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『ダークナイト ライジング』

2012年07月28日
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「伝説が、壮絶に、終わる。」

あらすじ・・・
強敵ジョーカーと死闘を繰り広げ、堕ちた英雄ハービー・デントにすったもんだの末引導を渡したのち、すべての罪を背負い、長期休暇という名の自粛モードに突入してしまったバットマン。
マスクをタンスの奥にしまい込んだ彼は、ロングなバケーションを一体どのようにして過ごしていたのか。
自警活動はともかく、会社とか、社会的な付き合いとか、もろもろありますよね?

・・・とおもっていたら、ひきこもっていました! まあね!お金はありますもんね!


きっかけは、犯罪者に殺された両親の敵を討つため。
途中からは、犯罪者全般から生まれ育った街を守るため。
「正義」と「自己満足」の合間で心揺れ動かされながらも、恐怖に抗い、人々に「悪に屈しない」というメッセージを送ってきた男、バットマン。
前作『ダークナイト』のクライマックスで、「光」を輝かせるため自ら「闇」になる事を選んだ彼が、ふたたび窮地に立たされたゴッサムシティに舞い戻り、これまでにない程の絶望に堕ちてゆく様を描いた『ダークナイト ライジング』を観てきましたよ。

バットマンが「わるもん」の役を引き受けたお陰で、「いいもん」のシンボルとなったハービー・デントは8年もの間人々に希望を与え続け、その名を冠した「デント法」によって数千人もの犯罪者が捕らえらました。
「悪」は抑えられたと思っていた。 
しかし、そうではなかった。
自分たちを「正義」と信じる者たちによる「裁き」が、非情にも行われようとしていた。
その匂いをひょんな事から嗅ぎつけ、
「そっかぁ・・じゃあ戻らなきゃなぁ・・・いや、そんなに戻りたかった訳じゃないけどね・・」
とばかりに、いそいそとバットスーツを取り出すブルース・ウェインの頭に、白いのもが混じっているのを観た瞬間、「待ってました!」とばかりに諸手を挙げて喜んでいいものか、複雑な気持ちになってしまいました。
8年もの長い期間は、ブルースさんにとっての「バットマン」をどう変えていったのか?
肉体的な面だけではなく、精神的な面でも、若かった頃と同じように「正義」を貫き通す事が出来るのか?

もしかしたら今までのブルースさんにとって「正義」とは、死ぬまでのヒマつぶしだったのかもしれない。
死を恐れないのは勇敢なのでも高潔なのでもなく、ジョーカーと同じように「一番怖いこと=死」ではないというだけの事だったのかもしれない。
では一番怖かったは何なのか。
アガサは、「誰からも必要とされない」事だったのではないか、と思いました。
そして今回、お金や強靭なスーツで常に自分を保護してきたブルースさんはそれらを失い、はじめて「無力な人間」として苦痛を味わう事となった。
死ぬことは恐ろしい。 
だからみんなを死なせたくない。
誰に望まれたからでもなく、ただ純粋に、死の恐怖におののく人々を救いたいと願った時、ブルースさんは本当の「正義」を見つけられたのではないでしょうか。
怒りのはけ口でも、自己愛を満たすためでもない、ひたむきな「正義」を。

ノーラン監督による本シリーズはこれにて完結という事ですが、その言葉を裏打ちするかのように、過去2作の登場人物や届けられなかった手紙、運命を変えた瞬間などがタペストリーのように織り込まれ、最終章にふさわしい、見応えたっぷりな大団円となっていたと思います。
正直言うと、不満な点も少なからずありました。
しかし、過去2作に足りなかった「ブルース・ウェインの成長」が最もきちんと描かれており、ファンにとってははたまらなく「いとおしい」ラストも含めて、とても素晴らしい「バットマン」だったのではないでしょうか。

あと、これから鑑賞される方は、出来れば『バットマン ビギンズ』『ダークナイト』を再見される事をおすすめします。
観ていないと置いてけぼり、なんて事はありませんが、観ておくほうがきっと隅々まで堪能出来ると思いますよ!

なにはともあれ、お帰りなさいバットマン! 我らが光り輝く闇の騎士よ!



