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『マイティ・ソー バトルロイヤル』

2017年11月30日
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あらすじ・・・
アベンジャーズのマッスル担当ことソーとハルクが、乱闘したり、兄弟ケンカしたり、乱闘したり、場外乱闘したり、姉妹ケンカしたり、乱闘したり、またまた大乱闘したりして、気づいたら最終的にラグナロクします。


■ 「すべての神々の父にしてアスガルドの王」と書いて「ポンコツじじい」と読む、クズ親父オーディン伝説ここに完結!

オディン
(※ みてくださいこの小憎たらしい清々しい表情!)

シリーズ第1弾では「肝心な時にお昼寝タイムに突入する」という一国の王として致命的な失態を、シリーズ第2弾では「トラブルに巻き込まれて弱っている息子の嫁(正確には恋人)をねちねちとイビりまくる」という神々の父に似つかわしくない不寛容っぷりを披露してきた、我らが雷神ソーのおとうさん・オーディンさん。
原作コミックでもこんな感じにポンコツなのか、映画版でのみのクズ設定なのか、はたまたわたしが「えらそうなじじい」を受け入れられないだけなのかは定かではありませんが、とにかくこれまで『マイティ・ソー』という映画を観てきて、わたしが「オーディンすげえじゃん」「オーディンやるじゃん」と思ったことは皆無に等しく、「めちゃんこ偉大なんやで」と言われても全くそのすごさを実感できないことに定評がありすぎて困っていました。
さすがにそろそろ汚名挽回してほしい。
ガラクタ呼ばわりしてきた今までの非礼を詫びさせてほしい。
そんな想いを抱きつつ迎えた『マイティ・ソー』シリーズ第3弾。 
オーディンさんは過去最高にオーディンでした。 

今回明らかとなったオーディンのやらかし記録をざっとご紹介すると、たとえば「アスガルドや地球を含む9つの世界を平和に保ってきたけど、そもそもその平和は血みどろの略奪と征服の末に得たものだった」とか。
「いろんな世界から奪ってきた黄金で豪華絢爛キンピカの宮殿を建設」とか。
「ソーは第一子ではなくその上に長女であるヘラがいたけど、今まで一度も会わせてあげたことがなかった」とか、「なんで会わせなかったかというと、ヘラを牢獄に閉じ込めていたから」とか。
「なんで閉じ込めていたかというと、腕っぷしが超強かったヘラの才能に目をつけ、世界征服の切り込み隊長として重宝したものの、徐々にヘラの攻撃性が疎ましくなってきたから」とか。
「長女の存在をなかったことにして、長男と養子の次男を「よっ!次期国王!」ってその気にさせて育ててきた」とか。

なんかね、ある意味すごいですよね。
王としてもいろいろどうかと思いますけど、父親としてトバシすぎなんですよ。 毒親っぷりが半端ない。
初めて授かった娘を、自分専属の処刑人に仕立てあげて世界各地でめちゃくちゃ殺生させまくっておきながら、気が済んだら都合勝手に「もう殺すのやめなさい」ですよ? 「平和が一番だよ」って、おまえそれどの口が言ってんの?って話じゃないですか。
当然娘は「いまさら暴力を抑えられない」って言いますよね。 
だって、生まれてこのかた暴力しか求められてこなかったんですよ。「なに言ってんのおとうさん、もっとやろうよ」って言うじゃないですか。「9つなんてちっちゃいこと言わずに、手の届く限りの世界を全部支配しちゃおうよ。大丈夫、あたしがみーんな、ころしてあげるから」って。 
なんつう哀しい世界ですか。 誰がこんな風にしちゃったんですか。 
おいそこのポンコツじじい、おまえだろ。

考えてみれば、前作『ダーク・ワールド』でもオーディンは暴走した息子・ロキに「おまえなんか死ねばよかったんや」とか「殺さないだけありがたいと思え」とか散々ヒドイこと言って、一生地下牢獄に閉じ込めておく宣言してましたよね。
長女・ヘラの時から、オーディンの子育て法は変わっていなかったのでしょう。
自分の手に負えなくなったら牢獄に閉じ込める。 それが父の温情。 
アスガルドのみなさんは気をつかって誰も言わないみたいなんでわたしが言いますけど、ばーか!おまえばーか!! 

最後の最後にきて、今までの「お昼寝タイム」や「嫁イビリ」がかわいらしく思えるようなクズっぷりをお見舞いするんですから、マジたまんないですよね。
成仏シーンも、「神様パワーでかろうじてヘラを封印してきたが、命が尽きるとともに抑えきれなくなり復活されてしまった」、と受け取るべきなのでしょうが、わたしには「おっかない娘にボッコボコにされそうなので、わし一足お先にドロンしますね!あとはよしなに!」みたいにしか観えませんでしたよ。 同情?! 湧かない湧かないそんなもん!

ソーは、地球へオーディンを追放したロキを責めていましたが、いや、たしかにその空白の2年間でオーディンの封印力は低下し、ヘラ復活への準備が整ってしまったところはあるのかもしれませんが、そもそもロキの変装に気づかない神々の父ってどうなん?っていうね。 
わたしは声を大にして言いたい! 全知全能設定どこいった! 
ポンコツじじいは前回もダークエルフの復活に気づいてなかったんだし、ロキちゃんだけ責めるのはフェアじゃないですよ兄上!
結局、意識が戻り地球の見張り番であるドクター・ストレンジさんから「おとうさん、そろそろアスガルドに帰ったらどうですか」とやんわり促されても「放浪してる方がいいんだよね、わし・・」って拒否してたみたいですし、なんかもういろいろ諦めちゃってるのかな?としか思えません。
息子たちに道を譲るっていったら聞こえはいいですけど、わたしから見れば諦めですよ。
どちゃくそ怒って自分を恨んでいる娘に許しを請う勇気がない。 説得する自信もない。 闘う体力も残ってない。 
おねえちゃんにトンカチを粉砕されて気弱になっているソーが、「わたしはあなたほど強くない」と吐露した時、草葉の陰から「いんや・・おまえはわしより強いぞえ・・」とエールを送るシーンがありましたが、観ているほとんどの人が「知ってる・・・」って思ったんじゃないでしょうか。 うん・・たぶんソーの方が強いよね・・・ っていうかオーディンほんとに強いのか・・

娘が来たから消えたのか、娘が来そうだから消えたのか、奥さんに先立たれてふんばる気力がなくなったからなのか、とにかくオーディンさんは傍らに寄り添うかわいい息子たちに見守られ、とんでもなく大きな宿題を残しとんでもなく美しく散りました。
「お前たちを愛しておるぞえ・・・」と言い残したオーディンさん、さぞかし気分がすっきりしたことでしょう。 
そこにはさんざんやらかした息子ことロキちゃんも含まれているのですから。 
最後に「いい父親」ができてよかったね。 嫌味みたいに聞こえたらごめんなさいね。 半分ぐらいしか嫌味のつもりないから、安心してね。(半分は入っているのか) 
いやぁ、ポンコツじじいの名に恥じない、立派な最期でした!


■ 『マイティ・ソー バトルロイヤル』はみんなが成長するとてもいいお話しでした!

とうちゃんについて熱心に文句を書きすぎたので、ここからはサクッと行きますね!

陽気なテンション、ゴキゲンな音楽、ポップな舞台美術、軽妙なセリフの応酬、と過去のMCU作品の中でも1・2を争う娯楽作に仕上がっていた『バトルロイヤル』。
しかし、「軽さ」だけではない、というか、「軽さ」の裏でものすごくしっかりとしたドラマが描かれていたところも、わたしにはとても印象的でした。

今回、ヘラによって相棒ともいえるムジョルニア(a.k.a.トンカチ)を破壊されてしまったソー。
誰にも持てないし、なににも壊されないことが自慢だったのに、そのあっけなさといったらまるで紅茶に入れた角砂糖のごとく。
そうでなくても「悪いけどおねえちゃんはおまえらよりめっちゃ強いやで」と父親に脅されていたのに、リアル百聞は一見に如かず状態に直面してしまったソーは、完全に自信をうしなってしまいます。
しかし、アスガルドを支配下に置き、親しい友人や大切な民を追い詰めるヘラの姿を前に、ソーは再び立ち上がる。
ここ、ひとりで立ち上がるのではないのですよね。 
誠意ある言葉で、自らの態度で、いろいろな人を味方につけるソー。
わたしは、「この人のためになんとかしてあげたい」と思わせるのが真のリーダーなんじゃないかと思うのですよ。
「この人のためなら」「この人となら」とみんなが信頼を預けられる。 
頼もしさって、そういうことなんじゃないでしょうかね。
そして、「トンカチトンカチって、いつまでへこんでんねん! おまえはトンカチの神か!」と偉大な父に草葉の陰から励まされたソーは、ついに本当の力に目覚めます。
トンカチのこと、そして国を追われそうになっていたアスガルド民のこと。
大切なものは形に宿るのではなく、魂にこそ宿るのだと、最後の最後に示してくれたオーディンのアドバイスはほんとナイスでしたね!
そういうの、もっとほしかったなぁ! 出来れば生前に!!

