取り込んでいくぞ、と!
まぁ、そういったいやらしい話は抜きにしても、とにかく偉大すぎるオリジナル・シリーズを超え、肩を並べるためには、昔からのファンへのくすぐりに傾注していてはいけないのだと、そう判断したのでしょう! わかる!
オリジナル・シリーズからの決別、そしてフレッシュな面々や名もなき面々による再構築、それこそが新時代のスター・ウォーズなのだ・・・!
思い切っていいますけど、そ ん な こ と 誰 が 頼 ん だ ん だ よ !



(※気分的にはこんな感じ)


もうね、いいです! 
懐古厨と罵られてもいい、老害と蔑まれてけっこう!
わたしは、わたしはね、いろいろつらいことがあって一度はフォースを拒絶したルークが、レイの驚くべき才能と熱い正義心にうたれ、あの美しい孤島でベスト・キッドか酔拳かっていうような訓練を施すシーンが観てみたかった! 
そうしているうちに、自らもジェダイ騎士としてなさねばならないことに向き合おうという気持ちになってゆくトコロが観てみたかった!
ハンが老境パイロットとして、ますますお盛んにミレニアム・ファルコン号を飛ばすトコロが観てみたかった!
欲をいえば、レイア姫がフォースを操るトコロも観てみたかったんですよ!

オーケーオーケー、ちょっと落ち着こう。
たしかにルークは最終的に、最後のジェダイ騎士として持ちうる力のすべてを出し切り、最高すぎる闘いを魅せてくれました。
これぞジェダイ・マスター、というシビレるような格闘。 
でも、肝心のレイがそれ見てないから! 
カイロ・レンにもなんか伝わってる風なトコ、なかったから! 
捨て身の授業なのに誰にも届いてない! 
受け取ったの映画館に来てたお客さんとファースト・オーダーのみんなだけ! もってえねえなおい!

たしかにハンも、『フォースの覚醒』でミレニアム・ファルコン号に戻ってきましたよ。 
今となっては長すぎる死亡フラグにしか思えない見せ場もたくさん与えられていましたけど、だからって殺されてもなぁってぼかぁ思いますよ! だったら見せ場少なめで死なない方がいい!
たしかにレイア姫もフォースを使っていましたけど、ちがうちがう、そうじゃない! やってほしかったのソレじゃない感がすごい!
っていうか、今年一番ソレ見たかったの、ヨンドゥです! あーあー!ヨンドゥの世界にもフォースあればよかったのになぁ!

水平線に沈む大きな二つの太陽。 
それを眺めていたルークの身体がやわらかくかすんで消えてゆく。
主をうしなったローブはふわりと空に舞い上がる。
わたしの頬をとめどなくつたう涙は、「もうルークに会えることはないのだ」という深い喪失感による涙でした。
やっと会えたのに、もう会えない。
待ちに待ってスクリーンに帰ってきた前作、ルークの出番はエンディングタイトル前の1分弱。 セリフはありませんでした。
すべてはこのエピソード8に。 
そう思っていたのに、これからレイの師匠として、今までのポンコツマスターたちとはひとあじ違う教えを授けてくれると思っていたのに、ほとんど教えてあげられないまま逝ってしまった。
クレイトでの闘いで、レンにジェダイの底力というか格の違いを見せつけたあと、「また会おう」って言ったじゃないですか。
今回のはあくまで第一回戦なんじゃないですか。
次回、今度は実体でレンとレイとルークがあいまみえるんじゃないんですか。
こんなことになっちゃったら、次出てくるとしても半分すけすけの霊体だし、ジェダイ・マスターって霊体になったら責任感から解き放たれたからなのかなんなのか、じゃっかん適当ぶっこむ傾向、あるんですよね。 頼りになりそうで、ならない。 おい、聞いてるのかそこの緑の、おまえのことだぞ。

もっといろいろ話してほしかった。 失敗も成功も迷いも確信もぜんぶ伝えてほしかった。
本編の大半が「帰れ!」「島から出ていけ!」の一点張りで、やっと何があったのかを話初めたら今度はレイが「あー、なんかもうレンと直接話すからええですわ」っていなくなっちゃうって、どうなんですか。
クワイ=ガン・ジンがオビ=ワンに見せたように、オビ=ワンがルークに見せたように、ルークがジェダイとしての在り方、闘い方をレイに示すシーンがなぜなかったのか。(レイが見ていない間にあったのか)
それとも、レイはフォースのアンテナがバリ3だから、ルークとレンのクレイトでの一部始終を全部受信できていたというのか。
まあね! 遠距離でもレイとビデオチャットできちゃいますもんね! 通信状態めちゃ良好ですもんね!


