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『ヘルタースケルター』

2013年03月30日
昨年夏に(もっぱら“沢尻さんのちちの出る出ない”のみで)話題を呼んだ『ヘルタースケルター』を借りてきました。
原作は、80~90年代にかけ活躍していた不世出の天才漫画家・岡崎京子さんの同名作品。
時代を問わない普遍的なテーマが大胆かつ綿密なタッチで描かれており、深い思い入れを抱いている方も多いのではないかと思いますが、果たして実写映画化はどのような出来栄えとなっていたのでしょうか。
早速デッキにセットしてみましたよ。


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(※ ハマー作品でおなじみ・ミイラ男のようにも見えるこのお方の正体は・・・?!)

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(※ グロッシーさに欠けるさくら色のリップ・・・ 今年のトレンドはマットなくちびるなのか・・?!)

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(※ ムダ毛いっぽん生えてない、トゥルットゥルな二の腕・・・!)

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(※ さあさあ、いよいよパーフェクトなビューティが出てきますよ・・・たぶん・・・!)

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(※ はい!出た!完璧なクマ!おい!徹夜明けか! )

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(※ パ・・・パーフェクトなビューティ・・? ・・ですよね・・・うん・・)Oo。.(´・ω・`)

均整のとれた包帯姿の下から現れたのは、「美しくありたい」「美しくなければならない」という強迫観念が生み出した哀しき怪物。
ファッション・モンスターならぬビューティ・モンスター、りりこさんです!
という訳で、以下彼女のモンスターっぷりをご堪能ください。

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(※ 盛れるだけ盛って映画完成披露試写会に登壇する、IKKOモンスター・りりこさん。)

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(※ 顔面崩壊の危機に瀕し作画のタッチがかわっちゃった、楳図モンスター・りりこさん。)

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(※ 素朴な妹との再会にファンシーな帽子で駆けつける、アパホテルモンスター・りりこさん。)

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(※ 球体と化したヘアスタイルでジャーマネのおうちを突撃訪問する、トットちゃんモンスター・りりこさん。)

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(※ この点線に沿って切り込みを入れたら、どこと繋げればいいか・・あとはもうわかりますね、そう、ムカデにんげ)

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(※ 番組のコンセプトはよくわからないものの張り切って出演する、ギルガメッシュモンスター・りりこさん。)

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(※ ギルガメッシュパンチ!)

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(※ 収録中幻覚に襲われ、また楳図っちゃったりりこさん。)

・ 自らの欲望を満たすため、人間たちが自然の摂理に反した行為に手を染めたとき、さまざまなモンスターが産声を上げる。 それはゴジラであったり、フランケンシュタインの怪物であったり、また、りりこであったりするのでしょうか。

・ 冒頭高らかに響き渡るのは、クラシックなホラー映画でも始まるのかと思わせるような、仰々しいサウンドトラック。 それが指し示すように、なるほど、これは確かに「とある憐れなモンスター」の物語だったのかもしれません。 

・ 「ナンバー1にならなくてもいいよ、もともと特別なオンリーワンじゃないか。 ただ、ブサイクはチェンジな!」「男は度胸、女は愛嬌。 だけどババアは勘弁な!」「男はみんなぽっちゃりが好き。 それはそうと、お前最近ちょっと肉つきすぎてんじゃね?」等等。 個性を尊重してくれているようにみえて実は、容姿のみでやんわりと否定される事の多いこの世の中。 なぜなら、「かわいいは正義」だから。 「かわいくないは悪」だから。

・ 果たして自分は「正義」なのか。それとも「悪」なのか。 女の人たちは日夜「自己否定」と「自己肯定」の間で葛藤しています。 「整形をする程否定しないけれど、コスメ程度で補正できるものならなんとかしたい。」とか、「中肉中背で充分だわ・・と肯定しているけれど、ダイエット企画があるとつい見てしまう。」といった葛藤を。

・ 「男の人だって同じだ!」と言われるかもしれませんし、「ただイケ」事例も多々存在するとは思いますが、それでも女の人が味わう絶望に比べればまだ随分マシなのではないでしょうか。 とにかくね、女の人の現実は過酷なんスよ、ええ。 物心ついた頃からすでに、「品評会」は始まっている・・・それが女の人のリアル・・・!

・ 過酷な現実を生き抜くため、女の人たちは「わたしは今のわたしのままでいい」と幾つもの自己欺瞞を積み重ね、身を守る鎧をこしらえます。 しかし、雑誌を開けば、テレビをつければ、一歩街に踏み出せば、その瞬間鎧の上に容赦なく降り注ぐのは「かわいいは正義」という価値観の銃弾。 

・ もちろん、「美」は押しつけではありません。 美顔に励むもプチ整形に手を出すも過酷なダイエットに身をやつすも己次第。 最終的な判断は、全て「わたし」に委ねられています。  けれども、街中に溢れかえる「カワイイ」「ダイエット」「アンチエイジング」を無視し続けることが、決して容易くないのもまた事実。 気付けば鎧は穴だらけで、心の中には「もっとキレイにならねば・・女子力とやらを磨かねば・・」という焦燥感だけが虚しく漂っている。 ・・なあんてことも。

・ 「(出来ることなら)キレイになりたい」という世の中の女の人。 「あなたが願うキレイはこんなんでしょ?」と提示してくる芸能事務所。 「これを使えばキレイになれますよ」と手段を売りつける広告代理店。 食っているのか食わされているのか。踊らされているのか踊ってやっているのか。 様々な思惑が絡み合うことで成り立っている不思議な三角関係は、常に新たな「カリスマ」を作り上げ、消費してゆく。 なんといびつで、なんとはかなく、なんとおかしな光景か。