真の雷神としてのパワーに目覚めたソーが、「移民の歌」をバックにサンダーボルトをバッキバキにお見舞いするシーンのかっこいいことと言ったらもうね・・・。
オープニングの戦闘シーンと同じ曲を使い、しかしオープニングでは持っていたトンカチを持たないまま、オープニング以上の強さを魅せるソー。
これぞ我らの王子さまですよ・・・ありがたや・・・!

ソコヴィアでのウルトロンとの闘いの途中、クインジェットで地球から飛び出し、巡り巡って宇宙の辺境の星・サカールへと辿り着き、そこで2年もの間バナーに戻ることなく剣闘士として過ごしていたハルク。
どうしてハルクはバナーに戻られなかったのか。 もう、そこには怒りはなかったはずなのに。
だってね、地球にいる限り、自分は人々の恐怖の対象なんですもんね。
バナーとしては見てもらえず、忌むべき緑の怪物としてしか見られない場所に戻りたいわけないですもん。 いや、戻れるわけないですもん。
一方、サカールでなら、ハルクの圧倒的な破壊力は憧れの対象。
どんな相手でも一ひねりで倒してしまう無敵のチャンピオンは、サカール民のアイドル。
バナーに戻り、針のむしろのような地球でもしかしたら囚われの身として生きるのか、ハルクのまま、サカールで人々から求められ愛され生きるのか。 
本能的に後者を選んだバナーの心境を思うと、めちゃくちゃつらいです。
本当なら、人が誰しも二面性を秘めているように、ハルクとバナーはひとりの人間の中の一部であって、そのどちらともが同じように認められるべきなのに・・・  スカーレット・ウィッチを操ったヒドラがホントに憎い!ドクター・ストレンジの巻き戻し時計でズルムケ中年(a.k.a.レッドスカル)のトコに戻れるなら、わずかに残った頭皮もぜんぶむしりとってやりたい!!
そして、そんな「平穏な日々」を選んだバナーが、仲間のため・・・というよりは目の前で困っている人たちのため再びハルクへ変身するシーンの熱いことと言ったらもうね・・・! 
今までは求められて変身していたのが、今回は自ら捨て身の覚悟で変身したというトコロに燃えずして、なにに燃えろとというのですか・・・! ハルク、さいこうです!

ロキちゃんも、今回はずいぶんとこざっぱりとした表情で、いつも以上に飄々としていましたけど、あれはきっと、おとうさんと離れたからなんじゃないかと思うんですよね。
「偉大で尊大な父」をかどわかせたのは王座を奪うためだったのでしょうが、結果としてロキちゃんはずっと頭の上にあった重石、「兄を支える弟としてちゃんとしないと」「拾ってもらった身なんだから恩義に報いないと」「永遠の二番手」みたいなやつから逃れることができたのですよ。
あれだけ悪巧みの限りを尽くしてでも手に入れたかった王座ですよ? 
どんだけすごい野心を抱いているのだろう・・? と思うじゃないですか!
なのに、王様をやってた2年間、ロキちゃんがやってたことっていったら、自分のでっかくてイケメンの像を建立するとか、自分を称えるお芝居をロングランするとか、きれいどころをはべらせてのんびりするとか、平日の昼間っからゴロゴロするとか、え?マジでそんなことでいいの?!という感じの悠々自適なスローライフなんですよ! たのしそうでいいなおい!
もしもね、野心むき出しで、たとえばオーディンを自分がされたように地下牢獄に閉じ込めるとか、宿敵の手に渡しちゃうとか、そういう非道なことの末に手に入れた王座だったら、そのままギラギラ街道一直線だったと思うんです。
つらい記憶(我が子に裏切られたこととか奥さんが亡くなったこととかまんまと敵に宮殿をぶっ壊されたこととか)を消されて地球の老人介護施設に放り込まれるという、ある意味オーディンにとっては幸せなのかもしれない仕打ちを処すことによって、ロキちゃんも罪悪感に苛まれることなく、偽オーディン生活をエンジョイできた。
ソーにとっては「なにやっとんねん」という裏切りだったでしょうが、ロキちゃんとオーディンにとっては必要な距離と時間だったのですよ、きっと。
オーディンの最期の瞬間、「おまえたちふたりを愛している」と告げられたロキちゃんはハッとした表情になりました。
兄だけを愛していると思っていた、兄だけを息子だと思っていたはずの父の言葉は、もしかしたら最後の最後に立つ鳥跡を濁さないためのきれいごとだったのかもしれませんが、ロキちゃんの呪縛を解くには充分だったのではないでしょうか。
もうロキちゃんは兄上に張り合わなくていいんですよ。
よかったね、ロキちゃん。 ずっとつらかったね。

王を守る精鋭部隊でありながらヘラに仲間を全滅させられ、「ひとりおめおめと生き残ってしまった」という呪縛にずっと囚われて生きてきたヴァルキリーにも、変化の機会が訪れました。
「大義」を「お金」に変え、周りに軽蔑されるような卑しい人間になり下がらなければ、自分の罪悪感や無力感に耐えられなかった彼女が、なんの因果か過去に忠誠を誓った王の継承者と出会い、尊厳を取り戻すため再び伝説の剣・ドラゴンファングを手にとるに至る様は、コミカルな色調に彩られていても尚、とても気高く見えました。
花火を背に敵を蹴散らす酔いどれ戦士。 
まさかここにきて、MCUにこんなに魅力的なニューヒロインが誕生しようとは・・・ まったく油断のならないやつらだぜ・・・!

サクッと行きますといいながら、なんだかんだで長々書いてしまい申し訳ない。
とにかく、キメるところは決め、笑わせるところはきっちり笑わせる、とても優れた作品だったと思います。
ユーモアとシリアス、どちらに偏ることもなく、エグイことをおもしろいと思わせつつさらっと描いてしまった快作『マイティ・ソー バトルロイヤル』。
MCUの奥深さをあらためて見せつけられた気がします!
今回のテンションがどこまで『インフィニティ・ウォー』に影響を与えるのか、非常にたのしみですね!

■ 追記!

・ あざとくてもいい!計算高くてもいい!まんまと手の上で転がされているでもいい!とにかくロキちゃんがかわいいならそれでいいんですよ!!!わかってくださいよ!!!!

・ ニューヨークでのスーツ姿、30分間落とされ続けてプンスカ起こる姿、サカールでグランドマスターに気に入られ悠々自適なニート生活を送る姿、花瓶のようなものをぶつけられる姿、「みんなおまたせ!救世主だよ!」って船から降り立つ姿(しかも自分が作らせた像と同じポーズで)、過去のシリーズとは違い、まるで憑き物が落ちたかのような生き生きとした顔芸をみせるロキちゃんのお姿、しっかと堪能させていただきました! ありがとうございました!

・ 中でも兄上絡みのシーンはどの表情もさいこう! クライマックスの、真のかみなり様パワーに目覚め「とりゃー!」って降臨する兄上を見上げて、誇らし気にニヤリと笑うロキちゃんは、ホンマにおにいちゃんだいすきっ子なんやなぁ!

