ブログパーツ

『ムカデ人間』

2011年09月30日
human_centipede-225x300.jpg

(※ 完全にネタバレしていますのでご注意ください)



【ムカデ人間】あらため【雑仕上げ王選手権】まとめ

雑ポイント・その1 「計画が雑」

思い続けてきた夢を現実のものとしようと決めた時、あなたならどうしますか?
そうですね。 計画を立てますよね。 しかも綿密なね。
長年、優秀な外科医として、多くのシャム双生児の分離手術を成功させてきたヨーゼフ・ハイター博士もね、最初はそう思っていました。
自身が抱き続けた、「離すのではなくつなげる」という夢をいきなり人間で実現するのではなく、まずは愛犬で試してみるくらい、慎重に慎重を期した壮大な計画だったのです、最初は。
しかし、手術の成功に酔いしれたのも束の間、犬たちは泉下の犬となる。
この事で、一気に気持ちをかき乱されてしまった博士は、なんかもうウワァァっとなって、プシュルシュシュ~ってなって、とりあえずその辺に居たトラック運転手のおじさんを被験者にするべく麻酔銃を構えてしまうのでした・・・。


あのね、博士に一言いいたいのですけどね、これからやろうとしているコトの大きさを考えたら、もうちょっとほら、目撃者的な問題とかね、そういうのに注意しないとダメだと思うんですよね。 どこの世界に幹線道路の真横で白昼堂々麻酔銃を構える人さらいがいるというのですか。 雑そうに見えるソーヤー一家だって、もうちょっと色々考えてさらってますよ、たぶん。いや、そうでもないか。  あと、他の被験者とのつり合いとかね、そういう点も予め考えておく方がいいですね。 人さらいは計画的に!

雑ポイント・その2 「チョイスが雑」

トラック運転手のおじさんを自宅に連れて帰り、新たな被験者探しについて思案していた博士。
そんな時、抜群のタイミングで、道に迷ったアメリカ人観光客の女性2人組がハイター邸の門戸を叩きます。
質問の結果、彼女たちに血縁関係は無かったので少し躊躇したものの、新たに人をさらいに行く手間が省ける千載一遇のチャンスとばかりに、つい勢いで一服盛ってしまう博士なのでした・・・。


まぁね、これは判らなくもないのですけどね。 「人里はなれた一軒家を訪ねたら、そこはソーヤー一家だった!」なんてのは、田舎コワイ系のお話にはよくあるシチュエーションですし。  ただ、博士は自分が先にさらって来ていたのが、メタボ体型のおじさんだという事を失念してしまっているような気がして、そこはホントよく覚えておかないとダメじゃないのか、と。 ニューヨーク在住のナイスバディなチャンネーと、おなかたぷたぷのおじさんとを繋いだ時のイメージをね、一旦冷静に考えてみる必要があるのではないかと。  で、案の定、ビジュアル的な開きがありすぎる為、一度も繋がれる事無く殺処分されてしまうおじさん。 おい!勿体ないことするな!うっかり博士!

human
(断末魔をあげるおじさん。 せめてギャルのおしりの穴くらいは・・見たかっ・・た・・ガクッ)

雑ポイント・その3 「くっつけ方が雑」

さて、女の子2人に、新たにさらってきた日本人青年を加え、いよいよ博士の壮大な人体実験のスタートです。
人生に突如舞い降りた真性のアレな人を前に泣き叫ぶ女の子たちと、ひたすら口汚く罵倒する青年を尻目に、博士の名調子は続きます。
mukade_convert_20110926133951.jpg
「つまりですね・・おしりとくちをこうね・・・くっつけてですね・・」
human2
「はがれないようにね・・・ ちょこっと切れ目をいれたりなんかしてね・・」


いや、言わんとする事は判るのですけどね、どう繋げてどう排泄されるのかはうっすら判るのですけども、くっつけ方雑すぎじゃね?!  いちおう、頬の皮膚の一部を剥して、そこにお尻の一部を縫い付けるみたいな工夫はしているようなのですが、なんかもういきなりマジックで「この辺かなぁ・・・ 大きさは・・これくらいでいっか・・」とフリーハンドペインティングを始めるとかね、おまえそんな目印で大丈夫か?! と。  稼動させる為にはお互いの体重を支えあう必要があるのですから、そんなあなた、皮膚をバチバチホッチキスで綴じたぐらいじゃあね・・。 ほんと、ヨーゼフはなんでそこ雑に済まそうとするかねぇ・・まったくもう・・。

the-human-centipede-the-first-sequence-.jpg
(で、やっぱり動き難くてあわあわなる始末。包帯くらいでサポートできるかー!ヨーゼフ!バカヨーゼフ!)

雑ポイント・その4 「術後のフォロ-が雑」

ついに、「人と人の繋がりを大切にした新種の生き物・通称ムカデ人間の製作」という悲願を達成した博士。
回復期もそこそこに、いきなり日常生活にトライさせるものの、繋がれた3人は現実を受け入れる事が出来ず、絶望に暮れ、博士の言葉にも耳を傾けようとしません。
とりあえず、脅したりすかしたりしながら、前から絶対やってみようと思っていた「新聞を持ってこさせる」にチャレンジするものの、先頭に配した日本人青年による凄まじいの抵抗に遭い、飼い犬ならぬ飼いムカデに脚をかまれる始末。
ならば餌付けにチャレンジとばかりに、青年に餌を与えるものの、その残りカスしか流れてこない後ろの2人に栄養が行き渡るはずもなく、特に最後尾のギャルは日に日に衰弱してゆくばかり・・・。


ホントにね、見れば見るほど、ヨーゼフは本当に医師免許を持っているのか疑問になってくるのですけどね、おまえ点滴の量少なすぎだろ!  ちょっと考えればわかることでしょ! ひとは、排泄物だけでは、生きてゆけませんよ! 小学生でもわかるくらいの問題ですよ。まぁ、小学生に聞こうとは思いませんけどね!! あと、傷の処置も相変わらず適当ですよね。 抗生剤、ちゃんと入れてあげていますか? 小屋生活なので衛生状態も悪そうだし・・・。 イラっとするわ!この博士マジうつけだわ! 

