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『パラノーマル・エンティティ』

2011年03月26日
パラノーマル

おい! 『パラノーマル・アクティビティ』って知ってるか?! そうそうそれそれ! 少ない元手でがっつり儲けたらしいじゃないか! うちもやろう! 是非やろう!

そんな社長の一言で、プロジェクトは動き始めました。
「雨後のパラノーマル」プロジェクトです。

まず、大前提ですが、お金はありません。 本家の人たちがどれほど貧乏だったのかは知りませんが、貧乏度合いならぼくらも負けません。
いつもなら一番くろうするお金問題ですが、今回はオリジナルも手持ちカメラ限定の画作りだったので、あまり苦労はありませんでした。
とてもうれしいです。
次にストーリーです。
本家は

一軒家に住むカップルを襲う怪奇現象

というコトなので、ぼくらはもう一人人数を増やして

一軒家に住む3人家族を襲う怪奇現象

というコトにしました。 万全です。
カメラも、本家では手持ちカメラ一台と定点カメラ一台のみの視点だったので、定点カメラの台数を3台に増やしてみました。 これまた万全です。
主人公の男性とヒロインの関係を、おにいちゃんといもうと、という日本市場を意識した設定にしました。
ちなみにいもうとはツンデレです。 大勝利です。
そして、そこに絡んでくるのはカトリーヌ・ドヌーブ系おかあさん。
今日本では熟女もそこそこ熱いそうなので、万全を期します。
本家で不評を招いていた、
「お色気要素がない」
という点にも配慮して、いもうと役にはムチムチプリンなJDを配置。 常に丘陵地帯を意識させるようなピッタリシャツを着用させます。 憎いばかりの心配りです。

さて、撮影手法についてですが、本家で非難の的だった
「都合のいい場面ばかりカメラに映り込むのが不自然だ」
という声に耳を傾けて、敢えて
「肝心な場面は映らない」
という手法を選んでみました。
そりゃそうですよ。 家の中でハンディカメラを回しっぱなしにする時点でもじゅうぶん不審者グルーヴ感丸出しなのに、家族の命に危険が迫っている時まで悠長にフレームインする範囲を考えて行動しますか?って話ですから。
定点カメラだってそうですよ。
毎回毎回カメラの真ん前で怪奇現象って、ゴースト、お前人類をナメてんのか?って話じゃないですか。
投稿ビデオをご覧なさいな。 毎回毎回、肝心なトコロで画像が乱れたり、あさっての方向にパンしちゃったりするでしょう。 で、カメラが戻るとすでに、コトは終わっているんですよ。 それが現実なんですよ。
というコトで、定点カメラの映像も、一番観たい部分、つまり、いもうとに性的なナニがアレされる場面で異常をきたして映らなくなる、という表現にしてみました。 だいじょうぶ。ぼくらも鬼じゃありませんから。声だけは流しますよ。 あわてないあわてない、ひとあんしんひとあんしん。

さて、手法ばかりに気をとられていましたが、ストーリーの方ももう少しひねりを加えて行きましょうか。
本家にはないウェッティな要素を、というコトで、「主人公一家の父親は事故で亡くなったばかり」というおまけポイントを入れてみましょう。
ドヌーブ系おかあさんは、愛する夫の死をいまだ受け入れるコトが出来ず、なんとかコンタクトを取ろうと夜中に霊通信を始めてしまう。
ところが、安易な交霊術が邪悪な悪霊を招いてしまい、いもうとの貞操が脅威に晒される。つまり、すべての元凶はおかあさんだった、という種明かしでどうでしょうか。
マズいですよね。 おかあさん大失態です。 これは身内なだけにガツーンと来ますよ。
ついでに、おにいちゃんがいもうとの言い分を明らかにバカにしていたせいで、女系家族から疎まれている、という設定もプラスしましょう。
どこの家庭に於いても、男というのは女に疎外されるものです。 亭主元気で留守がいい、というアレですね。
と言う訳で、本編開始早々から、ハイテンションでカメラを回すひょうきんなおにいちゃんと、それを生ゴミを見るような眼差しで見つめる母といもうと、という構図が映し出されますので、すわ「真犯人はおにいちゃん?!」みたいなスリルをも感じさせる事が出来るかもしれません。 瓢箪から駒とは、まさにこの事です。
ま、オリジナルに倣って、映画の冒頭で事件のあらましをオチも含めて説明しちゃっていますので、結論から言うと、スリルもへったくれもない訳ですが。

さあ、これで本編はほぼ完成です。
オリジナルでは「山羊足系の悪魔」というざっくりとした存在だった悪霊も、「若い女性の寝込みを襲うエロ悪魔」と目的や存在意志をクリアにしましたので、安心してご覧頂けることと存じます。
あとは、その道のプロ(心霊研究家)を登場させて、その辺(オカルト方面)の説明を足早に済ませたら一気にクライマックスへ。
オリジナルにはなかったおっぱいポロリのひとつも散りばめれば、男性のお客さまにとっては願ったり叶ったりなのではないでしょうか。 ドリームズカムトゥルー。 夢は必ず、叶う。

どうですか。 この完璧なプラン。

完璧ですよ。


ほんと完璧。


完璧におもしろくない。 おい!どうしてこうなった!責任者ちょっと表でろ!!




はい、と言う事で『パラノーマル・エンティティ』な訳ですが。

本家は言うまでもなく、小さな元手でがっつり儲けた映画界のわらしべ長者こと『パラノーマル・アクティビティ』。
それを大胆にリメイク・・・じゃなかったリ・イマジネーションしたのが本作でして。
製作したのはモックバスター(※)の雄・アサイラム社。

(※参考記事・・・ここまでパクっていいの?訴訟上等!チープだけどアイデア満載の超B級「モックバスター」!! - シネマトゥデイ)


普段はビッグバジェットムービーをスモールライトで縮小したような作品を多く送り出しているアサイラム社ですが、本作に関してはオリジナルの元手が極端に少なかった為、ところどころで逆転現象が発生しております。
まあ、逆転っつっても大したレベルじゃないんですけどね。 ほら・・なんつうか・・画質がね、家庭用ハンディカムだったのが、プロ仕様のカメラに変わったっていうか・・ まぁ・・その程度の話なんですけどね・・フフ・・。

先に挙げたように、いくつかの改良(?)点や創意工夫を重ね、追い抜け追い越せオリジナル!とばかりに頑張った本作なのですが、肝心要なシーンが映らなかったり、カメラに映る「怪奇現象」がちっとも「怪奇っぽくない」という致命傷を負い、結局終わってみると、オリジナルと目くそ鼻くそ大して変わらない、すっとこどっこいな仕上がりになっていたのでした。