・ 本作のヒロイン・りりこは、そんな三角関係の中でピンポン玉のように弾かれ、破滅的なラストへと猛烈な勢いで転がってゆきます。 かわいくなかった容姿を大々的にリフォームし、「正義」を手に入れたはずなのに、何も手に入れることができなかったかわいそうな女の子。 観終わったアガサの心に残されたのは、ただただ虚しさだけでした。 

・ いや、つまんなかったからっていう意味の虚しさじゃないですよ。消費の虚しさ、無言の圧力に抗えない虚しさ、「キレイ」に固執せざるを得なかったことへの虚しさ。 そういった意味のアレです。 あくまでそれです。それのアレです。

・ 捨て身のセルフパロディでりりこを演じた沢尻エリカさんも、「美」の傍にいるのにちっとも「美」に染まっていかない中年ジャーマネを野暮ったさ満点で演じた寺島しのぶさんも、若さとお直し無しの美貌と嘔吐術でヴイヴイ言わせる水原希子さんも、おそろしくアンニュイな表情1パターンだけで全編やりきった桃井かおりさんも、みなさんとても(役柄に)はまっており、「蜷川実花さん版・ヘルタースケルター」には、この方々以外のキャスティングは考えられなかっただろうなぁ・・と思いました。

・ まあね、とりあえず画は五月蝿かったですけどね。 これはもう、何を今更という話なのかもしれませんが。 ・・と、いうもの、アガサは蜷川さんの前作『さくらん』の時点で完全に食傷してしまっていましたので。いや、食傷じゃなくて食中毒かも。

・ こうるさい装飾、ガチャガチャとした背景、「赤プラス赤かける赤」みたいな色の殺し合い。 ダメだ・・ニナガワさんは『さくらん』の頃となんも変わっちゃいねえ・・・むしろ悪化しているような気がするぜ・・!!
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(※ 差し色という概念が無さすぎて、何がどうなっているのかよくわからない。ちょっとした騙し絵レベル。逆さにして見ると髭をはやしたおじいさんの顔が・・・!)(※浮かびません)

・ もともと蜷川さんの「美的センス」はガチャガチャゴテゴテ系らしいのですが、本作の「舞台美術」はどういう心づもりで作ったのでしょうかねぇ? ホントの意味で「ステキー!」と思って用意したものなのでしょうか? とてもじゃないけどそうは見えなかったものでね・・・。 「ステキー!シャレオツー!」どころか「醜悪でグロテスク」で超おちつきませんでしたよ。りりこの部屋に1時間いるだけでSAN値が下がりきる自信がオレにはある・・・! 

・ エグいセットの中、終始情緒不安定なままヒステリックに泣き叫び、ガラガラと崩壊してゆくりりこ。 モンスター映画としてなら、これはこれで成立しているのではないでしょうか。 「美しいとされるもの」を「美しい」という意図で描いていないのならば。 「憧れ」ではなく「虚しさ」を感じさせようとしていたのならば。 少なくとも、アガサはそう受け取りました。 「つまらない映画」だとも思いませんでしたよ。蜷川実花さんの目には「ヘルタースケルター」の世界がこんな風に映っていたんだなぁ・・と思っただけで。

・ 原作の「ヘルタースケルター」に登場するりりこはどうだったのかというと、大掛かりなリフォームを受けるのも、それによって心のバランスを崩してしまうのも、手に入らないものばかりを求めてしまうところも蜷川さん版と同じなのですが、決してモンスターではなかったと思うのですよ。 原作のりりこは、満身創痍になりながらも自分の人生を果敢に切り開く戦士だったと思います。 だからこそ、読者はそんなりりこに強く惹かれてしまったのだと。

・ 蜷川さんにとっての「ヘルタースケルター」と原作のそれは、設定こそ同じものの全く別の世界でした。 それならばそれでいいではないか。 「美しさ」にとらわれ、もがき、のたうち回る女の人の物語としては、どちらもおもしろかった。 私はそう思います。 どちらの方がすきか、はさておき。

・ ただ、別の世界なのにセリフまでそっくりそのまま原作から持ってきてしまった為、印象的な筈のシーンが随分と薄っぺらいものになってしまっていましたけどね。  大森南朋さん演じる検事による「タイガーりりい」という言葉の「ソレジャナイ感」の半端ないことと言ったら・・・。 そりゃそうだよ!だって全然タイガーリリィじゃないんだもん! たぶん、大森さんも言ってて「ヤバイ!超ハズい!」ってなってたんじゃないでしょうかね・・。

・ そして、全編通してモンスターとして生きていた(生かされていた)りりこからは、したたかさが伝わってくる筈もなく、別天地で威風堂々と構えてみせるラストカットも全く活きてこないという。 なんと言ったらよいか・・・原作に忠実にやろうとする気持ちと蜷川さんの方向性が噛み合わず、ちぐはぐになってしまっているのですよね。 映画そのものも、りりこと同じくつぎはぎだらけで崩壊寸前みたくなっちゃった!ということなのか・・・。 意識してやっていたとしたらおそろしいな・・・。

・ というわけで、アガサは「原作との相違」や「蜷川さんの超センス」や「沢尻さんの作画崩壊っぷり」など、興味深く感じられる点がいくつもありましたので、たのしく鑑賞させていただきましたよ。 如何せん長すぎでしたけど。 長すぎでしたけど。(※上映時間127分)  ちなみに一緒に鑑賞していた世帯主さまは「鬱映画じゃねえか、ちっきしょう!また嫁にだまされた!」(※世帯主さまはネガティブ要素のある映画が大嫌いなタイプです)とドンヨリしていました。 ごめんねジロー。 



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『キャビン』

2013年03月18日
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(※さっそくですが、以下ネタバレ感想です。予備知識の無い状態でご覧いただくのがいちばんたのしいタイプの映画ですので、出来れば鑑賞後にお読みいただければ、と思います。)


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(※ 人には本来グラン・ギニョール的なモノに惹かれる性質が・・ っていうかストレスや鬱憤の解消・・ っていうか業界人のメシのタネ・・ っていうか、まぁ、ようするに「やあねー」って言われる類のアレですよ!オレらがだいすきなアレ!)

