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『ゾンビランド』

2010年12月30日
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あらすじ・・・
ゾンビランドで生き延びる為の32のルール。
・ 有酸素運動 (走って追いかけてくるゾンビから逃げとおせるだけの体力が必要)
・ 二度撃ち推奨 (一度撃ってゾンビが動きを止めたからといって油断は禁物。頭を撃って止めを刺そう)
・ シートベルト必須 (ゾンビから逃げても、車で事故っちゃうんじゃあ意味がないよ)
・ 後ろの座席を確認 (車に乗った時もう一つ気をつけるのは、後部座席。ゾンビが隠れている可能性大。ホラーの鉄則だよ)
・ トイレに注意 (一番無防備になるトイレタイムは、ゾンビにも狙われ易いから気をつけよう)
・ 情を捨てよう (親子どもでも情けは無用。噛まれちゃってる人は思い切って見捨てていこう)
・ 準備運動を忘れずに (急な動きに人の体はついていけない。行動を起こす前はまず体をほぐしておこう)
・ 荷物は少なめに (ゾンビランドでは一度乗った車に乗り続けられるとは限らない。いつでも移動出来るように身軽でいよう)
・ 脱出経路の確保(どこかに侵入する時は、不測の事態に備えて逃げ道を用意しておこう)
・ ヒーローを目指さない (かっこつけるのと自分の命とどっちが大事なのかよく考えて行動しよう)
・ 些細な事を楽しもう (娯楽の無い世の中だから、気持ちを明るく保てる為に、どんなコトでも楽しもう)


・ 臨機応援 (とかなんとか言ってても、いざとなったら自分のやりたいようにやってみよう。 その世界の主人公だったら生き残れるはず。  ま、ゲスト出演だったら死んじゃうかもだけどね!)


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今年最後の劇場鑑賞、というコトで、『ゾンビランド』を観て来ました。
大きなスクリーンいっぱいに映し出されるゾンビ顔。
引きずり出される小腸。
軽快に響き渡る咀嚼音。
オレはこれが観たかったんだ・・・!  そう心から思えるステキなゾンビ渦がそこにありました。

主人公の青年は、世界がゾンビで埋め尽くされる前から人付き合いが苦手で週末はいつも引き篭もり。
その為、ある日突然始まったゾンビ現象で地上から生きた人間が消えて行っても、大きな精神的ダメージは受けずに、自分が定めたルールに則り淡々と生き延びてきました。
「ゾンビを恐れるように、生きている人間を恐れてきた」という一言があるのですが、対人関係と社会性に課題山積のアガサはなんかもう非常に身につまされましたねぇ。 うん、出来ることなら避けて通りたいよね。わかる、わかるよー。

しかし、人口の殆どがゾンビ化する中、さすがに生きた人間が恋しくなってきた青年は、車を乗り継ぎ、ゾンビを倒しながら、両親が住む街・コロンバスを目指すコトに。
そしてその道中、自分とはタイプの違う色んな人たちと出会い・・・ というのが大まかな流れなのですが、本作の特徴は、生き残り組の4人がみな、ゾンビ化現象によって人間不信になったのではなく、もとからその気があったトコロなのでありまして、もしかしたら全人類の中の最後の生き残りかもしれないというのに、まあどいつもこいつも心開かないコトこの上なし。
まず全員偽名(出身地にちなんだ名前)ですし。いや、名前くらいよいではないか。

で、生きるか死ぬか感染するかの状況下で、協力したり、利用されたり、いがみ合ったりしながらも、苦楽を共にするコトで、やっと頑なな心を解いて行くのですが、やはり本名は明かしません。
まあね。 “ハンドルネームで呼び合う仲から、本当の名前を教えるまで”なんてのも、結構段階踏みますからねぇ。
ネットの世界ではよくある事さね。 
他人を信じるな。 
本音は隠せ。 
暴言を吐くときは“通りすがり”と名乗れ。

きっと私たちは、匿名という鎧をまとうコトで、自分の中の汚い部分も奇麗事な部分も安心して曝け出すことが出来るのですよね。
もしも叩かれても、匿名だから大丈夫。 本当の自分が嫌われているのではないから。
一方、本名というモノには、誠実さが込められているような気がするのですよね。
本当の名前で発した言葉には、逃げ隠れが許されないような重みや、責任感が宿っているのではないでしょうか。
本名を明かすというコトは、本当の自分をさらけだすと言う事。 
その為、お互い恋心を抱いたり、頼りにしたりしていても、本名だけは頑なに教えようとしない4人。
“閉ざしていた心を開く”という変化を、“ハンドルネームから本名へ”という現代風な垣根の取り払い方で描いているのが、なんだかとてもおもしろかったです。