・ この兄弟のファンとしては、どれだけロキちゃんの壮大なしでかしを見せられようとも、「いつか確執を捨てわかり合ってくれる日が来るのではないか」、とずっと待ち望んでいた気がするんですよね。 その日がやっと訪れたのですから、心ゆくまで泣かせてくださいよ・・・

・ なにかを成し遂げたいけど、自分になにができるのか、なにをすればいいのかわかっていなかったスカージが、長いものに巻かれる人生に終止符を打つ「デストロイ・シーン」もマジさいこうでした! 『ロード・オブ・ザ・リング』だいすき人間なので、「フォー・アスガルド!」のシーンは黒門の前の「フォー・フロド!」を思い起こさせて涙腺崩壊でしたよね!ね!エオメルですもんね!

・ クインジェットのパスワード入れるとき、「ゴッド・オブ・サンダー」とか「ストロンゲスト・アベンジャーズ」とか色々言ってみてもはじかれて、スターク社長に毒づいていた兄上が、ためしに「ポイント・ブレイク」って言ったらパスワード解除されて、頭にくるよりうれしい方が勝っちゃってニッコニコになってるの、ばか可愛い・・・! 兄上の素直さは宇宙の宝やで・・・

・ 「移民の歌」ありきで脚本が作られたのか、脚本の内容から「移民の歌」が選ばれたのかは知れないけれど、少なくとも今後当分の間は「移民の歌」を聴くたびに兄上の姿が浮かぶと思う。 ・・・と鑑賞後思っていたら、どうやら本作のタイカ・ワイティティ監督は最初からこの歌を念頭に置いていた、というかむしろなんで今まで使ってなかったの?と不思議だったのだそう。 ホント、ピッタリでしたね!

・ Bで始まるワードとして「ブサイク」が挙げられていたんですけど、外国でも通じるの? っていうかあの日本語設定どこから?

・ そういえば、ロキちゃんも一回「グランドマスターさん」って言ってた気がするんですけど、気のせいですかねぇ・・。 サカールに日本文化が伝わっているのか、はたまた人種のるつぼなだけなのか。

・ とにかく「わーたのしいー!」なノリで駆け抜けていった感のある本作ですが、裏ではまあまあ鬼畜な所業をさらっとこなしていましたよね。 ハルクは「二度とバナーに戻れないかも」とか言ってたし、ウォリアーズ・スリーは瞬殺(うちひとりはセリフすらなし)だし、アスガルドは木端微塵だし、トンカチは粉々だし、兄上隻眼になっちゃったし、ホントこれ今後どうするつもりなんだろう・・・? 

・ 「おいワイティティ!とんでもないことをしでかしてくれたな!」と思わなくもないですが、アメコミのワンダーな世界なら色々なことが可能になるはずなので、誰かがなんとかしてくれるのではないでしょうかね! ほら、たよれる魔術師もいますし! トンカチ、ちゃちゃっと直してもらいなよ!




関連感想
『マイティ・ソー』(シリーズ1作目)
『マイティ・ソー/ダーク・ワールド』(シリーズ2作目)




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「初めての育児は大変」なんかじゃ全くなかった人に対して抱いてしまう感情について考えてみた。

2017年11月27日



Twitterを見ていたら、この記事に対して「これを読んで腹が立ったのは私だけ?赤ちゃんのために色々調べたり準備したってうまく行かないことも多いのに…こんな風に腹がたつのは間違ってる?」とつぶやかれている方がいたのですよ。
で、もういてもたってもいられなくてですね。 
ブログの編集画面を開いたわけですよ。

間 違 っ て い な い で す よ ! !

と、ひとこと書きたくて。


でまぁ、書いたので終わりにすればいいのですが、なぜそう書きたくなったのかを以下に記してみます。
育児話に興味がない方は、ここでお別れしましょう。
興味はないけど時間を持て余しているという方、もう少しおつきあいください。


とにかく、なにがどうなっているのかと思い、もととなっている記事を読みました。
ざっくりまとめるとこんな感じです。
① 出産前、先輩ママから「大変だ」「なにも出来なくなる」と散々言われていた
② いざ産んだらめっちゃ楽だった
③ 家事も外食も超余裕
④ 生活を赤ちゃんのリズムに合わせればいいだけ
⑤ 子どもが可愛すぎて毎日一緒にいたいから、友だちと遊びたいとか思わない
⑥ 情強なので授乳トラブルとも無縁
⑦ 在宅ワークなので出産前後変わらぬ働きっぷりを実現

まあね、「そりゃよかったね!」って話ですよね! 
全身全霊で祝福したいです!
これ、イヤミでもなんでもないんですよ! ホント、世の中から育児に苦労するおかあさんがいなくなれば、それ以上しあわせなことなんてないですからね!

ではどうして、これを読んだ方の中に「おいおいおい・・・」と負の感情がこみ上げてきてしまう方がいらっしゃるのか。
理由は簡単です。 文章がいちいちケンカ腰だからです。
さきほどのまとめに、それぞれのアンサーを書き足すと
① 出産前、先輩ママから「大変だ」「なにも出来なくなる」と散々言われていた 
→ 「あの謎の脅しはなんだったのだろう」と、もらったアドバイスを脅し扱い

② いざ産んだらめっちゃ楽だった 
→ 「大変大変って言うママさんは自分のペースを貫こうとしすぎだなだけ」と相手の生活を見てもいないのに勝手に断定

③ 家事も外食も超余裕 
→ たまたま泣かないタイプの赤ちゃんだったから実現しているパラダイスを、さも当たり前のように表現

④ 生活を赤ちゃんのリズムに合わせればいいだけ 
→ 主張としては②の繰り返しになるけれど、パワーワード「要領が悪すぎるのでは」が登場

⑤ 子どもが可愛すぎて毎日一緒にいたいから、友だちと遊びたいとか思わない 
→ 遊びたいと思うか思わないかは子育てという現実から逃避したいかしたくないかということとも関連があるので、どっちだろうと責められるいわれなどないのに「こんなに可愛い時期なのに、そもそも友達と遊びたいか? と思う」と余計な呪詛を追加

⑥ 情強なので授乳トラブルとも無縁 
→ 「正しいやり方をしたり、必要な準備や手配をすれば、全然そんなことにはならない」と、暗に「情弱なおまえらがダメなだけ」宣告

⑦ 在宅ワークなので出産前後変わらぬ働きっぷりを実現 
→ 授乳の時間を情報のインプットにあてたり、生産性を高めることは可能、とあくまで手のかかっていない状態だから出来ることを、まるで誰でも出来ることであるかのように突きつける

これですね「おわー!こりゃでっけえ釣り針だなぁ!」と野沢雅子さんボイスで叫ぶことも可能だと思うのですよ。
でもわたしは、炎上目当ての煽り記事ではなく、この方は本当に純粋な気持ちで「なんでみんなこうしないの?」と無邪気な疑問を抱いているのではないかという気がするのです。
たまたま出先で泣かない赤ちゃんだった。 
たまたま夜泣きにも苦労しない赤ちゃんだった。 
たまたまおかあさんのおっぱい具合と赤ちゃんの飲むペースがマッチした。
この方の出産・育児にたくさんの「たまたま」が重なって起こった奇跡。 
その幸運をそうでなかった人に「当たり前」として突きつけるのは、時に、単純な言葉で罵倒するより傷つけることがあるのだと、この筆者さんは気づいていないのではないでしょうか。

「成長する瞬間をもれなく目の当たりにしたい。一つも見逃したくない」? 
もちろんそうですよ! 
赤ちゃんがかわいくないわけがないじゃないですか。 
ずっと見ていたいですよ。 
でもね、耳鳴りがするほどの鳴き声をずっと聞いていると、「あ、やべえ、これ心が壊れるぞ」って瞬間があるんですよ。
ゆるウンの猛攻と肌着の洗濯乾燥とのせめぎ合いに疲れ切る瞬間があるんですよ。
そうそう布団が乾く時期じゃねえぞ?って瞬間があるんですよ。

「自分のペースを貫こうとするのだろう、夜に寝て朝に起きることにこだわるんだろう……」?
そんなのとっくに諦めてますよ!
諦めた上での寝不足って、現実あるんですよ。

「赤ちゃんが眠っている時に自分も一緒に眠れば、最大で20時間近くは眠れる」?
実際に出来ることと、数字上可能なことをごっちゃにして話すとロクなことにならないって、じっちゃん言ってた!

