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【ライフハック】 しゃっくりをとめてみたよ。

2011年01月27日
時と場合をわきまえない生理現象に悩まされたこと、ありませんか?
「大きな会議の途中なのにトイレに行きたくなった」? 会議に大きいも小さいもない!現場が起きてるのは事件なんだ!
「片想いの彼女に勇気を出して告白しようとしたのに、一番肝心なトコロでおならをしてしまいフラれてしまった」? イケメンはおならをしても「もーやだー」で済むらしいですぞ! いや、だからどうだって言いたい訳じゃないけど! 
「特に好きな相手じゃないのに会う度に求めてしまう」? 会う度に見つめあったり求め合ったりするエグサイル先生の作品が読めるのはジャンプだけ!


そうじゃなくて。

「吃逆」ですよね、「しゃっくり」。

アガサは小学生の頃からしゃっくりが出やすい体質で(そんな体質があるのかどうかわかりませんが)、急に体勢を変えた時、急に走った時、急に温度差の激しい場所に移動した時、急に喋り始めた時、などなど、とにかく大したきっかけもないのに突如始まるしゃっくりに悩まされ続けていました。
一度始まると10~30分くらい止まらないオレのしゃっくり。
「しゃっくり」はご存知のとおり、横隔膜の痙攣が原因なのでありますが、長時間続くと地味に体力を消耗するのはもとより、周囲から好奇の目で弄ばれるという精神的苦痛にも耐えなければならないという、とても屈辱的な刑なのですよね。ビクンビクン。
で、色々なアドバイスをもとに、鼻をつまんで水を飲んでみたり、出来うる限り息を止めてみたり、びっくりさせてもらったり、胸に拳を押し付けてみたり、ご飯を丸のみしてみたりと様々な方法を試してみたのですが、劇的な効果はなかなか得られません。
まあ、一番古典的な「びっくりさせてもらう」という手法なんて、「ねえねえ、しゃっくり出たからビックリさせて?」と依頼した時点で、そこにサプライズが生まれる可能性はゼロなんですけどね。 言っちゃってるし。“わたし精一杯ビックリしますから”って言っちゃってるし。

しかし、万策尽き果て、しゃっくりが出ようが出まいが仕事が手につかなかった、つまりいつもと同じように仕事が手につかなかったある日。
ひとりの上司がアガサに歩み寄り、とっておきの方法を伝授してくれたのです!
その方法を取り入れてからというもの、確実に、スピーディに、痛みもなくしゃっくりの野郎を止められるという低コストパフォーマンスを実現したアガサ。出始めのしゃっくりも慢性化したしゃっくりも楽々シャットアウト。 3年間で身長も10cm伸び、ロト6も連続当選しました。 
話は変わりますけど、ロト6のCMの「ロトで人生変えたろっと!」っておかしいですよね。 「変えたろっと!」って。 お前の意思表明じゃねえか、と。 「変えてみませんか?」ならまだしも、それは人にものを頼む態度じゃないですよね。 どうなんだ、と。買って欲しいのか、と。 だったら素直にそう言えばいいんじゃないのか、と。 で、素直にお願いされれば買ってあげようかなぁという気持ちになりますよね。 こちらも血の通った人間ですからね。 
で、買った、と。 
で、ハズレる、と。 
お前の人生もTHE・LASTにしてやろうか!!



そうじゃなくて。

まぁ、ロトはハズレますけど、この方法は100発100中の精度で以って生理現象を押さえ込んでくれるスグレ技な訳でございます。



① まずコップに水を用意します

(※ 表面のさざ波にジュラシックパークを感じてください)

② コップの向こう側に口をつけます

(※ 飲み難いことは承知の上です)

③ 前屈姿勢で一気に飲み干します

(※ 祈るような姿勢と気持ちで)


これだけです。

どうですか。安いものでしょう。

前屈姿勢ですので、当然のことながら苦しいです。
ほぼさかさまの状態で、若干コップの水が鼻に寄り道するのを感じつつ、されど耐え、コップの水が無くなるまで飲みつくしてください。
インターバルを入れることは、効果を半減させますのでおすすめできません。
コップの水が残り僅かになる頃には、息苦しさが冥府の一歩手前まで来ているかもしれませんが、その苦しさの向こうにこそ勝利があると心得てください。
あと、重要なのは、全て飲み干した後すぐに深呼吸をしないこと。
酸欠状態になっているはずですので、あわてて息を吸い込んでしまいがちですが、その息が新たな火種となる可能性は極めて大です。 ここは焦らず、落ち着いて、静かにゆっくりと、意中の彼女の部屋を探索する時のように慎重にコトをすすめるのが得策です。 あとで「あら?このぬいぐるみベッドの上に置いてたかしら・・」と勘付かれたら万事休すですよ。 あくまでたとえ話ですよ。


アガサはいつもこの方法でしゃっくりを止めております。
もしもお近くにコップがない時は、ペットボトルでも大丈夫だと思いますよ。(一層飲み難いかもしれませんが)
これでも止まらなかった場合は、もう一杯飲んでください。べろべろになるまで。全てが思い出に変わるまで。


みなさんも、しゃっくりが出て困った時は是非お試しくださいませ!


