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『過去のない男』

2007年03月31日
20070328153605.jpg  第55回カンヌ国際映画祭・グランプリ&女優賞受賞


なんだかここ最近、拷問だの流血だのばっかり観ているような気がして来ました。
心なしか、世帯主さまからの目線も以前に増して冷たくなって来た様な・・。

・・いいのか? 私。
・・・いいのか? 家庭崩壊。

・・い く な い ! !

そこでこの度、“アガサ更正プログラム”を発動する事を、閣議決定致しました。
流血より恋愛を!
グログロよりエロエロを!
(ちょっと違うか)

心暖まる癒しの映画で、春らしく装いも新たに生まれ変わった“新生アガサ”を、とくとご覧あれ!!

アガサ更正プログラム NO.1 『過去のない男』
あらすじ・・・
とある駅に降り立った、一人の男がおりました。
男は、ベンチで休んでいた所を暴漢に襲われ、一切の記憶を無くしてしまいます。
名無しの男に温かい手を差し伸べるのは、貧しくもつつましい生活を送る夜間労働者の家族。
周りの人々に助けられて、名無しの男は人並みの生活を送るように。

ある日男は、貧困層に食料の配給を行う“救世軍”の女性メンバー・イルマに、電撃的な一目ぼれをします。
恋の力で、男はどんどん行動的になり、周りの人々にまで影響を与えるような、生命力に満ち溢れた男性へと変身して行きます。
そして、イルマとの愛も日に日に深まって行くのでした・・・。
偶然巻き込まれた銀行強盗事件から、男の過去が蘇ってしまうまでは。

男はどこから来て、どこへ向かうはずだったのでしょうか・・?
イルマと男の恋は、無事成就するのでしょうか・・・?


過去のない男の過去が明らかになる時、そこには衝撃の真実が・・・
・・・・・・

・・・ない!!!


記憶を無くした男”、と言うと、“その過去はとってもドラマティック”である事が映画として欠かせないと思うのですが、そこはさすがはアキ・カウリスマキ作品。
記憶を失っている間と、取り戻す間の緊張感が、同じくらい皆無な所が素晴らしい。

登場人物の中の誰も、男の過去にこだわらない。
と言うか、みんな関心が無い。

と言う訳で、観ているコチラも当然興味が湧きません。
この作品は、ただの男が一人の女性に恋をして、人間的にどんどん自信を付けて行く、ただそれだけの物語なのです。
ただそれだけの物語が、とても可笑しく、とても切なく、とても温かい。

計算し尽くされた独特の“間”と、ゾロゾロ出てくる無表情な登場人物。
くすぐったいような、ささやかな笑いで、心がホッと和むのを感じます。

そして、主人公の男(推定年齢47歳)と、彼と恋に落ちるイルマ(推定年齢42歳)。

加齢臭カップル、ここに見参!!

恋を知らない行き遅れのおばちゃんと、お金も職も名前も無いダサイおっちゃん。
そんな2人は、お互いに意識しながらも愛を口にする事も出来ず、マゴマゴと戸惑うばかり。
「一緒に帰ろう」、その一言が言えなくて、マトモに目を合わせる事すら恥ずかしい団塊の世代。

ダサイですか? カッコ悪いですか?

でもそんな2人を観ているだけで、もうどうにもロマンティックが止まらないアガサ。

震えるぞハート!
燃えつきるほどヒート!!
(意味なし)

観ているコチラがテレビの前で一人テレテレモジモジしてしまう様な、不器用な行き遅れ達の真っ直ぐな恋物語。
月9の3倍はトキメクこと請け合いです。

ドラマティックな出来事も、大ドンデン返しも、当然ながらグログロも無い、クスっと笑えてジーンとする大人の御伽噺に、スプラッターで毒されたアガサの心が、少し癒されたようなそんな気がしています。

とても地味ですが、何だかとてもホッとするとてもステキな作品でした。







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『インプリント/ぼっけえ、きょうてえ』

2007年03月29日
20070325232813.jpg  でーれーきょーてえで。 (←ネイティヴ講師による発音)


「あんたから岡山弁を取ったら、なんも残らんが」と、友人から言わしめた事がある、岡山在住アガサがお届けする誰の何の役にも立たない岡山弁講座。
最終回の今日は、色んな言葉を盛り立てる“形容詞”についてお送りします。

