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『THE JOYUREI ~女優霊~』

2011年08月23日
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あらすじ・・・
エキセントリックなひらめきで、処女作をメガヒット作品へと導いた若手映画監督のマーカスは、病に伏す最愛の恋人が気がかりで仕事に身が入らない。
情緒不安定なままメガフォンをとった第2作は見事に失敗。
後がなくなったマーカスは、新たなひらめきを具現化すべく、プロデューサーのジョッシュを説き伏せルーマニアに向かう。
そこで彼が撮影しようとしていたのは、1928年に撮影されるも未完のままに終わった伝説の映画のリメイク版。
しかし、中世のルーマニアで実際に起こった「少女惨殺事件」をもとに製作されたその映画には、恐ろしい呪いがこめられていたのだった・・・。



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(※ エイセントリックな怪電波ひらめきを受信中のマーカスさん。 真性です。)

Jホラーブームの先駆けであり、伝説と呼ばれる最恐ホラー『女優霊』。
いまだに、多くの人の心の中にトラウマムービーとして深く刻み込まれているかの名作を、ハリウッドが満を持してリメイク!  ・・・という話は聞いていたのですが、なんとなく地雷臭がふんぷんと漂っていた為二の足を踏んでいたアガサ。
このたび、WOWOWさんによる「オリジナル版と連続上映」というナイスな抱き合わせ放送のお陰で、無事鑑賞の運びとなった訳なのですが、正直コレ、予想を裏切る出来でしたね! ええとね、ええとね、よくも悪くも予想外!

オリジナルからそのまま頂戴したのは、
・ 撮影中に起こる怪奇現象
・ 撮影済みのフィルムに映りこんだ昔の映像
・ 全力でバンザイしすぎてテンションおかしくなっちゃったみたいな例のポーズ(落下死体)
くらいで、後はほぼオリジナルストーリー。 
いやぁ、リメイクというからには、もうちょっと沿った内容だと思いましたよ。『リング』もそこそこ沿ってましたし。それなのに開始早々ルーマニアに移動するとか!チャレンジャーきたる!!!
ただ、その後の展開はというと、オリジナルと言っても初めて会った気がしない、いわゆる既視感満載のアレなんですけどね。ほら、悪魔が出てきたり悪魔の子が出てきたりって言うよくあるアレ。

冒頭、テロップにて「中世ルーマニア。シャビーという女性が悪魔と取引をして産んだとされるマーティアという少女が、恐怖にかられた村人の手により惨殺され、その後悪霊となった彼女は村に呪いを(ry 」という超ありがちな説明がなされた時点で、既に1本映画を観たような気持ちになってしまったアガサ。
まだだ・・ まだ始まってもいないんだ・・・! と自分に喝をいれ、片足スクワットをしながら鑑賞していたのですが、次から次へと飛び込んでくる情報を整理しきれなくなってしまい、途中からグルーヴ感だけで乗り切る羽目に。

ちなみに、その情報はどんなものなのかというと、
・ 主人公の恋人が不治の病っぽいんだけど、何か重大な秘密を隠しているっぽい
とか
・ 主人公は処女作に続く第2作目の撮影中に大失態をかましたっぽい
とか
・ 1928年にルーマニアで撮影された映画は5人くらいしかスタッフいなかったっぽい。ていうかそれ自主映画なんじゃねえの
とか
・ そもそも中世ルーマニアで血祭りにあげられた少女は濡れ衣ではなくマジモンで悪魔の子だったっぽい
などなど、ぽいぽいだらけの雰囲気番長状態なものですから、これがまた、病気ネタをひっぱりたいのか、主人公の電波っぷりに焦点をあてたいのか、はたまた悪魔方面に舵をきりたいのか、非常に理解し辛いのですよね。

観ている私たちは、一体何を怖がればいいのか。
主人公が災いの渦に巻き込まれていく様に恐怖すればいいのか。
悪魔の存在に恐れおののけばいいのか。
それとも、なんでこんな脚本がまかり通ってしまったのか、と、ハリウッドの常識というものに肌を粟立たせればいいのか。
こわい、こわいよ父さん。ぼくは「大人の事情」が心底こわいよ。