雑ポイント・その5 「おまわりさんの扱いが雑」

明らかに実験失敗の香りが濃厚になってきたある日、博士の家のチャイムが鳴り響きます。
来訪者は2人の刑事。
近隣地域で頻発する失踪事件と、ハイター邸から女性の悲鳴が聞こえたという通報を受け、博士に事情を聞くべくやってきたのです。
地下の実験室にムカデ人間を隠し、平常心を保ちつつ受け答えしようとする博士でしたが、大声で助けを求め続けているであろう先頭青年と、痛いトコロをツッコミ続ける刑事たちに苛立ちが抑えきれず、口角泡を飛ばし激昂した挙句、勢いで一服盛ってしまうのでした・・。


自分が法を犯してしまっている時、一番気をつけなければならないのは何かというと、ズバリ「職質」ですよね。 ここで冷静さを欠いてしまったが最後、どんなに緻密に練り上げた計画も無に帰してしまうのが世の習いってもんじゃないですか。まぁ、ヨーゼフはちっとも緻密じゃなかったけども!終始行き当たりばったりだったんだけども!  で、計画が雑なら対応も雑なのがヨーゼフ的ライフスタイルな訳で、こともあろうに、やってきた刑事をムカデのパーツに加えてしまおうと考えてしまうのですよね。 おい!ヨーゼフおい! 特技は「一服盛ること」ですか! ノーモア自転車操業!!
human4.jpg
(余裕綽々と見せかけて・・)
human-centipede-doctor_convert_20110926152803.jpg
(アバババー ってなっちゃうヨーゼフ。 情緒不安定か!)


雑ポイント・その6 「ツメの部分が雑」

博士の対応のあまりな不自然さに、正式な捜査令状を持って再訪問すべく、一旦家を後にする刑事たち。
自爆行為で一気に窮地に立たされた博士は、愛するペットを連れなんとか逃亡を計るべく地下室に駆け込みますが、そこで待っていたのは、今まさに反旗を翻そうとしていた荒ぶるムカデ人間。
博士が刑事の応対に追われていた間、先頭の青年の機転により凶器を手に入れた彼らは、一瞬の隙をつき博士の脚をメスで切り裂いて、さらに喉元の肉を食い千切って逃走します。
無理な運動で開きかけた傷からは血が滴り落ち、最後尾のギャルは今にも息絶えそうな極限状態ですが、残された最初で最後のチャンスに賭け、一心不乱に地上への階段を登る3人。
そしてついに、下界へと続く窓ガラスへと辿り着き、鈍器でガラスを打ち破ろうとしたその時、彼らの耳は、満身創痍となった博士が体を引きずりながら、愛するペットが自由になるのを阻止すべく、歩み寄ろうとする音を聞きつけるのでした・・・。


うん、そっかそっか、メスで脚に深手を負わせて、喉元のお肉を食い千切って、そんで、そのまま置いて来ちゃったのか、博士を。 目の前に「刺して下さい」と言わんばかりに、無防備に倒れているにも関わらず、とどめも差さずに背中を見せて逃げて来ちゃったのか。うん、なるほどね、なるほどなるほどってアホか―――!!
お人よしか!人情味溢るる下町生まれHIPHOP育ちか――!!
 
いやね、そりゃ多くは望みませんよ、大変な時ですから。 しかし、この状況でのこのツメの甘さはマジありえない。スーパーガッカリイリュージョンにも程があります。  ソーヤー一家だってここまで雑な仕上げ方はしませんよ。いや、するか。



【結論・今回の雑仕上げ王 日本人ヤクザのカツローさん】
414690-katsuro_large.jpg
(悪そなヤツは大体トモダチのカツローさん。 女性陣を率いて奮闘しましたが、雑だったせいであと一歩及ばずの巻。)



と言う訳で、巷で話題騒然だった新世紀のカルト映画『ムカデ人間』を鑑賞しましたよ!
どこにだしても恥ずかしくないヘンタイの極みのような内容で、鑑賞後のお客さん同士が「うへぇ・・・」と心を一つにする事が出来る、貴重な映画だったと思います。
上記のあらすじ(というか雑ポイント)は、大体の方のお察しの通り、かなり茶化して書いておりますが、実際の作品は尋常でない緊張感に包まれ、登場する博士の“マジモン”じみた眼光と、恐れや不安や憤りや絶望をまくしたてるカツローの“生きた日本語”とが相まって、それはそれは“笑えない”作品となっておりました。
どう見てもやりすぎな部分や、あまりにもありえない展開に対し、最初は「バッカでぇ・・・」とクスクス笑いを漏らしていたものの、徐々に「あ・・ええと・・これ、笑ってもいいんだよね・・・」と心がざわざわしてしまう、そのバランス具合がすごくアレだなぁ、と思いました。なんというか、攻め上手だなぁ、と。
ソーヤー一家のお話(悪魔のいけにえ)で例えるならば、森の中をチェーンソーを持ったスーツ姿の大男が追いかけてくるというシーンにおける、耳元に迫るチェーンソーの轟音の恐ろしさと、そのへんてこな扮装のちぐはぐさ。
もしくは、頭がおかしい一族が勢ぞろいして食卓を囲むシーンに感じた、閉鎖された空間を満たす圧倒的な狂気と、よぼよぼのおじいちゃんがトンカチを持っては落とすというコントのようなやりとりの異様さのような、「怖さ」と「アホらしさ」の絶妙なバランス。
どちらかに傾いていない分、鑑賞中は気持ちがぐちゃぐちゃとかき乱され、「なんかもうとんでもないのを観てしまったよ・・・」という強い印象を植え付けられてしまうのですよね。
怖いだけの映画も、バカなだけの映画も沢山ありますが、こんな風に「弄ばれる」系の映画はホントたちが悪いと思います。 
お陰でまた、忘れられない映画が一本増えてしまったではないか・・。
しかも、メガフォンを撮ったトム・シックス監督によると、このシリーズは全3部作をもって完結する一大叙事詩になる予定とのことなのですよね。
な、なによ・・このヘンタイ! 続編なんて、ぜ、絶対に観てあげないんだからね!