ということで、“ゾンビ世界”という特殊な状況下でなくても通用しそうな、青春ドラマであり成長物語である本作なのですが、「アレ・・?もしかしてホントに“ゾンビ世界”じゃなくてもいいんじゃないの?」と思ってしまうくらい、ゾンビ要素が薄い作品だったりしますので、アガサはちょっぴり物足りない気持ちになってしまいました。
確かに、成長の過程において、“ゾンビ化現象によって人類がほぼ絶滅”という設定は必要なのですが、その他の部分はあんまり関係ないですからねぇ・・。
主人公の内向的な性格も、他人を踏み台にするコトしか頭に無いヒロインの人格形成も、ゾンビ関係ないですもん。  
中盤は全くゾンビ出てこなくなりますし。
主人公が故郷にいる家族の生存を諦めるくだりなんかも、結構アッサリしていましたねぇ。
やたらとナレーションで説明されるのも、アガサの好みじゃなかったりして。 いや、ホントこれはもう相性の問題でしかないと思うのですけどね。
あと、相性ついで言うと、ヒロインが好きになれなかったのも、今ひとつスッキリしなかった要因のひとつだったのかもしれません。
顔は文句なしに超タイプなのですが、作中の立ち振る舞いが“嫌いなタイプのおんな”過ぎて、やたらとイライラしてしまいまして。
そういえば、『REC』の時にもアンヘラさんに同じような苛立ちを感じたような気が・・・。 いや、ちがうから。 ヤッカミとかじゃないから。

百歩譲って、ヒロインの人を人とも思わない(人間不信だからしょうがない)言動はすべて、
“絶望的な状況下で、せめて幼い妹を楽しかった思い出の地に連れて行ってあげたい”
という一心から来ているというコトだったとするならば、ソコにゾンビが湧いて出ても甘んじて受け入れろ、と。
園内の電源全部オンにして、超エレクトリカルな電飾やら楽しげな音楽やら轟音をたてて走り回るジェットコースターやらを稼動させたら、周辺地域のゾンビが大挙して押し寄せてきちゃいました。キャーどうしましょうって、キャーじゃないよね! おい、そこの小悪魔系女子!!
そりゃ来るよ。楽しそうな雰囲気が漂ってたらゾンビさん来ちゃうよ。 元にんげんだもの!

もしくは、本当に“その遊園地はゾンビが全くいないパラダイスらしい”というガセを信じていたのだとしても、だったら生存者が居そうな雰囲気すらない遊園地に着いた瞬間「おもてたんとちゃう!」って踵を返しましょうよ。 
彼女たちの真意の程はさておき、結局その尻拭いは、男たちがする羽目になっちゃうんだかんね。
もうさぁ、ちょっとゾンビさんにあたま甘噛みしといて貰った方がいいかもよ! 縁起ものだよ! かしこくなるかもよ!

とまぁ、若干、若くてピチピチしている女子に対して厳しい意見を申してしまいましたが、あくまで、ご家族で安心して楽しんでいただけるライト感覚のゾンビ映画だと思えば、充分その役目は果していると思いますので、機会がありましたら是非お手にとってみてはいかがでしょうか。
ゾンビ映画(ホラー映画にも共通する部分はありますが)のセオリーをパロディ化させて取り入れているのも、とっつき易くておもしろかったですよ。(『スクリーム』でやっていましたよね。こういう笑いの取り方)
遊び心溢れるオープニングタイトルと、終盤の対ゾンビ戦も、否応無しにテンションが上がってしまう、とても素晴らしい仕上がりでしたし、あと、なんと言っても、主人公と旅を続ける、ツンデレなマッチョ野郎を演じるウディ・ハレルソンさんが最高の最高の超最高。
ヘタレな童貞と小生意気な姉妹を、なんだかんだ言いながら最後まで面倒を見る、頼れるマッチョ。 
実は心に深い傷を抱え、ただひとつの拠り所を求めて当て所ない旅を続ける、繊細マッチョ。
そんな、とってもおいしい役どころを表情豊かに演じたウディ・ハレルソンさんは、本作での一番の見所であると言っても過言ではないと思いました。


今年、アガサが劇場で鑑賞出来た映画は、全部で38本。
決して多くはないですが、色々と制約がある中での38本は、自分としては大満足な本数であります。
そして、その最後がゾンビ映画だったコトは何より嬉しく、映画館ですきな映画を観るということの喜びを、改めて噛み締めさせて頂きました。
おぜぜにも時間にも限界はありますが、また来年も出来る限り劇場に足を運びたいと思います。


それではみなさん、よいお年を!



― 追 記 ―

・ 中盤に登場するハリウッドの大スターが超おもしろかったです。 

・ 例のシーンは笑いが止まりませんでした。 これだから銃社会は!ww

・ 遊園地で遊具から降りれなくなったバカ姉妹が、下に下がって行くシーンで、「よし!そのままゾンビに喰われてしまへ!」と思ってしまったんだけど、後 悔 は し て い な い 。

・ 妹役がアビゲイル・ブレスリンちゃんだったよ・・・ ・・時の流れは・・無情でごわすなぁ・・・(いや、健康的でかわいかったんですけどね!)

