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『ワナオトコ』 『パーフェクト・トラップ』 2本立て

2013年10月24日
シリーズ第1弾『ワナオトコ』

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作品概要・・・
リフォーム【reform】
① 改正。改革。改良。改善。
② 作り直すこと。洋服の仕立て直し。また,建物の改築。
                            (※大辞林 第三版より)

工事一覧・・・
・ 玄関の鍵を交換
・ 勝手口の鍵を増設。
・ 階段の踏み板には忍び返しのレプリカ風クギをアクセントに・・。
・ 全ての窓に羽目板をセット。
・ 受話器の耳側に長めのクギをイン。
・ 玄関ホール(シャンデリアの蝋燭を包丁に変えトラッド感をアップ)
・ 居間①(ハサミと連動するワイヤーをクリエーション。巻き上げられた人間が壁一面打ち付けたクギに衝突するシステムです)
・ 居間②(床一面にトラバサミをレイアウト)
・ キッチン(ワイヤーつきの肉切り包丁をあえて見せる配置で)
・ 廊下(クギを打ち付けた板と足元に張ったワイヤーを連動させ、ちょんって当たったらバーンってなるようにコーディネート)
・ 部屋①(ゴルフバッグとワイヤーを連動させ、中のクラブを引っ張ると足元のワイヤーが締まり、そのまま天井から逆さに釣り下げられるシステムを設置。ちなみにワイヤーは3秒後に切断され落下するという遊び心も)
・ 部屋②(天井から釣り針のついたテグスを暖簾状に垂らしミニマムなオシャレ感をアピール)
・ 部屋③(縦横無尽に張り巡らせためちゃくちゃよく切れるワイヤーで、非日常感を演出)
・ 部屋④(フローリングを超強力接着剤でコーティング。ギロチンつきの窓枠で気分はロココ調)
・ 地下室(コンセプトはずばり拷問部屋。 重厚感溢れるアンティークチェアと最新鋭なPCを並べるというアンバランスなレイアウトが魅力です)

工期・・・
約6時間



・ 超仕事の早いおじさんが、たった数時間で豪邸の全部屋をリフォーム。 そんなこととは露知らず、物取り目的で不法侵入してきた内装業者を、見事返り討ちにするというお話です。まぁ、おじさんも不法侵入者なんだけども。

・ 物取り目的の内装業者さんは、色々と訳あって、今夜の夜中12時までに大金を用意しなければ女房子どもがひどい目に遭わされる運命にあります。 で、忍び込んだ先のおうちには、頭のアレなワナおじさんと純真無垢な女の子が・・・。 

・ ということで、愛する娘とその娘と同世代の女の子のどちらを優先するか、内装業者さんはおとこの瀬戸際に立たされてしまうのでありますな。 ここいらへんのせめぎ合いが実におもしろかったです。

・ リフォーム終了日の夜から旅行に出掛けようという、お金持ち一家の落ち着きの無さもさることながら、とにかく本作の見所はワナおじさんの匠の技に尽きるわけでして。 作業の終了を、まぁ一般的な目安から夕方5時としまして、ほんで作業員のみなさんが全員撤収したのを見計らって、一家を地下室に縛り上げリフォーム開始。 内装業者さんが忍び込むのが午後11時すぎなので、その間多めに見積もってもわずか6時間弱ですよ。 たったひとりで出来ますか。 出来るかっちゅうねん! でもやるんだよ!

・ 監督&脚本を担当しているのは、やけっぱちモンスター映画『フィースト』シリーズや、映画界のマルチ商法こと『ソウ』シリーズの後半を手がけたマーカス・ダンスタンさんとパトリック・メルトンさんだそうで、なるほど、使われなくなった動物園だの使われなくなった病院だのといった廃屋をどうやったのかさっぱりわからない謎工法で大幅リフォームしてきたジグソウおじさん(と、そのお弟子さんたち)の仕事っぷりを思えば納得の内容ですね。  つまり、そういうことですよ。

・ パトカーでやってくるおまわりさんは例によって例のごとく役に立たず、こうるさい女(しかも派手メイク)やおっぱい姉ちゃんなどの「定番人物」もきっちり登場。 イライラさせたりハラハラさせたりの緩急のつけかたが非常に優れており、惜しみないゴア具合にも大満足でしたよ。 撮影や編集もめっぽう凝っており、時折ハッとするような美しい風景なんかも飛び出したりして、物語にぐいぐい引き込まれてしまいました。