「すごい」

何かを強調したい時に使うこの言葉。
岡山では、
「ぼっけえ」 もしくは 「でえれえ」 
が最も一般的に使われます。
一部のネイティヴスピーカーの間では、
「もんげえ」 「ばんこ」も根強く使われていますが、今では滅多にそれが使用される場に遭遇する事は無く、ほぼ死語状態にあると思われます。
しかし1980年代当時では、
「ばんこはがえぇ」(すごく腹が立つ) 
「もんげぇしんでぇ」(すごく疲れた)
と言った、もはや何語かすら判らない様な表現が、ナウなヤングの間では頻繁に使われていたと言う事実もあり、当時をよく知るネイティヴの皆さんには、甘酸っぱい青春を甦らせる秘密のキーワードとなっている事は確実かと思います。

なお、「ぼっけえ」と言う表現が、とある有名小説家によってタイトルに使用された為、岡山弁で「すごい」は「ぼっけえ」だと認識されがちですが、実は現地では「ぼっけえ」より「でえれえ」の方がよりポピュラーでありますので、もし岡山の地でとてつもない状況に出くわした暁には是非、
「でえれえなぁ!」(すごいね!)
と発して頂けたらと思います。
また、「でえれえ」を発声の際は、「でーれー」と発音するのが、よりネイティヴ寄りですので、使用の際は充分お気をつけ下さい。

以上で、今回のレビューを終わろうかと思います。

・・と思ったのですが、それでは流石にあんまりな気もしますので、少し本編にも触れてみたいと思います。

意外と誇れる有名人が多い岡山県。
B‘Zの稲葉さん、オダギリジョー、甲本ヒロト、志保美悦子、フィギアスケートの高橋大輔などなど、岡山人はテレビを見る度に鼻をニョキニョキ高くしていたりします。
そんな鼻高々な有名人の中で、異色を放っている人が約一名。

変態エロ作家、岩井志麻子先生です。

痛い発言で、テレビや雑誌を賑わしている志麻子先生。
岡山人でさえ、いまだに字面だけ見ると「岩下志麻」と勘違いしてしまう、でも志麻姐さんとは180度違う属性を持つ変態作家・岩井志麻子先生。
そんな志麻子先生の代表作『ぼっけえ、きょうてえ』を、同じく映画界の変態作家・三池崇史が映像化したのが、本作『インプリント』です。

あらすじ・・・
アメリカ人記者のクリスは、とある遊郭に辿り着きます。
そこに、「アメリカに連れて帰る」約束をしていた、愛しい女郎の小桃が居ると聞いたからです。
しかし、誰に聞いても小桃の事など知らぬ存ぜぬ。
夜も更けてきた為、仕方無しに一夜の共にクリスが名指ししたのは、その歪んだ面相から不人気ナンバー1だった女郎でした。

しかしクリスと話すうち、その女郎が小桃の事を知っている事が判明。
問い詰めるクリスに女郎は、
「小桃は首をつって死んだ」
と話すのですが、それを信じられないクリスは逆上します。
さらに問いただすクリスに、女郎は重い口を開き、とある物語を話し始めるのでした・・。


以前、私が体調を悪くしてた時、この原作本を読みかけていた母に「読み終わったら貸してくれる?」と聞いたところ、「やめときなされ」と諭された事がありました。
この映画を観た今、その頃の母の英断に感謝の気持ちでいっぱいです。

・・・えげつないんじゃー! アホーー!!

原作はいまだに未読なのですが、本の方もこんなにえげつないのでしょうか?
いや、本だからこそ、もっとえげつないのかもしれませんね。

奇形・拷問・堕胎児の川流し・近親相姦・殺人・精神錯乱・・。
この世のタブーの全てを込めて!
持てる力を出し尽くして!!
地球のみんな!

オラにもう少しの勇気を分けてくれ!!