(※ もうそれやってるよ! という方には何のお役にも立てませんでまことに申し訳ありませんでした)


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『キック・アス』

2011年01月24日
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あらすじ・・・
全くもって冴えない生活を送っている高校生・デイヴはある日、ずっと憧れていた“スーパーヒーロー”になるべく、ネット通販で取り寄せた衣装を身にまとい、持ち前の正義心だけを武器に立ち上がる。
しかし、ヒーロー活動開始早々、街のチンピラからヒドすぎるしっぺ返しを喰らい、病院送りとなってしまう羽目に。
幸いなことに命に別状はなく、おまけに怪我の代償として全身の骨を金属版で補強される、というヒーローに似つかわしいスキルまで手に入れたデイヴは、くじかれた出鼻を猛烈な勢いで建て直し、“正義のヒーロー・キックアス”として再び街へと繰り出して行くのですが・・・。


この世の中に“スーパーヒーロー”なんているのだろうか。
面白半分に人を殺しながらもたった数年で社会に野放しになる鬼畜な人間や、保身しか頭に無いがらくたな政治家や、知性を持つ人間同士としての会話すら成り立たないどこかの都知事や、弱いものをピンポイントで狙って有り金を巻き上げて行くクソみたいな連中に、憤然と立ち向かえる人などいるのだろうか。
いや、もちろん日本には警察がいて法がある。 抗議する術もいくらでもある。(効果の程はさておき)
でも、それすらも通用しないゴミみたいなヤツラに、拳を固めて殴りかかることが出来る人などいるのだろうか。
公然と踏みにじられた“正義”を、自分の力で甦らせることが出来る人などいるのだろうか。

わたしたちの中の多くは、ぺっしゃんこになった“正義”に見てみぬフリをします。
「しょうがないよね・・」とためいきをつき、いつか彼らに公平な裁きが下ることを祈りながら、その場を立ち去る。
だって、こわいから。
中途半端な正義の代償がこわいから。
自分や、自分の大切な誰かが傷付くことがこわいから。

本作の“スーパーヒーロー”、キックアスとビッグダディとヒットガールも、決して“世の中の巨悪に立ち向かう正義のヒーロー”などではありません。
キックアスがヒーローのコスチュームを着るに至った理由は「澱んだ人生を変えてみたい」「もっと強くなりたい」「できればモテたい」とあくまで自分自身を満たす為。
ビッグダディは、「自分の人生をめちゃくちゃにしたマフィア組織をぶっつぶしたい」と完全に私怨。
ヒットガールに至っては、「おとうさんがそうしようって言ったから」と自分自身の意志とは言いがたい、なんというか、巻き込まれちゃったようなパターン。
それぞれが自分の都合に合わせた活動をするだけですので、「この世の悪をぶっつぶすぜ!」みたいな熱いノリとはちょっと違うような。

とはいえ、キックアスに関しては、確かに最初は純粋に、「見てみぬフリ、という風潮が許せない」という熱い気持ちを持っていたのですよね。
ところが、骨補強後の活躍が世間の注目を集め、一躍時の人になったとたん、“正義”へのテンションが急激に低下して行くことに。 
「みんながぼくを尊敬してくれた・・・!」 「こんなぼくでもスーパーヒーローになれた・・!」 「Myspaceのフレンド登録が1万人を越えた・・!」 と、今まで虚ろだった人生が一気に満たされてしまったキックアス。 
おまけに、見向きもしてくれなかった片想いの相手ともなんとなくいい関係になりそうになってきたりなんかしちゃったりなんかして。
もうね、正直、ヒーロー活動どころではないですよね。
リアルの方面が充実しちゃってますもん。

自分の中の虚栄心やモテへの渇望が満たされてしまい、且つ、“すきなことを続ける事の理想と現実”をも突きつけられてしまったキックアスは、あっけなくヒーロー業を捨てる事を決意します。
誰がそんな彼を責められるでしょうか。
目の前で、人の命がくだらない理由で奪われて行って、道理が通じない連中の存在を見せ付けられて、自分の命の軽さを思い知らされて、それでもまだ立ち上がれる人などいるのでしょうか。 いや、いないね。 
自分が軽い気持ちで足を突っ込もうとしていた物の、その余りの途方も無さに戦意を喪失してしまうキックアスことデイヴ。

本作はとにかくこの、“スーパーヒーローになろうとした男の子”のリアクションがとことん等身大に描かれているのが魅力的なんですよね。
・ パっとしない自分に自信をつけたい。
・ 彼女が出来たら他のことはどうでもよくなった。
・ でも、なんとなく中途半端な正義心に振り回される。
・ 身の程を知り、“諦める”という名の成長を選ぶ。
ね、身に覚えが無い人なんて、いないですよね、ね。

しかし、そんなデイヴですが、一生に一度だけ本当の“スーパーヒーロー”になるべく再びマスクを被る。
それは、自分よりもかなり歳の小さいヒットガールが、仁義を通そうとしている姿を目の当たりにしたから。
自分の命は、他の誰かの犠牲の上に成り立っているんだという事に気付かされたから。

自分の為だけじゃなく、誰かの為に奮起しおうとする姿。
自分の人生に於いても脇役のようだった人間が、主役の座を取り戻す瞬間。
もうねぇ、これに燃えなくて何に燃えるんだって話ですよ!