アガサがオリジナル版『女優霊』に感じたのは、「不確かなもの」と「得体の知れないもの」に対する恐怖でした。
自分の中にある「記憶」。 それは実在するものなのか、それとも幼い頃生み出した想像なのか。
オリジナル版『女優霊』の中で、主人公の映画監督は自分が幼少期に観た映画の1シーンの記憶に翻弄されてしまいます。
確かに観たはずなのに、それを証明する手立てがなく困惑する主人公。
実はアガサにも、5~6歳の頃テレビの深夜放送で「観たはず」の映画がありまして、その断片は今でもはっきりと覚えているものの、それが何の映画の1シーンだったのかは未だにわかりません。
その場に一緒にいたはずの母親に聞いても「そうだったかしらねぇ」というぼんやりとした答えしか得られず、思い出そうとすればするほど記憶は濁り、曖昧になるばかり。
そもそも、観たと思っている場所が正しいかもわからず、観たと思っている時期も不確かで、あれらは全て、自分の脳が作り出した想像なのかもしれない・・・と自信をなくした瞬間、では幼少期の自分の記憶はどこまでが事実でどこまでがそうでないのか、と無間地獄に落ちてしまいそうになる。
「記憶」に対する自信が不確かなものになった時に感じる不安。 
そういったものが、とても上手く描かれていたのが、オリジナル版だったと思うのですよね。
ちなみに「得体の知れないもの」は、その名の通り得体の知れない笑い上戸のオバケな! なんなのアレ!ホントこわいから!笑うの禁止にしようよマジで!

このリメイク版には、オリジナル版にあった「不穏な空気」も無く、「得体の知れない存在」も無く、「漠然とした不安」も無く、ただただ派手に飛び交う蝿の群れや死体の山を築く為だけに死んで行く登場人物があるのみなのですよね。
で、その代わりにとばかりに、オリジナル版の「謎を含めた終わり方」だけを再現すべく色々な「っぽい」ことを詰め込んで、「ホラーっぽいのが出来ましたよー」っつってお前はホラーというものが何もわかっちゃいない・・・! 
・・ホントにさぁ・・・なんていうか・・ おまえバカ!!!


と言う訳で、恐さもへったくれもなかった本作ではありましたが、塩コショーで焼いただけのでっかいステーキのような、大雑把だけど満腹感たっぷりな部分もありまして。
特にアガサが好きだったのは、呪いのパワーでパニック状態になった映画クルーが、「こんな仕事やってられっか!!」とばかりに機材を担いで現場から立ち去ろうとするシーン。
伝説の恐怖映画のリメイクを撮る、と海外まで呼び出されたはいいけれど、スタッフは次々死亡&失踪するわ、監督は撮影中にも関わらずエキセントリックに白目を剥くわで心底疲れ果て、ついに職場放棄に踏み切った撮影班一同。
さじを投げるだけならわかるのですが、なんかもう異様にてんてこまいになっておりまして、呆然とする監督を尻目にカメラは放り投げるわ、スタッフ同士で乱闘を始めるわ、刃物を持って監督に襲い掛かるわ、車を強奪すべく窓ガラスはかち割るわ、完全にヒャッハー状態なのですよね。 いや、自分の車に乗り込めばいいじゃん!鍵開けて乗り込めばいいじゃん!
そこに至るまでの雰囲気と全く異なるテンションで繰り広げられる世紀末撮影現場列伝に、思わず前のめりになってしまいました。 こういう予想外は大歓迎ですよ!

長い期間を経た後に、改めてリメイクを作る必要がどこにあったのか・・、と、素朴な疑問は尽きないのですが、オリジナル版にあった丁重さを全て取り除き、全編クライマックスみたいなトンデモホラーもどきに仕立て上げた点は逆に潔いような気もしますし、とにかく、先述のヒャッハー展開とクライマックスの大出産シーンは爆笑間違いなしの名シーンですので、スキモノの皆様は一度お試しになってみてはいかがでしょうか。強くおすすめはしませんが。


― 追 記―

・ 部屋の中に肥だめ!!!