・ 劇中一切素顔を見せないワナおじさんも不気味で素敵でしたし、最後の最後にその正体が明かされた瞬間、思わずビデオを巻戻してもう一度最初から観たくなってしまうという仕掛けも、とても小憎たらしくてよかったですね。 今回久しぶりの鑑賞だったのですが、またもやまんまと巻戻してしまったわたしです。

・ いぬっころやにゃんこがすきな方には(悪い意味で)たまらない描写が出てきますので、くれぐれもご注意ください。

・ クライマックスは、お金持ちの女の子をなんとか救い出し、駆けつけた救急隊に保護された内装業者さんが、奥さんに「夜中までに宝石ゲットしたで!」と連絡をしようとした瞬間、再びワナおじさんにとっつかまって衣装ケースにねじ込まれた所で終了。という、悪く言えば続編を作る気マンマンな、よく言えば非常に興味をそそられるラストとなっております。 まぁ、このあたりも商売上手というかなんというか、さすがは映画界のマルチsh(略


シリーズ第2弾『パーフェクト・トラップ』

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(※おわかりいただけただろうか・・・)

作品概要・・・
リノベーション【renovation】
① 刷新。改革。
② 修理。改造。修復。
③ 既存建物を大規模に改装し,用途変更や機能の高度化を図り,建築物に新しい価値を加えること。
                           (※大辞林 第三版より)

工事一覧・・・
・ 秘密会員制クラブを大改造ビフォーアフター。
・ 空調から配管まで大胆に手を加えられたメインフロア。 どんな重機を使って搬入したのかさっぱりわからない巨大草刈マシーンが備え付けられた天井から、TPOに応じて血飛沫が降り注ぐアバンギャルドな設計です。
・ フロアから出口までの廊下には、壁と一体化した檻を完備。 ステンレス仕上げで錆びにくくなった圧縮機が、押し寄せた客を一気に数センチ程度まで押しつぶします。
・ 廃ホテルを新たなコンセプトのもと大胆改装。もちろん各部屋にワイヤーを基調とした仕掛けが満載。
・ 新たなコンセプト、それは「モノからヒトへ」。 無機質なクギやワイヤーだけではなく、さらってきた人間そのものを全面リフレッシュしてしまうという新発想。
・ 施工主がこだわりにこだわりぬいたという斬新なインテリアも必見です。

工期・・・
数ヶ月



・ 前回つかまった内装業者さんが、一旦逃げ出してもう一回つかまるお話です。

・ 内装業者さんは、冒頭シークエンスの舞台となる会員制クラブに餌として連れてこられます。 そして、おじさんの目論見通り草刈マシーンの起動に一役買うことになるのですが、その後辛くもクラブからの脱出に成功。 満身創痍になりながらもやっとこさ奥さんとの再会を果たしていると、謎の大富豪が現れて「きみのそのスキルを活かしてみないか」と打診され・・・  で、まぁ、あとはもう、なんというかほら、あなたの期待を裏切らないアレなわけですよ。

・ ただ、期待は裏切らないものの、良くも悪くも想定内といいますか、前作に感じた「すてきなサムシング」が見当たらなかった点が残念でしたね。 

・ あれだけ凝っていたカメラワークはすっかり無難なものになってしまっており、登場人物も増えたものの、その効能を感じられないうちにいともあっさり殺されてしまう有様。 何のために出てきたの? ていうか傭兵弱すぎだろ!

・ 幼い頃母を亡くした娘と、彼女のためなら法を犯すこともいとわない・・と心に誓った父親(とその信頼できる部下)。 彼らが醸し出そうとするドラマ性と、内装業者さんのそれとが全く噛み合いません。 というか、内装業者さん側は無いに等しい。 

・ 前作では、「自分の愛娘と同じくらいの年齢の純真な女の子」という重要ポイントがででーんと存在していたので、内装業者さんが命の危険を冒してまでワナおじさんに立ち向かう必然性がしっかり感じられたのですが、今回はそういう「強い動機」がありませんからねぇ。 クラブから逃げる際、目の前で見捨ててしまったという罪悪感だけで、あーんなことやこーんなことをされた場所に戻れるものなのか。 