(※ 以下ネタバレしますので追記に続きます。 鑑賞後の方は「続きを読む」からどうぞ)




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『メリダとおそろしの森』

2012年07月26日
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またメリダと言い争ってしまった。 
どうしてあの子はわかってくれないんだろう。
ああ、今までメリダにかけてきた言葉は、すべてあの子に届いていなかったのだろうか。そんなはずはない。そんなはずはないのだけれど。
あの子のしあわせだけを祈って、よかれと思って、でも、そうではなかったのだろうか。
幼い頃から、あの子は外遊びがだいすきで、野を掛け、森を抜け、それはもう生き生きと。
私にはまるで、大地と愛し合っているかのように見えたものだ。
あの子が男の子だったらなら、きっとすばらしく勇ましい王になっただろう。そんな風に思った事すらある。

ああ、私は間違っていたのだろうか。
将来后となるべき宿命を背負った娘に何を教え、何を説くか、その選択は実に困難だ。
正しかったかどうかの判断が下されるのは、ずっとずっと先なのだから。
私が唯一自信を持って教えてあげられるのは、私自身が歩んできた道についてのみ。
私は、人生に何の悔いもない。
愛する家族、豊かな土地、忠実な家臣、満ち足りた日々。
私が学んできた事を学ばせれば、きっとあの子もしあわせになれるはず。
そう思ってきた。そう信じてきた。
きたのだけれど・・。

・・・
・・・・あの子が帰ってきた。
よかった・・きっといつもの森に出かけたのだろうとは思ったけれど、万が一熊にでも遭遇したらどうなることか、気が気ではなかった。 こんな心配も、あの子にとっては余計なお世話なのかもしれないけれど・・。
あの子はまだ幼い。 
この結婚がもたらす幸福、招きかねない災いについて、何もわかっていない。
もう一度ゆっくり、その事について話してみる必要があるだろう。

メリダ?ああメリダ、今ね、あなたの花婿候補のみなさんにお父様が接待を・・ え・・?このケーキを・・わたしに・・? まあ・・・!ありがとう! 
うれしい・・・やはりメリダはやさしい子だ・・
きっと話せばわかってくれる・・
 
私の気持ちをわかって・・・ 

わか・・  

・・・一服盛りやがったな!あのガキャあ!!!


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(※盛られる前の王女)(※女盛り)

はい、というわけで、「娘と意思の疎通を図ることができず、ちょっとした手違いで一服盛られてしまったおかあさんがクマになってしまってさあ大変!」という殺伐ファンタジー『メリダとおそろしの森』を観てきましたよ。
あちらこちらで紹介されているあらすじを見ていると、
「ははーん、さては娘の自主性をことごとく踏みにじり、ゴリゴリのメス教育を押し付けようとするヒステリックママンがうざったいお話なんだな」
と思われてしまそうな本作。
たしかにメリダのおかあさんはめんどくさい。
人の話を聞きやしない。
しかし、アガサはそんな彼女を「全くもって理解不可能な石頭のママンではない」、と思ってしまいましたので、今回は出来うる限りエリノア王妃をフォローしてみたいと思います。


【正解がない!】
最終目的は「我が子のしあわせ」なんですよね。 それはもう、ひたすらに。
問題はどのような子育てをすれば、そこにたどり着けるのかがさっぱりわからない事。
だからエリノア王妃は、唯一自信が持てる「自分の経験」を元にするしかなかったのではないかと思うのですよ。
ある程度の歳になったらきちんと嫁入り修行をし、国の平安に繋がるような縁談を選択し、子を産み、夫を支える。 
王家の娘として、何も不自然な事などない。

もちろん、当の娘さん(メリダ)にしてみれば「ちょ・・まてよ!」という教育法ですよ。
自分の意志もへったくれもない、敷かれたレールの上を走らされるだけの簡単で苦痛なお仕事ですよ。
アガサも、我が子にこの手の押し付けをしようという気は全く湧かないのですが、それでも、エリノアさんの気持ちもわからんでもないのです。
だって、ホントに、どうするのが正解なのかがわからないから。
よかれと思ってやっている事のどこまでがひとりよがりに過ぎないのか、魔法つかいでも誰でもいいからズバっと教えてくれるものなら教えてもらいたいものですよね! ね、エリノアさん!

【全部ダメって訳じゃない!】
メリダが幼かった頃のエピソードから始まる本作。
エリノアさんはやんちゃなメリダと隠れんぼの真っ最中です。
机の下に隠れるメリダを引きずり出して甘噛み。 はしゃぐメリダ。 「がうがう」とかぶりつくエリノアさん。
その姿を見たアガサは、エリノアさんは結構付き合いがいいタイプなのではないか、と推測しました。
その直後のシーンでも、誕生日プレゼントとしてメリダに弓矢を渡す夫に苦笑いするものの、「そんなもんアカン!」と取り上げるような無粋なまねはしないエリノアさん。
アガサが思うに、エリノアさんによる本格的嫁入り教育が始まったのは、メリダが思春期を迎えた頃からだったのではないでしょうか。
お年頃のメリダに備わっている弓矢の技術や乗馬の腕前からも、エリノアさんが本気でメリダの行動をすべて押さえつけていたとは思えないのですよ。 
きっと「まったくもう・・あの子は・・」ってため息つきながらもある程度は見逃してあげていたんですよね! ね、エリノアさん!