ここまで長々とおつきあいいただき、ありがとうございます。
読み進めて下さったかたは、そろそろ「わかったわかった、おまえは最後のジェダイ否定派なのだな」と判断されている頃だと思います。
ところがどっこい、わたし『最後のジェダイ』めちゃくちゃすきなんですよね!


これまで述べたように、「うそやろ・・」という展開はてんこ盛りでした。
「またもや取り返しのつかないことを・・・」という歯がゆさも感じました。
「なんで年寄り(わたし)をここまでいたぶるんや・・・」というやるせなさもありました。
でも、そういった気持ちとほぼ同量の、「最後のジェダイさいこうやんけワレ!!!」という興奮もあったのですよね!

鑑賞後、いろいろな人から「最後のジェダイどうだった?」と感想を求められたのですが、そのたびにわたしの心は「一言でいえるかっつうの!!!」という葛藤に襲われ、悩んだ挙句「いいところもショックなところもありましたけど、おおまかにいうとよかったです」と答えるのが精いっぱいでした。

「さいこー!」と「なんつうことをしてくれたんや」の間にあるもの、それがわたし。
いうなれば、わたしはフォースなのです。 
ホウキは無理ですが、掃除機ぐらいならいつでも自由に操ってしんぜましょう。 いでよ、ルンバ!
(スン…) 
・・・みてください、これがフォースの力です・・・!
(※混乱しています)

たとえば、師弟としてのやりとりには大いに不満があるものの、ルークがフォースを閉じ、ジェダイは滅んだ方がいいという考えに至っていたという点には、わたしはとても納得しています。

『ジェダイの帰還』で父・ベイダー卿と和解し、帝国軍も倒したルークはジェダイ・マスターとして民衆の尊敬を集めていた。
妹レイアとハンの間に生まれたベン・ソロ。
まばゆすぎるほどのフォースを持つベンを、いっちょ自分の後継者として育ててやろうと思ったルーク。
どうせだったらと可能性のありそうな子どもたちを集めて、ジェダイ寺院を設立するも、修行を施せば施すほど、日に日に甥っ子の心は闇で満たされてゆき、ついには先々とんでもない悪鬼になるであろう未来を感じ取ってしまった。
以前、「もしもタイムマシンで過去に戻ることはでき、ヒトラーの子ども時代に出会ったら、あなたは彼を殺しますか?」というアンケートが世間をにぎわせたことがありました。
ルークはまさに、この問題に直面してしまった。 しかし、ソースは自分の直観力のみ。 しかも相手は愛する妹の子ども。
一瞬の逡巡ののち、怒涛のように押し寄せる後悔。

この瞬間、ルークは「誰もが敬い憧れるジェダイ・マスター」の脆さを痛感したのではないでしょうか。
「そんなもんクソだ」と。
甥っ子ひとり救えないどころか、臭いものに蓋をしようと思ってしまうマスターのどこが偉大なんだ、と。
その後、ルークは身内にも行き先を告げず自問自答の旅にでて、最終的に辿り着いた島・オクトーでついに最初のジェダイ寺院を見つけた。
そこで傷心のルークにとどめを刺したのは、「そもそもルークの父・アナキンをダークサイドに走らせたのも、ジェダイ・オーダーだったといって過言ではなかった」という事実だったのではないでしょうか。 
たぶんね、書物に書いてあったか、地下の洞窟の鏡の間で見ちゃったんじゃないでしょうかね。
銀河中からリスペクトされ、高潔で強くて絶対的に正しいとされてきたジェダイ・オーダーは、その正しさと伝統ゆえにまあまあ歪んだ側面を持っていた。 簡単に言うとめっちゃ独善的だった。
ジェダイ最高評議会を組織して、銀河共和国にもひとこと物申せる影響力を持ち、めっちゃブイブイ言わせていたその最盛期に、ダークサイドの台頭に気づかず、パルパティーンの野望を野放しにしてしまっていた、緑のあいつ率いるジェダイ・オーダー。
「ジェダイ・マスターってすごい力があるはずなのに、なんであんなすぐそばにいたパルパティーンの腹黒さに気づかないの?」
という(いままでは空気を読んで黙ってきた)わたしの長年の疑問に対する正しい回答。
それがルークの口から語られたシーンは、最高に驚きで、最高に溜飲の下がる瞬間でした。
そりゃあね、「もうええわ」ってなりますよ。 
「なんなん、ジェダイなんなん」ってやさぐれたくもなりますって。