・ そんなわけで、わたしには内装業者さんの行為が若干不自然に感じられたのですよね。 おもわず「ストックホルム症候群になってしまった内装業者さん、ついうっかりワナおじさんに弟子入りしちゃうの巻」なのかと勘ぐってしまった次第でして。 今回の黒幕は内装業者さんだったりして・・とかなんとか。 ええ、ソウの見過ぎです。 それはわかっている。

・ で、そんなどんでん返しがあるはずもなく、殺され要員はあれよあれよという間に串刺しとなり、マネキン色剥き出しな死体の山が映し出され、謎の人体アートや前衛的なビジュアルのゾンビ(拉致され改造された人たち)が大波小波のように寄せては返すうち、気づいたらエンディングを迎えていたという・・。 いや、悪かないよ・・悪かないんだけどさ・・・

・ トラップの量も死体の数も申し分ないのですが、なんかね、大味なのですよね。 前作で印象的だった「独特な美意識」や「雰囲気」が消え、代わりに「よくある拷問系ホラー」になってしまった。 鑑賞後、わたしの脳裏に浮かんだのは『ホステル3』でした。 (そういえばオチもよく似ている)

・ あまりによく出来ていた『ワナオトコ』を一度頭から追い出してしまえば、これはこれでおもしろかったと思いますので、いっそのこと別モノだということにしてしまってもいいのかもしれません。

・ まあね、というかワナおじさん別人ですもんね! 

・ まずは、上に貼り付けている2枚のポスターを見比べていただきたい。 ・・・おわかりいただけただろうか・・・使われている写真が酷似しているのでおわかりいただけないと思うが、今回なんと、ワナおじさんの毛根が息を吹き返しております!

・ もうね、超はえてっから。 ツルツルだったのが、ボーボーになってっから。 若干年齢も若くなってっから。 もはや別人になってっから、中も外も。 よかったね! なにがよかったのかわからないけど、とりあえずよかったね!

・ ついでに言うと、内装業者さんの奥さん役も別人になっておりました。 まあ、よくあることですよ。 マーティ・マクフライの恋人がいきなりエリザベス・シューさんになったりね、そういうことはこの世界ではよくあることです。 もう気にしない。 細かいことは気にしない。

・ だからみなさん、タイトルが『ワナオトコ』から『パーフェクト・トラップ』という全く関連性なさそうな邦題になっちゃってる点も気にしないでください。 配給が松竹からカルチュア・パブリッシャーズに変わっちゃったんですから、同じタイトルは使えないじゃないですか。 しょうがないですよ。 わかってつかあさいよ。

・ ということで、同じ人が作った正式な続編であるにも関わらず、作品のテイストもノリも随分と別モノくさい映画ではありますが、個々の単品として観ればなかなかゆかいなゴアホラーですので、邪悪なワクワクさんでも観るような気軽さでご覧いただければよいのではないでしょうか。 少し言及した『ホステル3』の5倍はおもしろいですよ。


    
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『先生を流産させる会』

2013年10月01日
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うさぎ小屋を覗き込む少女たち。 
目の前には、生まれたばかりでまだ血にまみれたままの赤ちゃんうさぎ。
「キモいよね」「キモいね」
突如、小屋の中から赤ちゃんうさぎをむんずと掴み上げる、ひとりの少女。
彼女はものも言わず傍にあった滑り台に上り、てっぺんからその赤ちゃんを投げ落とす。
べしゃり、という音と共にへしゃげた小さな命。
何が起こったのか? 
どうしてこんなことを? 
こわい、けど、こわがってもいいのだろうか?
どうすればいいのかわからない少女たちは彼女を見上げ、「ははは」と、おずおずと笑う。
ひとりの声にもうひとりが加わり、不安げな笑い声に自信が漲り始めた次の瞬間、頭上から浴びせられる冷水のような声。
「なにがおかしいの?」
ぐしゃり、と押しつぶされる少女たちの心。

おそろしい。
これはおそろしい映画を観始めてしまったぞ。
本編が始まってわずか数分、ガラス越しに差し込む陽光で充分すぎるほど暖められた部屋の中、わたしはすこしだけ、いや、かなりゾっとしていました。
そして観終わった今、おそろしさは虚しさへと変わっています。
からっぽだ。
彼女の心の中はからっぽだった。
そして今も、からっぽなのだ。