「赤ちゃんは理由もなく泣いたりしない。理由はある。それがわかれば、そこに対しての対策が打てるから、外食もできるし、人前で泣かれてどうしようもなくなることもない」?
どれだけ対策を講じても、どれだけ必要な準備をしても、どれだけ赤ちゃんのことを第一に考えがんばっても、なにも通じないことってあるんですよ!
言葉の通じない生き物ですから、むしろ対策なんてないと思った方がいいとわたしは思います。 事実、どんな赤ちゃんにでも使える対策なんてないですし。
その子その子に合わせて臨機応変にやるしかないし、社会もそのように理解してくれれば、「出先でギャン泣きされておかあさんが周囲に平謝り」みたいな光景もなくなるんじゃないですかね。
少なくともわたしは、この記事を読んで「対策、できるんじゃないの?」なんていう人がいたら、それがどれだけ間違っているか全力で説明します。 「もういいです」って言われるまで説明します。

「わたしは楽でした!」だけの記事なら、読んだ方も「よかったね!」で済んでいた。 
そこには幸せな世界が広がるはずだった。
けれど、「幸運」を「当然」として紹介し、あまつさえ「要領が悪いだけ」と実際試行錯誤してがんばっているおかあさん方を切り捨てるような言葉をつかってしまっていたこの記事。
腹が立ちますよね。 
わかっているし、やっているし、それでもダメだし、だけど子どもかわいいからしんどくてもなんとか乗り越えてるっていうおかあさん方には、思う存分腹を立てていただきたいです。

すごい他人事みたいな書き方していますが、わたしも10年ぐらい前だったら「おいおいおい・・・・?!!」って前のめりになっていたと思います。
なんだったら泣いてました。 きっとそうです。

これはあくまでわたしの想像ですが、この筆者さんは、妊娠中のたのしさや不安が入り混じった時期に、お知り合いのおかあさん方から苦労話をたくさん聞かされたのですよね。
赤ちゃんが出来てうれしいのに、入ってくるのは「大変だよー乳も詰まるよー自分の時間なんてないよー」というネガティブな情報ばかり。
筆者さんは、経験談の数々を「出産」という一大イベントにかけられた呪いのように感じた。
この記事は、それに対する呪詛返しなのではないでしょうか。
ただし、ネガティブな経験談ではなく、ポジティブな成功談という形での呪詛返し。
モロに喰らわないよう目を背けるか、「よかったね!」と白目をむいて泡を吹くか、「うっせえな!」と毒を吐き、この方のことを忘れましょう。 
それでいいんですよ。 
あくまで一例、それだけの話なんです。


出産・育児の話をするとき、わたしはどうしてもネガティブな内容を大きめのボリュームで話してしまいます。
それは、不幸自慢がしたいのでも、苦労自慢がしたいのでもないのですよね。
きっと、ただ、「よくがんばったね」と言って欲しいのではないかと思うのです。

「陣痛に何日間耐えた」「全然寝ない子だった」「乳が詰まって地獄を見た」「座ったら起きるシステム内臓型だった」「飲んだら吐いた」「なにやっても泣いた」「なんでも拾って食べた」「目を離した瞬間死ぬかもしれないので、コンビニ程度ですら家を空けられなかった」
何時間でも話していられるネガティブトーク。
ポジティブトークを振られても、ボキャブラリーがびっくりするほど貧困になり、「うちのこかわいい!」ぐらいしか発せなくなるというのもあるかもしれませんが、とにかくネガティブトークははかどるんです。
なぜなら、わたしたちは、ただ、褒められたい。
「すごいね、がんばったね」「いつもありがとう」と褒められたい。
おかあさんあるあるで盛り上がりたい。
「そりゃ大変だったね」「わかるー!うちもー!」と傷をなめ合いたい。
そのひとことが次の一日への糧となるんです。



子育てに完璧なやり方なんてないと思います。
要領だって、たしかに経験を積んでコツをつかむということはあるけれど、つかんだ頃には子どもは次のフェーズへと進んでいるものなんです。 
彼らは確実に進化し、要領はじきに通用しなくなります。
それがたのしくもあり、大変でもあり、しあわせでもあるんですよ。 
それが子育ての醍醐味だと、わたしは思っています。

同時に、不幸なことにどこまでいってもしんどさばかりで、醍醐味を感じられないおかあさんもいることを知っています。
だから、どうか、現在進行形でおかあさんをやっているみなさんには、自由に腹を立てて、自由にネガティブトークで盛り上がって、自由に親バカして、時には現実逃避して、ラッキーな体験談や理想的なやり方に振り回されないでいただきたいのです。
そして、もしも誰かが「こんなに大変だった」とつぶやいたなら、「おれたちよくやってるよね・・・!」と肩をたたきあいましょうよ。
みんなえらいじゃん! どこにも正解なんてない中、よくやってるじゃん! 

「わたしにはできるのに、なんでみんなは出来ないの?」という前に、もっと今、お互いがやっていることを褒め合いたいものですね!
わたしも数え切れないぐらい大変な日々はあったけど、うちのこ世界一かわいいですし、子育てさいこうです!
それもこれもみな、しあわせな日々です!!


(※ 文章中の「おかあさん」を、子育て中のすべてのみなさんに当てはめていただけるとさいわいです。 ちいさい存在を守ろうとがんばっている人は、みんなえらいのです!)






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『ジグソウ:ソウ・レガシー』(シリーズ8作目)

2017年11月20日
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※ 以下、全編ネタバレしています。もちろんしますとも。隠す必要もないでしょう、ええ、そうでしょう。



【一行あらすじ】
死後10年経った今、ジョンの五股が発覚しました。

【主なゲーム】
舞台・・・・コンクリート打ちっぱなしのアーバンスタイルなモダンルーム
被験者・・・バイク屋さんのミッチと主婦のアナとジャンキーのカーリーと詐欺師のライアンと身元不明な男性
ルール・・・バケツを頭にかぶせられた状態で、壁に仕込まれた丸ノコに向かって首につながれた鎖を引っ張られます。 助かりたいなら、量の多寡は問わないのでとにかく血を流しましょう

舞台・・・・納屋
被験者・・・ミッチとアナとカーリーとライアン
ルール・・・首につながれた鎖で全員天井へ吊り上げられます。 体内に毒を仕込まれたカーリーが、3つの注射器の中から解毒剤の入った正しいものを選択出来れば全員助かります

舞台・・・・納屋
被験者・・・ミッチとアナとライアン
ルール・・・肥料貯蔵庫に閉じ込められたミッチとアナが肥料で生き埋めになる前に、床下のレバーを引いてドアを解除しましょう。ただしレバーを引くとライアンの足に掛けられたワイヤーがめちゃくちゃ絞められ、もれなく足がカットされます

舞台・・・・納屋
被験者・・・ミッチ
ルール・・・巨大な逆円錐型の入れ物にらせん状に取りつけられたカッターがあります。 逆円錐の入れ物は、昔ミッチが嘘をついて売りさばいたバイクと同じエンジンで回転する仕組みです。 天井から逆円錐の中に吊り降ろされてゆきますので、カッターに気をつけながら底に置いてあるブレーキシステムを作動させましょう。 さもなくば死にます

舞台・・・・納屋
被験者・・・アナとライアン
ルール・・・それぞれ足を鎖で繋がれた状態で放置されています。 ふたりの真ん中に置かれた一丁のショットガンと一発の弾がふたりの命を救います。 自己中心的に生きてきた過去を振り返り、今までとは逆の選択をしてみましょう。 さもなくば死にます

舞台・・・・納屋
被験者・・・刑事のハロランと検視官のローガン
ルール・・・それぞれ、手術用のレーザーカッターが放射状に取り付けられた首輪を装着されていますので、なるべく早めに自分の罪を告白しましょう。 運が悪ければレーザーカッターが起動し、頭をくし切りにされます


【主な登場人物と注記事項】
■ ローガンさん・・・イラク帰りの元衛生兵で現在は検視官/2年前妻を殺される/シングルファーザー
■ ハロラン刑事・・・証拠捏造、ワイロ受け取り、犯罪見逃し、なんでもござれの悪徳刑事
■ エレノアさん・・・ローガンさんのアシスタント/ジグソウの大ファン/ジグソウグッズのコレクター
■ キース刑事・・・ローガンさんの友だち/実は内務調査官
■ アナさん・・・寝ぼけた夫に子どもを窒息死させられた不幸な主婦/ジョンのお隣さん
■ ライアンさん・・・若い頃からありとあらゆる犯罪行為に手を染め生きてきたザ・人間のクズ
■ ミッチさん・・・GOバイク王
■ エドガーさん・・・ジャンキー/ハロラン刑事子飼いのタレコミ屋
■ ジョン・クレーマー・・・ジグソウ流宗家/元祖・説教大好きおじさん/死んでからが本番/五股発覚 ← new!