・ 非常に説得力のある童貞を演じていたジェシー・アイゼンバーグさんは、来年の期待作「ソーシャル・ネットワーク」の主役も演じているそうです。 がんばれ!童貞界期待の星!



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『ぼくのエリ 200歳の少女』

2010年12月28日
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となりに引っ越してきたのは、吸血鬼でした。

あらすじ・・・
学校ではいじめられ、お母さんはいつも忙しそう。
やさしかったお父さんは、今は家を出て遠くで暮らしている。
心を許せない人たちに囲まれ、どうしようもない孤独にさいなまれているオスカー。
そんなある日の夜更け、アパートじゅうがひっそりと静まりかえる中、一台のタクシーに乗ってその子はやってきた。
オスカーと同じくらいの年齢のはずなのに、学校にも行かず、日中は一切表に出ず、日がとっぷりと暮れた頃足音もなく裏庭を歩いてやってくるその子は、名前をエリと言った。
真っ白な雪の上に裸足で立つエリは、薄いシャツ一枚なのに寒さを感じず、その指先は氷のように冷たかった。
胸の中に、自分と同じ、“孤独”を飼っているような気がした。

なぜか自分と距離を置こうとするエリに困惑するオスカーだったが、見えない絆がエリの警戒心を溶かし始め、2人は友情と淡い恋心を育んでゆく。
そして、事件はおこる。
平坦だった町で立て続けに発生した猟奇殺人事件。 現場に残されたのは、ポリタンクに入れられた大量の血液。
過去に類を見ない事件に、町の人たちが疑心暗鬼になる中、ついに捕まった犯人は、ことの真相を語らぬまま収容先の病院から転落して死亡。

時を同じくして、エリが大量の血を口元から滴らせながら、オスカーのもとを訪ねてくる。
いつもと変わらぬ氷のような指先と、その体温と比例するような深い哀しみをたたえた瞳を受け入れるオスカー。
幼い恋が、すべてを覆いつくしてしまうと思った。
しかし、真実を知ってしまった時、オスカーはエリを拒絶してしまう。

再び孤独の世界に戻ったかのように見えたふたりに、大きな試練が訪れようとしていた・・・。


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誰かの“死”なくしては生きられないエリの周りで、たくさんの血が流され、真っ白な雪の上を朱に染めて行くという物語なのですが、消えて行く命以上に、とても濃厚に、“生”が映し出されているのが印象的でした。

“生きたい”という願い。 
“生きてゆく”という決意。
幼いまま時が止まっているエリの精神年齢は、一体何歳なのでしょうか・・。
その、“生”に対する純粋な貪欲さは、幼さゆえのものなのか。 
それとも、数々の出会いや別れや修羅場を潜り抜けてきたからこその渇望なのか。

邦題のみに、「200歳の少女」というサブタイトルがつけられていますが、エリが本当に200年生き続けてきたのかどうかはわかりません。(言及されません)
ただ、決して少なくは無い年月を、誰かの犠牲と引き換えに生き繋いで来たことは間違いないのではないでしょうか。
その狭間で、エリは一体どんな絶望を見てきたのか・・・。
自ら死を選ぼうとした事もあったのかもしれない。
でも、エリは“生きてゆく”ことを選んだ。 
死にたくなるほどつらいけれど、“生きてゆく”ことを選んだ。
その力強さに、心がぐらぐら揺り動かされました。

実は、エリが血を吸ってしまったことによって、作中もう一人の吸血鬼が誕生します。
が、彼女(中年の独身女性)は、誰かの命を犠牲にする代わりに、自ら太陽に灼かれて消滅する事を選ぶ。
この対比がとても面白かったです。
やはり、エリのそれは、幼さゆえの選択なのだろうか・・。

“生きること”対して、エリほどではないけれど、かなり前向きに頑張っているのがオスカー。
理不尽ないじめに遭い、モロに傷害レベルの行為まで受けているものの、母親に内緒にして一人で抱え込もうとするオスカーは、強いんだか弱いんだか。
あのね、たぶんもう一息だと思うんですよね。 
いじめに負けてはいないからさ、心はまだ、折れていないからさ。
そんなオスカーの背中を押すエリ。
押されて勢いづくオスカー。 吸収はええ。(人の意見の)
オスカーは、“死にたい”とは思っていなかったでしょうが、積極的に“生き抜いてやろう”とも思っていなかったようにおもいます。
そんなハッキリしない、“死んでないから生きてゆく”だけの人生を、エリが救い上げた。
そして、救い上げながら、エリ自身もまた、人生に光が差すのを感じていたのではないでしょうか。 
ひたすらに孤独を抱えながら生きてゆくだけの人生に、やわらかい光が差すのを。 
支えあえる相手がいる、という希望の光を。

本作には、エリの保護者となり、食べ物(血液)の確保に奔走してくれる中年男性が登場しまして、彼は、傍から見ても「うはあ」となるくらい仕事(生き血を抜き取る)が雑だった為、あっという間に逮捕されてしまいます。
身元がわからないようにする為、自ら顔を硫酸で焼き、一切エリのことは語らず、こっそり病院を訪ねてきたエリに命(血液)を捧げる男。
究極の愛を貫いたこの男性は、オスカーの果ての姿なのか・・?