あらすじ・・・
真面目なデイナ、即席ブロンドのジュールス、脳筋アメフト部のカート、知的アメフト部のホールデン、そして共通の友人マーティの大学生5人組は、週末を開放的な気分で過ごすため、カートのいとこが保有しているという山荘へと向かう。 
道中、怪しいヒッチハイカーに呼び止め・・・ られはしなかったものの、胡散臭そうなガソリンスタンドで教えられた道はなんと間違い・・・ ってコトもなく、無事目的地へと到着した5人。
早速山荘に入ってみると、そこには謎の模様が刻印された立方体・・・ はなく、見知らぬ若者二人組が卵を借りに・・・ 来ることもなかったので、安心した一行は水着に着替え湖へ。
しかし、湖に飛び込んだ瞬間、おそろしい形状をした藻の塊のようなものがこちらへ・・・こなかったかわりに、水中からヒレのついた手が・・・ 伸びてくることもなく、楽しいひとときを満喫したのであった。
夜になり、山荘の中でおいしいお酒の時間をたのしむ一行。 
そんな彼らの姿を、暗闇の中から醜く歪んだミュータントの瞳があやしく見つめ・・・ ない。
マスクをつけた殺人鬼の魔の手がのび・・・ ない。
満月の光を浴びたカートの身体から獣の毛がのびはじめ・・・ ない。
まったりとした空気が流れたその時、突如地下室への扉が大きな音と共に跳ね上がる。
恐る恐る階段をおりたデイナの目に飛び込んできたのは、埃をかぶった一冊の本。
そう・・・!それこそは死者の書ことネクロノミコンだったので・・・ はなかったんだけど・・・ なんというか・・ある意味ネクロノミコンっていうか・・・ ・・ええと・・・まぁ、ぶっちゃけ女の子の日記だったんだけど・・ いちおう禍々しさではまけないっていうか・・ ・・・ラテン語も書いてあったし・・・ ・・うん・・
・・ おい! 本題はよ!



・ あとは延々本題です。

・ 上記にあるように、定石通りのストーリーがわかりやすくキャラ設定されたメンツと共に繰り広げられますが、一方その裏では「えー だってさー、ひとがやる事なのにどうしていっつもこっつも予定調和な世界なのー?ひゃくにんいればひゃくとおりになるんじゃないのー?おかしくね?」と冷静につっこんじゃうタイプの人も思わず心のガッテンボタンを連打したくなるような、「斬新な言い訳」が同時進行で描かれており、実はそちらが真のあらすじである、というからくりな訳で。

・ とは言っても、「実はすべては謎の組織が死後の世界の様子を知るためにセッティングした生き地獄だった」とか「実はリアリティ・ショーだった」とか「お金持ちクラブの賭けの対象だった」とか、そういう既視感あふれるアレではなく、もっと新鮮かつもっと大きな風呂敷が部屋いっぱいに広げられます。 

・ そう、実は「この『キャビン』という物語の世界には、人類を滅ぼすほどの巨大な力を持つかいぶつ(通称・古きものども)が存在しており、ソレを鎮めさせておく為、若者たちは定期的にホラー映画的なシチュエーション下で殺されてゆくなければならなかった」のです。

・ ね! でっかいでしょ!

・ ではここで、渦中のひと・【古きものども】さんのお話を伺ってみましょう。 
「うーん、そうねぇ、自分で殺したいってわけでもないんだよね。見せてくれさえすれば、もうそれだけでいいよ!って。オレはそう言ったんだ。」 「ただね、見せるならキチンとしたものを見せてくださいよ、って。 処女ばかりでもダメ、リア充ばかりでもダメ、邪悪な霊を成仏させちゃダメ、わるものを退治するのもダメ。 例外なく死ななきゃダメですよって。処女以外は。」  「でもさぁ、最近ちょっと死ににくくなったよね。知恵がついたっていうか慣れちゃったっていうか。ホント、オレはもうおかんむりなわけよ!」 「なんか意味のない拷問トラップとかさぁ!さあ・・ゲームをはじめよう・・!みたいなのとか・・・飽き飽きだよ!」 「ということで、今度希望が感じられる終わり方したら、もうゆるさないからね。全力で行くんでそこんトコよろしく!」

・ 「見るだけでオッケー!」って言っときながら「しくじったら人類皆殺しな!」とかさぁ! おおらかなのかせっかちなのかどっちかにしてよね!マジで! このお客さんはなかなかどうしてワガママな御仁やで!