オッス! オラ悟・・
(以下自主規制)

やりたい事は全てやってやったぜ! と言う声が聞こえてきそうな、エグイ映像オンパレードは、三池崇史なら当たり前田のクラッカーなのですが(←昭和のネタですみません)、一番偉いのは工藤夕貴だと思います。
この作品で工藤夕貴は“女優の不到達地点”みたいなモノに到達してしまったんじゃないでしょうか。

やっぱり『ホステル』のカナ役は、工藤夕貴がよかったなぁ・・と悔やんでも悔やみきれません。(私が悔やんでもどうにもなりませんが)

そんな工藤夕貴が、家政婦は見た!状態で覗き見する“折檻シーン”。
ハッキリ言って、正視に耐えられない程の痛さ全開です。
『ホステル』よりも過激に、『TCB』より粘着質に。
いっその事殺してくれ!と叫びたくなるような、陰湿極まりない女郎の折檻。
しかもそれをやってる女郎が、原作者本人。(つまり志麻子先生)

さすがは変態エロ作家だね!!

東京フレンドパークに来園してる人でも、ここまで楽しそうじゃないと思いくらい、嬉々として折檻していました。

Q. 夢に出ますか?

A. 間違いなくね!!

そして、岩井“変態”志麻子先生にいいようにやられっぱなしの小桃(演じるのは美知枝という女優さん)がまた凄まじい!

Q. これも夢に出ますか?

A. 二夜連続でね!!

日本女性という設定ながら、赤い髪に透けるような白い肌の小桃は、妖艶であり、この世のモノでは無い様でもあり・・。
どことなく“世界の”菊池凛子に似ていた小桃だったのですが、実はその他の女郎も(工藤夕貴以外は)みんな菊池凛子似でした。
つまり、アメリカ人に受ける“妖しい日本人”のイメージは、“変テコな茶髪仕様の菊池凛子”でOKという事なのでしょうか。

・・・だからだったのか・・ オスカーノミネートは・・!(多分違う)

日本のようで日本でない、と言うと、ハリウッドでは御馴染みの「ヘンテコ日本描写」のようですが、この作品の中のヘンな遊郭は、三池崇史監督が作り出した悪夢の中の日本なので、観ていてなんの違和感も無く、存分に不快感を味わえます。
普通でない遊女たちと普通でないアメリカ人記者が体験する、おぞましき過去の物語は、観客をズルズルと出口の無い悪夢の中に引きずり込んで行く事でしょう。

申し分なく不快です。
そして、文句なしに傑作だと思います。

思う存分、居心地の悪い迷宮を彷徨い、その後は志麻子先生登場の悪夢にうなされる、と言うのが、この作品の正しい鑑賞法かと思います。
こなれて来たら、髪の生え際から手を覗かせて“インプリントごっこ”なんぞを楽しむのもまた一興。

ただし、その場合家族から凍りつくような視線を送られるかもしれませんが、アガサは一切責任を持てませんのでご了承下さい。



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『インサイド・マン』

2007年03月27日
20070326230637.jpg  意外と普通なジョディ・フォスター  



あらすじ・・
マンハッタン信託銀行に、敏腕犯罪者・ダルトン率いる4人組の強盗が乱入。
犯人たちは銀行内の人間を全て人質にとり、綿密に立てられた計画を着々と実行に移します。
現場に向かったのは、NYPDの敏腕刑事・フレイジャーと相棒のミッチェル。
行内に立て篭もる犯人グループからは何のアクションもなく、事件の容貌がさっぱりつかめないまま、フレイジャーたちは何とか情報を収拾しようと努めます。
そんな中、銀行の敏腕会長は行内の貸し金庫に保管している、とある秘密を死守する為、敏腕女性弁護士・ホワイトを現場に差し向けます。

無理難題を警察に突きつけるばかりで、行内から出る様子の無い犯人たち。
彼らの本当の目的は、現金の強奪ではないのか・・・?