【ホントはわかってたんです!】
「独善的」を「よかれと思って」に脳内変換し、メリダにガミガミ言い続けてきたエリノアさん。
断固として結婚を拒絶する娘との口喧嘩の末、自分が家族への想いを込めて作ったタペストリーを切り裂かれてカッとなり、メリダが大切にしていた弓を暖炉に放り込んでしまいます。
ショックを受けたメリダは部屋から飛び出してしまいますが、エリノアさんもまた、自分がやってしまった事に驚き、慌てて弓を火の中から拾い出し、深い自己嫌悪に陥るのでした。
メリダにとって弓がどれだけ大事なものか、エリノアさんにもわかっていたのですよね。
でも、売り言葉に買い言葉的なアレで、ついやってしまった。
エリノアさんは完璧な母親なんかじゃない。
自信満々に見えても、常に試行錯誤しながら家族を支えようとしていたんじゃないか。
ほんともう、わからんでもないよエリノアさん! よしわかった、今度一回飲みに行こう!!

【自尊心を捨ててみた!】
おそろしいクマの姿にその身を変えられたエリノアさんは、逃げ込んだ森の中、それでもかわらず母で有り続けようと、拙い前足づかいでメリダの朝食を用意します。
でも、外遊びの経験が乏しいエリノアさんには、食用可能な木の実の判別はおろか、ひとりで川魚を捕らえる事も出来ません。
ここで俄然活きるメリダのアウトドアスキル。
教えられるまま川に入り、魚を相手に格闘しているうち、エリノアさんの中で何かが変わってゆきます。
そして、川を後にする時、王妃の冠を置き忘れた(手放した)母が「一国の責任者」としてではなく「ただの母」として娘の気持ちを思いやった時、その心の変化は確実なものとなったのです。
無理矢理に、姿をクマ(非人間)にされたからこそ、無理なく捨てる事が出来たもの。「王妃」としての「自尊心」。
もうこの時点で、エリノアさんの魔法が解ける要素はほぼ揃っていたと言えるのではないでしょうか。

ていうか、婚約者候補が来る直前ではなく、もっと早くから双方落ち着いて将来の事について話あっていれば、意外と簡単に解決してたんじゃないのエリノアさん! 「どうせ反対されるからギリギリまで伏せとこう」っていう作戦は、たしかにアガサも使う事あるけどさぁ! 
わかった、わかったから今度ステーキガストで肉とサラダバーでもつつきながらゆっくり愚痴大会しよう!

・・・いかがでしょうか。
エリノアさんの子育て奮闘記、少しは感じ取って頂く事が出来たでしょうか。
何度も言うようですが、エリノアさんのメリダに対する接し方は、あまり褒められたものではないと思います。
「独善的」と言われれば、返す言葉もないかもしれない。
でも、その裏には、メリダへの溢れんばかりの愛情があった。
だからこそ、ほんのちょっと環境が変わっただけで、ふたりの信頼があっけなく修復されたのではないでしょうか。

一度、鎧のように身にまとった「自尊心」を捨てるのはたやすいことではない。
だからこそ、それをポーンと脱ぎ捨てる勇気を持たなければないらない。
愛する人の心を傷つけてしまう前に。
そんな風に思いながらちびっこたちと手をつなぎ、劇場を後にしました。



― おまけ ―

選びしろ
・ メリダにあてがわれた花婿候補のお三人方。 ・ ・ ・ 選 択 肢 少 な っ !!!

・ なんぼなんでもメリダの性根が曲がりすぎ。 政略結婚がいやで、なんとかおかあさんに考え方を変えて欲しい・・というトコまではわかるけど、森の奥で出会った怪しげな魔女に魔法薬の製作を頼むとかないわー。 もし悪い魔女だったらどうすんのさ。 あと、欲しくもない木彫り人形を大人買いするとかもないわー。 おまえはパリス・ヒルトンか。パパのカードで一括購入か。

・ で、超あやしい方法で入手した魔法のケーキを、なんの躊躇もなくおかあさんに食べさせ、その後おかあさんが体調を崩してゲーゲーやってるのに「なにやってるのママ!」と心配する素振りもないとか、マジ鬼畜ですよね。

・ ちなみにそのケーキがヒトをクマに変える事がわかった後も、そのまま台所に放置させて弟たちに食べさせるとか、本当におそろしいのは森とちゃいまっせ!メリダの腹ん中でっせ!