先代たちがしくじってきた、自分も甥っ子相手にしくじってしまった、そして抜群の可能性を秘めた新弟子も手放してしまったルーク。
「なにもかもジェダイ・オーダーがわるいんや!」とやけになってジェダイの聖地と奥義書を燃やそうとして、結局できなくて、そしたらヨーダが出てきて「こんなものはこうじゃ」ってビリビリドカーンって焼き払ってくれる、この一連のシーンの「お・・・お・・おまえなぁ!!!」感!! 三周ぐらいまわってさいこうでした!!

「失敗こそは最大の師だ」という言葉の説得力ね! 
「おのれの失敗を弟子に見せてさしあげなさい」「わしらは弟子に超えられるためにあるのじゃ」ってヨーダがいったときの、「で す よ ね ー ! ! 」感、さいこうでしたよね! 失敗だらけの人生でしたもんねー!
誰よりもジェダイ・マスターを名乗ってきたことを恥じ、はよ滅んでしまえばいいのになーと思っていたのは、他らなぬヨーダ自身だったのではないかと、わたしは思います。
エピソード2・3の時のつやつやCGではなく、旧シリーズ同様パペットで蘇ったヨーダの、あの飄々とした表情!
ルークの額を木材でガッとやる愉快な仕草!
わたしが観たかったヨーダはコレなんだよ!と、劇場で膝を打ちまくらずにはいられませんでした!
もしも、次回のエピソード9にルークが霊体として登場するのであれば、ついでにヨーダも出てくれていいんですよ!
なんだったらアナキンも出てきて、レンに直接ごめんなさいしちゃえよ! 
「わしがこじらせてたせいでごめんなさい」って!


観たかったといえば、レイとレンの共闘も本作で一番ガッツポーズを決めたシーンでしたよね!
そこに至るまで、ずっと遠距離恋愛みたいなことしていたんですよ。
「最初の出会いはサイアクだった・・・でも・・話すうちにわかったの・・・ アイツほんとはわるいヤツじゃないって・・・」みたいなアレね!! 「バカ女!」「バカ男!」(ただしどちらも目がハート)みたいなアレ!
誰に反対されても、自分だけは相手のことを信じたい。
そんな一心で敵陣に乗り込んでゆくのは、『ジェダイの帰還』のルークと同じ。
そして、一度は相手と相いれないものの、敵のボスに苦しめられていたら救いの手を差し伸べられるトコロも同じ。
敵味方の立場を超え、自分にとって大切な存在を守るため一緒に敵に立ち向かうのも同じなんですよ! これで燃えなくてなんで燃えろというのか!
鑑賞していたのが劇場にひとりだったら、立ち上がって拍手していましたよね! 
それぐらい興奮しましたし、正直、このシーンと惑星クレイトのルーク降臨シーンだけで、映画料金2500円の価値が充分にあったといっても過言ではない。(※前夜祭で観たので特別料金でした)