2009年に名古屋で起きた事件を参考に作られた本作は、その題名の身も蓋もなさ具合や、実際の事件との相違点などから大いに話題となっておりました。
元となった事件では男の子だった加害者たちを少女に変えるのは、いくらなんでも「いかにも」じゃないか。
そんな意見も数多く見受けられました。

そう、たしかに「思春期の女の子」「担任の先生の妊娠」「初潮」というキーワードは女の子ならではのものでしょう。
「女性」と「女の子」の境界で、もやもやとした気持ちを持て余している中学生の少女たち。
まだ、「妊娠=生命の誕生=めでたい!」としては処理できず、「妊娠=セックス=キモい!」の辺りでクダを巻くしかない「複雑」なお年頃。
そんな彼女たちと、数年前にそこを通り過ぎたばかりの女性教師と、年数が経ちすぎて記憶すら残っていない(というか抹殺してしまっている)母親との、おそろしく噛み合わないやりとりが繰り広げられる、という部分は、「男子→女子」へと設定変更したからこそ生み出されたものだと思います。
ただ、もっと深い、根本的な部分は、「男の子」だろうと「女の子」だろうと、なんだったら「子ども」ではなく「大人」であったとしても、同じだったのではないかと思えて仕方なかったのですよね。

先生のお腹に宿った命を「なかったこと」にしてしまおう、と提案するミヅキ。
うさぎの赤ちゃんを投げ捨て、常に暗い瞳をし、滅多なことで表情を変えず、机の上を踏み歩き、幼い子どもに買い物カートを投げつける彼女は、一体どういう女の子なのでしょうか。
わたしは、彼女自身が「なかったこと」にされている子なのではないか、と思ったのです。
劇中一切登場しなかった(なかったことにされていた)ミヅキの両親。
名簿に記された携帯は番号違い。 自宅の電話は不通。 保護者会にも不参加。
そんな彼らの「不在」は、そのまま彼らの中の「ミヅキの不在」でもあると思ったのですよ。

もしかしたら、ミヅキには「なかったこと」にしてはならない理由が、本当にわからなかったのではないか。
なぜなら、自分(彼女)自身が「なかったこと」にされているから。

どうして? なにがいけないというの?
答えを求めているような、挑みかかるような眼差しを先生へと向けるミヅキの姿を前に、わたしはなんだか息が詰まる思いがしました。
この問いに答えてあげられる大人はいるのだろうか?
ミヅキに、他ならぬミヅキに、「なかったこと」になんて出来ないし、してはならないのだ、と説明できる大人が、この世界にいるのだろうか?

「なかったこと」にされるということは、子どもだけの話とは限りません。
わたしたち大人の世界にも存在していることです。
大切にされなかった為、どうやって大切にすればいいかわからない。
愛されなかった為、どんな風に愛すればいいかわからない。
心の中の「何か」が欠けてしまっている時、その埋め方を自分だけで見つけることは、とても困難です。
大きかったり幼かったり、男だったり女だったりする世の中の「ミヅキ」たちにぽっかりと開いた穴を、誰がどうやって埋めればいいのでしょうか。
これは決して、「子ども」特有のお話ではない。
もっと根深く、もっと何処ででもありうるお話なのではないかと思うのですよ。

特殊ではないのはミヅキだけではなく、彼女の周囲とて同じことで。
理解できない出来事や不安な気持ちに直面した時、笑ってやりすごすしかない、という現象は女の子だけなのか。 それを大人の世界では「お追従笑い」と呼ぶのではないか。
一瞬で何かに夢中になり一瞬で忘れ去ってしまう、という少女たちの移ろいやすい心が孕む残酷さは、まさしく大人がよくみせる「喉元過ぎれば・・」そのものではないか。
先生の給食に異物を混入させるミヅキたちに見てみぬふりを決め込むクラスメイトと、駐車場で危険な遊びに耽るミヅキたちに何の注意もしない警備員に、どんな違いがあるというのか。

この作品に登場する、ズルくて、罪悪感が控えめで、その場しのぎで、したたかに生きている女たちは、そのままわたしたちの世界の住人でもあるのですよ。
そして、それについてゆけない加害者の「ミヅキ」や被害者の「先生」といった渦中の人間たちは、いつも置いてけぼりになる。
からっぽのままで。 欠けたところを埋められることもなく。

ああ、しんどい。
ホントしんどいですよこの映画。
もっと救いがほしいよ! せめて映画の世界ぐらいはさぁ!