【お亡くなりになったみなさん】
① 頭を丸ノコで斜めにカットされた男性
② 首に酸を注射され、ほどよく溶けたジャンキーの女性
③ バイクの動力でくるくる回る謎装置でスライスされた男性
④ 首に酸を注射され、ほどよく溶けたジャンキーのカーリーさん
⑤ バイクの動力でくるくる回る謎装置でスライスされたミッチさん
⑥ 割と普通に撃ち殺されてジョンのお墓に入れられたエドガーさん
⑦ 自分だけ助かろうとライアンを撃ったら銃が暴発しちゃったアナさん
⑧ 足まで切ったのに結局餓死しちゃったライアンさん
⑨ くし切りになったハロラン刑事

【生き残ったみなさん】
① エレノアさん
② キース刑事
③ ローガンさん

【「わたしは死者の代弁者だ」って言う人】
ローガン

【補足】
・ 観てきましたよ! みんなだいすき『ソウ』シリーズの実に7年ぶりの新作、『ジグソウ:ソウ・レガシー』を! もう二度と作られることはないだろうと油断していた先の新作公開だったので、ツタヤレンタルで済ますわけにはいくまいと気合を入れて初日に馳せ参じました!

・ 参じたのですが、なぜだったんでしょうね、途中猛烈な睡魔に襲われましてね! うそだろ?!と思うじゃないですか、あんなに愛した『ソウ』の新作ですよ? どこに眠くなる要素があるというんですか! 自分でも「たしかに眠くはなったけど、落ちてはいない」、そう思っていました! ただ、観終わった時わたしの中には「なにこれ・・つまんない・・・」という感情だけが残っていまして。

・ ありえない!と思いました! おもしろさを感じられないだなんてなにかの間違いに決まっている! そうだ、自覚はなかったけどやっぱり寝落ちてしまってたんだ! バカなあたい・・・勝手に居眠りこいて勝手に「つまんない」って決めつけるだなんてサイテー・・・ 説教おじさんに叱られちゃうナ・・・ テヘヘ・・・

・ ということで、まさかのおかわりをキメてきました! 自分でも『ジグソウ』を映画館で二回観ることになろうとは夢にも思っていなかったのですが、見落とした部分はキッチリ拾ってこないとね! そして堂々と、心の底から叫ぼうじゃないですか! 「なにこれつまんない!」と!

・ そうです、観直した結果、変わらずつまんなかったです!オレ、寝落ちてなかった!全部記憶通りだった!記憶のままにつまんなかった!  はいみなさんこれが世にいう「無駄足」ですよー!踏まないで―!この轍は踏まないで―!!

・ ゲームはシンプルながら手の込んだものが用意されており、残酷描写も少なくなく、時間軸を利用したミスリードもあり、ジグソウおじさんの見せ場もあり、「おまえはこれのどこがつまんなかったんだ?」と不思議に思われる方もおられるかもしれません。 気分を害される方もおられるやもしれません。 あくまでわたしにはおもしろさが感じられなかったのだ、という話ですので、気になさらないでください。

・ そう、映画としてはちゃんとしていたのかもしれません。 新たなジグソウのはじまりだ!と歓迎する方が多いのも頷けます。 しかし、わたしは本作に対し、『ソウ』シリーズ終焉から7年後にわざわざジグソウを復活させた意味が感じられなかったのですよね。

・ 過去のシリーズを観ている方なら、ジョンが死んでいることは重々ご承知なわけじゃないですか。 その上での新作とはどういうものなのか。 ジョンが生きていた頃の話なのか、ジョンは関係なくジグソウの思想だけを活かしたゲームなのか、反則技でジョンの双子のきょうだいを出しちゃうのか、どういう内容なのか。 興味わきますよね。 で、出来上がったものを観てみたら、「衝撃!ジョンにはホフマンより前に一番弟子がいた!」なわけですよ。 ふざけてんのか。 もっかい言うぞ、おい、ふざけてんのか。

・ それやったらキリがないって、過去のシリーズで懲りたんじゃないんですか?! シリーズ二作目で、「実はアマンダはジョンの弟子だった!」ってやって、シリーズ四作目で、「実はホフマンもジョンの弟子だった!」ってやって、シリーズ六作目で、「実は嫁のジルもジョンの意志を継がされていた!」って実質弟子宣言しちゃって、収拾つかなくなってきたもんだから最後の切り札ゴードン先生をファイナルに出して終わらせたんじゃないんですか?! 過去のシリーズでなにを学んだんですか・・・まったく成長してないじゃないですか・・・オレ・・カナシイ・・・

・ ファイナルの時、ゴードン先生のそばに豚マスク被った人がもうふたりいましたけど、あれはゴードン先生に師事したゴードン軍団だと思いましたよ。まさかジョンの弟子とは思いませんでしたよ。 もちろん、今回のローガンがあの時の豚マスクと関係あるかどうかはわかりませんけどね。 ちょっとホントどうなのこれ・・・一生「新弟子発掘企画」やるつもりなの・・・?

・ やっているゲーム、映画館で観られた新鮮なグロ、たこさんウィンナーみたいな頭部ご開帳、元気そうなジョンの顔、素直に楽しめればよかったですけど、「新弟子」設定使われたらさすがにゲンナリしますよね。わたしはね。 それだったら弟子じゃなく、単にジョンの思想に感化されて勝手にジグソウを襲名した人ってことにする方が潔いと思います。 まぁ、ジョン(トビン・ベルさん)を出さない『ソウ』シリーズなんて、フレディ(ロバート・イングランドさん)を出さない『エルム街』みたいなものですし、かといってリブートするのも無理な作品ですけどね。(一作目のオチがあってこその人気シリーズだったわけですので)

・ 言ってない!ロバート・イングランドさんも出さずにリブートかましちゃった2010年版『エルム街の悪夢』のことなんて言ってない! 偶然です!例えが重なりましたが、これはただの偶然です!

・ で、ですね。 一晩じっくり眠って考えたのですが、よく振り返ってみたら今回の新弟子・ローガン、すっげえうさんくさくないですか?

・ 今回、「ジョンの本当の一番弟子」だと名乗りを上げたローガンですが、その根拠となっているのって、全部ローガンの回想でしかないんですよ。 

・ 10年前まだ研修医だった頃、レントゲン写真へ貼るお名前シールを間違ったせいで、ジョンの脳腫瘍の発覚を遅らせる原因を作ってしまったローガン。 頭に来たジョンは、赤ちゃんを虐待死させた上にその罪を夫になすりつけた隣人のアナや、ジョンの甥っ子を事故に遭わせたミッチたちと一緒にローガンをさらい、初めて実践したゲームに参加させました。 そこまではきっと真実。

・ で、他の参加者たちがゲームをクリアして移動してゆく中、あわや丸ノコのえじき・・・という瞬間ジョンはローガンを助けに飛び込んできました。 「悪意のないミス(レントゲンのうっかりミス)で死ぬことはない」っていうのがジョンの言葉らしいんですけど、たぶん違いますよね。 睡眠剤を適量投与するはずが見誤っちゃって、ゲームが開始してるのにローガン昏睡中だったんですよ。 完全にジョンのミスですからね、これ。 最初のゲームだから、タイミングあわせて薬盛るの難しかったんだよね? 悪意のないミスって、おのれ自身のことなんだよね? おばちゃん怒らないから正直に言ってごらん?ね、ジョン?