そもそも、ルークやレイア姫やハンの扱いには納得できない部分があったものの、今回の目玉はカイロ・レンとレイの関係性の変化でありまして、ロマンス小説の主人公みたいな描かれ方だったレイはさておき、カイロ・レンの登場シーンはすべてさいこうだったのですよね!!
父親まで殺したのに、「そのばかげたヘルメットをとれ」とか「ダースベイダーの再来だと思ってたけど買い被りだったな」とかスノーク師匠にボロカス言われて、挙句「なんだかんだいってルーク・スカイウォーカーが重要パーソン」って自分の存在を否定されちゃうレン。
そんな矢先、かつて自分をフルボッコにした勝気な女性レイと交流したことで、「いままでずっと年上のいうことに従ってきたけどろくなことになってない。 思い切って才能ある若者と組む方が将来性があるのではないか」という考えが芽生えたのではないか。 
ついでといっちゃあアレだけど、レイかわいいし。 
おっさんと組むよりやりがいありそうじゃないですか。 
生みの親を殺し、育ての親を捨て、師匠を斬ったカイロ・レン。
過去のしがらみをことごとく抹殺し、とっくに心の平穏が訪れていいはずなのに、いまだレンの心はライトサイドとダークサイドの間で千々に乱れています。
だって、レンはいつまでも孤独なままだから。

カイロ・レンに関して語られてきたこと。
幼いころからフォースの才能があった、スノークに目をつけられていた、ルークに指導してもらおうと思ったけど、既に手遅れだった、などは、すべて周囲の人の言葉なんですよね。
わたしは、今回レン自身がレイに語ったことがすべてだと思うのですよ。
親もとから離され、ジェダイの騎士になるべく日々修行に励み、さみしさを見せれば「ジェダイは感情をあらわにしてはいかん。ダークサイドに堕ちるぞ」と教育され、なんとか自分の心に折り合いつけて孤独に耐えていたある日、殺気を感じて目を覚ますと、そこには伯父で師であるルークが鬼の形相でライトセーバーを振り上げる姿。
鬼の形相だったんですよ。
ルークが実際どんな表情をしていたのかは問題ではないんです。
レンの目にはそう映った。 それが問題なんです。


レンは自分の力が正当に評価され、ただしい人生へと導いてもらうことを望んでいただけなのではないか。
みんなが勝手に期待し、勝手に慄き、勝手にさじを投げてゆく中、やっと現れ手を差し伸べてくれたのがレイだったのですよ。
その手を、レイの望む形で掴むには、あまりにレンの心は歪みねじ曲がってしまっています。
手を掴みたい。 でも、もう引き戻せない。

共闘を終え、「一緒に天下とろう」とレイに申し出た時のレンのすがるような表情。
「頼む」と絞り出すようにつぶやくレンを観ていたら、もうたまらんですよね! よっしゃわかった!おばちゃんでよかったらどこでもついてくで!
(ルンバなら操れるで!)

レンがダースベイダーに憧れた気持ち、わかる気がします。
大人の都合で母から離されひとりぼっちになり、ちゃんとしたジェダイ騎士になることを期待され、抑圧され、人生を制約され、いうこときかないとダークサイドに堕ちるぞと脅される。
レンとアナキンは似ている。
わたしにはふたりが、信頼していた大人たちに見放されて、心に壁をこしらえた、かわいそうな青年に見えました。
だからもうね、レイは一緒にいてあげたらいいんですよ! 方向性は違っても、もっと一緒の時間を過ごして、その中で逆影響を与えていけばいいじゃないですか! だいじょうぶだいじょうぶ、レイならできるって!

ただ、そう思えば思うほど、やっぱりレンがハン・ソロを殺さなければならなかった理由が、弱い気がするんですよね。
「過去を捨てる」とか「目的のためなら大切な人でも殺す」って言っていましたけど、まぁ、そうなんでしょうけど、殺っても殺ってもふっきれてないですからねぇ。 すげえ無駄に死んだ感がするんですよね・・・
スノークかファズマさんにその役を預けるのではダメだったのか。 
レンは救いも加担も出来なかった、という立ち位置で。
もしくは、どうしてもレンを親殺しにするのなら、いっそのこと、生まれ持っての純粋悪なんだっていうことにしてくれた方が飲み込みやすいですね!
めちゃくちゃ悪そうに、なんだったらライトセーバーべろべろ舐めまわしながら「オレは混沌より生まれし悪の落とし子・・・!」とかやってくれたら、「じゃあしょうがないな!」ってなりますよ! 少なくともわたしはね!