てな具合に、なんだかんだいって大いに楽しく鑑賞させて頂いたアガサなのですが、ちょっとだけひっかかった所がありまして。
クライマックス、囚われの身だったムカデ人間の皆さんはハイター博士との死闘を経て、鍵のかかった邸内からの脱出をはかるのですが、あと僅かの所で深手を負った博士に追いつかれてしまいます。
ここで、先頭のヤクザ青年による最後の闘いが繰り広げられるのかと思いきや、なんと彼は、自ら死を選んでしまうのです。
背後の博士に向き直り、とうとうと思いの丈をぶちまけた後、「人間のままでありたい」と言い残しガラスの破片で喉元を掻き切る青年。
アガサには、この展開が物凄く唐突に感じられてしまったのですよね。

本編は、それからまたさらに刑事と博士がすったもんだやりあった後に、一人残された真ん中(ムカデパーツの)の女性が鏡に映った我が姿を見て、そのあまりのおぞましさに慟哭する画で幕を閉じます。
もしかしたらカツロー青年も、博士に向き直った瞬間、鏡を見てしまったのかもしれない。 そして、もはや人間とはいい難い形状になってしまった自分の、魂だけは人間のまま死にたくて命を絶ったのかも。
しかし、もしもそういう事だったのなら、そこに至るまでに彼らが自らの姿を見てしまうシーンが無い方がよかったのではないかなぁ・・と思ったのです。(※テンションの上がった博士によって、手術直後からバンバン鏡を見せられたり写真を撮られまくっておりました)
薄々気付いてはいたものの、具体的に自分たちがどうなってしまっているのかを知らないからこそ、必死になって生き残ろうとし、でも、そんな努力も虚しくなる程の現実を目にしてしまった為、尊厳を保ったまま命を絶つ。
そういう事だったら、カツロー青年が選んだ最期も、強い説得力を持って心に響くと思うのですよ。

あるいは、あの選択は、「ペットのままでは死なない」という、博士に対する最後の反抗でもあったのかもしれません。
そうだったとしても、彼らに追いついてきた博士のあの「堂々たる死にかけっぷり」を目にしてしまうと、「絶望するにはまだ早い!」と思わずにはいられないのですけどね・・。
なんかもうアレなのかな。 トムは「ジャパニーズ!サムライ!ハラキリ!」ってやりたかっただけなのかな・・と思ってしまったり。
いい意味で予想外の展開だっただけに、なんかちょっと残念でしたねぇ。

まぁね、全編にぎっしりと詰め込まれているツッコミポイントに比べれば、ちっちゃい問題ですけどね!そんなこたあ! 
そっか、気にしたら負けか! よし、忘れよう!

真人間のお友達や知り合いにはちょっぴり紹介し辛い、個性豊かな作品ですが、少々のことなら大らかな気持ちで見守れる、違いの判る大人の方にはどんどんお薦めして行きたいものですね。
あと、「ホラーなんかにメッセージ性もへったくれもあるもんか」とお怒りの皆様には、是非この作品をご覧頂き、「スペアタイヤのつけ方くらいは覚えとこうよ」という教訓を受け取って頂けたらと思います。
あのね、たぶん車の後ろの方に入ってるから。
ギコギコ持ち上げるヤツとクルクル回すヤツとセットで、まず大抵の場合入れてあるから。
「タイヤを替えるのは男性の仕事」などという甘い時代は終わった!
時代はDIYですよ奥さん!




     ♪♪どちらのバナーでもどうぞご遠慮なく♪♪ →   にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ

『デンデラ』

2011年09月21日
デンデラ4

あらすじ・・・
年に年を重ねたおとな系女子のみなさんが、とある事情から山ガールになり
デンデラ
(※ 参考画像・山ガール)

途中、ハンター系女子やガーデニング女子や、
デンデラ3
(※ 参考画像・ハンター系女子)

美魔女たちと合流し、
デンデラ2
(※ 参考画像・美魔女)

一緒にスローライフ系コミュを作り、夜毎の女子会を満喫していたのだけれど、ある日ママ女子系の肉食系女子が乱入してきて
Ursus_arctos_.jpg
(※ 参考画像・肉食系女子)

「子どもの為にお肉を下さい」とごり押ししてきた事から、楽しかった日々が一気にサバイバル女子生活へと変貌してしまうという、復讐系なおかつ闘う系のお話系です。


そして婆さんは野に解き放たれた!!

平均年齢80歳のおばあちゃん軍団が、踏みにじられた自らの尊厳を取り戻す為竹やりを持って立ち上がるアクション巨編『デンデラ』を観てきました。
70歳で一方的に「人生終了」宣告をされ、人里離れた雪山に捨てられてしまうおばあちゃん方を演じるのは、浅丘ルリ子、倍賞美津子、山本陽子、草笛光子、角替和枝、赤座美代子などなど、日本の女優界の牢名主的存在の錚々たる皆様。
パキっとしたアイラインがチャームポイントのルリ子が、ナチュラルメイク&ボサボサ頭で槍を振り回す姿や、いつも眩いばかりの光源を伴って登場しているイメージの強い草笛光子が、実年齢よりも20歳以上も年上の役をぎりぎりミイラ直前の如き老けメイクで熱演している姿は圧巻で、その他の女優さんもみな美人オーラを封印し、とことんリアルな婆さん、言うなれば、飼いならされていない野生の婆さんになりきって野山を駆け回っている光景が、本当に素晴らしいと思いました。
ノーモア・皇潤! ノーモア・サメ軟膏! くたばれサセミン野郎! という掛け声が聞こえてきそうな生命力溢れる演技の応酬は、観る者の胸に大きな爪あとを残してゆくことでしょう。
年をとるなら、カラオケ喫茶でおじいちゃんと合コンするようなお婆さんじゃなく、こういうお婆さんになりたいものですね、ぼくは。

昔の日本で実際に行われていた「姥捨て」という風習。
食い扶持を減らす為、生活水準を保つ為、役に立たなくなった人間に現世からの引退を強要するというとても非道な風習に「NO!」を突きつけ、命続く限り生き続ける事を選択した本作のお婆ちゃんたちに、感銘を受けると同時にちょっとビックリしてしまったアガサ。
なぜなら、これはアガサ独自の考えですが、「老いる」というのはひとつづつ「執着」を捨てていく事なのかなぁ、と思っていたから。
結婚をしたり、子を育てたり、体力が落ちていったり、食べる物の濃さが薄まっていったり、食が細くなったり、性欲が枯れていったり、順番にこだわることを諦めたり・・。
年を重ねるにつれ、多くの人は「自分の引き時」みたいなものを意識するようになるのではないかなぁ、と。
しかし、デンデラ(山奥に拓かれた婆さんたちの桃源郷)の婆さんたちは違った。
彼女たちは、「死ぬタイミング」を人任せになどしない。 
石にかじりついてでも生き延びて、いつかその時が来るまで一心不乱に生を全うする。
眩しいと思いました。
婆さんたちのギラギラとした命の輝きが、心底眩しいと思いました。

と、ここまでは、ひたすらに「すごいお婆ちゃん」の姿に関心しきりだったアガサなのですが、JKJ(ジュクジョ)49の面々は徐々にその荒々しい野心を顕にし始めることに。
彼女たちが胸に潜めていた目的。 
それは、自分たちを粗大ゴミ扱いした村に復讐することだったのです!
これはアガサも驚きましたけど、デンデラに拾われて間が無いルリ子も驚いていましたよね。というかちょっと引き気味でしたよね。
いやいやいや、ちょっとまって奥さん! と。
その村には自分たちが産んだ子どももおるんちゃうの! と。 我が子を手にかけるおつもりなのか、と。
そんな良識派のルリ子に、デンデラの長・草笛光子が返した一言。
「自分の子は殺さないわよ。まぁ、他の誰かが殺すだろうし」

・ ・
・ ・ ・ 狂 気 ! ! !