なんだか、複雑な心境になってしまいますね。 
ほんとにね、
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こんなにかわいいオスカーが、
おじさん2
こんなおやっさんになってしまうのか・・・ってね。 (※なりません)

ところが、原作である「モールス」を読まれたwataruさんによりますと、

ホーカンは元々教師であったが小児性愛者で、学校をクビになりやぶれかぶれになってもう死のうか、という所でエリと出会ってしまいます。


という設定だったらしいですよ奥さん。

なんだよかっ・・・ よくないか。

まあね、ペドって言われちゃうと、ちっともよくはないのですけどね、それを聞くとたしかに色々と納得できる部分はあるわけで。
生き血をポリタンクに入れちゃうとかね。 水道でザザーッとすすいだだけのポリタンクに入れちゃうとかね。 あっちこっちうす汚れたままのポリタンクに入れちゃうとかね。 おい!衛生面気をつけろよ!!(※エリさんにとってはれっきとしたごはんなのだから)
あと、街頭がこうこうと灯っている真下で生き血を抜こうとするとかね。 そりゃおまえ、見つかるだろうよ、と。 お散歩中のわんわんも来ちゃうだろうよ、と。 ていうか、公道だったのかよ。 こっそりやる気ないだろ、おまえ。 忍び失格であります!

むしろ、エリさん一人の方がささっと生き血吸っちゃってささっと逃げちゃうコトが出来るので、危なくないじゃないかと思ってしまいます。
オスカーはもうちょっと繊細な仕事が出来るようにがんばろうな!


昔から、悪い人や何かを突き詰めた人が目指すのは、「不老不死」と相場が決まっていた訳ですが、本作を観ているとあらためて、その目標の虚しさに気付かされますね。
永遠に年をとらず、生き続けるという事は、永遠に誰かと別れ続けなければならないという事。
愛する人とも、想ってくれる人とも、慕ってくれる人とも、喜びや痛みや哀しみを分かち合ってくれる人とも、必ず別れて一人ぼっちにならなければならない、という事。
もちろん、期間限定な私たちの人生にも、出会いや別れは付き物ですし、必ずしもパートナーと共に歩むとも限りません。
しかし、パートナーに限らず、感情を共に出来る誰かと出会えた時、きっと「一緒に時を経て行きたい」と願うのではないでしょうか。
同じように歳を重ねる事が出来ず、つねに置いてけぼりになるしかない“永遠の命”は、“永遠の孤独”を意味しているように思えてなりません。
なんという絶望。 
なんたる虚しさ。 
いらないなぁ。 私は絶対いらないや。

エリの最期がどんな形で訪れるのかは判りませんが、少しでも長く孤独を感じずに生きられますように。と願わずにはいられませんでした。
あ、そうか。オスカーを噛んじゃえばずっと一緒にい(不謹慎なので自重)

静かだけどハッキリとした凶暴さを秘め、「招かれないと相手の家に入れない」(“吸血鬼”におけるこの縛りを始めて知ったのは、キングの「Salem's Lot」だったなぁ)「太陽に当たれない」という言い伝えにもきっちりとした解答を用意するなど、正統派吸血鬼映画としても非常におもしろい作品でした。
血を吸わないと体臭が臭くなる、という設定も興味深かったですねぇ。
あれは、“血(食事)で生気を補っている”というコトなのでしょうか。 飲み続けていないと腐食してしまうとか?
それとも、お腹が減ることで野蛮な血が濃くなるというコトなのか? あの臭いは、獣の臭いだったのかもしれませんね。(そういえば、ガルルルって音もしていたし) うーん、実におもしろい。


ちなみに本作、アメリカでちゃっかりリメイクされているようで、「キックアス」で日本を席捲中のクロエ・グレース・モレッツちゃんがエリ(アメリカ版ではアビー)を演じているとのこと。
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(※キャラクター比較表)

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(※新旧対決)

うーん・・・。
クロエ・グレース・モレッツちゃんはだいすきなのですけどねぇ。 
あの、北欧特有の透明感が出せているのでしょうか。 ていうか、そもそも日本で公開されるのでしょうか。
ま、こちらの方もいつか観れるといいなぁ、ということで。