・ という事で、世界を救うべく設立された秘密組織の職員さんたちは、日夜【古きものども】さんの逆鱗に触れないよう気をつけながら「人殺し」の仕事をセッティングし、世界各国で最高のショーを製作しているのでした。

・ 若者たちを定番ストーリーへと導くため、監視カメラで動向を注視する職員さん。 彼らがからくりに気づきそうになればクスリで朦朧とさせ、おっぱいを出すことを躊躇いそうならフェロモンを散布し、無事惨殺されれば歓喜の声をあげる。 人の死は彼らにとってメシのタネ。 日々の幸せを支える大事なお仕事。

・ で、まぁ、もう見たまんまなのですが、劇中の役割はそのまま現実にも当てはめることができまして、要するに職員さんは「映画製作者」で、その上にデデーンと存在しているおそろしい怪物の名は「おきゃくさま」なわけですよね。


・ ホラーすきなあなたにお尋ねしますが、「人が死ぬ映画を観て喜ぶなんて、わたしはどこかおかしいのではないだろうか」と思ったことはありませんか? 私は数え切れないほどあります。 

・ とにかく物心ついた頃からホラー映画がすきでした。 両親もきょうだいもホラー映画に関心はありません。 きっと、いえ、確実に、わたしはどこかがヘンなのでしょう。 「臓物がズロローン!ウェーイ!」なんていうわたしはおかしいのです。 「作り物だからいいんだよ」とか「だってホラー嫌いな人だってニュース番組で猟奇殺人扱ってたらつい関心もっちゃうでしょ。人間ってもともとそういうものなんだよ」とか色々取り繕ったトコロで、「臓物ウェーイ!」の言い訳にはならない。 だけど、うまく説明出来ないけれど、おかしくてもいいよね、と思うのですよ。

・ 倫理的にダメだし、すきで観ている割には不快な気持ちになることもあるし、時々真人間に戻ってハっとなることもあるけれど、やっぱりやめられない。 私にとってホラーは、ファンタジーを好む気持ちに近い「ここではない世界」という感覚で摂取してしまうものなのです。 あと、もしかしたら心のどこかで「いびつなホラーキャラクター」に共感してしまっている瞬間もあるもかもしれませんね。 彼らが持つ劣等感や孤独に惹かれ、気づいたら応援してしまっている・・・なんてことも多々ありますし。

・ ちょっと話が逸れましたが、ともかく『キャビン』の世界と同じように、この世の中には「なにはともあれ血飛沫とおっぱいがすき!」という私たちがいて、その欲求に応えるべく試行錯誤してくれる映画製作者の皆さんがいます。 彼らは私たちの「もっと!もっと!」という声や「ちょっと最近のホラーは違うんだよね・・なんかこう・・・ゲーム感覚でさぁ・・」という批判をドンと受け止め、さらに斜め上をゆく奇想天外なアイデアを生み出してくれます。 需要に応え続けなくてはならないという一念で。 「この世界」を守らないといけないという一心で。 

・ で、皮肉なことに、そこまでして必死に作り上げ守ってきた「(ホラー愛好者の)世界」なんて、しょせんこの大きな現実世界ではほんの一部にすぎなくて、しかもけっこうな確率で眉をひそめられるような存在だということなのですよね。 ホント、ちっちゃいもんですよ。 気になる方は一度レンタル屋さんのホラーコーナーを覗いてみてくださいよ。 日に日にスペース減少してますから。 

・ 『キャビン』の世界の秘密組織職員さんたちが世界の崩壊を阻止しようとふんばる姿を観れば観るほど、なんだかせつない気持ちになってしまいました。 あのね、その「世界」なんて、無くなったトコロでわたしたち以外のみんなはさほど困らないんだよ、と。 【古きものども】さんは困るだろうけど、それ以外のひとたちは困らないの。 もしかしたら、健全になってよかったね!って喜ばれるかもしれないぐらいで。

・ でも、だからこそ、わたしは踏みこたえたい。 このちっぽけな「世界」を愛したい。 いいじゃない、それっぽっちのたのしみぐらい。 「嬉々として作ってる製作者のモラルが問われる」? いいじゃない、虚構の世界なんだから。 オレたちの世界ぐらい、オレたちのすきなようにみせてくれよ!たのむから!

・ あのラストシーンは、そんな我々の心の叫びを代弁していたのではないか。(だから【古きものども】なのにタコでも鉤爪でもなかったのではないか) そんな気がして、ちょっと胸が熱くなってしまったアガサなのでした。 見よ!空高く突き上げられたあの拳は、オレたちの拳だ!

・ なにはともあれ、前半の定番ホラーシチュエーションから後半の大虐殺までさいこうに次ぐさいこうの連続でしたよ。 入れ子式な構造も、ド頭から打ち明けてしまっているにも関わらず、全く物語の緊張感を削ぐことなどなく、むしろ期待感を増加させる役割を果たしていたと思います。 クライマックスの「ワクワクいきもの図鑑」的な展開に於きましては、たのしすぎてあのエレベーターの「チン」という音をメールの着信音にしたいぐらいの気持ちになりました。 ありがとう・・・いい・・薬です・・・!(←特に意味はない)

・ あのセノバイトっぽいおっちゃんかっこよすぎだよ! ハリウッドのえらいひとはつぶれ甘食みたいだった『ヘルレイザー:レベレーション』なんかさっさとリブートしちゃえばいいと思うよ・・・ このおっちゃんを主役にしてさ!
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(※ ちょっと3作目に出てきたCDの人と被っちゃってるケド・・・ ま、問題ないか!)

・ 「いきもの地球紀行」(←名前にこだわりはない)の他のメンバーも、どこかでお会いしたことがあるような方ばかり・・・。 アガサが気づいたトコロでは、『死霊のはらわた』の木さんとか『it』のペニーワイズさんとか『シャイニング』の双子ちゃんとかアナコンダとか『ストレンジャーズ/戦慄の訪問者』のお面の人とか、あとは古き良きモンスターとか狼男とかゴブリンとかゾンビとか・・・。 嗚呼・・これはぜひ、DVDでコマ送りしながらひとりずつチェックしてみたいトコロですね。

・ あとね、これちょっと気になったのですけども、そもそも「『キャビン』の世界」にホラー映画は存在していたのでしょうかねぇ。 秘密組織がお膳立てしていた「いかにも」なシチュエーションは、【古きものども】さんから直々のお達しがあって練り上げられた内容なのか、それとも秘密組織のみんなのアイディアの賜物なのか、はたまた「ホラー映画」というものがあって、その設定を模倣して作られたのか・・・。 もしそうなのだったとしたら、「マリファナでいい気分な登場人物」に関する調査が全然足りてないよね! あいつらホラー映画で定番じゃん! マリファナの効果と薬に対する作用ぐらい確認しとこうよ!