どうでしょうか。
わたしの複雑な気持ち、読んで下さったあなたに伝わったでしょうか。
『最後のジェダイ』はすきなところもかなしすぎるところもたくさんありすぎる、本当にすごい作品でした。

次回、霊体となったルークが出るのか出ないのか、そもそもあんな統制のとれていないファースト・オーダーがこのあと何年組織として存続出来うるのか、っていうか絶対早い段階で内輪もめするだろ、という心のざわざわと共にまた二年後をたのしみにしたいと思います。

最後に、我らが愛するプリンセスに心からの感謝を。





― おまけ ―

・ ポー・ダメロンとはなんだったのか。

・ ダメじゃないロンであることを存分に見せつけたオープニングシーン、レジスタンスのはねっかえりとしてプリンセスに心配されちゃう序盤シーン、他ならぬレイア姫が選んだ臨時代理を信用せず先走っちゃう中盤シーン、思慮の浅さが招いた数々の失敗から成長し、次世代のリーダーとしてのポジションを確立する終盤シーン。 きっと次回、ポーはレイア姫に代わりレジスタンスの指揮をとるのでしょう。 しかし、「なぜわたしを見るの?彼について行きなさい」というセリフはもともとあったのでしょうが、今となってはあまりに重い一言ですね。 

・ ローズ・ティコとはなんだったのか。

・ レジスタンス界の天童よしみ。 このよしみはとてもよく働くいいよしみですね。 「何者でもない誰かが歴史を変えてゆく」という本作のテーマを体現するもうひとりのヒロインでした。 「これ以上死んだ英雄はいらない」というレイア姫の気持ちとも重なる行動は、一瞬「おまえなにしてんねん」と思わずにはいられませんでしたが、フィンがあのまま特攻する様なんて観たくもありませんでしたし、もちろんあれで大正解なのですよね。 ありがとう、仲間を助けてくれてありがとう。 ホントにね、命あっての勝利なんですよ。 ただ、最後のキスは唐突すぎて「それいらんやろ」ってなりました。 そこキス、いりますか? とってつけたようにロマンス小説みたいになるの、なぜなんですか。

・ ハックス将軍とはなんだったのか。

・ 小物感がたまらない、本作のムードメーカー。 レンに消されないよう、ホントいつまでもがんばってほしい。 ただ、しょっぱなのギャグシーンはやりすぎだと思います。 ユーモアのあるシーンはたのしいけれど、行き過ぎるとコントになっちゃう。

(※ だいすきな動画ですけど、このノリを本編でやられるとちょっと違う気がします・・・)

・ ホルド提督とはなんだったのか。

・ 敵か味方かローラ・ダーン。 レジスタンスの紫ババアことローラ・ダーンさん、マジさいこう。 「もしかしたら敵に内通しているのでは・・?」と観客を惑わせるキャラクターであるためだけに本音を言わせてもらえなかった紫ババア。 ローズとは真逆にレイア姫がやってほしくなかった特攻で散ったりと、いまだ登場の必要性には謎が残ります。 でもいいんです。 ローラ・ダーンだから。

・ スノーク最高指導者とはなんだったのか。

・ 劇団スノークの看板役者。 「わしはなんでもお見通しじゃ」と高らかに笑いながら、その見通していたはずのレンくんにバッサリ斬られちゃう、本作最大のコント・シーンの主役。 今回初めて団員たち(赤備え)も活躍させてもらいました。 よかったね! 解散公演でしたけどね!

・ キャプテン・ファズマとはなんだったのか。

・ なんだったの??!!


・ テミリ・ブラッグとはなんだったのか。

・ フィンとローズが途中立ち寄ったカジノ、カント・バイト。 そこで奴隷として働かされていた子どものひとりがテミリ・ブラッグくん。 本編の最後、指にローズからもらったレジスタンスの指輪をはめたブラッグくんが、フォースを使う姿が映し出されました。 ブラッグくんはホウキをライトセーバーのように握りしめ、星がまたたく夜空を凛とした表情で見つめます。 彼が新たな希望であり、その希望はきっと彼ひとりではないのだろう、と一筋の光が差し込むようなラストシーンでした。

・ ミディ=クロリアンとはなんだったのか。

・ マ ジ で な ん だ っ た の ? ? ? ! ! !