そもそもの始まりは、
「いもうとの身に降りかかった夜毎の怪奇現象」で、それを心霊博士に相談したら「じゃあ家中にカメラ仕掛けてみたら?」とアドバイスされた
というコトなのですが、のちのちの会話を聞いていると、どうやら最初の怪奇現象が起こったのが1週間前で、カメラを仕掛けたのがその2日後らしいんですよね。
で、カメラを仕掛けた当日から、がっつり怪奇現象(夜中にイタ電がかかってくる)が映り込むのですが、博士に「たいへんですよー!」と電話をしても、全く繋がらない。
それもそのはず、なんと博士はカメラのセッティングを指示した翌日、旅行に出掛けてしまっていたのだ!
う お お い !
今行くタイミング? ねえ、それ今行くタイミング? 相談者放りっぱなしかよ! ていうか旅行行くにしても、携帯くらい持っていこうよ!
もしかしたら、イタ電の主って心霊博士なんじゃねえn・・ゲフンゲフン  ・・まあそれはいい。それはひとまず置いておこう。

で、博士無き今、頼りの綱はおにいちゃんだけなのですが、このおにいちゃんもまた、やる気が空回りしているというかなんというか。
最初は女系家族の主張を、全く信じていなかったおにいちゃん。
カメラに映り込んだ諸々の現象に衝撃を受け、やっとこさ家族を守る為に立ち上がるのですが、なんというか、ズレてるんですよね。色々と。
天井に謎の足跡がついているのを発見したおにいちゃんは、敵の動きを捉えるため、廊下のあちこちにテグスを張り、そこに鈴をつけるという簡易トラップを仕掛けるのですが、いやオバケさっき天井歩いてたじゃん。
家中の天井を練り歩いていたのを見て「ファアアック!!」って言ってたのに、なぜ廊下に罠を仕掛けようと思ったのか兄よ。 ま、オバケもそんなおにいちゃんの気持ちを酌んで、きっちり鈴に引っ掛かってくれるんですけどね。 おい!おまえら両方律儀な性格か!

おかあさんが軽い気持ちで初めてしまった交霊術に、部外者のクセしてちゃっかりやって来てしまった悪魔も悪魔ですよ。
心霊博士によると、
「この悪霊の名前はMARON。ゲルマン祖語で夢魔を意味します。ゲルマン民族の間で、夜な夜な乙女の貞操を狙いに来ると評判の悪魔で、キリスト教ではインキュバスとも呼ばれている類のアレなのです」
だそうなのですが、だったらそれ、インキュバスでよくね?
そのこだわりは何なのか。 なぜゲルマン民族でなければならなかったのか。

気になったので、試しに「ゲルマン祖語」でグーグル先生にお伺いをたててみました。

現在、この言語を話す者は一人もいない。文献も残っているわけではないので、子孫の言葉から遡って、こんな言葉だっただろうという推測がなされているだけだ。
インド・ヨーロッパ祖語」より引用



おい! 煙に巻く気満々じゃねえかYO!!!

アガサ思うに、たぶんアサイラム社に依頼された脚本家の人が、思いついたのではないでしょうか。 誰も知らなくて、確認もとれない言葉をね! アイデア一本勝負!!


という訳で、『パラノーマル・アクティビティ』の類似品なので、間違って手にとると痛い目に遭う可能性が大だった『パラノーマル・エンティティ』なのですが、そもそも『パラノーマル・アクティビティ』自体が自由奔放な映画でしたので、仮に見間違っても大したダメージは食らわない様な気がしますし、どっちがどっちか判らない時は、この際どっちでもいいのではないでしょうか。 
なに? 投げやりすぎる? よしわかった!じゃあ、「おっぱいが出てくる方がエンティティ」で「おっぱいが出ない方がアクティビティ」ってコトで! みなさんの健闘を祈ります!!


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前進。

2011年03月25日

半年ぶりに、京都に行ってきました。


京都4
京阪電鉄にて。 岡山では車の移動が主で電車に乗る機会がない為、「地下鉄」というシチュエーションに興奮するちびっこ。  
特に連結部分がいい。 (ずっと連結部分で揺れていた)


京都5
救援物資の山。 東北大学への配送待ち状態。 やはり水が多かったです。 医療物資も早く届きますように。


京都6
一仕事終えて、外に昼食をとりに出かける。 なぜか突然通路脇の街灯に登り始めるちびっこ。 
こういう時、注意するのが正しい親の姿なんだろうけど、思わず「すごいなー」と感心してしまった。
バランス神経と運動能力が高いのはいいことだ。


京都7
昼食を終えた後、まだ時間に余裕がありそうだったので、『堀川中立売』のロケ地に行ってみた。


京都8


京都2


京都
寺田くんはいなかった。

のんびりしすぎて大幅に時間を超過してしまったので、タクシーに飛び乗り慌てて戻る。


現実というのは、ほんとに空気の読めないヤツで、こちらが願う方向へはまず進んでくれない。
「そっちには行かないで欲しい」というルートを敢えて狙いを定めて突き進み、そのルートに順応出来るようになったのを見計らって、またさらに困難なルートに方向転換する。
願掛けだとか、希望だとか、祈りだとか、期待だとか、そういうささやかな反抗を何食わぬ顔で踏みにじる。

人生に困難が降りかかった時、「神様はきっと、きみなら乗り越えられると思ったからきみにこの苦悩を与えたんだよ」などと言われる事があるけれど、もし本当に神様がそんなクソみたいな魂胆で世の中に苦悩をばら撒いているんだとしたら、今すぐそのロクデナシの神様の所に行ってボッコボコに殴ってやりたい。
「乗り越えられる」んじゃない。 乗り越えないと生きていけないから、辛い思いに蓋をして、計測不可能な程の量の涙を流して、どうにかこうにか乗り越えようと努力しているんだ。
ふざけんな。
勝手に「人は強い」って決め付けるな。
強くなんかない。 耐えられるかどうかなんて、わからない。 

「今、この瞬間が幸せならそれでいい」と思った事がある。
でも、それは嘘っぱちだった。 ずっと、いつまでも続いていくから幸せなんだ。 苦労していても、涙を流していても、続いてゆくから、一緒にいられるから幸せなんだ。 途切れたら、そこでおしまいなんだ。
人生なんてろくでもない。 報われない。 明るい未来なんて本当にあるのか?
何もかも馬鹿馬鹿しい。 ばかやろうだ。 全部ばかやろうだ。