犯人たちの真意を探るフレイジャーと、何かをたくらんでいる様なホワイト。
銀行内外で、敏腕な大人たちの狡猾な腹の探り合いの幕が、切って落とされようとしていました・・。


『トゥモロー・ワールド』で人類の子を守っていたクライヴ・オーウェンが、心優しい泥棒さんを男気たっぷりに演じています。
『フライトプラン』で(男でも女でもない)第3の性に覚醒したジョディ・フォスターは、腹に一物も二物も三物も有りそうな切れ者弁護士を嫌味たっぷりに演じています。
『キンキー・ブーツ』でカリスマドラッグクイーンを小気味良く演じていたキウェテル・イジョフォーは、脇で何気に主役の刑事以上の頭のよさを披露しています。
他にも、ウィリアム・デフォーがひっそり現場で指揮を執っていたり、『サウンド・オブ・ミュージック』のトラップ大佐が卑劣な金の亡者になっていたり、『SAW』でジグソーのトラップにガッツリ嵌っていた勇敢なアジア系刑事が巨乳姉ちゃんに邪険にされていたりと、敏腕俳優達が、ソツの無い演技で作品を盛り上げている本作。
一応主役はデンゼル・ワシントンだったりします。
存在感はあまり有りませんでしたが。

マイノリティーがあちこちでクローズアップされる作りだったのは、監督がスパイク・リーだったからなのでしょうか。
スペイン、黒人、インド、中国、アルバニアなど、色んな人種が登場し、その人種のせいで事件は混乱します。
強盗団のリーダー・ダルトンが考えた秘策とは、
「犯人と人質が皆お揃いの変装をして一斉に脱出したら、警察は誰が本当の犯人か判らないに違いない」
と言う、説得力があるような無いような作戦だったのですが、逃げ出す人々の人種が人質同士の疑心暗鬼を生み、その猜疑心が警察からの事情聴取を困難にさせてしまいます。
誰も彼もが、「アイツが怪しい」「こいつが怪しい」と言い出すのです。
結局50人近い人質(真犯人を含む)からの聴取は、確実な情報をなんら導き出す事が出来ず、事件は闇に葬り去られてしまうのでした。

犯人(ダルトン)と刑事(フレイジャー)が相手の裏をかき、そのまた裏を弁護士(ホワイト)が引っ掻き回すサスペンスフルなストーリーは、観ているコチラもドキドキハラハラ・・・の筈だったのですが、本作は意外にも単調なテンポで進んで行きます。
ダルトンの本当の目的も、早い段階で明らかになりますし、ホワイトがどれだけ事件に入り込んで来るのかと思いきや、彼女も早々に退場してしまいます。

ここまで豪華な俳優陣を揃えて、こんなにアッサリとした展開でいいのでしょうか?
・・・!  わかった!!
我らがウィリアム・デフォーが、終盤で思い切り派手に裏切ってくれるんだ! そうに違いない!!

・・と、淡い期待を抱いていたのですが、なんとデフォーまでもがいつの間にかフレームアウトしてしまっていました。

うーん・・・。薄味。

京都のおばんさいか、マンハッタンの三ツ星レストランみたいな作品でしたね。
どちらも食べた事ありませんが。

ブラッカイマー辺りが作っていたら、凄く大味な娯楽作になっていたのではないかと思います。(←ホメ言葉)

最後まで観終っても、ストーリーに散りばめられた謎(と言うか引っ掛かり)が全て明らかになる訳ではないので、そういう“漠然とした”映画が癪に障ると言う方は、身近な人に軽く八つ当たりしたくなるかもしれません。
まぁ、この世の全ての映画のストーリーが「100%スッキリ解明」するようなモノばかりでも無いですし、明らかにならなかった所はあれこれ空想して楽しむか、金輪際この作品の事は忘れてしまうかのどちらかをお奨めします。

私は多分後者だと思います。

それにしても、ジョディ・フォスターが歯を食いしばっていない姿を観たのは、ずいぶん久しぶりのような気がするなぁ・・。
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『トゥモロー・ワールド』

2007年03月25日
20070322230138.jpg  あと20年。



気が付いた時にはアメリカ映画中毒でした。

派手なガンアクション、勧善懲悪のストーリー。
悪い奴は死に、正しい奴が生き残る・・・デカイ銃を片手に。
そんな、アメリカ映画の世界にどっぷり使って育った私が、生まれて初めての海外旅行(グアム)先で、実弾の射撃体験が出来ると聞き、それを断る理由など微塵もありませんでした。