・ この手のホラー(怨霊系)は、「不当な理由で殺された事による報復」なコトが多いのではないかと思うのですが、本作は「悪魔の子と疑われて殺された少女が本当に悪魔の子だった為、悪魔が全力で村に呪いをかける」という、要約すると「ものすごく気の毒な村のお話」なんですよね。 ええと、ええと、色々と不条理!

・ で、「その話をもとに映画を作ろうとするも、現場にも呪いがかかっていて製作が進まない現象」が1928年と今回の2回に渡って起きてしまうのですが、悪魔が実際のトコ何をしたかったのかさっぱりわからないという罠。

・映画に携わる関係者の中から悪魔の里親を選び出し、子を育てて貰うのが目的なんだったら、映画の撮影を邪魔する必要ないですし。  むしろ、悪魔的におもしろい映画に仕上げて、ロケ地めぐりとか活発にさせて、押し寄せた映画のファンの中から里親候補を選ぶ方が楽そうですしおすし。

・ ていうか、フィルムに映りこむの、女優霊じゃないよね。(ダミアン的な霊ですよね)

・ クライマックスに用意された一番のショックシーンは、主人公の前に勢ぞろいした悪魔関係者による里親要請シーン。
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「悪魔の子を肉腫の中で育ててください」

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「いやです」

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「わるいようにはしませんから」

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「ホントにいやです」

・ 『E.T』のヘンリー・トーマスが出ている事に早い段階で気付いていたのですが、心のどこかでそれを認めたくなくて、エンドクレジットまで「いや、でもそっくりさんって可能性もあるから・・」と自分に言い聞かせていた私の気持ち、どうかわかってください。

・ 原題は『Don’T LOOK UP』だったのですが、正直いまだに意味がわかりません。 2階に肥溜めの部屋があったから、そこを「見ちゃダメー」って事だったのか・・・ (でも数百年前に悪魔の子が殺された場所って、屋外だったみたいなんだけど・・) 

・ ガニ股の合間から生まれかけの赤ちゃんをブラブラさせた状態の怨霊が出てきて「ガオー」ってなった瞬間、「まけた・・・」と思いました。 この勝負、わしの完敗じゃ・・・!(何の勝負なんだよ)

・ 日本版のポスターの「それはけっしてみてはならないもの・・」という煽りを鑑賞後に見ると、なんというか、非常に感慨深いですな! なんや!自虐ネタか!!


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『悪魔を見た』

2011年08月21日
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あらすじ・・・
ある、雪の降る夜、ひとりの女性が姿を消した。 
数日後、人気の少ない川原で、人間の残骸が発見された。
その残骸を、その彼女を、全身全霊で愛していた男の前には、ただひとつの選択肢しかなかった。
愛した人が受けたであろう苦しみを、倍にして返す。たとえどんな手を使っても。

と、言う訳で、韓国国家情報院のすご腕捜査官であったその男が、使えるコネクションの全てを総動員してさっくりと真犯人へと辿り着き、にっくき殺人鬼をフルボッコにしたりおこづかいをあげたりフルボッコにしたり治療してあげたりフルボッコにしたりアキレス腱を切ったりフルにボッコにしたりする、エグさ満点の物語です。



「どこかのバカに殺される」事ほど理不尽なことが、他にあるだろうか。

何の落ち度もないのに、ただ一生懸命に生きてきただけなのに、「どこかのバカ」に偶然出会ってしまったが為に、耐え難いほどの恐怖を与えられ、命を奪われてしまう。
残された遺族は、耳にするだけで心がずたずたに引き裂かれるような言葉を聞き続けなければならない。
「どこかのバカ」にはとても命を大切にする弁護士がつき、とても参考になるアドバイスを与えてくれる。
愛する人の不在を受け入れる事を強いられるだけの人たちには、終わらない悪夢やとめどない涙があるのみ。
「どこかのバカ」は、時に未成年であったり、自身も幼少期につらい過去を経てきていたりする事があるので、あまり責めるのもどうか、という風潮が発生したりもする。
時が過ぎ、反省や謝罪の言葉を覚えた「どこかのバカ」は、数年の刑期を終え社会復帰する。
ひたすら耐えてきた人たちには、仕返しする権利など与えられるはずもなく、これから先も一生、がんばって、耐えて、乗り越えて、前を向いて歩いて行く事だけが求められる。