ここまでは、キックアスにせよヒットガールにせよ、“自己満足”や“刷り込まれた復讐”のため生きていただけだった。
しかし、個人的な恨みの対象だった相手の非道な振る舞いが、ネット中継によって全世界に発信され、“いち個人”が“公共の敵”となった時、彼らはそれらに向かって死を恐れず憤然と立ちあがる。
この時2人は、真の“スーパーヒーロー”になったのではないかと。
自分の都合上だけで動く“ヒーロー”から、本当の意味での“スーパーヒーロー”になったのではないかと思いました。 
人々に勇気と希望を与える、“スーパーヒーロー”に。


スーパーヒーローとしての資質を持つ人、なりうるべき人というのは、みんな心のどこかが満たされない人なのではないかという気がします。
心に傷を負っている人や、人生に大きな穴が穿たれている人、修復困難な程の痛手を経験した事があるからこそ、その穴を埋めるべく闘おうとするのではないでしょうか。
誰かが助けを求める声に敏感なのは、自分もその痛みを知っているから。
どんな困難な状況においても誰かを守ろうとするのは、そのことによって自分自身をも救いたいから。
ヒーローが被るマスクの下に見え隠れする、弱さや脆さ。
それらを感じ取れるからこそ、私たちは否応なく“スーパーヒーロー”に惹き付けられるのではないか。そんな気がしてなりません。

彼らは私たちがなりたくてなれなかった“わたし”であり、“ぼく”なのですよ。きっと。
だから彼らが血を吹き闘う姿は、こうも胸をとらえて離さないのですよ。 
きっとね。

この世の中に、現実に、“スーパーヒーロー”はいないと思う。残念ながら。
けれど、スクリーンの中から「何かを守る」ことの尊さ、美しさを教えてくれる“スーパーヒーロー”は、うれしいことに沢山いる。
彼らの魂が胸に灯してくれた火を、消さないように生きたいと願う。



さて。もうひとつ。
これはもう言わずもがななのですが、本作の大きな魅力は、なんといっても可憐で雄雄しいヒットガールなのですよね。

説明なんて必要ないんですよ。
「かわいい女の子がわるい大人をぎったんぎったんにやっつける」 ・・・な、もうわかるよな! 

自分の1.5倍ほどもある大男に立ち向かい、正義の鉄槌を下すヒットガールをすきにならずにいられようか。 いられるわけがない! なぜなら恋や憧れに理屈などないのだから!!


このヒットガールの生い立ちについては、観た方の中で賛否が分かれるところなのかなぁ、と思います。
物心がついた頃から問答無用で殺人スキルを叩き込まれた無垢な少女。
自分の復讐の為に、幼い娘を殺戮の場へ送り込む父。
これは一種の、虐待なのではないか、と。
たしかにアガサも、ビッグダディがヒットガールを単身ジャンキーの巣窟に送り込むシーンでは「いやいやいや・・お前が行けよ・・」と思いましたし、無邪気にバタフライナイフを操り、屈託の無い笑顔を浮かべて悪人の喉笛を掻っ捌く姿がいち保護者としてゾっとしない、という意見もわからなくはない。
事実、アガサが観に行った映画館では、上映後スタッフに「子どもが人を殺しまくる映画は不快ですね」と苦言を呈していた大人もいました。

しかし、アガサはあえて、声を大にして言いたい。

おまえらの目は節穴か、と。

ヒットガールとビッグダディの間に確かに存在している、“愛”と“信頼”が見えないのか、
と。

復讐を決意した時点で、ビッグダディは自身の死を覚悟していたのだろうと思います。
仮に我が子を一人置いて先立たなければならないとしたら、子どもに何を残せるだろうか。
生きる力を持っていて欲しい。 そう思うのではないでしょうか。
いや、もちろん、だからって子どもを人間兵器に仕立て上げるのは如何なものか、と眉を潜めたくなる気持ちもわかります。
ただ、父は徒に娘の寿命を減らすように仕向けていたのではない、と思うのです。
強くあって欲しい。 
自分の分まで。
母の分まで。 
そう思っていたのではないでしょうか。
そして、そんな父の惜しみない愛情と、全幅の信頼に、全力で以って応えようとした娘。

誤解を恐れず言いますが、アガサはこんな親子関係に憧れますね!
(アガサが我が子を殺人鬼として育てたがっている、と読み解く人がいるとは思いませんけどね)
ホント、この映画を全編しっかりと観ていて、よく“これは虐待だ”とかなんとか言えるよなぁ。 と思います。
いやまぁ、たしかに“虐待”なのかもしれないけども、でも、表面の血みどろだけじゃなく、もっと深いトコロも観て欲しいのですよね。 こんなにいい作品なんだもの!