「仲間」たちに見捨てられたミヅキと先生が対峙するクライマックス。
「お腹の我が子を殺されたら、その相手を殺す」と宣言していた先生は、ミヅキを殺すのではなく救いの手を差し伸べます。
生徒たちに命の尊さを説くでもなく、命を授かったことの喜びを伝えるでもなく、終始ヒステリックに騒ぎ立てるばかりだったこの先生は、そもそも一体何のために教師という職を選んだのだろうか・・・とひたすら疑問に思いながら鑑賞していたわたしは、「ああ、よかったなぁ」と少しホっとしました。
「復讐ではなく赦しを、攻撃ではなく保護を選んだ先生の姿から、ミヅキが何かを見出してくれればいいな・・」と。
「先生やるじゃん・・・あんた根っからの教師だったよ・・・」と。
しかし、その後ミヅキと接したソーシャルワーカーは、彼女が犯した罪は「殺人」ではなく「不同意堕胎罪」であるとフォローだかなんなんだかわからない説明をし、おざなりな態度で時計をチラ見。
肝心の先生はというと、こちらもまた、その辺の川原にミヅキを連れてゆき謎儀式を始める有様。
ミヅキに掘らせた穴に、胎児が入っているらしき箱をおさめ、こんもりと盛った土の上に風車をぶっ刺して合掌。

いや・・ そんな・・川原って・・・  飼ってた金魚が死んじゃったんじゃないんだからさぁ・・・

鑑賞後に調べてみると、この「土葬シーン」は内藤瑛亮監督の出身地で古くから行われていた埋葬方法からきており、お墓を掘る人(他人)と埋葬される人(親族)、つまり人と人との結びつきという意味が込められているそうですが、ちょっとね、わたしにはわからなかったですね。
突然なんの儀式が始まるのかと思いましたよね。
あと、風車どっから出したん。

埋葬を終え、風車を眺めるミヅキの瞳は相変わらずうつろでした。
「なかったこと」になんて出来ないのよ、と言われた彼女の脳裏に浮かんだのは、肯定か、はたまた否定だったのか。
もしかしたら「わからない」なのではないだろうか・・。
だって彼女の周りには結局まだ、曖昧な大人たちばかりがひしめいているから。
そう思ったわたしは、なんだか虚しくなってしまい、切に願わずにはいられなかったのでした。

神様どうか、この哀しい出来事が、彼女が探し求める答えへの第一歩になりますように。
彼女が、自分の存在を、命の存在を肯定できるきっかけになりますように。



-おまけ-

・ 茶色くしなびた向日葵、蟻にたかられた鳥の骸、寒々しい廃ホテルといった「死」のイメージと、その中心に佇む、「新世紀のダミアン」と呼びたくなるようなミヅキの禍々しい存在感がとても印象的でした。

・ ヒステリックな先生はさておき、うだうだしている5人の少女がとてもすばらしかったです。 

・ 超モンペとして登場するおかあさんの描き方が、「いかにも」毒母って感じでモヤっとしました。 もちろん、行き過ぎたおかあさんではあるのですが、わたし自身にも娘がいるだけに、「おかあさんはおかあさんで、いろいろ心配なんだよ!」となんとなくフォローしてあげたくなってしまいましたねぇ。

・ 「子どものため」なら世の中のルールなんてお構いなしなおかあさんは、「子どもを殺されたらやり返す」と公言していた先生の十数年後の姿なのではないか、と思いました。 「我が子第一!よその子なんか知らん!」という根っこの部分はいっしょ。 先生はそのことに気づいたが故に、最後の最後で方向展開することに成功したのではないでしょうか。

・ そんな先生には、今後も「どうしてなかったことにしてはいけないのか」ということをミヅキに教えてあげていって欲しいものですね。 ていうか、やっぱ最後の謎儀式しっくりこないわー。 「教育」として行うなら、本物の墓地で、ちゃんとした葬儀を行ってみせる方が「死」を認識させやすいと思うのですけどね。 ちょっとなー川原はないなー。 





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