・ いやね、あきらかに「二番煎じ」みたいなモンスターばかりでしたから、きっと「ホラー映画が存在する世界」なのだろうなぁ・・とは思うのですよ。 でも、でも、てことは【古きものども】さん用のなまいたショーは「虚構」の模倣なのか。 どっちが先なの? ホラーなの? 現実なの? モンスターは天然モノなの?養殖モノなの?現実にも存在するの?(という設定の世界なの?)

・ まぁ、ココはこだわらなくていいトコなんでしょうけどね。 ホントのトコロは、あの「『キャビン』の世界」では、どちらが先かはさておき常に「現実」と「虚構」が追いかけっこをしているような状態なのかもしれません。 「私たちの現実」がそうであるように。

・ あ、それと、日本の職員たちが仕組んだ「定番ホラー」がなんだかよくわからない少女の霊だった点もね、ぼくは声を大にして異議を唱えたいですね! ビジュアル的にはハリウッド版貞子(サマラちゃん)っぽかったので、『リング』をイメージしていたのかもしれませんが、そこはね、できれば『呪怨』で行って頂きたかったです!

・ 『呪怨』ならさー、家一軒セッティングすればいいだけだしさー、若者だって誘い放題だしさー、伽椰子たん、なかなか成仏しないタイプだしさー、絶対いいと思うんだよねー。秘密組織の側で考えたら。

・ 「どんぐりコロコロどんぶりこー」 で成仏しちゃったら、織田無道はおまんまの食い上げだよ~!(もうとっくに食い上げてるのか)

・ 以上、色々書きましたが 「映画製作者のみなさん、とてもおもしろい映画を作ってくれてありがとう!」とお礼の気持ちを記して感想を終わりにしたいと思います。 そしてこれからもよろしくおねがいします!



・ うっかり書き忘れてましたが、シガニー・ウィーバーさんはやっぱええ人やで!!(※ あの役はジェイミー・リー・カーティスさんでもおもしろかっただろうな・・)

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『ザ・ウーマン』

2013年03月13日
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あらすじ・・・
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山の中でひとりの女性が発見されます。

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連れ帰られた女性は、とある一家に飼われる事に。

ウーマン3_convert_20130311113840
懐くどころか、凶暴性を剥き出しにする女性。

ウーマン4_convert_20130311114142
教育が実を結び、ヒトの言葉を覚えはじめる女性。

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しかし結局、再び女性は解き放たれ、彼女の自由な生き方に憧れた文明人たちがあとに続くのであった。


【番外編】
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女性の生命力溢れる生き方に惹かれる男性(カウ)。

(※ 画像はすべてイメージです)

ウンバボー!(←合言葉)

ということで、昨年一部の劇場でひっそりと公開された最終鬼畜映画『ザ・ウーマン』がやっとこさDVD化されましたので早速鑑賞してみましたよ。
簡単に紹介すると、「邪悪なヒギンズ教授が野性味溢れる女性を調教しようと思ったんだけど、実は女性の主食は人肉だったもんだからさあ大変!」というお話です。
噂にたがわず素晴らしい仕上がりで、親父のゲスっぷり、おかあさんの思考停止っぷり、息子のクズっぷり、末妹ダーリンちゃんの天使っぷり、女子高生ペグの詰みっぷり、そしてウーマンさんの独立独歩っぷりが、魅力的な俳優陣によって見事に表現されておりました。
特筆すべきは、「退かぬ!媚びぬ!省みぬ!」の精神でひたすらに「生きて」ゆくウーマンさんの、神懸かり的な美しさ。
演じるポリアンナ・マッキントッシュさんは、本作の前日譚にあたる『襲撃者の夜 食人族The Final』でも同じ役に扮していたのですが、そちらでの精彩に欠く立ち回りがウソのような、実に活き活きとした生き様を披露してくれていました。
あるときは狼が棲む洞窟、またあるときは野蛮な文明人があつらえた監禁室。 暗闇の中浮かび上がるその三白眼は、鬼火のように妖しく燃え、アガサの心を魅了してやみませんでした。そしてきっと、ウーマンさんと同じく「とらえられて」いた女たちの心も。

物語の内容はほぼ原作小説の通りで(ケッチャムさんとラッキー・マッキー監督の共著なので当たり前といえば当たり前ですが)、とことん救いのない破滅の風景が情緒豊かにめくるめく展開します。
残酷なほど美しく切り取られた青春の日々。 
観ているだけで息が詰まりそうなスイートホーム。
そんな中、抑圧された「女」から定冠詞のついた「THE WOMAN」へと生まれ変わる、その第一歩を踏み出す女たち。
それは、ショッキングな出来事によってのみもたらされた変化ではなく、もともと彼女たちが持っていた強さ、生きる意志を取り戻した事による変化だったのではないかと思いました。
自分が長年支配し続けてきた女たちに、変化のきっかけとなるウーマンさんを与えてしまったのが、他ならぬゲス親父その人であった事はなんとも皮肉で、小気味いいばかりですね。