ともかく、ヒットガールとビッグダディの共闘は、最高にグっとくる名シーンだったと思います。
子どもは砂場でうふふきゃははするだけだと思うなよ! 子どもを馬鹿にすんな! 小学生だって大人が汚いってことくらいわかってんだぞ!
(だから子どもが人を殺してもいい、なんて言いたい訳じゃないですよ。念の為)

うーん、なんだか“ヒーローとは”みたいな気持ちを書きすぎて、何が言いたかったのかよくわからなくなってしまいましたが、とにかく
『キック・アス』最高!! 
ってことで。
そして、きっとこの先数年間は塗り替えられることがないであろう世界女王(強い女映画部門)の座をヒットガールに捧げて今回の感想はおしまいということに。



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『バレンタインデー』

2011年01月20日
バレンタインデー

我が家の世帯主さまは、趣味でDJをしているのですが、大きなイベントがあるとかで、年明け早々ほぼ毎晩のように夜の街へと消えて行っておりまして。 ま、いいんですけどね。没頭できる事があるのはいい事なんですけどね。 
いいんですけど、なんとなくギギギ・・・となったので、世帯主さまがだいすきなアン・ハサウェイさんのDVDをひとりでこっそり観るという地味な嫌がらせをしてみることにしました。 
ちっちゃい人間でどうもすみません!

でまぁいざ鑑賞してみますと、ハサウェイさんがロシア訛りの女王様トークでブタ野郎どもを甚振り上げたり、陽のあたる公道で猥褻トークをお送りしたりするという、とてもステキな作品だった訳なのですよね。いやあ・・まさかあんな赤裸々な姿までさらけ出してしまうだなんてなあ ・・・生着替えも披露しちゃうし・・ ほんとハサウェイさんファンは必見のハートフルコメディだよマジで・・・
・・ま、もう返却しちゃいましたけどね! 

で、そんな本作なのですが、ハサウェイさん以外にも沢山の豪華キャストが惜しみなく投下され、LAの明るい太陽の下でカラリと渇ききった恋愛模様を繰り広げますので、その人数の多さから、なんというか、わかりにくいかもしれないのですよね。人物関係とかね。
そこで今回は、簡単な人物相関図を一緒に書き添えた超わかりやすいあらすじを目指してみました。
それなりのあだ名もつけておきましたので、「外人さんの名前は覚えにくい」という方もドントウォーリーですよ! 
では早速渾身のあらすじ行ってみましょう。


あらすじ・・・

人物相関図
若くして花屋を営んでいる肉じゅばんはぴよぴよロープへのプロポーズに成功して浮かれているんだけど親友である肩パッドはぴよぴよロープの真意を測りかねて浮かない顔でそんな肩パッドはゲソ天と付き合ってるんだけど実はゲソ天には結婚15周年を迎えたばかりの愛妻がいて肩パッドの親友の孫文は長いこと彼氏がいなくてやさぐれていて孫文の顧客の萌えジャージはフットボールチームとの契約を打ち切られてやさぐれていて萌えジャージのエージェントである巨峰の部下のマドンナは付き合い始めて2週間のペンネとラブラブなんだけど副業でやっているアダルト電話の事が打ち明けられずにいて肉じゅばんのお店に花を買いに来たこども店長は肩パッドに恋していてそのこども店長のベビーシッターをしているロボコップの彼氏が裸でギターを弾く。


というお話です。

な?  わ か る な ?


要するにあっちこっちでいちゃいちゃするお話ですよ にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ  平たく言うと。  

アガサは留学経験があるわけでもなく、アメリカの文化をがっつり勉強しているわけでもないのですが、本作を観る限りでは、“バレンタイン”のお作法は国によって随分と違うようで。
日本では「女の子が男の子にチョコをあげる日」もしくは「女の人が男の人のプライドを立ててあげて、今後の人間関係が円滑に進むよう企てる日」もしくは「女性が1ヵ月後にリターンされるであろうブツに思いを馳せる日」として馴染みの深い“バレンタインデー”。
しかしアメリカでは、「愛し合う者同士がプレゼントを贈り合う日」として広く定着しているようなのですよね。
特に、男性側により力がこもっているのも特徴的で、人気のレストランを予約したり、花屋さんからカードつきの花束を配達させたり、宝石を贈ったりと、ロマンチックでラグジュアリーな計画をコモンセンスからトップダウンでエクスクルーシブすべく、全米の男性諸君は大忙しなわけですよ。(※横文字部分は深く追求しないでください)
で、女性はというと、これまた“スペシャルな一日になるか否か”でヤキモキしっ放しの一日でして、恋人が居る人は「誘われるに違いないディナー」や「届くに違いない贈り物」に心ときめかせ、恋人がいない人は「王子様が愛の告白にきてくれるかも」みたいな一縷の望みを捨てきれずに悶々としてしまう。

なんとなく、日本で言うトコロの“クリスマスイブ”に近いテンションの様な気がする、アメリカのバレンタインデー。
街のあちらこちらで乳繰り合いが行われ、目に眩しいピンクのハートが飛び交い、誰かと愛を語り合うのが似つかわしい日、それがバレンタインデー。
パートナーが居ない人は、ひたすら孤独を噛み締め、煮え湯を飲まされ続けるしかない一日、それがバレンタインデー。