もしかしたら、そんな理不尽な仕打ちに逆らって、自らの手で「どこかのバカ」に報復する人も現われるかもしれない。

でも、最も理不尽なことに、もしも憎しみと怒りに身を任せ、「どこかのバカ」を思いつく限りの残虐非道なやり方で殺したとしても、愛した人は戻ってこない。
「どこかのバカ」にやられた事を、100回やり返したとしても、愛した人は二度と戻らない。理不尽なことに。

と、いうような、理不尽極まりない事柄がこってりと描かれていた『悪魔を見た』。
ただし、そこに見たのは悪魔そのものではなく、悪魔に踊らされた二人の男の姿だったような気がします。

ある日無残に殺されてしまった最愛の彼女。しかも、彼女のおなかには新たな命が芽生えていた。
国家を守る仕事に就きながら、一番大切な、たった一人の女性すら守る事が出来なかった主人公の苦悩は如何ばかりだったことか。
思うのですが、「復讐」とは、相手に対してだけではなく、何も出来なかった自分自身を痛めつける意味もあるのではないでしょうか。
<なぜ愛する人を守れなかったのか>
<愛する人が苦しみの最中呼んだ名前は自分だったはず>
<代わりに自分が死ねばよかったのではないか>
残された者が殺したいのは、相手だけではなく、無力な自分自身でもあるような気がしてならないのです。  
だから「復讐」を求める心は、誰にもとめられない。
愛が深ければ深いほど、きっと滅んでしまいたくなるから。

本作でも、引き返すべきターニングポイントが用意され、主人公の「復讐」の先に明るい光などない事が度々告げられます。
<相手を殺しても、死んだ人間は生き返らない>
<残された家族の事を考えて生きてゆくべき>
そんな言葉が主人公に投げかけられますが、彼はどうしても追撃の手を止めることができません。
たとえ地獄に堕ちる事がわかっていようと、犯人の息の根をとめるまでは決して止める事ができないのは、犯人の事と同じくらい、自分の事も許せないからなのではないでしょうか。
一番忌むべき存在の犯人と、徐々にその姿が重なって行く主人公。
そして彼は、犯人の命とともに、自分自身を破滅させ、「復讐」を完了させる・・。

『復讐者に憐れみを』、『オールド・ボーイ』、『親切なクムジャさん』、そして『悪魔を見た』。 
「復讐」が招く「理不尽な結末」を繰り返し繰り返し目にしてきた私は、一体なにを心に刻んだのだろう、と、ふと考え込んでしまいました。
「復讐なんてよした方がいい」 それは勿論そうですが。
「憎しみは新たな憎しみを生み出すだけ」 そんな事は百も承知ですが。
正論に頷く一方で、猟奇的なほほえみを浮かべて無力な女性に襲い掛かるチェ・ミンシクや、鍛え上げられた肉体と憂いに満ちた表情で犯人をフルボッコにするイ・ビョンホンを目の前に、「殺せ!殺せ!さっさと殺しちまえ!!」と猛り狂ってしまう私もまた、悪魔に踊らされている一人なのでしょうか。
結局、これらの映画によって曝け出されたのは、「私の中にも悪魔がいる」という事であり、「でも、しょうがないじゃない」という諦めに似た気持ちなのかもしれません。
どこかのバカを前に「赦す」のが天使で「赦さない」のが悪魔なんだったら、私はもう、悪魔でいいかな、と思う。 残念な結論で申し訳ないですが。