・ 上にも書きましたが、メリダとエリノアさんの関係修復の段階がえらくあっさりしていたと思います。
 メリダ   「結婚相手ぐらい自分で決めましょうよ。自分の人生なんだし。」
 花婿候補①「いいねー!オレもそう思う!」
 花婿候補②「オレもそれがいい!」
 花婿候補③「んだんだ!」
 メリダ父  「よく言ったわがむすめよ!」
 領主たち  「さすがは姫ねえさま!」
 エリノア  「それでいいのよ・・メリダ・・」
そんなんでよかったのかよ・・・

・ 7歳児までもが「おかあさん、なんかこんかいのピクサーみじかくない?」と漏らしてしまう程、小粒感が否めなかった『メリダとおそろしの森』。 しかし、そのこじんまりとした感じが、「どこの家庭にもありそうな家族間のすれちがい」を表しているようで、アガサはうんうん頷いたり、えーと仰け反ったり、しくしく涙をこぼしながら、たのしく鑑賞しましたよ。  

・ 背景やメリダの髪質の美しさも申し分無し。 『トイストーリー』の新作短編アニメと合わせて、夏のちょっとした息抜きによろしいのではないでしょうか。
 

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『ドリーム・ホーム』

2012年07月25日
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あらすじ・・・
ぜんぶびんぼうがわるいんや!

・ 香港の銀行に勤めるチェンさんはびんぼう生まれびんぼう育ち。びんぼうなやつはだいたいトモダチの薄幸美女です。 建設作業員だったおとうさんは数年前から体を悪くし、おかあさんは既に他界。弟はいるもののまるで頼りにはならず、ひとりで家計を支えています。

・ 昼は銀行でひたすら顧客名簿を片手にセールス電話に励み、夜はアパレルショップの店員としてオシャレ小物を売りさばく毎日。 しかし、働けど働けど暮らしはちっとも楽になりません。

・ 肌を温め合える彼氏はいるものの、妻帯者でケチで情が薄いのでチェンさんの寂しさを埋める要員には到底なりません。 所詮チェンさんは都合のいい女なのです。 わかっている、わかってはいるけれど、そんなクズ野郎の手を振り払う勇気すら湧かないほど孤独なチェンさん。 

・ チェンさんにはわかっていました。 どれだけがんばっても報われないのは何故か、どれだけ慎ましやかに暮らしても生活が上向かないのは何故か、どれだけ愛を求めてもゲスい男しか相手にしてくれないのは何故か、それは、みんなびんぼうのせいなのだ、ということを。 

・ そうだ。ならば、びんぼう臭が一切感じられない高級マンションを買おう。 亡くなったおじいちゃんが夢見て手に入れることの出来なかった、オーシャンビューのラグジュアリーでコンテンポラリーなマンションを買おう。 そうすればびんぼうとはおさらばできる。 惨めったらしいびんぼう人生をリセットし、なんだったらプチセレブと呼ばれるような満ち足りた人生の再スタートを切ることができるに違いない。 いや、そうなんだ。 そう信じるしかないんだ。

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(※ 良心と引き換えにおぜぜを手にし、意気揚々とマンションの契約に向かうチェンさん)

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(※ 売主である老夫婦に契約をドタキャンされ、ショックのあまり具合が悪くなったチェンさん)

・ 1997年の本土返還以降、中国との密接な関係のもと発展を遂げていた香港経済ですが、一方で市民間の貧富の格差はどんどん顕著になり、ブクブクと膨れ上がった住宅バブルに飲み込まれる人たちも少なくありませんでした。 土壇場で欲をかいて売値を釣り上げた老夫婦も、分不相応なマンションを渇望したチェンさんも、どちらもその中のひとりだった。 つまり、なにもかもびんぼうがわるいのです。(←超訳)

・ あと一歩という所でマンション購入計画をおじゃんにされたチェンさんの怒りと絶望は、ごうつくばりの老夫婦や役たたずの不動産屋ではなく、全く別の方向へと向けられました。 「だったら売値を下げざるを得られない状況にしてやんよ」という方向へ。

・ このチェンさんの思考回路が、私にはとても異様に感じられました。 「せっかく金を揃えたのに、さらに値をあげやがって!ゆるさん!」とヒトに対する復讐を始めるのではないのか、と。 肝心なのはあくまで「家」だけなのだなぁ、と。