そりゃ鶴嘴持って襲い掛かりたくもなりますよね!!!
BD3D.jpg (※ 参考作品『ブラッディ・バレンタイン3D』目玉が飛び出します。)

ま、つるはしは冗談にしても、こういう“カップル前提”みたいな記念日って、ホント迷惑だと思うのですよ。
一体誰が得するというのか、と。
何故『血のバレンタインデー』や『悪魔のサンタクロース』みたいな作品が作られるのかを想像したことがないのか、と。
誰に責められるでもないけれど、なんとなく世間一般から無言の圧力をかけられているような気持ちになってしまう現象について深く考えたことがあるのか、と。
1ヶ月以上前からジワジワと「クリスマスまであと〇〇日!」とカウントダウンしてか弱い“おひとりさま”を追い詰める、おまえらマスコミの血は何色だ?! と、誰か声を上げてください。おねがいします。(←丸投げ)

少し話がクリスマス寄りになってしまいましたが。
これらに比べれば、日本のバレンタインデーなんてかわいらしいものですよね。 そもそもアレは“カップル向け”のイベントではないですから。
“女の子が意中の男の子にチョコをあげる日”、それ以上もそれ以下もないですから。

あのね、よく男子学生が「バレンタインデーは学校に行くのが鬱だ」なんて言っているようですけどね、アガサは逆に聞きたい。 「なぜ貰えると思うのか?」と。
いや、別に嫌味でもなんでもないですよ。 ただ、アガサだったらもらえるなんて思いませんもん。 
つまり言い換えれば、ホワイトデーにお返しがもらえるなんて思ってなかったですもんね、ぼかあ。 
もちろんチョコをあげる時に、なんらかのリアクションがあるかもなんて事も考えるな、っつう事ですよ。 
“あげる日”だからあげて終了。 
バレンタインデーを往復路と思うなかれ。 そは片道通行なりき。 
だもんだから、そりゃもう楽ですよー。帰り道の心配しなくていいんだもん。 ちょう気軽。 尚且つ、あげる時のドキドキだけで白飯5杯はいけるし! バレンタインばんざい!バレンタインさいこう!なんだったらもう、毎日がバレンタインでいい!! 泣いてないぞ!オレはまだ、泣いてなどいない!!



・・・なんの話でしたっけ?  あ、そうそう!『バレンタインデー』ね! うん、おもしろいと思いますよ!

お互いに、友達以上恋人未満だと思っていた2人が、紆余曲折を経て一番大切なものが何かに気付く。 バレンタインに舞い降りた奇跡。 

よかったね!


あと、引退に追い込まそうなスポ-ツ選手とか、初エッチに燃える高校生とか、まあ、色々あって愛を深めるわけですよね。 

よし、みんなその調子でこれからもがんばれ!


「誰かを愛するということは、その人のいいところも悪いところも全て含めて愛すること」というセリフが出てくるのですが、あぁ、なるほど、結婚式の誓いの言葉だなぁ、と。 「病める時も健やかなる時も」ですよね、まさに。 そういう精神で支えあうのが“愛”なんだと。 いやあ、いい勉強になりました!
ということで、来月の2月14日には是非お誘い合わせの上ご鑑賞してみてはいかがでしょうか。

泣きたくなってもだいじょうぶ。 ひとりじゃない、きみはひとりじゃないよ。


(※ いろいろ書きましたが、普通に楽しめる空気のような作品だと思いますので、まぁ、機会がありましたら。 無駄に豪華なキャスト陣も魅力的でしたよ!)
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求刑・しつけ20年。

2011年01月19日
(※これから書く日記は、感情に任せてかなりヒステリックかつ支離滅裂な内容になることが予想されますので、そういうのがキライな方はどうぞこのまま引き返されますようお願い申し上げます。

ちなみにアガサの持論のひとつに、

「虐待して子どもを死なせるような大人は全員去勢でいいと思ってます」

みたいなのがあります。 ま、そういう人間が書く文章ですので。 あらかじめ。)




“子育てに自信があります”と断言する人が居たとするならば、アガサは信用しません、その人のことは。
だって、子育てに明確な答えなんてないし、100人居れば100通りの、1万人居れば1万通りの性格があり、そこからまたさらに星の数ほどの家庭環境がある中で、誰にでも有効な答えなんてあるわけがないと思うからです。
自分がしてもらった事を、みんながそのまま出来る訳ではない。
自分がしてもらわなかった事を、みんながそのまま出来る訳などない。
出来ないから、どうすればいいのかわからないから、みんな悩んで、もがいて、焦って、試行錯誤しながら、ただひとつの未来に向かってなんとなく進んで行きたい、と願うのではないでしょうか。
「うちのかわいい子どもが一人前の大人になる」という未来に向かって。

答えがない道なので、もちろん暴走してしまう時もあります。
間違っているような気がしながらも、そのまま進むしかない時もあります。
“子どもにとって”、と思っていても、本人にとっては心底ありがた迷惑な事だって多いでしょう。
ニュースなどで“虐待”の文字を見る度に、怒りと共に漠然とした不安に襲われてしまう、というのが、親となった私たちの本音だろうと思います。

自分もこうならないと、言い切る事など出来るのだろうか? と。


で、先日目にしたこのニュースなのですが。

しつけの延長…と、3歳女児の腕をかむ - 社会ニュース : nikkansports.com しつけの延長…と、3歳女児の腕をかむ - 社会ニュース : nikkansports.com


asahi.com(朝日新聞社):2歳死亡、救いの手あと少しで… 母に傷害致死容疑 - 社会 asahi.com(朝日新聞社):2歳死亡、救いの手あと少しで… 母に傷害致死容疑 - 社会



いやいやいや、もうこれ完全に殺る気じゃん!!