「ダーティーハリーやアクセル・フォーリーの気分を味わいたい」、それだけの浮かれた気持ちで銃を握った、アガサ20代の夏。

数発の銃声の後、私は完全に打ちのめされました。

この世にこんな恐ろしい物がある事が、理解出来なかったのです。

こんなに小さな鉄の塊から、こんなに重たい鉛の粒が、とんなに凄い勢いで飛んで来て、それが体に当たれば、そりゃ死ぬわなぁ・・・。
映画の中でバタバタと倒れて行っていた人の姿を、初めてリアルな“人間の死”として実感した瞬間でした。

とにかくもう、私は2度と銃なんて持つ気にはなりませんでした。
ここは日本ですが、とにかくそう思ったのです。

あの兵器は、恐ろしすぎます。
そして、手軽すぎます。


いきなり、映画『トゥモロー・ワールド』とかけ離れた文章から書き始めてしまいましたが、私がこの映画を観て、一番真っ先に感じたのが正にこの銃の恐ろしさだったのです。

2008年、世界中でインフルエンザが大流行し、子供の大半が死亡。
2009年、世界中の妊婦が次々に流産し、出生率0%時代へと突入。
2027年、女性の不妊の理由が解明されないままに、世界は混乱と破滅への道を突き進んでおり、すでにイギリスを除いた各国は内戦やテロで壊滅状態。
そのイギリスもまた最期の秩序を保とうと、外国からの入国をシャットアウトし、不法入国者は強制収用所に収監して、人間以下の扱いを強いていました。

そんな中、惰性で生きていたイギリス人男性セオの元に、反政府運動を行っている元妻ジュリアンが現れて、一人の少女を託します。

なんとその少女・キーは妊娠8ヶ月だったのです。

キーは不法入国者の為、政府にバレたら子供は取上げられるに違いない。
実は世界には、奇跡的に生まれてきた子供たちを政府から隠して平和に育てられる為の秘密の島があり、キーとその子供も秘密裏にその島に送り届けたい・・・と言うのが、ジュリアンの一味の目的だったのです。

滅びる道しか残されていない筈の人類に差し込んだ、一筋の光。
たった一筋の儚い光を守る為、セオは命懸けの逃避行に挑むのですが・・。


「インフルエンザで子供の大半が死滅・・」だなんて・・。

なんというか、なんといったらいいのか・・、

・・ノンフィクションですか? これは?!

先日、“タミフルは10代の子供に使用不可”というニュースが流れたばかりで、そのニュースを見ながら
アガサ「新型インフルエンザはタミフルしか効かないらしいのに、もしそれが流行ったら子供に何を投薬すればいいんだろうね」
世帯主「暴れるんだったら、監禁しといて投薬すればいいじゃん」
と言う、ユルさ全開の会話を繰り広げていた私には、全く持ってシャレにならないストーリー。

タミフルという薬が、本当にどれくらい危険を秘めているのか、もしくは秘めていないのか。
その危険性は飛び降りるだけなのか、もしくは他にもあるのか。
もしそれが、飲んだ事で死に至らしめるような副作用を発揮してしまったら・・。
そしてそんな時、新型インフルエンザが大流行したら・・。

話はインフルエンザとタミフルに限らず、今のこの世界は、どんな新型ウィルスがどんな猛威を振るおうと、全く不思議ではないと言う恐ろしさを秘めています。

そして、その恐ろしさを拱いて、見て見ぬ振りしているのは、私達人類でしかないのです。


さあ、どうしましょう。
どうしたらいいのでしょう。
これ以上環境を破壊しないような、水かなんかで走る車に全世界を統一するしかないのでしょうか?
京都議定書に水を差す、あの国の大統領とかその国の国家主席とかの名前は、とりあえずデスノートに書いておくべきなのでしょうか?
新型ウィルスに対抗出来る様な、画期的な新型ワクチンは、開発できないものなんでしょうか?
徹底的にゴミの出ない商品制度(詰め替え率先)にした方がいいんじゃないのでしょうか?
海水を100%真水に変える装置を、各海岸線に設置するべきなんじゃないのでしょうか?
それとも、もうどこか別の移住先(惑星)を探した方がいいんじゃないのでしょうか?