もうね、完全にヒットマンの目ですからね、光子。 
何が光子をそこまで駆り立てたのか、と。

30年前に山に捨てられ、何もないところから裸一貫デンデラを立ち上げた光子。
そもそも、山に捨てられる婆さんたちには、「村の平穏な暮らしの為安らかに死んで行く」という最後のお勤めが課せられていた。
「生き延びる」ことは、「不名誉」であり「不誠実」な事とされていたのです。
ルリ子も、そんな想いから最初はデンデラのみんなに反発していました。「なぜ死なせてくれなかったのか」と。
しかし本当は、ルリ子を含め、婆さんたちはみな生きたかった。
「生きてはならない」自分たちが「生き続ける」ことに正当な理由を与える為、光子は「復讐」を選んだのかもしれません。 たとえそれが狂った選択肢だったとしても。

「産んで育てる人」という役目を終えた者ゆえの暴走だったのか、生き続ける為の選択だったのか、ともかく、内部分裂を経ながら婆さんたちが恐ろしい計画を実行しようとしたその時、さらに過酷な試練が彼女達に牙をむいて襲い掛かってきます。

肉食系女子こと、クマのおかあさんの襲来です。
Ursus_arctos_5.jpg
( (´・(ェ)・`)クマー!)

デンデラの皆と同じように、ただ「生き続ける」為だけにデンデラに襲い掛かったクマ。 なすすべなく蹂躙される婆さんコミュ。
囲炉裏端に転がる婆さんの手足。 引き摺り出された臓物。 噴き上がる血飛沫。
未だかつて無い大スペクタクルな映像に、隣の席で和やかに鑑賞していらしたご高齢のご婦人方の精神状態が心配でならなかった事は言うまでもありません。(上映後は案の定微妙な顔つきで退場されていました)
試練はさらに続き、死傷者を出しながらもコグマを仕留め、母クマも山に追いやり、なんとか体制を立て直そうとする婆さんたちに、今度は圧倒的な自然の力が立ちふさがります。
婆さんコミュは壊滅寸前。 デンデラをまとめあげていた光子まで喪ってしまった婆さんたちは一気に老け込み、あんなにも輝いていた目はどんよりと曇るばかり。
しかしその一方、「死ぬはず」だった自分の人生に付け足された「望んでいなかった延長戦」に戸惑ってしまい、立ち居地を決めかめていたルリ子は、この一連の試練を経て、初めて自分の意思で「生きる」ことを決意します。

人は、目的があるから生きていくのか。
生きていくために目的を作るのか。
目的がなければ、生きる意味はないのか。
目的を失って尚、ギラギラと目を輝かせ、遮二無二生きてゆこうとするルリ子を観ながら、「生きる」ってこういうことなのかもしれないな、と思いました。 
今、この命があるから生きていくんだ。 というね。
ごちゃごちゃ言ってるんじゃないよ、と。

あと、それ以上に、子を喪っても、体中に深い傷を負っても、住む場所を荒らされてもなお、雄を誘い肉を喰らい産んで殖やして行こうとする母クマの姿がね、偉大だなぁ・・と思いましたよね。
デンデラ婆さんたちは、自分たちが産んで育てた村を襲おうとした時点で、このクマに敵うはずなど無かったのかもしれません。
でも、きっと婆さんたちは後悔などしていなかったのではないでしょうか。
彼女達が終えたのは、生かされた人生ではなく、自分の意思で生きた人生だったから。

「役立たず」のレッテルを貼られた人間の最後の反撃が胸に強く響き、「生き物」という大きなジャンルの中で精一杯の死闘を繰り広げる婆さんの奮闘に熱くなる、とてもおもしろい作品だったと思います。
若い人も老境に差し掛かった人も、みんな観に行くといいよ!


― 追 記 ―

・ どこかのコミュニティからガッサリ捕獲してきたかのような、見事な野良婆さん揃いだった面々の中、一人だけ「小奇麗」な雰囲気を醸しだしていた倍賞美津子が、少し残念でした。 言葉も、標準語の人が無理になまりを使ってるような不自然さでいっぱいでしたし。 もっとこう、吹っ切れて欲しかったですねぇ。

・ クライマックス、クマとの因縁の対決に挑むルリ子は、エイリアン・クイーンを前にしたシガニー・ウィーバーみたいだなぁ、と思いました。 第3の性、覚醒・・・!

・ そんなルリ子なのですが、対・クマ戦に際してなんらかの作戦を練っているのかと思いきや、とりあえず棒切れで殴りかかろうとしたり、やばそうになったら一目散に逃げ出したりと、いくらなんでもなノープランっぷり。 せめてさぁ・・ ブービートラップ的な何か・・ほら、落とし穴とかさぁ・・。 精神論で勝てる相手じゃないからね!クマだからね!


     ♪♪どちらのバナーでもどうぞご遠慮なく♪♪ →   にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ

『インシディアス』

2011年09月16日
NWwWp_convert_20110912144633.jpg

よくね、「ホラー映画をカップルで観に行く」みたいな話を耳にするじゃないですか。「デートムービーに最適」みたいな。
10代の頃から、デートと名のつくシロモノとは一切縁がなかったアガサにとっては、そんな話全く現実味を帯びていない、いわばある種のファンタジーみたいなものでして、今日もひとりで映画館にいそいそと出掛けて行った訳なのですが、たまたま隣の席に座っていたのが、なんというか、センスのよさそうなメガネ青年でしてね。
で、映画本編も、コレが結構心臓破りの丘的な、ハートブレイクな刺激溢れるホラーだった為、お恥ずかしい話、所々「キャー」みたいな、「ビクン・・はうう・・」みたいな、思わず隣の席との間に位置する手すりに、先客があるのも忘れてしがみつきそうになってしまってですね。
鑑賞中はほとんど意識していなかったのですが、やっとこさエンドクレジットが終わり、場内に明かりが灯った瞬間、「ホウ・・」とためいきが漏れてしまって、しかもそれが隣の席の青年と同時だった為、思わずクスッと笑ってしまったら、その青年が「けっこう・・こわかったですね」と話しかけて来て、私も思わず「そうですね・・でも、おもしろかった!」と返したら「そうそう、後半の展開なんかすごく独創的でよかったですね」と会話が続いて、アレ?なんかこれって、すごく趣味が合いそうな人なんじゃね、みたいな、しかもメガネみたいな。 そんな風にドキドキしてしまって、目を上げられなかったのですが、「あのー、いつもここに観に来られてるんですか?」と聞かれたので、意を決して「あ、はい」と顔を上げたら、そのメガネ青年もすごく恥ずかしそうに笑っていたという夢をみました。  そうです。いわばある種のファンタジーです。