・ ゲームをクリアしたんじゃなく、主催者(ジョン)のミスで参加を取り消されたのがローガンだと思うのですよ。 だから、ローガンはそのままリリースされたのではないでしょうか。 で、3年後にジョンが死に、ジグソウキラーの後継者(アマンダやホフマン)のことがマスコミで取り上げられて、ローガンは自分も同じ立場だったのに・・って思ったのではないでしょうか。 

・ 「自分はジョンに生かされた、特別な存在だったんだ」という想いは、ローガンの中で「自分こそがジョンの本当の後継者なんだ」という想いに変わり、何度も何度も「ジョンとの短いやりとり」や「ジョンがホフマンらと重ねた犯行」を反芻してゆくうち、想像はいつしか現実になった。 「自分もその場にいた」、という記憶に。

・ ジョンの死後、ジルの納屋を探し当て、その中で10年前の自分以外の参加者の末期を見たローガンは、ジョンの意志を継ぐ決意を固めたのではないか。 納屋にライアンとアナ以外(ミッチやカーリーたち)の死体はなかったじゃないですか。 あれはローガンが捨てたんですよね。 自分がやろうとしていることに脳内で辻褄を合わせるために。 

・ あのね、対外的にはあってもなくても同じなんですよ。 そもそもあのゲーム自体、当時公になっていなかったんですから。  なくなった死体と2017年の現場で見つかった死体の状況が同じというのは、映画の中の刑事さんにとっては意味ないんです。 ただの「むごい状態の死体」なんです。 もしくは、「『ジグソウ:ソウ・レガシー』を観に来たお客さんへのミスリード」でしかない。 でも、それではあまりに身も蓋も無さ過ぎる。 脚本家さんも「やめたげて・・・ それはそうなんだけどやめたげて・・・」って言いますよね。 製作側の事情ということは一旦置いておいて、せめてその設定に意味を与えるとするならば、「我こそはジグソウの真の後継者!・・という妄想に取り憑かれたローガンゆえのこだわり」、と思うしかないじゃないですか。

・ そう考え始めたら、いろいろしっくりくるのですよ。 たとえば師弟関係を結んだふたりがいっしょに大道具工作やっている時、ジョンがローガンに「怒りや復讐心だけでは生きられないと、君が教えてくれた」って言うシーンがあったのですが、過去シリーズ観てきたわしらにとってはマジわけがわからないですもんね。 「むしろおまえのゲームに私怨以外の理由があったことがあったのか?!」って話じゃないですか。 

・ 百歩譲ってホントに言ったとしても、ジョンはローガンのどういうところを見て「復讐心以外の生きる意味」を学んだというのか。 戦争で捕虜になって拷問受けて帰還して、PTSD発症して苦しんでいる姿だとでも?  おい!それじゃあただのドSじゃねえか!(まぁ、じっさいただのドSなんですけどね)

・ ローガンはホフマンやアマンダやゴードン先生に知らされていなかったジョンの一番弟子ではなかった。 すべてはローガンの脳内で作り上げられた「願望」だった。 熱情をこじらせて、思い出のゲームを再現して、「我こそが後継者なり!」ってやらずにはいられなかったローガン。 きっかけはきっと、二年前の事件だったのでしょうね。 

・ 悪徳刑事・ハロランが見逃したせいで野放しになった犯罪者・エドガー。 色々な歯車が狂って、起こらなくていいはずだった殺人事件が起き、愛する妻が犠牲となった。 そこからの二年間は、娘の成長にもトラップの準備にも必要な時間だったのではないでしょうか。 恨みや憎しみがローガンの妄想に拍車をかけ、自称・後継者の誕生につながったのだとわたしは思います。

・ 過去のゲームに関わっても立ち会ってもいなかったんだから、最後の「ゲームオーバー」を知るわけないんですよ! アレがないとジグソウじゃないのに! アマンダもホフマンもジルもゴードン先生もみんな言ってたのに、っていうかむしろそれ言うために頑張ってるフシすらあるというのに! 「わたしは死者の代弁者だ!(扉バーン!)」だって! 気の毒だねー! ロ ー ガ ン ほ ん と に お 気 の 毒 だ ね ー !

・ この考えに至った時点でめちゃくちゃしっくりきたので、もうわたしとしては今回の『ジグソウ:ソウ・レガシー』は「ローガンの夢物語」ってことでいいです! っていうか、そういう設定なんだったらおもしろく観られそうです! 狂気が沙汰沙汰していていいですね!

・ ゲームの設定が雑すぎて、なにもかも偶然の産物でしか成り立たない性質のものだったのも、ローガンの夢物語だったんだからしょうがないです。 わざわざワイヤーが仕込んである床を踏み抜くとか、誰が踏み抜くか予想しておいてカセットテープを「ライアン宛」で録音しとくとか、脅しの範疇を超える量の刃物を降らせたりとか、広い部屋のどこを歩くか予想してロープ仕込んでたとか、まったくローガンは想像力がザックリしてるなぁ!!

・ と、いうことで、鑑賞直後はつまんなすぎて心が無の状態でしたが、今となっては自分なりに『ジグソウ:ソウ・レガシー』を受け入れはじめているわたしです。 受け入れているだけで、もうこれ以上はマジ勘弁という気持ちには変わりないので、続編がお目見えしないことをほんのり願っています。 トビン・ベルさん、どうもおつかれさまでした!

・ ただし、ゴードン先生がローガンにお仕置きする話なら観るよ!! 初日に観るよ!!




関連感想・・・『シリーズまとめ』(1~7作目)




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『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』

2017年11月09日
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人間社会とは不思議なもので、どこのどんな集団にも、華やかなグループと地味なグループが出来るものです。

学生時代から人づきあいが下手で、心に壁を作りがちで、でも想像力だけは両手に余るほど持ち合わせていたわたしは、制服をおしゃれに着崩し、友達と「放課後どこのカフェに行き、どこの洋服屋さんを物色し、どの男子と遊ぶか」をきゃあきゃあと相談し合う、華々しいクラスメイトたちの輪に入ることは決してありませんでした。 もとい、入れることは決してありませんでした。
彼らのグループは成績のいい悪いにかかわらずとても目立つので、先生からの覚えもめでたく、卒業式では年長者とまるで長年の友人のようにくっつきあって写真を撮る彼らの姿がそこかしこにありました。
目立たなかったわたしは、先生に覚えてもらっている自信が確実にない。 
だから卒業後学校には行かなかった。 
「先生お久しぶりです~」って声を掛けて、相手の顔に巨大なはてなマークが浮かぶトコなんて見たくもない。もしもわたしが生きている間になにかしらやらかし、「元担任」などにインタビュアーが向かうようなことがあったとして、「彼女はとても大人しくて」なんていう教師がいたらそいつは偽物だ。気をつけろ。印象に残っているわけがないし、覚えられるようなヘタはうっていないはずなんですよ。だいたい、何十年も前に担当した生徒のこと逐一覚えている教師なんてホントにいるのか。なんだったら苗字も変わっているし。よっぽど抜きん出たなにかがあったならまだしも、当時から大人しかった生徒のことを「クラスでも大人しくて」とかマジ記憶王レベルだろ。知りもしないのに知った顔しないでいただきたい。すみません感情的な方向に話が逸れました。

ともかく、目立つグループにも入れず、勉強ができるグループにも入れず、めちゃくちゃ部活が優秀なグループにも入れなかったわたしだったのですが、不思議なことに、気づくと数人の友達と行動を共にしていたのですよね。
まるで下敷きの下に置かれた磁石に砂鉄が引き寄せられるように、見えない力でひとりまたひとりと集まってくる「似た者同士」たち。
華々しさはなく、おしゃれではなく、異性と「進んだ」つきあいをするではなく、潤沢なお小遣いを持っているわけでもない、ひっそりとしたわたしたちは、しかしとても充実した毎日を過ごしていました。
先生に気に入られていなくても、デートに誘われたり告白されたりしなくても、「祭」の名がつくイベントで活躍出来なくても、キラキラと輝き、瑞々しい喜びに満ちた日々を送っていたのです。
お金も恋人も夜遊び経験もないわたしたちは負け犬だったのでしょうか。
「はみだしクラブ」だったのでしょうか。