・ チェンさんにとって「家を買う」ということは、その先にある「幸せ」へ至る為の手段ではなく、ゴールそのものだったのですね。 あまりに極端な考え方ですし、家だけあってもしょうがないのでは・・と思ってしまいそうなのですが、回想シーンを巧みに使ってその辺りの(家に固執するに至った)説明がなされているのでストンと納得する事ができました。

・ ダラリと垂れた糸電話で幼馴染との別離を表したり、びんぼう感満載のボロマンションを高層マンションの影が被ってゆく様で香港経済の偏った発展具合を示したり、狭いビルの隙間、寄せ集まるようにしてタバコをくゆらせる銀行員たちの姿に抑圧された彼らの生活を暗示させたりと、言葉以上に目で物語を感じ取らせてくれるトコロがすばらしいと思います。 なんというか、粋なのですよね、演出が。

・ 粋さ加減は、本作を多くの比重で占める「ゴア描写」においてもキラリと光っており、抜きん出た能力のない「ただの女性」が沢山の人を死に至らしめる為に凝らした創意工夫の数々が、時にユーモラスに、時にギョエーという程の残酷さで描かれております。

・ とにかく、冒頭の「警備員殺害シーン」におけるたっぷりとした時間の使い方だけで、「この監督はただものじゃない・・・!」と、思わず居住まいを正してしまうこと請け合いですよ! 無情すぎてマジ震えたよ!

・ ぽこんと出した目玉は踏み潰されるべし。ぽろりとご開帳したチ○コは切り落とされるべし。というホラーのあるべき姿を追求したおもしろシーンも見ごたえたっぷり。 切り裂かれたお腹から零れ落ちる十二指腸の質感もなかなかのものでした。欲をいえば、もう少し腸がふっくらしている方がよかったですね。なんというか、ホカホカ感がね・・・でもデュルルルン感はばっちりでしたヨ! って何を言ってるんだオレは。なにを力説してるんだオレは。(そしてまた世帯主さまに怒られる)

・ DVDにおさめられていた本作の監督パン・ホーチョンさんと園子温監督のインタビューを見てみると、この「チ○コ切断シーン」には並々ならぬこだわりが込められていたそうで、「転がるチ○コは徐々に萎えて縮んでゆき、それと同時に切断面から赤い血が、先端から白濁した液体がたらりと垂れなきゃダメなんだ!ぼくは最初からそう思っていたんだ!」と熱く語るパン監督の姿に心を打たれました。 ま、そう言われるまで気付かなかったんですけどね!(巻戻して観たら確かに白いの出てた。)

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(※ その後もチ○コ描写の規制について思いの丈をぶつけ合う両監督。 どういう特典映像なんだよ・・・)

・ こだわりといえば、布団圧縮袋を被せられて殺害される妊婦さんのシーンも、とことんリアリティにこだわった非情におそろしい死に様となっておりましたよ。 掃除機をセットして空気を吸い出し始めてからのくだりを俯瞰からのワンカットでとらえていたのですが、これが結構な長さでして。 試しに一緒に息を止めて観ていたら、いつまでたっても画面が切り替わらず「ムゴゴゴー!!」ってなってしまいました。 あの状態で演技までしちゃうんだから女優さんってホントすごいですよね!

・ 美しく、残酷で、愚かで、難儀で、おぞましい作品だったと思います。 人の命を屁とも思わない女性が主人公ですが、彼女が誰かに襲いかかればかかる程「人の命って儚くないんだな」と思わされる(そうそう簡単には死んでくれないので)という、なんとも不思議な仕組みになっておりますので、ただ単にバカスカ人を殺しまくる映画とは一線を画しているのではないでしょうか。

・ ともかく、グロに抵抗の無い方に限り、全力でおすすめします。苦々しいオチも秀逸でしたよ!
   


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『ザ・ブルード/怒りのメタファー』

2012年07月13日
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あらすじ・・・
「そんなバカな!」

弁護士の言葉にフランクは耳を疑った。
幼い頃に実母から受けていた虐待のせいで、精神のバランスを崩してしまった妻・ノーラ。
著名な精神科医・ラグラン博士から、サイコ・プラズミックという最先端セラピーを施されているものの、その成果はいまだ見えない。
そんな中、ラグラン博士に請われ、娘のキャンディスを入院中のノーラに面会させたフランクは、帰宅したキャンディスの背中に、数え切れないほどの傷跡が刻み込まれていたの発見したのだった。