何はともあれ、スクリーンの中の温度を感じることが出来る、とてもすばらしい映画だったと思います。
冬にぴったりの作品ですので、未見の方は是非。




※参考記事
モールス | ULTIMATE ECO DRIVE さま
(原作での細かい設定などが書かれていますので、映画の内容をより詳しく理解することができます。おすすめ記事ですよ)

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2010年の映画をふりかえらない。

2010年12月24日
2010年も残りあと1週間余りと言う事で、色々な映画ブロガーのみなさまが今年の映画を総決算していらっしゃるようなのですが、アガサはあえて今年ではなく来年の映画に思いを馳せてみるコトにしました。
ちがうから。 みなさんがベストに挙げていらっしゃる映画を殆ど観れていなくて、話題についていけそうにないからとかそういうんじゃないから。 

オ レ は も う 、 ふ り か え ら な い !


というわけで、2011年期待映画ベスト10。(順不同)

・ 『ソ-シャル・ネットワーク』監督…デヴィッド・フィンチャーさん



1本おきに当たりとハズレが来るとかなんとか散々な言われようだったフィンチャーさんのフルモグラフィですが、アガサは全部好きだったりします。 『ゲーム』もすきですし。ダグラスさんがわちゃわちゃなる姿、いいですよね。
で、ブラピがおじいちゃんなのに若々しかったりケイト・ブランシェットが若々しいのにおばちゃん顔だったりするおもしろ映画『ベンジャミン・バトン』後に撮った最新作『ソーシャル・ネットワーク』も、予告の時点でとても陰気でおもしろそう。 映像も美しいですね。 早く観たいなぁ。


・ 『イップ・マン 葉問』主演…ドニー・イェンさん



「ブルース・リーのお師匠さんであるイップ・マンさんの生涯を描いた作品」 という、日本でも絶対好まれそうな題材であるにも関わらず、そのイップ・マンさんが劇中立ち向かうのが日本兵というコトが大人の人たちの心に引っかかってしまったのか公開が絶望視されていた『葉問』のパート2のみが、晴れて公開の運びとなりました。
こちらがヒットすれば、超わるい日本兵が出てくるパート1の方も公開になるかもしれないかもしれない、という玉虫色の情報が飛び交っているので、是非沢山の方に劇場に足を運んで頂いて真偽の程を明らかにしてみたいものですね。というかただ単に観たいんだよ。 ドニーさんを。 大画面で。


・ 『冷たい熱帯魚』監督…園子温さん



とにかく凶暴。 凶悪。 凄まじいほどの狂気。
もう、何回観たかわかりません、予告。  おまえも透明にしてやろうか!


 『コリン LOVE OF THE DEAD』予算…約6000円



「ゾンビ視点で描いたゾンビ渦」という斬新な内容に興味津々です。 6000円とは思えないような特殊メイクもすばらしい。 アイデアは大事だねーほんとにねー。


・ 『ブラック・スワン』主演…ナタリー・ポートマン



今敏監督の『パーフェクト・ブルー』との関連性が話題になっている『ブラック・スワン』。
てことはアレか、予告に出てきているバーバラ・ハーシーがナニってことか。(じょうだんですよ、じょうだん)
全編に漂う鬱スメルがたまらなく胸にグっと来ますね。 あと、予告の途中に出てくるムンク顔の似顔絵が怖すぎるので、鑑賞の際はくれぐれもご注意ください。


・ 『世界侵略 ロサンゼルス決戦』勝つ人…ロドリゲスさん



ずっと人類をこそこそと監視してきた宇宙人たちが、ついにロサンゼルスをピンポイント攻撃する、というお話らしいのですが、たぶん人類が勝つんだと思いますよ。 だってミシェル・ロドリゲスが出るんだもん。
ホントに、過去にも書いた覚えがあるのですが、私は地球がぶっこわされる映画がたまらなくだいすきなのですよ。 だから観ます。どうせ壊すんなら、派手にやっとくれ!


・ 『MAD探偵7人の容疑者』監督…ジョニー・トーさんとワイ・カーファイさん



3年前に日本でお披露目されたにも関わらず、そのまま絶賛放置プレイ中だったジョニー・トーさんの作品『マッド・ディテクティヴ』が、その名も『MAD探偵』となって日の目を浴びるコトに相成ったそうです。 いや、わかるけどさ。日本語に訳してくれたのはわかるんだけどさ。もうちょっとなんとかならんかったのか、その邦題。
予告の最初の辺りに出てくる鏡のシーンだけで、なんだか頭がくらくらしますね。 これは面白そうだ。


・ 『RED レッド』主演…引退した超危険人物



元CIAのおじいちゃんやおばあちゃんが、現CIAの悪い人たちをやっつけるお話なんだと思います。  って最近CIAの悪者率ハンパねえな! 一回解散してやり直すか?ん?
銃を構えるヘレン・ミレンがよだれが出るほどかっこいいです。 弟子入りしたい。


『ピラニア 3D』監督…アレクサンドル・アジャさん



まだ公開が未定なのはわかっている。 だが期待せずにはいられない。 『キック・アス』だって『ハングオーバー』だって『ホット・ファズ』だって、最初は望み薄って言われてたんだし!
とにかくオレは、飛び出すおっぱいが観たいんだよ! みんなもきっとそうだよね!!