ごめんごめん、さっきのなし。 
漠然とした不安は存在するけどコレはない。おばちゃん言い切っちゃう。奥さん!しつけリンチは別物ですよ!!

もうねぇ、ホントない。 2歳児ってけっこうミニサイズですよ? まだおしめの子だってざらですよ? 夜は泣くし、朝も泣くし、昼は寝ないし、ごはんはこぼすし、コップはひっくり返すし、ほんと何も出来ないひよっこですよ? そんな若造に対して、おまえは何を期待しようというのか。 
3歳児だって、まだまだアマチュアです。 新生児に比べれば、徐々に出来ることが増えている程度で、一人じゃ何も出来ない小僧っ子ですよ。おしめが外れてれば御の字で、ごはんはこぼすし、コップはひっくり返すし、返事は上手に出来ないし、「書くな」と言った場所に狙ったように落書きするし、なにより、こちらの気持ちを汲んでくれない。 空気は読むものじゃない!吸うものなんだ!をモットーに、今日も頑張って暮らしております!  ・・って、当たり前なんですけどね。 2~30年前は自分もそうだったでしょ! おらおら素直に吐いちゃえよ!

当たり前のことがわからない。
だから、死に至るような過激な暴力を平気でふるう。
人に問われたら判を押したようにこう答える。
「しつけのつもりでやりました」

でもね、アガサは思うのですよ。
本人はどこかでわかっていたんじゃないだろうか、と。
しつけと暴力の境目を越えてしまっていることは、とうに気付いていたんじゃないだろうか、と。

よく言われるのが、“虐待をする親は、自身も幼少期に虐待を受けていた”というコトで、実際そういう家庭も多いのだろうと思います。
だから“しつけ”のつもりで過剰な暴力をふるってしまう。
そうですか。 そうですね、それは本当に不幸なことだと思います。 
でも、「だから子を殺した親(大人)が大目にみて貰える」、なんて事があるとしたら、そんなバカな話はないわけで。
子どもの頃に善悪を教わっていなかったのなら、今から教えてあげればいいじゃないですか。
自分の一撃が、子どもにとってはどれくらいの威力になるのか、こってりと教えてあげればいいじゃないですか。
同じように、しつけてあげればいいじゃないですか。

本当にわからなかったのですか?
自分のそれは、しつけではなく暴力だと。
血を流して丸まっている子どもを、怯えた眼差しでこちらを伺い見ている子どもを、不安で余計に涙が止まらなくなっている子どもを見ていても、本当にわからなかったのですか?
えらい人たちに叱られるのがこわいから、「しつけのつもりだった」と言ってるだけなんじゃないですか?
そうですか。 そうですね、きっとあなたたちは、“しつけ”を受けていなかったから、今でも子どものままなんですね。 
“しつけ“を受けていなかったのに、自分が子どもをしつけようだなんて100万年はえぇんだよ!!ばーか!おまえばーか!!

“しつけ”の方法がわからないんならわからないなりに、慎重にやりゃあいいんだよ! 慎重にやる、って意味すらわからないようなヤツは子ども産むな!避妊しろ! “コンドーム”って単語、人生のうちで一回くらい聞いたことあんだろ? 薬局でもコンビニでもどこでも売ってるからダース単位で買ってこいコノヤロウ!! 気持ちよくないから生じゃないとしたくないってヤツは今すぐ去勢しろ!ばーか!!


アガサは、自分の子育てのやり方は間違いだらけなんじゃないかと思っています。
幼い頃母にして貰ったような事は、何も出来ていない。
イライラしていれば大きな声をしてしまうこともあるし、せっかく手伝いをしたがっているちびっこに「余計手間になるからまた今度」と冷たい言葉をかけてしまうこともある。
本だってほとんど読んであげていない。
そんなに公園にも連れて行ってあげられない。
「やってもいいこと」「やってはいけないこと」を教えているつもりだけど、自分の歪んだ価値観を刷り込んでいるだけなのかもしれない。

ただ、ひとつだけ気をつけていることがあります。
それは、怒らないこと。
叱るけど、怒らないこと。

怒るというのは、自分の都合を押し付けること。
叱るというのは、子どもの間違いを訂正すること。
似ているようで、全く違う行為だと思うのです。
“しつけ”と“暴力”がそうであるように。