一夜明けて、頭の中を整理してはじめた事は、昨日の分の洗濯と掃除と、パソコンを立ち上げてブログを書く事だった。

確かに人生は馬鹿馬鹿しいけど、それでも前進するしかない。
報われなくても、願いが叶わなくても、信じて進むしかない。
私は何も諦めちゃいない。
馬鹿馬鹿しい人生を、少しも諦めちゃいない。
臆病にならず、最善と思う手段を選んで前進するしかない。
万策尽きた時の事なんて考える必要はない。 まだない。
悲観する必要なんてない。 
絶対に終わらせない。

だから、昨日の澱を吐き出したら、また笑って過ごそうと思う。
そうして書いたのがこの日記です。
イミフでどうもすみません。
明日からは、また通常営業します。


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『白いリボン』感想  と、大人の影響力について。

2011年03月21日
白い

あらすじ・・・
第1次世界大戦前夜の北ドイツ。 迫り来る戦争の足音がまだ、人々の暮らしを脅かすには至っていなかった頃。
静かだった村は、ひとつの事件をきっかけに不穏な表情を顕にし始める。
まずは乗馬を楽しんでいたドクターが、何者かに仕掛けられた針金によって落馬。
そして、地主である男爵の納屋で、小作人の妻が転落死。
男爵の幼い息子の連れ去り事件に、男爵家の荘園を襲う不審火。
知的障害を持つ子どもにふるわれた無慈悲な暴力。
目の前で起こる全ての出来事に村人たちは目を瞑り、ひたすらに普段通りの生活を送ろうとするのですが・・・。


さすがは不愉快帝王ハネケ!と喝采を贈りたくなる程、悪意に満ち満ちた物語。
モノクロに仕上げられた美しい景色とは裏腹に、出て来る大人は全員嘘つきのエゴイストのロクデナシ揃い。
従順な子どもたちは、大人しそうな眼差しの奥に理解不能な翳を宿す。
悪戯か、はたまたれっきとした殺意か。 その動機は、その真意は。 何もわからないまま、上っ面だけ取り繕いながら暮らしは続く。
そして戦争の始まりが告げられる。狂気が正気とみなされる時代の到来が。

お っ か ね ぇ ー ! !

むき出しにされた悪意から身を守る盾は、さらに強固な悪意なのか。
大人は「悪い事をした」子どもを折檻し、子どもは自分よりもさらに弱いこどもに暴力をふるう。
罪を指摘された大人はその罪を認めず、他人を貶め、異性を侮蔑する。
そんな大人の姿から、こどもたちは無言のまま、何を学ぶのだろうか。

この映画に登場する村は、本当におっかない村です。
絶対に住みたくない。 もう一回言おう。 絶対に住みたくはない。
ただ、自己中で欺瞞に満ちた彼らの姿は、決して特別ではない、という事も事実。
第1次大戦前、つまり、100年くらい昔の話なのですが、ここで描かれている「悪意」は、今でもそのままそっくり現存している「ありふれた悪意」なのですよね。
他人の暮らしなんて知ったこっちゃない。 自分さえよければそれでいい。 臭いものには蓋をしろ。 出る杭は迷わず打て。 ひざまずけ。 命乞いをしろ。 小僧から石を取り戻せ。 

自分の暮らしを守りたい一心で突き進んでいるうちに、いつの間にか片脚を突っ込んでしまっているかもしれない深い穴。
人でなしになるには、大した経験も資格もいらないのだろうな、と。
不幸ゲージを振り切るような災いの数々を前にしても、平然と暮らし続ける登場人物の姿が、色々な出来事を「対岸の火事」と割り切る私たちの姿に重なり、冷え冷えとした気持ちになってしまいました。

本作で起こる事件の数々について、作中、誰が犯人だ、とはハッキリ言及されません。
「我が子に暴行した犯人がわかった!」と息巻いて町を飛び出していった母も、出て行ったきり、そのまま戻る事はありませんでした。
なんとなく、子ども達が怪しいような雰囲気が漂うのは、語り部が彼らの担任教師だから。
よそものである教師の目線で描かれるから、子どもは常に何かを隠しているような暗い目をして、大人はもっぱらモンスターペアレントであること徹する。
もしかしたら、犯人は大人なのかもしれない。
子どもが「何を考えているか判らない」ことは、「犯罪」の証明にはならないじゃないか。
描かれ過ぎない部分が憶測を誘う。
そうあって欲しくない、と願う気持ちが邪推を招く。
ハネケはそんな気持ちに先回りして、「ぼくは観客のみなさんを信じてるんすよ。敢えて描いていない部分も看破してくれるっしょ」と言い切ってくれています。
さすがはハネケ先生! 観る前からへこみますねコレね! (※理解出来なかったらどうしよう、理解出来なかったらすみません、生まれてきてすみません、等)

アガサ思うに、きっと、子どもたちが犯人なんだろうけれど、その罪は子どもだけもものではなく、大人のものでもあるんですよね。

子どもたちは、とても感度のいいアンテナを持っています。
大人たちの優しさも、希望も、良心も、嫉みも、悪意も、絶望も、どんな周波数で飛ばされた感情も、すべて拾ってしまう、すぐれたアンテナです。
「あいつの家は貧しいから汚い」という目で見ていると、子どももいつの間にか同じ目で見ているし、「都合の悪い事は隠しておけばいいんだ」という態度を取っていると、いつの間にか嘘や誤魔化しの上手な子どもになっている。
子どもたちが歪んでいる、というならば、一番歪んでいるのは大人の心なのではないでしょうか。

子どもに「いい子」になって欲しければ、腕や髪に白い「純潔」のリボンを巻きつけるのではなく、まず自らが、正しい態度をとらなければならないのではないでしょうか。
白いリボンを巻く大人の手が、欺瞞やエゴで真っ黒に汚れていては、何の意味もないのではないか。
「親」が、というよりも、「大人」が持つ影響力と責任の大きさを改めて感じさせられた作品でした。

大人が始めた戦争(争い)の火を、憎しみの種を、子どもに引き取らせるだなんて。
そんなバカげた事を、一体いつまで続けるというのか。
本作の舞台である1910年代からちっとも変わっていない。
もう、ずっとずっと昔から続けてきた事なんだから、いい加減気付いてもいい頃なんじゃないのかなぁ。