ホラー映画を観に来るカップルは、帰り道で双方ともガム踏め。


あらすじ・・・
夢のマイホームを手に入れ、幸せいっぱい夢いっぱいのジョシュとルネ夫婦。
しかし、引越しの荷物の紐を解ききらないうちに、彼らの幸せは打ち砕かれることに。
最初に起こったのは、ポルターガイスト。
誰も触れていないはずの本が床に落ちる。誰も居ないはずの場所から物音が聞こえる。
不審に思いながらも、深く追求しようとしなかったルネだったが、そんな矢先、屋根裏部屋を探検していた長男・ダルトンが梯子から転落し、昏睡状態に陥るという不幸な事故が起こってしまう。
精密検査を受けさせたものの、はっきりとした原因が特定されず、何の治療法も見つからないまま自宅でダルトンの介護を始めるルネ。
日に日に疲弊してゆくルネに追い討ちをかけるように、怪奇現象は激しさを増し、ついに一家は家を捨て居を移す事を決意するのだが・・・。
彼らを襲うモノの正体とは?
その本当の狙いとは一体?


というわけで、『SAW』の生みの親であるジェイムズ・ワン&リー・ワネル・コンビの最新作『インシディアス』を観て来ました。
ちなみに、本作にプロデューサーとして参加しているのは『パラノーマル・アクティビティ』のオーレン・ペリ。
ホラー映画史に燦然と輝く、「少ない元手でがっつり稼いだ映画」ツートップがタッグを組んでお送りする、夢の一大プロジェクトがここに・・・!

・・・
・・って、ここに『ブレアウィッチ・プロジェクト』のダニエル・マイリックさんとエドゥアルド・サンチェスさんが呼ばれなかった理由って何なのでしょうね・・・ なんだろう・・この「同窓会に一人だけ呼ばれなかった感」は・・・。 奥さん、シビアな世界でっせ!ショービズ界は!
ま、それはさておき、そんな旬なみなさんが「オレ流ポルターガイスト」を目指したであろう本作は、古典的なびっくらかし手法を使いつつもそのストーリー(※特に後半)は新鮮な驚きに満ちており、今までになかったオカルト映画に仕上がっていたのではないかと思います。

新しい家というのは、明るい未来を感じさせると共に、不安の象徴でもある。
住み慣れた家にはない緊張感と、新参者扱いされているという疎外感。
そんな「ちょっとした不安」を、子ども部屋に置いたベビーモニターから聞こえる謎の雑音や、2階の窓の外に浮かび上がる青白い男の顔、廊下の隅に佇むレトロな身なりの双子などのショックシーンで煽りたて、さらに「子どもを付けねらう邪悪な存在」によって絶望へと叩き込む一連の流れはとても素晴らしいと思いますし、その直後に「いや・・でも今の双子けっこう老けてたよなぁ・・」「どんだけノリノリに踊るおばけやねん」「ていうかおばけ出て来すぎだろ」と(心の中で)突っ込ませる事で「恐怖と笑い」のバランスをとっているのも見事だと思います。
いかにも曰く有りげな置時計や、ドアの陰で揺れる木馬、スケッチ用の木炭やレコードプレイヤーなどの小物の使い方が秀逸だった他、おどろおどろしく奏でられる弦楽器とピアノの不協和音も実に効果的で、「じんわりとヤな感じ」を上手に醸し出していたのではないでしょうか。
いや、オレは最初からわかってたよ! ワンとワネルはできる子だってさ!

物語はクライマックスへ進むにつれ、徐々に「恐怖映画」から「お祭り映画」に様変わりし始め、キーパーソン的おばけとして登場する“赤と黒に塗られた顔を持つ悪魔”は、頭はハゲ散らかしちゃってるわビジュアルはまんまダースモールだわ、主人公・ジョシュを幼少期に悩ませていた“老婆型おばけ”も、これまた周囲の皆さんが「老婆が・・老婆が・・」と呼んでいる割にはどう見てもおっさんにしか見えないわで、怖いのかオモロイのかわからなくなってしまいます。
どちらのおばけも、初登場シーンの超おっかない様相から一転、一気にお笑い方面へと堕ちてゆく様がなんとも味わい深いです。
その他のおばけも、コスプレの種類は違えどみな一様に老け顔で、若干ズレ気味のつけ睫毛と過剰に塗りたくったドーランが、中の人の実年齢と相まって、えげつない程グロテスク(醜悪)な美しさを生み出しているトコロがステキだと思いました。
みんなホント、いい表情(かお)しててさぁ・・ なんかもうそのままみんなでUSJのナイトパレードに繰り出したいような気分ですよ!


でね、ちょっとばかし話を戻しますけどね。 
要は、百歩譲ってホラーをカップルで観に来たとして、それで何がどうなるんだって事を、ぼくは言いたい訳なんですよ。(←かなり戻ってる)
ビックリさせるような過激なシーンがありました、はい、案の定ビックリしました、はい、隣の男子にしがみつきました。 「キャー」つって。 「やだー」つって。
おい!目を覚ませ! それでおまえは満足なのか! と。
本当の恐怖に出会った時、そばにいる男子に頼って、なんとかしてもらって、そうやってのらりくらりと過ごしてゆくだけの人生でいいのか? と。
だけじゃない。 だけじゃないよ、テイジン。
困難な時こそ、誰かに頼るのではなく、自分自身で解決方を見つけなければならないのではないか。
「あたしよわいんですう」と泣きべそを書くだけの人生でいいのか。 否!ノーだ!
究極の恐怖に直面した時、そばにいる男子にその豊満な乳を擦り付けても、そこには何も生まれない! いや、生理学的反応は生まれるけども!ニョッキン7!そうじゃなくて!
勝利は、自分のその手で掴みとらなければ、真の勝利とは呼べないのだよ!