もちろん、100%実行できているかどうかは、主観の問題なので、これまた自信は無いのですが(ダメじゃん)、常に心に留めておかなければならない事だと思っています。
何が正解で、何が間違いかなんて、10年、20年先じゃないとわからない。
いや、きっと一生わからない。
だから、目と耳と心を子どもに傾けて、精一杯感じ取って、これが間違いじゃないかどうかを考えていきたい。
たとえ周りのサポートがなくても、子どもと2人きりでも、出来ないことじゃないと思うんですけどね。

そして、もしも逃げたくなっても、子どもを殺して逃げるようなことだけはしないで欲しい。
世界で一番つらいのは、自分じゃなくて、そんな自分を見ている子どもなんだと知って欲しい。 
無力で、でもひたむきに自分だけを愛してくれている子どもの事を、忘れないで欲しい。




それすらもわからないような大人は、やっぱり去勢でいいと思いますよ。
もしくは、求刑・しつけ20年でお願いします。


(※ 自分が子どもにやったのと同じ内容の“しつけ”です)

(※ なんら建設的な意見も出せず、申し訳ありませんでした)


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『Raging Phoenix』 その他の出来事。

2011年01月17日
■ 1月9日

先日誕生日を迎えたので、記念にインラインスケートを購入しました。
もともとスケートがすきでしたので、コレを機会にエッキススポーツ的なアレを開拓して行こうかと。
せっかくだから、みんなで一緒にスケート靴を買おう、と、ちびっこを勧誘してみたのですが、100%の力で拒否された母。
聞いてみると、彼女たちのお気に入りは一輪車とキックスケーターとのことでしたので、そこはもう自主性という名のお年玉収入にお任せする事に。
各々が希望のアイテムを手にしたトコロで、郊外のリンクに行き、思い切り滑走してきました。

気分はエレン・ペイジ師匠!

(↓ ※風の音がうるさいです)




2日後、ギックリ腰になりました。


蓄積された疲労に打ち勝てなくなってきた38歳の冬です。


■ 1月14日

『Raging Phoenix』鑑賞。

raging_phoenix_convert_20110116221530.jpg

『チョコレート・ファイター』で、世界中の男子中学生(魂的な意味も含めて)のハートを鷲づかみにしたジージャー・ヤーニンさんの主演映画第2弾。
残念ながら、日本では2010年に大阪アジアン映画祭で上映されたっきり、公開の目処は立っていない模様。 
ドニーさんの作品といい、こういう見応えのあるアクション映画が日本に入ってこないという現状は、非常に悲しい限りですね! あれですか?エグザイルの誰かが出てたら公開してもらえますか? 限りなくエグザイルっぽい人とか出てきていましたけど、それじゃあダメですか?ホントもうほぼマキダイみたいなテイストでしたけど。ダメですか。そうですか。

アガサがとある方のご厚意で鑑賞させて頂いたのは、原語オンリー(タイ語)のDVDでしたので、会話が全く理解出来ない、という制約はあったものの、もともとがとてもわかりやすいストーリーだった為(たぶん)ストレスなく物語に没入する事が出来ました。

ジージャーさんが扮するヒロインは孤独な少女。
バンドでドラムを担当していたのですが、ある日ライブハウスに彼氏が他の女性を連れてきていたのを見てしまい、スティックを放り投げて襲い掛かってしまった事でメンバーを外されてしまいます。
失意の中で一人飲んだくれるジージャーさん。
そんな彼女が人さらい集団に拉致されそうになった時、どこからともなく現われた一人の男性・サニムさん。
ブレイクダンスのステップを華麗に取り入れた技の数々で、沢山の武装チンピラどもをあっという間に倒してしまいます。
その後、彼と、彼の仲間と共に過ごすうち、ジージャーさんも彼らの技を伝授してもらっちゃおうか、という運びとなり、かくしてサニムさんによる厳しい特訓が始まります。
彼らの武術のコツは、お酒を飲んで暴れる気持ちを解放する、というトコロにあるようで、毎日後ろ手に縛られ口にお酒を注ぐ込まれてしまうジージャーさん。 武術の前に肝臓をやられてしまわないかと手に汗握ってしまいました。 うん。どうせ握るなら違う汗がイイネ!

ドラムの経験があるくらいで、ごく普通の少女のように見えていたジージャーさんでしたが、脅威のアルコールパワーでメキメキと上達。

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(※高いトコロも平気に)

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(※こんなポーズや)

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(※こんなポーズまで出来るように! !出初式じゃないよ!! 武術だよ!)


あっという間に師範代レベルの戦闘力を身につけたジージャーさんは、功名心からか純粋な正義心からか、一人で人さらい組織に殴りこみ。 捕らえられていた女性たちを助け出します。
しかし、そんなスタンドプレーが敵の目についてしまったのか、サニムさんたちの隠れ家が敵に急襲され、ジージャーさんも大怪我を負うことに。
傷付いた体を引きずって、再度隠れ家を訪れたジージャーさんは、この一連の騒動の裏に隠されたサニムさんたちの真意を知り・・・。

いやあ、ホントさいこうな映画でした。
なんと言っても見所はジージャーさん。 可憐で、傷付き易くて、でもとんでもない底力を秘めた美少女・デューを、これでもかという程魅力的に演じていました。
言葉の壁に阻まれ、結局最後まで“なんでジージャーさんが人さらい組織に狙われていたのか?”という点がわからないままだったのですが、アレですよ、たぶんかわいかったからですよ。そりゃもふもふしたいさ! わかる、わかるぞ悪い組織!お前らの気持ちはよくわかる!