何でもいいから、早いとこ考えて(開発して)決めてくれ!!
ねぇ!ねぇ!!  世界中の頭のいい人!!
(↑とことん他力本願)

・・・そうですね。
私のような人間が、世界をジリジリと死に追いやっているのかもしれません。

結局、人間一人に出来る事果てしなく小さく、世界を動かす事など出来ないのかもしれません。
でも、私は、自分の家族だけは、何があっても守りたい。
自分の体一つで守れるだけのものを、何があっても守りたいです。

作品の後半で主人公セオとキーが、生まれたての赤ちゃんを抱いて逃げ惑う事になるのは、不法入国者の収容所。
そこでは一斉蜂起した不法入国者と反政府民が、抑圧に掛かった政府軍と激しい銃撃戦の真っ只中でした。
ピュンピュンと空を切って飛び交う銃弾。
その弾を体に受け、そこここで倒れ込む人・人・人・・。
人間の命の重みが、限りなく軽んじられている現場を、小さな小さな赤ちゃんの、しかし人類にとってはとても大きな一つの命を、体全体で包み込んだ幼い母・キーが逃げ回ります。

その時、画面に映っていた人間の殆どが、銃を手にしていました。
そして、「パン!パン!」という軽い音と共に、多くの命が吹き飛んでいたのです。

こんな恐ろしい兵器が、私達が生きていく上で、どうして必要なんでしょう?
彼らが一回引き金を引くだけで、どれだけの尊い命が二度と戻らなくなるのでしょう?
人を生んで、育ててゆくかなければならない世界で、どうしてこれだけ簡単に人の生が消されて行くのでしょう?

私は激しく困惑しました。きっと映画の中のキーと同じ様に。

映画の中の世界が、混乱と絶望の淵に立たされていたのは、2027年。
あと20年しかない、ちょっとだけ先の未来です。
この映画を観て「絵空事」だと言い切れる人が、果たしているのでしょうか?
私達の子供たちは、幸せな人生をまっとうする事が出来るのでしょうか?

人間を産み出すのも人間。
人間を消し去るのも人間。

私達に突きつけられた現実は厳しいけれど、そこに希望を見つけ出す事は不可能ではない筈なのではないでしょうか・・。
この映画のラストシーンの様に・・。










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『テキサス・チェーンソー ビギニング』

2007年03月24日
20070323233104.jpg  ビギニングの次はどうすんだ


思い起こせば、遠い遠い昔遥か彼方の銀河系で起きたあの物語が、“今”→“過去”という展開を見せた為に始まった、一大“さかのぼり”ムーヴメント。
あれもビギニングこれもビギンズと、「続編に行き詰まったら過去に行け」とばかりに、映画界は前奇談づくしになってしまいました。

これじゃあそのうち、『ドラえもん ビギニング』とか『男はつらいよ ビギニング』とかが出てきちゃうじゃないか・・と、要らぬ心配をしてしまうアガサ。
しかし、よく考えたらドラえもんの過去(未来)は猫型ロボットが製造される工場内の風景だけだし、寅さんの過去はどこまで遡っても女にフラレるだけの様な気がしますし、だいたいどちらも肝心な人が死んでいる(藤子F不二雄&渥美清)ので、アガサの心配は世の中で最も要らない心配に終わりそうです。

さて、そんな日本では全く不要なビギニング問題ですが、ハリウッドではいまだにとっても旬なキーワードらしく、あのホラー界の名作『悪魔のいけにえ』のリメイク『テキサス・チェーンソー』の続編(あぁややこしい)も、なんとビギニング形式で作られてしまいましたとさ。

果たしてレザーフェイスの誕生の秘密とは・・・?!(大体予想は付きますが)

あらすじ・・
 1939年、食肉工場のパート職員が、作業中に超安産で第一子を出産。
生まれつき顔が奇形だったその子はトーマスと名付けられ、近所でも評判のき○がい一家ヒューイット家に引き取られ、すくすくと異常に育つのであった。

 1969年、食肉工場で腕を振るっていたトーマスでしたが、近年の不況の波で工場は閉鎖。
解雇されたトーマスは、興奮して工場長を惨殺。
町の保安官からその知らせを受けた一家のリーダー・チャーリーも、何故か興奮して保安官を惨殺。

惨殺コンビのレザーフェイス&ホイト(偽)保安官、ここに誕生!!