「あれは妻がやったに違いないんだ!もう彼女に娘を会わせるつもりはない!」
「しかし、法というのものは母親に有利に働くものでしてね・・」

ラグラン博士が保証人である限り、ノーラの異常性を理由に娘を遠ざける事は出来ない。
むしろ、もしも面会を拒むような事をすれば、ノーラ側から訴えられるかもしれないと弁護士は言う。
娘を守るためにフランクが出来る、ただひとつの事は、ラグラン博士が「信頼に値しない人物である」と次の面会日までに証明する事。
残り時間は、あと7日間。


The Brood
(こんばんは!ジュディ・オングです!)(※うそです)

・ デヴィッド・クローネンバーグ監督による1979年の作品、『ザ・ブルード/怒りのメタファー』を観ました。 チャック・ノリスが一枚噛んでいそうなタイトルですが、ベトナム帰還兵も特殊部隊も出てきません。 そのかわり、こわい子どもとおっかない奥さんが出てきます。

・ IMDbを見てみると、本作の脚本はクローネンバーグさんが最初の奥さんとドロ沼の離婚訴訟&親権争いをしていた頃に書かれたそうで、溜まりにたまった恨みつらみや鬱憤が全編に渡ってぶちまけられ、ちょっとした「自分セラピー」のような映画となっておりました。

・ うつ病の経験を反映して「女こえぇ」映画を作ったラース・フォン・トリアー監督や、離婚の経験を反映して「心臓えぐりだしだー猿の脳みそだーウッヘッヘ」映画を作ったジョージ・ルーカスさんに先鞭を付け、「嫁なんて~嫁なんてみんなおらんことなったらええんや~!」映画を作っていたクローネンバーグさん。 さすがは時代の一歩先をゆく男ですね!

・ 物語はというと、心を病んだ嫁と、その嫁に怪しげなセラピーを施しているマッドな博士と、彼らから娘を守ろうと奮闘する(明らかにクローネンバーグさんが自らを投影したであろう)お父さんのキッツイ一週間が描かれておりまして、隅々から「がんばれオレ!がんばれオレ!」というクローネンバーグさんの心の声が響いてくるようで、なんかもう一緒になってワッショイワッショイと叫びたくなりましたね、ぼくは。

・ しかし一方、本当の意味で叫ばされた子どもさんが非情にかわいそうな物語でもありまして、「揉めている親の間に立たされた子どもの苦しみ」を知ってか知らずか、というか、もし知った上でそれを表そうとしているのなら、クローネンバーグさんはそうとうな鬼だと思うのですが、とにかく子どもさんが酷い扱いを受けます。

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(※演技の枠を超えた“本気泣き”!)

・ おばあちゃんちにご厄介になれば、その家になぞの子どもが忍び込んできてミートハンマーでおばあちゃんを撲殺。 学校に行けば、これまたなぞの子どもコンビがやってきてじりじりとにじり寄る。 連れて行かれたおかあさんのトコロから逃げ出そうとすれば、なぞの子ども集団にフルボッコの目に遭うキャンディスちゃん。 現実の世界であろうと、創作の世界であろうと、いつだって犠牲になるのは子どもなのだ。 そういうことですよね、クローネンバーグさん。 それにしてもちょっとやりすぎだよクローネンバーグさん。

・ 離婚問題で板挟みにされたキャンディスちゃん以外の子どもは安心なのかと思いきや、安全なはずの教室にやってきたなぞの子どもによって、担任の先生をメッタ打ちにされるという残酷絵巻を見せ付けられる羽目に。 全体的に子どもに優しくない映画だよ! だれか!アグネスはよ呼んできて!

・ 主人公の周りの人に襲いかかる、恐るべきなぞの子どもたちですが、その正体は「サイコ・プラズミック療法によって奥さんの体から分離された“怒り”の塊」なのでありまして、つまり、クローネンバーグさんは「子どもってこわいよね」と言っているのではなく、「嫁ってこわいよね」と言いたいのでありまして、そんな奥さんを(作中とはいえ)絞め殺してしまうラストは、色んな意味でクローネンバーグさんの半端なさを感じさせてくれたのでした。 わかる、わかるよ、過去に区切りをつける事って必要ですものね!