で、ちょっと話がズレるかもしれないのですが、「大人の影響力」つながりという事でもうひとつ。




改めて書くまでもないのですが、先日大きな震災で数え切れない程の方が被害に遭われました。
被災していない岡山の地で、ボケた頭で考える以上に、いや、遥か及ばない程に、現地の方々の悲しみや痛み、苦しみは計り知れないものがある事と思います。
一人でも多くの命が救われる事を、そして、一日も早く様々な物資が、援助が、被災地の皆様の手に届く事を、心から祈っております。
薄っぺらい言葉で申し訳ありません。 でも、ほんとうにほんとうに、どうか暖かい春が訪れますように。

あの日から、一体自分に何が出来るのか、どうすればいいのか、ずっと考えていました。
そして、義援金や救援物資以外に出来る事、しなきゃいけない事がある事に気付きました。
それは、子どもたちにこの想いを繋ぐ事。

まだ幼い子どもたちに、自分が直に体感しなかった揺れや災害の恐ろしさを理解させる事は難しいと思いますし、すべきではないのかもしれないと思います。 (子どものアンテナは底知れない不安も感じ取ってしまうからです)(我が家のちびっこは、私たちが見ていた災害のニュース映像から情緒不安定になってしまいました)(気をつけるべきだったと反省しています)
ただ、大きな災害が起こった事と、それによって沢山の方々が困難な状況にある事は伝えられるし、私たちに何が出来るかを教えてあげる事も出来る。

大人が買い占めたトイレットペーパーを物置に突っ込んでいれば、子どもも「そうするものなんだ」と思う。
募金箱にさりげなくお金を入れていれば、子どもも「そういうものなんだ」と思う。
困っている人の前を見て見ぬフリして通り過ぎていれば、子どもも「関係なければ放っておけばいいんだ」と思う。
困っている人に手を差し出していれば、子どもも「困っていたら助け合えばいいんだ」と思う。

親だから、親ではないからというのではなく、私たち大人がすべきなのは、デマを吹聴する事でも、身勝手に生きればいいんだと示す事でも、面白おかしく不安を煽る事でもない。
苦しんでいる人がいる時は、自分が出来る限りの事をするんだよ、と自分がお手本になって見せてあげる事なのではないでしょうか。

余りに大きい爪あとを残して行った今回の大災害。 街を作り直すには、10年、20年とかかる事でしょう。
今の幼い子どもたちが、大人になっても「助け合おう」と自然に思えるように、喉元を過ぎても熱さを忘れないように、ずっと言葉をかけ続けようと思います。
とりあえず、我が家では1年間、毎日寄付する事にしました。
ちびっこの手にお金を持たせて、レジ横や役所の窓口などの募金箱に入れさせています。
1円しか寄付出来ない事もあるし、1000円の事もある。
大切なのは、金額の多寡ではなく、続ける事なんだ、と。
1年経った時、子どもの心にどんな気持ちが生まれているかわかりません。
ただ、「助け合う」のは照れくさい事でもかっこつけな事でもない、当たり前な事なんだ、と思うようになって貰えれば、と。

どうせ与えるんなら、誰かの役に立つような影響を与えたいものですよね。

大人である自分に出来る事を、これからも出来る範囲でやって行こうと思います。


とても大切な記事・・・遠くにいる素人の個人でもできること - 深町秋生のベテラン日記 遠くにいる素人の個人でもできること - 深町秋生のベテラン日記




-余談-
って、「あたしんちは寄付とかばっちりやってんだかんね(金額的には全然ばっちりじゃないんだケド)」アピールをしてしまうトコロに、自分のおちょこさ加減を痛感してしまうのですが、自己満足でもいいと思うんだ。 赤十字社を通じて何処かの手助けになって、尚且つ自分も「何かをやってる」感に浸れるんなら、それでいいんじゃないかと思う。 売名でも、偽善でも、自己満足でも、それが誰かの役に立つんなら、大いに結構な事じゃないか。 ま、さすがに恥ずかしいので今後は粛々と「出来る事」をしますけどね! ホントすみません!

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『ツーリスト』

2011年03月16日
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嫉 み 嫉 み 僻 み ! ! !


あらすじ・・・
ポールベタニー
ああ私だ。アチソン警部だ。  彼女は今どこにいる?うむ、そうか、いつものカフェだな。よしわかった。 待機だ。
大胆不敵な国際的脱税犯、アレクサンダー・ピアースを追ってはや2年。 いつか接触を図ってくるだろうと、ヤツの恋人である彼女を張り続けたオレの勘は、どうやら当たったようだ。 
今度こそヤツをとっ掴まえて、7億ドルの追徴課税を納めさせてやる! 
そうこそ、オレは必ずやり遂げる! スコットランドヤードの名に懸けて!
ったくよー! 何が7億だよ! ロシア人マフィアから23億ドルも不正にネコババしてるくせに! もっと搾取してやればいいんだよ! ていうか不正な金なんだから、全額没収でいいじゃんよ! オレは絶対認めない!認めないぞ!!

・・おっとパリ警察から入電だ! アロー。なに?彼女にメッセンジャーボーイが接触しただと?!
逮捕しろぉぉぉ! そいつがピアースだぁぁぁぁぁ!!
え?なに? 彼女がメッセンジャーボーイから受け取った手紙を焼いて立ち去った?
なにをしてるんだ! 早く火を消さんか!!
え? 結局彼女を見失った? これだからパリの能無しどもは!メルドじゃねえよこんちくしょう! カフェオレばっか飲んでるからこういうコトになるんだよ! オシャレか!カフェオレはボゥルで飲むのがオシャレなんか!

まあいい。 肝心のピアース・・もとい、メッセンジャーボーイは確保済みだからな!
え・・違うの? メッセンジャーボーイの身元が判明したの?妻も子もあるただの一般市民なの?
どこんちくしょう!! 妻も子もいるクセにふらふらしてんじゃねえぞ! オレなんてまだ一人身だぞ!
あったかいご飯にぽかぽかお風呂が待ってる生活・・ くやしくない!全然くやしくなんかない!

落ち着け、落ち着けオレ。 まだ大丈夫だ、彼女が残していった手紙の燃えカスから、いくつかの文字が解読出来たんだから、そこから辿ればいいさ。
ええと、なになに・・ 「リヨン」・・「8時22分」・・・?  おうしわかった!リヨン駅8時22分発の列車に乗れという指示だったんだな! 到着駅は・・ ベニスか!! よし!イタリア警察に電話だ!