と言う事で、スクリーン(モニター)の中と外の双方で、人間のドロドロとした面をこれでもかと浮き彫りにしてしまう、非常にいじわるな映画だった本作。
ちなみに、血も涙もない純粋悪のように見える犯人にも、虐待された過去があるのではないかと思わせるようなカット(※犯人の実家に年季のはいった血まみれバットが転がっている)が用意されており、これらは負の連鎖による不幸な事件だったのだ、と思えなくもない描写を盛り込んであるという、念の入ったいじわるっぷりも味わえますので、鑑賞後はなんかもう畳に転がって小一時間うんうん唸りたくなってしまう事請け合いです。
「復讐」の有り無しを問うのではなく、「人間ってこういうもんなんだよ」というバツの悪い事実を正面から突きつける正直な作品。
後味はよくないですが、とても見応えのある素晴らしい作品だと思いました。


― 追記 ―

・ 美麗なファッソンの凄腕捜査員イ・ビョンホンが「ここぞ!」というタイミングではなくいつもワンテンポ遅れた状態で飛び込んでくるのが、モンティパイソンの『スペインの宗教裁判』ネタみたいでおもしろかったです。  ていうかもっと早く止めに入れよ。

・ 超凄腕の捜査官なのに、「ひっひっひ・・あの被害者の家はたしか〇〇町だったな・・・」と嘯くチェ・ミンシクに対しなんの手も打たないとは如何なものか。 

・ で、案の定チェ・ミンシクが被害者宅に向かっている事が判明し、慌てて被害者宅に電話を入れるものの案の定繋がらない凄腕捜査員。  おっそ!電話おっそ!!!

・ チェ・ミンシクのゲスいお友達には愛人(情婦?)がいるのですが、彼女のキャラの背景がすごく気になりました。 猟奇殺人を続ける男と行動をともにする彼女は、もしかしたらどこかでさらわれてきた被害者の一人なのか。ストックホルム症候群を発症してしまった果ての姿なのか・・。 

・ 世の中に「仕返しされ顔選手権」というものがあったとするならば、ダントツで優勝しそうなチェ・ミンシクの不遜な表情。 もうね、これは仕返しされてもしょうがない顔ですよね。 被害を被ってなくても仕返ししたくなる顔。(←理不尽)

・ イ・ビョンホンの後輩捜査員が尊敬する凄腕捜査員に向ける熱いまなざしを、アガサは見逃さなかった!!!!

・ 尊敬するイ・ビョンホンの言いなりになって、GPSを盗み出したり闇病院を用意したりする後輩捜査員。 恋だな!それはきっと恋なんだな!!  そういうことにしておいてください!!


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夏休みの出来事 (前期まとめ)

2011年08月10日
■ はわいなう。
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鳥取に海水浴に行きました。
去年も同じところに行ったのですが、瀬戸内海ではありえないほど透視度の高い水や、遠浅の砂浜など、子どもを遊ばせるにはもってこいの穴場スポットなので、片道3時間半の運転も全く苦にはならないのであります。

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ところが、日本海っぽい陰鬱な天気に出迎えられ、水着に着替えて砂浜に勢いよく飛び出した私の足に激痛が。
慌てて水辺から這い上がり、息も絶え絶えに「ラ・・ライオンの・・・たてが・・み・・(ガクッ)」と言い残し打ち果てたアガサ38歳。


かいつまんで書くと、まだ7月下旬だというのに、クラゲがうようよ浮かんでいたのですよ。細長くて最初はゴカイかと思ったのですが、よく見てみると周りにゼリー状の物質が・・ なんていうクラゲだったんだろう。
それでも流木を使ってクラゲを除去しながら、なんとかちびっこを遊ばせ、地元のスーパーでイカの一夜干しやスイカを購入して帰途につきました。
一緒に行った父曰く、「この時期にクラゲがいるなんて今までなかったけどなぁ・・」との事。
季節外れの台風のせいなのか、天変地異の前触れなのか・・ それはわかりませんが、とりあえず未だにアガサの足首にはビッシリとクラゲの攻撃痕が残っています。最初に飛び込んだのがちびっこじゃなくてホントによかった。あと、顔から突っ込まなくて本当に本当によかった。 ま、大した顔じゃないけど!大した顔じゃないけども!!