実は、本作に登場するルネも、まさにこの「あたしよわいんですう」タイプでありまして、ポルターガイストが多発し、あまつさえモノホンの幽霊まで出現し始めた最中、彼女は夫のジョシュに「はやく帰ってきてよ!」とかえれコールを頻発。
子どもの傍から離れ、家の外でジョシュを待つという暴挙に出ます。
もうね、ちょっと待てと。
おばけがウロウロしているって非常事態時に、幼い子どもの傍から離れるんじゃないよこのゆるふわ主婦、と。
とりあえず、アガサだったら子どもを一部屋に集めて、そこをベースに防衛網を敷きますよね。そりゃもう徹底的にやってやりますよ、ぼくは。
まずは、ジャパニーズのトラディショナルな手法「塩」を撒きますよね。 そこに西洋の手法から「聖水・十字架・おまじない」を拝借。小学生の頃日曜学校に通っていた経験は伊達じゃないってトコを、おばけの連中に思い知らせてやりますよ。 まぁ、実際は献金用に母から貰ったお金を駄菓子屋に横流しする為に通っていたようなものなんですけどね。大事なのは気持ち!「負けない事・投げ出さない事・逃げ出さない事・信じぬく事」、それがいちばん大事!

あとはまぁ・・何か適当に・・お線香を焚くとか・・ほら、あの、お椀みたいな鉄のやつをチーンって・・織田無道みたいなジャラジャラを首にまいて・・「キッ」って・・精一杯がんばる方向で・・。
・・と、とにかく、男手に頼る前に、自分で抗戦しないとダメだった事をね、どうしてもお伝えしておきたかった。それだけなんですよ。  カップルでホラーを観に来ているという状況が妬ましいとかじゃない、断じてない。 あー1人でホラー観るの超たのしー。

と言う訳で、お母さん方の頑張りが圧倒的に足りない点がやや不満ではありましたが、二転三転するストーリーやグっとくるオチも含めてとても面白い作品だったと思いますので、機会がありましたら、是非。



― 追 記 ― (※オチバレ含む)


・ よくある「幽霊屋敷モノ」なのかと思いきや、物語の終盤、全ての凶事は少年の「幽体離脱体質」が招いたのだということが明らかになります。 
つまり、少年はもともと頻繁に観光気分で幽体離脱しており、その最中「この世とあの世の境」に迷い込んでしまった

魂がお留守で、空き部屋状態になった少年の体

その体を拝借して現実世界への復帰を果すべく、様々な幽霊が家に集まってきた

「ちょっとまて、そこわしが入居する!」とばかりに悪魔までやってきた ←イマココ
というコトなのですが、なにその賃貸物件感覚! 30年一括借上で安心か!託してみますか! みないよコンチキショウ!

・ で、まんまと老婆に借上されてしまったお父さん(同じく幽体離脱体質)。 

・ まぁね、でも、老婆といっても、限りなくおっさんに近いおばさんでしたし、ここは思い切って、しっかり話し合って仲良く暮らして行けるように頑張ってみてはいかがでしょうか。   

・ 幽体離脱といえば、昔アガサが読んだ本に「夜仰向けに寝転んで、うとうとして、深い眠りにおちる瞬間を見計らってガバアッって起き上がったら見事に魂だけが分離できますよ」というザックリとした幽体離脱法が載っていたのですが、どうしてもそのタイミングがわからないのと、なんだかんだいっても怖いのとで実践した事はありません。 もしよかったら、どなたか一度試してみてください。(←おっかないので丸投げ)

     ♪♪どちらのバナーでもどうぞご遠慮なく♪♪ →   にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ

『ピラニア 3D』

2011年09月14日
Piranha_3D_12809648743307_convert_20110914111407.jpg

抜けるような青空。 照りつける太陽。 ありあまる程のビール。 爆音で鳴り響くチャラいダンスミュージック。 ベンチの上で舌を絡ませあう恋人たち。 必要最小限の布切れだけを身にまとい、腰をくねらせる女の子。 ボートの上からそれを眺めて喝采をおくる男の子。 
ラブ。 
セックス。 
セックス。 
ラブ。

なんだよなんだよ!楽しそうにしやがってよ!オレはおっぱいねえちゃんなんて全然羨ましくないんだからな!そんなビッチには興味ないね!だいたいこの手のヤツらって、知能指数が低そうでヤだよね!なんつうの?バカ丸出しっつうの? 聴いてる音楽もさー、ドンツクドンツクうるせえんだよなー!ったくよー! なーにが春休みだよ!なーにが水着パーティだよ!こんなチャラついた連中は死ねばいいんだ!くそう!リア充は全員死ね!!
と思ったいたらホントに全員おっかない魚に食べられちゃって、楽しげな水辺は血の池地獄ですよ! というお話。 最高ですね!

ビックゲストをお招きしてのサプライズな殺生シーンで幕を開け、その後は間髪居れずにおおよそ思いつく限りの「リアルに充実している人たち」の姿をこれでもかとばかりにスクリーンに焼き付け、観る者のルサンチマン・カウンターの針を一気に跳ね上げるというスピーディな展開。
チャラい同級生にバカにされている非モテの主人公までもが、偶然の成り行きから「有名なポルノ監督の助手に任命される」というアメリカンドリームを手にし、片思い中の彼女やナイスバディな女優さんと女体酒盛りに勤しんでしまうという、隙の無さが素晴らしく、「主人公だろうがなんだろうが、もういいから全員もげてしまえ!」と心置きなく叫べるシステムとなっております。 ホント最高ですね!

と言う訳で、アガサの心のベスト10に入る名作『ハイテンション』と『ヒルズ・ハブ・アイズ』を世に送り出した総責任者・アレクサンドル・アジャさんの最新作『ピラニア3D』を、飛び出すメガネ持参で鑑賞してきたのですが、スクリーンというリングの上からリズミカルに繰り出される「エロ」と「グロ」のコンビネーションが小気味よく脇腹をくすぐる、とても素晴らしいバカ映画で、ぼくにはもう何も言う事はないですね。
アジャはあれですよね、ホントもう何回も書いてますけど、無駄に男前だわ作る映画はおもしろいわグロ方面に手加減しないわで、「地上に舞い降りた鮮血の貴公子」とかなんとかあだ名をつけちゃいたいくらい最高の監督さんですよね。 いっそひとおもいにけっこんしてくれ!