ジージャーさんを開発する特訓するサニムさんも、とても強くて、とても実直で、どことなく平井堅っぽいヒゲのいい男。 ちなみにヒゲを剃ったらアンガールズの田中っぽい。 むう・・・ヒゲか?・・ヒゲが明暗の分けドコロなのか・・・?!
クライマックスは、このサニムさんやその他の仲間たち(ミスターTをちっちゃくしたような人と、ラーメンズの片桐さんをあっさりさせたような人)とジージャーさんが協力して、敵の本拠地へと殴りこみを果すのですが、この敵がまた物凄く謎な組織でして。
とりあえず若い女性をさらってゆくのですよね。 まぁ、人身売買ですよね、基本ね。 ところが彼らの最終目的はお金みたいなチャチなモンじゃないのですよ。 なんだと思いますか?聞きたいですか?気になりますよね? 彼らの目的は・・ジャジャーン!若い女の子の涙だったのです!!おい! へ ん た い !!

いや、涙というかね、涙を集めたヤツを謎の機械で蒸留して出来上がった液体を嗅ぐというかなんというか・・ま、要するにへんたいですよ、へんたい。

しかもこの組織のリーダー、女囚アマゾネスみたいな褐色美人ときたもんだ。
美人だけどへんたい。 オレは今、確かな時代の足音を感じている・・・!

で、男どもが敵の中ボスとの死闘に倒れた後は、ジージャーさんの独壇場なわけでして、もうね、存分にご堪能あれ!と。 日頃の鬱憤をお晴らし召されい!と。 
鼻血上等、フルコンタクト上等のハードな闘いが繰り広げられる訳なのです。
どんなに痛めつけられても、どんなに絶望を味わっても、不屈の魂で立ち上がるジージャーさんの姿を見ていたら、きっと誰だって自然とこみ上げる熱い何かに突き動かされるはず。そしていつしか叫びだしているはず。 拳を握り締め、「ジージャーがんばれ! ジージャーがんばれ!!」と。

鞭のようにしなる脚。
抱え込んでからの怒涛の膝。
マウントからの殴打。
激しくも美しい闘いの有様に心震えました。
怒りや、悲しみや、慈しみを湛えた瞳でこちらを見据えるジージャーさんに打ち抜かれるのは、果たしてボディだけなのか? 否、ソウルも共に貫かれるに違いない。 ありがとう!すべてのボディアンドソウルにありがとう!!(何を言いたいのかよくわからなくなってきた)

若干ワイヤーが見え見えな部分や、CGが物語の質を下げてしまっている部分、音声さんのマイクが見切れちゃっている部分など、気になる点もあるのですが、まぁ、ご愛嬌ということで。
とても素晴らしい映画だったと思います。
早く公開(DVD発売だけでも)されるといいですね。


■ 1月15日

お好み焼きのキャベツを刻んでいたら、自分の指まで刻んでしまいました。

爪と身を一緒に、斜めにスライスしそうになり咄嗟にストップしたものの時既に遅し。
したたる血液。 踊る心臓。一瞬でその位置が指先に移動したかのように脈打ちます。
あわてて世帯主さまに電話をしたら、「丁度帰ろうとしてたトコだから止血だけして待て」との指示。
痛みは強いものの、意外と冷静な自分が居たため、携帯でツイッターに画像投稿したり、残りのキャベツを片手で刻みつつ世帯主さまの帰宅を待ちます。
いちおうちびっこのトコロに行き、「おかあさん指切っちゃったー!血がでたー!どうしようー!」と騒いでみせると、ちびっこたちは予想以上に慌て、「キャー!!」「ばんそこはってー!!」と右往左往。 
そっかー、すぐ絆創膏を用意しようとするのかー、いやあ、うちのこはえらいなぁ、と思いつつ聞いていると、
「ほら、ここに、ほら、ばんそこ」
「おねえちゃん、それスポンジボブのやつだよ」
「いいじゃんスポンジボブでも」
「えーでもえがついたやつじゃなくてもいいんじゃないの?」
「え?そう?」
と物凄く人としてちっちゃいやり取りをしていました。 おい!いもうと!!

この時点では、「あれ?もう血、止まってきてね?」と思っていたので、お好み焼きの仕込みを続けようとしていたわし。
その後帰宅した世帯主さまに「なんでまだキャベツ切っとんのじゃー!」と雷を落とされ、救急病院に連れて行ってもらいました。
爪と身をくっつける為、爪の横に麻酔薬を3本注入ののち、爪の上から縫合針をブスリと貫通させ、3針ほど縫って終了。 リアル「ぼっけえ きょうてえ」の出来上がりです。



年明け早々、映画運はいいのですが、体調面と精神面ではあまりいいことがないので、是非これを厄落としと思って、今後の生活を前向きに過ごしたいものですね。 なんつって無難にまとめてみます。 それではみなさん、またお会いしましょう。

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