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(さすがはスイカの名産地!安い!)



■ 『アウトバーン』を読みました。
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前作『ダブル』が「このミステリーがすごい!2011」にランクインするなど、今最も触るとヤケドする系の作家(熱いってコトですよ)・深町秋生先生の最新作『アウトバーン 組織犯罪対策課・八神瑛子』を読みました。

優秀な警官でありながら、同僚に高金利で金を都合したり、闇社会の仕事を引き受けたりといった様々な顔を併せ持つ女刑事八神瑛子。
身内も敵をも懐柔し、彼女が辿り着こうとしている場所には、一体なにがあるのか・・・?

既にシリーズ化が決定しているそうですが、本作はその第1弾として実に申し分ない、華々しい幕開けとなっていると思います。
誰にも本音を見せず、合法・非合法お構いなしのやり方で、着実に使える駒(情報提供者)を増やして行く八神瑛子。
優秀ではあるものの決してスーパーマンではない瑛子が、満身創痍になりながら相手を追い詰めて行く姿は、痛ましいと同時に、心酔せずにはいられない危険な魅力に満ち満ちています。
そして、そんな瑛子に「魅入られて」しまう登場人物たちもまた、かなりの濃厚キャラ揃い。
中国人ホステスから蛇頭の大幹部にまで成り上がった女傑・劉英麗、
部下の私生活を調べ上げ、時には容赦なく斬り捨てる冷徹さを持つ元公安の警察署長・富永昌弘、
元プロレスラーで瑛子を慕う屈強な乙女・落合里美、
裏社会に通じる超毛深い中国人事業家・郭在輝、
そして、ヤクザと刑事という「敵対関係」でありながら、瑛子の底力に敬意を表し「姐さん」と呼ぶ、暴力団幹部・甲斐道明などが、とても人間臭く、魅力的に描かれております。

中でもアガサが惚れこんだのは、事業家でありマフィアの大ボスでもある劉英麗。
初登場シーンが特に最高でして、英麗は忙しい時間の合間に瑛子との面会と食事を同時に行っているのですが、なんかもう、彼女がすするラーメンの汁が唇の下に飛び散り、顎を妖しくぬらぬらと光らせる情景が目に浮かんだんですよね。
キミは肉感あふれる女性が豪快に麺をすする姿に色気を感じるか! ああオレは感じるね!確実に!
美貌と度胸と野心で暗黒街を生き抜いてきたその生い立ちだけで、一本物語が出来そうな程のステキキャラなのですが、とにかくこのラーメンシーンが非常にグっときてしまって、アガサは完全に英麗さんの大ファンになってしまったのでした。(余談ですが、「汁とチャーシューは残す」という女子力の高さも何気に素晴らしいですよね!)

深町先生の文章には、その場所に漂う臭いすら感じさせる程の生々しさがあると思います。
溢れ出る汚物の臭い、混ざり合ったヒトの臭い、吐き出された血反吐の臭い、生活感の無い部屋に満ちた空虚な匂い。そしてラーメンの匂い。
今はまだ、静かな怒りや哀しみを秘めるに留まっている八神瑛子の感情が、これから先明らかになるであろう真実を前に爆発し、激しく燃え上がった時、そこに漂うのはどんなにおいなのか。
早くも第2話が待ち遠しくてならない今日この頃です。 

あと、明日のお昼はラーメンにしようと思います。


■ 『おもいのまま』を観てきました。
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佐野史郎さんが出演されている舞台、『おもいのまま』が、お隣の神戸でも上演されるとの情報を聞きつけ、早速観劇して参りました。

高級住宅街に建つ一軒家で2人きり、悠々自適に暮らす夫婦。 ある晩、彼らのもとを「記者」と名乗る2人の男が訪れ、強引な取材を始めるのですが・・・。
穏やかな生活に土足で上がりこみ、荒々しく踏みにじり始める若い男。
その目的は何なのか。 
彼らによって暴き出される夫婦の秘密とは。