・ 実際心に傷を持つ患者さんにどのようなセラピーが行われているのか、アガサはよく知らないのですが、本編に出てくる「サイコ・プラズミック(患者さんが内に溜め込んでいた不満・畏れ・怒り・哀しみなどを“腫瘍”として体外に出させる)」の途中の段階までは効果的なことなのではないかなぁ、と思いました。 なにが自分を苦しめているのかを誰かをかばうことなくさらけ出し、改めてそれと向き合う事でやっと第一歩が踏み出せるのかもしれない。 なぜなら、つらいことだけれど、誰かによってつけられた傷を治せるのは、最終的には自分自身でしかないのではないかと思うからです。

・ 体外に出した「怒り」の塊が人の形となって、怒りの元凶となった相手を殺す、という本作は、言うまでもなくフィクションなわけですが、現実においても、たとえ自分を苦しめた相手を殺しても自分の苦しみは消えないのではないでしょうか。 怒りや嘆きは常に湧いてきます。 暴力的なやり方でそれを消化しても、より一層終わりのない苦しみに囚われてしまうだけ。 こわい奥さんから守り通したはずのキャンディスちゃんが、「母の怒り」の分身たちによって深すぎる心の傷を負わされ、あらたな腫瘍の芽生えを感じさせてしまう。というラストを観て、そう思ってしまいました。

・ とはいっても、不毛とわかっていても、結局自分が苦しむだけだとわかっていても、相手に怒りをぶつけずにはいられない事もあるのですけどね。 ていうか、私は多分ぶつける方ですけどね。 ぶつけるならぶつけるで、『キル・ビル』のザ・ブライドぐらいの覚悟のもとでやんなきゃダメでしょうけどね。

・ ちょっと話が逸れましたが、サイコ・プラズミックを施され全身に水泡が浮き出ている患者さんの、なんとも言えないぞわぞわっとした不気味さや、体内からとりだした「ブルード(一腹の子)」を愛おしそうに舐め回す奥さんのギラギラとした目つきが脳裏に焼き付き、もしも若い頃観ていたらトラウマ必至だったろうなぁ・・と思ってしまうような、最高におぞましい映画でしたよ。もちろん、褒め言葉ですよ。


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『パーフェクト・ホスト 悪夢の晩餐会』

2012年07月12日
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あらすじ・・・
今日は(見えない)お友達を呼んでパーティするよ!カモンジョイナス!



(※以下ネタバレしていますが、予備知識なしで観るほうがぜったいに面白いので、未見の方や観る予定がある方は鑑賞後に読んでいただく事をおすすめします)

・ なまいき盛りのジョンが銀行を襲いました。怪我しました。逃げました。すぐに身元が割れて指名手配されました。その辺にあった車をパクって郊外の閑静な住宅街にやってきました。

・ ジョンは怪我した足をなんとかしたいのと、ちょっくら休憩したくてたまりません。だって朝から重労働して疲れたから。 そんな時、たまたま目の前にあったおうちのガラス窓に「うちはエホバの証人に入ってますよ!」というシールを見かけたジョンは、ためらうことなく「こんちはーオレもエホバの証人に入ってるんスけど、仲間ってことでちょっと休ませてもらます?」とピンポン攻撃。

・ でも、「あら?クロスをつけてないわね?」「あーえーっと、そ、そうなんスよーちょっと盗られちゃって」「ダウト!エホバの証人は偶像崇拝を禁じています!」とあっさり嘘を見破られてしまいます。

・ 甘ぇー。 ジョン詰めが甘ぇー。

・ そして、そんなジョンの甘さがとんでもないスリリングな経験をもたらす事に・・・。

・ (その後、またもや浅はかな嘘をついてよそのおうちに上がり込む)ジョンの事はさておき、本作の主役はあくまで、愚かなジョンをもてなす豪邸の主・ウォーウィックさんに尽きるのであります。

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( え え か お ! )

・ ちりひとつ落ちていないしょうしゃな室内。こだわりの詰まった装飾品。オーブンから漂ってくる、アヒルの丸焼きの香ばしい匂い。 「ぼくね、あなたのおうちの“ジェーン”さんと友達なんですけどね、ちょっとお邪魔してもいいですか?」といういかにも嘘くさいジョンの小芝居にも嫌な顔ひとつせず丁重に接客するウォーウィックさん。 ちょっとあなた、いいひと過ぎやしないですか?! 騙されてますよ! そいつ危険なやつですよ!

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(ほらほら、言わんこっちゃない!)

・ ウォーウォックさんの懇切丁寧なもてなしに調子こいたジョンは、赤ワインをかぶ飲みし、「このあと友達がきてディナーパーティするんだけど、なんだったら一緒にどうですか?」というお誘いまで「じゃ、お言葉に甘えて・・」と乗り気になるものの、そのお友達の中に現役検事さんがいる事を知ると「万事休す!」とばかりに豹変。 台所にあった包丁を片手に「今すぐパーティを中止しろ!」とウォーウィックさんを恫喝します。 かわいそうなウォーウィックさん!