本作のもうひとりのキーパーソンとして、夫からの肉体的・精神的虐待を受け続けた結果自分の中の「良心」をシャットアウトせずには生きてゆけなくなってしまった妻がいるのですが、演じるアンジェラ・ベティスさんが放つ国宝級の薄幸オーラと相まって、「ただ立っているだけでかわいそう」「声をかけるのも躊躇われる」「ごはんが栄養になってなさそう」「暗闇で遭遇したら腰が抜けそう」との声が続出しました。(アガサの心から)
こういう「かわいそう」な主婦が、何らかのアクションを起こさない事を責めるのは簡単です。
責めるつもりはなくても、「さっさと離婚するなり、夫が居ない間に家を出るなり、なんとか出来た筈」などとつい思ってしまう人は多いでしょう。かくいう私もそうですが。
しかし、そんな「簡単」な事すら思いつけない程、彼女の心は空っぽになってしまっているのではないか。そうしないと、思考を留まらせず常に空っぽにしていないと生きてゆけないほど、疲弊してしまっているのではないでしょうか。
もちろん、彼女自身の事はさておき、子どもに与えられた暴力すら見てみぬフリをしてきた事は、到底許されることではありません。
ペグやウーマンさんに夫が向けた「愛欲」に対し、怒るどころか嫉妬してしまうトコロや、不幸な生まれ方をした娘を救おうとしなかったトコロも、女として妻として、そして母として、愚かとしか言いようがない。
でも。 だけれど。

最後の最後になり、やっと「THE WOMAN」として尊厳ある生き方を選ぼうとした彼女は、夫の暴力によって再度蹂躙され、監獄のようなスイートホームから抜け出す事が出来ませんでした。
そんな彼女が、解き放たれたウーマンさんによって生きたまま喰われ命を終わらせた事は、当然の報いであったと同時に、一種の弔いだったのかもしれません。 
夫ではなく、ウーマンさんによって(この世から)解放された事は。

純粋なダーリンちゃんが地下室のウーマンさんにラジオを聴かせるシーンや、青春を謳歌する同級生たちを見つめるペグちゃんが絶望の底へと沈んでゆくシーン、親父の暴走を制止しようとして逆に口汚く罵倒されてしまうペグちゃんの姿を、グルグルと取り囲み追い込んでゆくようなカメラワークで映し出したシーンなど、その画面が意味する恐ろしさとは裏腹にハっとする程魅力的なシーンが多々あり、ラッキー・マッキー監督の非凡な才能に大いに打ちのめされました。
同監督オリジナル作品の『MAY -メイ-』も素晴らしい作品でしたが、今後もうしばらくケッチャムさんとの蜜月が続き、あのおぞましい世界感を叙情的に描いて行って頂けたらなぁ・・と思わずにはいられません。
ホント、相性バツグンだと思うよ!



【関連記事】
原作小説「ザ・ウーマン」感想





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『デビル・インサイド』

2013年03月10日
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あらすじ・・・
悪魔がいるように感じるから悪魔祓いをするのか悪魔祓いをするから悪魔がいるように感じるのか、さあ!どっち!

・ 若く美しい娘、イザベラ。 彼女には悩みがありました。 それは20年前に母が起こした事件のこと。

・ 神父を含む3人の男性を冥土送りにした罪で引っ立てられた母・マリア。 解離性同一性障害と診断されたマリアは、釈放後イタリアの精神病院に強制入院させられました。 それ以来、一度も母と会うことなく成長したイザベラが、大人になって思うことはただひとつ。 母は本当に「精神障害」だったのか。 それとも「何か」に「憑かれて」いたのか。

・ そんなイザベラの疑問に救いの手を差し伸べてくれる人がいました。 ドキュメンタリー監督のマイケルです。 マイケルは当時の捜査資料を集めたり、イタリア調査旅行の同行など、ちょっとどうかと思うくらいの全面フォローを申し出てくれました。 いやぁ!やっぱかわいいは正義だわ!

・ ということで、あとはイタリアで悪魔祓いをしてギャーってなって終わりです。それ以上も、それ以下もない。いつものアレです。

・ 本作は、イザベラに同行したマイケルがフィルムに収めたあれやこれや。というていで進められてゆく、いわゆる「モキュメンタリー」方式の映画な訳ですが、「母の無実(?)を証明したい娘」の頼みだけでバチカンが協力してくれたり、病院が部外者であるカメラマンも招き入れてくれたり、あちらこちらへカメラを仕掛けることすら許可してくれたりと、「本気でモキュメンタリーにする気・・・あんの?」と言いたくなるような至れり尽くせりっぷり。

・ その反面、冒頭【バチカンは悪魔祓いを認めておらず、本作に関しても一切承認・援助はしていない】とテロップを出してみたりもするので、本当にね、どういう方向性に持って行きたいのかわかりづらいですよね。 ええとええと、じゃあ何ですか?バチカンでの「悪魔祓い講座」のシーンは隠し撮りだったってことですか? 講堂内も堂々と撮影してたみたいですけど。 ああもうなんかやだ!中途半端!ふんずけてやる!

・ まあね、この手のテロップはよくある手法ですし、いちいち目くじら立てるようなものではないと思うのですけどね、なまじ「真面目に作ってます」という姿勢が感じられるだけに・・ねぇ・・・。 【バチカンは認めていない】雰囲気でいくのならコソコソ撮影&バレて怒られるぐらいのシーンがあっていいと思いますし、【堂々と撮影したのちに揉めた】方向でゆくのならテロップは「バチカンはこれらのフィルムを認めていない」とかにする方がよかったような気がしましたねぇ。 ウソはおもしろいけど、つくんなら上手について欲しいっス。

・ あと、イザベラさんがお母さんの事件の真実に迫りたい、という気持ちは理解できるものの、なぜ病院を訪ねるよりも前に悪魔祓いの授業を受ける必要があるのかさっぱりわかりませんし、いざ再会した時、絶対知る筈のない自分の過去(数年前に堕胎した)をお母さんにデスヴォイスで囁かれたイザベラさんが、超常現象さ加減に心打たれてすんなり「悪魔憑きであること」を受け入れるのではなく、さらに悪魔憑きのなんたるかを知ろうと奔走する意味がわからない。 しかも、なんたるかを教わる相手は「無認可のエクソシスト」ですよ。 こないだバチカンの教室で知り合ったばっかの学生ですよ。 みんなチャレンジャー精神旺盛すぎるだろ!