ハネケの『ファニーゲーム』を思い起こさせる設定と、これまたハネケばりの情け容赦ないメンタル攻撃が繰り広げられる、とても恐ろしい人間ドラマでした。
実は夫婦の心の奥底には、それはそれは残酷な現実がしまい込まれている。
それは、「彼らの子どもが彼らの過失によって行方不明になってしまった」という現実。
妻は喪失を受け入れる事が出来ず、精神を病み、何もかもなかった事(子どもは生きていて、ただ、実家に預けているから家にいないだけ)にすることで偽の人生を生きている。
夫は妻に、自分が子どもにしていた度の過ぎたしつけ行為を打ち明ける事が出来ず、罪悪感から死を考えるものの実行出来ず、現実逃避するしかなかった。
つらすぎる現実、やり直せない過去。耐え難い苦痛から目を背け、美しかった過去すら偽物にして、生き続けるのが幸せなのか。
それとも、現実に目を向け、罪を告白し、許しを請い、痛みを夫婦で分かち合いながら先に進むべきなのか。

本当につらい物語なのですが、要所要所に笑いがあり、まさに人生そのもののような舞台だったなぁ、と思います。
夫役を演じる佐野さんが、振り絞るように自らの過ちを告白するシーンは、全身全霊で言葉を吐く佐野さんを観ているだけで、私の胸もずたずたに引き裂かれるように痛みました。
そしてそれを受け止める石田えりさんの大きな眼差し。 後半は涙が止まりませんでした。
招かれざる客である2人の若者を演じていた、音尾琢真さんと山中崇さんも本当にすばらしかったです。

役者さんの演技を観ている時、「台本にかかれているセリフを口にしているだけ」なのではないか、と困惑してしまう事が多々あります。
取り直しも仕切りなおしも出来ない舞台になると、それはより顕著になり、カメラのファインダー越しではなく、直に目の前で発せられる言葉の応酬は、少しでも「セリフである」事を感じさせた瞬間、全ての色を無くしてしまう。
だからこそ、舞台は怖いし、舞台は面白い。
今回の舞台はというと、一時たりとも、4人のキャストの言葉にウソは感じませんでしたし、瞬きするのも憚られるほどの異様な緊張感に包まれていました。
 
「取り繕って生きることに、なんの意味があるの?」と問いかけてくる2時間半。
最高に苦しくて、最高に幸せでした。
お近くで公演がある方は、是非劇場へ!


と、全国公演を何本か控えている時点(7月後半)で感想をアップしておこうと思ったのに、なんと『おもいのまま』公演は本日(8月10日)が最終日。

毎晩眠くなる己の貧弱な体が憎い・・・!!(wowowとかBSとかでやらないかなぁ)


■ 飛び出さない『カーズ2』を観ました。
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(余談:ライトニング・マックイーンが「カッチャーウ!」と決め顔をする度に、『ズーランダー』のブルー・スティールを思い出します。) 

『トイストーリー』目当てのちびっこに同伴して、『カーズ2』を鑑賞してきました。
思えばちびっこの映画館デビューが『カーズ』1作目。 あれから早や5年か・・・と、なんとなく遠い目になってしまう母。お構いなしにポップコーンを貪る姉妹。

前作は、クソ小生意気な若手ドライバー(マックイーン)がひょんな事から田舎で立ち往生し、そこのかっぺと触れ合うことで性格が丸くなる、という心温まるお話でしたが(←色々ヒドイまとめ)、今回はガラリと雰囲気を変え、トップドライバーのプライドを賭け世界戦に挑むマックイーンと、都会の空気に馴染めずいつしかスパイ活動に転身するおんぼろトラック・メーターの奇想天外四捨五入出前迅速落書無用な冒険活劇となっておりました。