・ 「オレはよー!ムショ帰りなんだよ!ちょうえきだって怖くねえんだよ!」と威張り散らし、ピッカピカに磨き上げられたウォーウォックさんちのダイニング床にタバコの灰や(怪我している足から)血をこぼしまくる無法者のジョン。 か弱い中年のウォーウォックさんに打つ手はあるのか?!

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(ふえっ・・・ふええっ・・  って泣くと思った? 残念!全部“おもてなし”の一環でした!)

・ 浴びるように飲んでいた赤ワインの中に一服盛られていた、ということにジョンが気づいた頃、パーティは既に最高潮を迎えていました。 「どうだいルパート、このアヒルは?」「・・・」「そうだろそうだろ、ああ、モニカ、ワインのおかわりは?」「・・・」「オーケイ、ちょっとまってつかあさい!」 楽しそうに食卓を囲むウォーウォックさんと愉快な仲間達・・・ ま、ジョンには見えないんだけどな!

・ 実はウォーウォックさんには、ウォーウォックさんの世界にだけ存在するお友達がいるのです。ひとはそれを、「心の病」と呼びます。 でも、ウォーウォックさんは信頼出来る友達に囲まれしあわせそうです。 ということで、ジョンが手足を拘束されてからは、ずっとウォーウォックさんのターン!

・ どんどん盛り上がるパーティ。 4人だったゲストは徐々に増え、深夜を迎えることには数十人ものお友達がダンスを踊っておおはしゃぎ。 今夜パーティを計画してよかった・・・みんなが楽しんでくれたみたいでよかった・・・ホントよかったね、ウォーウォックさん・・・ま、ジョンには見えないんだけどな!

・ ジョンがウォーウォックさんのおうちを訪ねるきっかけとなったのは、家の前のポストから拝借したポストカード。そこに書かれていた「オーストラリアに滞在中のジェーン」の名前を勝手に使う事で、家主(ウォーウォックさん)を騙せた気まんまんでいた訳なのですが、実はそのジェーンも、ウォーウォックさんの脳内家族なのでありまして。 つまり、ジョンは「存在しない人」の友人を語ってお宅訪問していた、と。最初から勝ち目のない戦いだったのじゃよ・・・

・ しかし、ウォーウォックさんにとっては、ジェーンも「存在する人」なのです。ウォーウォックさんはジョンの嘘を見破っていたのではなく、ジェーンの友達として正式にもてなす気だったのですよね。 この辺の、「本人はしごく真面目にやっている」感じが、観ている私の心を強く揺り動かしました。 「みんなーパーティにきてくれてありがとう!」と脳内友達のわき腹をツンツンしてキャハハウフフすればするほど、ウォーウォックさんの孤独がバシバシ伝わってくるのです。 「この世界」が無くては、ウォーウォックさんは生きてゆけない人なのだろう。いや、ウォーウォックさんにとっては、「この世界」こそが本物なのかもしれない。 こっそり脳内友達を従えて現実世界を闊歩するウォーウォックさんの姿に、なんだか心がシクシク痛みました。 

・ そして、そんな安っぽい同情を寄せ付けないほど弾けまくっているウォーウォックさんの完璧なホストっぷり! とにかくウォーウォックさんが嬉しそうならそれでいい! 「金が無いなら強盗すればいい」みたいな安直な生き方のジョンなんて、もうこの際どうでもいい! ウォーウォックさんの未来に幸あれ!!

・ 舞台劇みたいな「ウォーウォック邸での一夜」を経て、物語は外の世界へと続きます。 この「延々続くおまけ」みたいな終盤のくだりは、そこに至るまでのじっとりとした不安な感じが消え、よくあるクライムサスペンスに落ち着いてしまっていて、なんだかもったいないなぁ・・と思いました。 おうちの中だけで終わらせられると、もっと面白かったのではないでしょうか。

・ 心は病んでいるけど、一本筋の通ったウォーウォックさんの七変化が楽しい一品でしたよ。 借りようか借りまいか迷っていたんだけど、丁度WOWOWでやってくれてよかった!ありがとう和崎社長!(WOWOWの社長) あと、余談だけど、3チャンネル製になってからのWOWOWはホントいい仕事っぷりだと思います!

・ ウォーウォックさんはハイター博士(ムカデ人間)といい友だちになれるんじゃないかなぁ・・と思いました。 ほら、どっちもお世話好きだし!

・ ローラちゃん一家(ラブド・ワンズ)とも仲良くなれそうな予感・・・。 ほら、どっちも「想い出アルバム」作るの好きだし!



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