さあてと。 列車の中から捜査員が送ってきたメールでも見てみるか・・ ・・ん?彼女と談笑しているこの男は誰だ?! 小粋なヒゲなんか生やしやがって!
まさかこいつがピアースなのか・・? よし!すぐデータと照合するんだ!
ふむふむ・・ 「フランク・トゥーペロ」・・「数学教師」・・「アメリカ人旅行者」 え!アメリカ人なのー?!!
アメリ・・ブフッw・リカ人観こ・・プークスクスww 観光客ですか! アメリカ人ねえww いやはやww
しかし、こいつがピアースな訳は無いから、やはり彼女はベニスでピアースと合流するのか・・。
それにしても、なんで彼女はこんな冴えないアメリカ・・ププッww・・人なんかと・・ まああれだな。スケープゴートってやつだな。 お気の毒に!ちょっと男前だからって小粋なヒゲなんか生やしてるからそういう目に遭うんだよ!

ああ、私だ。 彼女はどうなった? そうか、ホテルに到着したのか。 よしよし、ではピアースと接触しないか慎重に監視するんd・・  んえっ?! さっきのアメリカ人も一緒なの?! なんで!なんでさ!!
え、え、夫婦名義でチェックインして、最上級のスイートルームに2人一緒に入って行ったの?
どちくしょう!!!!  アメリカ人は全員シモの毛が白髪になれ!!
落ち着け、落ち着けオレ。 彼女はあくまで、あのアメリカ人を使ってオレたちをまくつもりなんだ。そうだ、そうに違いない。ただの道具なんだよ。そりゃそうだよ。でなきゃあんなアメリカ人なんかに・・・・・
・・・・・キスしてたの?!  夜更けのバルコニーで熱烈なキスしてたの?!! うをををい!!!アメリカじぃぃぃぃん!!

あーはいはいキスね。 キスしてたのね。 はははははまいったねーこりゃおじさんひとつ取られちゃったねー。
んなもん作戦に決まってるっしょ。 抜群に頭のキレる彼女のことだから、オレたちが見張ってる事なんてとっくに気付かれちゃってるもんね。  ・・いや待てよ・・もしかして見せ付けてやがんのか!ちくしょう!オレに見せ付けてやがんだな!! 独身のオレに「大人のキスば教えちゃる」とばかりに見せつけてやがんだよ! こんちきしょうめ!!
ああ、そんな訳ないよ。 わかってるよ。 さっきも言ったように、アレは彼女の陽動作戦だ。 ラジャー。任務に戻る。

彼女がホテルから出てきたようだな。 あのアメリカ人は・・・ い・・ない・・な!いないな!よし!いい子だ!
イタリア警察に告ぐ。 そのまま彼女から目を離すな。 きっとこの後、ピアースと接触するに違いな・・
・・・なんだよ? ホテルの窓から誰かが屋根を伝って逃げている? あのアメリカ人らしい?
いやいやいや! 知らないから! アメリカ人もうどうでもいいから! とりあえず彼女に集中しよ?
なんだと?! アメリカ人を追って、ロシア人マフィアまでもが屋根の上を発砲しながら走ってる?!
知らないよ!今の話、オレの耳には届いてないからね!アーアーアー聞こえないー!!
もういいからさあ、ここはひとつ、彼女の監視だけしとこうよ。 アメリカ人はたぶん、屋根が好きなんだよ。 屋根の上のバイオリン弾きとかさ、あるじゃない。 そういうことなんだよ。

で、結局アメリカ人に気をとられて彼女を見失った、と。
どこんちくしょう!!
わかった。 落ち着こう。みんな落ち着こう。 あのアメリカ人は、どうやら現地の警察に捕まったようだからいいとして、彼女が一体どこに向かったのか・・・

・・・・・ って言ってたら彼女来たじゃない! 捜査本部に来ちゃったじゃない! ちょ、ちょ、ちょ、ちょ待てよ! いや、嬉しいけども! こんな至近距離で会えて嬉しいけども!
あれ程ピアースに関する情報提供に後ろ向きだった君が、一体どういう心境の変化で・・?
え? このままだとあのアメリカ人の身が危険だから、ピアースを引き渡して終わりにしたい?
そ・・そんなにあのアメリカ人のことが・・・? アメリカ人だから・・? ヒゲが小洒落てるから・・?
・・・・・ちっくしょぉぉぉう!  なんや!オレの体毛が薄めな事に対するあてつけか! どうせアレだろ! みんな影で「アチソンさんって眉毛薄いよねー」「眉毛が薄くて許されるのは小学生までだよねーキャハハハ」って笑ってんだろ!! ちくしょう!ちくしょう!!

よし。もういい。 冷静になれオレ。 所詮彼女は男の趣味が悪いだけの話なんだ。オレとはなんも関係もない。
とにかく今大切なのはピアースだ。 ヤツさえ掴まえれば、色々溜飲が下がるに違いない。
7億納めさせて、お手柄だねって上司に褒められて、部下の女の子とかに「アチソンさんならやってくれると思ってましたー」とかチヤホヤされて、給料アップ、告られまくり、うはうはの人生が待ち受けているに違いない。
やるぞ!オレはやる!!   絶対にピアースの野郎をひっとらえて、ついでにあの生意気なアメリカ人もぎったんぎったんにして、オレも彼女にキスしてもらうんだ!! 


というお話を、スマートなアンジェリーナ・ジョリーのしりと、ジョニー・デップの小粋なヒゲで華やかにデコレートした、とても愉快な娯楽作だった『ツーリスト』。

「誰がアレクサンダー・ピアースなのか?」というミステリーであり、同時にジョリ子とジョニ太郎のロマンティックコメディでもある本作は、優雅なユーロスターで幕を開けると、舞台をヴェネチアに移して、今度は運河をシャレオツな高級ボートで疾走したり、さらには趣のあるお屋敷の舞踏会でステップを踏んだり、と、豪華絢爛な雰囲気の中ゆったりとしたテンポで進行しますので、2大スターの豪快アクションを期待される方の声にはあまり応えてくれない仕上がりとなっております。
つまり、よく言えばクラシカルな雰囲気。 悪く言えばヌルい。

みんなのジョリ子は、ノーパンにはならず、三白眼でロシア人マフィアをしばき倒さないし、半裸にもならないしノーパンにもならない。 
森ガールのアコガレ・ジョニ太郎も、目の下に隈をつくって船の上でヘイホーとは言わない。(※アガサの中のジャック・スパロウ像)(※ちなみに未見です)
禁じられた恋に身を焦がし、「すきなんだけどすきといえない」みたいな、昭和のデュエット曲のようなあまーいやり取りがひたすら繰り広げられ、その脇でもたもたする警察やちっとも迫力がないロシア人マフィアは、完全に刺身に添えられたタンポポ状態。 そしてもう一度言うが、ジョリ子はノーパンにはならない。

しかし、これでいい。 本作に関しては、これでいいと思うのですよ。
だって本作は、あくまで「2大スターが世紀の競演」という1点をのみを目指して作られたに違いないから。
風光明媚な景色も、ハラハラドキドキの追いかけっこも、全てはスターを輝かせる為の引き立て役でしかない。
その証拠に、ベニスの高級ホテルのベランダで、運河をバックに佇むジョニ太郎のシーンで、カメラはジョニ太郎から背後の景色に焦点を合わせませんからね。 わざわざベニスまで行ってロケしてるのに! 世界遺産なのに! 無駄無駄無駄ァァッ!!!
パリのオサレな街角をとらえるよりも、そこをシャナリシャナリと歩くジョリ子のしりをクローズアップ! 舐めるようにしり! スクリーンいっぱいに広がるしり! おいみんな!この映画さいこうだぜ!!