・ 『サッカー・パンチ Sucker Punch』監督…ザック・スナイダーさん



監督曰く、「マシンガンを持った『不思議の国のアリス』」なんだそうですが、予告からふんぷんと漂うボンクラ映画臭がたまりませんね。 たぶん私はこの映画と恋におちてしまうのではないか、そんな気がしてなりません。 
出来れば来年中、というか出来るだけ早く公開して頂きたいものですね。


そのほか、これまた公開未定の 『スコット・ピルグリムVS.ザ・ワールド Scott Pilgrim vs. the World』 (わたなべりんたろうさんによる署名活動が行われているようです)や、確実にバカ映画(※ほめ言葉です)に違いない 『ムカデ人間 The Human Centipede』 、不可能を4度可能にするトムさまの最新作 『ミッション:インポッシブル ゴースト・プロトコル』 や、「俺たちおちこぼれ刑事(デカ)」みたいな邦題がつくような気がしてならないウィル・フェレル主演作 『ジ・アザー・ガイズ The Other Guys』 など、鑑賞を心待ちにしている作品が多数あります。 ま、岡山でやるのはトムのアレくらいだろうけどな。



というわけで、過去をふりかえらず輝かしい未来のことだけを見つけて生きて行こうと誓ったアガサなのですが、今年鑑賞した映画がたいして心に残らなかったとかそういうコトでは決してなく、やはりどの作品もとてもおもしろかったですし、1年間ワクワクしたりハラハラしたりどんよりやしたりぼんやりしたり、色々な楽しい経験をさせて頂きました。
やっぱ映画って栄養なんだよなぁ。
で、なんかもうここまで書いてしまったので、ついでにアガサのベスト3はなんなんだろう・・と考えてみると、『第9地区』『making of LOVE』『インセプション』になりますかねぇ。すみません、普通で。
あとは、『13人の刺客』『ソルト』もすごく好きでした。
私の中の基準のひとつとして、“劇場を後にする時、真似しちゃってる映画はいい映画だ”というのがありまして、『ソルト』なんてモロそのパターンでしたもん。 まあ、窓から窓はやってみちゃうよね、とりあえずね。
ホント、一度でいいから車から車に飛び移ってみたいです。 
生涯の夢です。
ワースト映画・・というのはあまり思い浮かばなくてですね。
どの映画にも「いいなぁ」と惹き付けられる点がありますし、映画そのものを嫌いにはなれない性分ですので。 ただ、そんな中でひとつだけ挙げるとするならば、フジテレビが製作した例のアレでしょうか。「おまえさえいなければ・・・!」と腐った卵を投げつけたい気持ちでいっぱいです。八つ当たりかもしれませんが。マジおまえだけはぜったいにゆるさない。


実はここ数年、「映画を観たら、感想を書かないと次の映画を観る気になれない。」というへんな貧乏性の台頭で、年々映画の鑑賞本数が現象しておりまして。
自分でも「こんなのどう考えてもおかしいよなぁ」と気付いてはいるものの、なんとなく心にストッパーがかかってしまってどうすることも出来ずにいます。
自分の中で、映画をブログのネタと考えているフシがあるのかもしれません。 というか、多分そうです。 純粋に映画を愛していらっしゃる方、こんな不埒者ですみません。
そういったアホみたいなジレンマに苦しめられた1年でして、「もうこんなんならブログなんてやめてしまおうか」という考えも、2日おきくらいに発生していたのですが、それもまたアホみたいなコトですので、来年からはもっと気軽に映画を観ようと思っています。
更新頻度はさらに減るか、反対に、超短文で覚書程度の感想をガンガン書くようになるかもしれませんが、とにかくもうしばらくブログは続けて行きたいと思っておりますので、もしよろしかったら気がむいた時にでも覗いてやって頂けるとうれしいです。

あと、おぜぜね! 圧倒的におぜぜが無い! 映画館はもっと料金下げてください!そしたらもっと観に行きますので!