本作で描かれる「はみだしクラブ(ルーザーズ・クラブ)」の夏休み。
もちろん、いじめっこによる暴力や毒親による支配などつらい部分も多々ありますが、彼らはそれはそれは満ち足りた、とても幸せなひとときもたくさん経験しました。
不思議な力によって結びついた仲間たちは、同じ痛み、同じ恐怖、同じ不安を知っているからこそ、何よりも仲間を信じ、守ろうとした。
おっかないピエロ(ペニーワイズ)が体をカクカクさせながら迫ってきたり、精神が破たんした上級生がナイフを突きつけて来ても、どこか「なんかええもん見させてもろたな」感が残るのは、かのクラブの面々が過ごした夏休みが、恐怖を上回るほど魅力的に見えたからだと思うのですよね。
互いに気づかい合える友だち。 支え合える友だち。 どんなにつらいことがあっても、その気持ちごと受け止めてくれる友だち。
彼らと過ごせたから、何気ない山歩きも、水遊びも、高級でないふつうのアイスクリームも最高の思い出になった。
彼らがいたから、自らのトラウマに向き合い、恐怖のピエロにも打ち勝つことができた。
はみだしているどころか、むしろあの夏、あのデリーで、一番メインストリームにいたのはルーザーズ・クラブであり、一番勝利したのもルーザーズ・クラブだったと言えるのではないでしょうか。

自転車を颯爽と走らせる彼らの姿は眩く、わたしは自分の「冴えない」学生生活もまた、きっとあんな風に生き生きとしていたに違いない、とどこか誇らしい気持ちでいっぱいになりました。
そしてもし可能であったなら、危険を伴っていてもいいから、仲間とあんな風に恐ろしい冒険に出かけてみたかった、と非現実的な夢を抱かずにはいられませんし、そんな夢を、何歳になっても小説という世界の中で叶えてくれるスティーヴン・キングを愛さずにはいられないのでした。
もちろん、鮮やかな情景と愛おしい子役たちと隅々にまで詰め込まれた古き良き1980年代プロップにより、理想的なデリーを作り上げてくれたアンディ・ムスキエティ監督にも感謝の気持ちでいっぱいです。

ルーザーズ・クラブは、わたしの中にいる。
日々湧き出てくる「ピエロ」を倒すべく、わたしは今日も拳をグイグイと柱に押し付け、幽霊が見えるとしつこく言い張るだろう。





※ 以下原作・旧テレビドラマ版・本映画版ネタバレしています


― 追 記 ―

・ つってもねー! 実のところ、物足りなさもいっぱいなんですよねー!正直ねー! 思春期のキラキラはよかった!子役もみんなかわいらしかったですしもう充分です!ありがとうございます! でもそれ以外がマジ物足りない!

・ 「現代」の大人パートと「過去」の子どもパートをうまいこと織り交ぜて徐々にITとの決戦へとなだれ込んでゆく原作と、文章ならではの回想シーンへのスムーズな切り替えを巧みなカットで再現してみせたテレビ版、そのどちらもが非常によくできていたので、今回の映画版はどのように映像化しているのかとても気になっていました。 そしてわりと早い段階で「今回は少年期だけで、続編の製作が決定済み」という情報を目にしまして、「あー、そういうこと?」ってなりましたよね。 なるほど、それはウケそうですやん。 っていうか、実質エエとこ取りですやん。

・ 『スタンド・バイ・ミー』とか『グーニーズ』とかにがっつりホラー成分足したものがおもしろくないわけがない。 実際、本編はとても素晴らしい出来でした。 映像はうっとりするほど美しいし、邪悪なげっ歯類みたいになったペニーワイズもいちいちおもしろいし、時代が原作&テレビ版の1950年代から80年代に変わったことも、わたしなんかはモロ同世代なのでハートキャッチモロキュアですよ。もう、おまえらどこ中?えっ?デリー中?みたいなノリですよ。

・ 子ども達の心の奥底にある「恐怖」の対象も、原作&テレビ版の「各種モンスター」から「保護者」へと設定を変えられており、ルーザーズ・クラブ全員が片親もしくは養父もしくは毒保護者からの精神的支配に苦しんでいるという状態はとても現実的で、ある意味小説よりつらみが深かったです。 自分を守ってくれるはずの保護者が一番身近で一番たちが悪いという。 それって、狼男やミイラ男が襲ってくるよりも恐ろしいことじゃないですか。

・ 幼い弟・ジョージイをペニーワイズに食い殺されたビルは、事件以来自分の存在に無関心になってしまった両親の姿から、「おまえが一緒について行かなかったせいだ」という無言のプレッシャーを感じ取っています。 もちろん、直接言われてはいないのでしょうが、責めない代わりにかばってもくれないのですから、結果は同じことですよね。 ビルの罪悪感を読み取ったペニーワイズは、ジョージイの姿を借りてビルを追い詰めます。 「おまえは悪くない」と言ってくれる両親がいない中、ビルはどうやってジョージイの死を乗り越えればいいのでしょうか。

・ 過保護すぎる母親から行動の逐一を管理されているエディは、女手一つで自分を育ててくれている母になにひとつ逆らえません。 重ねて、代理ミュンヒハウゼン症候群のように、「我が子は病気」だと信じなければ生きてゆけない状態に陥ってしまっている母から、ひたすらに病弱なんだと言い聞かせられ、世の中にどれだけ害悪なものが存在するかをみっちりと吹き込まれ続けたエディ。 狡猾なペニーワイズは「あらゆる感染症を患っていて長いこと風呂にも入っていなさそう」なホームレスの姿で現れます。 「おまえは本当は健康体だ」と呪縛を解いてくれる母がいない中、エディはどうやって「偽物の病気」である自分と折り合いをつければいいのでしょうか。

・ ラビの父からユダヤ教の信者としてきちんと生きることを期待されているスタンリーは、厳格な父も難しいヘブライ語も苦手で、尚且つ強迫神経症でもあります。 秩序的でないものを受け入れられないスタンリーの背後から、歪んだ絵画の姿を借りて忍び寄るペニーワイズ。 スタンリーはみんなと同じように、自転車をスタンドを立てずにガシャーンと放り出すことができるのでしょうか。

・ ベンもまた母親一人の家庭で育ちました。 母に心配をかけたくないがために、転校先でいじめられていることも、友だちがひとりも出来ないことも打ち明けられず、孤独な心を癒すかの如くデリーの歴史に没頭しているベン。 調べれば調べるほど異様さが明らかとなって行くデリーにおいて、27年ごとに大規模な事件・事故が起き、大勢が亡くなっているという事実に突き当たったベンの前に現れたのは、爆発事故で100人以上の死傷者を出した復活祭の犠牲者でした。 黒く焦げた死体の首から先に、ただ暗い闇だけを漂わせた死体。 追われるベン。 万事休す。 それはさておき、首なしゾンビよりもナイフで切りつけてくる上級生の方が今そこにある危機すぎるので、ベンはとりあえず警察に駆け込んだ方がいいと思う。

・ ピエロ恐怖症のリッチー。 ピエロが怖いので、もうお手上げです。

・ ビデオ版では、父親から虐待を受けているけれど、性的なものがあることまでは匂わされていなかったベヴァリーですが、今回はっきりと「オレのベイビーガール」といやらしい目つきを向けられていました。 こっそり買ってきた生理用品をにやにやと眺め、ベヴの髪をねっとりと撫でまわす父親のおぞましさよ・・・。 そしてその直後、ベヴァリーは「これのせいで」と吐き捨て忌々しそうに長い髪を切り落とします。 しかし、「長い髪=女性性」を切り父親の性的な関心を背けようとしても、「初潮」の訪れから逃れることはできない。 「女性」になりたくないベヴァリーを嘲笑うかのように、髪の毛と血のシャワーをバスルームに撒き散らすペニーワイズの、徹底したリサーチ力と嫌がらせに対する情熱の濃さには頭が下がりますね。 マネしませんけどね。

・ ルーザーズ・クラブを執拗に付け狙うのはペニーワイズだけではありません。 警官である父親から虐待をされ育ったヘンリーもまた、何かに復讐するかのように自分よりも弱いものを暴力でねじ伏せようとします。 世の中の理不尽を一身に受けているようなヘンリーに、ペニーワイズは鞭ではなくアメを与えるのでした。 凶器というアメを。 ヘンリーもまた、被害者なのですよね。 虐待からの、デリーに巣くう悪意からの。

・ これら、原作よりももっと現実的な恐怖に置き換えられた子ども達の苦境は、短い上映時間で彼らの状況を悟らせるに相応しいものであり、かなり大人っぽくなっていたベヴァリーも含めていいアレンジだったと思いました。 苦境はよかった。 ただ、そこから団結へと向かう経緯がホントに物足りなかったのですよ!わたしは!