ジョリ子と言えば、しり以外にもその煌びやかな衣装とメイクも見所のひとつ。
アガサが一番感銘を受けたのは、アイシャドウの入れ方なのですが、本当に見事と言うしかない完璧なグラデーションが塗りこまれておりまして、これはもう、ひとつの芸術なのではないかと思わんばかりの完成度だったのですよね。 
ほんと、アイホール深くてよかったね!と。 
トラディショナルジャパンな面持ちのアガサが同じメイクを施したら、完全に負けた次の日の辰吉になっちゃいますよ、と。 浪速のジョーですよ、と。 そんな気持ちでいっぱいでした。
見返り美人的角度で振り返った時の、チラリと見える付け睫毛の長さも非の打ち所が無かったですし、なんかもうジョリ子は来るトコまで来たな!という感じがしましたよね!  どこまでだよ、って聞かれても困るんですけどね! 

と、いうことで、「誰もが思わず振り返る壮絶美女」なジョリ子と、「フェロモンむんむんなんだけど一応一般人という体(てい)なので隙がありまくり」というギャップ萌えが愛しいジョニ太郎という、とっても万人ウケしそうな大スターの姿を楽しむ事が出来る本作は、昨年公開された、同じく「豪華2大スター競演」の『ナイト&デイ』以上に、「スターのオーラだけで乗りきった感」溢れる、とても楽しい作品だったのでした。  ま、ノーパンにはならなかったんですけどね!

ただ、くだんの『ナイト&デイ』とこれまた同じく、「設定やストーリー展開がやんちゃ過ぎる」という点も若干目に付きまして、ジョリ子を登場させておきながら派手なアクションが無い、という点は「本格アクション」ではないからと、まだ見過ごせるものの、あっと驚く(ハズの)オチが全然驚きじゃない、いや、驚くべき内容のハズなのに驚くようなことじゃないなぁと思ってしまう、という点は、ミステリーとして致命的なのではないでしょうか。



※ 以 下 ネ タ バ レ


実はジョリ子はスコットランドヤードの捜査員で、ピアースの脱税を調査していた。 しかし、その途中でピアースの魅力の虜となってしまい、捜査を放棄して愛の逃避行を始めてしまった。
で、ピアースはというと、ロシア人マフィアに命を狙われていた為ブラジルに飛び、そこで大掛かりな整形手術を受けることに。
お互いの身を守る為、ジョリ子と距離を置いていたピアースだったが、ある日ついにジョリ子にコンタクトを取り、「列車に乗ってオレに似た男を囮に使え」と指示したことから、平凡なアメリカ人教師・ジョニ太郎がジョリ子と運命的な出会いを果す
・・というお話な訳ですが、ちょっと考えてみて欲しい。  
・ ジョリ子が任務を放棄してまで愛を捧げるような男がいる
・ その身代わりにジョニ太郎が選ばれる
・ 身代わりってことは後々ジョリ子は本命くんとジョニ太郎のどちらかを選ばなければいけない
・ ジョニ太郎よりもセクシーで知的で魅力的だと、観客を納得させる事が出来るような俳優がいるだろうか
・ いないよね
・ アガサ的にはリーアム・ニーソンとかアラン・リックマンとか史郎あたりが出てくればもう一発KOなんだけど、一般的な視点からいうと、いないよね

ほらね! あとはもうわかりますよね!
メインキャストにジョニ太郎を選んだ時点で、「至上の男は誰だ→結局ジョニ太郎」というどんでん返しが全く意味をなさなくなってしまう訳ですよ。
これはアカン。 みんな同じくらいのフェロモンなら「まさかの展開キター」となるでしょうが、天下のジョニ太郎を使っておいてこのオチはアカン。
意外性というものが全く感じられない、完全なキャスティングミスです。 まぁ、そのキャスティングが本題で、後はオールおまけという作品なので、しょうがないっちゃあしょうがないのかもしれませんが。

あと、このトリック(?)自体も、普通に考えてみたらずいぶんな内容なんですよね。
要は、天才的山師がマフィアから逃げ遂せる為に顔を変え、恋人を迎えに行くんだけど、普通に行ったんじゃ面白くないので自作自演しちゃうというお話なんですけどね。
「あいつ、ちゃんとオレ選ぶのかな・・結構顔も声も変えちゃったケド・・愛があるならわかるよな!」  
「ようしようしこっちきたww」  
「ハイ声かけてキター!」  
「でも知らないフリ・・とw」  
「うははw気になっとる気になっとるw オレだってコト気付いてないもんなぁ」  
「浮気になっちゃうかも・・って考えてるんだろうなーwでも、オレ、本人ですけどね!ww」  
「どうすんだー? オレに義理立てするのかー?それとも見ず知らずのアメリカ人教師に本気の恋をしちゃうのかー?はいはい考えてーww」  
「あー、やっぱりアメリカ人教師のことマジ惚れしちゃったかーw ま、しょうがないよね!中身オレだもん!」  
「ないわー彼女を試すつもりとか無かったんだけど、まさか恋敵(ライバル)がオレ自身になっちゃうとか、ないわー」 
ってうわなんだこいつ超UZEEEEEEEEE!!!

ミサワか! おまえがミサワなのか!!
っていうか、ほんとジョリ子は一回落ち着いて考え直した方がいいと思うよ!
リアルにこれやられたら、超ひくと思うよ!