・ ・・と、まぁ、ああだこうだ言いながらも、「悪魔祓い」映画を見かけるたびに借りてしまう私なのですけどね。 なぜかというと、それは「キリスト教を信じる」人たちの世界における「悪魔」という概念が興味深いからだと思います。

・ じぶん、仏教徒なんで。 ・・・というかどちらかというと無宗派ですし、「悪魔憑き」と言われても「どの世界の悪魔だよ!イスラム系か?仏教系か?それとも山羊爪系か?ヘイヘーイ!」と怖がるどころかおもしろがってしまいがちなのですが、じっさい問題「悪魔に憑かれた」人やその家族にとっては生死に関わる大問題なわけで。  恐ろしく曖昧で、しかしものすごい破壊力を持つ「悪魔」というものは、どこからやってきてどこに去ってゆくのか? 果たしてその正体は? 続きはwebで!(※続きません)

・ エクソシスト映画で時々見かける論法に、「悪魔がいるんだから神さまもいるんだよ」というものがありまして。 アガサはそれを初めて目にしたとき、「すごいなぁ」と感心してしまったのですよね。 「神さまが居るかどうかは証明出来ないけど、悪魔がいるんだから居るにちがいない」という。 「卵が先か鶏が先か?」みたいな歯切れの悪さでいいんだ~!へ~!、と。 

・ まぁ、感心すると同時に、ちょっとズルイんじゃないかとも思ってしまったのですが。 だって、「悪」がこの世の中から消え去るコトなんてないじゃないですか。そしたらもう、神さまも居るに決まっちゃうじゃないですか。「あー神さま居るわーごめん居たわー」ってなりますって。

・ ただ純粋に「悪意」だったり、何かを成立させる為に「必要悪」になったり・・。 いずれにせよ、この世界には、人の心の中には、常に色々なかたちの「悪」が潜んでいる。 まさしく「デビル・インサイド」なわけです。 しかし、それは「一部分」であって「人そのもの」ではない。 

・ 「悪魔」とは、「あなたはわるくない。わるいのは悪魔なのだ」という「救い」の為に生み出された存在なのかもしれませんね。 先に書いた「悪」以外にも、情緒的な不安定さからくる混乱や肉体的な苦痛や精神疾患も全部ひっくるめて、自分自身が、あるいは近しい人が、どうにも出来ないような「混乱」に陥った時、それを「悪魔」のせいにして乗り越えようとする、ひとつの知恵みたいなものなのかもしれないなぁ・・と思います。  もちろん、「わるくない」って言ってくれるのは「神さま」です!ハレルヤ!

・ ちょっと話が逸れてしまったような気もしますが、本作に関してまとめると、中途半端さはさておき「なんだか知らないけど豹変した人」とそれを無理やりねじふせようとする「キリスト教」の噛み合わなさや無力さはおもしろかったです。

・ くらべちゃいけませんけど、同じくバチカンのエクソシスト講座に関する描写が出てくる『ザ・ライト -エクソシストの真実-』の方が、色々と振り切れていて私はすきですねぇ。 そういえばあっちは「実話ベース」を売りにしていたような・・・バチカン・・怒らなかったのかなぁ。(まぁ本作のテロップもただのハッタリでしょうけどね)



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『パラノーマル・エクスタシー』

2013年03月07日
TSUTAYAディスカスというネット宅配レンタル、ありますよね。
先日そのラインナップを見ておりましたらね、というか、まぁ、隠す事でもありませんから正直に言いますけど、「パラノーマル」というキーワードで検索をかけていたのですけどね。
そうしましたら、新たなパラノーマルタイトルが目に飛び込んで来ましてですね。
まぁ、気がついたら猛烈な勢いでクリックしていましたよね、ええ、まあね。かごに入れまくってやりましたよね。

という訳で、我が家に『パラノーマル・エクスタシー』がやってきました。

パラ
(※ 「パラノーマル」の上に「エマニュエル」って書いてあるような気がするけど、あえて見なかった事にします。)

あらすじ・・・
愛欲を無限のパワーに変える装置を搭載した飛行船「エマニュエル号」に乗り込んだエマニュエル一行が、ワームホールをくぐり向け向かった先は・・・。

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(※ オープニングから全力でエマニュエル方向へ舵を切ってきますが、あえて気付かなかった事にします)

この時点では全く知る由もなかったのですが、どうやら本作は何がしかのシリーズ第5弾にあたる作品だったらしく、一行は過去に様々な空間で珍道中を繰り広げていた模様。文字通りのチン道中をね! 
いや、何のシリーズだったのかはわかりませんよ。気付かなかった事にしているので皆目見当つきませんってば! オレが借りたのは「パラノーマル」!誰がなんといおうと「パラノーマル」なの!