・ わたしの認識の中では、フォースとは昔ヨーダが言ったように「あらゆるところに存在しているもの」だったので、正直ミディ=クロリアンが登場した時は度肝を抜かれました。 本作も、「血統主義からの決別」みたいに言われていますが、「え、もともとフォースって血族だけの遺伝なの?」っていう感覚があったわけで。 違いますよね? ジェダイ・オーダーって、みんな親戚なわけじゃないですよね? 才能を見染められたキッズが全宇宙からスカウトされてたんですよね?

・ そんな想いがあっただけに、今回レイが特別な出自を持たない普通の子だったことも、ブラッグくんがフォースを無意識に操っていたのも、当然そうあるべきことだと思いましたし、ミディ=クロリアンで手の届かないところにいってしまったものが再び戻ってきたようでうれしかったです。 きっと宇宙のあちこちにはたくさんのブラッグくんがいて、彼らはルーク・スカイウォーカーの伝説に憧れ、宇宙を救うべくレジスタンスとして立ち上がるのでしょう。 エピソード9は10年後ぐらいの物語になるのかもしれませんね。 レイア姫もまた、すでに伝説となっている近い未来で、ポー・ダメロンが率いるレジスタンスには若く正義心に燃えたフォースの使い手が集っています。 彼らをまとめるのはレイなのでしょうか。 ルークのもとからレンが連れ出したフォースの使い手たちと、新しきレジスタンス(反乱軍)たちの闘いが観られるであろうエピソード9。 静かに、その時が訪れるのを待ちたいと思います。

・ なにはともあれ、あと何回でも観たいぐらい心に残る作品でしたよ! わたしはやっぱりスター・ウォーズがすきです! 




過去の感想
『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』(エピソード7)
『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』(エピソード4の前に起きていたこと)



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すきもの主婦が選ぶ映画オールタイムベストテン 2017

2017年12月14日
大人気ブログ・男の魂に火をつけろ! 様による年末恒例企画、「映画ベストテン」。
2007年の「オールタイムベストテン」から今まで、多くの映画ファンやワッシュさんのブログのファンが思い思いのベストテンを投票し、毎年さまざまなジャンル別ベストテンが選ばれて来ましたが、今年は10年という節目を迎えられたということで、再びオールタイム・オールジャンルのベストテンをあげてみようじゃないか、という運びとなったそうです。

と、いうことで、ここ数年タイミングが合わず気づいたら投票締め切り後だった、ということの多かったわたしも、今年はなんとか参加させて頂ければ・・と思った次第ですよ! どういうことだよ! そういうことだよ!


改めまして、以下がマイ・オールタイム・ベストテンです。
過去にジャンル別ベストで選んだことのある作品も混じっており、正直、毎回同じ作品ばっか選んでねえかオレ・・?という気持ちもなくはないのですが、ここは細かいことは一切気にせず、「いかに自分がその作品から影響を受けたか」「定期的に摂取せず(観直さず)にはいられないほどすきである」を基準に、これぞわたしのオールタイムベスト!という10作品を挙げてみました。 ご査収のほど、お願い申し上げます。



  1. インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説(1984年日本公開)
  2. グーニーズ(1985年日本公開)
  3. ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還(2004年日本公開)
  4. スター・ウォーズ エピソード6 ジェダイの帰還(1983年日本公開)
  5. ゾンビ(1979年日本公開)
  6. ウェスト・サイド物語(1961年日本公開)
  7. バック・トゥ・ザ・フューチャー(1985年日本公開)
  8. グレムリン(1984年日本公開)
  9. 恋人たちの予感(1989年日本公開)
  10. パラノーマン ブライス・ホローの謎(2013年日本公開)







『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』(1984年、アメリカ、スティーヴン・スピルバーグ監督)
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アクション、アドベンチャー、ユーモア、ロマンス、オカルト、適度なグロ、キー・ホイ・クァン、と映画に必要なものがすべて詰められた完璧な作品。
中だるみのシーンは一切なしの、ノンストップ娯楽作。
インディとショーティの関係には親子・師弟・バディとしての愛情も込められており、高飛車ウィリーとのロマンスにいまひとつノレなかった人もそっちで大満足できることうけあいです。
御大スピルバーグの天才的な画作りも、巨匠ジョン・ウィリアムズの音楽も最高オブ最高。
インディ・シリーズはレイダースも最後の聖戦も大傑作ですが、人生で一番影響をうけたといっていい本作がオールタイム・ベストワンです。