何もかもが大スターだから許されること。 とは思うものの、こういう男はいくらかっこよくても長く付き合いたくないなぁ・・と思ったアガサだったのでした。 短期間ならおもしろいかもしれないけどな。

まぁしかし、こんな感じに早い段階から「無敵なジョニ太郎とジョリ子」の存在が押し出されるものの、そんな彼らを極めて一般市民的目線(ルサンチマン全開)で見つめるアチソン警部のキャラクターが、とてもいい中和剤となっていますので、全体的に観るとバランスが保たれているなぁ、と感じた事を書き添えておきたいと思います。
きっとアガサが『ナイト&デイ』に今ひとつ満足出来なかったのは、この「ギギギ・・」キャラがいなかったからだと思うなぁ。
 
ジョニ太郎をアメリカ人観光客だと信じ込んで、常に大英帝国流の高飛車態度をとるアチソン警部。
実は同僚のジョリ子にほのかな想いを寄せていたアチソン警部。
鼻にもかけられないアチソン警部。
事務所の女子からもぞうきんを見るような眼差しを向けられスネるアチソン警部。
ルサンチマンだけが生きる原動力のアチソン警部。

なんだろう、この親近感は。

オレはすきだぜ! おまえのこと!!



ということで、大スターすぎる2人のコンビにしっくりこなかった方は、是非アチソンさんに注目しながらご覧頂ければと思います。
あと、最後になりますが、ジョリ子がタイトなワンピースを着て闊歩するシーン。どれだけしりを凝視してもパンツのラインが見えなかったのですよね。

あれはきっと、ノーパンですね。

おいみんな! やっぱりこの映画さいこうだぜ!!

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あなたの神は、私を救ってくれない。 (※3月21日 追記)

2011年03月09日
うちの近所には、とある“日本最大の新興宗教”を熱心に信仰しているおうちがある。

その宗教に関してあまりいい思い出がないので、積極的にお近づきになろうとは思っていなかったけれど、同じ町内に住むご近所さん、として、最低限の敬意を払ってお付き合いはしてきたつもりだった。

そのおうちの庭には、大きな松の木があった。
我が家のちびっこは、その木から降って来るまつぼっくりを拾うのが大好きで、おととしくらいから塀の下に落ちているまつぼっくりを再々回収に行っていた。
そんな事が繰り返されているうち、そのおうちの奥さんはちびっこの姿を好意的に受け止めてくれたらしく、玄関先に置いてある鳥かごを見せてくれたり、予め拾っておいてくれたまつぼっくりをちびっこに分け与えてくれたりしてくれた。
私は、道ですれ違った時などに、そのお礼を言い、「今度の選挙では〇〇党をお願いね」という奥さんの言葉にも、素直に「はい、わかりました」と答えていた。
「わかった」だけで「投票する」とは言っていないけれど、それがご近所付き合い、大人の社交辞令というものだから。



昨日の昼過ぎ、玄関のチャイムが鳴った。
誰だろうか、とドアを開けると、そこに奥さんが立っていた。

「今度の選挙は〇〇さんをお願いね」
「あ、はい、そのお話は先日主人と伺いましたから」(数週間前、世帯主さまと散歩している途中出会って声を掛けられていた)
「ええ、それでね、これに名前と住所を書いて貰えないかしら、と思って」
「・・・なんでしょうか?」
「〇〇さんの事務所からね、色々とお手紙とかが届くと思うから」

ステップアップしてきたか。

今思えば、なんであの時あんなに頭に血が上ったのかよくわからない。
いつもと同じように、「はい、はい」と署名してあげていればよかったのかもしれない。
後援会に名前を連ねるのなんて、大して意味なんてないし、今までにだって、友人や勤め先から強引に署名させられた事くらいある。
なのに、なぜか、瞬間的に私は
「それは出来ません」
と言ってしまった。

奥さんは一瞬表情を固まらせて、「いや、そんなんじゃないのよ」と言葉を重ねた。
私は後を続かせないよう、「申し訳ないんですけど」と言葉を被せた。
「先日の選挙のお話は、充分わかりました。投票も行くつもりです。(入れるとは言わないけど)  ただ、そういうのは書けません。 申し訳ありません」

私の言葉が奥さんの何かに火をつけてしまった事は、その目を見れば明らかだった。
奥さんは一気にまくしたてた。
「いやね、おたくの〇〇ちゃん(※ちびっこ)が、よくうちにまつぼっくりを拾いに来てくれてね、鳥も可愛がってくれてね」「うちの仏壇にも手を合わせてくれてね、ああ、これは何かの仏縁があるなぁ~って話してたのよ」「で、話していたら、そういえばおたくのお母さん(※去年亡くなったお義母さん)も、昔ご本尊を持たれてたわねぇ、と思ってね」「やっぱり仏縁があると思ったのよ」


うちのちびっこが、仏壇に手を合わせていた・・・だと・・?


「仏縁なんて、ないですから!」


気付くと私は大声をあげていた。

確かに、お義母さんは数十年前、その宗教に入っていた。それは事実だ。
しかし、強引な接し方に閉口し、とうの昔に脱会してご本尊とやらも引き取ってもらった筈だ。
だいたい、そのお義母さんが持病で入退院を繰り返していた頃、いきなり我が家にピンポン攻撃をかまし、嫁に入ったばかりの私に向かって
「お母様は信心が足りなかったから病気が悪化したのよ」
と言い放ったのはどこの誰なのか。
「信心が足りない」と揶揄した事のある家に、「仏縁がある」だなんて、一体どの口が言っているのだろう。
ああ、この口だ。
ちっとも、自分の言葉が誰かを傷つけたり、イヤな気持ちにさせるだなんて思った事の無い、この無遠慮な口が言ったのだ。

「うちの娘が度々お邪魔させて頂き、ご迷惑をおかけしたようで、大変申し訳ありませんでした。 これからは一切お邪魔しないよう言っておきますので、どうかご容赦下さい」
「あら!ちがうのよ!迷惑だなんて! 〇〇ちゃんはホントにいい子でね~、まつぼっくりも喜んでくれて。 だからね、きっとこれは仏縁が」
「だから、ないですから! 私はそういうのは一切お断りしていますし、主人も同じだと思いますので!」
「あら・・・ そんな大した事じゃないのに・・ ホントにちょっと書くだけでいいのよ・・?」
「申し訳ありません。 今までありがとうございました。 もう子どもも伺いませんので。失礼します」

10数年取り繕ってきた上っ面は、“ご近所付き合い”という上っ面は、あっという間に剥がれて春の風に吹かれて飛んでいってしまった。
ドアを閉じる瞬間、隙間から見えた奥さんの目は、なんだかとてつもなく深い闇を宿しているように感じた。(偏見に裏打ちされた主観でしかないけど)