なんだかんだで結局ふりかえってしまいましたが、何はともかく、今後とも宜しくお願い致します。
来年もまた、楽しい映画に沢山出会えるといいですね!
それではみなさん、よいお年を!!
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おたんじょうびおめでとう。

2010年12月23日

おたんじょうびおめでとう。


ちびっこ1.2

ちびっこ2

ちびっこ3

ちびっこ4

ちびっこ5

きみは、せかいでいちばんばりやさんで、せかいでいちばんかわいいとおもうよ。




本日9歳になったちびっこ。 どうですか。かわいいでしょう。
  
これからもすくすく大きくなってください。 
おかあさんはきみを、何があっても全力で応援します。


 
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その黒は絶望の色。「黒の女王」読感

2010年12月21日
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あらすじ・・・
自らが果たせなかった“オリンピックで金メダル”という夢を、幼い一人娘に託した父親。
が、しかし、その夢は娘にとってあまりに大きく、重い枷となって、彼女の心を蝕んで行く。
金メダルをとる。 世界一強くなる。 その事に囚われて暴走する父親と、狂気にとり憑かれた娘。
その背中に、絶望の女王の黒い影が浮かぶ・・・。



超人気ブログ・俺の邪悪なメモの管理人である罪山罰太郎さんが、物語の前半(1~4話まで)をWEBで、後半(5~8話)を含めた完全版を書籍で、という面白い形で発表された猛毒漫画「黒の女王」を拝読させて頂きました。
「邪悪なメモ」という物騒な名前にも関わらず、非常に真面目な記事を沢山書いていらっしゃる(中にはとんでもないへんたい記事もありますが)罪山さんの作品、ということで、勝手に「きっと最後は胸にグっとくるオチが待ち受けているに違いない」と思い込んでいたアガサ。
WEBで公開されていた前半部分に、ちょっと自分の中で受け入れられない描写(※)があったりしたものの、ストーリー自体に興味を惹かれていましたので、迷う事無く書籍版を購入するに至ったのですが、読み終わった瞬間、あまりの救いのなさに「woo・・・」と声が漏れてしまいました。


巻末に載せられた罪山さんのあとがきによると、本作の構想は「子どもを授かったことをきっかけに生まれた」とのこと。
親が子どもに対して持つ力、その力に対する不安、みたいなモノから、本作のエゴ丸出しなモンスターオヤジは生まれたのかもしれません。

不安。  
たしかに、子どもを授かった瞬間から、親の心の中には“一生一緒にいてくれや”とばかりに不安がどっかりと腰を下ろしてしまうような気がします。

ニュースでよく見る「うちの子にかぎって・・」という決まり文句に「そんな訳ないでしょ、親なんだから兆候くらい気付くでしょ」と言い放っていた自分が、同じように「親なんだから」と言われる立場に立ってしまったんだという不安。
自分が正しいと思って教えた事は、本当に子どもの将来にプラスになるのか? 
自分が何気なく発した一言は、子どもにどれだけの影響を与えてしまうのか?
もがけばもがくほど沈んで行く不安の底なし沼。
ヤだよ。 あっちいけよ。 自分が“正しい”と信じるやり方で子育て頑張るから、“不安”とかもうあっち行っちゃえよ。
いくらそんな風に強がって追い出そうとしても、一向に消えないどころか卑屈な笑みを浮かべてこちらを見ている“不安”。 
「ほほう、そんな風にキーキー怒っちゃうの? 真似して子どもが周りに当り散らすようにならないのかね?」「あ、今こどもの話を「忙しいから後で」って無下に中断させたね?いいのかなー?心が寂しい子どもになっちゃってもいいのかなー?」と、何かにつけて自分自身を落っことそう落っことそうとする“不安”。

周りから全く影響を受けずに大人になる人など存在し得ない。
誰だって、何かを見聞きすることで、自分だけの価値観や目的を持つようになる。 そして、そこに至るまでで一番大きな影響力を持つのは、一番ちいさな頃から一番身近にいる大人。
その力の圧倒的な大きさに気付くからこそ、子を授かった人は不安になる。

でもね、それでいいんだと思うのですよ。 不安なままでいい。 常に暗中模索しながら子育てすればいい。
“不安”とお別れできないというコトは、「こうすれば絶対IQ180の天才児になりまっせ!」「アレとコレとソレを食べさせてればアレルギーも病気も絶対治りまっせ!」みたいに垂れ流されてくる戯言が、嘘っぱちだと見抜いているというコトだから。
あと、根拠のない自信に支えられた歪んだ価値観を、まっさらな子どもに押し付けるような事もないってコトだから。

本作のもう一人の主役とも言える、ガイキチな父親は、まさにこの“歪んだ価値観”の塊のような人間だった為、娘の光ちゃんもどんどん狂った世界に脚をつっこんでしまうコトになってしまいます。
強ければいい。 弱い者は淘汰される世の中だから、とにかく強くさえあればいい。
光ちゃん自身の意思など、車のヘッドライトに張り付いた虫の残骸くらい取るに足らないものとして見捨てられる、絶望の世界。
そして、光ちゃんは、その世界で死なず、ひたすら生き残る為に、自分の中の“黒の女王”を呼び出す。
無情に力を揮うことが出来る女王を。 絶望の中でも生きてゆける女王を。