『グーニーズ』(1985年、アメリカ、リチャード・ドナー監督)
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魔宮の伝説が完璧な作品なら、こちらもわたしにとっては完璧な一本。
小学6年生だった年の暮れ。 たくさんの人でごった返す劇場内。
友だちとはぐれないように、母にもらったお金を落とさないように、と気をつけながら席に着くと、徐々に暗くなってゆくスクリーン。
画面に浮かび上がるドクロ。カメラがドクロの目に吸い込まれてゆくと、スピルバーグとドナーの名前。
いまでもあの瞬間の心臓のドキドキは忘れられません。
子どもが憧れた「冒険」のすべてがそこにあり、しかしそれは単純な「遊び」ではなく、大人でもどうにもできないような「生活に関するのっぴきならない事情」を大人に代わって子どもたちが回避するための「戦い」でもあるという。この優れたドラマ性。
「はみだしもの」たちが見せる一発逆転劇に、彼らと同年代だったあの頃も、親かそれ以上の年齢になった今でも、同じように胸が熱くなります。
心の中では『魔宮の伝説』と同率ナンバーワンですし、もしも年代性別問わず誰かに一本自分の一番すきな映画を紹介するとするならば、わたしは『グーニーズ』を選びますね!


『ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還』(2004年、ニュージーランド・アメリカ、ピーター・ジャクソン監督)
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『旅の仲間』も『二つの塔』も最高ですが、どれか一本選ぶならわたしはやっぱり『王の帰還』。
王である以前に、小さい人たちの勇気と決意と覚悟に人生観を変えられた馳夫さんとして、勝ち目のない闘いにのぞむアラゴルン。
おのおのの能力を認め合い、種族間に存在し続けてきた遺恨を二人でぶちこわしたレゴラスとギムリ。
ホビット庄での平和な日々とはあまりにかけ離れた、血なまぐさい戦闘に放り込まれ、人間たちの愚かさや弱さに翻弄されながらも、友だちの使命を支えるため奮闘するメリーとピピン。
死にかけたおかげでツヤツヤストレートヘアを手に入れたガンダルフ。
報われない愛を指輪にそそぐゴラムとスメアゴル。
その他のみんなもホント最高。エオウィンもファラミアもエオメルもセオデン王もみんな最高。何度観ても、後半ほぼ泣きます。
フォー・フロド!


『スター・ウォーズ エピソード6 ジェダイの帰還』(1983年、アメリカ、リチャード・マーカンド監督)
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ルークのかっこよさなら『新たなる希望』、ハンソロのかっこよさなら『帝国の逆襲』、毛玉ちゃんのかわゆさなら『ジェダイの帰還』ということで、シリーズ3本の中で一番繰り返し観た『エピソード6』を選んでみました。 
後悔はありません。
毛玉ちゃんを差し引いても、レイアがジャバ・ザ・ハットにエロい恰好をさせられたり、砂漠で派手な闘いがあったり、ヨーダが成仏したり、森の中でのスピーダー・バイクを使ったチェイスがあったり、ハンソロがこんがり焼かれそうになったり、ルークとベイダー卿が親子でタッグを組んだりと、かなり盛り沢山かつ見どころの連続みたいな作品だったと思いますね。
ちなみに、特別篇はわたしの中でなかったことになっていますので、評価はあくまでオリジナル版の『ジェダイの復讐』に向けたものです。


『ゾンビ』(1979年、イタリア・アメリカ、ジョージ・A・ロメロ監督)
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死ぬまでに一度は行ってみたいモンロービル・モール。


『ウェスト・サイド物語』(1961年、アメリカ、ロバート・ワイズ監督・ジェローム・ロビンズ監督)
ウエスト・サイド物語
ミュージカル映画もだいすきなので、どうしても一本いれずにはいられない。
でも、一本には絞れない。さあどうしよう、とだいぶ考えたのですが、迷ったときは、一番繰り返し観た作品を選べ、ということで『ウェスト・サイド物語』です。
天才バーンスタインの音楽も最高、ジェローム・ロビンズの振り付けも最高、俳優たちの迫力あるダンスも最高、社会風刺の込められた悲劇的なストーリーも最高。
本作のトニーとリフは、数十年後に『ツインピークス』の住人としてカムバックしました。色んな意味で感慨深いです。