私は、全ての宗教を信じていない。

我が家には、お義母さんを祭る仏壇もあるし、実家に帰れば祖父母を祭る仏壇がある。
子どもの頃から、お彼岸やお盆にはスクーターに乗ってお坊さんがやって来るのが当たり前だったし、一緒にお経を唱え、手を合わせて育ってきた。
でも、仏教を信じているのか、と聞かれると、そんな事はないと答えるしかない。
お経を唱えれば極楽浄土に行ける、だなんて思ってないし、そもそも極楽浄土って何?と、冷めた反応しか抱けない。
神様なんていないと思っているし、悪魔もいないと思っている。
奇跡を起こせるとしたら、それは「神様」ではなく、「神様を信じる人自身」が起こすんだと思うし、悪魔の所業は「悪魔」ではなく「悪意に心を蝕まれた人」が起こすんだと思う。
唯一、というか、確実に信じているのは「祖先」の存在で、都合よく助けてくれはしないけれど、いつも見守ってくれているような気はする。 
今の自分があるのも、「祖先」のみなさんのお陰だ。 
感謝は尽きない。

だから、仏壇に手を合わせるのは当たり前だと思っているし、お墓参りも出来る限りする。
特定の「神」や「仏」に対して手を合わせているつもりはない。 あくまで、先祖のみなさんを敬っているだけだ。 先祖のみなさんが信じていた宗派で、そのやり方で弔いたい。 それだけなんだ。


私がそうだ、というだけで、世の中のありとあらゆる信者の方々を批判するつもりは毛頭ない。
「何かを信じる」気持ちほど尊いものはないし、自分に対して効果を発揮するモノもない。
だから、先程書いたように、「信じる」気持ちが奇跡を起こす事もあると思う。
ただ、それはあくまで「信じている」本人に限定されるものであって、無理強いされて起こる奇跡なんてある訳ない。

宗教は、何かを信じるという気持ちは、とても強大な力を生む。
心も体も助けてくれる。
だから、宗教はすごいと思う。 純粋に、すごい、と思う。
でも、お願いだから、その「すごい」を他人に押し付けないで欲しい。
自分がいいと思うものを勧める気持ちはわかる。 そこから新たな救いがもたらされる事も、もちろんあると思う。
でも、自分がいいと思うものを、他人はいいと思わないかもしれない、という可能性を心のどこかに留めて置いて貰えないだろうか。

私は、宗教を「すごい」と思うけれど、
「これを信じなかったから事態が悪化した」
とか
「これさえ信じれば事態は好転する」
という謳い文句を使う宗教に対して、「すごい」とは思えない。

宗教で万事が変わるんなら、世界中の人が救えるんなら、もうとっくに世界は平和になってるんじゃないだろうか。
あくまで、自分を救ってくれるよすがなんだ、くらいに思っておく方がいいと思うんだけどな。
お互いの為に。

あなたの神さまが、私を救ってくれるとは限らないのだから。


その神様が、やたらと名誉称号の多いどこかのおじいさんだ、なんて事があるとするならば、余計に救ってもらえるだなんて思えないし・・  おやこんな時間に誰か来たようだ。



追記
・ ちなみに、その後ちびっこに「あのおうちの仏壇拝んだの?」と聞くと「おがんでない!あめちゃんはもらったことがあるけど、おがんでない!」と言っていました。 ブラフかよ・・・ 思い切った手を使うもんだな・・ていうかもしかして、長期的にちびっこを洗脳する気まんまんだったのかも・・ちびっこ危機一髪!

・ それと、「全ての宗教を信じていない」と書いたけれど、「八百万の神」は信じています。 全ての物に感謝して生きて行きたいと思ってる。 自分は、勝手に生きてるんじゃなく、生かされてるんだと思ってる。 こういう考え方が、何より宗教臭いことも自覚しているけど、ホントにそう思う。 だから余計に、特定の人物を崇め奉るような宗教はうげげってなるんだよなぁ。 この人こそ生き神さまだ!みたいなさぁ。 海外の大学の名誉博士号がざくざく増えて行くどこかのおじいさんみたいな・・ うわなにをするやめr





追記 (※3月21日)

mollyさん、ykさん、しんさん、mayさん、落武者さん、シズカさん、ヘザ~さん、こまにゃさん、わたるさん、蝸牛さん、うめのきさん、カオリンさん、Muenchenerさん、とおりすがりさん、ばなやさん、りとらさん、ごりさん、st9さん、春林さん、Yoshinoさん、kootanさん、Crimsonさん、クワジ・プレストさん、かりさん、くろめんぼうさん、まるさん、サガさん、七誌さん、ルーマニア村っていうんですよ、慶応病院の最寄駅を。あの三色旗に揶揄を込めて。さん、神に誓って無神論さん、なめたけさん、nanashiさん、るーさん、ぬこ好きさん、awa-moriさん、灰色電脳さん、コメントありがとうございました。

本記事が、特定の団体(名前は書いていないものの、明らかにそうだと判るような書き方でしたので)を揶揄するような内容だった為、多くの方に不快な思いをさせてしまった事、深くお詫び致します。

本文にも書きましたが、私は宗教を信じる方を否定するつもりはありません。
宗教団体が行っている活動も然りです。
信じる人がいて、救われる人がいる、それは素晴らしい事だと思います。
ただ、押し付けて欲しくない、と、その一点を伝えたかったに尽きるのです。
本文には書いていませんが、この宗教団体に関しては、過去他にも信じられない様な思いをした事がありますので、積もり積もった感情があった事は事実です。その為、つい皮肉るような口調になってしまいました。 本当にすみませんでした。

誰よりも早く、被災地に援助の手を差し伸べようという気持ちも尊いもので、宗教団体だからといって「別の目的があるんじゃなかろうか」と勘繰られるような事はあってはいけない事だと思います。
その半面、同じ団体の中には、非難されるような事をしてしまう方もいらっしゃるのも事実です。 
要は宗教の問題ではなく、そこに属する人間の問題なのではないでしょうか。 

私にも、この宗教団体に属している友人がいます。
高校時代からの友達で、つらい事も楽しい事も一緒に乗り越えてきた大切な人たちです。
彼女たちは、選挙云々の電話をしてくる事がありますが、信仰を勧めてきたことは一度もありません。
私は彼女達が信じている宗教は信じられないけれど、彼女達の事は信じています。
今までも、これからも。


(※大変申し訳ありませんが、この記事のコメント欄はこれにて閉鎖させて頂こうと思います。 真摯なコメント、本当にありがとうございました。)

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