アガサ思うんですけどね、人間なんてものはね、どれだけキレイ事を言っていても、その心の奥底にはどろどろじめじめした本性が眠っているものだと思うんですよね、いや、アガサの性根が腐ってるだけだとかそういうんじゃなくてね。
所構わず乳繰り合っているカップルを見れば、
「ヒューヒュー!おしあわせに!」
ではなく
「チッッ!!!」
と舌打ちをしたくなるのが世の常ですし、超スタイルのいい美女を連れて高そうな車に乗って首からジャラジャラと貴金属をぶらさけて腰パンで闊歩しているイケメンを見れば、
「いやぁ、あやかりたいものですなぁ!」
ではなく
「しね!しね!いますぐ壮絶にしね!!」
と毒を吐きたくなるモノじゃないですか。たとえ自分がそこそこ幸せな人生を歩んでいたとしても。 
自分には甘く、他人には厳しい。 そういうものじゃないですか、人間なんて。
ただ、そういう本音を曝け出して生きていると、顰蹙もかうし猛烈に嫌われる。
だから、人の営みに寄り添うように、ずっとずっと昔から、「ほおら!たんと溜飲をお下げなさーい!」という映画が作られてきたのではないかと思うのですよ。 
思う存分「いやー、けしからんですな!もっとやれ!」と野次を飛ばす事の出来る、不謹慎極まりない映画が。

そして本作もまた、過去に作られてきた諸先輩方に負けじとばかりに、薄さの限界に挑戦したかのような薄っぺらいストーリーを、くどい程に繰り返される「パイ!オツ!パイ!オツ!」のコールアンドレスポンスと、えげつない程に食い散らかされた肉片で彩り、登場人物がいまわの際に漏らすのも「ぬ・・濡れ濡れTシャ・・ツが・・見・・たい・・(ガクッ)」という最高にくだらない言葉という、どこを切り取っても上品さの欠片も見当たらないような、超最低な映画に仕上がっておりまして、良識ある大人のみなさんから浴びせられるであろう罵倒がすべて賛辞に変わるという、奇跡のような逸品だったと思うのです。
つまり、「酷い」、「人間性を疑う」、「下品」、「3D映画の質を下げる低俗ムービー」という言葉が「バッキャロー!おまえさいこうだぜ!!」の一言に変わるというね。
それでいいと思うのですよ。 
思う存分眉をひそめられればいいのですよ。 だって、そういう映画なのだから。
目指しているのは「品行方正」とは無縁な、不真面目でお下劣な感情の捌け口なのだから。

それにしても、今までは(特に日本では)日陰の存在だったこの手の罪深き映画が、こうしてお天道様の下堂々と鑑賞出来る日が来ようとは・・・ 本当にありがたい事ですね。
これからももっともっと、えらい人から非難されるようなバカ映画が公開されるといいなぁ、と思います。
そして、もっともっと沢山の人たちが勇気を出してそれを観て、たまには自分の心の裏側に隠しているジメっとした感情を、スクリーンから射す光に当てて日向干しすればいいのになぁ、と。
きっとそれは、健全なことなんだと思うよ!

と言う訳で、未見の方は是非一度ご鑑賞ください!
そんで、「ちくしょう!リア充はしね!! ・・・あ・・いや・・ そこまでしなくても・・うん・・しねは言い過ぎた・・ごめん・・・」と思えたら、真人間まであと一歩ですよ! 
わたしですか? 
わたしはまだまだ遠い道のりになりそうです!ヒャッハー!!


― 追 記 ―

・ 『JAWS/ジョーズ』のリチャード・ドレイファスが『ジョーズ』と全く同じ役で登場。超ヘボいCG処理の上ミンチにされるという胸アツな役柄を嬉々として演じていました。 いいひとだなー。

・ 「スプラット・パック」仲間のイーライ・ロスことユダヤの熊が、“濡れ濡れTシャツコンテスト”の司会者として登場。 ノリノリでチャンネーのシャツに水をぶっかけるユダヤの熊。 大量発生したピラニア軍団から逃げる最中、ボートに挟まれて頭を飛ばされるユダヤの熊。 ピラニアの映画なのに、喰っても貰えなかったユダヤの熊。 扱いがおいしすぎだろ! どんだけ愛されてるんだよ!

・ 主人公のぼんくら青年の母を演じていたのはエリザベス・シュー。 そして、熱帯魚ショップのオーナー役を演じていたのはクリストファー・ロイド。 なんと、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のジェニファー(2代目)とドクが奇跡の再会! もーホントにアジャは粋な事するよなぁ! け っ こ ん し て く れ !!

・ 水中人魚のシーンは最高でしたよね! 無駄に尺を使ってるのがまた最高! 超必要ないシーンじゃん! あと、このシーンがぼかし無しだったのも最高! あ、そうか、ヘアーが無いから規制にひっかからなかtt(モゴモゴ)

・ アジャは『ハイテンション』『ヒルハブ』『P2』(プロデュースのみ)と傑作が続いて、『ミラーズ』でちょっと躓いて、また今回の『ピラニア』でホームランを放った訳ですが、こうして見てみるとおもしろい作品は「は行」ばかりなんですよね。 次回作『コブラ』の成否やいかに。 思い切って『ヒ・コブラ』とかにタイトル変更してみるとか・・今ならまだ間に合うよ!

     ♪♪どちらのバナーでもどうぞご遠慮なく♪♪ →   にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ

『孫文の義士団』

2011年09月07日
義士団
月刊 EXILEじゃないよ! 義士団だよ!

あらすじ・・・
1906年、香港。 
圧政に苦しむ中国本土の人々が、孫文という偉大な指導者のもと武装蜂起を成功させるにはまだ至っていなかったものの、確実に変化への下準備が整い始めていた革命前夜。
亡命先の日本から秘密裏に来航しようとしていた孫文。
彼を亡き者にせよという、西太后からの命を受けた500人の暗殺団。
そして、その大集団にたった数人で立ち向かおうとする名も無き義士団。
彼らが揃った時、中国の未来をかけた壮絶な1時間が幕を開ける・・・!