こんな哀しい親子関係があってもいいのだろうか。 子を守るのが親の役目なのに。逆に子を地獄に叩き落すだなんて。
WEBで先に公開されていた前半部分でも、この光ちゃんの地獄行脚の模様は克明に描かれており、かなりイヤな後味を与えてくれていたのですが、なんとか後半部分で父親に対する報復攻撃がなされるものと思い込んで堪えていました。
悪い親父がギッタンギッタンにやられるトコロを見れば、きっと溜飲が下がるはずだ。
悪をもって悪を制してもなんの解決にもならない事はわかっているけれど、とりあえずこの胸のモヤモヤは晴れるだろう、と祈るような気持ちで読み進めていました。
ところがクライマックスに待ち受けているのは、予想の斜め上をゆく壮絶な結末だったのです。
そこには一片の爽快感もない。 
底なしの狂気と果てしない絶望。

そして実は、本作は親子関係からさらに深く進んで、人間という存在そのものにまで踏み込んできてしまいます。
“自由”を人は欲しがるけれど、その“自由”の先にあるものってなんなのだろう。
“何ものにも縛られず、思い通りに生きたい”ということは、「欲しいものを全て手に入れること」なのか?「行きたい場所にいつでも行けること」なのか?「食べたいものを何でも食べること」なのか?「ヤりたい時に誰とでもヤること」なのか?
“自由”を手に入れる事を願ってはいるけれど、いざ手に入れたトコロで結局人はみな、その先にある“欲”に飼われているだけなんじゃないか。

そんな、底なしの絶望を見せつける本作のクライマックスは、ほんとにもうどうしようもなく救いがなく、まぁね、それはそうなのかもしれないけれど、いや実際のトコロそうなのかもしれないけれど、それはホラ、欲というよりかは本能というか生きる原動力というかなんというかかんというかうわああんなんかヤダようヤダようそんなんじゃないんだよう!!!って叫びだしたくなるようなモヤモヤに満ちています。

でも本作のこれは、決して厭世観丸出しな意味で締めくくられているのではないと思うのですよね。
欲を持つこと自体は決して“悪”ではないと思いますし、生きる希望に繋がるコトも多い。
肝心なのは、欲に支配されちゃいけないんだよ、というコトなんじゃないかと。
“自由”というのは、心の中の状態を指すんだと思うから。
本作が示すラストに、真っ向から「そんなことないから!」と言えるよう、自由であろう。自由である為に闘おう、世の中のあれやこれやと。 そう語りかけられているような気がしてなりませんでした。 

ま、と言っても後味が抜群に悪いことには間違いないのですけどね。  


あと、本作の父娘の姿は極端な例ですが、こういう“狂った親子関係”というのは、実際に存在するのですよね。
“狂った”までは行かないにしても、もしかしたら親自身も気付かないうちに、よかれと思っているままに子どもの人生を誘導してしまったり決め付けてしまったりしている事って、そこいらじゅうにあると思うのですよ。
だからちょっとね、読み終わった直後は言葉が出ませんでした。
見たくないものを見せ付けられて、苦虫を噛み潰しながらせいぜい「woo・・・」って言うしかありませんでした。  
邪悪! この本、邪悪!!

大人が子どもに与える影響は、命が続いて行く限り永遠に途切れない。 
多かれ少なかれ、姿かたちを変え受け継がれて行く。
だから、不安なままでいいから、子どもと真剣に向き合って、間違ったことを言ってしまったと感じたら素直に謝って、一緒に成長してゆきたいものですね。
教育も恋愛も、あんまり押し付けてばっかだと嫌われちゃうゾ!テヘ!!(←いきおいでなんとかまとめようとした例)(←どうやら失敗)

しつこいようですが、読後の気分は決して爽快ではありませんし、過激な描写も少なくありません。
とんでもない毒をはらんだ作品なのではないかと思います。
なので、全力でおすすめはしません。(あと、我が家では子どもの目の届かない場所にしまってあります)
ただ、アガサは読んでよかったと思っています。
「隣の家の少女」(※2)も読んでよかったと思うし、「ベニーズ・ビデオ」も観てよかったと思う。そして、「黒の女王」も読んでよかった。


罪山さんの次回作が、非常に楽しみです。



(※)第2話に登場する、小学生時代の光ちゃんの性的体験シーン。とにかくアガサには受け付けられませんでした。娘を持つ親だからとかそういうのとは関係なく、昔から苦手なのです。  ま、自分自身はどうだったのかというと、バッチリ小学生低学年の頃にはエロいコト考え始めていたんですけどね!しょうがないさ、にんげんだもの!


(※2)「隣の家の少女」と「ベニーズ・ビデオ」と「黒の女王」が同じ話だとかそういう意味ではありません。念の為。)



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