・ 彼らがそれぞれトラウマやDVに直面していたことと、命がけでペニーワイズと闘うこと。 そのふたつを結びつけるのは、「自分たちの状況を変えたい」という強い気持ちだったのではないかと思うのですよね。 クローゼットの隙間から覗くペニーワイズの影に震える日々を、曲がり角の向こうで待ち構えるヘンリーたちに怯える日々を、歪んだ愛情を押し付けてくる保護者に苦しむ日々を変えなければ、自分は一生暗闇から抜け出せない。 助けを求める声を無視されるのも、無視するのももうご免だ。 

・ ただ、そんな気持ちも彼らひとりひとりだったなら挫けていた。 彼らの前にいつでもビルがいたから、「弟の仇を討つ」という絶対的な正義に裏打ちされた、ビルのブレないリーダーシップに彼らは心酔し、命を預けたのですよ。 本作は、そこが圧倒的に足りなかった。

・ 時間が足りないというのはあると思うのですよ。 たった2時間で個々のトラウマも描き、出会いも描き、心開く様も描いて、団結も描くだなんて、なかなかどうして至難の業ですよ。 でも、過去数百年に渡ってデリーを餌場にしてきた邪悪なピエロに、実質丸腰状態の12歳が立ち向かうんですから、相当の覚悟が必要じゃないですか。 いつ殺されてもおかしくないし、出来ることなら見なかったことにしたい。 怖い、しぬほど怖い。 でも、行かなければならない。 今、自分たちがやらなければ、この悪夢は終わらないから。 彼らの決意とそれを引っ張るビルのカリスマ性。 ふたつが揃わなければ、ペニーワイズとの決戦に説得力がないではないですか。

・ 今回の映画で、ビルのリーダーシップはわたしにはあまり感じられませんでした。 たしかに恨みがある分、他のみんなよりはペニーワイズに対して好戦的でしたけども。 なんか、いっつもベヴと見つめ合ってるし。 明らかにベヴだけ特別扱いだし。 ベヴもビルだけには熱視線送ってるし。 なんやねんおまえら。 つきおうてるのか。

・ その辺の動機の薄さをカバーするためなのか、本作ではルーザーズ・クラブはいちど怖すぎて解散し、そののち、とあることをきっかけにペニーワイズの本拠地へとかちこみを果たします。 そのきっかけとは、クラブの紅一点ベヴァリー・マーシュの失踪。 あろうことか、ベヴァリーはペニーワイズにさらわれてしまうのです。 

・ もうこの辺から、わたしの頭の中は「なんでやねん!」でいっぱいだったわけですよ。 ベヴがペニーワイズの死の光を見てしまい、プカプカ浮かぶってどういうことやねん。 で、「ベヴがさらわれた!」ってビルが仲間を呼びに行くのはいいとして、呼ばれるシーンカットされて気づいたら合流してるスタンとマイクどういうことやねん! その二人、かなり積極的に解散してた組だから、呼び戻すトコというか考えを変えて戻ってくるトコ重要じゃん! むざむざ死にに行くようなものだというのに!

・ ベヴァリーは「射撃の名手」というくだりもなかったですし、かっこよく出てきたわりにはありがちな「かよわいプリンセス」みたいな扱いされちゃうし、みんなに対してもあからさまに「ベン>その他のおこちゃま」って態度だし、ホント勘弁してほしいですよ。 ベヴはそういうんじゃないと思うわたしです! みんな対等なのがいいんです!

・ 挙句、光を見てプカプカ状態だったベヴの意識を戻す方法が、ベンからのキスっていうね。 いや、そりゃあね、そこに至るまでに、ベンくんのかわいさとけなげさにノックアウト状態でしたし、ベヴに送った詩の一節が効果的に使われていましたし、甘酸っぱくていいシーンだと思いましたよ。 でも、おもむろに唇にキスして覚醒って、いいのかそれ! 言っちゃあアレだけど、それでいいんならもう後編でオードラをシルバー号に乗せる必要、無くなりませんか?

・ なんでベヴをプカプカさせたのか、わたしにはホントに理解できませんね! もしかして、再団結のきっかけとして原作にあった「ベヴの上を通り過ぎていった男たち」のアレンジだったのかな?! んなわけないか!だったら全員とキスしないといけないしな!(←じゃっかんヤケクソ気味)

・ ペニーワイズとの対決に備えて、銀の玉を用意するくだりが、相手が狼男でなくなった時点で使えなくなったのもわかりますし、原作にあった秘密基地で燻し出されるシーンができないのもわかります。 っていうか、原作は映像化できないシーンの宝庫ですもんね。 ただもうちょっと、「覚悟を決めた子どもたちができうる限りの準備をする」描写ができなかったのかなぁ、と。 すげえ行き当たりばったりな突撃に思えたんですよねー。 脳内で常に原作補完されていたからついていけましたけど、原作もテレビ版も無しで本作だけ観た方、あの辺の子どもたちのテンション、だいじょうぶだったのでしょうか。 だいじょうぶだったのならいいです。 すみませんでした。

・ あと、わたしがいちばん「どういうことやねん!」と思ったのは、エディの吸入器攻撃がなかった点ですね! マジでアレは許せない! 銀の玉は百歩譲っても、エディの「これは酸だ!くらえ!」は譲れない。 言っちゃあアレだけど、それなくしちゃったら後編でエディが体を張るシーン使えなくなりませんか? ああかなしい。 偽薬と告げられた上での吸入器アタックなトコロに意味があると思うのになぁ・・・

・ それとも今の時代の映像作品で吸入器をああいう風に使うのはタブーなのでしょうか。 ヘンリーがベンのお腹を切るシーンはあったのに、マイクに対して黒人差別用語を使うシーンがなかったのも、なにがしかの意図があってのことでしょうし。 エディの骨を折るのもヘンリーではなくペニーワイズになっていましたよね。 腹を切るのはよくて、骨を折るのはダメなのかな・・・

・ まあね、すべての事情はわかりませんよね。 わたしは、もうちょっと時間があれば深く描けたものがあっただろうな、と思いましたし、二度と戻らない奇跡のような子ども時代に重きを置いた作品なのだとすれば、それは大成功だったと思います。 

・ やりすぎなペニーワイズ七変化はとにかくたのしかったですし、銀の玉も吸入器もない中ステゴロで正体不明のピエロに挑む子どもたちはわんぱくが過ぎたし、結果ピエロをボッコボコの半殺しにしちゃうのもどうかしてるぐらいおもしろかったですし、各所に散りばめられたスティーヴン・キング作品オマージュや、テレビ版ペニーワイズへのオマージュ、原作通りに登場したポール・バニヤンなど、細々としたこだわりが感じられるいい作品でした。 

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(エルム街の悪夢オマージュかな? というシーンもありました。 映画館の看板に『エルム街5』がかかっていましたし、時代設定として子どもたちの恐怖の象徴にフレディ・クルーガーがいても不思議はないですよね。)


・ 大人になったルーザーズ・クラブが再結集する後編では、きっとあのポール・バニヤン像があんなことやこんなことになってくれるのでしょうし、亀が数か所に登場していたということは、テレビ版では不可能だったチュードの儀式に挑戦するのかもしれません。 まったく想像つきませんが、為せば成るさ!がんばれムスキエティ監督! 

・ あと、原作の大人パートにはデリーの大破壊シーンも含まれていますので、もしもポール・バニヤン&チュードの儀式&デリー大洪水&トムのベヴに対するDV描写&トイレから飛んでゆくおばあちゃんなどを映像化したあかつきには、さぞかしスケールの大きい残酷アクションファンタジーとなってくれることでしょう。 ここはR15+だなんて手ぬるいことを言わず、R18も辞さない覚悟で突き進んで頂きたいものですね! ブラック・スポットの大火災や運河フェスティバルやマフィアの大虐殺とかも、なんだったら思い切って尺を割いてくれてええんやで! 



― 追 記 2 ―

・ ダムがないとか、どうかしてるぜ!!!

 

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