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(※ さすがにこの画が映った瞬間は「アレ・・・?オレが借りたの、オマターだったっけ・・・?」とDVDのラベルを見直しました)

エネルギー変換装置の前で、エネルギー変換にまつわる研究をしているとおぼしき博士がふたり。
と、その時飛行船のエンジンに不具合が発生。
そこで彼らはおもむろに「エマニュエル風味」のチョコレートを頬張り、自らの身体を犠牲にして愛欲エネルギーを作り出そうとします。要するに本番開始です。
激しい運動の末、大量のせいs・・・エネルギーを放出させた博士。
飛行船はワームホールを抜け、ピンク一色に染め上げられた謎の異世界へと辿り着きます。
戸惑うエマニュエル一行。
そんな中、彼らの前に性欲を持て余した幽体たちが現れ、唐突に人間たちの肉体を操り始めました。
なすすべなく肉欲の渦に巻き込まれるエマニュエルたち。
そう・・・・なんと一行が迷い込んだのは霊界だったのです・・・。

・・・ていうかポルノですよね。
頭の先からしっぽの先までポルノですよ。
5分に一度は本場の味ですよ。
ああとっくにご承知だったさ。 でっかく「エマニュエル」って書いてあったさ。そんくらいディスカスの在庫確認してる時点でガッツリ目視してたさ。
でもね、でも、借りずにはいられなかった。そんなオレを許してほしい。

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(※ おかあさん・・・、わたしは「パラノーマル」に躍起になるあまり、大切な何かをなくしてしまったのかもしれません・・・)


とまぁ、後悔先に立たずな状況で、とはいえ、作中の男性陣は全編通して立ちっぱなしでしたけども(←アダルティなジョーク)、うれしはずかしながらどこに出しても恥ずかしくない立派なピンク映画をまるっと鑑賞した訳なのですが、意味も関連性なくただいたずらに「パラノーマル」をくっつけていた訳ではなく、原題はズバリ『Emmanuelle's Supernatural Activities』。 
しれっとした顔で「スーパーナチュラルアクティビティ」と銘打っておりまして、飛行船でのお色気シーンにもきちんと幽霊が登場。
かの名作『エンティティー 霊体』をぼんやりと連想させる「ひとり運動会(←隠語)」の様子を盛り込むなど、いちおうそれらしい内容にしようという意欲が感じられます。
そして中盤にはなんと衝撃の展開が!

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(※ やべえ・・ こいつら本気でパラアクやるつもりだぞ・・・!)

霊界からの脱出方法を探るため、性の師匠マンディさんと共に幽体離脱を敢行したエマニュエルちゃん。
おばけの事はおばけに聞け、とばかりに向かった先は、今まさに心霊現象が頻発している一軒家。もちろんベッド脇にはハンディカムが待機中。
本家と見分けがつかない程のチープな映像が映し出される中、就寝中のカップルに魔の手が迫ります・・・!
その正体とは?! やっぱ山羊爪系悪魔なの?!そうなの?!

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(※ 幽霊の正体見たり枯れ尾花)(←ここでいう枯れ尾花とは、童貞で悶々としている幽霊の事なのである!)

この辺りからの展開がね、くやしいけれどそこそこおもしろかったりするのでタチが悪いのですよね。まぁ、エマニュエルちゃんは本編中ときどきタチになってましたけどね。(←アダルティなジョーク)
本家のパラアクでは山羊爪丸出しでシーツめくってたのが、こちらでは志半ばで亡くなった童貞の幽霊。
女の子のちちが気になって気になってしょうがない彼が、わーっつってこじらせまくった結果、毎夜シーツをめくったり寝姿を眺めたり。
そりゃしますよね。 ちょっかい出したくもなるでしょうよ。「もしも透明人間になれたらあなた、何しますか?」って聞かれてるのと同じですもん。 ていうか、世の中の心霊現象ってほとんど欲求不満な霊の仕業なんじゃないですかね。
・・不思議ですね・・・今、本家(山羊爪系悪魔)よりも説得力を感じちゃってる自分がいます・・・アハハ・・

パラアクなカップル宅では、ただ強く揉みしだけばいいと思っている男性に成り代わり、女性のちちをソフトタッチで撫で回すマンディ師匠の愛ある熱血指導が始められ、最後は師匠のテクで果てた女性にベッドから蹴り落とされた男性がカメラにぶっ飛んでくる、という本家も真っ青な「パラアク・オチ」まで拝むことが出来ます。
ここまでポイントをおさえて作られていようとは・・・。
なんというか、「学校一の不良とおそれられていたヤンキーが雨の日に捨て犬の箱に傘をさしてあげている所を見た」ような、そういう「いい意味でおもてたんとちゃう」みたいな、「やるじゃん!」みたいなやさしい気持ちになりました。 いいのかそれで。

その後童貞くんの霊は、飛行船のクルーである「清純派風だけど中身は淫乱」なリサちゃんに無事筆おろししてもらい、ふたつの意味で昇天。
その時発生したエネルギーにより飛行船の動力も復旧され、ふたたび現れたワームホールに突入した所で次号に続き、ジ・エンド。
可憐な面持ちと脱ぎっぷりの良さのギャップが魅力的なエマニュエルちゃんや、気持ちいいことへの探究心を忘れない、向上心の塊のようなマンディ師匠、性的な意味で好奇心旺盛なリサちゃんや、その他脱ぎ要因の女の子たちが皆とてもかわいらしく、ちちも大きいちちからこぶりなちち、多彩なにゅうりんが取り揃えられ、パリっと張ったしりも非常にワンダフル。
(いちおう)真面目にパロディに取り組んでいる感もあり、とてもじゃないけれどキライにはなれない、ていうか結構おもしろいピンク映画でした。
ま、他のシリーズまで観ようとは思いませんけどね!


(※ その他のシリーズ)
シン_convert_20130306232231「シン・シティ」・・? 
トワイライト_convert_20130306232243吸血鬼のアレ。
なぐさめ_convert_20130306232254「ダブルオー・シックスナイン/辱めの報酬」。羞恥プレイ・・か・・?
みち_convert_20130306232305「未知との挿入」・・うん・・・わるくないセンスだと思うよ!


『エロー・ポッターとヴァギナガンの囚人』レベル目指して、がんばれエマニュエル!



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