岡山でもついに公開された『孫文の義士団』を観てきましたよ!!
中国で約100年前に起こった辛亥革命。
その痛みや重みをみっしりと実感している中国の人と、「そういえば世界史でそんなの習ったような・・・」程度のアガサとでは、作品に対する理解度も思い入れも全く異なるわけで、というのは単なる言い訳なのですが、まぁ、要するに孫文到着までの1時間あまりが若干長く感じてしまったのでありました。
「孫文先生がくるんだとよ!」
「中国全土から集まる仲間と革命の相談がしたいんだとよ!」
「じゃあ1時間くらい都合すっぺか!」
「よし!がんばっぺ!」
「んだー!」
(※以上アガサ意訳)
というシンプルな計画を、苦悩と陰毛ヘアー(※すごい縮れてるという意味)に包まれたレオン・ライや、
屋台の揚げパンを万引きしたり屋台のリンゴを万引きしたりするドニーさんや、
手汗にまみれたボロボロの手ぬぐいすらオシャレなストールに見えてしまうというリアル「イケメンすぎるホームレス」状態のニコラス・ツェーが、飲んだり食ったりしながら相談する描写に1時間強。
いや、彼らが背負うドラマの説明なくしては、義士団に対する感情移入も物語に対する想いも発生しないので、とても重要なくだりではあるのですが、ちょっとね・・ゆっくりペースだなぁ、と思ったんですよね。 もうちょっとさくさく進んでもよかったのになぁ・・と。
・・いや、奥歯にものの挟まったような話し方はよそう!
オレはもっと、アクションが見たかったんだよ!!ドニーさんの!


ドニーさん
(これこれ!こういうやつ!!)

ポスターの印象だけで、勝手にドニーさんメインの映画なのだと思い込んでいたのですが、本作におけるドニーさんはあくまで「8人の義士団」の中のひとりでして。
もちろん、画面の中心だろうと隅っこだろうと全身から「ドニーさんオーラ」を発していますので、脇役という感じはしないのですが、孫文の思想に惹かれ革命を支援してきた事業家とその息子の関係だったり、元教師の革命活動家とその教え子(現・暗殺者)との関係だったり、少林寺から追い出された大男のエピソードだったり、各種恋愛沙汰だったりがまんべんなく語られて行きますので、ドニーさんの本領発揮シーンは後半までお預けに。
このドニーさん、博打にのめり込むあまり嫁に捨てられた過去があり、それ以降ずっと自堕落な生活に身をやつしているという設定で、小銭稼ぎのために悪党の下働きみたいなコトまでやっているという、まぁ、完結にいうとクズ人間な訳ですね。
で、そんなクズ人間のもとに、彼の元嫁で現在は事業家の後妻さんとなっている女性がやってきて、夫の身を守ってくれと依頼することで、彼の隠された実力が明らかとなるのですが、前半のぐーたら具合とのギャップがありすぎて釈然としないというか。
もうちょっと「実は出来る男だった」描写があった方がよかったなぁ・・と。(身のこなしが軽い、という描写はちょこっとだけありますが)
なんかね、「義士団を作ろうと思って周りを見渡したら超人がいてラッキーだったでござる!」みたいに感じなくも無いんですよね。

ドニーさんのほかに、もうひとり「いきなり超人」シリーズにエントリーした人物がおりまして、それが前述した陰毛ヘアーのレオン・ライさんなのでありますが。
いやぁ・・正直、さっきから陰毛インモウって書きすぎていて、かなり沢山の敵を作っているような気がしてならないのですが、これはレオンさんがどうこうっていうんじゃなく、あくまで髪形の話ですからね!レオンさんはかっこいいですよ!全然disってないですよ! ただね、長年路上で生活していた為、身だしなみに構う余裕がなかったというかね、髪の毛も髭も伸び放題の縮れ放題で、もうこれ学生時代だったら確実にあだ名が「ちんげさん」になってるレベルだよね、って。そういうニュアンスでお願いします。
さて、このちんげさん、昔自分の父親の妻(これも後妻さんか・・)に想いを寄せ、それが原因で家庭崩壊させてしまったという苦い過去を引きずり、今ではお金持ちから施しを受け、麻薬で心の痛みを誤魔化す日々という、まぁ、完結にいうとこれまたクズ人間な訳ですよね。
しかし、これまた実は、そんなちんげさんも家宝の鉄扇をひとたび手にすると無敵になるという、いきなりな展開に。
しかも、鉄扇を片手に颯爽と現われた時には、きっちり髭を剃り、髪型もさらさらストレートパーマになっているという・・・!
どうですか、みなさん!
もう、ちんげさんとは呼ばせない・・・!!!という意気込みがひしひしと伝わってきませんか!

冗談はさておき、この鉄扇無双のシーンは、ドニーさんの見せ場に負けないくらい、というか、かっここよさではドニーさんを越えてしまっているのではないかという程、血がたぎって、心が躍って、目頭が熱くなる名シーンだったと思います。
いや、もちろん、ドニーさんによるパルクールや投げ飛ばしあい蹴り飛ばしあいといった死闘も超スゴイんですけどね。 こんなの見ちゃったら、また「壁が走りたい病」が再発してしまうじゃないか!(※ドニーさんの映画を観る度に再発している)
とにかく、前半に関してはちょっと物足りない部分もあるものの、後半(孫文到着以降)の展開はめちゃくちゃ燃えますので、補って余りあるというか、アガサの中では今年度トップ10に入る事間違いなしの名作と認識されました。 
ちょこっとだけ出てきて、抜群の存在感と遺恨の念を植えつけて行くサイモン・ヤムさんも最高でしたよ!

多くの命を救うけれど、同時に多くの犠牲をも生み出すのが革命であるという、なんとも納得しがたい事実。
中心になって革命を盛り上げるのは理想に燃える指導者ですが、それを支える市井の人々は、革命に対する大きなビジョンではなく、ごくごく私的な事柄の為に命を差し出している。
理想って一体なんなんだろう、と思います。
要するに、みんな幸せに暮らしたいだけなのに、それを実現させる為には死体が山と積まれる羽目になる、ってどういう事なんだろう、と。
「痛みを伴う」とよく聞きますが、その痛みは本当に必要な痛みなのか?とかね、なんだか非常にもやもやしますね。

と言う事で、もやもやしたりうおーってなったりビンビンになったり涙腺崩壊したりする、とても熱い作品でしたので、未見の方は是非一度ご覧になってみてはいかがでしょうか。

あ、それと最後に、アガサちょっと思ったんですけど、「中国本土から集まった仲間との密談を成功させる為、義士団が身を犠牲にして暗殺団を引き寄せる」という計画って、もしかして、孫文さんを香港本土に上陸させるんじゃなくて、仲間のみなさんが孫文さんの船に乗り込めばよかったんじゃねーの? ほら、逆転の発想的な感じで。
人の上に立つみなさんには、リスクアセスメントをしっかり行って頂きたいものですね!


     ♪♪どちらのバナーでもどうぞご遠慮なく♪♪ →   にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ

 | HOME | Next »

※当ブログで使用しているイラスト等の著作権は、全てはアガサにありますので、転載、二次加工、再配布の際は一言ご連絡下さいませ。