『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985年、アメリカ、ロバート・ゼメキス監督)
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マーティとドクとデロリアン。
今さらこの傑作について何を言えばいいというのか。
「映画」の喜びがそこにある。


『グレムリン』(1984年、アメリカ、ジョー・ダンテ監督)
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世にクリスマス映画は数あれど、わたしの中で不動の一位はこれ!『グレムリン』!
モグワイの凶暴なまでのかわいらしさと、グレムリンたちの邪悪な立ち振る舞いが幾重にも層になった、娯楽のミルフィーユのような傑作ファンタジー。
最終的にはグレムリンもかわいいなぁと思えてきます。 一緒に映画館でハイホー歌いたい!
ただし、小動物たちの心癒される光景に油断していると、フィービー・ケイツの地獄のクリスマス話に横っ面を張らますので、くれぐれもお気をつけください。
キー・ホイ・クァン(ショーティ)を模した少年が出てきたり、スピルバーグがカメオ出演していたり、悪魔のいけにえリスペクトなチェーンソーが出てきたり、隅々まで楽しさが詰まっています。
わたしが本格的に映画をすきになったきっかけの作品です。


『恋人たちの予感』(1989年、アメリカ、ロブ・ライナー監督)
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男女間の友情は成立するのか?をテーマに、美男美女でもない、お金持ちでもない、特別に不器用なわけでもない、ごくごく「ふつう」の男女の10数年間を描いたロマンティック・コメディ。
もうね、わたしはこの作品がだいすきなんですよね。
たぶん恋愛映画の中で一番すきだと思います。
どこを切り取っても絵になってしまうニューヨークの景色、ステキな音楽、メグ・ライアン史上最もキュートなメグ・ライアン、通じそうで通じないふたりの気持ち、最高にモジモジします。
心の栄養補給にぴったりです。
男女間の友情、って日本のドラマや漫画でも一時期流行った気がしますが、ずっと一緒にいるカップルの間にあるのって、恋愛感情だけではなくなると思うのですよね。
すきという気持ちと同じぐらい、助け合いたいとか笑い合いたいという気持ちもあって、それはとても友情に近いもので。
パートナーのことを「一番身近にいる親友」と呼べるのって、幸せなことなのだなぁと、この歳になるとしみじみ思うのでありますよ。


『パラノーマン ブライス・ホローの謎』(2013年、アメリカ、サム・フェル監督・クリス・バトラー監督)
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ストップモーションアニメーションの金字塔。
もしも、まだ観たことがないという方がおられましたら、どうかわたしにあなたの92分間を預からせてください。
きっとどこのお店にも置いてあるはずです。
ソフトを手にとり、デッキに入れ、お気に入りの飲み物を用意し、画面に映し出される物語に耳と目と心を傾けてみてください。
手書きでもCGでもなく、一コマ一コマ気の遠くなるような作業の積み重ねによって作られた繊細な物語は、きっとあなたの感情を揺り動かしてくれるはずだと、わたしは信じています。

以前書いた感想・・『パラノーマン』





年代を見て頂ければわかるように、ほとんど1980年代になってしまいました。
まぁ、しょうがないですよね。 
一番多感な時期に観た作品ほど、一番影響を受けるものですし、なによりも深いところに刻まれるものですよ。
それにしても、毎回思いますが、すきな映画を10本に絞ることも難しさよ・・。
過去に選んだことのある作品を極力除いてもこれですよ!
できることなら、最近観た作品の中でピカイチだった『新感染』やキャプテン・アメリカ3部作、欧州ホラーや韓国のえげつないやつとかも入れたかったです。 

また十年後ぐらいに考えたとき、80年代の作品を外さずにはいられないほどのめりこめる作品に出会えているといいなぁと思います。
それではワッシュさん、集計の方大変かとは思いますが、どうぞよろしくお願いいたします!



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