冒頭、イギリスの腕利き諜報部員・マックミサイルによる華麗な潜入シーンが繰り広げられ、前作の記憶がほぼ消えているちびっこは(別の意味で)大盛り上がり。
メーターがかます「Mr. ビーン」ばりのドタバタは、正直母にはつらかった(←Mr. ビーン自体あまり好きじゃない)のですが、これまたちびっこは(本来の意味で)大盛り上がりで、映画が終わってからも「わさび食べてオエー」とか「ウォシュレットでウヒー」とかのシーンを再現しまくっていました。
楽しめたようでなによりです。

一方、純真な心を失い、やや屈折した性格を持つ母の目には、本作はいささか「残酷な物語」に映ってしまいまして、自分の個性を「普通」に受け入れてくれる田舎の仲間と別れ、信頼できる友達と共に華々しい都会に飛び込んだものの、個性は「異端」なモノとして好奇の眼差しを向けられ、頼みの綱の友達からも「みっともない」目で見られるメーターの姿が否応なしに胸にグサグサ突き刺さって、なんかもう意味もなくもうやめて!アガサのライフはゼロよ!!と叫びたくなってしまったのでした。
特に、「恥ずかしい」と思われている事に気づいていなかったメーターがその事実を知り、真っ暗な世界で「自分が笑われていたあんなシーンやこんなシーン」を思い返すくだりは心が折れる寸前まで打ちのめされてしまいました。
もうね、世が世なら『ダンボ』の「酒のんで幻覚見る」シーン級のトラウマ映像ですよ。 どんな世なのかわかりませんけどね。

そんな状態なものですから、その後、メーターのエンジン部に爆弾が仕込まれ、マックイーン諸共爆破寸前! というくだりで「おれ、いい考えがうかんだよ!」と口火を切ったメーターがそのまま「おれがこの爆弾ごと吹き飛べばいいんだよ!そうすればもう、みんなに迷惑かけないですむもん!」と続けるのではないかと予想し、予想だけで号泣しそうになってしまいました。

どうだいみんな!ネガチブな大人の底力、思い知ったかい!!

まぁそれはともかく、思いっきりはっちゃけた冒険談に舵をきった点は、前作と比べてしまうと違和感があるものの、逆にそこさえ気にしなければ、大人から子どもまで充分楽しめる「いい方向展開」だったのではないかと思いますし、「日本といえば、フジヤマ、スシ、ゲイシャ」みたいな通り一遍な描写ではなく、道端に立ち並ぶ自動販売機や狭い敷地をフルに活用出来る2段式立体駐車場、お店から飛び出してくるチンピラ風情のあんちゃんに、日本が世界に誇る多機能トイレなど、コアな日本もたっぷり描き込んでくれたジョン・ラセター監督の意気込みもありがたいばかり。

噛み砕いて説明すると、「性格はいいんだけど不細工な彼女を業界仲間に紹介するのがどうしても躊躇われる」みたいな身も蓋もないお話ではありましたが、最終的には「そんな彼女を自分はだいすきなんだから、もうそれでいいじゃない」とキレイに蓋をして、みんなを笑顔にさせてしまうピクサーマジックは、やはり素晴らしいと言うしかないと思いました。
「キミは変わらなくていいんだよ」じゃなくて、「ぼくが“変わってる”と思わなければいいんだ」とでも言いましょうか。
もしもキミのパートナーの鼻から鼻毛が出ていたら、人目を気にしながらも注意すべきかせざるべきか迷ったままモジモジ迷ったりしないで、「おい!鼻毛!今すぐカット!」と躊躇せず教えてあげればいいじゃない、とでも言いましょうか。
とにかく、何が一番大切なのかを考えれば、自分がどうするべきかはおのずと見えてくるものなんですよね。

「信頼出来る友達は、きっと、人生で最も大切な宝物のひとつなんだよ」、と、ラセター監督に耳元で囁かれたような気がしました。
余談ですが、ラセター監督はメガネ男子だから、大いにアリだと思いますよ。(何の意思表示なんだ)


■ スイカがおばけになりました。
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ハロウィンまで冷凍保存してみるテスト!

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