 世界一嫌なコンビが誕生しているとも知らず、ベトナム戦争に赴く為キャンプ地を目指していた若者2カップルが、ヒューイット家付近をウロウロ。
 当然の如くホイト保安官に拿捕される若者達。
 男連中、何の活躍も無く犠牲になって行く。
 残された女連中が招かれて、ヒューイット一家恒例・夕食タイム。
 女性チームから一人(クリッシー)だけ脱出に成功し、草原を疾走。後からチェーンソー片手に追うトーマス。
 閉鎖された食肉工場に逃げ込むクリッシーと、追うトーマス。
 クリッシーが、隙を突いて脱出成功するものの、結局トーマスに追いつかれて死亡。

 《 終 劇 》


つまりなんですか? レザーフェイスのあの奇怪なお面の動機は、「奇形顔な自分を変えたかった為」と、そういう事なんですか?
そんな“ビューティーコロシアム”な動機からだったんですか?
そうなんですか?

だったらサッサと整形しちゃいなヨ!!

(まぁホントのところは、育ての親がリー・アーメイだったからなのでしょうが。)

この作品、レザーフェイス誕生秘話のように宣伝されていますが、要は鬼の保安官ホイト誕生秘話だったりします。

ヒューイット家の長男坊である、ただのプチき○がい・チャーリーだった彼が、殺した“保安官の制服”という最強の鎧を身に纏う事で、段違いのき○がいに昇華した事が、テキサスにとって一番の災難だったのではないでしょうか。
ホイトが居たから、トーマスはレザーフェイスになったんだろうし、ホイトが居たからテキサスの大虐殺も行われたのですから。

ヒューイット家の他の皆さん(年寄り連中)は、ホイトの我儘に付き合っているだけ、もしくは怖くて逆らえないだけ。
そりゃリー・アーメイですもの。怖くて当然ですよ。
もし夜道でリー・アーメイに呼び止められて、腕立て伏せ20回なんて要求されたら、もうそれは死刑宣告と受け止めた方がいいと思います。

ガチのき○がいに育てられたから、レザーフェイス(トーマス)も異常になったのか?
虐待を受けて育った子が、自分の子にも虐待をするのか?
結局レザーフェイス誕生の秘密と言っても、文字通りあの皮の面の製作裏話が判っただけで、トーマスやホイトの心の奥底は誰にも判らないし、判らない事が狂気の一番恐ろしい部分なのだと思います。

さて、そんなオマケ程度の誕生秘話を除くと、ほとんど前作『テキサスチェーンソー』と内容が同じだった『ビギニング(誕生)篇』。

若者グループがドライヴ → ヒューイット家で惨殺 → 生き残った女の子が晩餐会にお呼ばれ → 女の子が屋外を疾走 → レザーフェイスがチェーンソー片手に疾走 → 食肉工場通過 → 車で逃走
という定型パターンが出来上がっているようですので、今後もこのパターンで作られてゆくものと思われます。

もう過去には遡れないので、とりあえず次回は普通に『テキサス・・3年後篇』位からスタートしましょうかねぇ。
そして、『一回死んだのち復活篇』、『女レザーフェイス篇』、『宇宙篇』、ジェイソン&フレディとの『三つ巴の戦い篇』を経て、再び原点回帰の『テキサス望郷篇』と言う感じでいかがでしょうか。
その頃にはタイトルも
『チェーンソーはつらいよ テキサス慕情』
とかになっているかもしれません。

それと、私はだいぶ茶化してレビューを書いていますが、本編はいたって大マジの大グロ大会になっております。

80年代風に言うところの、「本気」と書いて「マジ」です。

最近観た、『SAW』とか『ホステル』とか『ハイテンション』等がおサイフ忘れて裸足で駆けてくような、半端ないグロ映像が怒涛のごとく押し寄せて来ますので、くれぐれも体調が万全の時に鑑賞する事をお勧めします。

しかし、惜しみなくグログロぶちまけてくれた本作もなかなか怖かったのですが、ほとんどグロ映像がなかったオリジナルの恐怖にはやはり敵わないのですね。

「やりゃあいいってもんじゃない」のです。
新しい作品が作られる度に、オリジナルの完成度が引き立って行くのを改めて感じさせられました。
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